エトフォルテ防衛戦線ヒデ! プロローグ ここではないどこか、近くて遠い、争いの絶えない小さな国で

 真稔秀春(しんねん・ひではる)。通称「ヒデ」は日曜日が大嫌いだった。
 この日本では、日曜日になるとなぜかヒーローと悪の組織の活動が活発になる。
 今日もどこか(ほとんど都会)で怪物が暴れる。街が壊される。人が死ぬ。そのたびに派手なベルトを巻いた男たちが全身タイツの戦闘員をなぎ倒す。カラフルな巨大ロボが出撃する。不思議な服を着た少女たちが華やかな光の中から現れる。
 もう50年近く、こんなことが毎週日曜日に起きている。怪物やヒーローは日曜以外でも現れることがもちろんある。しかし、統計を取ればまず間違いなく日曜日の出現率が際立っているだろう。
 ヒデはヒーローたちのせいで、これまで生きてきた24年の人生で2度もひどい目にあった。
 中学を卒業してすぐ蕎麦屋に就職。その3年後に、祖母がヒーローの戦闘に巻き込まれて死んだ。その日は日曜日だった。
 さらに5年後、台風で被害を受けた地元は、ヒーローと政治家の『おつきあい』のせいでほったらかしにされた。その時分、ヒデは蕎麦屋の大将から店を引き継いだばかりだった。店は台風で大破。国の役人の男は日曜日に説明会を開き、冷たい態度で町の人にこう言った。
 「…ヒーロー支援策は、日本国政府およびその付属機関『ヒーロー庁』による。日本を守るための絶対方針です。
 決してヒーローを批判しないこと。決してヒーローを疑わないこと。
 さもなければ、どうなっても知りませんよ」
 そして、今まさに3度目のひどい日曜日を迎えようとしていた。


 引き継いだ蕎麦屋をヒデは解体するしかなかった。
 精神的な落ち込みがひどい。でも、仕事をしないわけにもいかない。台風から半年後、ヒデは求人広告で見かけた警備会社に就職した。勤務地は地元の海岸沿いにある2階建てのショッピングセンターだ。
 この職場には、なんで就職できたのか?と思うほどひどい人たちがいる。夜間警備を担当している60過ぎの杉尾(すぎお)という男で、ほかの警備員曰くいつも酒のにおいがするというのだ(彼は徒歩通勤。表向きは)。その杉尾の腰巾着で、40代の矢部(やべ)という男もひどかった。センターの夜間警備は3人で行うのだが、矢部は杉尾と遊んでばかり。残り一人に仕事を押し付けロクに仕事をしないという。
 警備員は彼らだけではないから、いつも同じ組み合わせになることはない。だがこの日、ヒデは最悪の組み合わせになってしまった。
 この二人と夜間勤務するのは初めてだった。事前に、ほかの同僚が教えてくれた。
 「杉尾と矢部には逆らうな。何を言われてもハイハイと言っておけ。
 うちの営業所のみんなも困っているんだけど、あの二人は東京本社の社長のお気に入りで、なぜかクビにならないんだ」
 正直納得いかないが、勤務中に喧嘩をするのも馬鹿げている。だからヒデもおとなしくしておこうと思った。
 朝5時ごろ、センター2階にある警備員室で、不審な影を確認するまでは。

 
 「今、1階食品売り場の監視カメラに人影が写りました」
 ヒデは規定に従い、本日のリーダー、副リーダーである杉尾と矢部に報告する。矢部がそっけなく返してきた。
 「じゃあ、真稔。お前見てこい」
 「規定では、二人で対応することになっています。強盗だったら大変です」
 「お前が二人分の働きをすればいいだろう。俺は忙しい。杉尾さんは疲れてる」
 矢部はついさっきまで、センター裏口にある喫煙所でタバコを悠々と吸っていた。そして今は携帯型ゲーム機に熱中している。
 杉尾は眠っている。勤務前に飲みすぎたに違いない。
 結局ほとんどの警備業務を、新米警備員のヒデ一人でやっていたのだ
 「こんな田舎に強盗なんか入るかよ。どうせ見間違いだ。お前一人でやって、あとで報告しろ」
 「本当に不審な影が…」
 「うっせえなあ。ったく、てめえの仕事をやれよ」
 さすがにヒデも頭に来た。矢部の誠意も責任も感じられない態度に。
 蕎麦屋が無くなってから、たまりにたまった負の感情が爆発した。それでもギリギリ穏やかさを保った口調で、言った。
 「わかりました。一人で見に行きます。何かあってもなくても、点検が終わったらお二人がしていたことをしかるべきところに報告しに、私はこの店を出ます。
 大して仕事していないお二人をなぜ社長が抱えているかは知りません。でも、この店の責任者と警察に報告したらどうなりますか。仕事も不審者もほったらかし。社長だって責任を取らざるを得ないでしょう」
 同僚に真っ向から反論されたのは初めてだったのだろう。矢部が驚き、そして言い返す。
 「何もないなら警察に行く必要はないだろう」
 腹立ちついでに、ヒデは今日の勤務前に見たある光景をぶちまけた。
 「杉尾さん、歩いて出勤したように見せかけているけど、実は飲酒運転ですよね。私、杉尾さんがここに来る前自動車に乗っているのを見たので。矢部さん。どうぞごゆっくり」
 ヒデは振り返らずに警備員室を出た。徒歩出勤しているヒデは、センターから少し離れた駐車場に車を止め、千鳥足で歩く杉尾を見ていたのだ。
 腹を立てながら、現場に向かい足早に階段を降りて進む。なぜ会社は、杉尾と矢部を雇っているのだろう。
 でも、もういい。何もかも警察と店の責任者に報告して、はっきりさせれば済むことだ。そうしたらこの仕事、やめてしまおう。


 ほどなくして、監視カメラに写っていた現場にたどり着いた。
 製パンメーカー『ヤマザト』や『フジヤマブレッド』などのパン売り場だ。明らかに棚のパンを動かした不審な形跡がある。
 周囲を探ると、奥の通路で何かが動く音がした。間違いなく誰かがいる。
 ふと、後ろに人の気配を感じた。後ろにいたのは矢部だった。手に警棒を構えている。
 やっと仕事をやる気になったのか。いや、そうではないとヒデは直感的に感じた。
 矢部はヒデを痛めつけてやる気に、なったのだと。
 「てめえ、むかつくんだよ!まじめにしやがって!」
 「今はそれどころじゃない!矢部さん、本当に不審者がいました。仕事してください!」
 「知るか!てめえだけだぞ、おれと杉尾さんに逆らうのは!
 社長を脅して手に入れた仕事を、奪われてたまるか」
 物騒な状況下で、矢部の口からさらに物騒な言葉が飛び出した。ヒデは、思わず復唱してしまった
 「社長を脅した!?」
 「あ…。こうなったら口封じだ!」
 とうとう矢部は警棒を振り回して襲ってきた。ヒデは頭をかばいながら、体ごと矢部に体当たりした。
 尻もちをついた矢部をそのままに、ヒデは走った。一度外に出て警察に通報しなければ。侵入者のことも、矢部たちのことも。
 だが、その前に寝ていたはずの杉尾が立ちはだかる。背後から矢部も追い付いてしまった。
 「杉尾さん。こいつ、俺たちの秘密を知っちまいましたよ」
 「じゃあ、黙らせるしかないな」
 矢部と杉尾に挟まれ、ヒデは焦った。
 まずい。なんとか逃げる隙を作らなければ。
 怯えた声をわざと出し、時間稼ぎの台詞を絞り出す。
 「ひ、秘密も何も知りませんよ。社長を脅したとしか聞いていない。
 ど、どうせなら教えてくれませんか。冥途の土産、というやつで」
 「いいぜ。教えてやるよ」
 所詮杉尾は酔っぱらいだ。口が軽くなっている。
 「社長の秘密ってのはなあ」
 次の瞬間、突如割り込んだ黒い影が、杉尾と矢部の体を吹き飛ばす。
 二人を吹き飛ばしたのは、仮面をつけた謎の人物だった。その後ろには10数人が控えている。
 いや、彼らを”人”と言っていいものか。自分を助けた先頭の者はかろうじて体形は男に見えるが、腰から長い尻尾が生えているように見える。服装は映画に出てくるアジア系の武術道着と、ヨーロッパの軍服を足して二で割ったような、独特の形状。仮面はSF的な装置が付いているようだが、歌舞伎か何かの民族芸能にそのまま出てもおかしくないデザインだ。
 「**********」
 その先頭の男が何かを言う。何を言っているのかわからない。ヒデが首をかしげると。男が自身の首に取り付けられた首輪型の装置を操作した。
 操作するたびに、男の言葉が変わっていく。
 「*****……。…おい、俺の言葉がわかるか?」
 3分後、やっと日本語として男の言葉が聞き取れた。ヒデはわかる、とうなずいた。
 「はじめて使った翻訳機だ。通じてよかった。
 あんたが襲われていると思ってな。死んじゃいないと思うが、そこの二人を殴らせてもらった」
 「助かりました。ありがとうございます」
 正直な気持ちだった。彼がいなければ、杉尾と矢部は自分を殺していただろう。
 「僕は真稔秀春。あなたは?」
 「ドラクロー。いちおう、十二兵団の第十団長、になる予定。ここには情報収集できた」
 そう言って外した仮面の下には、18歳程度のひきしまった男の顔があった。顔立ちは日本人とそれほど変わらない。肩のあたりまで髪を伸ばした、活発そうな顔立ち。同年代だったら、兄貴分として慕いたくなる顔だ。
 しかし、彼には明らかに日本人ではない特徴があった。灯りを落とした店内でもはっきりわかる。髪の色は赤みかかった黒。額に小さな角のようなものが生えている。首元にはワニのようにごつごつとした、赤黒い鱗。腰から伸びた尻尾もワニを思わせるが、額の角や髪・鱗の色とあいまって火を吐く龍の様だ。
 ドラクローの後ろに控えている者たちも皆、仮面を外す。彼らも人間の体に動物の尻尾が合わさっているようだ。尻尾の形がそれぞれ違い、馬、虎、羊と、地球上の動物の尻尾を思わせる。羊の尻尾をしている者は胸元からして、彼らの中で唯一の女性のようだ。
 ヒデは彼らを、まるでアニメやゲームに出てくるキャラクター、そう、獣人みたいだと思った。
 ただ、彼らには獣人の象徴ともいえる『獣耳』はない。独特な髪の色、首元まで生えた体毛や鱗などを除けば、彼らの目鼻立ちや耳の形状は地球の人間とほとんど変わらない。


 ドラクローはヒデに改めて話しかける。
 「アンタ。俺たちにちょっと協力してくれないか。
 俺たちには情報が必要なんだ。この星のことを教えてくれ」

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