エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第3話 ヒーローだらけの時代へようこそ

 ドラクローたちは皆仮面を外し、自分たちの乗った宇宙船エトフォルテが衛星兵器の攻撃を受け、地球に不時着したことをヒデに説明してくれた。みんな、翻訳機をドラクローの設定に合わせて、日本語を理解し発せられるようになっている。
 そんなことがこの1,2時間で起きていたとは思わなかった。ヒデはスマホのニュース速報を見ようとしたが、ネットにうまくつながらない。仕方ないので、あとで見直すことにした。
 ちなみに、ヒデを襲おうとした矢部と杉尾を、十二兵団員たちはロープで手足を縛り上げ、店の備品倉庫に叩き込んだ。
 「警備を放棄して酒に遊びとは、魂が腐っているとしか言えん」
 ドラクローたちの先輩で、この部隊のリーダーであるスレイは、二人を閉じ込めた倉庫を見て吐き捨てた。スレイは馬族だという。身長はヒデより高く、1m80cmはあるだろうか。独特の脛あてを装着した足はすらりと長く、引き締まっている。キックボクシングなど足技を駆使する格闘技が似合いそうな体型だと、ヒデは思った。
 スレイはここに入った理由も説明してくれた。エトフォルテから高速潜航艇サブルカーンでショッピングセンター裏手の海岸に上陸したスレイたちは、建物の中に人が入っていくのを見たという。
 「多分それは、煙草を吸いに行った矢部さんですね」
 矢部はヘビースモーカーだった。店内は禁煙だから、矢部は2階の警備員室から階段を降り、裏口にある喫煙所に行ったのだ。喫煙所は、サブルカーンが上陸した海岸に面している。
 「そいつが出入りしたドアを試しに触ってみたら、鍵がかかっていなかった。無断侵入したうえに暴力をふるってすまない。だが、俺たちには情報を聞く相手がどうしても必要だった」
 「暴力の事は気にしていません。むしろ感謝しています」
 建物に入ったスレイたちは階段を上がらず、1階の食料品売り場を探っていた。それをヒデが監視カメラで見つけたのが、今に至るまでの顛末であった。
 「これはいったい何だろうと思って、棚の物に触ってしまった。ここにあるのは、みんな食べ物か」
 「ええ。ここはパンという食べ物の売り場です」
 エトフォルテの者たちは、棚に並んだ袋入りのパンが気になって仕方がないようだ。翻訳機で会話はできても文字は読めないようで、パッケージを彩る文字やイラストに視線が惹かれている。
 「いろんな種類があるんだね。これは潰した豆が入っているのかな?この赤いのはすごく甘そう」
 この部隊の紅一点、羊族のムーコが、アンパンとイチゴジャムパンを手に取り呟く。
 「こっちは表面カリカリで、砂糖がまぶしてあるっぽいな。これ絶対うまいやつだって」
 虎族のタイガは、バターメロンパンを手に取った。
 スレイが彼らを見とがめる。
 「みっともないぞ。この星の金を持っていない俺たちが、売り物を食べたら駄目だろう」
 まともに仕事しなかった矢部と杉尾に比べて、なんて筋の通った人だろう。ヒデはスレイの態度に感心し、言った。
 「皆さん、何か食べながら続きを話しませんか。商品代は僕があとで払っておきますから」
 警備員の立場からすれば、商品代を払えば済む問題ではない。しかしヒデは、自分を助けてくれた彼らに礼がしたかった。何より、食べ物と飲み物があったほうが、リラックスして話ができるというものだ。
 この店には、客が使うためのイートインスペースがあった。スレイたちを案内し、ヒデはイートインスペースの照明を点けた。ふと仕事を思い出し、矢部が開け放した裏口ドアに鍵をかけ、ほかにも鍵がかかっていない場所があるか再確認。最後に、不正侵入を知らせる警報システムを再起動した。
 本当なら、夜間に裏口の喫煙所を出入りしたら鍵をかけ、警報システムを起動しなければならない。おそらく、矢部は今までも鍵をかけなかったに違いない。きっと杉尾も。彼らの不真面目のおかげでヒデはスレイたちに会えたわけだが、もうあの二人に対しては憤りしか感じない。
 喫煙所から店内に戻る通路の途中には、矢部と杉尾を閉じ込めた倉庫があった。倉庫の中から、弱弱しいうめき声がする。二人のうちのどちらかが、目を覚ましたようだ。
 だとしても、警察を呼ぶまで絶対に出さないでおこう。ついでに、警察には二人が社長を脅していたことも伝えよう。
 ヒデはそう考えながら、スレイたちのところに戻った。

 「アンタ、悪いな。食料と水まで用意してくれて。店の売り物なのに、いいのか?」
 「気にしないでください。命を助けてもらったお礼です」
 現地住民の真稔秀春、通称ヒデを助けたドラクローたちは、ヒデから水(ペットボトルという軽くて丈夫な素材に入っている)と食料(ドラクローがもらったのはアンパン、という甘いパンだ。結構うまい)をもらって食べながら、この星の情報収集を始めた。水とパンは、携帯型の食糧検査機を使って、エトフォルテ人にとって毒性がないかを確認済みである。
 「新天地を探して、皆さんは旅を続けてきたんですか。すごいですね」
 ヒデは、驚きに満ちた目で、自分たちを見つめている。ドラクローたちにとっても、ヒデのように言葉を話し、文明を築いている種族に出会うのはこれが初めてだった。お互いに興味津々である。
 とはいえエトフォルテの状況を思えば、のんきにおしゃべり、というわけにもいかない。お互いの素性を簡単に話した後で、スレイが切り出した。
 「アンタ。エトフォルテを撃墜した、衛星兵器のことを知らないか」
 「詳しくはわかりません。
 でも、それだけ強力な兵器があるなら、きっと日本のヒーローか、悪の組織がらみですよ。日本はヒーローも悪の組織もやることが規格外だと、世界中で評判ですから」
 ヒデの言葉には、皮肉な響きがあった。ドラクローは聞いた。
 「アンタ、もしかしてヒーローが嫌いなのか」
 「嫌いです」
 ヒデ、即答。
 「ヒーローって、エトフォルテで言えば十二兵団みたいな連中だろ。なんで嫌いなんだ?みんなのために戦う戦士なんだろう?」
 十二兵団にあこがれてきたドラクローにとって、ヒデの態度は理解できなかった。
 「それならば僕だって文句は言いません。そうじゃないのもいる。
 いや、ヒーローだらけの今の日本は、なんだかおかしい。おかしいけど、文句も言えない時代なんです」
 そう言ってヒデは、自分がヒーロー嫌いになったきっかけを話してくれた。
 ヒデの祖母はヒーローとの戦闘に巻き込まれて死んだ。そしてこの国の政治家は、ヒーローの秘密基地を巡る旅を楽しみ、台風で傷ついたこの町をほったらかしにした。住民の文句を伝えた国の役人は、うわさでは国に制裁されて死んだという。
 だが、ヒデが彼らを嫌うのは、それだけではなかった。
 「自分なりに調べたら、都会のほうではもっとひどいことになっていたんです」


 この国のヒーローは、大きく分けて3種類いるという。
 単独または3,4人でチームを組んで戦う、派手なベルトを巻いて変身する戦士「マスカレイダー」。ほとんどが男性だという。
 最低でも5人編成で、カラフルな戦闘装束と巨大な機械鎧(この星では一般的に『巨大ロボ』と言うらしい)を使う戦士「レギオン」。男性と女性の混合チームで、男性が多いそうだ。
 そして、少女のみで編成される不思議な術戦士「フェアリン」。こちらは単独で行動、多い者は10人以上で編成されるという。


 そんなヒーローたちがどうひどいのか。
 「マスカレイダーの中には、強盗や殺人を行う者もいます」
 「ヒデ。それはもう戦士じゃなくて悪党だ」
 スレイがもっともな指摘をする。
 「レギオンとフェアリンは組織的な後ろ盾を持つものが多い。だから、その組織が大きな顔をする。国のヒーロー支援組織『ヒーロー庁』がその組織を支援する。ますます図に乗る。
 早い話が、悪党退治と関係ないところで威張り散らしているのです。どう威張り散らしているかは、長くなるのでやめておきます」
 「そいつら、戦士の自覚あるのか?」
 ドラクローは思ったことを口にしていた。ヒデは肩をすくめた。
 「悪いところを上げればきりがない。特に都会では、レギオンの巨大ロボが悪党退治で暴れることもあるから、都会はたいてい日曜日になると焼け野原です」
 「都会の人たちの生活は、大丈夫なの?」
 イチゴジャムパンを綺麗に平らげたムーコの質問に、ヒデは答える。
 「次の週になるころには、きれいに直っていますがね」
 「直ってるのか!?すごい技術だな!」
 バターメロンパンの砂糖を口の端にくっつけたタイガが、率直な感想を漏らす。ヒデは、それはフェアリンの不思議な術を科学的に再現しているのだと解説してくれた。
 「でも、直せるのは建物と中の物だけ。命は治せません。都会では、避難できずに亡くなる人が少なくないそうです」
 「じゃあその不思議な術で、台風に襲われたこの街の建物も直せばよかったのに」
 ムーコの指摘に対し、力なく首を横に振るヒデ。
 「その技術は、ヒーローの主戦場である都会のほうでしか使えない。しかも、ヒーローと悪の組織の戦いの後に限られます。台風の被害は適用対象外なんです」
 「なんだよ、それ。すごい技術の意味無くない?変なうえに嫌な国だな。ここ」
 露骨に嫌な顔をしたタイガに言われて、心底申し訳なさそうに頭を下げるヒデ。
 「あなたたちの船を襲ったのも日本のヒーローか、悪の組織の兵器かもしれません。正直そんな兵器が宇宙に浮いているのは信じられないけど、この星でそんなのを打ち上げるとしたらこの国の誰かです。
 この国の人間として、恥ずかしく思います」
 「アンタが頭を下げる必要はないぜ。いろいろ教えてくれた上に、食料まで分けてくれた。
 ヒデはいい魂を持っているよ」
 スレイはそう言って、ヒデの肩をたたく。
 「そうでしょうか」
 「そうだよ。そうでなきゃ、宇宙から来た俺たちにパンを分けたり、話をしたりしないだろ」
 ピーナッツバターサンドの袋を手にして、スレイは笑った。
 「もっと僕が皆さんの力になれることは、ありませんか」
 ヒデの申し出にタイガが手を挙げた。
 「じゃ、このバターメロンパンをあと3個食べたい」
 「タイガ。図々しいぞ。ヒデ。アンタは十分力になってくれたさ」
 タイガをたしなめたスレイは、だからこそ、と続けた。
 「アンタはこれ以上、俺たちに関わらない方がいい。俺たちはここを立ち去ることにする。
 祖母さんを失ったいきさつには同情するが、これ以上宇宙から来た俺たちにかかわったら、アンタまでひどい目に合うかもしれない。国やヒーローの言うことを聞くのは癪だろうが、そういう連中にはいずれ罰が下る。宇宙の真理、ってやつだ。
 我慢して、連中がおとなしくなったら、その時は好きなことをしろ。自分の魂に従って、思う存分、魂が本当に喜ぶことを、な」
 ヒデは、一瞬あっけにとられた表情を浮かべた。
 そして、その言葉が本当に嬉しかったようで、笑顔を浮かべていた。
 「自分の魂。やりたいこと、か。
 そうですね。その時が来たなら、あきらめた夢をもう一度追いかけてみようかな」
 ドラクローは、その笑顔の先にある夢が気になって、質問した。
 「夢って?」
 「蕎麦屋。蕎麦って、わかります?この国の伝統料理なんです。
 僕は、もともと蕎麦屋でした。中学を卒業してから、近所の蕎麦屋さんに弟子入りして、朝から晩まで蕎麦三昧。
 大変だったけど、自分の作った蕎麦を食べてくれたお客さんが、美味しいって言ってくれるのが好きだった」
 嬉しそうに語るヒデを見たドラクローは、つくづく思う。
 この国のヒーローや政治家は、どれだけ身勝手なんだろう。ヒデみたいなやつの笑顔のために働くのが本当の仕事ではないのか。住民を平気で巻き込んだり、災害そっちのけで旅行するのが仕事ではないだろうに。
 「これまでの一件で、もう料理をする気力が無くなってしまった。仕方ないから、ここで警備員の仕事を。
 まあ、今日でお終いですけどね」
 「私たちのせい、だよね。勝手に入って、お店のもの食べちゃったし…」
 ムーコがすまなそうに言うと、ヒデは明るく言った。
 「いいんです。僕が、自分の魂に従って、やったことだから。
 みんなに渡した商品は店にお金を払って弁償すればいい。仕事は店と警察に杉尾さんたちのことを報告して、辞めようと思っていたから。こうやって話ができただけでもうれしいです。
 国とヒーローの文句を言うだけで、殺された人もいる。それが怖くなって、僕もヒーロー批判団体に入るのをやめました。情けないです」
 「情けないもんか。この国とヒーローがひでえからだよ」
 ドラクローに言われたヒデは、
 「ヒデだけに、ね」
 自分の名前に引っ掛けて、さみしそうに笑った。
 しまった、と思い、ドラクローは言いなおす。
 「いや、俺はアンタの名前に引っ掛けて言ったんじゃない。
 とにかく、国やヒーローのやっていることがひどい、という意味で言ったんだ」
 「わかってますよ、ドラクローさん」
 「もうちょっと気軽に呼んでいい。多分、俺はアンタより年下だから」
 「では、ドラさんで」
 「ドラさん!?」
 ぎょっとした。ドラクローは生まれてこのかた、『ドラさん』と呼ばれたことはなかった。
 「ドラクローさん、略してドラさん。いやですか」
 「いやじゃないと思うよ。私だって呼んでるもん。ドラくん、って」
 ムーコの補足にますます恥ずかしさを覚えるドラクロー。
 「俺もう十二兵団の団長だよ。子供のなりたい職業第一位の十二兵団長だよ。
 この年になってあだ名で呼ばれると、ちょっと恥ずかしいんだよ」
 「あだ名で呼ばれるのは愛されている証明だ。照れずに笑って受け入れろ」
 スレイに言われて、ドラクローは仕方なく苦笑する。ほかの団員たちも笑っていた。
 そんな話の合間で頬張るアンパンは、エトフォルテにない甘さで美味しかった。

 

 一通り話が終わると、スレイはエトフォルテに帰ることを決定した。
 「現状を見るに、長老たちをこの国の指導者に合わせるのも危険だろう。エトフォルテに引き返して、オーロック団長たちと別の策を話し合うべきだと思う。
 タイガ。エトフォルテには日本語を翻訳できるように、翻訳機の設定データを送ったな?」
 「もう済ませてあるよ、スレイ先輩」
 「さすがタイガ。仕事が早い」
 「いや~。照れるな~」
 タイガは嬉しそうに笑う。虎模様の尻尾も、嬉しそうにくねくね動く。昔からタイガの照れ屋なところは変わらないな、とドラクローは思った。
 撤収の準備を始めると、ヒデが話しかけてきた。
 「スレイさん。ドラさん。この国でエトフォルテを修理するよりは、海の向こうのアメリカのほうが、可能性があると思いますよ。向こうでは宇宙人との付き合いが、この国以上にあるという話ですから」
 「ありがとう、ヒデ。
 エトフォルテが直ったら、お前の料理を食べにまた戻ってくるよ。ソバ、というのを食べてみたい」
 スレイの答えに、ドラクローも続いた。
 「そうだな。俺もアンタの料理を食べてみたくなった」
 こんな優しい男の作る料理だ。きっとうまいに違いない。
 ヒデの顔が明るくなった。
 「是非!!料理道具を手入れして、待ってますよ」
 十二兵団とヒデの間に、暖かいつながりが生まれたその時。
 店の奥から何者かの気配を、ドラクローは感じた。
 ドラクローだけではない。十二兵団員たちは皆感じたようだ。皆の尻尾が、ぴん!!と硬直する。危機を察知したときは、本能的にエトフォルテ人は尻尾が硬くなる。
 そして、ヒデの服に取り付けられた装置が甲高い音を鳴らした。
 「警報システムが作動した!?」
 ヒデの叫びに続いて、銃声。さらに爆発音。
 店の奥、ドラクローたちが出入りした通路から、2人の男が現れた。


 男は二人とも仮面をかぶり、首から下は見たこともない意匠の鎧を着こんでいる。
 「おいおい。開いているはずの喫煙所のドアは閉まっていたし、先客がいるなんて聞いていないぜ?」
 大きな角のついた仮面の男が、首をかしげる。
 「この程度の違いはよくあることさ」
 銃を持った仮面の男が、軽いノリで返す。
 二人の奥の通路が、赤く光っている。さっき自分たちが通ったあの通路の灯りは、あんな色だったか?
 いや。あれは、火だ!!
 角付の仮面男が、あーあ、と言いたげな身振りを見せる。
 「お前のせいで火が点いちまった」
 銃の仮面男が、どうでもいい、と首を横に振る。
 「近頃は金目のものを奪うだけで、バトルはなかったからな。
 久々に、派手なことがしたくなった」
 ドラクローは、物騒なことを平然と呟くこの男たちが、仮面の下でにたり、と笑ったように感じた。
 角付の男が、十二兵団を見回して、宣戦布告する。
 「どこの組織の改造人間か知らんが、全員皆殺しだ」

 

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