エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第11話 同志採用面接試験(後編)

 
 ヒデは、まずい空気感を変えようと口を開いた。
 「真名子さん。私たちはエトフォルテを守るために活動しています。
 結果としてヒーローと戦うけれど、皆の復讐心をあおる真似はしないでください」
 ヒデに向き直った真名子は、しばしヒデを見つめて、一言。
 「軍師さん。あなた、ただの日本人じゃないですか。
 私みたいに特殊な能力があるわけでもない。脳も肉体も、一般的な日本人レベル。
 よくそれで、軍師なんて大層な肩書を名乗れますね」
 やはり、真名子は自分の素性を見抜いてきたか。ヒデも覚悟はしていた。
 「否定はしません。
 それで、真名子さん。具体的にドラさんたちの長所をどう伸ばすおつもりですか」
 「ゲドーのことを知っているあなたなら、わかっているはず。
 人体改造ですよ」
 真名子は、勝ち誇ったように笑う。この笑顔を見て、ヒデは悟った。
 この男は、エトフォルテの皆を素材としか見ていないマッドサイエンティストだと。
 「あなた、この船の皆を何だと思っているんです」
 「私がどう思うかは問題じゃない。私の改造手術を受けたい人がいれば問題ない。
 ほら、ほかの4人はもうその気になってますよ」
 真っ先に口を開いたのは、ジャンヌ。
 「力が欲しい。あいつらに勝てるなら、私はこの体がどうなってもいい…!!」
 さらにドラクローが、続く。
 「ヒデ。俺たちには力が必要だ。こいつを仲間にして、力を手に入れるんだ」
 「ジャンヌさん、ドラさん、もう少し落ち着いて…」
 ヒデの制止は、ジャンヌに遮られてしまった。
 「兄さんとおじいさまの仇を討つには、こいつの力が必要だと思う!!」
 「長所を伸ばせてさえいれば、スレイ先輩を死なせずに済んだ。俺は手術を受ける!!」
 ジャンヌとドラクローは完全に前のめりだ。さらにタイガも同意する。
 「兄貴たちがやるなら、俺だって改造手術を受けたいぞ」
 ムーコはためらいがちに口を開く。
 「手術は怖いけど、それでエトフォルテが守れるなら、私も……」
 ついに真名子が完全に勝ち誇り、軽やかなガッツポーズ。
 「素晴らしい。この真名子伊織。エトフォルテの皆さんの勇気ある選択に感謝します。
 とりあえず龍のあなたには、阿修羅像のごとく丈夫で攻撃的な腕を4本ほど移植しましょうか」
 この場でドラクローの改造手術を始めかねない勢いの真名子。ドラクローは完全に乗せられてしまっている。
 「腕4本!!いいな!!アシュラゾウってのは、よくわからないが!!」
 

 まずい。これは完全にまずい!!
 ヒデは仮面の内側で焦った。
 露骨に悪意をあおった暗闇大魔王と違い、真名子はドラクローたちをほめちぎって、自分の側に引き寄せてその心をつかんでしまった。暗闇殺法などよりはるかに悪質で始末に負えない。
 この絵に描いたようなマッドサイエンティストが、誠意と責任をもってドラクローたちを改造するはずがない。“あの”ゲドーの流れを汲んでいるならなおさらだ。
 しかも、真名子は落とし穴のある席を立ってしまった。自分が爆破ボタンを押して殺すことはできるが、心を囚われたドラクローたちはそのあとでヒデを許さないだろう。
 どうしたらいい?
 ヒデは必死に、生きてきた24年間で仕込んできた知識と思い出の引き出しを片っ端から開けて、突破口を見出そうとする。
 人体改造の利点に心をとらわれたドラクローたちは、真っ向から欠点を説いても気にせずに受けてしまうだろう。これでは、死んだスレイたちが浮かばれない。
 ふと、スレイとともに過ごした、ショッピングセンターでの時間が頭をよぎった。
 よし。この手で行こう。ヒデは、落ち着いて口を開いた。
 「そうですね、真名子さん。私が間違っていたようです。あなたを採用します」
 「ただの日本人のあなたでも、やっと理解してくれましたか」
 「ええ。皆の望みどおりに、改造手術をやってください。
 ゲドーの人体改造で生まれた改造人間たちはすさまじい戦闘能力を手に入れました。そして多くのヒーローを苦しめた。その術を、エトフォルテの皆に与えてください」
 ゲドーの事をほめられた真名子は、嬉しそうにつま先で一回転。両手を広げ、己とゲドーを誇示して見せる。
 「そう。ゲドーの改造手術のノウハウは、その後の悪の組織のお手本にもなりました。私は皆の体を素敵に改造し、ヒーローに勝てるようにしてあげましょう」
 「そうそう。長所を伸ばす以上に、もっとも大事にしなければならない改造手術の肝が、あるんですよね?」
 ヒデのこの質問に、真名子が胸を張って答える。
 「それはもちろん、脳手術。素材が反抗しないように、素直に言うことを聞くようにきっちりしておかないと」
 これだ。この台詞をヒデは求めていたのだ。
 きっぱりと、大きな声で、ヒデは言った。
 「つまり手術を受ける人の心、感情。いうなれば『魂』をあなたはきっちり奪う、と。
 真名子さん。ドラさんたちの『魂』、奪うんですよね?」
 その言葉に、ドラクローたちがはっとした表情になる。
 真名子の口元が、かすかにゆがんだ。言うんじゃなかった、というように。
 だが、もう遅い。ヒデはゆっくり、はっきりと、真名子がやろうとしていたことを、ドラクローたちに説明した。

 「改造するだけしておいて、心は、魂はどうでもいい。
 改造人間は、悪の組織の戦いの道具でしかない。その力の素晴らしさ以上に、悲しくて虚しい存在であることを、今の日本人は子供のころから学ぶんです」
 ヒーローと悪の組織が50年近く争い続ける日本では、子供のころから注意喚起として改造手術の恐怖を学ぶことになっている。ヒーローや関係機関の人間が許可を得て改造手術を受けることもあるが、それはまた別の話である。
 「さんざんドラさんたちをほめてくれましたが、あなたにとってみんなは、改造手術の素材でしかないでしょう。
 大体、ゲドーとその系列組織が生み出した改造人間や改造生物は、ヒーローを苦しめはするけど最後はみんな負けています。
 50年で1,000体以上死なせておいて、魂を奪いつくして、何がヒーローに勝とうですか」
 そう、ゲドーがヒーローを叩きのめして日本征服した、なんて話はない。つまりそれは、改造された者たちが負け、死んだということでもあるのだ。エトフォルテにこんな結末は、いらない。
 「あなた、『素材』をいじって遊びたいだけでしょう。エトフォルテの事情なんて、どうでもいいんでしょう。
 皆の魂、侮辱しないでください」
 とうとう、ここまで言ってしまった。真名子は、そしてドラクローたちは自分に対し、どうでるか。

 さきに口を開いたのは、真名子。
 「ヒーローに勝てればいいじゃないですか。その結果、心や体がどうなったっていいじゃないですか。
 今までの素材より、エトフォルテの皆さんは優れている。私に任せてくれれば、今度こそ絶対に大丈夫ですよ」
 悪びれるどころか、平然と微笑んでさえ見せる真名子。ヒデはきっぱり言い返した。
 「『今度こそ絶対に大丈夫』なんて、不祥事を繰り返す人の決め台詞。
 日本征服もできないくせに、その自信はどこから来るんですか」
 「できないだって?私たちの実力は…おっと、失礼」
 ムキになって言い返そうと歪んた口元を、あわてて笑顔の形に戻す真名子。そして、反論する。
 「きれいごとで勝てればそもそも争いなんて起きない。
 争いに勝つためには力がいる。
 力を得るには代償が伴う。
 その代償が、この船の何人かの心と体だという話です」
 真名子は、ドラクローに向き直った。
 「龍の体を持つ団長さん。私とこの仮面の軍師、どちらが正しいと思います?
 あなたの心が無くなるのが嫌なら、ほかの方を改造して戦力増強してもいいんですよ」
 開き直った挙句、ほかのエトフォルテ人を素材にしろと言うのか。
 真名子の態度に、もはやヒデは呆れと怒りしかない。果たして、ドラクローはどう答える。

 ドラクローが、ゆっくりと口を開いた。
 「きれいごとで争いに勝てない、というお前の言葉は、正しい。
 力がなければ勝てない。力を得るには代償が伴う。
 全部、宇宙の真理ってやつだ」
 だが、とドラクローは毅然とした態度で、続けた。
 「お前の誘いを一瞬でもいいと思ったことを、俺は今恥じている!
 魂を捨ててまで勝ちたいとは思わない!!魂がなければ、力を得たってなにも守れない。みんなと生きていく意味もない!!」
 そんなドラクローに、タイガが、ジャンヌが、ムーコが頷く。
 良かった。みんなの心が、魂が帰ってきた。
 ヒデは真名子に最後通達をした。
 「真名子さん。おとなしく椅子に戻って、みんなに謝りなさい。そうするなら、海に落とすだけで命は助けます。
 戻らないなら、私は爆破ボタンを押しますよ」
 真名子は、再びサングラスを外した。しばしヒデを見つめてから、小馬鹿にするように鼻で笑った。
 「私にはわかりますよ、軍師さん。あなた、軍師以前に本当の素人でしょう。
 なんでここにいるか知りませんが、人一人殺したこともないでしょう。かすかな手の震えが見て取れます。その仮面の下は緊張と焦りでいっぱいだ。爆破ボタンなんて押せないくせに。人なんか殺せないくせに。覚悟の一つもないくせに。
 私には覚悟がありますよ。どこまでも純粋に、強力な改造人間を作るために、手間暇を惜しまない覚悟が。
 私を爆破して、ヒーローに勝つ機会を永遠に失いますか、団長さんたち。
 こんな臆病者の軍師気取りと優秀な医者である私、どっちに価値を見出しますか。
 もう、答えは分かりきっているでしょう?」
 試験官席を余裕たっぷりに見つめる真名子。
 ドラクローは真名子を、暗闇大魔王の時以上に殺気立った声音で怒鳴りつけた。
 「分かりきってるなら聞くんじゃねえ!!ヒデだ!!」
 ジャンヌたちも、真名子をにらみつけている。

 真名子はなおも、笑顔を浮かべて自分を売り込もうとする。
 「団長さん。本当にいいんですか。
 改造手術を受けずに戦ったら、死にますよ?死ぬのは怖いでしょう?
 だったら手術、受けましょうよ。私に魂を預けてくださいよ」
 「だが、己の魂を貫いて死ねる。この船の皆の魂を、お前のような悪党に売り渡さなかったと誇って死ねる」
 ドラクローは、さらに大きな声で怒鳴りつけた。
 「この船にいる誰も、お前の素材にはさせねえ!!」
 ついに、真名子の顔から余裕と笑顔が消えた。エトフォルテの敗北と死をちらつかせれば、まだ乗り切れると思っていたのだろう。その目論見は完全に崩れた。
 そしてヒデは、ドラクローの言葉で覚悟を決めた。
 皆の魂を侮辱したこいつは、自分が片付ける。

 唖然としている真名子に、ヒデは決然として言い放つ。
 「真名子さん。なんでも見透かすその目でも、あなたが見抜いていないことがある。
 私は確かに素人ですが、3日前に一人殺して、覚悟を決めました。
 だから、ボタンを押せますよ」
 ヒデは爆破ボタンを、ついに押した。
 爆裂音に続いて、大量のトマトを床にたたきつけたような音がした。真名子は手首を失い、膝をついた。ちぎれた腕を見つめて驚愕の表情を浮かべている。
 「おしや、がった……き、さまあ…」
 銀色に輝く瞳が、ヒデに向けられる。貴族のような雰囲気は消え去り、醜悪なマッドサイエンティストの本性があらわになる。
 ヒデは、死にゆく真名子を睨みつけた。
 「私には、軍師としてエトフォルテの仲間を守る覚悟がある。
 仲間の魂と体をいじろうとしたあなたは、敵だ。死んでもらいます」
 真名子はちぎれた腕を振り回し、ヒデに向かって絶叫した。
 「素人の分際で、ゲドーの誇る我が手をこんなあああ!!」
 「うるさいッ!!」
 タイガが拳銃を構えると、透明板がせりあがる。タイガは真名子を射殺した。
 真名子が完全に死んだのを確認し、ドラクローがヒデに頭を下げた。
 「ヒデ。すまない。スレイ先輩の教えに、危うく背くところだった」
 「いいんですよ。僕は、軍師なんだから。この船のみんなを守るのが仕事です」
 そのために二度目の殺人をしたわけだが、はっきり言って罪悪感は湧かなかった。この男を受け入れていたら、みんな体を弄ばれて悲惨なことになっていただろう。
 ドラクローがヒデに、そっと手を差し出す。
 「お前はエトフォルテの魂を守ってくれた。これからも一緒に戦おう、ヒデ」
 「そうですね。ドラさん。僕たちの戦いはこれからです」
 ヒデも手を差し出し、ドラクローと握手を交わす。
 龍族特有の、硬い鱗のごつごつした感覚とドラクローの体温を感じる。この熱こそが、本気で生きていこうとする人間の証明。この本気があれば、何だってできる気がしてくる。
 そう。エトフォルテの戦いはこれからだ。




 そんな情熱的な空気の中、おずおずと手を挙げて割り込むムーコ。
 「あの~。ドラくん。ヒデさん。申し訳ないんだけど…。
 面接終わって頑張ろう、みたいになってるけど、あと一人残ってるよ」
 ジャンヌが参加者名簿を見て指摘する。
 「熱い友情に見とれて、忘れてた。こいつは29番目。あと一人いるじゃん」
 タイガがうんざりした声を上げる。
 「最後のめんどくさいよお。帰しちゃわない?」
 いくらなんでも、それはない。
 面接を再開するため、ヒデたちは真名子の死体を綺麗に片付けた。



 そして、最後の参加者が面接室に入ってきた。
 思わず女性と見間違えるような細面の整った顔に長い金髪。そのままバレエかフィギュアスケートに出られそうなスレンダーな体格にフィットしたおしゃれな服を着た男は、落ち着いた口調でヒデたちに挨拶した。
 「初めまして。私はトータル武装デザイナー、マティウス・浜金田。34歳です」
 男は、自分の特技を語った。
 「武器・防具・兵器全般のデザイン・設計、アドバイス。なんでもやりますよ」
 マティウスの態度は高圧的でもなく、虚勢にも思えない。
 「すごい自信だね」
 思わず声を漏らしたムーコに心の中で同意しながら、ヒデは質問した。
 「トータル。総合的な武装の知識を持っていると言いましたね。
 例えば、この船の外装や武装、みんなの武器をチェックして、防衛のための対策を練ることもできますか?」
 「できますよ。必要な部分をきちんと見せていただければ」
 その自信が大ぼらでないことを祈りつつ、ヒデはさらに問いかけた。
 「デザインや設計の課程で、人体改造とかも行いますか?」
 真名子のようなマッドサイエンティストなら、迷わず落とし穴ボタンを押すつもりだ。
 マティウスは首を横に振る。
 「人体改造は専門外。武装の開発・設計の課程で身体測定をしたり、試作品を試してもらうことはあると思いますが、エトフォルテの皆さんの安全を最優先します」
 マティウスの口調から、嘘は感じられない。ヒデはさらに質問した。
 「浜金田さん。なぜジャークチェインに登録して、ここに来たのですか」
 「私ねえ、子供のころから武装好きだったの。いうなれば、武装おたくね」
 マティウスが突如口調を変えて話し始めたのに、一同ぎょっとした。

 マティウスはそれに構わず話を続ける。
 「この武器はどういう原理で動くのか?この鎧はどこまでダメージに耐えられるのか?
 それを突き詰めて、扱いやすく、使用者に負担をかけない武器や防具を作りたかった」
 「技術者魂にあふれていますね」
 ヒデの指摘に対し、ふふ、とほほ笑むマティウス。
 「とくに、フェアリンの武装に惹かれた。アニメみたいなひらひら可愛い衣装なのに、すさまじい防御力と戦闘力。
 あれをいつか再現してみたかったけど、フェアリンには巡り合う機会がなかった。代わりに、ではないけれど、レギオン・フォレスターに入って、武器防具全般の勉強をはじめたわ」
 「フォレスターと言えば、『地球にやさしく、悪に厳しく』というキャッチフレーズのレギオンですね」
 ヒデもTVニュースなどで聞いていた。ヒーロー活動からは一歩引き、現在は環境保護などが主な仕事になっているレギオンだ。
 「そのフォレスターのヒーロー活動が一段落してから、私はユメカムコーポレーションから誘いを受けて、司令のお許しをもらって出向したの。エトフォルテの子たちは知らないだろうけど、フェアリンを今一番支援している有名企業。
 そこで、フェアリン用変身アイテムの量産化計画に関わったのだけれど…。
 ああ。思い出すだけで泣きたくなる」
 マティウスは本当に涙ぐんでいた。ムーコが問いかける。
 「何があったの?」
 「同僚が組み込んだシステムに副作用があったのよ。私はそれに気が付いて計画の見直しを進言した。
 でも上の連中は計画を強行して、試験装着した女の子たちを死なせてしまった」
 「死なせた!?」
 ヒデは、思わず復唱してしまった。ドラクローたちも驚いている。
 その流れから、マティウスがここに来たいきさつをヒデは理解した。
 「それが世間に知られていないということは、ユメカムコーポレーションは事実を隠ぺいした。
 浜金田さんは濡れ衣を着せられ、処分されそうになった、と」
 マティウスは泣き叫んだ。
 「そうよ!!ひどすぎる!!
 ことが起きたのが1年前。有無を言わさず特別刑務所送りになったから、試作品を持って逃げ出した。そして連中の過ちを公開しようとしたの。
 でも、追っ手を撒くのに精いっぱいで公開なんてできなかったし、フォレスターにも戻れなかった。逃げる手段を探してジャークチェインに私は登録した。そしてエトフォルテを知った」
 ヒデは単刀直入に聞いた。
 「エトフォルテを利用して、会社に復讐するつもりですか」
 エトフォルテの皆を個人的な復讐の道具にされるのは御免だ。マティウスは涙を拭いて、きっぱりとヒデたちに言った。
 「ユメカムへの復讐心があることは否定しない。
 でも、今はあなたたちを助けることを優先したいと思ってる。
 私は、あなたたちのために武装デザイナーとしてのすべてを尽くす。エトフォルテの安全を第一に考えて行動する。
 私が役に立たないと思ったら、迷惑だと思ったら、即座に殺してくれたって構わない。その覚悟でここに来た」
 「なんで、初めて会った私たちをそこまで応援してくれるの?」
 ジャンヌの質問に、マティウスはさみしげに笑った。
 「フォレスターにもユメカムにも戻れないし、実家にも事情があって帰れない。ここを死に場所と決めた。それが理由の一つね」
 「ほかにもあるわけ?」
 さらにジャンヌが質問を重ねると、マティウスはこちらが腰を抜かしかねないほど甲高い声で、笑顔で言った。


 「だって!!みんな、可愛い動物人間さんたちじゃないっ!!」


 しばしの沈黙の後、ドラクローが目をむいた。
 「なんだそりゃあ!?」
 マティウスはさらにテンションの高い声で朗々と語り始めた。ミュージカル俳優のように。
 「私子供のころから大好きだった!!あなたたちみたな動物人間さんが頑張るアニメが!そういうアニメに出たいと本気で思っていた!
 お友達になりたかったの~!!指をからめてああ、フレンド!!みたいな!!
 そんなあなたたちが今、現実で助けを求めている!!
 誰かがこれをやらねばならねば!!期待の人が、私ならば!!
 見せましょう、男気。魅せましょう、デザイナーとしての神髄。
 武装初心者も、上級者も、まとめて安心、満足させてみせましょーッ!!」
 立ち上がって堂々と歌うその姿に、ヒデたちは完全に圧倒された。語る合間の腰つきと手つきが、何とも言えない輝きを放っている。
 ジャンヌはちょっと引いていた。
 「この人、歌と踊りはうまい、かな。うん。歌と踊りは」
 ムーコは嬉しそうだった。
 「そっか。可愛いんだ、私達」
 タイガは戸惑いのほうが大きいようだ。
 「こ、こいつ、能力あるのかないのか、わかんないぞ。大丈夫か!?」
 ドラクローは、意外にもマティウスを気に入ったようだ。
 「独特だが、俺は採用していいと思うぜ。
 歌と踊りはよくわからんが、こいつの発言には、魂を感じる」
 落とし穴ボタンを押す様子はない。ヒデ自身も、マティウスのエトフォルテに対する熱意は感じ取れた。採用を前提に最後の質問をする。
 「浜金田さん。何か食べ物か医薬品で提供していただけるもの、お持ちですか?」
 「逃亡中に買い集めた、コンビニスイーツの数々。
 私のこのバッグ、圧縮空間になってて、結構入れられるの。甘いもの食べると、気が落ち着くわ。全部あげるから、不安を感じてる子供たちを中心に配ってあげて」
 そういって、旅行に使えそうな鞄をぽんとたたくマティウス。圧縮空間のうわさはヒデも聞いたことがある。ヒーローのアイテムを運ぶもので、鞄の中は特殊空間でどんなものも入ってしまうという、アニメさながらの機能だと。
 「エトフォルテの人たちが食べられるか検査機にかけますが、よろしいですか?」
 「もちろん。気にしないからやってちょうだい」
 「お気遣い、ありがとうございます。
 あと、無粋を承知で聞きます。マティウス・浜金田って本名ですか?」
 「いいえ。これは芸名。本名は、浜金田大五郎(はまかなだ・だいごろう)」
 おしゃれな外見に似つかわしくない、古風でたくましい本名だ。同じように感じたのか、タイガが一言。
 「大五郎のほうが強そうじゃねーか」
 「それ言っちゃダメ!みんな、私のことはマティウスで!」
 怒ったようなマティウスの返答に、不思議そうにしているタイガとジャンヌ。
 「ダメなのか」
 「ダメなんだ」
 ムーコは可愛いと言われたのがよほど嬉しかったようで、にこにこしている。
 ドラクローがヒデたちに目配せして、試験結果を告げた。
 「合格だよ。だい…じゃなくてマティウス。よろしくな」
 

 こうして、工場長を除く6人(アルも一人と数えることにした)がエトフォルテに加わることになった。
 ヒデは船内放送で、エトフォルテの皆に彼らを紹介した。そして、6人に今一度問いかけた。
 「私たちはこれから、あらゆる手を尽くしてエトフォルテを守ります。
 辛い戦いになります。長い時間もかかるでしょう。
 改めて問います。それでも、力を貸してくれますか?」
 「仕事をきちんと覚えて、妹と頑張ります」
 そういった時雨の傍らで、翼も首を何度も縦に振った。
 「俺の剣は、エトフォルテに捧げる」
 威蔵の言葉からは、鋭い決意を感じさせた。
 「科学者、医者としての知識と経験を、この船の人たちのために使います」
 「博士に同じ。防衛任務を遂行します」
 まきなとアルにも、強い決意があった。
 そして、最後のこの男は、
 「トータル武装デザイナーとして、全力を尽くします」
 さっきの面接でのはしゃぎようはどこへやら、厳かにマティウスは決意を示す。


 エトフォルテの皆は、暖かい拍手で新たな仲間を迎え入れた。


 

 前の話    次の話