エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第5話 絶望のエトフォルテ

 ヒデは、ガタガタ震えながら血まみれの金属棒を落とし、わめきだした。完全にパニックになっている。
 このままにしておけず、ドラクローはヒデに駆け寄った。
 「ヒデ!!助けてくれたのか!!さっきの金も、お前か!!」
 「いやもう、無我夢中で!!」
 ヒデは興奮しきって、ものすごい勢いでまくしたてる。
 「あああ。ひ、人を殺してしまった!!でも、ど、ドラさんたちが危ないと思ったから無我夢中で!!
 し、し、しかもゴウトの気を引くために、しょ商品をたくさんばらしてぶちまけた!!商品も店もえええ、炎上だ。
 おお怒られる、お祖母ちゃんにも、警察にもヒーロー庁にも怒られる!!」
 そして、ごほごほと激しくせき込むヒデ。ゾックのせいで店内は炎と煙が充満していた。防毒機能のある仮面をつけた自分たちはともかく、ヒデを安全なところに避難させなければ。
 「落ち着け!!俺たちは怒らないから安心しろ!!」
 ヒデの肩をつかんで、ドラクローははっきりと言い聞かせた。
 「お前がああしなきゃみんな殺されていた。ほかに怒るやつがいるなら怒らせとけ。俺たちが味方だ」
 ヒデをなんとか落ち着けると、ドラクローは大けがをしたスレイに代わり指揮を執った。
 「みんなでエトフォルテに戻る。亡くなった団員も連れて帰らなきゃ。手分けして撤収だ。
 ヒデも俺たちについてきてくれ!!」


 ドラクローに逃げるように言われたヒデは、どこにも通報できないのを知ると、2階のおもちゃ売り場にあるパーティグッズ『億万長者ごっこ』の偽札束を大量に開封した。それをばらまいて、ゾックたちの気を引こうとしたのだ。
 偽札束を用意して1階の様子を吹き抜けから覗き込むとゾックはもういなくて、ムーコがゴウトに羽交い絞めにされているのが見えた。そこから先は、本当に無我夢中だった。偽札束を片っ端から1階へ投げ入れ、組み立て式商品棚に使う金属ポールを武器代わりにつかんだ。警棒より大きく、使えそうだと思ったのだ。
 そして1階に続く階段を降りると、なんと変身の解けたゴウトがのたうち回りながら、自分のすぐ近くにせまっていた。ゴウトの転がる先にはゾックの銃。ゴウトの様子をためらいながら見つめるドラクローたち。彼らは銃を構えていなかった。
 長年見てきた映画の展開上、ゴウトが銃で騙し討ちするとわかったから、ヒデは全力で駆けだし、ゴウトの背後から金属ポールを全力で振り下ろしたのだ。絶叫を上げて。
 マスカレイダーにも種類があって、普通の人間が変身するタイプと、事前に改造手術を受けた人間が変身するタイプがある。ゾックとゴウトは前者だと、ヒデは公表されている情報で知っていた。後者のほうが体は頑丈で、金属ポールで殴っても殺せなかっただろうが、それでもヒデは同じことをしただろう。
 殺人の是非なんか、頭に無かった。出会って1時間と少しの仲でも、自分の話を聞いて夢を応援してくれたドラクローたちを、本気で助けたかったからだ。


 パニックからなんとか落ち着いたヒデは、応急処置を済ませたスレイを、ドラクローとともに抱き起こす。
 おそらく店の正面には、火事を知った人たちが集まっているだろう。最初に出入りした裏口は火が回っていて通れない。人に見られるとまずい、とドラクローに伝えると、ドラクローは火が回っていない海岸側の壁を、龍神拳でぶち抜いた。
 新鮮な空気が、ぶち抜かれた穴から潮風にのって肺を潤す。やっと、熱くて煙まみれの空気と決別できた。
 スレイをドラクローとともにサブルカーンまで連れていく。途中、スレイは苦し気に、それでも笑顔を浮かべて、言った。
 「ヒデ。お前は、本当にいい魂を持っているよ。仲間たちを守ってくれた。
 十二兵団第四団長として、ドラクローたちの兄として、感謝する」
 「皆さんにはかないません。僕は金をばらまいて、中身を叩いただけです」
 「お前は俺たちにはできないことをしたんだ。あのままじゃ、みんな死んでいた。本当に助かった」
 突然始まった非日常の中で、スレイの言葉が嬉しかった。ヒデはやっとパニックの余韻からも抜け出し、笑顔を見せることができた。
 海岸のサブルカーンにたどり着き、振り返る。黒い煙が建物のあちこちから絶え間無く上がり、天井か何かがガラガラと崩れる音が聞こえた。強盗ヒーローの乱入から20分程度でこの大惨事。スプリンクラーを壊されなければ、ここまでひどくならなかったかもしれない。
 遠くから、サイレンの音。警察と消防がここに来る。ヒデはこの後のことを考え、頭が真っ白になった。
 ゾックとゴウトが絡んだ以上、自分は警察だけでなくヒーロー庁の取り調べも受けることになる。
 「僕はここに残って事情を説明しないと…。会社にも警察にも…」
 ドラクローが心配そうに言う。
 「火事の理由を説明して、わかってくれる連中なのか」
 「それは…。初期消火もできなかったし……」
 台風の時を思うと、ヒーロー庁はもう信用できなかった。
 それ以前に、自分は店の商品を勝手に使ってしまい、初期消火もしなかった。倉庫に閉じ込めた同僚の矢部と杉尾も、おそらく死んでいる。これだけでもう、警備員としては完全にお終いだ。 
 言葉に困っていると、ドラクローがぐい、とヒデの手を引っ張った。
 「ヒデ!俺たちと一緒に来い!
 下手をすると、この火事もお前のせいにされる」
 「通報も消火もしなかったのは僕だ。矢部さんたちも死なせた。警備員としての責任を果たせなかった」
 このうえはすべての事情を話して、罰を受けるしかない。
 ヒデはドラクローの腕を振りほどこうとしたが、ドラクローは離さない。さらに強い口調で、ヒデに言い聞かせる。
 「閉じ込めたやつらはお前を殺そうとしたんだ!それに、お前は消火できなかったんだよ!やつらを早く倒せなかった俺たちのせいだ。
 それでも俺たちには、ここに残ってケイサツとやらに事情を説明する余裕がない。早く戻らないと、先輩の手当てができないんだ。
 ほとぼりが冷めるまで、エトフォルテで匿う!あとで必ず、帰すから!!」
 それでもヒデはためらった。警備員としての責務を放棄する以上に、生まれ故郷の風海町を離れるのが怖かったのだ。
 だがここに残れば、警察や消防、ヒーロー庁の取り調べが待っている。
 脳内でずいぶん長く、エトフォルテか取り調べかを秤にかけた気もしたが、実際には30秒も経っていなかった。
 「お願いします!!」
 ヒデは、とうとうサブルカーンに乗り込んだ。

 キャタピラが作動し、砂浜から沖に向かってサブルカーンは進んでいく。
 出発から10分で、安定して海上を高速航行できるようになった。
 ムーコがスレイの容態を報告するため、ドラクローやヒデたちのいる操舵室を訪れた。
 「応急処置はしたけど、あまり状態が良くないよ。本格的な治療は、戻らないとできない」
 「わかった。お前は先輩についていてくれ。それと、さっきはすまん。すぐに助けられなくて」
 ドラクローはムーコに頭を下げた。ムーコは気にしてないよ、と言い、微笑んだ。
 「怖かったけど、ドラくんはあきらめないって信じていたから」
 「いや。俺の力じゃない。あの場を乗り切れたのはヒデのおかげだ。ヒデがいなかったら、きっとみんなやられていた」
 そう言ってドラクローは、ヒデに向き直った
 「ヒデ。本当にありがとう」
 「そんな。頭を上げてください。僕は警備員の責任を果たしただけで…」
 まっとうな責任感を持った警備員は売り物のパンを勝手に配ったり、強盗ヒーローを殴り殺したりはしない。ヒデはそう思ったが、これ以上は無粋なので言わなかった。
 それを知ってか知らずか、ドラクローが違う話題を振ってきた。
 「この国には、ゴウトやゾックみたいのがたくさんいるのか」
 「ええ。大体1年に一度のペースで、新しいヒーローと悪の組織が生まれます」
 「とんでもないところに墜落しちまった。早く修理を済ませて、この星を出ていったほうがよさそうだ」
 「そのほうがいいですよ。この国は、危険なところなんです。とくに、日曜日は」
 ヒデはため息をつく。
 ドラクローは自分をあとで帰す、とは言ってくれたけど、ふとヒデは、彼らと一緒にこんな日曜日がやってくる日本を離れ、宇宙に旅立ってしまおうかと、突拍子もないことを考えてしまった。
 蕎麦屋、警備員ときて、次は宇宙旅行ときた。
 和彦がここにいたら、
 「いいじゃねーか!行っちゃいなよ!
 帰ってきたら、宇宙旅行の感想を聞かせてくれ!!」
 と、無責任に送り出してくれるだろう。彼は今アメリカに留学中だから、かなわない話だが。
 ああ、でも家にあるものを整理してからじゃないと駄目だ。自分と親しい近所の人たちも心配するだろう。ドラクローたちの迷惑になってもいけないから、やはりあとで帰してもらうのがいい。それがきっと、お互いのためなのだ。
 ぼんやりと先の事を考えていると、ふと自分のスマートフォンが鳴った。ネットニュースの速報を伝える音だ。どうやら、回線が回復したらしい。
 ヒデは、スマートフォンに映し出されたニュースを見る。
 そして、見出しに絶句した。

 『千葉県南部沖に巨大な宇宙船が落下!?』
 『宇宙船が謎の電波を放出して、関東一体に深刻な通信障害が発生』
 『ヒーロー庁は宇宙船を敵性生命体だと判断』

 これ以上は見ている暇がない。ドラクローに伝えようとした瞬間、サブルカーン内に警告音が鳴り響いた。
 「上空から何かが接近してくる!!」
 タイガが操舵室のモニターに上空の映像を映し出す。人型の巨大なそれを、ヒデはTVで知っていた。
 「レギオンの巨大ロボです!!」
 巨大ロボの肩が動く。巨大な砲身が見えた。とっさに、ヒデはタイガの肩に手をかけて叫んだ。
 「避けて!!やつが撃ってくる!!」
 「嘘だろお!!」
 タイガは急速潜航をかけて、立て続けに放たれた砲撃を交わした。しかし、間に合わず1発かすり、船体表面で爆発した。サブルカーンが大きく揺れる。巨大ロボはそのまま沖に向かって飛び去った。
 潜航して攻撃をかわしたのち、タイガが困りはてた表情で報告する。
 「兄貴。エンジンが損傷した。速度は落ちるけど、なんとかエトフォルテまで持つと思う。でも、早くしないとスレイ先輩の治療が…」
 損傷、という言葉にドラクローが反応する。
 「ちょっと待て!!あのでかいの、どこに飛んで行った!?
 まさか、損傷して動けないエトフォルテに…」
 団員たちの顔が、見る見るうちに青ざめていく。
 ヒデはもう一度ネットニュースの続きを見た。
 『レギオン・シャンガイン シャンガイオーを起動し宇宙船の討伐へ』
 「ドラさん、そのまさかです!!」
 ヒデの叫びを聞くや否や、ドラクローは通信機に飛びついた。
 「エトフォルテ!!応答しろ!!そっちにバカでかい戦闘兵器が向かった!!厳戒態勢をとってくれ!!」
 通信機の向こうで、切羽詰まった声が聞こえてきた。
 「こちらでも確認しました!!
 …駄目だ!!そっちの報告にあった日本語設定で呼びかけているのに、無視して襲ってきた!!わあーッ!!??」
 そのまま、通信が途絶えた。
 サブルカーンの面々は、絶望的な表情で立ち尽くす。
 それでも、損傷したエンジンをめいっぱい動かして、エトフォルテに向かうしかなかった。
 

 陸地に向かった時の倍以上の時間、地球時間で1時間以上経過してから、ドラクローたちはやっとエトフォルテにたどり着いた。 すでにエトフォルテの船体は、巨大な刃物で斬られたような跡が残り、ところどころが大きく損傷していた。幸いというべきか、巨大ロボはもういなかった。
 サブルカーンを船体側面の搬入口に停め、ヒデも連れて足早に居住区に向かった。
 船内の、居住区の状況はどうだ。十二兵団が、なんとかしてくれたとドラクローは信じたかった。
 居住区は、あちこちで火の手が上がり、多くの亡骸が横たわっていた。
 血の匂い。十二兵団員も、そうではない一般住民も。多くの者が死んでいた。
 植えられた花や樹の燃える匂い。生活を彩るための多くの物が燃えていた。
 絶望的な光景のなかでドラクローたちは、やっとジャンヌを探し当てた。
 「ジャンヌ!!ジャッキーは、ほかの団長たちはどうした!!」
 傷だらけになり、折れた槍を握ったジャンヌが、ぽろぽろと大粒の涙を流してドラクローたちに駆け寄った。
 「ドラクロー…。どうしよう…。おじい様も、兄さんも、みんな……!!」
 「十二兵団が、やられたってのかあ!!」
 タイガが悲鳴を上げる。
 ジャンヌが、泣きながら事情を語った。
 レギオンの巨大ロボは、エトフォルテが送った通信を無視し、エトフォルテの周囲を守る光学防壁(シドル)と、船体に装備された対空砲台を剣で叩き斬った。そしてロボを降りた7人の男女-赤・青・黄・緑・桃・金・銀の7色の戦士たちが、光線銃を乱射し、剣を振り回してエトフォルテの民を殺して回ったという。
 「おじい様、敵意はないって、ちゃんとあいつらの言葉で話したのに…!!あいつらは問答無用でおじい様を、長老会の皆を殺したの。兄さんたちは皆を守るために戦ったけど、居住区まで侵入されて…!!」
 生活に必要な食料や医薬品を管理している建物も破壊された。十二兵団は死闘の果てに一人だけ、銀色の戦士を殺すことができた。残る6人は銀色の死を見て慌てて引き返していったという。
 その話を聞いたドラクローたちは、崩れ落ちるしかなかった。
 「私、守れなかった…!!何もできなかったよ!!」
 槍を手放し激しく泣き出したジャンヌを、ドラクローが抱きしめる。
 「何もできなかった奴が、こんなに傷だらけになるかよ!!
 泣くなよ。お前も、全力で戦ったんだろ!!だから、泣くなよ!!みんな戦士、なんだから。やらなきゃいけないこと、いっぱいあるんだから、泣くなよっ…!!」
 ドラクローも泣いていた。タイガも、ムーコも、そして一緒に陸から戻ってきた団員たちも泣いていた。
 大切な家を、仲間を容赦なく殺されたことに、ドラクローの全身は怒りと絶望で引き裂かれんばかりだった。


 ドラクローたちから少し離れたところで、ヒデはスレイを介抱しながら、その様子を眺めていた。
 地面に横たえられたスレイの呼吸が、弱り始めていた。どうにかしようにも、このありさまではスレイの治療を優先してくれとも言えない。居住地区のあちこちで、助けを求める声が聞こえていたからだ。
 タイガの送った翻訳機のデータは、エトフォルテの住民全員が共有し、日本語を話せるようになっていたようだ。レギオンは、明らかにそれを無視して襲ったとしか思えない。
 いったいなぜ、こんな真似を。
 だが、今はスレイの治療をなんとかしてもらわなければ。ヒデはドラクローたちに治療を頼もうと思ったが、スレイに止められてしまった。
 「俺は、もう、助からない。エンジンが壊れた時から、覚悟は、していた。血を、流し、すぎた……」
 スレイはそのまま血まみれの手で、ヒデの手を強く握りしめる。
 「俺にかまわず、ほかの、やつを助けてくれ」
 「駄目です。あなたの治療を…」
 スレイは弱弱しく首を横に振り、喉の奥から声を絞り出した。
 「頼む。俺たちはこの星のことがわからない。みんなを、助けてやってくれ。
 俺はもう、ドラクロー、たちを助けてやれない。お、お前、しかいない。この星で頼れる人間、は、お前しか、いないんだ」
 「しかしスレイさん、僕は…」
 ただの人間で、料理くらいしか取り柄がないんです。無理です。
 そう言おうとしたが、
 「ヒデ!!頼む!!」
 スレイが必死な顔で叫ぶのを聞いたら、言えなくなってしまっていた。
 何をすればいいのかわからなかった。不安しかなかった。
 それでも、ヒデは決めた。
 この人を裏切ってはいけないと。
 「分かりました。必ず!」
 ヒデも握られた手に力をこめた。スレイのまなざしをまっすぐに受け止めて。
 「ヒデ。どうか、エトフォルテのみんなを…守って、くれ…」
 それが、スレイの最期の言葉になった。
 握りしめたスレイの血まみれの手から、力が少しずつ、失われていく。
 静かに閉じられていくスレイの瞳。その瞳の上から、しずくが一つ。また一つ。
 このしずくは、ヒデ自身の涙だった。
 ほんの少し前まで、一緒に笑いあって、夢を応援してくれた人が、死んだ。その人の仲間たちも、死んだ。
 祖母の時と同じだ。
 ヒーローのせいで。
 そう、ヒーローの、せいで。
 スレイの亡骸を抱えて、血と煙のにおいが充満したエトフォルテで、ヒデは泣いた。



 シャンガインの襲撃直前、エトフォルテには約1万4千人が生活していた。
 住民を守るための十二兵団員は、約1,200人。
 戦闘を担当する力の部の隊員を中心に、十二兵団は約300人の団員を失った。
 第一団長 牛族のオーロック(力の部)。
 第二団長 鼠族のクヴィーク(心の部)。
 第三団長 兎族のイナバ(技の部)。
 第四団長 馬族のスレイ(力の部)。
 第五団長 蛇族のジャッキー(心の部)。
 第六団長 猿族のヨルザ(技の部)。
 第七団長 猪族のシシーア(力の部)。
 第八団長 鳥族のスパローン(心の部)。
 第九団長 犬族のプロキオ(技の部)。
 そして、ドラクロー、タイガ、ムーコの前任団長だった、龍族のドレーク(力の部)。羊族のアリエ(心の部)。虎族のバグナ(技の部)。住民を守るため、全員、戦死。
 ネイクス含め12人の長老たち、説得を試みた際、死亡。
 さらに、攻撃を受けた非戦闘員約200人が死亡。団員及び非戦闘員において、多数の負傷者が発生。
 エトフォルテは、絶望的な状況に陥った。

 

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