エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第33話 棺桶問題からはじまる大混乱(前編)

 
 マスカレイダー・ターンの戦地撮影に同行したハイランドスコープ社のクルーザーが、千葉県南部に展開された自衛隊・海上保安庁の艦船群に保護されたのは、ターンが出撃した翌日。日曜の朝10時だった。

 同じころ東京では、レギオン・シャンガインとマスカレイダー・ターンと敵対していた組織が暴れまわり、ヒーロー庁に登録していたヒーローが代わりに戦っていた。
 駆り出された登録ヒーローたちによる戦いは、大型ロボの出番が来る前に決着がついた。多くの建物が傷ついたが、幸い人的被害はない。

 同日正午。
 ヒーロー庁本庁舎一階のオフィスでは、東京での戦いの結果報告とその後の処理に職員たちが追われていた。
 ヒーロー活動を統括・支援するオフィスは、ピカピカのデスクやパソコンが置かれ、ヒーロー庁専用の制服を着た職員たちがせわしなく動いている。まぶしい光景とは正反対に、職員たちの顔は疲労でボロボロだ。
 職員たちを指揮するのは、ヒーロー庁防衛対策部長 七星篤人(しちせい あつと)。
 自身もヒーロー『マスカレイダー・ノーザンライト』として戦った経験のある男。第一線で戦っていたころから約20年を過ぎ、現在はヒーロー活動を管理する指揮官だ。
 『イケメン』という言葉が世に知られたころ、彼はヒーローになった。イケメンヒーローの先駆けとして怪物を叩きのめし、40歳を過ぎた今でもイケメンに恥じない風貌を保っている、と自分では思っている七星。
 しかしエトフォルテ墜落から2週間経過した今。激務で彼の体重は5キロ落ち、はたから見て疲れ果てた残念なイケメンであることを隠しきれない。
 彼の仕事はこの2週間で多忙を極めていた。
 先々週の日曜日は、エトフォルテによる電波攻撃で関東一帯が大混乱。
 先週の日曜日は、シャンガインが皆殺しにされた。予想だにしない展開にパニックを起こしかけた職員たちを、七星は雄駆の指示のもと落ち着かせ、檄を飛ばした。
 「こんな状態ではエトフォルテの思うつぼだ!!次回出撃予定のターンのサポートに全力を尽くす!!今度こそ勝つ!!」
 ターンの出撃とそのための戦力強化は、すべて雄駆による指示だった。サポートビーストの追加やスーツのアップデートを、不眠不休で七星たちはやり遂げた。シャンガインが抜けた分の防衛対策もしながら。
 

 そして昨日、土曜日。
 エトフォルテに向かったターンの生命反応が消えた。撮影業者の安否も分からない。七星と職員たちはとうとうパニックを起こした。
 それでも彼らは何とか立ち直り、日曜日に予想される悪の組織の襲撃に備え、東京防衛のための対策を大至急練り上げた。
 

 なんとかその対策が実った、日曜日の今。
 各々の席で一息つく七星と職員たち。だが彼らに笑顔はない。
 誰もが飲み飽きたが飲まないとやってられない栄養ドリンクを、ごくりとやって一休み。
 疲れ切った男性職員が、憂鬱極まりない表情で七星の席に歩み寄ってきた。
 「七星部長。自衛隊が保護した撮影業者のスタッフたちは、エトフォルテからレギオン・シャンガインとマスカレイダー・ターンの遺体が入った棺桶を託されたそうです」
 「獣人が遺体を返すとは。食べたりしないのだな」
 七星の返事に頷く男性職員。
 「自分もそう思います」
 この国では、ゲドーをはじめとした悪の組織が獣人のような風貌の改造人間を生み出し暴れさせることも少なくない。獣人が人を襲い喰らった事例もある。
 その被害にあった一人が、天下英雄党の副総理にしてマスカレイダーとしての七星の先輩にあたる、弩塔猛波。彼女はかつて家族を悪の組織に改造された。それで悪の組織を憎み、女性初のマスカレイダー・メイルシュトロームになった。
 「撮影業者は自衛隊が艦内で隔離しています。現在体に異常はなく、改造手術などを施された形跡はないとのこと」
 七星は職員の報告に、ひとまず安堵する。
 「問題の棺桶は?」
 「自衛隊の調査では、棺桶外部に爆弾などが取り付けられた形跡はない模様。中身は我々の調査が入ると思い、手を付けていないとのことです」
 賢明な判断だな、と七星は思う。
 ヒーローの身に着けているものは秘密技術と情報機密の塊で、自衛隊や警察は許可なく触れてはいけないことになっている。
 「撮影業者は、遺体か棺桶に細工が施されたかも、と言ったそうです。自衛隊は、必要とあればヘリで遺体をこちらの研究所に搬送するとも申し出ていますが」
 エトフォルテ対策に七星は直接かかわっていない。しかし、関東一帯の防衛対策のため、千葉県沖に展開した自衛隊・海上保安庁とは情報連携していた。
 職員に答える前に、机の上の固定電話が鳴る。
 ディスプレイには、雄駆名誉長官の執務室の番号が表示されている。七星は素早く受話器を取った。


 受話器の向こうから、雄駆の威厳に満ちた声がする。
 『七星。自衛隊が撮影業者と、シャンガインとターンの棺桶を確保したそうだな』
 「そうです、名誉長官。業者は保護された自衛隊の艦内で隔離されています。体に異常はないようです」
 『業者のことはどうでもいい。それより、あの子たちの遺体を納めた棺桶はどうなっている?』
 どうでもいい、とはあまりにも冷淡ではないか。
 七星は口に出さず、聞かれたことだけ答える。
 「自衛隊が確認したところ、棺桶に爆弾などは取り付けられていないようです。ヘリで搬送させますか」
 『そうだ。遺体はすぐそのまま、この本庁舎に移送させろ』
 「ここに?それは危険では。もし何か仕掛けられていたら…。ほかの研究所で慎重にやるべきです。業者は、エトフォルテが棺桶などに細工をしたかも、と言っていました」
 都内と関東一帯にはヒーロー庁の管轄する研究所が複数ある。本庁舎でやるよりは安全ではないか。
 そのつもりで進言したが、
 『今回の事案は重大性が違う。天下英雄党とも情報共有が必要だ。あの子たちの変身アイテムには、亡くなる直前までに見聞きした映像がすべて保管されている。本庁舎で解析してすぐに対策を練らなければ』
 「でしたら、別の研究所で確認した後に情報共有しても遅くはないかと」
 『遅い!!お前の案は、英雄的な行いとは言えない!!』
 「しかしですね…」
 『だから!!今必要な英雄的行いが何か、考えろ!!』
 雄駆はそれきり何も言わない。
 つまりそれは、
 『早くヒーロー庁本庁舎に棺桶を搬送しろ』
 という指示でもあり、
 『もう七星の意見は求めていない』
 という、この国の元祖ヒーローの”英雄的行い”である。
 この人はこうなったら誰の意見も聞かない。
 「了解しました。本庁舎に搬送させます」
 しかしそれで、組織と日本の平和が守れるなら、自分がとやかく言う必要はないのだ。受話器を置いた七星は自分にそう言い聞かせる。自分がヒーローとして、主人公として戦う時代はとっくに終わった。組織の一員としてヒーローを支える今、ヒーロー庁の輪を乱すことは許されない。
 それに、一応自分は反対した。この国の最高レベルのセキュリティを誇るヒーロー庁本庁舎で問題が起きることはまずないだろうが、もし起きたとしても自分のせいではない。
 雄駆はエトフォルテ対策の主導権を握り、輪良井広報官を連れて天下英雄党側の出席者といろいろ話し合っている。七星は今に至るまでエトフォルテとほとんどかかわりがない。首都を中心とした防衛対策を任されていたからだ。
 だから関係ないし、問題はない、はず。
 しかし、ヒーロー経験者としての責任感と組織の輪を保つ義務感から、七星はもう一度よく考える。
 ここに棺桶が搬入される以上、やはり関係者に情報共有はしておくべきだろう。
 彼は天下英雄党の高鞠総理、弩塔副総理、素薔薇国防大臣、甘坂統制長官に、棺桶が1,2時間のうちにはこのヒーロー庁本庁舎に搬入される、とメールを送った。重要性が高いから早急にメール確認し、必要なら雄駆に連絡するように、と書き添えて。



 ヒーロー庁本庁舎にシャンガイン達の棺桶が搬入されたのは、それから1時間後のことだった。
 すぐに棺桶と遺体は地下三階にある研究室で解析に掛けられるようだが、七星は今後の防衛対策に関する書類を処理するため、解析には立ち会わなかった。そもそも呼ばれなかった。
 気にせず仕事を続け、新たな案件に手を付ける七星。
 それは、ヒーロー庁に協力していた武智まきな博士の逃走についての報告書だった。
 武智はエトフォルテ墜落の少し前、完成したばかりの自律思考型戦闘用機動人形『バトルアイドール』を使い、ヒーロー庁の職員を殺害して都内の研究所から逃走。その後の行方がつかめない。
 七星は何度か武智と会っている。彼女は義肢開発の先進的な知識と技術を持った優秀な医者にして科学者だった。バトルアイドール計画は日本防衛のために雄駆名誉長官が発案し、武智を指名したものだ。
 3年前の計画当初、武智はアメリカで優秀な実績を残して日本に帰ってきたばかりだった。
 『絶対に説得してヒーロー庁に加えろ。彼女が他の企業に就職する前に』
 雄駆の指示のもと、七星も武智を説得した。バトルアイドールが完成すれば義肢開発へ技術を応用でき、義肢を必要とする人たちの励みにもなるからぜひ、と。彼女はそれでヒーロー庁に加わったのだ。
 定期的に開発状況は見聞きしていたが、武智が職員を殺して逃げるとは思わなかった。この計画は極秘で進めていたから公にしてはならぬ、と名誉長官から言われた七星は、警察協力のもと殺人犯として彼女とバトルアイドール『アルファ』を指名手配した。
 しかし逃走からしばらくして、今度はエトフォルテ騒動。正直、今はエトフォルテ最優先だから武智のことは後回しにしてもいいか、と七星は考え、報告書に判を押して決裁を終える。
 今頃彼女はどうしているだろう。なにが彼女を殺人に走らせたのか。アルファがこの国を守り、義肢開発の希望になることを誰よりも夢見ていた人なのに。


 決裁を終えて一息つくと、想像以上の疲れと眠気を感じる。
 七星だけではない。このオフィスの職員たちは、シャンガインの死からほとんどが家に帰らず、休憩室で仮眠しつつ仕事している。本庁舎には職員向けの食堂やシャワー室、コインランドリーもあるからそれなりに快適ではあるけれど。仮眠ではどうしても疲れはたまる。
 仮眠でもいい。とにかく七星は寝たかった。職員の休憩状況を確認して、休憩室でひと眠りさせてもらおう。それから残りの仕事を片付ければ、やっと職員たちを家に帰すことができる。みんな、帰りたいのを我慢して仕事をこなしている。なんとか今日中に帰してやりたい。
 するとオフィスに、弩塔副総理と素薔薇国防大臣、そして甘坂統制長官が血相を変えてやってきた。かすかな休息への希望を打ち砕くように、大きな足音を立てて。
 大声で事態を確認したのは、マスカレイダーの先輩でもある弩塔。
 「七星!!シャンガインとターンの棺桶が、ここに運び込まれたのは本当か!!」
 「メールに書いたとおりです。今頃名誉長官が解析しているはず」
 「名誉長官は、総理と輪良井にだけ声をかけて解析をはじめたらしい。なぜだ!!」
 その隣で素薔薇が、子供っぽい仕草で口をとがらせている。
 「国防大臣の私を差し置いて、ひどいよお!」
 この人は少し前まで年相応に貫禄と落ち着きのある議員だったのに、なぜこんなに子供っぽくなってしまったのだろう。
 七星の思いをよそに、今度は甘坂が問いかけてくる。
 「七星防衛対策部長。なぜここに持ちこんで解析を?」
 「名誉長官がそうしろと言ったので」
 「エトフォルテが遺体や棺桶に細工をしたとは思わないんですか?」
 「棺桶に細工が無いことは自衛隊が確認した。遺体への細工については名誉長官も承知している」
 甘坂は政治アナリスト出身のせいか、細かいことを気にする。もう自分は仮眠をとりたいのだ。名誉長官たちに任せてあとで話を聞けばいいのに。
 「ここのセキュリティは万全だ。爆発物や毒物の細工があっても、防護服を着て慎重に…」
 甘坂は七星の言葉を遮った。
 「その細工が、コンピューターを犯すようなものだったら大変です。
 シャンガインのブレスレットにターンのベルト。情報解析するにはコンピューターに接続する必要がある。ここのコンピューターは政府のほかのコンピューターともつながっているでしょう」
 七星は眠気が一気に覚めた。
 「ここに持ち込まず、外部との情報回線が完全に遮断されたところで解析するべきです。名誉長官に今すぐ解析の中止を進言してください!」
 「しかし、エトフォルテは獣人で、世界的に見ても電子的戦略にまで知恵が回る獣人犯罪組織は……」
 ”英雄的行い”を決断した雄駆照全に、後輩でもある七星は逆らいたくなかった。
 だが甘坂は違う。政治アナリストから議員に転身した彼女は、”英雄的行い”が”政治的”におかしいとあればすぐ口を出す。
 「彼らに知恵を貸す軍師ヒデは日本人です!そしてこちらの想像を裏切り、エトフォルテはシャンガインとターンを殺した。それで満足する彼らとは思えない!」
 七星はもうためらわなかった。弾かれたように立ち上がり、スマホで名誉長官に連絡を取るがつながらない。
 弩塔が、連絡のつかない苛立ちから怒鳴る。
 「総理も輪良井もスマホに出ない。七星。解析している研究室はどこだ!」
 「地下3階で」
 遺体を解析している地下3階研究室は、とくに機密性の高いヒーロー装備や研究資料を管理しており入室制限がある。七星も滅多なことでは入らない。
 4人は急いでエレベーターに乗りこみ、地下3階に向かう。
 そして研究室になだれ込んだ。
 

 直後、
 「なんだこれはッ!?」
 最新鋭のコンピューターがびっしりならんだ研究室内で、雄駆たちが驚きの声を上げて真っ黒に変色したモニターを見つめている。
 高鞠も輪良井も、コンピューター専門の技官たちも勝手に入ってきた七星たちを責めるそぶりを見せない。
 それどころではなくなっていたのだ。
 研究室内では独特の意匠が施された8つの棺桶が開けられ、そこからケーブルが伸びている。変身デバイスとコンピューターをつなぐためのケーブルだ。


 七星は最悪の事態を悟る。
 雄駆たちは情報解析のため、変身アデバイスとコンピューターをつないでいた。ほかの省庁ともつながったコンピューターに。
 真っ黒になったモニターの中から、映像が浮かび上がる。
 異常が起きたことを、この場にいる全員が悟った。
 雄駆は技官を怒鳴りつける。
 「何をしている!!これはコンピューターウィルスだ!!駆除して電源を切れ!!」
 「もうやってます!けど、駆除も電源も…」
 技官の一人が泣きそうな顔でキーボードをたたくが、何も変わらない。
 七星は技官に質問した。
 「まさか、ウィルススキャンせずに解析したのか?」
 技官はとうとう泣き叫んだ。
 「しましたよ!
 ですがスキャンに反応しないウィルスが、映像データに偽装されデバイス中枢に仕掛けられていたんです。悪の組織に奪われた場合でも、中枢のシークレットシステムには手を付けられないよう特別な処理が施されてるのに…!」
 「馬鹿な!!なぜ宇宙獣人がそこにウィルスを!?」
 モニターをにらみつつ答えたのは雄駆。
 「これは、軍師ヒデの罠だ!」
 「ですよね!」
 相槌を打つ高鞠の目も、モニターの映像に釘付けになっている。
 映像には、黒い背景の前に立つ2人の男が映し出される。
 映像を見た七星は、まるでミステリードラマの始まりのようだ、と場違いなことを思った。

 

 

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