エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第37話 今はここにいないあなたからの…

 
 初めて十二兵団員として未知の惑星に降り立った日。
 ドラクローは、雑巾絞りで殺されそうになった。

 エトフォルテを守る十二兵団に入団した若者たちは、新たな惑星に降りると実地訓練をさせられる。
 先輩たちと一緒に、その惑星の調査を行うのだ。
 ドラクロー、ジャンヌ、ムーコ、タイガは、同じ時期に入団したほかの若者20人と一緒に、人生初の実地訓練に参加した。
 引率担当の団長はジャンヌの兄ジャッキーと、孤児院の先輩であるスレイ。そして先輩団員4人。空気に毒がないのはわかっていたが、万が一に備えて全員仮面を着用し、海から潜航艇サブルカーンで上陸した。
 この惑星は、赤茶けた砂と岩に囲まれ、乾いた大地が果てしなく広がっている。エトフォルテが水補給も兼ねて降り立った海は、惑星の総面積の五分の一にも満たないほどであった。そして緑がまるでない。
 団員たちは岩に囲まれた地帯に足を踏み入れた。太陽の光を浴びて大地はさらに赤く輝き、次第に視界がおかしくなりそうな気さえしてくる。仮面のフィルターを通して吸い込む空気は、サビのような臭いがする。
 こんなところで生きている生命体なんているのか。
 そう思いながら、ドラクローはゴツゴツした赤い岩に触れてみる。
 岩に触れた手が、信じられない感触を覚えた。
 脈打っていた!!岩が!!
 岩がそのまま動き出し、自分たちよりも大きい人型となる。顔に当たる部分に目と分かる箇所はなく、代わりに牙の生えた大きな口だけがあった。手足は太く、大きな手は十二兵団員の胴体をわしづかみできるほど。
 岩まみれのここは、岩人間とでも呼ぶべき生命体の縄張り。
 団員たちは瞬く間に囲まれ、問答無用で岩人間に襲われた。


 憧れの十二兵団での最初の戦いは、理想とは程遠い混乱に満ちた退却戦となった。
 岩人間に殴られて怪我をした団員を抱え、ドラクローたちは撤退せざるを得なかった。やつらにはエトスをまとった龍神拳も馬尊脚も、蛇族の毒撃も銃もなかなか効かない。しかも、周囲の岩の大半がこの岩人間だったのだ。
 赤い大地を踏みしめ、こちらに迫ってくる岩人間の大群。
 ドラクローたちは懸命に戦いながら、潜航艇を置いた海岸まで撤退を続ける。
 ようやく潜航艇が見える地点にたどり着く。新人団員のほとんどが、実戦の恐怖でおびえ、泣いている。それでも、心の部のジャンヌとムーコは怪我人の治療を続け、技の部のタイガは岩人間を銃撃した。
 岩人間は銃撃をものともせず、タイガに迫る。タイガの銃が弾切れになった。
 スレイたち先輩は離れたところで岩人間と戦っている。ジャンヌとムーコも。タイガの側には自分しかいない。岩人間に自分の攻撃は通じない。割って入れば自分が死ぬかもしれない。
 ドラクローは恐怖した。立派な十二兵団員は死の恐怖なんて感じないんだろうな。
 だが本当に怖いのは、何もしないまま弟分を見捨てることだ!
 絶叫とともに、ドラクローはタイガを襲おうとした岩人間の顔面に拳を叩き込む。
 渾身の一撃。だが岩人間はびくともせず、ドラクローの両腕と両足を大きな手でつかむ。
 そのまま頭上に腕を持ち上げ、岩人間は手に力を込める。ドラクローはとっさにエトスで体を強化して耐えるが、腕と足に伝わる力の感覚で、岩人間のやろうとしていることを悟ってしまった。
 雑巾絞りのごとく体をねじって、殺すつもりだと。
 懸命に耐えるも岩人間の力のほうが強い。ねじられる痛みに耐えきれず、その先の自分の姿が脳裏に浮かんで、涙が出た。
 そして悲鳴とともに意識を失った。


 次に目を覚ました時は、十二兵団の医務室だった。
 涙ぐむタイガとムーコ、そしてジャンヌが、ベッドに横たわる自分を見つめている。
 気絶している間にスレイとジャッキーが駆けつけ、岩人間からドラクローを救ったと、タイガが説明した。
 岩人間との戦いは重傷者5名。自分を含む軽傷者6名。ねじ切られかけた脇腹が痛い。軽傷で済んだのは奇跡的だとドラクローは思い、そして身震いした。
 説明が終わるころ、スレイとジャッキーが医務室に入ってきた。
 ドラクローはスレイたちに、助けてくれたことへの礼を言った。
 スレイは言う。
 「俺たちよりも、タイガたちに礼を言ってくれ」
 雑巾絞りの直前。
 丸腰になったタイガが岩人間に飛びつき、さらにムーコとジャンヌも駆けつけ何とか岩人間の注意を引き付けた。スレイたちはそれで何とか間に合ったという。
 「本当にみんな、よくやったね」
 ジャッキーは褒めてくれたけれど、ドラクローは素直に受け取れなかった。
 「よくやれてなんか、ない。死ぬのが、絞られるのが怖くて、俺は泣いて気絶しちまった」
 ジャンヌとムーコも悲し気に呟く。
 「退却と治療をしながら、私ずっと泣いてた」
 「私も…」
 そして、気まずげに手を挙げるタイガ。
 「オレ、兄貴が岩人間に捕まった後の記憶がないよ」
 スレイが言う。
 「それだけお前は必死に立ち向かってた、ってことさ。俺たちが証人だ」
 「そうかなあ」
 スレイは優しくタイガの肩を叩く。
 ジャッキーがドラクローたちの顔を見つめて、語り掛ける。
 「ここにいる4人は、誰も仲間を見捨てなかったし、適当な仕事をしなかった。掟に従い、厳しい戦いを乗り越えた。いっぱい泣いたし、怖い思いもしたけど。みんな、仲間のために頑張っていたよ」
 それでもドラクローは、泣いて気絶した自分が許せない。自分は最後何もできなかったじゃないか。
 そんな胸の内を、スレイは見透かしたらしい。
 「ドラクロー。お前自分は何もできなかった、理想の戦士じゃないとか考えてるだろ」
 「…考えてた」
 「お前が気絶したのはタイガを助けるために、岩人間に殴りかかったからだろう。恥じる要素がどこにある。仲間のためにお前は体を張った。だから俺だって頑張れたし、間に合った。
 その頑張りが、魂が、エトフォルテと十二兵団には大切。自分だけ良ければいい、なんて魂ほど、情けなくてだらしない物はない。お前は、いやお前たちは今日、誰一人そんな魂を見せなかったぞ。厳しい掟に体と魂をさらして全力を尽くしたのは、俺たちが知っている。
 だからドラクロー。次に『何もできなかった』なんて顔したら、俺本気で怒っちゃうぞ」
 最後の口調はおどけていたが、スレイの眼差しは真剣だ。
 スレイらしい言い方だ、と微笑み、ジャッキーはドラクローたちに語りかける。
 「仲間のために精一杯頑張る姿は、人を伝わるよ。スレイも僕も、先輩からそう学んだ。
 いつか君たちが先輩になったら、後輩やまだ見ぬ星の人たちに伝えていくんだ。十二兵団の掟を。掟を貫く姿を。その先に生まれる魂のつながりを。それが、エトフォルテをより良く変えていくはずだ」
 そして、スレイが締めくくる。
 「この先辛いことがあったら、これまでの良かったことを思い出し、この先にいいことが待っていると信じて頑張るんだ。そうやって魂を研ぎ澄ませ。仲間とともに強くあるために。
 大丈夫。俺たちも一緒だからな」
 
 

 そして、今。マスカレイダー・ターンを撃破してから2週間後。

 ドラクロー、タイガ、ムーコ、ジャンヌは、十二兵団の訓練施設で、汗だくになって戦闘訓練をしている。
 機械的な装置を取り付けた武道場、といった風の施設内で、互いにエトスをまとい、ぶつかり合う。ジャンヌは訓練用の槍を、ムーコは包帯状の布を構えている。
 魂の力『エトス』をまとって戦う、各部族固有の武術は、全団員が覚えておく必要がある。技術要員である技の部と、生活支援が主な心の部は、戦闘担当の力の部ほど要求されるレベルが高くない。団長であってもだ。
 しかし今や問答無用で襲ってくる日本のヒーローたちには、高くないレベルでは太刀打ちできない。ドラクローはタイガを、ジャンヌはムーコを相手にして訓練することにしたのだ。
 龍族の武術は「龍神拳(りゅうじんけん)」。龍族特有の頑丈な皮膚を活かし、真っ向から拳で打ち合う打撃技を主とする。
 虎族の武術「虎攻閃裂(ここうせんれつ)」は、爪で引っかく動作を主とした武術。指先にエトスを集中させ、素早く相手を引っかき、切り裂く。
 蛇族の武術は「蛇伸操槍(じゃしんそうそう)」。蛇族特有の柔軟な体を活かした関節技と、槍や針を用いた鋭い突きを得意とする。
 羊族の武術は「白縫纏(はくほうてん)」。縄や布を使った武術で、護身や捕縛に重きを置いた技が多い。魂の力であるエトスを流すと、手にした縄や布は軌道を操ることができるので、かなり変則的な動きが特徴的だ。
 ちなみに、エトスは己の体や身に着けた服、握っている武器防具に流せるが、手を離れ飛んでいく弾丸や矢には込められず、ほかの生き物に対し流すことはできない。

 みっちり1時間、たがいの武術をぶつけ合い、4人はすっかり汗だくになっていた。汗を拭いて休憩をとりつつ、昔話をする。
 4人で訓練なんて久しぶりだ、とドラクローたちは語り合う。十二兵団に入って岩人間から退却した後、二度と泣いてたまるかと4人で奮起して以来だ。
 あの後十二兵団の新人たちは、頑張って岩人間を蹴散らしたが、結局エトフォルテは赤い星を離れた。闘争本能しかない岩人間との共存はできないし、雨がまるで降らず植物が育たない環境だったからだ。
 昔話の最中、タイガが呟く。
 「今のオレたち、うまくやれてるかな。先輩たちみたいに」
 ジャンヌはうーん、と考えてから、言う。
 「うまくやれてる。ってのは、思い上がりね。それは、私たち以外の人が決めること」
 ムーコがさみしげに笑う。
 「私達、まだまだ未熟だよ。魂を研ぎ澄ませて、昔の一緒にいた時間を思い出せば頑張れる。だけど…。これから先の時間も、スレイ先輩や若先生たちと頑張りたかったな」
 若先生というのは、ジャンヌの兄ジャッキーのことだ。心の部の後輩にして控えめな性格のムーコは、敬意をこめてジャッキーを『若先生』と呼ぶ。
 一方ドラクローとタイガは、スレイより年上のジャッキーをそのまま呼んでいた。これには訳がある。
 エトフォルテ人は、他星の厳しい環境に耐えるため定期的に痛い注射を打たなければならない。子供にとっては辛いことこの上ない仕事をしに孤児院に来ていたのが、心の部の団員にして医者のジャッキー。ある時孤児院に注射を打ちに来た彼に、スレイはえい!と腕まくりして、こう言った。
 「ジャッキー、俺たちは心の準備ができてるぞ!」
 スレイは、注射を嫌がる子供たちを鼓舞したのだ。彼を真似して幼いドラクローとタイガは、スレイのようにジャッキーを呼び続け、注射のたびに腕をえい!とまくり続けた。
 あとで十二兵団に入った後、『先輩』とつけて呼ぼうとしたら、ジャッキーは笑って言った。ジャッキーでいいよ、と。ジャンヌも苦笑いして認めてくれた。
 身近だった彼らは、もういない。親しかった同期の団員も、リーダーである長老たちも。そう思うと、自分も寂しい。
 でも。
 「寂しい、一緒にいたかった、と思い続けるのは、弱気の証だ。先輩たちに失礼じゃないか」
 ドラクローは、自分に言い聞かせるように口に出していた。
 「…そう、なのかな」
 不安げにつぶやくムーコに、もう一度言い聞かせる。
 「過去を振り返って魂を研ぎ澄ますのは、今を強くあるためだ。俺たちが、エトフォルテを支えるんだから。寂しいと思ったまま先に進んじゃいけない」
 その時、通信機が鳴った。ヒデからだ。
 訓練の後にぴったりの飲み物ができたから、試飲してほしい、という。


 ヒデが作ったのは、エトフォルテ内で育てられているかんきつ類を氷結粉砕して作った粉と香辛料、塩と砂糖を水で溶いたもの。日本でこういう飲み物は『スポーツドリンク』という名前で普及しているらしい。詳しいレシピはまきなとアルが知っていて、手伝ってくれたそうだ。
 日本人とエトフォルテ人が飲めるように、すでに成分はチェック済み。早速飲んでみる。
 甘いが、果実の生搾りジュースとは違う味わいだ。すっきりしていて、ほどよい酸味が疲れに心地いい。氷結粉砕した果実の粉は料理や菓子に使うが、水にほかの香辛料や塩を混ぜて飲むという発想はなかったと、ムーコとジャンヌは驚いている。
 「心の部の皆さんに粉の事を聞いて、博士たちと試作してみました。汗をかいた後にちょうどいいかと」
 ヒデの解説に、ドラクローは大きく頷く。
 「いいと思うぜ。ほかの皆にも飲んでもらおう。
 それにしても、料理に戦術。ヒデはなんでも知っているな」
 ヒデは、照れくさそうに笑う。
 「みんな、お祖母ちゃんやほかの人から教わったことを活かしているだけです」
 タイガが質問する。
 「そういやヒデ。軍師としての知識はどうやって学んできたんだ?この前ははぐらかされたけど、知りたいんだ。ヒーローたちに言いふらしたりしないからさ。お祖母さんからじゃないだろ?」
 「……そうですね。友達のことがばれると良くないと思っていたけど、話せる範囲で説明します」
 そしてヒデは、友達『和彦』の話をしてくれた。

 この星には『映画』という本物そっくりの芝居があって、和彦は映画監督を目指していた。映画のジャンルは戦闘や殺人事件が主で、最初の映画でヒデは殺人犯をやるように懇願されたという。しかも、和彦とヒデはその時までほとんどつながりがなかった。
 かなり強引な友達だ、とドラクローは思う。戦いとは無縁のヒデに、軍師を依頼した自分もだが。
 「とにかく緊迫感あふれたアクションやサスペンスを撮りたがって、毎日殴り合いや銃の撃ち方、戦術、殺人トリックを考えている友達でした。僕と出会う前から、バトルのネタ帳を30冊は書いていた」
 「そりゃすごい。てか、すごすぎる」
 「もっともイカしてる悪党の殺し方十選、を雑誌に投稿して、賞金をもらったことも」
 芝居と実戦の違いはあるが、十二兵団にも敵の殺し方をそこまで考える極端なやつはいない。
 「言っちゃ悪いが、イカれてる」
 普通なら付き合うのを遠慮したくなるものだが、友達を語るヒデは楽しそうだ。
 「彼にとっては誉め言葉です」
 さらに、日本では昼になると、『再放送』という形で昔の映画などが多数流されるという。蕎麦屋に備え付けの『テレビ』で、ヒデはそうした物語をほぼ毎日見続け、和彦に誘われて映画の勉強会にも出たという。そのせいで、ヒデにも和彦のように戦いのことを考える癖がついた、というわけだ。
 ドラクローは言う。
 「和彦はヒデの軍師としての師匠、ってわけだ」
 ヒデは昔を思い出すように目を閉じ、そして苦笑いを浮かべる。
 「その師匠から見て、今の僕はどうでしょうね」
 「きっと満足しているよ」
 俺たちはもう十分に、という意味を込めて、ドラクローは言った。
 ヒデは首を横に振る。
 「いや。きっと満足しないと思う」
 「そうか?よくやってる、とか言わないのか?」
 「いつでも戦い、いや撮影の場に高いレベルを求めていた。もしここにいたら、こう言うと思う。
 『ヒデ、まさかこのレベルで満足を?
 全然足りてないぞ、軍師感!!もっと軍師感と緊迫感をもって、お前自身がヒーローをぶちのめす気で策をねらんかい!!』」
 ヒデの口調が変わったので、ドラクローはぎょっとした。
 「ね、ねらんかい!?」
 ぷっ、とムーコが吹きだす。
 「ヒデさん、『ねらんかい!!』とか言うんだ」
 「あ。懐かしすぎて、和彦風につい話してしまいました…」
 普段の穏やかなヒデとも軍師としてのヒデとも、かなりかけ離れた口調だ。友達が見込んだだけあり、ヒデには役者としての才能が間違いなくある。
 ドラクローは、和彦のことをもっと知りたくなった、そして、彼の口調を真似るヒデをもっと見たくなった。
 「ヒデ。ほかにも和彦が言いそうなこと言ってみろ」
 「…では、実際に言ったのを。
 『ミステリー冒頭の語りで見た人の心を掴むなら、背景は黒一択!!間違いない!!』」
 間違いない、はかなり独特な言い方だ。
 「ほかには?」
 「『敵を仕留める罠は、わかりやすくてベタがいい。
 複数の罠を掛け合わせるなら、ベタとベタの重ね掛けがベスト!!俺はそこにインベスティメントする!!』」
 ムーコは笑いをこらえていたが、とうとう大声で笑い出す。
 「ベタとベストとインベス…。“ベ”がくどいよお」
 タイガとジャンヌも笑い出す。
 ドラクローも笑いたかったが、気になったことを聞いてみる。
 「ヒデ。よくそんな無茶苦茶で強引な友達につき合ったな。話し方も性格も正反対じゃないか」
 ヒデは答える。
 「確かに無茶苦茶で強引。でも、なぜか引き付けられる。映画のために全力を尽くすところに、不思議な格好良さがあったんです。それに…」
 単に映画のためだけに頑張る男ではなかったという。

 ヒデの祖母が、ヒーローの戦いに巻き込まれて亡くなった後。
 ヒデは精神的に落ち込み、食事ものどを通らず寝込んでいた。
 訪ねてきた和彦に、ヒデは己の苦しみを打ち明けた。
 「寂しさや悲しみが消えなくて、動けないんだ。これじゃあ、駄目だ。お祖母ちゃんにも叱られてしまう。申し訳ない。こんな思いはしちゃいけないのに」
 すると、和彦はこう言った。
 「寂しいとか申し訳ないとか思うのは、それだけヒデがお祖母さんの事を大切に思っているからだ。絶対にお祖母さんは責めないと思う」
 さらに続けた。
 「寂しいと思っちゃだめだとか、後ろ向きだから考えないというのが、一番いけないぞ。そりゃあ、悲しいままでいるのが正しいとは思わない。
 だがよ。寂しいと思いながら前に進むのが間違いだと誰が決めた。寂しさや悲しみは、人を大切に思う気持ちの裏返しなんだから。その思いを恥じるな。
 『友情。愛情。尊敬。人を大切に思う気持ちを忘れて前に進んだら、駄目よ!!』
 と、俺に教えてくれた人がいる。つまり、寂しいまま一歩を踏み出したっていいんだ。それでも一歩を踏み出せないなら、俺が手を貸すぜ。ヒデのお祖母さんを大切に思うのは、俺も一緒だからな」

 「その言葉に励まされて、僕は少しずつ仕事に戻れるようになった。悲しくても、前に進んでいいとわかったから」
 ドラクローが指摘する。
 「途中の和彦の口調、マティウスみたいだな」
 ヒデは笑う。
 「大切な女性からの受け売りだそうです。誰かは、最後まで教えてもらえなかった」
 まあ、誰の言葉かが重要なのではない。ドラクローは気が付いた。
 「寂しいと思うのは、人を大切に思うから。その気持ちを否定して前に進んじゃいけない。ムーコ。すまなかった」
 ムーコは微笑む。
 「ううん。私は立ち止まりがちだから」
 ジャンヌは、ふっと笑う。
 「そんなことない。私はムーコがいるから前に進める」
 タイガが言う。
 「強引だけどいいこと言うな、和彦。オレ、好きになりそう」
 きっとヒデは、自分たちのやりとりの意味を分かってはいないだろう。タイガの感想にやっと反応し、苦笑する。
 「出会った頃はかなり強引。でもしばらくすると、そういうことはしなくなった」
 ヒデが和彦と最後に会ったのは、エトフォルテ墜落の数か月前。ヒデが蕎麦屋を断念したあの台風の後。和彦は留学先のアメリカから、被災した親戚を見舞うために帰ってきた。
 留学の都合もあり、いられたのは3日間だけ。貴重な時間を使い、彼はヒデの蕎麦屋の片づけを手伝ったという。
 ヒーロー庁の役人の態度に絶望した。
 ここまで壊れた蕎麦屋は解体するしかない。
 もう、料理人としての仕事はできそうにない。
 ヒデが口にした諦めを、和彦は黙って聞いた。諦めるな、料理人をやれ、とは言わなかったそうだ。
 「和彦は、僕の諦めを否定しなかった。甘えかもしれないけど、あの頃の僕にはありがたかった」
 タイガが、しみじみと呟く。
 「ヒデがいつか、料理人に戻るのを信じていたのかもな」
 その和彦も、ヒデが宇宙船に乗り込み料理人どころか軍師になるとは思うまい。こんな状況に巻き込んですまない、とドラクローは思う。
 そのすまなさが顔に出てしまったらしい。ヒデはドラクローを見つめ、笑った。
 「今、また誰かのための料理を作れるようになった。和彦から学んだことが戦いに活かせている。だから、僕は大丈夫です」
 「大丈夫じゃない。お前ひとりの戦いじゃない。俺たちもいる」
 ドラクローは、ヒデの肩を優しく叩いた。
 「また、こうやっていろいろ話そう」
 「そうですね。僕も、みんなの話が聞きたいです」
 
 訓練場に漂う暖かいつながりをかみしめた、しばしの後。
 ジャンヌが、いたずらっぽく笑う。
 「ヒデ。また和彦の真似してよ。今度は威蔵たちの前でも」
 「え~…。それは遠慮しておきます」
 かなり遠慮がちに苦笑するヒデを、タイガとムーコがからかう。
 「心配すんな。オレたちにウケたから、みんなにもウケる」
 「ベタとベストとインベスティゲイトなら、間違いない!!」
 ムーコは和彦の『間違いない!!』を真似している。あんまり似てない、と思っていたら、ヒデがツッコミを入れた。
 「ムーコさん、微妙に違う!インベスティメント!あと『間違いない!!』が似てない…。は!何故また僕は真似してしまったんでしょう…」
 それだけヒデが和彦のことを大切に思うからだ。自分たちにとってのスレイやジャッキーたちのように。
 真似しながらツッコミを入れた挙句慌てるヒデがおかしくて、ドラクローはまた笑った

 

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