エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第26話 緊急対策会議は踊る。そして英雄的に進む。

 
 この国の政治の中心、国会議事堂はちょっと変わっている。
 まるで議事堂を巨大ロボットの上半身が抱きかかえるような形で、議事堂の真後ろに巨大な建物が建っているのだ。
 このロボットのごとき建物こそ、日本のヒーローを管理・支援する公的機関、ヒーロー庁である。
 20年ほど前、ヒーロー庁創設を支援していた団体が天下英雄党を名乗り、
 『英雄の決断が必要だ』
 『ヒーローを公的支援する組織を』
 と国防におけるヒーローの重要性を猛烈にアピールした結果、ヒーロー庁庁舎は国会議事堂の真後ろにできた。
 それからしばらくの後、天下英雄党は支援団体から進化し、国政に正式にかかわる政党になった。当時の与党は失言や不正献金をはじめとした失態が相次ぎ、国民の政権交代を望む声が大きくなっていた。天下英雄党は失言や不正献金の徹底排除でクリーンな政党イメージを作り上げ、さらにヒーロー経験者を議員にすることで力強さを国民に訴えた。かくして天下英雄党は与党となり、約10年かけてヒーロー庁とともに盤石の態勢を作り上げて今に至る。
 難攻不落どころか絶対無敵ともいえる国家体制。
 その体制にヒーロー全員殺害という信じられないヒビを入れたのは、宇宙からやってきた獣人たちと、得体のしれない日本人軍師。
 天下英雄党とヒーロー庁はシャンガイン全員死亡が確認された3時間後に、ヒーロー庁の会議室で緊急対策会議を開いていた。


 「大変なことになった」
 天下英雄党の永世名誉長官「雄駆 照全」(ゆうく しょうぜん)は、沈痛な面持ちで会議を切り出した。
80歳を目前に控えているというのに、背筋は伸び体格も引き締まっている。当然だった。彼こそは日本初のヒーローにして、かのゲドーと戦った『マスカレイダー・ゼロ』。そしてヒーロー庁の創始者でもある。公的には彼の後輩にあたるマスカレイダーだった男がヒーロー庁長官で、雄駆は普段表に出ない。だが雄駆には緊急時にヒーロー庁の全権限を扱える永世名誉長官としての絶対的権利があった。だからこの会議に出席している。恵まれた体格を包む名誉長官としての特注の制服は、偉大なヒーローとしての威厳に満ちた重厚なデザインだ。
 彼の傍らには、公的機関に似つかわしくないほど可愛らしく着飾った女性がいる。ヒーロー庁の広報官でもあり情報収集を担当している「輪良井 美狩(わらい みかる)」だ。15年ほど前は、とあるレギオンのメンバーにしてお笑い芸人にして大学生。現在はヒーロー庁が公式放送するヒーロー番組にナレーターとしても出演している。

 対する天下英雄党の出席者は4名。
 スポーツマンのように引き締まった体とさわやかな顔つきの現首相『高鞠 爽九郎(たかまり そうくろう)』。もともとはビジネス全般におけるアドバイザーで、20年以上前からヒーロー庁と天下英雄党創設に大きくかかわった男。50歳を超えているが、見た目に気を遣っているから10歳ほど若く見られることもある。
 副首相にして、女性初のマスカレイダーでもある『弩塔 猛波(どとう もなみ)』。かつて雄駆照全に師事した武闘派で、高鞠爽九郎とも古い付き合いである。一線を退き40代になった今でも、ヒーローとして戦場で戦える高い実力を持っていた。
 国防大臣の『素薔薇 晴夫(すばら はるお)』。もともとは農業専門の大臣だったが、数年前に娘が魔法少女フェアリンになったのをきっかけに国防大臣に任命された。娘たちの影響を受けたのか、この1,2年ですっかり子供っぽくなったと評判の60代。
 そしてこの面々の最年少20代にして、国民に内閣の方針を伝える内閣統制長官の『甘坂 冴恵(あまざか さえ)』。同時に内閣の綱紀粛正を図る、いわば内閣の風紀委員。海外で研鑽を積んだ優秀な政治経済アナリストで、天下英雄党付のアナリストから議員に転向した。天下英雄党のクリーンなイメージを作り上げた最大の功労者だ。


 雄駆名誉長官は厳しい表情で、出席者たちを見回した。
 「妨害電波の解消後、レギオン・シャンガインの生命反応とハイパーシャンガイオーの起動シグナルが全て失われたと判明した。日本のヒーローが宇宙から来た残忍な獣人集団エトフォルテに皆殺しにされたことは、もはや疑いようがない。この憎むべき行いに、日本人が協力している。
 この事態をどう思う。素薔薇国防大臣」
 「ゆゆゆな事態ですね!!アカンと思います!!」
 60代のいい年した大人が、妙に子供っぽい口調で回答する。
 輪良井広報官が笑った。
 「あっはっは!!素薔薇さんキモ可愛くてオモシロ~」
 甘坂統制長官が冷静にツッコミを入れる。
 「素薔薇大臣。由々(ゆゆ)しき事態、では。そして、遺憾(いかん)に思います、でしょう。輪良井広報官、笑い過ぎです」
 「だってみんな厳しい顔してるんだもん。ピンチのときこそ笑いましょ」
 そう言って、輪良井広報官は可愛らしいポーズを決めた。
 「みか~るスマイル!!」
 これは、お笑い芸人時代から彼女の決めポーズであった。弩塔副首相が怒鳴りつける。
 「笑っている場合じゃないだろう!!」
 武闘派な副首相は拳を固く握りしめている。。
 「見るもおぞましい獣人たちに我が国のヒーローが殺された。それなのによく笑っていられるなッ!!輪良井、元ヒーローの自覚がなさすぎる!!」
 「元ヒーローの弩塔のおばさんみたいにカッカと怒ってたらしわが増えて可愛くなくなるんですぅ!!悔しかったら笑ってくださいぃ~!!」
 いぃ~!!、と言いながら、指で己の口角を押し上げる輪良井広報官。
 「なっ!?輪良井…よくも!!」
 弩塔副首相は輪良井広報官に今にも殴りかかる勢いだ。それをやんわりと止めに入る、高鞠首相。
 「二人とも、落ち着きなさい。輪良井広報官。場を和ませようとした点は評価しますが、今はやめなさい。そして弩塔副首相。怒りの高まりを押さえなさい」
 そして首相は雄駆名誉長官を促した。
 「雄駆名誉長官。レギオン全滅なんて初めてです。いったいなぜ、こんなことになったのでしょう。そして我々は、どうすればよいのでしょう」
 かつての偉大な英雄は、武神像のように厳しい表情を崩さない。名誉長官は答えた。
 「まさかこんなことになるとは思わなかった。率直に言おう。私も混乱している。だがはっきりわかっていることがある」
 それはなにか。出席者がかたずをのんで次の言葉を待つ。
 名誉長官は、言った。
 「この事態を招いた元凶は、謎の地球人軍師ヒデだッ!!」
 「ですよね!!」
 高鞠首相がすかさず同意した。名誉長官は続ける。
 「この軍師ヒデの素性はわからん。ヒーロー庁のデータベースには、これまで出現した怪人や悪人のデータが1万件以上入っているが、軍師ヒデなどという悪人は存在しない。この未知の男が獣人たちに日本語を教えて入れ知恵をし、日本にさらなる妨害電波を仕掛けシャンガイン達を皆殺しにした。間違いない」
 弩塔副首相は、ぶるぶると身を震わせて叫ぶ。
 「おぞましい獣人どもに力を貸す日本人…!!我が国の恥、汚点だ!!こんな男は全ての獣人とともにすぐ殺してしまうべきだ!!怒涛(どとう)の勢いで報復戦を仕掛けるべき!!」
 副首相は獣人へ強い嫌悪感を抱いているらしい。
 甘坂統制長官は、神妙な顔で副首相をたしなめた。
 「副首相。我らは獣人の権利を保護する国際条約に参加する予定もあります。悪事を働いた獣人を憎むのはいいですが、どうか慎重な発言を」
 「この際、あの条約への参加は見直すべきだッ!!みんなそう思っている!!」
 「私はそうは思いません。宇宙から来た獣人が乱暴だからといって、地球の獣人を殺していい理由にはならない。獣人の権利保護は国際的課題です。発言は慎重に」
 そして統制長官は、名誉長官に質問する。
 「雄駆名誉長官。軍師ヒデが、獣人集団エトフォルテに手を貸したことは間違いないでしょう。
 しかし、妨害電波が流れる直前にエトフォルテのリーダーと思われる男は言っていました。
 『先週の日曜日に自分たちは日本語を話して、敵意がないと伝えた』
 と。この点はどうお考えですか」
 「彼らは日本語など話していなかった。統制長官。君も特番の映像は見ただろう」
 「BGMを大音量でかぶせた映像なら。BGMを入れる前の、オリジナルの映像はどうです」
 「訳の分からん獣人どものおたけびしか聞こえなかった」
 「本当に?」
 「我々はヒーローだ。英雄だ。英雄が嘘をつくというのか、君は?」
 名誉長官はきっぱりと言い切った。
 「あまりに聞き苦しいのでお茶の間の迷惑になると思い、BGMをかぶせるようヒーロー庁の編集部に指示を出した。嘘だと思うならあとで編集前の映像を見に来なさい」
 ヒーローの活動は、ヒーロー庁公式放送局で全国のお茶の間に流されている。輪良井広報官がニコニコしながら手を上げた。
 「ちなみに、あの特番でナレーションを担当したのはアタシでした~!!可愛かったでしょ?」
 「うん!!とっても可愛かったよお」
 素薔薇国防大臣もニコニコ。弩塔副首相はますますうんざり気味な表情になる。


 甘坂統制長官は話題を変えた。
 「なぜエトフォルテは、妨害電波をあのタイミングで出したのでしょう。あれだけ広範囲に妨害電波を出せるなら、シャンガイン出撃前にやったほうが得策だったはず。日本中の通信機器をおかしくした電波です。出撃を封じることもできたでしょう。何か裏があるのでは?」
 「それは現在調査中だ。調査中の案件には答えられん」
 雄駆名誉長官は、ぐっと口を真一文字に結ぶ。
 しばしの間の後、甘坂統制長官は静かに言った。
 「わかりました。調査結果を待ちます。
 次の質問です。ヒーロー庁は軍師ヒデ以外に日本人の協力者がいるとは考えなかったのですか」
 「ほかにも協力者がいると?」
 「そう考えるのが自然です。戦いは一人の軍師がいればできるものではないですから」
 この言葉に、はっとしたような表情になる弩塔副首相。
 「雄駆名誉長官。悪人御用達の闇サイトはチェックされましたか?ヒーロー庁は、闇のSNSの代表格『ジャークチェイン』などの内容を日々チェックしているはずです。日本に妨害電波を流せるなら、ネットワークに介入して事前に仲間を募るくらいはできるでしょう」
 雄駆名誉長官と弩塔副首相は、ヒーローの師匠とその弟子と言う間柄だ。副首相の名誉長官に対する態度には、尊敬の念が感じられる。
 名誉長官は、輪良井広報官を見る。
 「輪良井広報官。君は広報だけでなく悪人の情報収集もしていたな。何か知っていることは?」
 「……一応、ジャークチェインで、見てたけど……」
 輪良井広報官が気まずげに口ごもったのを見て、顔色を変えたのは弩塔副総理。
 「 “見てたけど”!?まさか、エトフォルテの情報を見ていたのに野放しにしていたのか、ヒーロー庁は!?」
 困ったような、泣きそうな顔で反論する輪良井広報官。
 「悪人がギャグで記事を投稿するケースもあるから仕方ないでしょ!!
 第一、連中は最初日本語を話してなかったから…。投稿された記事が本当に海の向こうの宇宙船からだなんて、一目じゃわからなかったよ!!」
 「いったい何が書いてあった!!」
 「私たちの仲間になるか必要なものを寄付してくださいと、日本語で」
 「協力した者たちの詳細は!?答えろ輪良井!!」
 弩塔副首相は机をたたいて輪良井広報官をにらむ。その隣で甘坂統制長官は頭を抱えた。
 「30人くらいいたけど、水曜日にはもう全部募集データが消えちゃって…。わかんない」
 輪良井広報官の子供っぽさ丸出しの回答に、弩塔副首相は今日一番の怒鳴り声をあげた。
 「わかんないじゃないッ!いちおうわかってたんじゃないか、いちおうは!!」
 さきほどまで落ち着いた口調で話していた甘坂統制長官もすっかり苦り切った顔。
 「甘い。甘すぎる。子供でもここまでひどい回答はしない」
 甘坂統制長官は輪良井広報官をにらんだ後、雄駆名誉長官に視線を移す。
 「そのデータを逆探知して協力者をあぶりだせば、エトフォルテの内情を知ることもできただろうに。二度目の攻撃で、シャンガインを全員死なせることもなかったはず。雄駆名誉長官。ヒーロー庁の責任問題になりますよ」
 名誉長官は岩のように厳しい顔を崩さない。


 高鞠総理が穏やかな口調で割って入る。
 「弩塔副首相。甘坂統制長官。落ち着け。怒りたくなっても耐えなさい。コミュニケーションは熱くなり、焦った者の負け。とくに弩塔副首相にとって、雄駆名誉長官はヒーローとしての師匠でしょう。師匠の部下に怒っては駄目。いけない」
 「それとこれとは話が別。首相、こちらが先手を打つチャンスがあったのに、潰したのはヒーロー庁で……」
 「過去をいたずらに振りかえることは英雄的行いではないッ!!」
 ぴしゃりと、会議室内に漂った責任転嫁の空気を打ち消す声。
 雄駆名誉長官は一同を見回し、同じことをもう一度言った。
 「過去をいたずらに振りかえることは英雄的行いではないッ!!
 ヒーロー庁はジャークチェインを見逃した。だがそれは直接の敗因ではない。シャンガインには想定されうる様々な危機に対応する装備を我々は与えていた。それを打ち破ったのはエトフォルテと、それに入れ知恵をした軍師ヒデ。すべてはやつらのせいだ」
 「命を奪ったのが彼らであることは確かでしょう」
 甘坂統制長官は同意した。だが。
 「ヒーロー庁は今朝の特番で、新装備の詳細をまるまる流しましたね。あれをエトフォルテが見て、対策を考えたとは思わないのですか。
 あと、毎年発行しているヒーロー図鑑。軍師ヒデが間抜けでないなら、図鑑の内容を事前に獣人たちに見せるでしょう」
 「獣人風情が1時間程度のTV番組と図鑑を見ただけで対策をとれるとは思わん。ちょっと手の内をさらした程度で負けるヒーローを生み出すほど、われらは間抜けではない!!」
 「…番組も図鑑も結構詳しかったかと」
 ぼそりと呟いた統制長官を、今度は高鞠首相が一喝。
 「甘坂統制長官!過去を振り返ってはいけない!!前向きな発言だけ!!」
 「……では、なぜシャンガインは負けたと」
 「軍師ヒデが我らにも想像の出来ない知恵を獣人たちに与えたとしか思えん。だからわれらにとって想定外の事態が起きた」
 統制長官はため息をつく。
 「………つまりヒーロー庁の総意としては、今回の敗北にヒーロー庁の落ち度はなく、責任は敵であるエトフォルテと軍師ヒデのせいである、と」
 「それ以上でもそれ以下でもない」
 雄駆名誉長官は厳しい表情で甘坂統制長官を、そして弩塔副総理をにらみつける
 「シャンガインのことは大変残念だった。あの子たちは皆、私の教え子だ。悪の組織の起こしたテロで、家族を亡くした子ばかりだった。その子たちを宇宙から来た残忍な獣人たちと、日本人の協力者が殺した。これは許しておけぬ。
 ヒーロー庁にいくばくかの問題があったのも事実だ。だが、その問題を責めていては前に進めぬ。我々は英雄だ。英雄は前だけ向いて力強く進む姿を国民に見せ続けなければ。
 だから弩塔副首相。甘坂統制長官。過去の対応を責めることを私は禁じる」
 「禁じるって、名誉長官でもそれは…」
 弩塔副首相の反論を遮ったのは、高鞠首相。
 「名誉長官の言うとおり。ビジネスでも、前に進まない人間は他人の責任を追及するだけで、言い訳ばかりだ。言い訳は心の高まりを鈍らせる。
 だから副首相。統制長官。もうヒーロー庁の過去の対応を責めるのはやめなさい」
 副首相と統制長官はしばし見つめあった後、互いにあきらめたように「はい」と短く言った。
 「やっとうっさい人たちが静かになったあ」
 その様子にけらけら笑う輪良井広報官。そのそばで素薔薇国防大臣も愉快そうに笑っている。いい年した大人が、いたずらを誇る子供のようにけらけらと笑っている。公的機関の会議室で。何も知らない第三者が見たら、恐ろしく珍妙で寒々しい光景に見えただろう。
 そして60過ぎなのにやたら子供っぽく振舞う国防大臣は、やる気に満ちた声で提案する。
 「じゃ、名誉長官。次は私の娘たち『グレイトフル・フェアリン』を派遣しちゃいましょう!!ついでに、仕返しのためにヒーロー庁に登録したヒーローをかき集めて大規模攻撃を…」
 それはならぬ、と、再び雄駆名誉長官。
 「軍師ヒデという得体のしれぬやつがいる以上、大勢で動くのは危険だ。単独で素早く動け、瞬時に現地で戦力を召喚できるヒーローが必要だ」
 では一体だれを?
 皆の問いかけに、名誉長官は力強く宣言した。

 「次は天下英雄学院からマスカレイダー・ターンを出す!!われらヒーロー庁の切り札で完膚なきまでに獣人どもをたたきのめしてやろう」



 

 

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