宇宙船エトフォルテと日本近海の異世界クリスティア王国で起きたことを報じるスターライトネットワーク(略称SLN)の特別報道。
それに端を発し、素薔薇国防大臣が泣き叫んで辞任した『あびゃびゃ事変』。
さらに、雄駆照全ヒーロー庁永世名誉長官が記者会見で『お馬鹿様』と嘲笑されてから、もうすぐ2ヶ月が経とうとしている。
この間、クリスティア王国で悪行を働いたユメカムコーポレーションは会社としての機能を停止し、社員たちは散り散りとなった。
ユメカムは、国家機関ヒーロー庁が認めたヒーロー支援企業。
国民の厳しい視線は今、他のヒーローや支援企業はもちろん、彼らを統括するヒーロー庁に注がれている。
エトフォルテが悪いようには思えない。
困っていた異世界の国で、ヒーローと支援企業がひどいことするなんて。
なら、他のヒーローだって隠れて悪いことをしているのかも。ヒーロー庁だって……。
週刊スピンドルには、ヒーローの不祥事ばっかり載る。きっとこの先不祥事がバンバン出るぞ。
脱税、不倫、超薬。あいつら不祥事の常習犯だ!
ヒーローは、誰のおかげで報奨金もらって、いい思いしてるんだ!
私たちのヒーロー税のおかげじゃない!ふっざけんじゃないわよ!
天下英雄党もヒーロー庁も、説明責任を果たせ!バカ!
バカはダメ!『お馬鹿様』って言わなくちゃ。
日本国内におけるヒーローへの不満と不信は、日に日に強くなりつつあった。
ヒーロー庁を率いる雄駆照全はこの日、日本を代表するヒーロー二組を相手に、エトフォルテ対策合同会議をオンラインで開催した。
雄駆名誉長官と輪良井美狩広報官は今、名誉長官執務室にいる。雄駆は名誉長官の立場を誇示するがごとく、特注の重厚なヒーロー庁専用制服にたくましい身を包んでいる。軍隊の重鎮、と言わんばかりのデザインだ。
同行する輪良井は、己のお軽さと可愛さを強調したいらしく、アクセサリーを制服にふんだんにちりばめている。名誉長官は規律に厳しいと有名なのだが、なぜかこのおちゃらけ広報官に対しては、甘い。
オンライン会議用モニターには、3人の人物が映っている。
ひとりは、まるで時代劇に出てくる歴戦の武将あるいは剣豪を思わせる、着物に身を包んだ大柄な老年の男。短く刈りこんだごま塩坊主頭と口ひげ、身を包む質実剛健な着物が、古の戦国武将を思わせる。雄駆照全に勝るとも劣らぬ威圧感を発し、その瞳は鋭い。
名前を、枯城無砂士(こじょう・むさし)という。日本を代表するカラフルなヒーローチーム『レギオン』の創始者である。
彼の隣には、息子である枯城瞬勢(こじょう・しゅんぜい)が控えている。瞬勢は50歳を超えながらも若々しくハンサムな風貌で、芸能界でも有名な俳優にして歌手だ。
二人は群馬県山中にある本拠地『武神殿(ぶしんでん)』から参加している。モニターに映る二人の背後には、武神の名に恥じない武者甲冑や掛け軸など、重々しい和の装飾品が置かれていた。
そして、三人目は女性。きらきら輝く魔法少女『ツインハート・フェアリン』の一人、辺志江萌々(へしえ・もも)。
『魔法少女はみんな友達!』
『楽しく明るいフェアリン!』
をテーマに掲げる、魔法少女たちの連合『魔法少女ユニゾン』のリーダーでもある。
国家機関ヒーロー庁相手の会議ということもあってかビジネススーツを着ており、若干の緊張感を漂わせている。すでに30歳を超えているが顔立ちはやや幼く、何も知らない人が見たら、就活を始めたばかりの大学生と思うだろう。
彼女の傍らには、アニメに出てきそうなマスコットそのものの、30センチほどのもふもふしたぬいぐるみが二体。ぬいぐるみに見えるそれらは、実は生きている。
彼らこそ、日本にフェアリンの名をもたらした妖精の国ツルーフ王国の住民、サンミィとアマミィだ。
彼女は自宅から参加している。モニターから見えるのは、夢見る女の子の部屋、といった風景で、ぬいぐるみや可愛い小物がいっぱい。今でも魔法少女として活動中であることを全面に押し出していた。
今、日本にいるヒーローは三種類。
単独または3,4人でチームを組んで戦う、派手なベルトを巻いて変身する戦士「マスカレイダー」。
最低でも5人編成で、カラフルな戦闘装束と巨大ロボを使う戦士「レギオン」。
そして、きらきらと輝く少女戦士、ときには魔法少女とも称される「フェアリン」。単独で行動する者もいれば、10人近いチームを組んで行動する者もいる。
日本で活動するヒーローは、容姿や活動形態にそってこの三種のうちいずれかに分類される。そして、国家機関『ヒーロー庁』の認定を受け、日本を悪の手から守るために戦うのだ。
なお、この三種のヒーロー名は、未確認のヒーローあるいは『悪のヒーロー』が出てきた時の仮称にも使われる。国内には、ヒーロー庁も活動実態を把握できていない未知のヒーローたちが少なからずいる。
日本最初のヒーロー、マスカレイダー・ゼロこと雄駆照全が、改造人間を生み出す悪の組織『ゲドー』と戦ってから今に至るまで、約50年。
彼が名誉長官を務める国家機関ヒーロー庁は、多くのヒーローを公的に支援している。もともと名誉長官自身が元祖マスカレイダーということもあり、ヒーロー庁に集うのはマスカレイダーが大半を占める。
マスカレイダーは腰に巻いた大きなベルトが特徴的で、これが変身システムにして力の源となっている。単騎での戦闘力はかなり高く、武装したバイクや車をはじめ、小型の機動兵器を駆使する。マスカレイダー・ゼロをはじめ、一人で戦うことが主流だったが、最近は3,4人でチームを組むことも多い。
カラフルなヒーローチーム『レギオン』の元祖は、雄駆照全とは関係ない別組織から生まれた。
群馬県を拠点にする元祖レギオン。その名を『チャンバライズ』。侍や武者の意匠をふんだんにちりばめた、カラフルなヒーローチームだ。
マスカレイダーの登場からしばらくの後。リーダーである枯城無砂士は古から受け継がれた不思議な刃の力を現代科学と融合させ、仲間に与えた。そして膨れ上がったゲドーの後継組織に戦いを挑んでいく。約40年前のことだ。
彼らの活動に呼応する形で、やがて日本各地で次々とレギオンが産声を上げていった。敵組織の破壊活動もエスカレートし、巨大な怪物が生まれた。それに対抗すべく、巨大ロボを実戦に初投入したのもチャンバライズ。
チャンバライズはその後、枯城無砂士が成した子や孫たちが後継者となり、ヒーロー活動だけでなく芸能界へも活動の場を広げている。無砂士の息子、瞬勢はその筆頭で、国内最大の民間放送局『S-GOOK(エス・ゴーク)』を主体に活躍中。
チャンバライズはヒーロー庁とは別口でレギオン同士のネットワークを作り、その勢力は今やヒーロー庁にせまる勢いである。
そして20年ほど前。
キラキラと輝く魔法少女戦士フェアリンが、世間で認知されるようになった。その先駆けは『ツインハート・フェアリン』。フェアリン・ピーチとフェアリン・アップルを名乗る少女たち。
不思議な妖精の力を借りて、日本を狙う悪の組織に立ち向かう魔法少女たち。その正体は長らく公にされなかった。
が、約6年前。フェアリン・ピーチこと辺志江萌々が妖精サンミィ・アマミィと一緒に、自分の素性を世間に公表。さらに、フェアリンたちによる連合組織『魔法少女ユニゾン』略してMSUの結成を発表し、ヒーロー庁への協力を申し出る。魔法少女の存在は、一気に身近になった。
さらに2年後。
クリスティア王国が日本近海に転移し、大企業ユメカムコーポレーションが『グレイトフル・フェアリン』を支援。MSUも加わり、評判は一気に高まった。
フェアリンたちはアイドル的な人気を誇り、歌手やモデルに活動の場を広げた者もいる。変身すると、たちまち姿が中学生くらいに若返るというのだから、若さを求めて魔法少女になりたい!と願う者が少なくない。若返りのプロセスは、謎に包まれている。
なお、ピーチの相棒であるフェアリン・アップルは、現在行方不明。素性も公表されていない。
会議が始まって早々、戦国武将のような枯城無砂士が質問する。
「名誉長官。今日、弩塔副総理は同席しないのか。国防大臣を兼任することになったのだろう」
ため息をつく雄駆。
「素薔薇前国防大臣の残した仕事が多すぎて、その処理を優先している」
ならば仕方ない、と納得する枯城。
一方、魔法少女の萌々はほっとしている。
「私は同席していなくて良かったと思っているよ。あの人、大の毛むくじゃら嫌いで、毎日ぬいぐるみを素手で引き裂いている、っていうじゃない。サンミィとアマミィにそんなことしちゃ、ヤダし」
30センチ大のぬいぐるみたちが、おびえた声を出す。
「引き裂かれるのはイヤだミィ!」
「怖いミィ!ヒーローのすることじゃないミィ!」
ぬいぐるみ風の身体から発せられる声は、子供向けアニメさながら。
雄駆は苦笑する。
「そんなものは世間のデタラメだ。彼女が獣人を極端に嫌うあまり、ぬいぐるみなどに嫌悪を示してしまうのは事実だが……。ぬいぐるみを引き裂くほど野蛮ではない」
苦笑ついでに付け加える。
「我が国に悪意を持って近づくなら、話は別だがな」
ぬいぐるみのようなサンミィとアマミィ、びっくり。
「ボ、ボクたちは悪意なんて、持ってないミィ!」
「な、なんてこと言うんだミィ!」
輪良井広報官が、けらけらと笑う。
「名誉長官流のブラックジョークだよ~ん」
彼らのやり取りにため息をつく萌々。
「冗談はそのくらいにして、早く話を進めて。私たち、この後MSUの皆を集めて、秋のファン感謝祭の打ち合わせをしなきゃだから」
魔法少女フェアリンたちはMSU結成以降、悪党退治以上にアイドル活動に忙しい。萌々がビジネススーツを着ているのは、その後の打ち合わせのためでもあるようだ。
「グレイトフル・フェアリンのせいで、魔法少女が悪く見られて困ってる。ファン感謝祭を開いて、少しでも評判を良くしないと」
気持ちはわかる、と名誉長官も同意する。
「世間はヒーローの悪口を言いたくて、うずうずしている。力のない者はねたんでばかり。われらはこの国を守っているというのに、国民は感謝を忘れて不平不満ばかり。その不平不満を爆発させている最大の要因が、宇宙からやってきたエトフォルテ。そして彼らに協力を表明したクリスティア王国だ」
雄駆は改めて、日本のヒーローが置かれている苦境を説明する。
エトフォルテがレギオン・シャンガイン、マスカレイダー・ターン、グレイトフル・フェアリンを倒し、クリスティア王国と結託して日本国民の不安と不信感をあおっている、厳しく苦しい現実を。
説明が終わるなり、クリスティア王国について枯城無砂士が質問する。
「SLNの特別報道で、ユメカムの強制労働を日本政府とヒーロー庁が黙認した、と報じられている。雄駆よ。お主は本当に知らなかったのか?」
うんざりしきった顔で応える雄駆。
「同じことを何度も言わせるな。ブロン王が提示した価格でクリスティウムを買いこそしたが、強制労働を黙認などしていない。本当に知らない。ユメカムが勝手にやったのだ」
無砂士の追及は萌々に向いた。
「MSUはどうなんだ。ユメカムから資金援助を受けていただろう。口止め料をもらっていたんじゃないか?」
萌々がカッとなり、反論する。
「や、やめてよ!たしかに統子と椎奈とは仲良くしてたし、お金はもらったけど、口止め料なんかじゃない。MSUの活動に必要な分しかもらってなかった!嘘だと思うなら、収支明細書を見て!」
おいおい、とツッコミを入れる、無砂士の息子でハンサム俳優の瞬勢。
「久見月巴はどこに行った?魔法少女はみんな友達だろ?」
「あの子付き合い悪くて、お茶会やライブに誘っても治安維持活動ばっかり。統子たちとも仲悪かったみたいだし。あんなの初めから友達じゃない!」
治安維持活動とは、日本国内に頻出する悪人・怪人にヒーローが対処する防衛活動を指す。参加するとヒーロー庁が報奨金を出すので、これ目当てでヒーローを続ける者も多い。
「とにかく!ユメカムの一件にMSUは全く関与してないから!ネットでは、私たちも悪いことしてるんじゃないか!って悪口ばっかりで、いやになっちゃう。6年前のことを蒸し返す人もいるし……!」
6年前、と聞いて、あー!と素っ頓狂な声を上げる、輪良井。
「あなたたちMSUは、バカンスに行った千葉の海でどっかの組織に襲撃されて、民間人5,6人巻き込んで殺しちゃったんだよね!」
言うんじゃなかった!と言わんばかりの苦々しい顔で、萌々、サンミィ、アマミィが狼狽。
「殺してない!あれは事故だよ!しかも死んだのは3人!」
「アップルが敵を投げたら、偶然年寄りがいただけミィ!」
「あとの2人はたまたまだミィ!」
瞬勢が、呆れて指摘する。
「偶然とたまたまで、3人死なせたのか」
ムキになり、さらに反論する萌々。
「瞬勢さんも人のこと言えないでしょ!私知ってるんだから!昔、あなたの息子は小学生を池に突き飛ばして殺した、って!」
みるみる真っ青になる瞬勢。
「やめろ!あれは息子が学校帰りに勝手にやったこと。15年以上前だから時効だ。しかも死んでない!」
絶対に表沙汰にできないヒーローたちの醜い口論が、オンラインで繰り広げられていく。
とうとう、
「いい加減黙れ!」
と一喝したのは、レギオン代表の枯城無砂士。
「お互いの探られたくない腹を探ったところで、エトフォルテ対策はできないだろう。俺たちはヒーロー。周りで人が死ぬのは当たり前。一人二人死んだ、死なせたくらいで、ガチャガチャ抜かすんじゃない!」
魔法少女たちも、侍ヒーローも、黙るしかない。
雄駆は己を落ち着けるように、せきばらい。
「では、エトフォルテ対策の今後について話そう。ここから先は、ユメカムの強制労働やお互いの嫌な話は、無しだぞ」
そして約1時間かけ、彼らは今後のことを話し合った。
雄駆はヒーロー庁永世名誉長官として、会議の結果をまとめる。
「……では、我々は戦力を整え次第、クリスティア王国に陣取るエトフォルテを攻撃する。クリスティア王国がエトフォルテをかばい立てするなら、彼らも敵とみなし、攻撃する。戦力の確保には、十分時間を掛けねばならぬ。新たなヒーロー志願者、ヒーロー武装が必要だ。関係機関との連携も、密にせねば」
そして、モニターに映る者達に同意を求める。
「MSU。そしてレギオン・チャンバライズは、魔法少女とレギオンたちを束ねてエトフォルテ攻略に協力してもらいたい。いいな」
いいよ、と即答したのは、MSUの代表、萌々。
「ユメカムのせいで広まった悪評を綺麗にするチャンスだから、協力する」
「感謝する」
でも、と、上目遣いにお願いをする萌々。
「名誉長官。報奨金はたっぷり出してね。あと、みんなが学校や職場を休む特別休暇の許可を」
魔法少女の大半は中学生から高校生。長期間ヒーロー活動に従事するときは特別休暇がいる。この休暇を出すのも、ヒーロー庁の仕事だ。
「もちろんだとも」
この回答に、萌々は無邪気にほほ笑む。
中学時代にフェアリンになってすでに20年近く経ち、今は社会人の彼女だが、しぐさの一つ一つが子供っぽい。変身すると中学時代にまで若返るという、フェアリン特有の体質が関係しているのかもしれない。
萌々は、オンライン会議の場を退出する。去り際に、可愛らしいウィンクを飛ばして。
「じゃ、私はMSUの打ち合わせがあるから、これで退出する。じゃね!」
妖精のサンミィとアマミィも、無邪気に手を振る。魔法少女と妖精たちの姿が、モニターから消えた。
雄駆名誉長官は、レギオンの代表である枯城親子に問いかける。
「枯城。お前はレギオンを取りまとめてエトフォルテ討伐に参加してくれるな」
無砂士、即答。
「レギオン・チャンバライズは遠慮させてもらう」
名誉長官は目をむく。
「どういうつもりだ。臆病風に吹かれたか」
「慎重になった、と言ってもらいたい。日本のヒーローが全勢力を繰り出してエトフォルテに攻め込んで、もし負けたら?あとのことを考えているのか?」
雄駆名誉長官は、答えない。
無砂士は口ひげをしごき、鼻で笑う。
「考えてないな」
「いや、ちゃんと考えている」
「ならば今すぐ言え。先のことを考えないと、去年の台風みたいなことになるぞ」
雄駆、突如怒鳴る。
「枯城!それを言うか!もとはといえば、お前たちがわれらを誘ったからで……!」
無砂士は平然と返す。
「別に俺は、われらの本拠地『武神殿』の増築お披露目に絶対来いとは言っていない。台風の進路予想を見誤って、千葉と東京に台風はぶつからないと判断した、お主たちが悪いのだ」
昨年の夏。
チャンバライズの本拠地『武神殿』が増築され、新たなロボや武装のお披露目会を開いた。
雄駆は、総理の高鞠爽九郎、副総理の弩塔猛波らを連れて視察に行こうとした。
が、天下英雄党の甘坂冴恵統制長官が反対した。
総理と副総理が一緒に東京を離れ、万が一何かあれば天下英雄党の指揮系統は滅茶苦茶になる。どちらか一人は残していくべきだ、と。
だが、名誉長官は二人を連れて行きたい。甘坂は最後まで反対したが、親類の法事があり地元の長野に帰省。そして夏風邪をひいて寝込んだ。
反対する者がいなくなった雄駆はこれ幸いにと、輪良井を加えた4人で武神殿に向かう。
だがこの後、最悪の事態が起きた。
枯城無砂士は、容赦なく昨年のことをほじくり返していく。
「甘坂統制長官の小言を聞かずに済んだと判断し、お主と高鞠総理、弩塔副総理と輪良井広報官は武神殿にやってきた。台風が日本に迫っている中、俺はどうかと思ったが」
ぎゅううっ、と唇を噛みしめる名誉長官。
無砂士はさらに言う。
「千葉県沖をそれると見込んでいたら台風は、直前で進路を変えて千葉南部から東京を直撃。そのまま群馬まで北上した。お主は武神殿を出られなくなった。政府は台風対策を指示できず、大勢の市民が迷惑した。病み上がりの統制長官だけは必死に働いたようだが」
無砂士は、はん、と小馬鹿にするように笑った。
「ヒーロー庁は危機管理対策が、なってない。だから宇宙獣人ごときに負けるのだ。なあ、瞬勢」
枯城は息子の瞬勢に同意を求める。
瞬勢が頷く。
「そうだね、父さん。おたくらが結成したレギオン・シャンガイン。あんなのはレギオンの面汚しだ。俺たちが始めたヒーローチーム『レギオン』の歴史において、全員死亡したのは後にも先にもシャンガインだけだろう。雄駆名誉長官。ふんぞり返って威張っていないで、シャンガインを死なせた反省会でも開いたらどうだ?お馬鹿様を連呼した女記者が、再評価してくれるかもしれないよ」
さらに付け加える。
「お馬鹿様ではなく、お間抜けおじさん、と呼んでくれるかも」
「く……!なんと無礼な奴!」
「ああ、これは失礼。おじさんというより、あなたはおじいさんだ」
「貴様ぁ!」
雄駆の怒りに、枯城親子は全く動じない。
父の無砂士がさらに言う。
「どっちが無礼だ。台風が過ぎ去るまで、俺たちはお主たちを三食風呂付で丁重にもてなしたぞ。その恩を忘れたか」
輪良井が無邪気な笑顔で応える、
「忘れてませ~ん!お風呂きれいで、ご飯もとっても美味しかったですう!」
「どうもありがとう。こども広報官」
雄駆は輪良井をにらみ、さらに枯城親子をにらんで怒鳴りつける。
「恩だと!?2年前、お前たちが神剣組を討伐できたのは、ヒーロー庁が戦力を提供したからであろう!まずはその恩をわれらに返せ!神剣組討伐の手柄を、ヒーロー庁は全面的にチャンバライズに譲ったのだから!」
日本を正すというスローガンのもと、ヒーローとも悪の組織とも敵対した第三勢力、神剣組。チャンバライズとはことごとく敵対していた。
2年前、チャンバライズに乞われる形でヒーロー庁は提携しているヒーローに協力を呼びかけ、神剣組一斉攻撃に手を貸した。
結果、ヒーロー側は甚大な被害を乗り越え、神剣組の幹部クラス大半を殺害。さらに公開処刑に追い込んだ。
が、まだ生き残っている者が少なからずいる。二番隊隊長、義兼威蔵がその筆頭だ。最後の隊長にして最強クラスの剣技を誇る、絶対に殺しておかねばならぬヒーローの敵。
無砂士が、モニターの向こうで頭を下げる。
「それについては感謝している」
「なら、すぐ返せ!」
頭を上げた無砂士の顔に、感謝の色は全くなかった。
「断る。詳細は伏せるが、今チャンバライズは新たな敵を相手にしていて、忙しいのだ。我々はエトフォルテ攻略戦には加わらない。攻略戦に必要なレギオンは、ヒーロー庁と連携しているチームだけでやればいい。20チームはあるし、新たにヒーローを生む出すこともできるのだから、十分だろう?」
そして、にやり、と笑った。
「万が一お主らがエトフォルテ退治にしくじったら、仇を取ってやろう。ではさらば」
息子の瞬勢が微笑む。
「合同会議は終わりだ、終わり。ふふふ……」
オンライン会議アプリが完全に終了したのち、雄駆は二人きりの執務室で、ふうーっ!と大きなため息をつく。
そして、オンライン会議用モニターを全力で殴りつけた。
鈍い金属音と激しい火花を散らして、ひしゃげたモニターが執務室の壁に飛んで壊れる。モニターから黒い煙と異臭が立ち込める。殴りつけた雄駆の手には、血の一滴も滲んでいない。
怒気をたぎらせる雄駆。
「チャンバライズめ……!群馬で静観を決め込むつもりか!」
そして輪良井に尋ねる。
「やつらが戦っている新たな敵について、輪良井、わかるか!」
「こっちのスパイが逐一情報を送っているからね~。バッチリわかるよ~」
輪良井が過剰なまでにデコレーションされたスマホを取り出し、情報を読み上げる。
「『アイギス』と名乗ってる組織だね。どっかで手に入れたヒーローアイテムで武装して、チャンバライズを襲ってる」
『アイギス』とは、ギリシャ神話に登場する盾。英雄ペルセウスが、すべてを石に変えるメデューサの首をはめ込んだ、攻防一体の強力な武装だ。
「今までチャンバライズの活動に反対していた言論団体が、団結して武装化したみたい。なんでギリシャ神話の盾の名前をつけたのかは、知らない。構成員のほとんどは素人らしいけど、結構しぶといね」
雄駆はううむ、とうなる。
「ヒーローアイテム。ジャークチェイン経由で手に入れたとすれば、チャンバライズがすぐに蹴散らしそうなものだが」
「結構いいのを使っているみたいだよ」
「そんなものどこで手に入れる?ジャークチェインで出回っているアイテムの性能など、たかが知れているだろう」
「知らな~い」
「それにしても、言論団体が暴力に走るとは」
あはは、と笑う輪良井広報官。
「エトフォルテがバンバンヒーローを殺すのに、影響されちゃったのかもね~」
この瞬間。
雄駆の顔は、すさまじい鬼の形相と化した。
もはや絶対公にはできない、怒りと邪悪と殺気に満ち満ちた形相だ。
「この国は、何もかもエトフォルテのせいでおかしくなっていく……!我々が築き上げたヒーローの輝かしい歴史に泥を塗りやがって!」
今度は執務机を殴りつける雄駆。衝撃のあまり、机にひびが入る。
「もはや時間がかかるのはやむを得ぬ。エトフォルテを始末した後は、協力したクリスティア王国。我らを疑った国民も、邪魔する者は全て始末だ!」
輪良井が雄駆を指差し、けらけら笑う。
「名誉長官、独裁者丸出し~」
「貴様、殺されたいのか?」
殺気に全く動じていない輪良井。舌を出し、茶目っ気たっぷりに笑う。
「ペペロンチョ♪みか~るスマイルで、許してネ?」
第三部あらすじまとめ 前の話 次の話