エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第94話 和彦故郷に帰る

 時は、『お馬鹿様』が連呼され雄駆照全名誉長官が激怒した記者会見から、1か月が過ぎたころにさかのぼる。


 風海(かざみ)駅に到着した電車を降りると、潮の香りがした。時刻は午後4時。酷暑と呼ばれる暑さは夕方になっても収まらず、汗が一気に噴き出してくる。
 アメリカから日本まで約11時間。
 空港からバスと電車を乗り継いで約3時間。
 八十島和彦は、とうとう留学していたアメリカから故郷の千葉県風海町に戻ってきた。
 天然パーマの長髪をラフに束ねた彼の姿は、故郷に凱旋してきたロックミュージシャンのようでもある。
しかしこの帰郷は、凱旋とは程遠い、辛さと苦さを伴うものであった。


 昨年風海町を襲った台風の爪痕は、まだ色濃く残っている。電車から見えた民家の屋根にはブルーシートがかけられている。駅舎の一部は壊れたままだ。
 駅前にある観光案内所に掲げられた、街の観光名所を紹介するパネルには、
 『閉園』
 『休業』
 の文字が、痛々しく記されている。
 今、季節は夏。普段なら海水浴客でにぎわっているこの町は、静かだった。夕方になると、海水浴を終えた客が
 「とりあえずビールを一杯!」
と、駅近くの飲み屋街に集まってくるのだが。観光客らしい人影はほとんどない。
 この静けさは、観光名所が台風の被害を受けたから、だけではない。和彦は、静けさの理由がなんとなくわかっている。ここにたどり着くまでに見た、スマホのネットニュースなどが教えてくれた。
 とにかく今は、実家に帰ろう。待っている人たちがいる。
 和彦はスーツケースを引っ張り、タクシー乗り場に向かった。


 タクシーに乗って、自宅まで10分。
 車窓から見える町は、個人商店とコンビニエンスストアがぽつぽつ営業しているくらいで、活気がない。観光客らしい人は、どこにもいない。
 台風で海沿いにある多くの宿泊施設や観光名所が被害を受けてしまった、というのも理由の一つだ。
 そして、エトフォルテがかかわった、クリスティア王国でグレイトフル・フェアリン達が犯した悪行の暴露映像。ヒーロー庁と天下英雄党が己の潔白を声高に叫び、エトフォルテ許すまじ!と息巻く中、日本国内全体に自粛ムードが濃厚に立ち込めている。
 こんな状況で、旅行なんてとてもできない……。みんなそう感じているのだ。


 タクシーを降りて、和彦は自宅のインターフォンを鳴らす。
 家の中から大きな足音がして、まず父・誠(まこと)が、次いで母・未来(みらい)が姿を見せた。
 二人とも、ほっとした顔で息子を見つめ、泣きそうな顔で笑い出した。
 「和彦、おかえり!」
 「本当に心配したんだから!」
 和彦も、つられて泣きそうになる。
 「……ただいま。本当に心配かけたよ」
 母が和彦に言う。
 「叔父さんたちもずっと心配していたのよ」
 同じ町に住む叔父(和彦の父の兄だ)は元演歌歌手。妻である叔母は民謡の研究家。カラオケスナックを経営していたが、店と自宅が台風で大破。叔父は片付けの最中怪我をし、さらにその後病気で体調を崩してしまった。今は治療のため、叔母とともに町を離れている。
 「友達も来てるよ。トミー君とイッチ君とオタキちゃんが」
 和彦は重いスーツケースを玄関から運び入れると、友達の待つリビングに向かう。
 中学の映画研究部を一緒に始めた同級生たちが、そこにいた。


 お笑い芸人志望だったトミーが、歯を見せて笑う。顔立ちも良く、映画研究部で何度も主演をやった彼は今、関西を中心にTV出演も果たしている。
 「よう、ミスターFBI!UFOの捜査ファイルは見せてもらえたかい?」
 なかなか味のある質問だ。
 「UFOは無理だったが、チュパカブラの捜査ファイルなら」
 「おお!どうだった!?」
 「見られるわけないだろ。俺、容疑者だぞ。毎日怖い捜査官のオッサンばかり見てた」
 チュパカブラとは、北米、中南米でたびたび目撃される正体不明の吸血生物である。
 「つまんねーな。チュパカブラみたいな捜査官はいなかったのか」
 「どんな捜査官だよ」
 「毎日血ぃ吸ってそうで、十字架が嫌いなやつ」
 「それはヴァンパイア。そんなやついやしない。犯罪を憎むタフガイが、毎日3,4人。俺を取り囲んで質問づけ。逆に俺の方が、 人間じゃない何かになりそうだった」
 「あはは、ケッサク!あ、おじさんおばさん。お宅の息子の災難笑ってゴメンナサイ」
 両親は苦笑い。
 笑いまくるトミーをたしなめるのは、動画編集者志望だったイッチ。
 「トミー。笑いすぎだよ。カズさん大変だったんだから」
 のんびりとしたおおらかな少年だった彼は、仕事疲れのせいですっかりやつれてしまっている。
 トミーはさらに大きな声で笑う。
 「大変だったから笑い話にして労うのが、お笑い芸人の仕事。イッチ、お前町役場に就職してからつまんなくなったな!」
 「なんだと!」
 トミーとイッチが一触即発になるのを、紅一点の女子部員だったオタキが止める。今も昔も変わらず引き締まったスポーティな外見で、浜辺の元気娘、な雰囲気を醸し出している。
 「はいはい。ケンカしない。和彦、これ父さんが今日釣ってきた鯛。刺身にしたからみんなで食べよう」
 リビングのテーブルには、大きく立派な鯛の刺身が鎮座している。千葉県産の日本酒のビンもある。
 久しく食べていなかった刺身!これはぜひ食べたい!
 刺身以外にも、美味しそうなおかずがたくさん並んでいる。
 和彦の心は躍った。


 中学で映画研究部を結成してから、もう12年近く経過している。
 和彦がアメリカに留学したように、友人たちの人生にも変化があった。
 ゲーム大好きでお笑い芸人志望のトミーこと登美山颯斗(とみやま・はやと)は、高校卒業後に大阪の芸人養成学校に入学。昨年ついにTVデビューし、ピン芸人『トミー・フロンティア』として主に関西で活動している。
 ゲームのプレイ動画をネットにあげるなど、ゲームネタを中心に人気を博している。今日は和彦帰国を聞いて、大阪から戻ってきたのだ。


 動画編集者になりたいなあ、とのんびり語っていたイッチこと一原涼(いちはら・りょう)は、町役場が動画に詳しい人材を求めていると聞いて、高校卒業の翌年採用試験を受け、公務員になった。己の動画編集の知識と技能を面接でアピールし、最初の3年間は町の観光推進課で観光PR動画などを作っていた。
 が、台風のあった年に防災安全課に異動。以来、台風の後の激務ですっかりやせてしまっている。


 キックボクシング経験者のオタキこと大滝李紗(おおたき・りさ)は、高校卒業後神奈川の大学に進学。スポーツ学を学びながら格闘家として活動した。
 今年の春まで神奈川で活動していた彼女は、つい最近帰郷し風海町にある格闘技道場のインストラクターとして就職した。実家は釣り船民宿で、折を見て家業も手伝っている。


 鯛の刺身に舌鼓を打ち、日本酒をくい、と飲むと、帰国の疲れも少しずつ和らいでくる。
 お笑い芸人のトミーが言う。
 「ミスターFBI。アメリカでの武勇伝を教えてくれ」
 イッチが苦言を呈する。
 「武勇伝じゃなくてトラブルだよ。薬、それも超薬の売人と間違えられて3か月も捕まってたんだから」
 和彦も説明しなければならない。が、その前に聞いておきたいことがある。
 「その前に。この町で何が起きたのか聞かせてくれ。俺は『ハミングバード』が燃える4日前には捕まって、スマホを没収されていたんだ。ネットニュースは見たけど、皆の見聞きした話も聞きたい」
 両親と友人たちが、この町で起きたことをかわるがわる説明してくれた。


 地元のショッピングセンター『ハミングバード』に強盗ヒーロー、マスカレイダー・ゾックとゴウトが押し入り、炎上。
 強盗ヒーローたちは仲間割れをしたのか建物内で死亡し、さらに警備員3人の内、2人の死体が見つかった。3人目であるヒデこと真稔秀春(しんねん・ひではる)の死体は、見つからなかった。
 その日から風海町の沖で、宇宙船エトフォルテがはっきり見えるようになった。風海町にはマスコミが引っ切り無しに来て、海の様子を毎日撮影していたという。
 さらに炎上の数日後、エトフォルテのものと思われる小型の船が風海町に上陸していたらしい、とヒーロー庁経由で報道された。
世間が不安に駆られる中、討伐に向かったレギオン・シャンガインとマスカレイダー・ターンが立て続けにエトフォルテに殺害された。
 台風に端を発した自粛ムードは、
 『エトフォルテ初上陸の地が風海町では!?』
 という雰囲気でさらに強くなり、観光客が来なくなってしまったのだ。


 一通り話を聞いた和彦は、疑問を口にする。
 「そもそも、マスカレイダーのゾックにゴウトは、なんで『ハミングバード』を襲った?」
 役場勤めのイッチに聞いてみる。
 「イッチ。役場の防災安全課にいるんだろ。ヒーローがらみの極秘情報とか教えてくれ」
 ヒーローだらけのこの時代。役場や警察はヒーローの情報をある程度ヒーロー庁と共有している。
 イッチが首をぶんぶんと横に振る。
 「勘弁してよ、カズさん。ぼくはまだまだ下っ端だし、極秘情報ならなおさら公(おおやけ)にできないよ」
 和彦はすまん、と苦笑い。
 「役場の情報をぺらぺらしゃべる方が問題だ。映画でロクな目に合わない奴さ」
 映画の世界にどっぷりハマったせいで、和彦は自分の目の前で起きる出来事を
 『これが映画ならどうなるか?』
 と考えるくせがある。
 役場の守秘義務を順守するイッチは、いい公務員だ。映画だと、守秘義務にいい加減な登場人物は大体ひどい目にあうのがお約束。
 イッチが呆れる。
 「そんな公務員は現実でもロクなことにならないよ……。明日の新聞とかに載ると思うから、これは言っても大丈夫かな?あの二人『ハミングバード』が裏で貯め込んだ金を狙ってたらしいよ」
 「貯め込んでたのか、裏金」
 地元で昔から営業してきた、歴史あるショッピングセンターである。昭和気質の気さくなおじさんが経営者兼店長で、地元では有名人。留学前、和彦は『ハミングバード』で短期間だがアルバイトしていたから知っている。とても裏金をこしらえる悪人には見えない。
 イッチが答える。
 「実際には、裏金なんてない。そりゃ店の金庫にある程度真っ当なお金が、あったかもしれないけど。闇サイトで裏金の情報を聞いたみたい」
 「ネットの情報を鵜呑みにしたってわけか。馬鹿だな」
 建物を全焼で失った経営者は、ショックで体調を崩し入院してしまったという。ありもしない裏金が原因だと知ったら、どうなってしまうだろう。和彦は心が痛んだ。


 和彦はさらに問う。
 「イッチ。ヒデのこと何か聞いてないか」
 イッチが、ためらいがちに言う。
 「……ヒデ君が警備員になった時、台風の後処理が大変で……。ぼく、ヒデ君になかなか声を掛けられなかった。カズさんみたいに、ゆっくり会って話ができなかったよ」
 和彦は『炎上事件後のヒデのこと』を聞きたかったのだが、黙って聞くことにする。
 トミーもオタキも、気まずげだ。
 「……俺、大阪からなかなか戻ってこれなかった」
 「私も……」
 和彦は友人たちを慰める。
 「役場の仕事が大変なのはわかってる。みんなにもいろいろ事情がある。誰も悪くない。俺だって、一緒にいられたのは三日の内の一日だけだ」
 台風の後、和彦は被災した叔父を見舞うために一度アメリカから戻ってきている。ヒデと直接話したのは、それが最後だった。
 台風で大破した蕎麦屋『どらさん』の後片付けをしているヒデを、和彦は手伝った。
 憔悴しきったヒデは、こう言っていた。


 「支援が遅れたことに謝りもしない、ヒーロー庁の役人の態度に絶望した」
 「ここまで壊れた蕎麦屋は、解体するしかない。もう、料理人としての仕事はできそうにないよ」


 和彦は、安易にヒデを励ますことができなかった。思い出の詰まった店が壊れたのを見て、もう一度頑張れなんて。人の傷口に塩を塗り込むより酷すぎて、言えない。
 黙って、ヒデの話を聞いた。
 やがてヒデは、
 「ありがとう。話を聞いてくれて」
 そして、頭を下げた。
 「とにかく、生きてみるよ」
 ヒデが警備員として就職したことは、スマホのメッセージで本人から聞いていた。
 地元で馴染みの店だから、ヒデもうまく働けるだろうな、と和彦はアメリカで安心した。
 それがまさか、こんなことになるなんて……


 イッチが改めて、『ハミングバード』炎上事件後を語る。
 「炎上した建物は、先週完全に撤去された。ヒデ君の遺体は、結局最後まで見つからなかった」
 ヒデの自宅は、ヒーロー犯罪に巻き込まれた可能性を危惧し、一度警察が鍵の専門業者と町内会長に玄関を開けさせ、中を見た。親類が近所にいない者がヒーロー犯罪に巻き込まれた場合、町内会長やマンションの管理人が警察の調査に立ち会う決まりがある。
 立ち合いの結果は、『関与なし』。
 「ぼくのおじいちゃんが町内会長で、警察からヒデ君の家の合鍵を預かってる。電気・水道・ガスは警察立ち合いの元、止めたよ。火事になると怖いからね」
 しばらくは町内会が、週に一回の空き家パトロールで、ヒデの家を見て回る。水をポリタンクで持ち込んで、植木に水やりもしているそうだ。
 『空き家に見ず知らずの不審者が、いつの間にか住み着いていた!』
 という事例が、台風の後から絶えない。空き家パトロールは町内会の大切な仕事となっている。
 「ヒデ君は、遺体が見つからないほど、滅茶苦茶にされて殺された、って可能性も言われてる。けど……」
 和彦は否定する。
 「少なくとも、俺とここにいるみんなは、そう思ってないだろ」
 トミーが日本酒を飲んで、早口で言う。
 「思っちゃいねえよ!和彦、ふざけてんのか!」
 「お、今年の流行語大賞候補だな」
 SLNの特別報道で流れた、フェアリン・ジーニアスの決め台詞
 『ふざけてんのか!』
 は、早々に今年の流行語大賞候補としてネットで話題になっている。子供が真似して困る!と世間の大人たちはカンカンだ。
 トミーもカンカンだ。
 「フェアリン・ジーニアスの真似じゃねえよ!ヒデが死んでたまるかってんだ!そうでなくても、この町で俺たちの知り合いが、昔”4”人もヒーローがらみで死んだんだ。これ以上ヒーローのせいでこの町で人が死ぬのは、ごめん被る!」
 オタキが指摘する。
 「4人の内一人は、安否はっきりわかってないけどね」
 トミー、咳払い。
 「とにかく!エトフォルテが公開した動画と、SLNの特別取材。仮面とフードでごまかしてたけど、声と話し方があれ完全にヒデだった!それも、演技で悪人に振り切った時のヒデ!ずっと一緒だったから、わかったぞ俺は!どうだ、ミスターCIA!」
 「俺はFBI。お前飲み過ぎだぞ。俺たち以外に、あれが真稔秀春だと気づいた奴はいるのか?」
 イッチがトミーを落ち着けて、言う。
 「ヒデ君が軍師ヒデかも、っていうのは、一番長い付き合いのぼくらでしかわからないと思う。他に思った人がいたとしても、みんな言わないよ。ヒーロー庁が何してくるか、わからない。怖いからね」
 なにより、とオタキが後を継ぐ。
 「蕎麦屋が宇宙人の軍師をやるなんて、トンデモ過ぎて誰も思いつかないっしょ。あいつがバトルしたのは、私たち映画研究部の3年間だけ。そのあとはずっと、優しい蕎麦屋さんだったし。バトルするなんて、みんな思わないよ」


 古今東西の映画では、そうでもないな。心優しい奴ほど、バトルに振り切った瞬間強く、スクリーンに映えるんだ。
 和彦は思ったが、言うのはやめた。


 

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