エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第95話 日本のヒーローの常識は……

 しばらくみんなで、静かに食事を続けた。
 やがて、誰がどう見ても完全に酔っぱらったトミーが、和彦に問う。
 「で、ミスターICPO。薬の売人として捕まった武勇伝を教えて下さいよう」
 「だからFBI!」
 和彦は、アメリカで起きた出来事を説明する。
 「留学先の学校が、日本から仕入れた超薬の取引に関わってた」


 アメリカに渡った和彦は、有名映画会社が経営する映画専門学校に入学した。学生たちは映画製作の基礎を学びつつ、才能が認められれば親会社の映画製作も手伝えるという、夢のような場所だ。和彦は才能を認められ、現場の製作を手伝い、ときにはチョイ役としてスクリーンに映った。
 順調な留学生活。
 が、ヒデが行方不明になる4日前。
 学校にFBIが乗り込んできて、すべてが終わってしまった。


 世界中にヒーローや悪の組織があふれかえった現代。悪の組織が戦力と資金を調達するため、薬物を売買、使用するのは当たり前になっている。従来の違法薬物をはるかに超える危険な薬物(強烈な幻覚作用どころか、服用者を怪物にしてしまうものも!)は日本では『超常的違法薬物』、略称『超薬』の名前で知られている。
 和彦を含め、学生たちは寝耳に水。訳の分からぬまま全員逮捕され、FBIに連行されてしまった。
 「俺は超薬とは無関係だから、すぐに帰してもらえると思った。でも、スマホも取り上げられて、取り調べもひっきりなし……。俺は日本人だったから、なおさら疑われた」
 トミーが首をかしげる。
 「なんで日本人だと、疑われる?」
 和彦は唇をかむ。
 「俺だけ取調がきついように感じたから、聞いたんだ。そうしたら教えてくれたよ。今世界に出回っている超薬の半分は、日本の悪の組織から出回っている、と。ほら、例のゲドー。系列組織がしょっちゅう生まれるアレ。超薬を海外に輸出して稼いでいるんだと。日本でこのことはほとんど報じられていない。日本人は能天気すぎる、と」
 ゲドー、とは、雄駆照全名誉長官ことマスカレイダー・ゼロが戦った、日本で初めて認知された『悪の組織』である。
 「取り調べがきつすぎて、留置場のベッドの上で泣いたよ。なんで俺だけ、って」
 オタキ、苦笑い。
 「レゲエか」
 「いや本当に泣いたよ。昔『どらさん』で見た食い逃げ脅迫男なんて、FBIに比べりゃ可愛いシマリスみたいなもんだ」
 高校一年生の時に目の前で見た脅迫男も怖かったが、FBIのほうがはるかに怖かった。
 しかも相手は、一人ではない。
 毎日薄暗い尋問室で
 『俺がFBIだ!』
 と言わんばかりに鼻息が荒い、スーツを着たタフガイ捜査官が3、4人。
 彼らに囲まれ、
 「お前が売人なんだろう!」
 「さっさと吐いて楽になれ!」
 「お前は日本人だから信用できないんだよ!」
 と責め立てられた。その様子を部屋の隅で、白髪交じりで眼鏡の年老いた男性係員が、ノートパソコンで黙々と記録している。
時々和彦と目が合うと、
 『お気の毒に……』
 と言わんばかりに、目を伏せるのだ。係員は時々変わったが、たいていはこの老年眼鏡係員。この同情の眼差しだけが、和彦にとっては唯一の救いだった。
 「もう、『俺がやりました』と何度も言いかけた」
 イッチが質問する。
 「日本人てだけで、本当にそこまで疑うの?」
 「ほかにも理由が二つある。ひとつは、日本の超薬対策、というか、ヒーローの在り方がFBIは気に入らない」


 和彦も捜査官から説明されるまで、詳しく知らなかった。
 日本では、怪物退治はヒーローの仕事。悪の組織がばらまいた超薬やアイテムの取り締まりは警察、と線引きされている。ヒーローが警察と連携を密にした例は少なく、それが結果的に悪の根を絶やせず、超薬が海外に拡散する一因になってしまっている。
 一方、アメリカをはじめとした諸外国。ヒーローと公的機関が連携を密にして、一緒に取り締まりをする例がほとんどだという。そのための法律だってある。それゆえに事件解決も早く、悪の組織を文字通り根絶することも可能になっている。
 なお、連携や捜査の詳細は秘密裏に管理され、解決後もある程度情報が非公開とされている。当然だ。おおっぴらにしたら悪人たちがみんな雲隠れしたり、捜査官たちが報復されてしまう。
 「日本のヒーローはおもちゃ売って歌って、その合間に怪物退治しているだけ。本当に市民のためを思って戦っているのか。同じ国の人間として、本当にそれでいいのか、って、捜査官に怒られた」


 そして、あと一つの理由。
 「俺が専門学校で、やり過ぎたのもまずかった。俺、バトルとかサスペンスで手を抜けなかったから」
 日本にいた時と同じように、和彦はアメリカでもネタ帳に毎日ネタを書き貯め続けた。
 ギャングの下っ端役で映画に出た時は、ヒロインを生き埋めにする場面で率先してスコップを握り、ゲスなギャングとして嬉々として生き埋めを実行。土をドバドバヒロインにかけた。もちろん演技なので、完全に生き埋めなどはしないが。
 「……こんなヤバイ内容をノートに毎日書いて、嬉々として人を生き埋めにできるお前は、絶対普通じゃない。薬をやっているだろう、と……。薬物検査はシロだったのに」
 トミーが笑う。
 「とはいえ、コンプラを気にしながらおどおど生き埋めをやるギャングなんて、アホらしくて見る気になれんよ」
 「だろう?映画の国では、もっとすごい武勇伝を持ってる俳優や監督がいっぱいいる。先人からすれば、俺のネタ帳なんて序の口だよ」
 母がそっと言う。
 「よく、頑張って耐えたね」
 和彦、苦笑いするしかない。
 「これを耐え抜いたら、絶対映画のネタにしてやる。そう思わなきゃ、やってられなかった」
 トミーがぐいっ、と日本酒を飲んで、健闘を称える。
 「ナイスファイト!ミスターFRP!」
 「プラスチックか!」
 FRPとは、繊維強化プラスチックのことである。


 結局、学校の経営陣が犯人だと分かり、和彦は逮捕から約3か月で解放された。
 解放されてスマホを見たら、日本でのエトフォルテをめぐる一連の騒動と、風海町でヒデが行方不明になったニュースが目に飛び込んできた。
 両親やトミーたちからのメッセージも、大量に届いている。返信しようかどうか、迷った。
 すぐ返信するべきなのは、わかっている。
 が、FBIに監視されていたら、と思うと怖かった。
 あれだけ自分を執拗に尋問したFBIが、スマホを監視するくらい、あり得ることだ。
 うっかりエトフォルテやヒデのことを語って、トラブルになることは避けたい。
 経営陣が捕まって学校はお終い。日本への渡航制限が最悪発令されるかもしれない。
 確実に帰国できるようになってから、家族と友人に連絡しよう。
 学校が潰れた後、生徒たちはほかの映画専門学校に編入されていく。映画作りに情熱を燃やす仲間たちが新たな道を探す中、和彦は一人きり帰国準備を進め、FBIに帰国の意思を伝えた。


 意思を伝えて、5日後。
 FBIの支局に和彦は呼び出された。支局内の、パーテーションで区切られた窓口に案内されると、尋問に同席していた白髪交じりの眼鏡老年係員がいた。いつもすまなそうな顔をして、和彦を見ていた、彼だ。
 係員は、和彦の帰国を認めた。
 「カズヒコ・ヤソジマ。君は事件とは無関係と判断されている。今から用意する書類に必要事項を書いて、帰国するとき空港に提出しなさい」
 容疑者を逃がさないために、空港では不審人物のリストが随時警察やFBIから送られている。パスポートと照合して、いざというとき空港で容疑者を拘束するためだ。
 男性係員は帰国のためのいろいろな手続きを和彦に教えると、最後にこう言った。
 「きつく尋問されて嫌な思いをしただろう。到底納得できないだろうが……。日本産の超薬が絡んだ事件で、家族や同僚を亡くした捜査官は少なくないんだ」
 和彦は彼らの無念に、思いを馳せる。FBIの苦労を思うと、ため息をつくしかない。
 「俺が同じ立場なら、尋問で容赦をしなかったでしょうね」
 頭でわかっていても、心では割り切れないものが誰にでもある。割り切れないもどかしさから、苛立ちをぶつけてしまうことは、誰にでもあるのだ。
 係員もため息をつく。
 「私自身は、日本をいい国だと思っている。何度も旅行した。日本の漫画とアニメは面白いよ。孫たちも楽しんでいる。料理はスキヤキが美味しかった」
 思い出に目を細める係員。
 「日本からアメリカに来て、医療の現場で素晴らしい成果をもたらした人もいる。友人が世話になったんだ」
 和彦は尋ねてみる。
 「医療。どんな人なんです?」
 「義肢開発の女性研究者。優秀な医者でもある。もう日本に帰ったけどね」
 「へえ~。義肢開発の進んだアメリカで、日本人がねえ……」
 アメリカの義肢開発は、日本よりはるかに進んでいる。義肢開発の延長で人間と見紛う『柔らかいロボット』も開発され、医療や介護の現場で使われている。戦闘用のロボ開発も、アメリカは世界で一、二を争う。二番目は日本だ。とにかくでかくて機能を山盛りにしたロボを、ヒーローたちがバンバン作っている。
 いずれ和彦も、アメリカのロボ開発現場を映画のネタとして見たかったのだが……。


 次第に超薬の忌まわしい記憶が、懐かしさを容赦なく上塗りしていったらしく、係員の笑顔が曇っていく。
 「ただ、超薬とヒーローが……。超薬取締を警察に丸投げして、歌って踊って玩具を売って。アメリカでそんなヒーローは考えられない。はっきり言って、日本のヒーローの常識は、世界の非常識だ」
 和彦は己の無知を恥じ入るしかない。
 「返す言葉が、ありません」
 彼自身、日本のヒーローに気に入らない点は多々あるし、いろいろ調べてはいた。
 が、まさかこんな形でアメリカどころか世界中に迷惑をかけているとは、夢にも思わなかったのだ。
 係員は、この先の日米関係への懸念を示す。
 「クリスティア王国と素薔薇大臣の件で、アメリカ政府は完全に日本政府に対して疑心暗鬼になった。ましてや日本はヒーローの国。この先、渡航制限が発令される可能性もある」
 渡航制限発令の可能性は、いまやアメリカ中で話題になっている。
 係員は同情といたわりの眼差しを和彦に向けた。
 「映画作りに情熱を燃やして、我が国に留学した君には本当に悪いが……。なるべく早く日本に帰った方がいい。そのうち、帰りたくても帰れなくなるかも、しれないから」
 和彦は、言うとおりにした。
 アパートを引き払い、もろもろの帰国準備に18日かかった。帰国のための飛行機は、5日後。
 帰国の日程を知った友人のマークとその家族が
 『帰国まで、うちに泊まりなよ』
 と勧めてくれたので、厚意に甘えて泊まることにした。
 そして飛行機に乗り11時間。
 空港からバスと電車を乗り継いでさらに3時間かけ、和彦は今に至る。


 事情を説明し終わると、皆しばし黙って刺身を食べ、酒を飲んだ。
 しばらくして、和彦はみんなに問う。
 「もし軍師ヒデが、俺たちの知っているヒデだったら……みんなどう思う?」
 うーん、と考えこむ一同。
 やがて、トミーが口を開く。
 「俺たちの同級生、友達が、ヒーロー庁に歯向かう軍師になった」
 そして、にやり、と歯を見せて笑った。
 「俺はありだぜ」
 ややあって、イッチ。役場の人には言わないでよ、と念押ししてから、言う。
 「……エトフォルテを擁護するな、って国から通知が来てるけど。ヒデ君は、適当なことをやらない。だから、エトフォルテの人たちは間違ってないと思うんだ」
 うんうん、と頷くオタキ。
 「世間では、あの軍師エトフォルテに洗脳されてるんじゃないか、とかいう奴もいるけど、ヒデはそう簡単にだまされないし洗脳されたりしない。そもそも洗脳されてたら、和彦のギャグみたいな戦闘理論をクリスティアの騎士に教えたりしないよ。ワナはベタがいいっていう、アレ」
 和彦は釘をさす。
 「ベタの話はギャグじゃない」
 戦場でトラップを手早くシンプルに設置することは、戦術の基本。和彦なりに、分かりやすくみんなに説明しただけである。ギャグを言ったつもりはない。
 オタキが笑う。
 「わかってる。要するに、私はヒデが自分の意思で軍師をやっている、と言いたいわけ。いいと思う」
 改めて、トミーが和彦に尋ねる。
 「和彦。お前はどう思いますかあ?」
 かなり酒を飲み過ぎたせいで、トミーは口調がおかしくなっている。
 和彦、即答。
 「最高だと思うね。俺の見込んだ友達が、本当のダークヒーローになって、くそったれなヒーローどもを倒してる。国民から税金絞って、ふんぞり返って暴れまわってる、悪党にしか見えないヒーローどもを」
 トミーも同意する。
 「ああ。みんな嫌な思いさせられてきたんだ。いいヒーローもいるだろうがよぉ……」
 酔った勢いで不満に火がついたらしく、突如トミーはまくしたてる。
 「くそったれなお馬鹿様が多すぎるのは事実!とくにお笑い芸人出身の、ヒーロー庁広報官の輪良井美狩(わらい・みかる)!お馬鹿様を通り越してクレジット爆発よぉ!」
 酔いすぎて、クレイジーをクレジットと言い間違えている。
 「芸人仲間の間じゃ、あの人のいたレギオンのほかのメンバー。トラブル続きでみんな社会的に抹殺されたって言うじゃんよお!それなのに、一番おかしいやつが独裁者丸出しの名誉長官のお隣でへらっへらへらへら!終わりだ、終わり、この国!……あ、もう酒も終わり?」
 日本酒のビンは空っぽ。和彦以上に、トミーは飲んでいた。まだ足りないらしい。
 「おじさん、おばさん。お酒のおかわりもらっていいですかあ」
 とうとう、イッチが怒る。
 「飲み過ぎだよ、トミー!続きは自分の家で飲みなよ!」
 そういう状況じゃない。和彦はツッコむ。
 「お前もう飲むな」
 オタキがやれやれ、と首を振る。
 「私とイッチで、家まで連れていくから。……和彦。3年前までは、こうやって時々、みんなで集まったよね、バトル映画研究会で」
 「ああ」
 「今日、みんなで食事しながら、あの頃を思い出してた。足りないのは映画の話と、ヒデだけ」
 「……そうだな」
 「ヒデ。宇宙人たちと仲良くやっているかな」
 動画で見たエトフォルテ人たちの姿を思い浮かべ、和彦は軽いノリで言う。
 「きっと仲良くやってるよ。でなきゃ、俺のギャグみたいな戦闘理論を言ったりしない」
 体型は人間に近いが、首から下に動物的な特徴が出るエトフォルテ人。古今東西の映画でもお目にかかれない、しかも本物の宇宙人。そんなやつらと一緒にいるヒデが、和彦はうらやましくてたまらない。
 安易にうらやんではいけないのは、百も承知なのだが。
 オタキが笑って、かつて自分が言った戦闘理論をそらんじる。
 「ベタにインベスティゲイトしろ!」
 「インベスティメントな」
 「宇宙船で、言い間違えてる奴いそう」
 和彦も笑った。
 「絶対いるな。今ごろそいつ、くしゃみしてるかもよ」


 自分が語った戦闘理論を培って、ヒデがヒーローや怪物相手に戦っている。
 そう思うと和彦は友人が誇らしく、痛快で、爽快な笑いがこみあげてたまらなかった。


 

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