エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第96話 映画とバトルに魅せられて(前編)

 オタキとイッチが酔っぱらったトミーを抱えて、八十島家を退出する。時間は、夜8時を過ぎている。
 イッチが頭を下げる。
 「おじさん、おばさん。トミーが飲み過ぎて、すみませんでした」
 去り際、トミーがぐでんぐでんな声音で言う。
 「和彦ぉおう!元気に帰ってきてくれて、嬉しかったぞおぃ!明日また飲もうぉう!」
 イッチとオタキが同時に怒鳴る。
 「飲むな!」

 
 トミー達が見えなくなり、八十島家の三人は家の中に入る。
 食事会の片づけをしながら、はあ、と和彦の母・未来がため息をつく。
 「まさか息子の友達が、宇宙人の軍師になるとは……」
 和彦の父・誠が、暗い顔で言う。
 「和彦。お前に映像制作の道を勧めなければ……。いや、俺と母さんがしっかりしていれば、こんなことにならなかったかもしれんなあ」
 両親は、どうやら昔を思い出しているらしい。
 和彦は、昔を振り切るために強く言った。
 「それは、ここに引っ越さなければ良かった、ってことか?本当にそれでよかったと思ってるのか、父さんも母さんも」
 父と母は、答えない。
 「何もしなければ良かった。平和だったとは、二人とも思ってないだろ。俺だってそう思ってる。ヒデも……」
 和彦は、冷蔵庫から麦茶を取り出すと、ぐい、とあおった。
 冷えた麦茶が、酒に酔った頭を少しだけ冷静にしてくれる。
 気を落ち着け、和彦は自分の正直な気持ちを両親にぶちまける。
 「しばらく俺は、この町で働く。でも、ただ働くだけで終わりたくない」
 自分の心に刻み込むように、強く、ゆっくりと言う。
 「いざとなったら、俺はヒデとエトフォルテ、クリスティアの肩を持つ。もう天下英雄党やヒーロー庁は信用できないし、応援する気になるもんか」
 さっきまで酒を飲みながら、和彦は中学時代だけでなく、己の人生を取り巻いてきたヒーローのことを思い出していた。
 「ヒデのお祖母さんのこと。台風の後のこと。そして、俺たち家族と師匠のことも……。全部ヒーローどもがおかしくした。この国のみんなの人生を。俺は、エトフォルテがやることを最後まで見届ける。俺なりのやり方で、ヒデの手助けをするよ」
 父が、頷く。
 「そうか。きっとお前は、そう言うと思っていた」
 母が、不安を吐露する。
 「親としては、危ないことをしてほしくないんだけど」
 和彦は、不敵に笑って見せる。
 「いざとなったら、超濃厚強炭酸ハニーレモンソーダをヒーローの顔にぶっかけてやるさ」
 たちまち、母は吹き出す。
 「もう!やめてよそれ!売ってないし!」
 八十島家の三人は、笑った。
 やがて、笑いながら、三人で泣いた。


 もともと八十島家は、東京で暮らしていた。
 今をさかのぼること、18年前。スマートフォンはまだ存在せず、インターネットとカメラ付き携帯電話が身近になったころ。
 当時小学1年生だった八十島和彦は、寒い1月の冬のある日、通学路の途中にある公園の池に転落。
 冷たい池で溺れて高熱を発症し、1か月近く生死をさまよった。
 和彦は、転落のきっかけを思い出せない。
 転落した時、池の側面に突き出していた岩に頭をぶつけたせいで、前後の記憶が飛んでいたからだ。
 人づてに聞いた話では、池に珍しい鳥が羽を休めていて、自分は柵を乗り越えて鳥を近くで見ようとしたらしい。
 そう、医者や学校の先生から説明されたけど、和彦はどうにも思い出せない。
 ただ、冬の池の冷たさが、心臓を止めてしまう!と思うほどに鋭かったのを、鮮烈に覚えている。


 さむいのはいやだ。そとにでたくない。
 退院した後も、和彦は登校を拒否し、自宅(この頃八十島家は、戸建ての賃貸住宅で暮らしていた)にこもり続けた。
 寒さが和らぎ、春を迎えた後でも、こもり続けた。
 通学路でまた危ない目に遭ったら……。そう思うと、和彦は怖くてなかなか学校に行くことができなかった。
 両親は、和彦を無理に外へ連れ出そうとはしなかった。
 代わりに、いろんな映画やドラマのビデオテープ(この頃はDVDが身近になったばかりで、レンタルショップでもDVDよりビデオテープのほうがまだ多かった)を見せてくれた。
 「映像の世界で頑張る人たちを見て、少しでも前向きになってくれたら嬉しい」
 父はそう言っていた。
 和彦の両親、父・誠と母・未来は、東京にある国内最大の民間放送局『S-GOOK(エス・ゴーク)』に勤めていた。担当はドラマ制作部門。それまでにない配役や演出をふんだんに取り入れて、いくつものヒット作を世に送り出していた。資料として、映画やドラマのビデオテープがたくさんあった。


 和彦は自宅で、一般的な小学二年生が見ることのない作品を、たくさん見続けた。
 ハリウッドの超大作。
 身体を張った香港のアクション映画。
 鋭くも重厚な日本の侍映画。
 日本のお茶の間を盛り上げてきた、レトロな時代劇やサスペンス劇場。
 映像の中で繰り広げられる、困難に立ち向かう主人公たちのドラマに、和彦の心は少しずつ救われていった。
 時に身体を張り、時に頭脳戦を繰り広げる、画面の向こうの登場人物たち。
 バトルの世界に魅せられた和彦に、夢ができた。
 自分も映像を作る人になろう!
 映像の最高峰と言えば、アメリカ映画!
 よし!自分は映画監督になろう!いつか映画の国アメリカに留学しよう!
 今の自分みたいに、落ち込んでいる人たちを元気にするバトルいっぱいの映画を作ろう!


 とはいえ、留学しようと思ったら、学校にきちんと通って勉強しなければならない。
 和彦は頑張って、6月から登校を再開した。
 通学路は怖くなんかないぞ。
 主人公たちは、いつだってピンチを乗り越えていくものじゃないか。
 自分だって、乗り越えていくぞ!
 そして学校から帰ってきたら、宿題を早々に終わらせて映画を見続けた。
 外に出るより、家で映画を見るのが圧倒的に大好きだった小学二年生の和彦は、この頃結構太っていた。


 やがて季節は夏を迎え、秋になった。
 夏休みになると、両親は家にいることが多くなった。
 仕事はどうしたんだろう?
 和彦が疑問に思っていると、秋を迎えたころ父はとんでもないことを言い出した。
 「和彦。父さんと母さんは、いろいろあってS-GOOKをやめた。千葉県にある映像制作会社で働く。家族で千葉県に引っ越すよ」
 千葉県にいる叔父(父の兄)・幸太(こうた)が暮らす、風海(かざみ)町に引っ越すことになったのだ。
 引っ越す以上に、和彦は両親がTV局をやめたことに驚いた。
 S-GOOKがすごい会社なのは、小学二年生でも分かる。それをやめたなんて……。
 やめた理由を何度も聞いたが、両親は言葉を濁すばかり。
 これ以上は聞いても仕方ないや、と思い、和彦は引っ越しの準備を黙って手伝い始めた。
 

 この年の12月。
 二学期の終業式の翌日に、八十島家は千葉県風海町に引っ越した。
 きれいな海は海水浴だけでなく、マリンスポーツや釣りでも大人気。いちごなどフルーツ栽培も盛んだ。海と緑に囲まれた新天地は、なにもかも東京と違う。
 間違いなく、とてもつなく新しくて楽しいことが始まる予感がする!
 和彦は、そう思った。


 新居で生活の準備を整え、冬休み明けから和彦は地元の小学校に通い始めた。
 しばらくすると、叔父・幸太が和彦のもとを訪ねてきた。叔父は元演歌歌手で、今はカラオケスナックの店主である。
 「和(かず)くん。映画の監督目指してるんだってな」
 叔父の問いかけにうん、と和彦は答える。
 叔父は満足そうに頷いた。
 「映画の監督目指すなら、演技のこととか勉強しないとな」
 「わかってるよ、おじさん。おれ、とりあえず人間のなぐり方を覚えるために、空手でもやろうかと思ってるんだ」
 バトル映画を撮りたい。それが、和彦の夢だ。そのためには、演技より先に人間のなぐり方を覚えなければと思っていた。
 叔父は、それもいいけれど、と苦笑い。
 「日本人なら、伝統的なものをきちんと学んだ方がいい」
 「伝統的なもの?」
 「刀。剣術」
 和彦の目と心はときめいた。
 「勉強できるところがあるの!?」
 「あるよ」
 「どこ!?」
 「貴翠山刀志(きすいざん・とうじ)先生の舞踊教室。和くん、『桜花幻闘記(おうかげんとうき)』好きだろ?あれの殺陣(たて)、つまりバトルの指導をした先生が、この町に住んでるんだ」
 『桜花幻闘記』とは、時代小説を原作にした昭和の映画。剣豪や忍者、果ては鬼や妖怪が死力を尽くしてぶつかりあう、日本武術をふんだんに取り入れた、怪奇特撮チャンバラ映画と呼ばれる名作だ。和彦もビデオで何度も見た。日本映画の中では、かなりのお気に入りだ。
 そんなところで勉強できるなんて!夢みたいだ!
 「和くんさえよければ、先生に話をするよ。お父さんたちの許可は取ってあるから」
 「やったあ!」


 両親同伴で、和彦は殺陣師で舞踊家の貴翠山刀志の自宅兼稽古場にやってきた。彼の自宅は町はずれにぽつんと建っている純和風の古民家で、『貴翠山流剣舞道場』という大きくて格好いい筆書きの看板が掲げられている。敷地内には舞踊の稽古場だけでなく、蔵もある。蔵の中には、貴翠山がこれまで時代劇で使ってきた刀や槍、衣装がたくさん収められている。
 叔父が事前に教えてくれた。ここは大昔武家屋敷で、貴翠山が住む前は剣道の師範が住んでいたという。稽古場は剣道場を改装したもので、昔は毎日道場生が20人近く稽古に励んでいたそうだ。
 ちなみに、貴翠山刀志というのは芸名。本名は、緑山里志(みどりやま・さとし)だと、道中両親が教えてくれた。たしかに、玄関の表札には『緑山』とある。
 貴翠山刀志は、この時80歳。真っ白な髪は肩にかかるほど長く、普段着は着物に草履。足腰にふらつきもみだれもない。
 まるで、時代劇から飛び出してきた江戸時代の人みたいだ。山奥で暮らす隠居した剣聖、みたいな。
 和彦は初対面で思った。剣術の師匠と言うから厳めしい大男(実際、サムライヒーローで有名なレギオン・チャンバライズの創始者がそれだ)かと思いきや、貴翠山は思ったよりも小柄でやせ型。ひょうひょうとした自由人の雰囲気を漂わせている。


 両親があいさつを済ませると、貴翠山は和彦を頭からつま先までまじまじと見つめて、言った。
 「こいつがウワサの息子か。結構丸っこいな。おれの『桜花幻闘記』好きなんだって?どこが好きか、一つだけ言ってみな」
 自分のどこをウワサしていたのだろう、この人は?太り気味の体型のことか?
 とりあえず、和彦は質問に答える。
 「主人公の桜木新左エ門(さくらぎ・しんざえもん)が、鬼を真っ二つにするところです。血がドバーッ、って」
 主人公が妻の仇である悪鬼に、死闘の末トドメの一太刀を浴びせ、脳天から真っ二つに両断するシーンが、和彦は大好きだった。
 これを聞いた貴翠山、豪快に笑った。
 「血がドバーッ!わかるか!あの場面は一番スカッとするシーンにしたかったから、血のりを盛大にぶちこんでやったのよ!おかげで今のご時世、残虐すぎるとTV放送できなくなったがな!わはは!」
 笑いまくる貴翠山。笑いすぎてアゴが外れやしないか、和彦は心配になる。
 やがて貴翠山は、両親にこう言った。
 「お前たちの息子、合格。剣舞と一緒に、映画作りのイロハも教えてやるわ」
 母、ちょっと引いている。
 「ありがたいんですけど……。あんまり変なこと、教えないでくださいよ」
 おやおや、と貴翠山がわざとらしく笑って言う。
 「何を言うか。八十島未来。俺はお前たちの才能を買っていたんだぞ?売り出し中の若手俳優をみんな悪人に仕立てた、S-GOOK史上最悪のサスペンスドラマ『魔王のいけにえ』。放送禁止すれすれの暴力描写で最高視聴率31%を叩きだした、名物ディレクター八十島夫妻。あの時のとがっていたお前たちはどこに行った?」
 和彦は、腰を抜かす。
 「父さん!母さん!そんなドラマの仕事もしてたの!?」
 あまりに暴力的過ぎて、ビデオテープ化が見送られたといういわくつきの作品だ。
 母は、顔から火を噴きだしかねないほど赤面している。
 「先生、もう言わないで~!」
 父も困り果てている。
 「あのドラマ、やりすぎてファンレターより脅迫状のほうが多かったから!」
 貴翠山は意に介さない。
 「この際だ。息子よ、よく覚えとけ。まともな感覚からじゃ、名作は生まれない。ロックミュージシャンだって歌ってる。名作作りたきゃ、とがれ!お前の両親はTV業界でもっともとがってた!」
 「はあ……。ところで先生。父さんたちはそんなすごいドラマを作ったのに、なんでS-GOOKやめちゃったんですか?」
 両親の顔が、みるみる真っ青になる。
 なんでだろう?
 貴翠山は答えない。
 「おれの仕事は、お前に映画作りのイロハと剣舞を教えること。お前の両親の仕事は関係ない」
 そして貴翠山は、もう一度和彦の頭から足までをじろり、とにらみ、言った。
 「とりあえず、とがるためには基礎体力が必要だ。まずは自宅でストレッチ。そして腕立て、腹筋、スクワットを申し付ける。そんな丸っこい体型じゃ舞台に映えない。ちゃんとやれよ。サボるんじゃないぞ」
 大変なことになった、と和彦は思う。運動は苦手なのだ。
 だが、同時にワクワクした。
 自分の映画監督としての夢は、ここから始まるのだ!


 夢のような環境で始まった剣舞と映画作りの稽古は、毎週土曜日の夕方から約2時間。
 ほかにも剣舞を学びに来ているおじいさん、おばあさんが数人いた。大人の稽古が終わると、和彦と貴翠山、もとい『師匠』(入門二週間でそう呼ぶようになった)とのマンツーマンでの特別授業が始まる。
 剣舞の稽古はシンプルだ。
 木刀の素振り、足さばきといった基礎稽古を30分やったら、残りの時間はあらかじめテープに録音した曲に合わせて、ひたすら踊るのだ。舞扇と刀を駆使して。
 同年代の小学生で、こんなことをしているのは自分だけ。学校で自分は、変わり者と思われていた。
 しかし和彦は、師匠の下で剣舞を学ぶのが楽しくて仕方がなく、周りの目はちっとも気にならなかった。
 師匠の剣舞指導は、厳しい。
 「いいか和彦。剣舞はゆっくりした曲の中に、剣の重さと鋭さを出して動かねばならぬ。そのためには腕の動きと同じくらい、足腰の動きが重要だ。もっと股を割れ、股を!」
 「は、はい!」
 「そして目線!お前が見ている『敵』を、客も見てるんだからな!適当な目線を客はすぐ見抜くぞ!目線は剣以上に鋭く!」
 「は、はいい!」
 「そんな踏み込みで人間が斬れるか!大根だって斬れやしない!ドンと踏み込んでズバンッ!ができてない。はい、テープ巻き戻してもう一度!」
 「は、はいいいい!」
 ちゃんと動けないと、曲の出だしに容赦なく巻き戻してやり直し。
 指導がヒートアップすると、師匠の言動はどんどん過激になっていく。
 「そんな太刀筋じゃ人間は斬り殺せんぞおお!殺すつもりでまっすぐ剣を振らんかいっ!」
 「はいいいいいいいいい!」
 「全然殺せてない!家帰ったら素振り30本追加な!」
 稽古は厳しいけれど、それ以上に楽しかった。


 稽古の合間、師匠は座学と称して、昔のチャンバラ映画のビデオテープも見せてくれた。映像はやや劣化していて子供には見難い部分もあるが、何とも言えない格好良さがある!
 そして、自分の昔話を誇らしげに語る。
 「おれの両親は舞踊家で、チャンバラ映画の所作指導もしていた。日本人は刀、チャンバラ大好き。昔はチャンバラ映画もたくさん作られた。俺は生まれた時から舞踊と剣が大好きだった」
 本格的に剣を学びたくて、師匠は剣道を始めた。戦前の話である。
 やがて戦後、東京にあった古流剣術の道場を気に入り、住み込みで弟子入りしたという。
 「斬ると決めたら、斬る。一度剣を抜いたなら、ただひたすらに斬って行け。そういう教えの道場だった」
 「へえ~。格好いいね」
 入門してから二週間で、和彦は師匠とすっかり打ち解けていた。和彦にとって師匠は、厳しくも面白い親戚のお祖父さんみたいな存在だ。和彦の父方と母方の祖父母は、すでにこの世にいない。
 「考えてみりゃ当たり前だ。実際の戦場に情けや配慮なんてものはない。ただひたすらに、斬り、殺す。斬るということは命の奪い合い。そういう殺伐かつ生々しいハードな部分を、おれは自分の剣舞、立ち回りで大事にしたかった。俺はいい先生に巡り合えた」
 何より、と師匠は快活に笑う。
 「やっぱ時代劇は斬ってナンボよ」
 師匠は古流剣術の道場に3年ほど住み込みで弟子入りして、剣術や古来の兵法を勉強した。やがて撮影所に就職。殺陣指導者として40年以上、映像の世界で斬って斬って、斬りまくる。同時に日本の古武術の勉強も続けた。
 チャンバラに限らず、派手な戦闘シーンのある映画は人気だ。それは古今東西の映画の歴史が証明している。


 やがて日本の芸能界は、映画からTVへと主戦場を移した。
 時代劇は下火になり、アクションは金も手間もかかるから、と敬遠されていく。
 師匠自身加齢もあり、活動に限界を感じた。民放の大江戸TVのスペシャル時代劇で立ち回り指導したのを最後に、芸能界を引退。この時75歳。家族は妻をだいぶ前に亡くしており、子供や親戚はいない。
 「引退したのは5年前。その時八十島幸太(こうた)。つまりおまえの父の兄で叔父さん。おれの参加した時代劇のテーマソングを歌っていた縁で、仲良くなったんだが……。一足先に引退していた幸太が『余生を過ごすのに、風海町はどうですか』と勧めてくれた。この蔵付きの家と一緒に」
 「稽古場もあって、すごいいいところだ。武家屋敷カッコいい!」
 和彦の無邪気な感想に、胸を張る師匠。
 「こういう仕事を続けていると、思いもよらぬところで剣と剣がつながっていくものだ」
 

 もともと八十島家は、東京出身である。
 和彦の父方の祖父はラジオ局に勤めていて、有名歌手や俳優との親交もあった。そんな祖父のもとで育った父と叔父は、芸能界に憧れた。
 やがて時代はTVが主力になる。映画好きな父は、大学で映像研究を経てTVと映画のどちらをとるか迷った末、TV局『S-GOOK』に就職。和彦の母は父と大学で知り合い、後にS-GOOK就職後に再会。結婚して生まれたのが、和彦だ。
 演歌を愛し歌手となった叔父は、歌手活動が行き詰まった時、妻の節子(せつこ。和彦の叔母で風海町出身。実家は不動産屋)と相談し芸能界を引退。風海町に移住してカラオケスナックを開いた。
 師匠に家を勧めたのは、叔母の実家の不動産屋なのだ。和彦たちが引っ越してきた新しい家を探してくれたのも、この不動産屋である。

 
 師匠は思い出話だけでなく、映画作りのイロハも教えてくれた。
 脚本の書き方。
 カメラワークのコツ。
 そして『ドラマ』のなんたるかを。
 「和彦。ドラマってなんだ。言ってみろ」
 「劇とか、出来事のことでしょ」
 「では、劇や出来事に感動するということは、どういうことだ?」
 「感動するってことは……、ピンチを乗り越えるところが格好いい、から?」
 少なくとも、自分が好きな作品はそういうのが多い。
 師匠は頷く。
 「努力と友情でつかみとる勝利。少年漫画のお約束。一つの答えだな」
 師匠は毎週少年漫画を買って読んでいた。時々、漫画に出てくる剣士の技を再現して見せてくれた。さすがに火をまとったり水しぶきが飛び散ったりはしない。が、かなり格好良いのだ!
 「ほかにも答えがあるの?」
 「実際にはホラーやサスペンスなど、ピンチを乗り越えられないバッドエンドで強烈な印象を残す作品もある。これもある意味では“感動”、観客の感情が強く動かされ、心に映像が刻み込まれている、といっていい。わかるか?」
 「わかる」
 師匠は“ドラマとは何か?”を改めて語る。
 「つまり、ドラマとは心の躍動感を引き出すもの。古今東西の映画、ミュージカル、踊り。さらに歌や漫画にアニメ!愛されているもの、語り継がれるものは、お客の心を弾ませ、打ち震わせている、ということだ」
 師匠の身振り手振りはどんどん大きくなる。
 「ピンチを乗り越える勇気の勝利。ピンチの果てに襲い来る恐怖の結末。その原動力は、演じる側、作る側の本気に他ならない!」
 だからこそ!と師匠は和彦に指をびしっ!と突き付け、言い聞かせる。
 「お前が映画で食っていきたいなら、本気でやれ。人を本当に殴れ、斬れ、という意味じゃないぞ。『あれ?こいつ演技じゃなくて本当に人殺してない?やべえやつだわ』くらい客に思わせるクオリティを見せる。それくらいの心構えでやれ!それが人の心をブルンブルン震わせる!」
 「はい!」


 他にも大事なことを、たくさん教えてくれた。
 「バトルを撮るにも知識が必要だ。今はネットで武器の使い方や戦術なんかを調べられるが、本や雑誌にも良いものがある。お前の両親が集めたものが家にあるはずだ。読みまくって勉強しろ!読んで、動いて、試してみる!いいと思ったものはノートに書き貯めて、いざというとき使うんだ!そういうひたむきな努力が、お前の才能をとがらせる!」
 「はい!」
 「おっと。知識貯め込んだからって、偉ぶって安易にほかの作品を見下すなよ。見下した瞬間の歪んだ優越感は、お前の作品を腐らせる。新鮮で面白い映像をお客に届けるのが、監督の仕事!ほかの作品にケチつけてけなす暇が10分あったら、10分間『いいな』と思った作品の特徴をネタ帳に書け!ジャンルはどうあれ、お前がいいな、と思った感覚が大事。そのいいな、がいつか花開く時が来る!」
 「はい!」
 「お前の両親も、S-GOOKのディレクターとして本気で努力していた。毎日ネタ帳を持ち歩いていて書いていた、というぞ。でなきゃ、視聴率31%なんてとがった数字だせるもんか。お前も本気でやれ!」
 その本気で働けるTV局を、なんで両親はやめてしまったんだろう?
 気になって何度か聞いたけど、結局答えてもらえないので、和彦は聞くのをやめた。


 映画論を熱く語る一方、師匠は撮影における注意について釘をさす。
 「殺陣を撮影するとき、本当に人を殴ったり、斬ったりしたらアウトだぞ。昔殺陣のルールを理解しないで、本気のパンチを放って相手を大けがさせた俳優がいた」
 「……本当に?」
 「本当だ。和彦。おれは無茶苦茶は言うが基本的に、映画作りで必要なことしか言わん。よく聞け。本気パンチをくらった奴は病院送りで芸能界引退。こんな風に、撮影中の怪我で芸能界から消えたやつは少なくない。肝に銘じておけよ」
 「き、消えた?」
 「ああ。文字通りこの世から消えたやつもいる」
 師匠の冗談かと思ったが、目が笑っていない。
 和彦は、自分が映画を撮るときに、絶対に怪我人を出さないようにしよう、と心に誓った。 


 

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