地球から遠く遠く離れた宇宙。光と緑、水に満ち溢れたエトフォルテという惑星があった。
住民は12の部族からなり、誇りを持ってすこやかな生活を送っていた。
だがある時、惑星エトフォルテに異常災害が頻発した。多くの住民が死んだ。異常を調査し始めた科学者たちは恐ろしい事実を知る。
そう遠くない未来、この星は寿命を迎える。星は砕け散り、生命は死に絶えると。
住民たちは、新天地を求めて巨大な宇宙船を造り、旅立った。
その船に、皆が愛した故郷「エトフォルテ」の名をつけて。
船内での生活を維持するために、住民たちは12部族から一人ずつリーダーを選び、役割を3つに分担した。
外敵との戦闘を担当する「力の部」。
船をはじめ機械整備を担当する「技の部」。
医療や生活面を担当する「心の部」。
この3つの部門に割り当てられた12人のリーダーたちの部隊は、「十二兵団」と名付けられた。
新天地となる惑星は、なかなか見つからなかった。
やたら暑かったり、寒かったり。気候が安定しない惑星では暮らせない。
気候が安定していても、自分たちの体躯をはるかに超える生命体が主導権を握っている星だったりした。エトフォルテの民は決して貧弱ではない。戦って勝つことはできた。だが、すべてを倒すことなどできない。
新天地に腰を落ち着ける前に、亡くなっていく同胞もいた。
それでも、エトフォルテの民は前向きに旅を続けていた。
そんな宇宙船エトフォルテの中で、龍族の少年ドラクローは育った。
両親の顔はわからない。異常災害で親を亡くした孤児だったからだ。母星の街並みを再現した居住区の一角にある孤児院で、同じ境遇の子たちと過ごしてきた。虎族の少年タイガ、羊族の少女ムーコもそうだ。
「なあ、前に星を見つけて降りたのっていつだっけ?」
ドラクローはタイガとムーコに問いかける。
「ジャンヌの兄貴のジャッキーが、十二兵団長になったときだね」
玩具をいじる手を止めて、タイガが答える。ジャッキーというのはこの孤児院にも往診に来る若い医者で、蛇族の青年だ。ジャンヌはその妹で、ドラクローたちと年が近い。ジャンヌは今日も孤児院に遊びに来ていた。二人とも、エトフォルテ最高権力者である長老会のリーダー、ネイクスの孫でもある。
「次に降りる星は、あの時みたいなヌメヌメがいない星がいいね」
のんきにおやつを食べながら、羊族特有のゆるふわな髪を揺らしてムーコが笑う。おやつは船内で栽培されている木の実を炒って砂糖をまぶしたものだ。
「思い出しちゃったじゃん。ムーコ、それ言わないでよ」
そばで同じように木の実を食べていたジャンヌは顔をしかめる。ドラクローにとってもあの『ヌメヌメ』は勘弁だった。子供である彼らは戦闘に参加できない。だが、前回の着陸時に十二兵団が倒した『ヌメヌメ』が運ばれるのを見てしまったのだ。一応、食用にできるか研究するためだったらしい。
だが、試食の結果食用にはならなかった。それを聞いて、みんなほっとしたのを覚えている。
新天地探しの過程で、惑星を見つけたら水を補給し、食用になる植物や動物を探すのも十二兵団の仕事だった。植物や動物は船内の緑化地区で栽培・育成される。これまでの旅の中で、自分たちのように言葉を話し、技術を持った民族にはまだ出会っていないという。
まだ見ぬ出会いに思いをはせて、子供らしい無邪気な会話を続けていると、孤児院の院長が声をかけてきた。
「ちょうどいい。ジャンヌもいるなら中に入って。大切な話をするから」
院長は犬族の女性でハウナという。とても気さくな人柄で、みんな「おかみさん」と呼んでいた。
中に入ると、知った顔がいた。
「スレイ先輩!」
成人し、孤児院を出て十二兵団の兵士になった馬族のスレイがいた。ドラクローたちの顔がほころぶ。
「えー、孤児院の皆に大切なお知らせをするからね。
十二兵団の団長任期更新に伴い行われた新団長の選抜試験で、スレイが合格した。今日はその報告に来てくれたよ」
ハウナの言葉にみんなが沸き立った。
「というわけで!十二兵団からお祝いの食材が支給された。今日はばーんと作っちゃうからね!」
「やったああ!」
子供たちは大いに喜んだ。もちろん、スレイも。
ドラクローたちにとってもうれしくて、本当に誇らしいことだった。孤児院出身者で十二兵団長になった者は、スレイが初めてだったからだ。
スレイが孤児院で祝福を受けた次の日の夕方。
ドラクローとタイガ、ムーコ、ジャンヌは、船内の居住区で人工太陽が暮れていくのを眺めながら誓った。
「頑張れば孤児院の出身者だって十二兵団長になれるんだ。
俺はなるぜ、十二兵団長に!」
ドラクローはこぶしを振り上げる。タイガが続いた。
「なら、オレもなりたい!!機械技術を極めて、最強の技の部の団長になる!」
「なら、私も目指したい。心の部に入って、みんなのお世話をする優しい団長になれたらいいな」
相変わらずのんびりなムーコだが、その言葉には確かな熱があった。ドラクローは苦笑する。
「ムーコ。なれたらいい、じゃなくて、なるんだよ。俺たちでエトフォルテを守る立派な戦士、そして団長になるぞ。
ジャンヌ。お前はどうだ!」
話を振られたジャンヌは、落ち着いた口調で返した。
「兄さんが団長であるうちは、親族は団長に立候補できない掟だからね。私は団長にはならない。
だけど、槍と薬学を極める。お祖父様と兄さんに恥じない生き方をするつもりよ。
ドラクロー。アンタより強くなっちゃうかもね」
勝気な笑みを浮かべるジャンヌ。ドラクローの挑戦心にも火が付いた。
「ジャンヌ。俺だって負けない。ムーコとタイガも負けるなよ」
「うん。みんなで素敵な団長になろうね」
「なろう、なろう!!」
「私は団長じゃないけど、みんなと一緒に働きたい。約束ね」
4人は、手を取り合って笑いあった。
そしてまた、月日は流れた。
ドラクローたちは成人し、十二兵団の一般兵になっていた。
資源採取のために惑星に降り立ち、襲ってくる生命体と戦い、エトフォルテの民の日常生活をケアする日々を過ごしていた。
新天地となる惑星は、まだ見つからなかった。
ドラクローはスレイの部下になった。彼の真似をして髪を伸ばし始め、おしゃれにも気を使い始める、年頃の若者になっていた。
「先輩。なかなか見つからないもんだな。俺たちの新天地」
ある時そんなことをぼやくと、スレイはこう言った。
「気候が安定していて、豊かな資源があって、俺たちの脅威になる生命体がいない星。この3条件を満たした星ってのは、奇跡的な確率じゃないと見つけられないと、技の部の連中が言っていた」
「奇跡的かあ」
「だからこそ探し甲斐があると言える。この旅は長い長い魂の挑戦なんだ。」
「まーた、先輩の魂が始まった」
スレイは『魂』という言葉をよく使う。からかうように返すと、スレイはまじめな顔で言った。
「魂を馬鹿にしちゃいけないぜ。
俺たちが生きているうちに新天地にたどり着けなくても、次の連中が旅を続けていかなきゃいけないんだ。その時、ふにゃふにゃな魂で旅は続けられないだろ?見つけたとしても、そんな魂じゃ新天地で生きていけないぜ。
だから、『魂』なんだよ。俺たち十二兵団が、確固たる魂を持たなくちゃ」
「はいはい」
「あー。ドラクロー。聞き飽きたって顔するなよ。俺今いいこと言ったんだぜ」
「はいはい。じゃあ俺もひとつ、魂を鍛えなおして選抜試験に備えますか」
このころ、ドラクローたちは新団長の選抜試験を控えていた。狙うは戦闘専門の力の部。彼は龍族伝統の『龍神拳』を武器に挑戦しようとしていた。タイガは機械技術専門の技の部。そしてムーコは医術と生活面を担当する心の部だ。
そして、熾烈な選抜試験の結果。
「えー、孤児院の皆に大切なお知らせをするからね。
十二兵団の団長任期更新に伴い行われた新団長の選抜試験で、ドラクローとタイガ、ムーコが合格した。
いや信じられないね。スレイに続いてうちの孤児院から3人も団長が出ちゃった。あたしゃびっくりよ」
院長のハウナは、スレイの時と同じようにみんなを集めて、ドラクローたちを祝福した。そこにはスレイとジャンヌ、そしてジャッキーがいた。ジャンヌはこの時すでに、ジャッキーのもとで有能な副官として働いていた。
「暴れん坊のドラクローにおもちゃをいじりたおしていたタイガ、泣き虫のムーコが団長になるとはねえ」
「全くだ」
「むう。おかみさん、スレイ先輩。ひどいよお。私だってもう大人だよ」
「そうだよ。子ども扱いはそろそろ勘弁してほしいぜ」
ムーコとタイガがほおを膨らませる。十二兵団長になろうと誓った日から時は流れ、ムーコもタイガも背が伸び、体格も大人びてきた。それでもこういうところはまだ子供っぽいな、とドラクローは苦笑する。
そんな光景を見た、院長ハウナはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ま、3人のことばかりいうのは公平じゃないので。スレイは高所恐怖症で、昔かくれんぼで木に登ったはいいけど、降りられなくて泣いてたわね」
「そんなことあったのか」
タイガが目を丸くしている。みんなこの話は初耳だった。
「本当に小さかった頃の話だ。今は克服したさ。本当だぞ」
思わぬ暴露にスレイは赤面する。ハウナは手をたたき、話題を切り替える。
「ジャッキーとジャンヌも来てくれてありがとう。3人の試験勉強を手伝ってくれたって聞いてるよ」
「基礎の基礎を教えただけですよ」
ジャッキーは穏やかに返した。二人は医者とその妹という立場以上に、この孤児院の仲間であった。
「ドラクロー。タイガ。ムーコ。これから兄さんたちとよろしくね」
「ああ。みんなでエトフォルテを守るために頑張るよ」
ドラクローたち新団長は、ジャンヌと手を合わせた。一緒に頑張ろうと誓った彼女も、今やすらりと背が伸び、腰まで伸びた緑色のロングヘア―が似合う十二兵団心の部のエースだ。
孤児院の皆から温かい拍手が送られる。照れちゃうなあ、と、タイガは虎柄尻尾をくねらせて照れ笑いし、ムーコがゆるふわな白い髪を小さく揺らして微笑む。
この日は、ドラクローたちにとって人生で一番誇らしい日になった。
それからまもなく、エトフォルテは、新たな惑星を見つけた。
「大きな土地。豊かな水資源。緑も十分あると思われる。長老会と協議し、我々はこの惑星に着陸することを決定した」
十二兵団長最高位の第一団長、体格の良い牛族の男性オーロックは、団長たちを指令室に集めて通達を行った。
「知的生命体の存在は確認できるの?」
第二団長、鼠族の女性クヴィークの問いかけに応えたのは、第三団長のイナバ。兎族の女性だ。船の航行における技術面を総括する技の部の総団長でもある。
「惑星の周囲に機械的な装置が浮遊しているのを確認済み。かつてわが星でも使われていた人工衛星と同様のものと思われる。ここに来る前に通過した無人の惑星でも人工衛星を確認している。この青い星から飛ばされたものだろう。
さらに、昼と夜で陸地部分に光源が確認できるため、知的生命体がなんらかの活動を行っている可能性が非常に高い」
「だとすると、この船をそのまま着陸させるのは危険ですね。原住民ともめる可能性も」
第五団長としてジャッキーが落ち着いた口調で進言する。オーロックは角ばった顎で大きくうなずいた。牛族の伝統装備である角兜も、頷きに合わせて揺れた。
「うむ。それゆえ、こちらから敵意がない旨を通信で送る。相手が理解してくれるなら、ともに話し合って着陸の許可を得よう。敵意をもって攻撃されるようなことがあれば、エトフォルテを防衛しながら離脱する。
そしてこれが一番重要なのだが、もし、通信に相手が反応を示さなかった場合だ。
今この船には、前回の着陸で補給した水が少なくなってきている。すぐに無くなるわけではないが、この近辺には水を補給できるほかの惑星がない。できることなら、水だけでも補給したい。そこで、陸地から大きく離れた海上に着水し、海水変換機(アクリース)で水を確保する。そして速やかに立ち去る」
この決定に反論する者はいなかった。水は船の整備作業や住民の生活で必要不可欠だったからだ。
しばらくの後。
ドラクローは通信室でタイガたち技の部の団員に問いかけた。
「あの星から反応はあったか」
「兄貴。ないよ、全然ない。通信の言語をいろいろ変えたんだけど、全くない。そろそろ、水補給のためだけの降下が決定になると思うよ」
タイガが残念そうに言う。
「人工衛星の外観からするに、俺たちの通信を傍受・理解できない種族ではないと思うんだけどね」
ほどなくして、水補給だけの降下が決定した。万が一に備えて、船内では降下に備えて体を固定するよう指示がいきわたった。
エトフォルテは、その惑星に、ゆっくりと進路をとった。その間にも敵意がないと通信を送ることは忘れない。
そして、降下を目前に控えたときにそれは起きた。
エトフォルテが光線による攻撃を受けた。
「光学防壁(シドル)で防ぎましたが、攻撃地点は不明!
どうやらこの惑星の周囲に、光線を発射する衛星兵器が設置されているようです!」
技の部の隊員が、素早く状況分析する。オーロックの決定は速かった。
「反転して高速離脱しろ!」
しかし、二度目の光線がエトフォルテに当たるほうが速かった。再び大きくエトフォルテが揺れる。ここまで揺れるのは、船内にいる全員にとって初めての経験だった。三度目の光線で光学防壁が破られ、エトフォルテ船体右側に取り付けられた推進翼が破壊された。
指令室にいた団長たちは悲鳴をあげた。エトフォルテは大きく傾いてその惑星に落ちていく。それでも船の航行を管轄するイナバは、指揮を執った。
「重力制御装置(グラビート)を最大出力で動かせ!!船体を立て直しながら着水時の衝撃を和らげて!!
このまま船首から落ちたらエトフォルテは沈む!周辺の陸地もただではすまない!!」
この指揮が功を奏し、船体を立て直したエトフォルテはやさしく、柔らかく、その星の海上に着水した。重力制御装置は優秀だった。周囲の陸地に被害は及ばなかった。
しかし本当に大変なのはこの後だった。
着水地点は、当初予定していた場所を大きくそれ、陸地までそう遠くない位置になった。しかも陸地には、知的生命体による街があるのが確認できた。
さらに、エトフォルテは推進翼を壊され飛行できなくなっていた。推進翼があったとしても、重力制御装置を最大出力で動かしたせいで動力を使い切っていた。しばらくは船内の生活を維持する最低限のエネルギーしか使えない。回復には時間がかかる。
ジャンヌとジャッキーの祖父でもある長老会のリーダー、ネイクスは、動揺する団長たちに静かに言った。
「この星の住民に我々は、不法な侵入者であると誤解されたのかもしれぬ。決してそうではないことを、彼らに伝えなくてはならない。通信を受け取れなくても、翻訳機があれば言葉は通じるはず。
エネルギーを失い通信を送れない今、私は直接、あの土地にいる指導者に我々の実情を伝えたい」
問答無用で攻撃してきた生命体を信用できるものかと、団長たちの半数以上が反対した。だが、ネイクスはこちらから戦いを仕掛けるような真似をしてはならないと厳命した。
長老会の次に強い権限を持っているのは、十二兵団の第一団長あるオーロック。彼は特に悩んでいたようだ。こちらから原住民相手に報復を仕掛けるわけにもいかない。
悩んだ末、オーロックは十二兵団に決定を下した。
「第四団長スレイは、団員たちを選抜し、この国の様子を探ってきてほしい。ドラクローとムーコ、タイガも同行してくれ」
まだ団長になったばかりの3人は、前団長から仕事を引き継いでいる最中で、正規の指揮権を持っていなかった。つながりの深いスレイの補佐を頼まれ、3人の気持ちは緊張とともに高揚した。
「この国が私たちを敵と認識していたら、遅かれ早かれ攻撃される。それだけは、なんとしても避けたい。しかし、我々がいきなり総出で押し掛けるのも危うい。
この国の中心地は、昨日撮影した映像で人工の光が集中地していたこの土地と思われる」
オーロックが光の集中地を指で示し、そこからさらに右下の半島部分を示した。
「この土地から離れた、南東の半島。スレイたちにはここを探ってもらいたい。可能であれば、翻訳機で現地住民に話を聞く。協力者を得られればなお良い。長老はそのあとで、指導者に会いに行くものとする。
スレイ、できるか?」
「了解。ただしオーロック団長。やばいと思ったら俺たちは引き返す。エトフォルテの警戒態勢も最大限で頼むぜ」
「ああ。我々の通信機能は稼働している。現地の状況、とくに翻訳機の言語データはわかり次第すぐに送ってくれ。データを確認次第、我々は現地語で再度この星の住民に通信を送る」
スレイはオーロックの案を受け入れた。
ドラクローたちもすぐに準備に取り掛かり、海中を移動する高速潜航輸送艇『サブルカーン』に乗り込む。
出発直前、ジャンヌが見送りに来てくれた。
「私と兄さんたちでエトフォルテは守る。ドラクローたちも気を付けてね」
「ああ。吉報を待っていてくれ」
サブルカーンは、夜の闇の中を進んでいく。
やがてスレイたち15人は、海岸沿いに建つ大きな建物を視界にとらえた。
新天地を求めて旅してきた宇宙船エトフォルテが攻撃され、落下したその惑星は、現地住民から『地球』と呼ばれていた。
そして彼らが目にした陸地は、ヒーローと悪の組織が毎週日曜日に大暴れする国、日本。
視界にとらえたのは、ヒデの地元である風海町のショッピングセンター『ハミングバード』。
今まさに、日本は日曜日の朝。ヒーローの日。
日曜日が大嫌いな男と、星空の旅人たちは、こうして出会った。