エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第40話 見えないものを信じる力

 ジューンは、さらに詳しい話を始める。

 人知を超えた悪の組織やヒーローが世界各地で戦っている地球では、宇宙から新たな危機がやってくることも少なくない。
 衛星兵器が規制されたとはいえ、太陽系外からの脅威を監視するための偵察衛星を、世界各国が打ち上げている。
 「さっき話した、人工衛星。アメリカのものだけど、宇宙船や隕石が地球に近づいたときは世界各国の政府に対し、速やかに情報共有する決まりになっている。アメリカなら、合衆国宇宙防衛対策本部が、各国の担当窓口に情報を伝えるわ」
 過去の経緯もあり、アメリカは宇宙防衛の情報管理で世界最高レベルを誇る。
 一方、日本の場合。
 「宇宙船や隕石の担当窓口は、ヒーロー庁。
 軍師ヒデ。これで本社が疑問を覚えた理由がわかるわね」
 「日本政府とヒーロー庁は、墜落3日前にもうエトフォルテの存在を知っていた?
 この事実に、ドラクローたちもどよめく。
 「日本のほとんどのマスコミは当初、担当窓口のヒーロー庁の説明を信じたわ。『エトフォルテが突然地球にやってきた。墜落までの動向はわからない』と。
 でも、アメリカ政府が日本にだけ知らせなかったはずはない。何より、アメリカのニュースを日本で見ることもできるんだから。
 今さらではあるけど、SLNと情報提携している日本のマスコミも、ヒーロー庁が3日前のことを全く言わないと怪しんでいるわ」
 ジューンはさらに奇妙な点を指摘する。
 「地球に宇宙船が近づいた、墜落したからと言って、真っ先に攻撃をしてはいけないことになっている。これも、世界各国で守らなければならない決まり。相手に地球への敵意がはっきり確認出来た段階で、防衛・反撃体勢を取らなければならない。
 気を悪くしないでほしいのだけど、もしあなたたちが悪意を持っていたら、電波攻撃を長時間続けて、関東のみならず日本中を混乱させる。あるいはさらに陸地に近づいて砲撃を加えたほうが、侵略には手っ取り早いはず。
 でも、電波攻撃が確認されたのは関東一体だけ。しかも墜落から1,2時間程度で解消されている。その間エトフォルテは動いていない。侵略としては、中途半端としか言えない」
 ヒデもそれで思い出した。ドラクローたちと出会った直後に使えなかったスマホが、サブルカーンに乗ったあとで回復したことを。あれは、たしかにジューンの指摘した時間経過に相当する。
 その時のことを思い出したのか、心底嫌そうな表情を浮かべてドラクローが言う。
 「エトフォルテは落下の被害を防ぐために重力制御装置(グラビート)を動かして、エネルギーを使い切っていたんだ。電波攻撃なんてできないし、長老も俺たちも侵略の意図はなかった。動けたとしても、砲撃なんてするもんか」
 ジューンは頭を下げる。
 「ドラクロー団長。嫌な思いをさせてごめんなさい」
 ドラクローも、ジューンは仮定の話をしただけで、悪意はないと感じたのだろう。
 「すまん。要するにSLNは、俺たちが侵略者でないと思った。それでここにあんたを派遣した」
 「そうよ。
 もしかすると、何か都合の悪い事実が日本政府とヒーロー庁にあって、エトフォルテは悪者にされたんじゃないかって、SLNは判断した。
 万が一ばれて国際問題になったとしても、私も会社も、提携している日本のマスコミも覚悟の上。あなたたちは本当に侵略者なのか?あなたたちがここに来た理由、これまで何をしてきたか、直接本当のことを見聞きしたかった」
 ちなみに、ジューンをこの近くまで乗せてくれた貨物船は、SLNとゆかりのある海運会社のもの。アメリカと日本間を定期的に往復している。船長たちも事情を承知し、関与を明かさないこと、迷惑料をもらうことで手伝ったそうだ。

 一通り話を聞いてから、船の修理を担当する技の部のリーゴが質問する。
 「今我々が優先すべきは、この船の修理だ。
 ジューン・カワグチ。日本のヒーローや企業は、もうあてにできん。あなたの国、アメリカならどうだ」
 「この船の実情を取材して、本社に伝える。そこから先は、保証できないけれど」
 ジューンは、だからこそ、と続け、頭を下げる。
 「どうか、皆さんの実情を取材させてください。
 多くの人に、エトフォルテの実情を伝えれば、少なくとも視聴者のあなたたちへの見方は変えられる。そこから『味方』を得ることもできるはずだから」


 エトフォルテの住民たちは、新たに現れた地球人に興味津々だ。
 とはいえ、全員に事情を説明して回るのは無理がある。船内放送を用いてジューンの人となりを説明することにした。インタビュアーはヒデ。ドラクローとムーコ、まきなとアルが同席した。
 タイガはヒデたちの向かい側にある設備室で、技の部の団員達と放送設備を操作している。設備室にはジャンヌらエトフォルテの幹部たちが待機している。ジューンの人柄を、なるべく近くで見届けたいのだ。
 タイガたちの操作するカメラに向かって、にっこり微笑むジューン。
 「エトフォルテの皆さん。初めまして。
 私はジューン・カワグチ。この海の向こうにある、アメリカ合衆国から来ました」
 さすがTV出演経験者だけあって、慣れている。
 ヒデはジューンの略歴を簡単に解説した。
 先祖が明治時代初期にハワイに移住した日本人。彼は通訳として活動したという。その流れから、カワグチ家は現在も語学教室をアメリカ各地で経営。ジューンはそこで、英語と日本語含め全4か国語を幼いころから学んできた。
 「アメリカは宇宙開発やヒーロー関連の科学技術が発展している。それに魅せられて、多くの人に知ってもらいたくて、私は科学雑誌の記者になった」
 そして飛び級で日本の大学を卒業し、義肢開発者になったまきなに出会ったという。
 「人の体に優しくフィットする義肢を作る。科学と人体の優しい在り方を考えるまきなのハートが好きになって、プライベートでも仲良くするようになった」
 まきなは苦笑い。
 「おおげさよ、ジューン」
 アルが割って入る。
 「博士が聞かせてくれたアメリカ留学の話の7割に、あなたの名前が入っています。博士もよく言っています。
 『ジューンの心は本当に素敵。知り合えて本当に良かった。アル、あなたをいつかジューンに会わせたい』
 と。私も会えて光栄です」
 まきなは恥ずかしそうに、いつもより高い声で叫んだ。
 「もう!本人の前で堂々と、恥ずかしいじゃない!」
 ムーコが、ドラクローとヒデに呟く。
 「博士。恥ずかしそうだけど嬉しそう」
 ドラクローとヒデは答える
 「ああ。アルも嬉しそうだ」
 「生みの親の大切な人、ですからね」
 普段の落ち着いた医者という印象から一転、慌てながらも嬉しそうなまきなを見ていると、こちらも自然とほほえましい気持ちになる。設備室のタイガたちも嬉しそうだ。
 さて。ジューンが日本のTVに出るきっかけも、まきなだったという。
 「勤めていた雑誌会社が、業界の吸収合併で無くなった。憧れの会社が無くなったのが寂しくて。今後の身の振り方を考えていた時、まきなが帰郷するついでに私を日本に連れて行ってくれた。言葉は学んでいたけれど、行くのは初めて。楽しかったわ」
 アルが口を開く。
 「その時は、二人で夏みかん農園に行って、たくさん夏みかんを食べたそうですね。博士がよく話しています」
 「そうそう。まきなはかんきつ類が好きで、とくに夏みかんがフェイバリット」
 まきなは、さらに恥ずかしそうになる。
 ヒデは、思い出したことを口にする。
 「スポーツドリンクを作ったとき、かんきつ類の氷結粉砕パウダーの配合にかなりこだわっていましたね、博士。
 『もう少し夏みかん的な風味を』みたいな…」
 「もう!ヒデ君まで細かいこと言わなくていいの!」

 そして話は、ジューンの日本旅行に戻る。
 まきなといったん別れて一人旅をしていたジューンは、TV番組のロケに出くわした。日本の民謡イベントに参加する外国人に密着取材する番組だ。通訳スタッフがアクシデントで同行できなくなり、その場に居合わせたジューンが通訳を買って出たのだ。
 TV局は助力に感謝し、日本で働いてみないかとジューンに提案した。それが、大江戸TVだった。
 「大江戸TVはみんないい人たちで、本当に楽しく働けた。
 番組が終了する頃、今度は今の職場『スターライトネットワーク』(SLN)からスカウトが来た。日本の面白い情報を、アメリカのネットニュースで報道しないかって」
 もともと大江戸TVとSLNは情報提携している。SLNの社員として、ジューンはその後も大江戸TVの情報番組に時折出演した。
 ちなみに、SLNと提携している主な日本のマスコミは二つ。大江戸TV系列の新聞社『大江戸新報』。そしてヒーローのスキャンダル報道で有名な週刊誌『週刊スピンドル』だ。
 ヒデは、気になったことを質問する。
 「よくSLNは、エトフォルテへの突撃取材を考えましたね。下手をすると外交問題になるのに」
 ジューンは肩をすくめる。
 「ソーシャル・ジャスティス(社会正義)、なんて大それたことは言わない。
 会社としては、宇宙獣人は残虐だ、の一点張りであなたたちを敵視する日本政府とヒーロー庁を疑って、一番乗りでネタにしようと思ったのよ。こういう情報は鮮度が命、早い者勝ちだ、って社長が」
 海外のニュースサイトが、近所の魚屋のごとく感じられる行動原理だ。
 呆れ気味に問うムーコ。
 「もし、私たちが悪人だったらどうする気だったんですか?」
 ジューンは苦笑する。
 「そこまで考えるのが普通のジャーナリスト。
 でも、高島社長が
 『エトフォルテは、ちゃんと自分たちの事情を聞いてくれた』
 と言っていたから、私はあなたたちが悪人だとは考えなかった。
 私はあなたたちを動画サイトで見ただけ。実際に会ったこともないのに、不思議よね。
 でも社長の話には、見えないものを信じさせる力があった。きっとそれは、あなたたちのハートが社長に伝わって、そうさせたのだと思う。
 だから私も信じて、エトフォルテに直接話を聞きたいと思った。まきなのことを考えてからは、なおさら」
 ジューンはしっかり、ヒデたちを見つめる。
 「世の中にはいろんなトラブルがあるけど、ちゃんと互いに話を聞き合えば、大体のトラブルは解決できるものだと、私は考えている。
 今のところ、日本政府とヒーロー庁は聞く耳を持たないけど、世間の声や報道をいつまでも無視することはできない。エトフォルテの実情をアメリカ経由で報道すれば、必ず聞いてくれるはず。世間の見方も変わるはず」
 そして、頭を下げるジューン。
 「改めてお願いします。エトフォルテを取材させてください。
 会社のために。私の友達のために。そして、友達が信じる友達のために」
 ヒデ、ドラクロー、ムーコ。そしてまきとアルは、互いに頷きあった。設備室で待機しているタイガたちも。
 ジューン・カワグチは、信頼できるジャーナリストだ。
 ドラクローがエトフォルテを代表して、取材を許可する。
 「素敵な魂、伝わったよ。よろしく頼む」
 そしてヒデは、仮面を外した。ジューンに対する、信頼の証だ。
 ジューンが驚き、そして微笑む。
 「あなた、役者向きのいい顔ね」
 映画研究部に所属していた身としては、光栄な評価だ。ヒデは笑顔とともに英語で切り返す。
 「サンキュー」
 そして、肝心の取材について補足した。
 防衛に関する取材には、機密保持のため制限をかけること。
 住民及び協力している日本人のプライバシーは守ること、である。
 ジューンは端的に、非常にわかりやすい英語で明るく了解した。
 「オッケー!」
 ジューンと握手を交わすヒデたち。


 設備室で見届けていたタイガたちも、船内放送を見ていた住民たちも、日本人の仲間たちも、ジューンを笑顔と拍手で迎え入れた。

 

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