エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第45話 水と魔術の王国(前編)

 シーネイド撃破後。ヒデとドラクローは、マティウスと別室で話し合っていた。
 神器の複製にかかわったことをマティウスは気にしており、一緒に行ってクリスティアの人に謝りたい、と言い出したのだ。
 そんなマティウスを、ヒデとドラクローは止めた。
 「クリスティアの現状が分からない以上、マティウスさんを連れていくことはできません」
 「ヒデの言うとおり。お前の知恵が必要だ。ここに残ってほしい」
 マティウスは困った顔をしていたが、やがてあるものを取り出す。
 A4サイズの紙資料が約20枚。これは、夢叶統子のティアンジェルストーンのデータだという。
 「神器を装着したことで何ができるか、どのくらいの防御力が得られるのか、というデータよ。神器複製のためにとっておいた。向こうでグレイトフル・フェアリンと戦うことになったら、参考にしてほしい」
 マティウスは、はっきり言った。
 「神器を複製した罪でクリスティア人が私を罰するというなら、それも受け入れる。私の名前とこの資料を出して構わないから」
 「そういうわけにはいきませんよ」
 ヒデはそう言って、ドラクローを見る。
 ドラクローも同じ意見のようだ。
 「マティウス。責任感じて自分でなんとかしよう、なんて思うなよ。勝手なことしたら、俺怒っちゃうぜ。俺はお前を信頼してるんだから」
 わざとらしく怒って見せたドラクローに、苦笑いするマティウス。
 「そうね。団長との信頼関係、無視しちゃだめよね」
 「そういうこと。ところでこの資料。日本語だな。クリスティア人は日本語を読めないと思うんだが」
 「クリスティアの人、ある程度は日本語が読めるらしいわ。難しい漢字にはルビふってあるから、たぶん大丈夫」
 ドラクローが呆れた。
 「ヒデ。これも『異世界あるある』か」
 「そうです、ドラさん。異世界人は、顕現した付近の土地の言葉も、大体読めるらしいです」
 「なぜだ」
 「なぜでしょう。この世の神秘ということにしておきましょう。話が進まないから」
 「宇宙から来た俺たちは翻訳機が必要なのに…。ちょっとずるくないか、異世界」
 ドラクローは納得いかないという顔をしていたが、腹を立ててもしょうがない、と思ったらしく、表情を切り替えた。
 ヒデはマティウスに、肝心なことを聞く。
 「フェアリンだけでなく、クリスティア騎士も光の魔術『アブゾーバー』で防御力を高めている。もし戦うことになったら、エトスとの相性は?」
 マティウスは説明する。
 「体内に衝撃を通す技なら、手ごたえありだと思う。龍神拳や猪斗相撲なら、そういう技も多いはず。エトスを流した武器でなら、弾力性の高い物体を叩く、斬るつもりで振るうといい。効きそうな攻撃とかも、資料に書いておいた。
 出発までに、技の部の翻訳装置でこの資料をエトフォルテ語にも翻訳しておくわ」
 この情報があるだけでも、十分こちらの力になる。
 マティウスの武装デザイナーとしての能力の高さに、ヒデは改めて感服した。


 ドラクローは指令室に、ヒデとともにクリスティアに上陸するメンバーを集めた。
 まずは心の部からムーコ。団長が選ばれたのをヒデは意外に思ったが、これは陸でマスカレイダーと交戦した経験と、治療能力の高さを見込んでドラクローが判断したようだ。
 「戦闘訓練もやり直した。力の部のみんなには負けるかもだけど、治療はまかせて」
 そう言って、ムーコは笑った。
 力の部からはカーライルと威蔵。
 「オレがいれば、絶対役に立つぜ。機動力で鳥族に勝てるやつはいないからな」
 カーライルが胸を張る隣で、威蔵は静かに言う。
 「フェアリンとの戦闘には覚えがある。神剣組には、フェアリン経験者も在籍していた」
 威蔵の話は、この一か月で彼自身がヒデたちに何度か話していたことだ。神剣組には、今の日本をよく思わないヒーロー経験者も少なからず在籍していたという。
 技の部からは、サブルカーンの操縦チーム。犬族のシーバスを中心に全10名だ。
 シーバスが言う。
 「俺はサブルカーンでお前たちを送る。送った後は浜で待機しているから、何かあったらすぐ連絡を。向こうでは、普通に日本の通信機が使えるらしい。こっちの通信も問題ないだろう。中継機を忘れずに、な」
 最後に、ジャーナリストのジューン。
 「クリスティアの現状をカメラに収める。映像や写真が、これからのエトフォルテの力になるかもしれない」
 ドラクローは名代となるヒデたちと最後の確認を行い、締めくくりにこう言った。
 「俺はグランが嘘をついているようには感じなかった。だが、万が一の時は……。どんな手を使っても引き返せ」
 ドラクローは、ひどく言いにくそうな表情をしている。尻尾も元気なく垂れている。
 無理もない。リーダーはいつでも万が一を考え、最悪の事態に対処しなければならない。それを名代であるヒデたちに託すことに、申し訳なさを感じているのだろう。今のところグランが信じられそうなだけに、なおさら言いにくいのだ。
 ヒデはドラクローの気持ちが分かった。だから言った。
 「大丈夫です。僕は軍師ですから。万が一の時に備えておきます」

 シーネイド破壊から3時間後。
 エトフォルテの搬入口に、ヒデたち上陸班は集合した。
 高速潜航艇サブルカーンに、必要な荷物をみんなで積み込む。
 ハウナが礼仙兄妹と一緒に、治療器具を持ってきた。
 「私たち用の薬と、地球人向けの薬を分けといた。クリスティア人には、地球人と同じ薬が効くみたい。ムーコ。ヒデたちのことよろしくね」
 ムーコがぺこり、と頭を下げる。
 「おかみさん、ありがとう。時雨君と翼ちゃんも」
 礼仙兄妹はハウナの助手として、料理や治療器具の準備などを手際よくこなせるようになっていた。
 兄妹がぴしっ、と敬礼する。
 「では皆さん。ご武運を!」
 「ご、ご武運を!」
 ほほえましい光景に、ヒデたち上陸班は微笑む。
 すると、ハウナがあっ、と叫んだ。
 「ハッカイ。あんたも見送りに来てたんなら、隅っこにいないでこっちに来なさい」
 ハッカイの巨体が、奥の通路から現れる。
 ハッカイは、そっけなく言った。
 「日本人。名代、ちゃんとやれよ」
 ハウナが怒った声を出す。
 「全くこの子は……。仲間になってひと月以上たつんだから、ちゃんと名前でヒデを呼びなさいよ」
 「俺にもいろいろあんだよ」
 それだけ言うと、ハッカイはそっぽを向く。
 ちゃんと名前で呼ばれないことは、ヒデも知っている。それでもヒデは、ハッカイが自分の行動を気にしていることを理解していた。でなければ見送りには来ない。
 ヒデはハッカイに頭を下げる。
 「頑張ります」
 「おう。頑張れ」
 ハッカイは去っていった。
 入れ違いで、今度はタイガとマティウスが装備品の入った箱を抱えてやってきた。
 「昨日説明し損ねた、かく乱のための新兵器の続きだよ」
 タイガはそう言って、手りゅう弾の入った箱を開ける。
 丸形の黒い手りゅう弾で、丸い部分に色違いのラベルが貼ってある。
 マティウスが説明する。
 「黄色は閃光弾。ヒーローマスクの遮光機能を上回る光を浴びせるわ。10秒は意識を刈り取れる。
 青は、ドロヌマイモののりと、モチフワットの規格外繊維をつめた粘着弾。のりと繊維クズが体にまとわりついて、確実に動きを止められる」
 これまでエトフォルテで使っていた煙幕弾と破砕弾も、煙幕の持続時間や威力を上げる形で改良したという。煙幕弾はスプレー缶型で白いラベルが貼られ、破砕弾はレモン型で赤いラベルだ。
 さらに、タイガがもう一つ新アイテムを取り出した。
 スマートフォンを一回り大きくしたくらいの黒い箱型装置で、スイッチと起動表示ランプのみのシンプルなつくりだ。
 「これは電波妨害機(ジャマー)。日本で使われている携帯電話、無線機、ヒーロー用の通信電波約500種類を無効化する。エトフォルテの通信電波は影響を受けない」
 エトフォルテ船体の電波妨害機能を更新するのに合わせて、携帯用の妨害機を作ったという。ヒーロー用の通信電波は、殺害したレギオン・シャンガインとマスカレイダー・ターンの遺体を返す前に、彼らの変身デバイスを解析して周波数を探り当てた。
 「スイッチのオン・オフで簡単に使える。効果範囲は装置を中心に地球単位で半径約1.3キロ。ブロンたちは日本から持ち込んだ通信機を使うらしい。向こうの通信を阻害するのに使える。全部で5個用意した」
 そしてタイガは、ヒデを手招きした。
 「ヒデにはこれ。この前のオンライン会議用ディスプレイ。現地の状況が分かったら、映像とかと一緒に報告をしてくれ。あと、ボイスチェンジャー付きの首輪。敵の通信をかく乱するのに役立つかも」
 「ありがとう。無事に戻ったら、歌のリクエストには必ず応えます」
 タイガは尻尾を揺らし、嬉しそうに笑った。
 「楽しみにしてるよ!」

 最後に、十二兵団力の部の制服を着たグランが、ドラクローと一緒にやってきた。
 漁船の中で亡くなった騎士モンドの遺体は、清めてエトフォルテの棺桶に納めてある。王女様の元へは、棺桶と一緒に移動できる手段があるという。
 グランは、ドラクローに頭を下げた。
 「ドラクロー団長。服までもらった上に、モンドの遺体まで丁寧に……。本当に感謝する」
 「いいのさ。道中、気をつけてな」
 こうして、ヒデたちとグランを乗せたサブルカーンは、クリスティア王国に向けて出発した。

 サブルカーンでの移動は、1時間くらい。
 その間船内でヒデたちは、リルラピス王女がこの2年間、どうしていたかをグランから聞いた。
 2年前の復興地域は魔王軍の侵攻で家も畑も焼けて、民は困り果てていた。
 クリスティア王国の首都ティアーズから復興地域の中心地オウラムにつながる道として、山をくりぬいたトンネルある。バルテス国王は、支援物資を積んだ大型トラックなどが通れるようにトンネルを拡張工事したという。
 ヒデは質問する
 「クリスティア王国では自動車が使われているんですか」
 「ああ。日本から持ち込まれた自動車がな。我が国では魔術機構を組み込んだ蒸気機関はあったが、魔王との戦いで蒸気鉄道の大半が壊された。今は車のほうが便利なので、蒸気機関車はもう限られた地域にしか走っていない。
 今から上陸する海岸からオウラムには、魚や塩を運ぶための貨物機関車が通っている。それに乗って、私たちは移動する。2時間くらいで着くだろう」
 地球に転移した後、クリスティアでは日本の時計やカレンダーが導入された。時間や距離の単位は、地球と同じものが使われているという。
 機関車かあ、と嬉しそうに呟くのは、カーライル。
 「エトフォルテには列車がないからなあ。昔、星があったころは走ってたらしいけど。乗るの楽しみだぜ」
 威蔵も呟く。
 「俺も蒸気機関車は初めてだ。電車にもあまり乗らなかった」
 神剣組の活動では自動車で移動していたらしい。
 ムーコは少し不安そう。
 「私たちの尻尾付きの体、座れるといいなあ」
 エトフォルテ人には尻尾がある。なので、エトフォルテの背もたれ付きの椅子には、尻尾を通すためのスペースが設けられている。
 グランは笑った。
 「尻尾用ではないが、腰につけた剣が干渉しないよう座れるスペースが背もたれにある。君たちの尻尾も入るだろう」
 そして話は、自動車に戻る。
 「復興支援が始まった当初、日本政府やユメカムが車用の道路を整備して、トンネル工事も手伝ってくれた。日本の作業用自動車と土木技術は素晴らしいな。バルテス国王も感心して、運転技術を学んだくらいだ」
 「それは日本でも報道されましたね」
 バルテス国王の存命中は、復興支援のニュースが時折TVなどで報じられていた。日本に来たバルテス国王は、トラクターやダンプを運転してご満悦だったという。
 「作業車が運転できれば大いに役立つということで、われら騎士団はクリスティアで運転講習を受けた。王女様も」
 「王女様も?」
 異世界の王女様が自動車の運転講習を受けている姿は、ちょっと想像できない。
 「そうだ。普通自動車、トラクター、ショベルカー、フォークリフト。我々も王女様も運転できる。復興地域に追いやられても、作業用の車両は支給された。みんなで作業できたから、この2年でずいぶん生活環境も良くなった」
 「みんなで。王女様も作業を?」
 「もちろん。王女様がいろいろ勉強して、どう作業すればいいかをみんなにわかりやすく教えてくれた。みんなで話し合って、少しずつ、少しずつ作業をしていった」
 グランは続ける。
 「王女様は、困っている人のために頑張るお方だ。
 バルテス国王ほど器用ではないけれど、いろいろな技術、知識を少しずつ頑張って覚えていく。そのお姿を見ていると、私たちも助けたい、応援したい、と思うのだ」
 そう語るグランは、嬉しそうだ。
 ジューンが質問を投げかける。
 「騎士グラン。あなたにとって、リルラピス王女とは?」
 「私にとって、大切な主君バルテス様の娘でもあり、命の恩人でも…」
 すると、恥ずかしそうに赤面し、会話を打ち切るグラン。
 「これ以上はノーコメントだ」
 あら残念、と苦笑するジューン。
 王女様とのつながりを聞き出して、ネタにしようとしていたようだ。
 ヒデも気になるが、これ以上聞き出すのは無粋というもの。
 それでも、グランが王女様のことを大切に思っているのは、確かだと分かった。

 サブルカーンは、何事もなくクリスティア南部海岸に上陸した。
 突如海中から現れた潜航艇に、漁村の住民たちが駆け寄ってくる。ほとんどの住民が、カラフルな赤や黄色の髪を持っているが、日本にもいそうな黒髪・茶髪の者も少なくない。彼らの服は西洋ファンタジー風で、羽飾りや毛皮などを服の一部に付けている。獣人風の神様にあやかりたい、というグランの説明どおりだ。
 住民に事情を説明する、と言い、グランが先にサブルカーンの外に出た。
 漁村の青年が驚く。
 「オウラムの騎士グラン様じゃないですか!?このからくりはなんですか!?沖に浮かんでいる、バカでかいからくり島から来たんですか!?」
 バカでかいからくり島とは、エトフォルテのことだ。ここからでもはっきり見える。
 グランが説明する。
 「そうだ。あの島、エトフォルテの方々に私は命を助けられた。オウラム行の貨物機関車はまだここにいるか?緊急事態ゆえ、今すぐ機関車を出してもらいたい」
 「エトなんとかって誰ですかあ!?」
 青年は驚き、船から出てきたカーライルとムーコの姿にさらに驚く。
 「ありゃあ!!神様みたいな体つき!!本物ぉ!?」
 「本物だ。彼らと大至急オウラムに向かい、リルラピス王女に報告しなければならない。機関車の操縦士に話をさせてほしい」
 青年は飛び跳ねるようにして駅舎に向かい、操縦士を連れてきた。
 操縦士は二つ返事で機関車をすぐに出す、と了承した。
 シーバスたちのサブルカーンがここに残ることも、漁村の人たちは快諾してくれた。
 駅舎に向かう道中、ヒデたちは漁村の住民から好奇の視線を浴びる。
 「本物の尻尾に翼だよあれ」
 「からくりに乗ってた人は犬っぽかったよ」
 「ホント、神様みたいな体だ。拝んでおこうぜ縁起がいいぞ」
 「仮面の男はちょっと怪しいけど、グラン様が連れてきたならいい人だろ。一応拝んでおこう」
 これまでの残忍な獣人や不気味な軍師扱いから一転。神仏のごとく拝まれたのに、ヒデたちは面食らう。だが悪い気はしない。
 蒸気機関車は地球のそれに似た色と形状で、黒光りする金属の車体が頼もしい。
 乗り込む直前、地面が揺れた。地震のようだ。歩けないほどではないが、揺れているとはっきりわかる。
 機関車の操縦士が呟く。
 「また地震だ。最近増えたなあ」
 

 サブルカーン上陸から30分後。
 ヒデたちは蒸気機関車に乗り、オウラムを目指す。
 機関車は地球のそれと違い、白い煙を煙突から盛大に吐きながら走り出す。
 生まれて初めて乗る蒸気機関車。煙のにおいを想像していたヒデは、あまりにおいがないのに驚いた。ヒデの仮面に防毒用のフィルターがあるからではない。仮面をしていない者たちも、ほとんどにおいを感じていないらしい。
 科学雑誌出身のジューンも驚き、グランに質問する。
 「煙のにおいを除去するフィルターでもあるのですか?」
 グランが答える。
 「魔術による錬成で作った特殊な石炭を使っている。だから、臭気はもちろん汚染物質もほとんど出ない白い煙がでる」
 ジューンは見事な英語で感想を叫ぶ。
 「ファンタスティックッ!!具体的にはどういうメカニズム?」
 ジューンがグランと石炭について語り合う一方、ムーコとカーライルは初めての蒸気機関車の車窓から見える景色に興奮している。
 機関車は花にあふれた野原を走っていく。パンジーに似た薄紫色の花が咲き誇り、見たこともない鳥が群れを成して飛ぶ。煙に臭気がないから、列車内には外の香りがすうっ、と入ってくる。草花の香りが、乗っている者の気持ちをリラックスさせ、皆をおしゃべりにさせた。
 客は自分たち以外いないから、大声で話しても問題ない。それでも、ちょっと皆はしゃぎすぎだ。
 釘をさすべきか、とヒデは思ったが、
 「軍師。異世界の列車旅とは風流なものだな」
 威蔵まで、静かに景色に見とれている。
 とりあえず、オウラムに着くまでは自分もこの景色を楽しもう。
 ヒデも車窓の外の景色を眺めることにした。眺めながら、幼いころ父と祖母に連れられて電車旅行したことを思い出す。あの時みたいに、ここにお茶と駅弁があればいいな、と他愛のないことを思った。


 蒸気機関車は、出発から2時間弱で重点復興地域の拠点・オウラムに到着した。
 車窓から見える西洋風木造建築の街並みは、2年前の荒廃を感じさせない。復興のためにみんなで頑張ったというグランの話は、本当のようだ。
 機関車から降りようとすると、駅舎に鎧を着た騎士が二人入ってきた。
 一人は、黄色い髪の眠たげな優男。年は20代前半。羽飾りをあしらった、身軽に動けそうな鎧を着ている。弓と多種多様な矢を収めた矢筒、さらにナイフを身に着けており、騎士というよりは狩人という印象だ。
 もう一人は、真っ赤な髪をもつ活発そうな小柄な女性。年は18,19くらいで、顔だけ見ると少年のようにも見える。鎧には狼を思わせる獣の皮があしらわれ、男より重武装。2メートル近い斧槍(ハルバート)を携帯している。
 二人はグランと同じ剣を携帯している。この剣は騎士の標準装備のようだ。日本の警察官にとっての警棒や拳銃のように。
 赤い髪の女性騎士が言う。
 「急に機関車が来るから何事かと思えば、騎士グランじゃないか!日本での作戦はどうなった!?ほかのみんなは!?」
 「緊急事態ゆえ、私だけ戻ってきた。王女様に報告しなければならぬことがある」
 黄色い髪の男性騎士が質問する。
 「騎士グラン。後ろにいる人たちは誰だ?」
 「エトフォルテの皆さんだ」
 男性騎士はまずヒデたち、最後にムーコとカーライルを見つめた。
 「噂には聞いている。謎の仮面軍師を筆頭に、日本のヒーローと戦った連中だと。羊っぽい人と鴉っぽい人の体は……本物?」
 「本物の、獣の特性を持つ身体だ」
 二人の騎士は顔を見合わせる。
 すると、駅舎に街の人たちが集まってきた。急に機関車が来たのを見に来て、そのままエトフォルテ人の姿を見たのだろう。街の人たちは騒ぎ始める。
 「すげー!神様の体だあ」
 カーライルとムーコを口々にほめるクリスティア人。ちょうど、午後2時を知らせる鐘が街中に鳴り響き、歓迎ムードに拍車をかけた。
 このままでは話が進まない。
 グランが黄色い髪の騎士に言う。
 「騎士ウィリアム。このままでは大事な話ができない」
 黄色い髪の騎士ことウィリアムは、ひゅう、と口笛を吹く。
 「問題ない。王女様もすぐここに来る」
 ほどなくして、山羊のように長い顎ヒゲを生やした初老の男が、街の人たちを下がらせる。
 「リルラピス・ド・クリスティア様のお通りなるぞ。みな、道を開けなさい」
 
 そしてヒデたちは、グランたちのリーダーであるリルラピス王女と対面した。
 年は20代前半。すらりと引き締まった体を、シンプルだが気品のあるドレスに包んでいる。ドレスは青を基調とし、魚鱗を模した装飾が施されている。
 宝石のようにつやのある紫の長い髪。水と魔術の国の王女らしく、澄み切った水色の瞳。王女としての高貴さと、一緒にいたいと思わせる親しみやすさが両立した顔つき。魚鱗を模したデザインのドレスも相まって、一見するとその姿は人魚姫そのもの。
 リルラピスはグランの姿を確認すると、駆け足で寄ってきた。
 「グラン!!これは一体!?」
 グランはひざまずき、現状を説明する。
 「私は、こちらのエトフォルテの皆様に命を救われました。日本での作戦は失敗し、部隊のほかの者は死亡しました。最後まで一緒だったモンドの遺体だけは、なんとかここまで…」
 リルラピスの顔が、一転して曇る。
 「詳しい話を、聞かせてください。エトフォルテの皆様も、私たちの本部にお越しください」
 

 

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