エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第60話 雨上がり、究極の選択

 土曜日。午後1時。
 雨上がりのクリスティウム採掘場で、久見月巴は夢叶統子と素薔薇椎奈、監督官、ブロン派の騎士たちに囲まれた。
 そして統子から、究極の選択を強いられた。
 「巴。あなたリルラピス王女と組んだでしょう。許してほしかったら、王女と仲間たちがどこで何しようとしているか全部話して」
 「なんのことだか……」
 「わかってるんだよ。あのエトフォルテが王女の味方に付いたことも」
 巴の驚きと焦りは、表情になって現れてしまった。
 ばれている!!王女様とエトフォルテが結託したことも、自分が協力することも、すべて!!
 なぜ!?いつばれた!?
 統子がさらに畳みかける。
 「言いにくいなら、言わせてあげる。巴。フェアリンやめてもいいよ。違約金チャラにするから。全部話そうよ」
 統子の側で、椎奈が微笑む。
 「私達、仲間だよね。友達だよね?ドーピング検査で困っていたところを、私たちが助けたことも、忘れてないよね?なら、全部教えてくれるよね?」
 忘れるわけがない。
 けど……。
 「私は……っ!!」


 時間をさかのぼり、土曜日の朝7時。
 クリスティア王国本島北部にあるクリスティウム採掘場周辺には、絶え間なく雨が降り注いでいる。
 夜が明ける頃、濃い灰色の雲が南の空に浮かんでいるのを、ヒデたちは見た。やがて、雨がヒデたちのいるベースキャンプに、採掘場に降り注ぎ始める。ベースキャンプに設置されたテントに、雨粒が絶え間なくぱらぱらとぶつかる。
 ほどなくして、ヒデの持つ監督官用のタブレット端末に、巴から連絡が届いた。
 『雨が降っているので、午前中の作業と体操は中止になりました』
 ヒデは、昨日の作戦会議で天気を考えなかったことを後悔した。
 「雨が降ると……。さすがに、作業も体操もしませんね」
 険しい表情で、パズートがヒデを責める。
 「天気を考えてなかったんかい!!軍師なのに!!」
 アレックスがツッコむ。
 「パッさん。アタシたちだって考えてなかっただろ」
 パッさんって言うな!、とパズートが怒る。
 リルラピスが場をとりなす。
 「雨が止めば作業を始めるかもしれません。巴に連絡を入れてみましょう」
 ヒデは今後の予定を、巴に聞いてみる。
 数分後、返信があった。
 『この雨は昼頃に上がると、監督官が言っています。雨が上がったら、体操して作業を開始するとも』
 念のため、エトフォルテにも連絡を入れて再確認。
 情報解析のモルルが報告する。
 『日本の天気予報をネットで確認したところ、12時過ぎには雨が上がる見込みです』
 日本近海に転移したクリスティアの雨雲の様子は、日本の天気予報でも見られる。エトフォルテが待機している南部海域でも、今は雨が降っているという。
 12時と言えば昼食の時間。監督官は雨雲が完全に去ったのを確認し、さらに昼食をとってから作業の指揮を執るだろう。
 「作業のために動き出すのは、午後1時頃、でしょうか」
 ヒデの推論に、ドラクローとリルラピスが頷く。
 「その前に、昨日考えた配置につく。作業を始めるタイミングで巴が監督官を一か所に集めて倒し、外から俺たちが攻める。どうだ、王女様」
 「いいと思います、団長。では軍師ヒデ。巴と、彼女と中に入った仲間に連絡を」
 中に入った仲間とは、アルのことである。

 昨日、巴に会う前の作戦会議でのこと。
 巴を味方にできた時、彼女に同行して採掘場の宿舎に入ることを、アルが提案した。
 「ステルス機能を発動し、姿を消した状態で私が宿舎に潜入します。万が一久見月巴が裏切った場合は、私が彼女を止めます」
 まきなは止めた。ハイパーシャンガイオーに取りついた時とは状況が違う。監督官が大勢いる中で、ステルス機能があっても長時間の単独行動は危険すぎる、と。
 まきなのいうことを聞いて諦めるかと思いきや、アルは意見を曲げない。
 「博士。もし久見月巴が仲間になってくれるなら、採掘場の人たちを安全に助けられます。機械の私が宿舎に潜入できれば、警備ロボを戦術コンピューターウィルスで妨害できます。基地には、ロボの動きを制御するコンピューターがあるはずです。王女様たちも、外から安全に攻められます」
 結局、代替案が浮かばず、アルの提案に一理ある、ということになった。
 昨夜、巴を仲間に引き込んだ後。
 ヒデはステルス機能を発動し周囲に溶け込んだアルを、巴に引き合わせた(巴にはアルの姿は見せず、アル自身言葉を発していない)。
 ヒデは巴に、『ステルス機能を持った仲間を、基地の中に連れて行ってほしい』と説明した。
 巴は驚きながらも、従ってくれた。

 ヒデたちは休憩用のテントに戻った。
 15人くらい入れる大型のテントで、エトフォルテの者たちはこのテントに持ち込んだ資材を置いていた。これから作戦に使うものを用意する。
 「アル。大丈夫かな……」
 準備の最中、まきながうつむきがちに呟く。同じ心の部で仲良くしているムーコも心配そうだ。
 ドラクローが言う。
 「すまん博士。ほかに作戦を思いつけなかった」
 ヒデも代替案を提示できなかったことを、申し訳なく思う。
 物憂げな自分たちを気にしたらしく、アレックスが声をかけてきた。
 「悪ぃな。ロボさんを潜入させちまって」
 まきなが答える。
 「クリスティアの方も同じように頑張っているのに、暗い顔をしてごめんなさい」
 「もとはといえばアタシたちの国の問題なのに。巻き込んだのはこっちだよ。騎士グランが日本での暗殺計画に成功していれば……」
 それは違う。ヒデはアレックスに言った。
 「もとはと言えばユメカム。いや、日本人がクリスティアで乱開発をはじめたから。謝らないといけないのは、私達日本人です」
 「いや。乱開発認めたのはブロンだぜ。巻き込んだのはうちの国で……」
 「巻き込み談義はおやめなさいな」
 暗い話題を打ち切るように、間に割って入ったお嬢様口調。エイルである。そばにはリルラピスもいた。
 「今は日本が悪いか、我が国が悪いかを決める時間ではない。私達の仲間がうまくやってくれることを信じて、そして私達自身が作戦を成功させるための準備をしなければ」
 そして、リルラピスが言う。
 「日本での暗殺計画が失敗したのは、裏切者がいるからでは、と言う者もいます。だからこの作戦も失敗するのでは、と。ですが私は、この場に裏切者はいない、と信じています。巴も、必ず協力してくれる」
 巴が裏切るかもしれない、と、作戦会議の段階でクリスティア側からもエトフォルテ側からも懸念の声は上がっていた。昨日、巴に協力を頼んだ後でも、本当に大丈夫か?という声は、絶えなかった。
 正直、不安は尽きない。が、今は仲間と巴を信じ、作戦の準備を進めるより他ない。
 ヒデたちは、それぞれの準備を始めた。


 午前10時。
 雨は勢いを増し、シャワーのようにクリスティア本島各地に降り注いでいる。エトフォルテが待機している、南部海域にも。
 タイガはジャンヌ、マティウスとともに、万が一増援を派遣するときの準備を進めていた。マティウスは団員たちが携行する武器を選別している。
 モルルは技の部の団員を指揮して、巴の4年前のドーピング検査捏造疑惑の調査を始めた。日本のスポーツ事情が分からないので、礼仙兄妹にも同席している。
 子供に超薬がらみの調査を手伝ってもらうのは、気が引ける。が、礼仙兄妹は
 『お手伝いがしたいです。運動苦手だけど、スポーツの知識はあります』
 と、自ら志願した。礼仙兄妹の親はスポーツ観戦が趣味で、子供たちもスポーツの知識は人並み以上にあるようだ。
 ジャークチェインで早速、礼仙兄妹の力も借りてドーピング検査の捏造専門業者を検索してみる。
 すると出た。ドーピング検査捏造を請け負う業者が、322件も。
 猿族の男性団員が、あ然となる。
 「322件って、多すぎだろ」
 モルルはため息をつく。
 「こんな業者は、1件だって多すぎる」
 さすがに事細かに実績を載せている業者はいない。が、何年前に大物スポーツ選手をドーピングで失格させた、など実績を自慢している業者が複数いる。この中から、4年前の実績を自慢している業者を探すのだ。


 午後12時40分。クリスティア本島を覆っていた雨雲が北に去り、雲間から日の光が差し込む。
 採掘場のふもとに位置する騎士たちの駐屯地ガネットでは、グラン、威蔵、孝洋らが作戦への準備を進めていた。
 万が一敵が外から攻めてきた時に備え、基地内にあった武器を選別して仕掛けてある。すでに皆、簡単な昼食は済ませており、あとは採掘場の動きを待つばかり。
 孝洋は街の外を見渡せる物見台に向かっていた。エトフォルテから支給された狙撃銃を背負って。仲間になって約1か月。射撃の才能を見出された彼は、毎日狙撃銃の訓練をしていた。
 孝洋はただの人間だが、弾丸を飛ばせれば戦い方はいくらでもある、と時分では思っている。蕎麦屋出身のヒデが、あの手この手でヒーローと戦う策を練っているのだ。ヒデが策を練るなら、自分は玉を飛ばす。どこまでも前向きに。
 玉を飛ばせば他人の命を奪うことになるだろうが、それは覚悟の上。自分は大切なものを消されたまま、ヒーローに消されるわけにはいかないのだ。
 物見台のはしごを上り、顔見知りになったクリスティア騎士に声をかける。
 「見張りの交代に来たよお」
 「ありがと……あれ、何だ?」
 騎士の言葉が止まる。彼の視線は物見台の斜め上を向いていた。
 黒い物体が三つ、ガネットに向かい飛んでくる。
 孝洋は電子双眼鏡を手に取る。基地の武器庫にあった物を、グランたちの許可を得てもらったのだ。著名なカメラメーカーが出している暗視機能付きの一級品。新しい物好きの司令達が、ヒーロー武装と一緒に日本から手に入れたらしい。
 電子双眼鏡の倍率を操作し、孝洋は黒い物体の正体を見た。
 「ユメカムのロゴが入ったヘリ!!」
 どっしりしたフォルムの、かなり重い物を運べそうなヘリ3機は、瞬く間にガネット上空を通過していく。大きなプロペラの豪快な風切音を、基地にいる誰もが耳にした。
 騎士が叫ぶ。
 「街の外!!車がガネットに向かって走ってきてる!!」
 電子双眼鏡を言われた方角に向けると、輸送トラックが十数台走っているのが見えた。
 このタイミングでここにくる車は、敵の車以外ありえない。
 孝洋はガラケー型の通信機を急いでつかみ、ボタンを押す。クリスティアにいるエトフォルテ人全員につながる一斉連絡だ。
 「こちら孝洋。敵だよ!!ガネットにブロンたちの車が迫ってる!!あと、ヘリが採掘場に飛んでった。やばいよお!!」


 午後12時45分。
 孝洋からの通信を聞いたヒデたちは、ガネット上空を通過したヘリ3機が、採掘場そばの発着場に着陸するのを目の当たりにした。
 ベースキャンプから準備を整え、それぞれの配置場所に着いたヒデたちは、ヘリから降りてくる者たちに目を凝らす。
 ヘリには、1から3までの機体番号が大きく記されている。1号機から、監督官と思われるスーツの男たちが20人近く降りてきた。
彼らは2号機ヘリから、黒い布に覆われた大きな物体を二つ降ろし始める。
 いったいあれは何なのだろう?
 ヒデが疑問に思っているのをよそに、隣でビデオカメラを回しているジューンが、あっ、と小さく叫んだ。
 「夢叶統子と素薔薇椎奈が降りた!ほら!」
 ビデオカメラをズームして、ジューンが3号機ヘリの映像を見せてくれた。
 優し気な社長令嬢の夢叶統子と、“子供オヤジ”な父親と違って頭の切れそうな素薔薇椎奈。ヒーロー図鑑で見た顔そのまま、アイドルとしても通用しそうな素顔の二人がいる。二人がヘリから出てしばらくすると、3号機ヘリからパイロットが降り、駆け足で作業員宿舎に入っていった。
 パイロットの動きも気になるが、ヒデは思わぬ事態に焦りを覚える。
 作業員を助けるタイミングで、一番会いたくない連中が現れてしまった。3機のヘリから降りた監督官たちは30人以上。敵の戦力が一気に上がってしまった。
 まもなく、作業員宿舎から巴が監督官に連れ出された。統子と椎奈、監督官たちがお洒落に着飾っている中、巴は宿舎の中で作業していたのか作業着だ。
 この距離では何を話しているかわからないが、統子たちは巴への尋問を始めようとしているらしい。


 今こちらの仲間は、4グループに別れている。
 ドラクローとリルラピスとアレックス。
 ヒデとムーコとまきなとジューン。
 ハッカイとカーライルとタグス。
 ジャイロとパズートとエイル。
 それぞれ採掘場の四方をぐるりと囲うように、山伝いに配置に着いた。それぞれに戦力となるクリスティア騎士と、通信機を使えるエトフォルテの団員を配して。
 通信機から、パズートの焦る声が響く。
 『ど、どうするんじゃ軍師ヒデ。作戦を中止したほうが、王女様は安全で……』
 この音声は、現在クリスティアにいるエトフォルテの団員すべての通信機で共有されている。通信機の向こうで、動揺する声が聞こえる。クリスティア騎士が不安を口にしたようだ。
 不安をかき消すように、リルラピスが強く言う。
 『駄目ですパズート!すでにみんな配置に着きました』
 『久見月巴が裏切って、情報を流したかもしれないではないですか!』
 その可能性もある。だが、ヒデは否定した。
 「久見月巴にはこちらの大まかな配置を昨夜伝えている。裏切ったなら、ヘリも車も早く来て、こちらを襲っている。なにより、今監督官たちに詰め寄られる理由がない」
 ドラクローもフォローしてくれる。
 『ヒデの言う通りだ。パズートさんよ。まだ巴は裏切っていない。信じていい』
 『いやしかし、団長。巴が今裏切ったら……。それにガネットが落ちたら、我々はふもとからも攻められ挟み撃ちに!!』
 最悪の結末を断ち切るように、通信機の向こうからグランの力強い声。
 『パズート様。ガネットは我々が必ず守り、ブロンの増援を蹴散らします。威蔵殿も孝洋殿も、昨夜のうちから攻撃に備えていたから大丈夫。採掘場の人たちを助け出してください』
 さらに、ドラクローが言う。
 『失敗したら、みんなで頑張って挽回すればいい。王女様も俺もヒデも、覚悟を決めてここに来ている。作戦を成功させる覚悟も、失敗から逆転する覚悟もある。パズートさんも、そうだろ?』
 『そ、そりゃそうだ!!』
 リルラピスが、力強く言う。
 『みんな。この作戦は続行します!!パズート、あなたは?』
 しばしの沈黙の後。
 パズートの力強い返事が返ってきた。
 『やりますとも!!』


 

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