オタキが加わり、風海町立中学校映画研究部の活動は、5人で本格的に始まった。
和彦は監督、映画研究部の部長として、『震える沼』の撮影をスタートさせた。両親が持っていた映像づくりの教本を読み込み、監督として演技からカメラワークまで、徹底的に指示を出す。
とくに主演のトミー、殺人犯役のヒデに、和彦は部室で毎日のように演技指導をした。
「ヒデ!お前は手練れの殺人犯だから、銃の扱いは歯ブラシを扱うようにナチュラルに!!トミーもな!!」
撮影に使うモデルガンは、和彦の両親がドラマ制作の資料として買っていたもののほか、トミーの兄の知り合いから借りたものを使用する。
ヒデが疑問を呈する。
「和彦はナチュラルに扱えるの?」
和彦はイタリア製の自動拳銃(数々のアクション映画で使われた、流麗なデザインが素晴らしいやつだ)のモデルガンを手に取る。
「見ていろ」
弾倉を速やかに装てんし、部室に飾ってあるゾンビフィギュア(イッチが地元ゲームセンターのクレーンゲームで二個とって、一つくれた)の頭部に、素早く狙いをつけ引き金を引く。
カチン!カチン!小気味よい金属音が二連発。
「ゾンビが襲ってきたら、俺がヘッドショットで全員守ってやる」
オタキが息を飲む。
「早っ!」
イッチは拍手。
「カズさんカッコいいなあ」
和彦はモデルガンをヒデに渡す。
「指示出す監督が扱えなきゃ、カッコつかないだろ」
剣の型稽古のように、拳銃にも構え、撃ち方のベストな反復練習法がある。この辺りは両親の持っていた資料や動画サイトを毎日見て、家でこまめに練習していた。
「練習すればだれでもできる」
ヒデはまだ不安げ。
「できるかなあ……」
が、モデルガンを渡して二週間後。
部室ヒデが見せた動きは及第点にまで達していた。
「家で練習してきたんだけど、これでおかしくない?」
和彦は感嘆する。
「よし!明日ゾンビの大群が襲ってきても大丈夫!」
ヒデにはやっぱり才能がある。二週間でこれなら上出来だ。
一方、主役のトミー。
「和彦、俺のはどうだ!」
「構えはいいけど、安全装置が外れてない!」
「うそーん!」
「ゾンビは安全装置なんてお構いなしに襲ってくるぞ!撃つと決めたら撃つ!その気構えで二人とも練習しろ。もっと格好良く見せられるぞ。今度の土曜日は、ゾンビがショッピングセンター襲う場面撮るんだからな」
ヒデがツッコむ。
「『震える沼』はサスペンスだよね?」
「冗談だ!でも、いつかゾンビホラーを俺は撮るぜ」
ヒデに遅れはしたが、トミーもなんとか画面映えする拳銃の扱いを手に入れた。
映画研究部の5人は協力者たちとともに、おもに土日を使って演技の稽古や撮影をどんどん進めていく。
学園祭まであと2カ月を切った、9月中旬。
クライマックスの銃撃戦を撮る準備を、和彦たちは部室で進めていた。探偵トミーと殺人犯ヒデによる一対一の銃撃戦。ガンガン撃ちまくると決めている。
撮影の準備を5人で進めていると、ふとヒデが和彦に言う。
「これ、学校の裏山にある広場で朝撮るよね」
「そうだ」
「あのあたり、家も多いよ。バンバン音が鳴ったら、近所迷惑になる。撮影しますって、町内会の回覧板で伝えておかない?」
「えー。別に良くない?ゲリラ撮影のほうがテンション上がる」
「近所迷惑はまずいよ……」
和彦はそこまで考えていなかった。ゲリラ的に撮ったほうが、アクシデントもいい思い出に、くらいのノリでいた。
「大げさだな。別に良くない?読まん人もいるだろうし」
しかし、ヒデの顔は曇ったまま。
和彦はため息をつく。
「仕方ない。俺はほかの準備があるから、ヒデがチラシ作れ」
「わかったよ」
ヒデが学校のパソコンでチラシを作り、イッチの祖父(町内会の役員)にお願いして、チラシを町内会の会報に挟んでみんなに配ることにした。
そして迎えた、銃撃戦撮影の当日。
天気は曇り空。降水確率は40%。風はやや強め。できれば晴れの日に撮りたかったが、この日しか都合がつかなかったのだ。
モデルガンに火薬入りのカートリッジを使う手前、消火用の水入りタンクとバケツを和彦は用意した。
が、いざ現場に着くと、なんとヒデが消火器を一台用意していた。
「万が一があるとまずいな、と思って……」
毎度大げさだな、と思ったが、備えるに越したことはない。バケツに水をいっぱい入れて、消火器と一緒にすぐ使えるようにしておく。
和彦はカメラ担当のイッチとともに、映像の加減を確認する。
この重苦しい曇り空のほうが、殺伐とした戦闘を撮るにはかえっていい。雨は撮影が終わるまで、なんとか降らずに済みそうだ。
着付けをサポートするオタキが、ヒデとトミーを連れてきた。
「和彦。準備できたよ」
衣装や顔に、砂ぼこりや血のりをつけて死闘の雰囲気を出している。
カメラを担当するほかのスタッフが、ほかにも3人。みんな配置に着いた。
和彦はヒデとトミーに檄を飛ばす。
「これがクライマックスだ。二人とも、男を見せろよ!」
穏やかなヒデは、すでに殺人犯の空気をまとっている。
「ああ!」
トミーも気合十分だ。
「主人公のプライド見せるぜ!」
そして始まった、最初のリハーサル。
監督の和彦、カメラのイッチ、サポートのオタキをはじめ、ラストバトルを見届けるために集まった役者やスタッフ合計28名。銃撃戦を、固唾を飲んで見守っている。
カチン、カチン、とモデルガンの引き金が鳴る。専用カートリッジが貴重なので、リハーサルと本番でそれぞれ1回ずつしか使えない。
リハーサルを終えると、和彦はカメラの映像を確認する。3か所ほど立ち回りに手直しをして、もう一度リハーサルを行う。今度はカートリッジを詰めた。
ヒデとトミーが広場を駆け抜けるたび、砂ぼこりが舞う。汗と怒号。そして銃声がバン、バンッ!と飛び散り、火薬の煙が漂う。それが和彦のテンションを最高潮に白熱させ、ハイにした。
これは間違いなく傑作になるぞ。
満足のいくリハーサルを終えた直後、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
カメラをいじる手を止め、イッチが尋ねる。
「近くで事件でもあったのかな」
ハイになっている和彦は、サイレンの音を聞いて妙案を思いつく。
「ヒデ!トミー!急いでカートリッジを入れろ!そしてカメラ用意!生のサイレンを入れられるチャンスだ!」
この映画。銃撃戦の後に警察がやってくる場面を撮る予定だ。が、銃撃戦の最中にサイレンが聞こえていたほうが、臨場感が出る。
ヒデもトミーもギョッとした。ヒデが慌てる。
「本当に事件だったらどうするの!?」
予期せぬ出来事に、さっきまで殺人犯だったのに普段のヒデに戻ってしまった。トミーも困惑している。
二人を現実に戻してはいけない!
和彦は強引に押し切った。
「早く撮影終わらせて撤収すれば問題ない!さあ、急げ!ヒデ、トミー!さあさあ、カメラ!」
大急ぎでみんな撮影の準備を始めた。和彦はメガホンを構える。
「男を見せろよ!本番用意、アクションッ!」
パトカーのサイレンが鳴り響く中、ついに本番が始まった。
ヒデとトミーのアクションは、リハーサル以上にキレを増している。徐々に大きくなるサイレンの音が、さらに現場の臨場感を高めていく。
いけるぞこれは……!
手に汗握ってラストバトルを見守る和彦に、オタキが小声で言う。
「パトカー、こっちに近づいてきてるみたい」
裏山の広場は町のイベントでもよく使われ、車が直接出入りできるようになっている。銃撃戦が終わったまさにその時、広場の入り口から、3台のパトカーが猛然と姿を現した。
興奮しすぎていた和彦は、この光景に狂喜。
「すげえ!!俺たちの映画に警察署が飛び入り参加だ。カメラを回せ!!」
イッチが泡を食う。
「ちょ、カズさん、様子が変だよ!カメラはまずいよ」
「いいから回せ!生のパトカー写せればリアリティが出る!」
イッチがカメラを回す。
パトカーは広場のど真ん中で大胆にハンドルを切り、急ブレーキをかける。
中からジュラルミン製の盾を構えて、警察官たちが出てきた。メガホンを構える警察官が力強く叫ぶ。
「全員、銃を捨てなさい!……え、子供!?」
警察官たちは面食らっている。
和彦も面食らい、警察官に呼びかける。
「あのー。俺たちの映画撮影に飛び入り参加に来たんじゃ、ないんすか?」
警察官たちの目が点になる。
「撮影?裏山から銃声が止まらないと、通報があったんだが……」
演技を止めたヒデとトミーが、和彦のそばに駆け寄ってくる。
ヒデがとうとう、和彦の勘違いを指摘した。
「警察の人、きっとモデルガンの銃声を本物と勘違いしたんだよ」
「ええ!?だってヒデ、撮影のお知らせ町内会に配っただろ」
ヒデが泣きそうな顔になる。
「配ったけど……僕の書き方がまずかったのかも。それで通報されて……ごめん」
和彦は怒った。
「なにがごめんだ。チラシ作れって言ったのは、監督の俺だぞ。こうなったら、俺が責任とってくる」
監督は映画における全責任を背負う。
万が一トラブルが起きたら、監督は解決のために土下座でも丸刈りでも何でもやらねばならぬ、と和彦は師匠から教わっていた。
和彦は警察官に、映画撮影について説明する。
警察官たちは、広場の近くに住む住民から通報を受けたという。
その後警察の無線機と和彦の携帯電話によるやりとりが15分近く行われ、通報したおばさんは町内会の会報を読んでいなかった、と判明した。
やがて、騒動を知らされた学校の先生たちもやってきた。
映画研究部と協力者たち総勢30人は、広場で警察と学校の先生たちに怒られた。朝からモデルガン撃ちまくるとは何事か!と。
事ここに至り、和彦は事態のまずさを自覚する。
やばい。活動停止とか、カメラ没収されたらどうしよう。
自分の土下座と丸刈りで、なんとか乗り切れるだろうか。
いやしかし、映画で土下座と丸刈りがうまくいった試しなんて、なかったような気がする……。土下座で乗り切ろうとした奴って、大体死んでなかったか。
和彦は事の成り行きに、頭を抱えた。
結局この日は全員自宅に帰らされ、あくる月曜日に和彦、ヒデ、トミー、イッチ、オタキの5人は職員室に呼び出された。そこには昨日の警察官がいた。
警察官が淡々と沙汰を告げる。
「モデルガンの乱射が騒音となり、迷惑した人がいる。だが、君たちは町内会にお知らせを配っていたし、火事対策で消火器も用意していた。その点を考慮し、今回は大目に見る。ただし、次にこういう撮影をするときは、町内会だけでなく警察にも事前に言いなさい」
なんとか、お咎めなしで済んだ。
お知らせと消火器はヒデの発案だ。和彦はヒデに内心感謝した。
和彦はおそるおそる手を上げる。
「あの、広場にパトカーが入ってきたところ、映画に使わせてもらえませんか。マジ迫力あったので」
警察官、事務的に即答。
「どの場面を使いたいか、あとで警察署に映像を提出しなさい」
最終的に、パトカーが入ってきた十数秒を使わせてもらえることになった。
その後編集を経て、11月の文化祭で上映された『震える沼』は、観客に大いに受けた。
話や映像の出来もさることながら、
『クライマックスで本物のパトカーが乱入した』
という話題性が、観客の興味を引いたのだ。
文化祭は土日に開催され、2日目の最終上映になんとヒデの祖母、千代が見に来た。
和彦は上映後、ヒデとともに千代を控室に案内すると、謝罪した。
「お祖母さん。秀春くんをここまで付き合わせちゃって、すみませんでした」
警察沙汰になった後、和彦の家には撮影に協力してくれた生徒の保護者から苦情の電話が、結構あった。ヒデの祖母から電話があってもおかしくなかったのだが、なかった。
しかもヒデは、殺人犯をやることを千代に言い出せなかったという。
やばい。モデルガンと殺人犯の合わせ技で、めっちゃ怒っているから何も言わないのかも……。
控室で初めて顔を合わせたヒデの祖母、千代は穏やかで知的な顔立ちで、国語の先生という経歴も納得だ。都会のブックカフェで紅茶飲みながら本読んでいそうな感じの人である。
怒っているかと思いきや、千代が微笑み、頭を下げる。
「いいえ。秀春は立派な犯人として映っていました。でなければ私だって悲鳴を上げませんよ。秀春もいい勉強になったと思います。八十島君、これからも秀春をよろしくお願いします」
和彦は驚いた。
このお祖母さんは、なんて人間が大きいのだろう!
そして、保護者直々にお墨付きをもらったことに、和彦は満足した。千代の言動に驚くヒデの肩を、和彦はバシバシ叩く。
「よしヒデ。次回作はお祖母さんをフルアクションで驚かせよう」
すでに次回作の脚本はできている。キックボクシング経験者のオタキを主演に据えたフルアクション映画『無双戦姫』だ。ヒデはラスボスで、格闘家集団を牛耳る気功術の使い手。
ヒデが千代の前で、露骨にゲンナリする。
「え~……。あれ、やっぱり撮るの?」
「脚本は面白かっただろ?」
「面白かったけど……。絶対、僕格闘技出来ないよ」
「大丈夫。みんなで練習すればできるから!いつか本当にバトルするときの予行演習だと思って!」
「絶対そんな日こないから」
「いやあ。人生は何があるかわからんよ。ヒデがバトルすることもきっとありますよ、ねえお祖母さん」
「うふふふ」
「お祖母ちゃん、笑ってないで止めてよ~」
結局ヒデも最後に苦笑いを浮かべて、和彦の初監督作品上映は幕を閉じた。