エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第99話 幸せな原動力

 大成功に終わった文化祭の後、『無双戦姫』の準備にさっそく取り掛かった和彦たち。次の上映は、春の新入生歓迎会。すでに撮影協力者は集めてある。
 和彦も役者(残虐無比な刀使い)で出るから、毎日木刀振って猛練習した。
 が、この猛練習が思わぬ事態を引き起こした。


 12月中旬の土曜日。
 和彦は町にある整形外科医院の待合室で、一人ため息をつく。
 「はあ~。やっちまったなあ」
 木刀を振りすぎて右ひじを痛め、医者から告知された症名は『テニス肘』。
 木刀振ってテニス肘なんて……。テニスなんて体育の授業で、数回やった程度。
 医者は、
 「ストレッチを欠かさず行い、どうしても痛みが我慢できないときは痛み止めを飲みなさい。しばらく右腕を激しく動かさないこと」
 と言った。まだ本格的な撮影前だったのが、唯一の救いだ。


 病院は混んでいて、自分の会計までしばらく時間がかかる。待合室のテレビに映るのは、ベルトが特徴的な仮面のヒーロー『マスカレイダー』が東京のデパ地下でスイーツを食べる旅番組。怪物が出ないときは、こうやって素顔をさらしてタレント活動しているヒーローも珍しくない。
 仮面の下の素顔は、アイドル並みにイケメンだ。スイーツ食べる姿も素敵。スタジオで女性タレントたちが喜んでいる。
 しかし、どう考えてもバトル向きの体型じゃないし、動きがなってない。こいつ、スーツの力に頼るタイプだ、と和彦は思う。ヒーロースーツには、着用者の攻撃・防御全般の動きをサポートし、スーパーパワーを与える機能がある。
 ヒーローとしては合格だろうが、アクション映画じゃ使えないやつだ。よくこんなんで、怪物と戦う気になれるな。


 そして思う。
 東京。もう全然縁が無い。親戚が東京にいるわけでもないから、縁が無くなるは当然だが。
 そういえば東京で暮らしていたころは、日曜日になると東京のどこかでヒーローと怪物が必ず戦っていた。
 月曜日や火曜日に怪物が出ることはもちろんある。が、ほとんどの場合日曜日だ。そして街が壊れて、人が死ぬ。
 等身大のマスカレイダーや魔法少女『フェアリン』と怪物が暴れたって、シャレにならない被害が出る。カラフルなヒーローチーム『レギオン』の巨大ロボが出撃した日には、ビル街はほぼ焼け野原になる。
 最近になって、魔法少女フェアリンが壊れた建物を不思議な力で復元するようになり、焼け野原からの復旧は飛躍的に進んだ。が、だからといって日曜日にのびのび外出を楽しむ人なんて、東京にはいない。みんな土曜日に全力で遊んで、日曜日はおとなしくしていた。
 和彦の住んでいた地区にも、何度かヒーローと怪物が出た。幼稚園の頃なので、よく覚えていないけど。
 この話をお笑い芸人志望のトミーにすると、彼は暗い顔で言った。
 「俺、高校卒業したら大阪の芸人養成学校に行きたいんだけどさ。大阪でも怪物は日曜日に出ることがほとんどらしい。嫌だなあ。風海町みたいに、日曜日に外に遊びに行けなくなると思うと……」


 改めて考えると、変な話だ。
 高確率で日曜日にばかり怪物が暴れるのは、何故だ?
 悪の組織は週休6日で、日曜日に出撃を義務付ける闇ルールでもあるのか?
 でも、ネットはともかくTVや新聞でそれを問いかける大人はいない。みんな、ヒーローの素晴らしさを称えている。国を挙げて。なにせ、ヒーロー庁なんて公的省庁まである。
 ……考えたって仕方ない。考えることで、自分の映画作りにおいてプラスの要素になるとは思えない。
 だったら、と和彦は考える。
 もうヒーローや怪物のことは、考えないに限る。自分の人生には関係ない。
 千葉の南の自然豊かなこの町で、ヒーローや怪物が暴れることなんてないんだから。俺は自分の信じる映画をのびのび作っていけばいい。


 とりとめのないことを考えてTVを見ていると、
 「八十島君」
 自分を呼ぶ女性の声。
 そこにいたのは、ヒデの祖母、千代であった。
 「あ、お祖母さん。どうもです」
 「どこか怪我をしたの?」
 「テニス肘になりました」
 「テニスのやりすぎ?」
 「いえ。木刀の振りすぎで」
 「あらら」
 千代は膝の定期診察で来院したという。まだ会計窓口は混んでいて、和彦の名は呼ばれそうにない。
 和彦は千代の隣で、いろいろ話した。千代も昔、テニス肘を患ったという。
 「私は教師になった後も、テニスを続けてた。練習しすぎるとなるのよね」
 「嫌ですね、怪我は」
 でも、と、思わぬ話を教えてくれた。
 「治療をしに行った病院で出会った薬剤師がいい人で、私はその人と結婚した。テニス肘のおかげね」
 和彦は目を丸くする。
 「ヒデのお祖父さんですか」
 二人の間に生まれた息子が、ヒデの父だという。
 もう少し詳しく話を聞いてみたい。
 「ところで八十島君」
 「はい」
 「映画作りは楽しい?」
 話題が変わってしまった。
 だが映画の話なのでホッとする。和彦は正直に言った。
 「楽しいです」
 「どんなところが?」
 「自分が本気で信じた世界を、映像にできるところです」
 うんうん、と千代が頷く。
 「その本気の世界には、あなた以外の人がたくさん関わっている。あなたの友達やお客さん。そして、秀春も」
 和彦は、ちょっと嫌な予感がした。
 やばい。お祖母さん、ヒデを殺人犯にしたこと、やっぱひそかに怒っているのかも……。
 和彦は必死に笑顔を浮かべながら、心の中で冷や汗をだらだら垂らしていた。
 千代が笑う。
 「ああ。秀春を殺人犯にしたことは怒ってないわ、本当に。むしろ、秀春の隠れた本気を見出したあなたのことは、すごいと思ってる」
 「あ……。そうすか、ねえ」
 「あの子は小学生のころから、私を心配してなるべく家にいようとした。友達付き合いを遠慮しがちなところがあったの。あなたはそんな秀春の手を引っ張って、新しい世界を見せてくれた。あの子に、演技という特技を与えてくれた」
 そして、千代はにっこりと微笑んだ。
 「あなたは秀春の人生に新たな力を与えてくれた。私はそう思っているわ」
 和彦はその微笑みに、心を奪われた。


 なんてこった!女優も顔負けのチャーミングだ!


 和彦は小学二年生のころからありとあらゆる映像作品に触れ、魅力的、英語で言えばチャーミングな女優というものを、山ほど見てきた。
 目の前のこのお祖母さんは、なんてチャーミングな笑顔を見せるんだ!
 重ねた年齢ゆえなのか、それとも元教師の特技なのか!
 和彦のときめきをよそに、千代は言葉を紡ぐ。
 「あなたには素敵な映画作りの才能がある。だからこそ、末永く映画を愛して作ってほしいから、アドバイスを贈りたい」
 「は、はい。お願いします」
 「本気の情熱で人をひきつけ、引っ張って進んでいく。常に力強く、前向きに。それは素晴らしいこと」
 「自分は、そうありたいと思っています」
 「でも、ついていく人の中には、途中で疲れて立ち止まってしまう人もいるかもしれない。迷う人もいるかもしれない。だから、あなたには時々、後ろを向いてほしい」
 和彦は思わず、ムッとした表情になってしまう。
 「……ネガティブになれと?」
 それはできない相談だと和彦は思う。師匠の教えに背く。
 「ああ。そういう後ろ向きではなくてね……」
 千代が続きを言おうとしたら、院内アナウンスが流れた。
 『27番のお客様。診察室の前のベンチまで移動してください』
 千代が手にしている待合札は27番だ。慌てて立ち上がる千代。
 「診察の時間になってしまったわ。ごめんなさい」
 「いえ、こちらこそ」
 アナウンス係はせっかちなのか、
 『27番のお客様。診察室の前のベンチまで移動してください』
 もう一度アナウンス。千代が和彦に背を向ける。
 肝心なところを聞けず、モヤモヤする幕切れになってしまった。
 ……と思いきや。
 千代は振り向いて和彦の手を取り、こう言った。
 「あなたの映画の世界に付き合う人たちへの優しさを、忘れないでほしい。友情。愛情。尊敬。人を大切に思う気持ちを忘れて前に進んだら、駄目よ!!」


 慌てていたせいか、語尾が強い。
 それでも、表情は明るい。まるで映画のワンシーン。落ち込んでいる主人公を励ます、ポジティブかつアクティブなガールフレンドのように。
 千代はそのまま診察室に向かってしまった。
 その直後、和彦は会計に呼び出された。金を払って整形外科を出る。
 家へ歩きながら、和彦は千代の言葉を思い出す。
 自分の映画制作方針に口出しされた。ある意味、叱られた、ともいえる。
 だが、和彦は一切嫌悪や怒りを感じていない。
 それどころか、千代の立ち居振る舞いにときめき、こう思ってしまった。


 ヒデのお祖母さんは、なんてチャーミングなんだろう!


 友達の祖母をチャーミングと思うなんて、自分でもどうかしている。
 が、本気でそう思ったのだ。
 さらに思った。


 このチャーミングな振舞い、映画なら主人公の運命を決定づける重要なシーンで絶対必要になる!


 和彦は映画にハマりすぎたあまり、とうとう自分の人生を
 『これが映画なら、どんな展開になるか?』
 を考えずにはいられない性となっていた。
 このチャーミングは、映画だと絶対信じたほうが得をするやつだ!何より、画(え)になる!
 和彦は決意する。
 俺はヒデのお祖母さんの言葉を、師匠と同じ様に信じてやっていこう!
 

 それから和彦は、役者やスタッフへの態度を改めた。
 勢い任せに突き進む前に、こういう意図でこういう演技をしてほしい、というクッションをなるべく丁寧にはさむ。
 部員を始め、役者やスタッフの意見も、良いものは取り入れるようにした。
 その結果。
 春休みを経て新入生歓迎会で『無双戦姫』の上映が終わった直後、思わぬ事態が起きた。


 新入部員と協力者(正規部員ではないが、映画の撮影を手伝ってくれる役者やスタッフだ)募集の窓口を担当しているヒデが、戸惑いつつも笑顔を浮かべて和彦の元に駆け込んできた。
 「自分を次の映画に出してくれ!手伝わせてくれ!って人たちが、一気に増えた!」 
 あとでわかったが、態度を改めたことで
 『八十島和彦は滅茶苦茶な演技指導をするが、まあまあ話を聞いてくれる』
 『毎日ノートに殺人トリック書いてて乱暴そうだが、意外とまともな人』
 とうわさが流れ、興味を持つ生徒が増えたのだ。
 「あと、『こんな脚本どうですか?』って持ち込みも」
 和彦は驚き、ヒデが差し出した脚本をさらっと読んでみる。書いたのは別のクラスの男子生徒だ。
 和彦はうなる。結構、面白い。
 「短編映画として上映するのもありだ!スケジュールを調整して、映画化していこう!」
 そして新入部員リストに目を通す和彦。
 リストには、映画に参加したい理由を書く欄がある。
 役者希望の女子生徒はこう書いている。
 「『私、去年の文化祭で映画見ました。素敵な真稔先輩になら殺されても構わなくて』だって。すっかりダークヒーローだな、ヒデ」
 「そろそろ、人を殺さない役にしてくれない?」
 「わかった。じゃ、次は悪党から大金を巻き上げる詐欺師なんて、どうだ?詐欺師のマニュアル、勉強になっただろ」
 「結局悪人じゃないか!」
 「悪党を殺さず、金を巻き上げて懲らしめればいい。悪党専門の詐欺師だから、善人だよ」
 「そもそも善人は詐欺師をやらない!」
 「それもそうか」
 和彦は笑った。ヒデは苦笑いを浮かべていた。


 こうして映画研究部の活動はどんどん盛り上がり、中学3年間で作った映画は、長編短編あわせて7本になった。
 態度を改めたことで先輩、後輩問わず仲間が増え、製作ペースが上がった。
 のみならず、豊かな演技をする者、個性的な一芸に秀でた者、面白い脚本を書く者と数多く知り合えた。
 これらは和彦の映画監督としての才能を、さらに刺激した。


 そして中学三年生で最後に撮った映画、ヒデが主人公の『ビッグモスキート~やるカやられるカ~』は、日本全国の中高生による映画コンテストにエントリー。
 中学生の部全82作品中、第4位に入選した。
 卒業式の当日発売の有名映画雑誌に、コンテストの結果とホラー映画で有名な監督の寸評が載った。


 ビッグモスキート~やるカやられるカ~
 『モンスターホラーのお約束をふんだんに取り込んだ良作。終盤、蚊人間をどつきまわす主人公の演技と血のりの量に狂気を感じる。大人以上の狂気に鼻血が出た』


 卒業式の後、創設メンバー5人で部室に集まって寸評を読んだ。
 和彦は、強い不満をもらす。
 「だったら3位以上にしてくれ!DVD化もありえたのに」
 このコンテスト、1位から3位までは作品がDVDにまとめられ、販売されるという特典がある。4位から10位は賞状が郵便で届き、映画雑誌に寸評が載るのみ。ちなみに、雑誌掲載に先駆け賞状はすでに部室に届いていた。
 トミーも悔しがっている。
 「ヒデの狂気は主演男優賞ものだったのにな」
 ヒデがツッコむ。
 「狂気以外のところを評価してよ!」
 ヒューマンドラマの要素もふんだんに取り入れた作品である。ヒデも今まで以上に頑張ったのだが。
 オタキとイッチが、まあまあ、ととりなす。
 「有終の美を飾った、ってことでいいじゃない、ヒデ」
 「カズさんも、4位入賞を喜ぼうよ。ヒデ君の就職先で入賞祝いをするんだからさ」
 みんなが町外の高校に進学する中、ヒデは卒業後、蕎麦屋『どらさん』に就職することが決まっていた。今度の日曜日、映画研究部の部員全員で、映画コンテスト入賞祝いをする。
 和彦はせっかくなら、さらに上位に入賞して、華々しくヒデを送り出したかったのだ。
 だが悔しがっていてもしょうがない。これからやることは、前向きかつ笑顔でやらなくては。
 和彦はヒデに、大事なことを告げる。
 「ヒデ!コンテストは4位だが、お前は映画研究部における最高の主演男優賞だ。だから、俺たち4人でお前に賞を贈る。実はトロフィー買ったんだ」
 「え!?トロフィーって……大げさだよ!?」
 「大げさなもんか。お前は映画研究部最初期メンバーとして、最初から最後まで頑張ってくれたからな。蕎麦屋で働くお前を、友達として思い切り祝って送り出したい!」


 和彦は、ヒデと一緒に高校で映画が作れないことを、今でも残念に思う。
 が、あのチャーミングな祖母との生活を守り、一足先に社会人になるヒデを元気に送り出したい気持ちも、本当だ。
 トミーが笑って、“あの時”を振り返る。
 「和彦。トロフィー渡す前に、滅茶苦茶な勧誘をした挙句、無許可で殺人犯にしたことを今一度謝ろうぜ!」
 「お祝いムードに天ぷら油差してんじゃないよ!」
 和彦の反論に、笑顔でツッコミを入れるヒデ。
 「油じゃなくて水だろ。トミー。僕は怒ってないから」
 オタキも笑ってる。
 「さすがヒデ。蕎麦の茹で釜より心が大きい」
 イッチが笑いをこらえつつ、デジタルカメラを持ってきた。
 「この部室に入れるの、今日が最後だろ。5人で写真撮ろうよ。記念写真」
 その前にトロフィー授与式だ。
 和彦は授与式でよく流れるメロディーを口ずさみつつ、
 「ちゃららら~ら~らぁ~♪」
 部室の奥から用意したトロフィーを取り出した。
 ヒデが悲鳴のような歓声を上げる。
 「ええー、でかいよ!」
 どうせならヒデが腰を抜かしかねないものを用意しよう。
 和彦たちは予算を相談しつつ、杯(さかずき)型の大きな金色トロフィーを選んだ。杯部分に500mlは間違いなく入る、本当にでかいやつだ。
 ヒデの驚きぶりに、和彦は満足した。
 「さあ、持てよ。俺たちの主演男優賞を」
 金色に輝くトロフィーを手に、感嘆の息を漏らすヒデ。
 「夢みたいだなあ……」
 和彦は、もっとお祝いムードを盛り上げたくなった。
 「よし!ちょっと酒屋に行ってくる。このトロフィーに祝い酒を入れよう」
 ヒデが真面目にツッコむ。
 「駄目でしょ、未成年だし」
 「せっかくだからなにか入れたい」
 あはは、と笑うイッチ
 「ならカズさん、蕎麦湯なんてどう?」
 「いいな。ヒデ、蕎麦湯入れるから飲め」
 「いや、入れないでよ!」
 トミーが笑って、撮影を宣言する。
 「イッチ!カメラのタイマーセットしろ!みんなで天ぷらみたいなアゲアゲな笑顔で撮ろうぜ!」
 「なんかみんな、言うことやること蕎麦屋がらみだね」
 ヒデのツッコミに応える和彦。
 「お前が蕎麦屋に就職するからだ」
 和彦は咳払いして、ヒデに握手を求める。改めて感謝の気持ちを伝えた。
 「本当にありがとう。みんなで一緒に過ごした3年間が、これから始まるお前の蕎麦屋人生の幸せな原動力になることを、祈っている」


 誰かの言葉や行動が積み重なって、思い出になって、人生を幸せにする原動力になる。和彦にとって、それは映画であり、師匠と両親。そして、映画研究部で出会った多くの人たちだ。
 とくにヒデと祖母の千代がいなければ、和彦はただとがっただけの映画馬鹿でしかなかった、と思っている。本当に感謝している。だから、二人には幸せになってもらいたい。
 ヒデが照れくさそうに、手を出して言う。
 「幸せな原動力。いいね。僕はこれから、蕎麦でみんなを幸せにする。映画研究部で得たものは、絶対に忘れない」
 和彦はトミー、イッチ、オタキとも、順に握手をして、最後に部長として締めくくる。
 「蕎麦、時々食べにいくからな。俺たちの心は、ずっとそばにいるぞ」


 その一言が、トドメだった。
 映画研究部最初期メンバーの5人は、ものすごく馬鹿みたいに笑いながら、蕎麦尽くしの最後の部室で記念写真を撮った。


 

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