エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第100話 風海町の悲劇

 中学を卒業後、和彦は風海町外にある高校に、毎朝バスに乗って通い始めた。
 ともに進学したトミー、イッチ、オタキ。中学で協力してくれた仲間とともに、高校でも映画研究部を作った。
 師匠の下で剣舞も続け、映画三昧の日々は加速していく。幼いころに誓った、アメリカ留学の夢に向かって。


 両親とも相談し、和彦は高校卒業から3年後、アメリカにある映画専門学校に留学することを決めていた。
 映画制作の能力は、これまでどおり映画を作り、師匠の元で研鑽を積むことで上げていけばいい。
 問題は語学力と留学気資金だ。和彦はラジオ英会話をずっと続け、中学の英語は好成績を修めていたが、外国人と直接話す機会がほとんどなかった。
 ちょうど高校に進学したころ、風海町の観光協会が外国人観光客を案内するボランティアを募集していた。英語で観光ガイドを作ったり、窓口で外国人に簡単な説明をする仕事だ。
 風海町はマリンスポーツや釣りに来る客が多い。海のルールを守らない外国人も増えたため、英語で案内できる者を観光協会は求めていた。和彦はこれに志願し、月に二、三回観光協会で働いた。ボランティアなので給料は出ないが、それでも英語の勉強になるので大いに助かった。
 学資のほうは、学業と映画作りの合間を縫いつつ、単発のアルバイトを選んで参加。給料は留学資金に蓄えた。


 映画作りは順調で、高校一年で作った作品はコンテストに入賞。
 ヒデがいないことだけが残念だが、トミー・イッチ・オタキは変わらず力を貸してくれた。高校で知り合った新たな仲間たちにも様々な特技、才能があり、和彦の創作意欲を刺激していく。
 新たな仲間の縁で町民ラジオ局に関わった和彦は、ラジオドラマの脚本を任された。
 昭和が舞台の家族物を書いてほしいという。今までとずいぶん作風が異なるが、勉強だと思い引き受けた。
 出演者は町の人たちから募る。どんな話にしようか考え、和彦はふと閃いた。
 「これなら、俺の作品にヒデを出せるな」
 今のヒデにしかできない役にして、町の人たちにラジオドラマを楽しんでもらおう。和彦は主人公の女性を見守る蕎麦屋の青年役として、ヒデを出すことにした。


 ラジオドラマの脚本の下書きをもってヒデの働く蕎麦屋『どらさん』に相談に行くと、ヒデは開口一番、
 「また僕は殺人犯?」
 和彦は苦笑い。
 「まさか。今回はまっとうな役だよ。蕎麦屋の青年」
 一足早く社会人になったヒデの周囲は大人だらけ。もともとの性格もあり、ヒデは卒業から数カ月で、真面目かつ丁寧な蕎麦屋の好青年になっていた。地元のご婦人方に大人気で、海外ドラマの吹き替えの真似してよ、というリクエストが絶えないという。
 「まっとうというか、そのままじゃないか」
 おやおや、と和彦はわざとらしく問いかける。
 「殺人犯のほうが良かったか?」
 「町民ラジオで殺人や流血は駄目でしょ」
 「だよなあ」
 軽く笑って、さっと脚本に目を通すヒデ。
 「うん。面白そうだ。出てみたい」
 「お店やお祖母さんの迷惑にならないように、収録のスケジュールを組むよ」
 ラジオドラマは好評で、とくにヒデの演技は町民にウケた。おかげで和彦の経歴に、ラジオドラマ脚本家という肩書が追加された。
 和彦は夢を追う力を、着実につけていった。


 目まぐるしくも充実した高校生活は、あっという間に三年生の夏を迎えた。
 夏休みの良く晴れた日曜日の午後。
 和彦、トミー、オタキ、イッチは、町内の図書館で夏休みの宿題を解いていた。
 今日宿題をきれいさっぱり終わらせ、夕方4人で『どらさん』に蕎麦を食べに行く。食べたらヒデを誘って、夜の浜辺で花火を打ち上げ遊ぶのだ。すでにヒデの勤務予定も、大将に相談して調整済み。
 オタキがふふん、と自慢げに胸を張る。
 「親戚がでっかいスイカを送ってくれたんだ。スイカ割りもやらない?」
 和彦は賛成する。
 「じゃあ家から木刀取ってこよう。師匠直伝の兜割(かぶとわ)りで真っ二つにしてくれる」
 この頃、和彦は師匠から実戦的な剣術を学び始めていた。
 イッチが首をかしげる。
 「5人で食べるんだから、真っ二つじゃ駄目でしょ」
 トミーが軽いノリで言う。
 「和彦が木刀で割った後、オタキが手刀で小さく割ればいいさ」
 オタキも軽いノリで返す。
 「手刀で割るにはちょっと大きいな。うちから包丁とまな板持ってくる」
 花火をやる浜辺は、オタキの実家の釣り船民宿のすぐそばにある。
 4人で頑張り、残っていた宿題をとうとう全部片づけた。
 和彦は予定を確認する。
 「夕方6時に『どらさん』集合な。蕎麦と花火とスイカ割りで、高校最後の夏の思い出を作ろう」
 ヒデとの楽しい夏の思い出づくりを、4人で夢見ていた矢先。
 図書館内に、防災無線が鳴り響いた。
 無線の内容に、和彦たちはあ然となった。
 内容はこうだ。


 この町に、怪物とヒーローが出た。住民は絶対外に出るな。


 図書館内にいたほかの客たちの顔もあ然となり、真っ青だ。
 ややあって、トミーがスマホを操作して呟く。
 「魔法少女フェアリンが怪物と戦ってるみたいだぞ」
 和彦もスマホを操作してみる。SNSに目まぐるしく情報が飛び込んでくる。戦っているフェアリンは3チームらしい。
 ツインハート・フェアリン。日本で最初に認知された魔法少女にして、フェアリンを最初に名乗った、アップルとピーチの二人組だ
 トライブ・フェアリン。楽器を模した武器を使うバンドのごとき三人組。
 フェアリン・シュープリームズ。きらびやかな衣装をまとい、まるでモデルのような四人組。
 フェアリンたちが高さ10メートルはあろう大きな怪物に走っていく姿が、短い動画として投稿された。アニメのワンシーンのようだが、背景に映っているのは自分たちの地元なのだ。
 魔法少女も怪物も、とっとと被害を出さずどこかに行ってしまえ!
 夏の楽しい思い出作りができねーだろうが!和彦は切実に祈った。


 防災無線で、怪物がいなくなった、と流れた。
 体感的には、1時間以上図書館にとどまっていた気がする。エアコンの良く効いた図書館のはずなのに、気が付けば和彦の全身は恐怖と緊張で汗まみれだった。
 トミーもイッチも、オタキも汗まみれ。一番おとなしいイッチはガタガタ震えていた
 しかし壁にかかっている時計を見ると、実際には最初の無線から15分くらいしか経過していなかった。
 「……終わった、のか?」
 和彦は呟き、すぐに思う。
 映画だとこんな台詞の後で、十中八九良くないことが起きる。
 いやしかし、何も悪いことは起きなかった。起きるわけがないんだ。
 信じたい。俺たちは今日、ヒデと夏の思い出作りをするんだ。
 おそるおそるスマホを確認する和彦。
 SNSに新たな情報が飛び込んできた。


 『おばあさんが死んだらしい』
 『フェアリン・アップルが怪物を、おばあさんの隠れているところに投げた』
 『投げられた怪物が、家一軒潰しちゃった』
 『蕎麦屋の人がおばあさんのところに』


 蕎麦屋。おばあさん。
 画像はないが、もう最悪な予感しかない。
 SNSを見た和彦たちは図書館を飛び出し、現場に駆け付ける。
 現場は怪物が暴れたとは思えないほどきれいだった。フェアリンが怪物をやっつけた後、あとしまつで現場をきれいに復元していったようだ。この行いは謎の復元魔法として、世間に認知されている。
 そして和彦たちは、ピクリとも動かない祖母・千代の身体を抱きしめて泣く、ヒデの姿を見た。
 和彦は膝から崩れ落ちる。
 千代は、高校の学園祭にも映画を見に来てくれた。ラジオドラマも応援してくれた。
 亡くなってしまった。大切なことを教えてくれた、俺の作品を応援してくれた、最高にチャーミングなお祖母さんが。
 和彦は夏の青空の下で泣き叫んだ。トミーも、イッチも、オタキも。


 だがこの時、風海町ではさらなる悲劇が起きていた。
 和彦たちもヒデも、ずっと後になって知った。


 千代を押しつぶした怪物は、さらに家一軒を潰した。
 その家はフェアリンの不思議な力で復元したが、何と中には人がいたのだ。
 家の中にいた夫婦は死んでいた。夫婦には東京の大学に通う息子がいた。その息子は、騒動の直前『どらさん』で蕎麦を食べ、すぐ電車に乗り東京に戻ってしまっていた。
 和彦は『どらさん』で蕎麦を食べた時、この大学生の息子と数回顔を合わせている。ヒデが教えてくれた。息子は薬やサプリメントの研究をしている、その道では結構有名な人なのだそうだ。そして、とても家族思いなのだとも。
 東京に戻った息子は電話に出ない家族を心配し、騒動の翌日再び風海町にやってきた。
 自宅の扉を開け、両親を見た。押しつぶされた体は不思議な力で復元されていたが、良く晴れた夏の屋内で丸一日放置されていた。
 その光景は、とても想像できるものではない。
 異変を感じた近所の人が息子を訪ねた時、彼は家の中にあった除草剤を飲んで倒れていた。
 自殺を図ったのだ。呼吸はしていたが、意識不明。
 すぐに救急車で運ばれたが、町内の病院では手の施しようがない。やがて東京の病院に転院した。


 東京に転院した息子の安否は、その後誰にもわからない。
 しばらくしてから彼の家は親類の手によって解体され、土地は売りに出された。
 それを見た和彦も、町の人たちも、みんな思った。
 今に至るまで生死不明とされているが、きっと息子は、助からなかったのだろう。


 悲劇から一、二カ月の間、和彦たちは必死だった。
 千代の葬儀を手伝い、精神的に疲弊しきったヒデの身の回りを手伝った。
 ヒデの疲弊は火を見るより明らかだった。食事もほとんどとらず寝込んで憔悴しきり、『どらさん』に働きに行けなくなっていた。
 ある時和彦が一人でヒデの自宅を訪ねると、ヒデは暗い顔で言った。
 「寂しさや悲しみが消えなくて、動けないんだ。これじゃあ、駄目だ。お祖母ちゃんにも叱られてしまう。申し訳ない。こんな思いはしちゃいけないのに」
 和彦は思わず叫んでいた。
 「それは違う!」
 ヒデにゆっくりと、大きな声で言い聞かせる。
 「寂しいとか申し訳ないとか思うのは、それだけヒデがお祖母さんの事を大切に思っているからだ。絶対にお祖母さんは責めないと思う」
 さらに言う。
 「寂しいと思っちゃだめだとか、後ろ向きだから考えないというのが、一番いけないぞ。そりゃあ、悲しいままでいるのが正しいとは思わない。だがよ。寂しいと思いながら前に進むのが間違いだと誰が決めた。寂しさや悲しみは、人を大切に思う気持ちの裏返しなんだから。その思いを恥じるな」
 そして決めた。
 千代からもらった言葉を、孫であるヒデに伝えよう。
 「『友情。愛情。尊敬。人を大切に思う気持ちを忘れて前に進んだら、駄目よ!!』と、俺に教えてくれた人がいる。つまり、寂しいまま一歩を踏み出したっていいんだ。それでも一歩を踏み出せないなら、俺が手を貸すぜ。ヒデのお祖母さんを大切に思うのは、俺も一緒だからな」
 亡くなった人への大切な思いを忘れなければ、寂しいまま一歩踏み出したっていいのだと、和彦は思う。
 ややあって、ヒデが目を丸くして尋ねる。
 「それは、映画の台詞か何か?」
 お前のお祖母さんの言葉だ。和彦は言おうか、迷った。
 しかし、思う。伝えなければ謎になる。謎があったほうが、かえってヒデの人生にとって刺激になる。
 だからこう言った。
 「大切な女性からの受け売りだ」
 「大切な女性?」
 「知りたいか?」
 「知りたい」
 和彦は本気で正直に言った。
 「俺にとって、最高にチャーミングな人だった」
 「チャ、チャーミング……」
 ヒデが、ふっと笑う。
 「チャーミングなんて言うんだな」
 「そりゃ言うさ。あの人は本当にチャーミングだった」
 「だった、って……」
 「もうその人には会えない。でも俺は、この言葉を絶対に忘れないと誓った」
 お前にとっても、きっと忘れられないチャーミングだ。ヒデと千代の過ごした日々を思い、和彦は微笑む。
 「誰が言ったかは内緒だ。俺がもらった大切な言葉だからな。だが、特別にお前におすそ分けする。お前が起き上がって少しずつ自分の人生を歩きだせたなら、その人もきっと喜んでくれる。間違いない」
 「……わかった。辛いけど、少しずつ頑張ってみるよ」
 ヒデが『どらさん』への出勤を再開したのは、この翌日であった。
 体調がすぐれずふらふらしていたが、少しずつ勤務時間を伸ばしていった。


 気温がぐっと下がり、冬がもうすぐやってくる。
 蕎麦屋を再開したヒデに会いに、和彦は『どらさん』を訪ねた。
 この時、大将夫婦は買い物で店を離れていた。客は自分一人だけ。
 温かい天ぷらそばを食べ、ヒデと雑談をかわしていると、TVで速報が流れた。


 “魔法少女フェアリン・ピーチが素性を公表。さらに魔法少女たちの同盟『魔法少女ユニゾン』結成を宣言”


 画面が切り替わり、満面の笑顔のフェアリン・ピーチが映った。
 問答無用でTVを切るヒデ。全身が、震えている。
 「おい、ヒデ……」
 しっかりしろ、と言いかけて、和彦は言葉に詰まる。
 こんなのを見て、冷静でいられるなんて無理だ!
 この数カ月で、和彦も日本のヒーローが華々しい活躍の裏で国民を傷つけ、ふんぞり返っている闇を学んでいた。ヒーローは巻き添えで人が死のうと、家が壊れようと、お構いなしな振る舞いを続けて笑っている。
 少し前まで関係ない、遠くの世界の出来事と思っていたヒーローと怪物は、瞬く間に風海町を襲ってみんなの人生に暗い影を落としていた。
 やがてヒデが、怒りとも諦めともつかぬ、低く震える声で呟いた。
 「……フェアリンは、ヒーローは、巻き添えで死んだ人のことなんて、きっと覚えてないんだろうな」
 和彦は涙をこらえ、こう言うのがやっとだった。
 「俺は絶対、お祖母さんのこと忘れないからな」
 ヒデは、泣き出した。


 やがて和彦は、『魔法少女ユニゾン』略してMSUの実態を知った。
 リーダーは、フェアリン・ピーチこと辺志江萌々(へしえ・もも)。30代くらいの女性なのに、変身するとたちまち中学生くらいにまで若返る。
 さらに中心メンバーとして、3人組のトライブ・フェアリン(スリーピースバンドとして活動していることを公表)、4人組のフェアリン・シュープリームズ(全員雑誌モデルであることを公表)。
 彼女たちに付き従う、総勢30人以上の魔法少女たちがいる。20代以上の者は、変身すると中学生くらいにまで若返る。どういうカラクリなのかは、公表されていない。
 見るだけで腹の立つ連中だ。中心メンバーは、あの時風海町にいた奴らじゃないか!
 さらに許せなかったのは、支持者(ファン)の言動だ。
 MSU結成からしばらく後。でっぷり太ったフェアリン支持者の男が、ヒーロー活動に異を唱える団体を批判するニュースが、TVで流れた。
 この手の団体を紹介するニュースは、時折流れるがいつも結論は同じ。
 つまりこうだ。

 ヒーローは日本国民を守ってやっているんだから、文句や批判を言うんじゃない。
 逆らうならヒーローへの反逆とみなし、ただではすまさないぞ。


 フェアリン大好き肥満体男は風海町の事件を振り返り、へらへら笑ってフェアリンの活動を擁護する。
 「ほかの若い人が助かったんだからいいじゃない。死んだのは年寄りでしょ。失われた命じゃなくて、これからの若い命とフェアリンの明るい面を見ましょうよ。フェアリンは太陽なんだから、いつまでも可愛く輝いてもらわないと困るんだから。文句なんか言ったら、おれたちファンが許さないんだから、ね!」
 この口調も顔も気色悪い肥満体が目の前にいたら、和彦は問答無用で顔面をぶん殴っていただろう。


 ピーチの相方で怪物をぶん投げた張本人、フェアリン・アップルは、なぜか素性も公表されず表に出てこない。
 和彦も気にしていたが、日々の暮らしに忙殺され、アップルのことを忘れた。
 MSUをはじめとしたヒーローへの怒りは、忘れなかったが。


 

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