ヒデが十二兵団の皆と語り合っていたころ。
気絶した矢部は真っ暗闇の中で目を覚まし、手足を縛られながらも立ち上がり、電灯のスイッチをつけることに成功した。
部屋の中には、イベント用の着ぐるみや看板に発電機、発電機用の軽油タンクが置かれている。そして、床にぐったりと横たわる相方の杉尾。
自分たちは『ハミングバード』店内の倉庫に閉じ込められたとわかると、矢部はロープをほどこうと体を必死に動かしていた。
彼の心には怒りと焦りが渦巻いていた。
くそ真面目な真稔のせいで、社長を脅したことまで知られてしまった。真稔がこの店の責任者と警察に報告したら、自分たちは破滅だ。早くロープを外して逃げなければ。
身をよじり、なんとかバランスを取りながら飛び跳ねて壁際の棚まで移動する。棚には軽油タンクだけで、ハサミなどはない。
必死の形相で、ロープを切る道具を探る矢部。その傍らで、
「ぬが、ぬばあ…」
杉尾は目を覚ますどころか、寝言なのかいびきなのかわからない言葉を連発する。
「杉尾さん、早く起きろよ!!」
苛立ちに任せて怒鳴った直後、倉庫の扉のドアノブがガチャガチャと動いた。
「誰かいる。この中から声がした」
倉庫の外から男の声。真稔の声ではなかった。
外から、さらに別の男の声。
「めんどくせえ。やっちまうか」
なにをやっちまうんだ?
矢部の疑問に答えるかのように、強引に金属製の扉がこじ開けられる。扉の外にいたのは、不気味なマスクと戦闘服に身を包んだ二人の男。
「ま、マスカレイダー!?」
その叫びが、矢部の最期の言葉になった。
男の一人が右手を持ち上げ、サブマシンガンを思わせる形状の銃を乱射した。銃弾が矢部を、寝転がっていた杉尾を、さらに軽油タンクを容赦なく貫通する。
銃弾の熱エネルギーが軽油を発火させた。
そして現在。
「あれ、指名手配中の強盗マスカレイダーです!!」
「さっきの話に出てきたやつらか」
ドラクローの傍らで、ヒデは解説した。
「銃を持っているのがゾックで、角が生えているのがゴウトです。
この店のお金を奪いに来たに違いない!!」
悪の道に走ったヒーローは、指名手配情報が新聞やネットに頻繁に掲載される。この二人はコンビを組んでマスカレイダーになり、悪の組織の誘惑に乗って強盗に鞍替えしたという。ほかのヒーローや警察の追跡を振り切り、現在も逃亡しているとは聞いていた。
自分の住む町に強盗が、しかもマスカレイダーが現れた。こんなことは祖母が死んだ時以来だ。
通路の奥からさらに火の手が上がり、火災を知らせる警報器が鳴り響く。天井のスプリンクラーが作動した。
ゾックが銃を天井に向けた。
「水差してんじゃねえ!!」
銃をそのまま乱射する。スプリンクラーが壊され、消火が止まってしまった。
「先客の改造人間を殺して、金は全部いただきだ!ブレードの餌食にしてやる!」
ゴウトの腕から、激しいロック調の効果音とともに約50センチの刃が飛び出した。どうやら彼らは、十二兵団を別の組織の改造人間と勘違いしているらしい。
「やつらはどう見てもやる気だな。迎撃してここを脱出する!!総員、戦闘態勢!!」
スレイの指示でエトフォルテの者たちが戦闘態勢をとる。外していた仮面をつけ直し、ドラクローがヒデの肩を叩いた。
「ヒデ!!逃げろ!!ここは俺たちが何とかする!!」
やむなく、ヒデは駆け出した。背後で激しい銃声と怒号が飛び交ったが、怖くて振り返ることができなかった。
2階の警備員室に急ぎ駆け込み、ヒデは固定電話に飛びつく。
警察署に電話しなくては。警察署に電話するとヒーロー庁に連絡が行き、ヒーロー庁に登録しているヒーローが派遣される仕組みだ。短縮ダイヤルを操作して、まず警察署にかけた。
ところが、電話がつながらない。
『ただいま、回線が非常に混雑しており…』
受話器からアナウンスが流れてくる。仕方がないので、今度は火災対応のため消防署にかけ直す。消防署からもヒーローは呼べるはずだ。しかし、全く同じアナウンス。
警察署と消防署でも何かが起きているのか?
警備員室のパソコンから、ネット経由で緊急通報システムを使い警察に通報しようとした。システムを起動すると、本社の勇ましいロゴが表示された。だが、今度はブブーッ!!という腹立たしい警告音。
『DJV警備保障 緊急通報システムは、通信不良のため使用できません』
ネットもつながらない。自分のスマホも駄目だった。なぜかわからないが、この場にある通信機器が全く使えない。
「ああ、もう!!」
平静さを失い、ヒデはデスクに拳を叩きつける。
警備員室の外では、激しい銃声が聞こえてくる。
相手は人知を超えた強盗ヒーロー。宇宙人のドラクローたちだって、勝てるかわからない。
何かドラクローたちを手伝えることはないか。しかし、強盗ヒーロー相手に自分が肉弾戦を挑んだところで勝ち目はない。このまま2階の別の階段を通って、外に逃げてしまえ。ドラクローたちだって、逃げろと言ってくれたじゃないか。頭の中で、冷めた自分がそう勧めてくる。
それでも、ヒデは逃げ出すことができなかった。逃げ出したくなかった。
この半年、ヒデはずっと一人だった。心のよりどころだった蕎麦屋を台風で失い、ヒーロー第一で動くこの国の在り方に幻滅した。知り合いの大半が被災して、生活を立て直すのに必死だから互いにゆっくり話し合う時間なんてない。中には町を出ていった人もいる。警備会社の人たちもそうだ。話題になるのはいつも台風の被害と、台風が来る前の平穏だった日々の思い出話(国とヒーローの文句は、例の死んだ役人の事を気にしていたから誰も言わなかった)。
そんななか出会った、エトフォルテ人。
自分の話を聞いてくれて、励ましてくれた。菓子パンを食べながらドラクローが快活に笑い、ムーコが優しく微笑んで。時折お調子者なタイガを団長のスレイがたしなめて、ほかの団員たちがまた笑って。彼らと話し合ったさっきまでの時間は、新鮮で、本当に楽しくて、暖かかった。こんな気持ちは、久しぶりだった。
一緒に楽しい時間を過ごした人たちが、傷つくと知りながら逃げ出せない。一度は投げ出そうとしたが、この店にいる客を守るのが警備員の仕事だ。今この時だけは、警備員として全力を尽くしたいと、ヒデは決心した。
逆に考えよう。肉弾戦以外でできることはないか。
ヒデは警備員室の中をもう一度見まわす。視界に、この店の概略図が飛び込んできた。このセンターは1階が食品売り場。2階は服や玩具が売られている。警備員として各売り場を回って約3か月。どこに何があるかは新米でも思い出せる。
そうだ。
強盗が相手なら、やつらの求めるものとそっくりの“あれ”が使えるんじゃないか。
ゾックの銃が独特の音を立てて乱射される。ドラクローたちは銃弾をかいくぐって、いったん物陰に退避した。
「あいつら、なんて防御力だ!!銃弾を浴びても火花が散るだけだなんて!!しかも、ゾックの銃は弾切れを起こす気配がないぜ、兄貴!!」
側でタイガが弾倉を交換しながら叫ぶ。タイガたち技の部の団員が装備した銃は、地球で言えばアサルトライフルの形状に近く、弾倉は20発。対するゾックの銃はサブマシンガン。明らかにエトフォルテの銃より小さいのに、ゾックは弾倉の交換もせず100発以上撃っていた。
すでに団員がゾックに撃たれて、2人が戦えなくなるダメージを負った。ゴウトとの戦いで3人が斬られて死んだ。ムーコともう一人の兎族の団員が、ドラクローたちとは別の物陰に退避して負傷者の治療に当たっている。
こちらの人数の多さはもはや利点にならない。しかも、ゾックが無数にばらまいた銃弾が油か何かに当たったようで、店内のあちこちから火の手が上がり始めた。エトフォルテ人の体は、この程度の火で死ぬほどやわではない。仮面には超圧縮酸素ボンベと防毒機能もあるから煙に巻かれても問題ない。
だが、地球人は違うだろう。火の手が広がれば、この付近の建物もただではすまない。
「早くやつらを倒して火を消す。この星の人たちを戦闘に巻き込まないようにするぞ!!」
スレイが檄を飛ばす。
「俺とドラクローが囮になる。肉弾戦で隙を作って動きを止めたら、射撃で仕留めろ!!」
「スレイ団長。あいつらに銃は効かない!!」
犬族の団員が意見する。スレイは皆に言い聞かせた。
「勝機はある。ヒデの話だと、マスカレイダーはベルトをはめて変身するという。ベルトを外すか壊すかしたら、中身が露出するか大ダメージになるはずだ。銃が駄目ならエトスで行く!!」
「俺の龍神拳と、先輩の馬尊脚(ばそんきゃく)だな」
ドラクローは拳を握りこんだ。馬尊脚は馬族に伝わる伝統武術で、その名の通り足技を駆使する。
ドラクローとスレイは、気合を入れなおした。ドラクローの全身が赤く、スレイの全身が青く輝く。
エトフォルテ人が気合を入れてさらなる戦闘態勢をとるとき、『エトス』と呼ばれるエネルギーが全身を駆け巡る。地球人以上の身体能力がさらに強化される。この色は人それぞれで、スレイに言わせると『魂の色が反映される』のだそうだ。言い換えればエトスとは気合、魂、命の力で、力の部の団員たちはそれを使いこなす武術を全員が取得している。体力の消耗が激しくなるも、一撃の威力は銃弾以上だ。
赤いエトスは龍神拳と相性がいい。龍神拳はエトスを高熱に変じて体にまとう。エトスとともにドラクローの闘争心は熱く昂った。
「タイガたちは煙幕手榴弾で援護しろ!!ドラクロー!!やるぞ!!」
「おう、先輩!!」
ドラクローとスレイは物陰から飛び出す。すかさずタイガたちが、煙幕手榴弾をゾックとゴウトに向けて投擲した。
ボン!!と、売り場いっぱいに広がる灰色の煙。
「目くらましとは!!」
「せこい真似をしやがる!!」
ゾックとゴウトが叫ぶ。こいつらの仮面はただの頑丈な防具らしい。
一方、エトフォルテの皆が着けている仮面は、視界を確保する機能がある。煙幕の中に何があるか、はっきりわかる。ドラクローの視界はゾックをはっきり捉えた。銃を持たない左手側に回り込む。少し遅れてゾックが向き直って銃を構える。ドラクローは左足を軸にして大きく踏むこみ、赤く輝く尾を振り回して右手の銃を狙った。尻尾を使った、エトフォルテ独特の戦い方だ。
発射寸前の銃が叩き落され、明後日の方向に飛んでいく。慌てて銃を拾いに行こうとしたゾックの足を、ドラクローは尻尾を巻き付けて食い止めた。ゾックはそのまま転んでしまう。
ベルトだ。ベルトを外すか破壊しなければ!!
ゾックの背中に飛び乗ったドラクローは、ベルトの留め金を探したが見つからない。
このベルト、どういう構造で体に着いているんだ?自分たちのベルトと違い、正面のバックルで留めているように見えなかったから、背中で留めていると思っていたのだ。
やむなく破壊に切り替え、ゾックの腰を龍神拳で殴りつける。ゾックが抵抗し、ついに立ち上がって殴り掛かってきた。
エトスを流した腕で防御する。重いパンチだが、なんとか防御できる。それ以上に、ゾックの体術は大した練度じゃないとドラクローは判断する。さっきの銃がなければ、こいつはただの頑丈な鎧を着た強盗だ。次第にドラクローは攻撃をかわし、一方的にベルトに連撃できるようになった。
次第にベルトの中心に飾られた、六角形の大きなバックルが火花を上げる。
「やっば、こいつはっ!!」
ゾックが焦った声を出す。やはりベルトが弱点で、この六角形が一番重要らしい。
もっともっと、エトスを高めろ!!
両手にさらなる熱がこもり、暴力性が龍のごとき咆哮となってほとばしった。
「ドラアアアアアアアッ!!」
高熱を帯びた両手で、壊れ始めた六角形をつかむ。全力で咆哮とともに引っぺがし、投げ捨てた。
「げええええ!?」
ゾック、この世の終わりのごとき絶叫。無くなったバックルのあたりに両手をやろうとしたところを、ドラクローは全力で殴り飛ばした。
殴り飛ばされたゾックの体が、光に包まれて変わっていく。
やがて光が収まると、短く刈り込んだ頭を金色に染めた、目つきの悪いやせ型の若い男の姿があった。最後に殴られた時点で、鎧の防御力は失われていたのだろう。中身の男は口から血を吐いてうずくまった。
ドラクローは、タイガたちに指示した。
「俺はスレイ先輩を援護する。ゾックの中身を射殺しろ」
タイガたちが銃を構えて現れたのを見て、ドラクローはそのままスレイのほうに向かった。
ゾックの中身、名も知らぬ男が絶叫するが、すぐ銃声にかき消された。
一方のスレイ。腕から伸びたブレードを振り回すゴウトに苦戦していた。
すでに団員服の所々が破けている。大したダメージではないが、長引けばどうなるかわからない。
ただの強盗にしては、武術的なセンスが高い。スレイはゴウトをそう評価した。
「先輩!!無事か!!ゾックは片づけた!!」
ドラクローが駆け寄ってきた。スレイは正直に言った
「苦戦している。ゴウトの腕のブレードはかなり鋭い。団員服を切り裂いてきた。奴自身の腕も高いぞ」
十二兵団の団員服と仮面は、異星の生命体との戦闘に備えて防御力の高い素材が使われている。技の部が開発したものだが、マスカレイダーの攻撃力は技の部の想像を超えていた。
だからといって、スレイは負ける気などなかった。もちろん、ドラクローも。
「これだけの腕があるのに強盗なんてな。魂が腐っている」
ドラクローが言い放つと、ゴウトは仮面の奥で笑った。
「改造人間に説教される筋合いはない」
「俺たちは改造人間なんかじゃない。もともとこういう体なんだよ」
スレイの指摘に、さらに笑うゴウト。
「じゃあバケモノじゃないか。バケモノは退治しなくちゃな」
「退治されるのはお前たちだ!!」
スレイのこの言葉が、戦闘再開の合図だった。
ドラクローとスレイは、エトスを高めて一斉に襲い掛かった。
ゴウトのブレードは鋭く素早かったが、ドラクローがブレード攻撃を誘い、その隙にスレイが足技でゴウトを狙う、という流れが出来上がった。頑丈な鎧の腰、ベルトの中心部のバックルを、スレイはエトスを込めた前蹴りで徹底的に攻めた。
「馬駆烈針脚(ばくれつしんきゃく)!!」
やがて、バックルにひびが入って火花が散る。スレイの蹴りがゴウトのみぞおちに入り、ゴウトは吹き飛びしりもちをついた。ブレードを収納してバックルの具合を確かめるそぶりを見せる。
「とどめ!!」
スレイは飛び蹴りでさらに追い打ちをかけようとした。ゴウトが左腕を持ち上げる。左腕のブレードが、効果音とともに射出された。
スレイはすでに跳躍に入ってしまった。空中で身をひねり胴体への直撃を避けたが、飛び出したブレードはスレイの右太ももを大きく切り裂いた。
痛みよりは、熱さ。体中の熱さが傷口から血とともに噴出していく感覚をスレイは覚えた。
「うわあああ!!」
激しく出血し、転倒。悲鳴を上げるスレイ。太ももを切ったブレードと左腕の装甲はワイヤーでつながっていた。
ゴウトがベルトを抑えてしりもちをついたとき、ドラクローは自分たちの勝利を確信していた。
だが、ブレードが射出され、スレイが切られた瞬間、確信は絶望に代わった。
ゴウトがブレードを収納したのはベルトの具合を確認するためではなく、隙を誘ってブレードを射出。スレイを殺すためだったのだ。
スレイが出血とともに倒れ、ドラクローも、駆けつけたタイガたちも悲鳴を上げた。それでも反撃体勢をとり、タイガたちが発砲する。
しかし、ゴウトの動きのほうが速かった。今度は右腕のブレードを天井に射出する。ブレードは天井につるされたオブジェに突き刺さり、ゴウトはワイヤーを巻きながら大きく跳躍。射撃をかわしてオブジェから刃を引き抜き、離れた商品棚の向こうに着地した。
十二兵団は完全にペースをゴウトにかき乱された。
「タイガは先輩を止血しろ!!残りの団員は俺に続け!!」
ゴウトの飛び去った方向に駆け出すドラクロー。あの方向には、怪我をした団員と、その治療にあたっていたムーコたちがいたはず。
…まさか!!
ドラクローの最悪の予想は当たっていた。
着地したゴウトは、治療活動をしていたムーコたちを襲った。
怪我人たちを守るため、ムーコは単身ゴウトに挑んだが、心の部の本領は治療活動と日常生活のケア。戦闘能力ではドラクローたちに遠く及ばない。
ムーコの銃を壊したゴウトは、彼女を羽交い絞めにしてドラクローたちの前に再び現れた。
「動くな!!武器を下ろせ!!このメスガキを殺す!!」
ムーコが必死に手足をばたつかせて、叫ぶ。
「私にかまわないで、こいつをやっつけて!!」
「バケモノのくせに、人間みたいなことをいうメスガキだ!!」
ゴウトはいかつい装甲のついた右手を動かし、ムーコの仮面をはぎ取り胸をわしづかみにした。ムーコが恐怖と苦悶の叫びをあげる。
「ふざけんな!お前、絶対に殺してやる!!」
ドラクローはありったけの殺意をぶちまけたが、この状況ではゴウトに通じない。
「トカゲ野郎は、このメスガキの死体がお望みらしいな」
ゴウトがさらに右手に力を籠める。ブレードは納めているが、いつ飛び出してムーコを突き刺してもおかしくない。
「ど、ドラくん!!私ごと、こいつを撃って!!」
痛みと屈辱で涙目になるムーコを、ドラクローは撃つことなどできなかった。十二兵団は、仲間を絶対に見捨てない。それが掟であり、ドラクローたちが目指す理想の戦士の魂だからだ。
「くそ!!武器を下ろすから、ムーコを離せ!」
ドラクローは、やむなく団員たちに銃を下ろさせようとした。その時である。
2階の吹き抜けから、はらはらと大量の紙切れが舞い降りた。
「おおお!金だ!」
ゴウトは左腕にムーコを抱えたまま、右手を伸ばして紙切れこと1万円札をつかみ取る。強盗の、愚かで悲しい性であった。彼はその判断をすぐに後悔することになる。
「なんだこれはーっ!?」
1万円札だと思ってつかみ取ったそれは、よく見ると『1億万円札』と書かれている。肖像画の人物が朗らかすぎる笑顔。紙幣の下部には『億万長者ごっこ』の文字。パーティグッズだ。
偽紙幣に注意が向き拘束力が半減したのを見るや、ムーコは力ずくでゴウトから脱出。団員たちは、下ろしかけた銃を構え一斉射撃を開始した。
ゴウトは射撃を浴びたが、やはり銃では致命傷には至らなかった。よろめきながらも立ち上がり、戦う姿勢を見せる。ドラクローは単身近づくと肉弾戦を仕掛けた。
「よくも先輩を!先輩を斬りやがったな!」
「トカゲのくせに生意気だ!!」
「トカゲじゃない、龍族だ!!」
ドラクローの手数がゴウトを上回る。ブレードをかわし、怒りと最大のエトスを込めた渾身の拳を、ドラクローはゴウトのベルトのバックルに叩き込んだ。
「怒轟拳(どごうけん)!!」
一発、二発、三発。真っ赤に輝く握り拳でバックルを叩く。雄たけびとともに放った三発目でくの字に折れ曲がったゴウトの体が盛大な音を立てて吹き飛び、バックルが壊れた。変身が解除される。
悪人面した茶髪の男が、腹を抱えて転がり回る。ゾックよりは体を鍛えこんでいたようで、血を吐く代わりに痛みを訴える言葉を連呼する。
「うおおお、死ぬ!腹が、腹が、死んでしまうぅ~」
「兄貴!!やつを始末しないと!!」
「待て!様子がおかしい!」
やけに転がり方が不自然だ。まるで何かを探しているようだ。それが気になったドラクローは、タイガたちに射殺の号令をかけるのをためらった。
やがて転がりまわったゴウトは、落ちていたゾックの銃を素早くつかんで起き上がる。
「騙されたな!!くたばれ!!」
ドラクローは、早く射殺しなかったことを後悔した。ゴウトはすでに引鉄に指をかけている。号令をためらったことでタイガたちも射撃の体勢をとっていなかった。
よけられない!!俺の判断ミスで皆が死ぬ!!
死への確信が、ドラクローの瞼を閉じてしまった。
だが、銃声が鳴り響くことはなかった。
代わりに、男の絶叫。続けざまに、金属による鈍い打撃音。
目を開くと、ゴウトが頭から血を流して倒れている。
倒れたゴウトの後ろに立っていたのは、血に染まった金属棒を持つヒデだった。