エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第104話 新たな日々とみんなの距離感(後編)

 さらにジャンヌが、とんでもないことを言い出す。
 「せっかくなら軍師服じゃなく、衣装とカツラ用意して女装して歌ってもらえばよかっ……」
 ヒデは青ざめて、食い気味に叫ぶ。
 「絶対やらない!やりませんよ!」
 ジャンヌが尻尾を楽しげに揺らして、ヒデに迫る。
 「遠慮しなくていいじゃん。私の声であんなに素敵に振舞っていたんだから」
 「歌だけで勘弁して!」
 「ヒデならきっと似合うよ。想像してみて」
 恐ろしすぎて想像できない!
 「誰も何も想像しないで!」
 が、タイガが想像してしまったらしい。
 「たしかにオレ、女声で歌ったヒデに、一瞬ドキドキしちゃったから……」
 「噓でしょう!?」
 「声はいつも聞いている、みんなのなのになあ。試しに一回見てみたい」 
 「タイガさああああん!」
 ヒデはタイガを本気で恨んだ。
 「ほら、タイガも認めてるし。やってみない?」
 「お願い、やめて!」
 幸い、ドラクローが止めに入ってくれた。
 「ジャンヌ。嫌がってるのに女装させたら、イジメだ。十二兵団の掟以前に人のすることじゃない」
 「ごめん、冗談だってば」
 「タイガも、見たいなんて言うんじゃない」
 「わ、悪かったよ、兄貴」
 「わかってればいいんだ。嫌がる奴に女装を強要しない!駄目、絶対だ!」
 なにかの啓発ポスターのごとき、模範的で力強い態度。ヒデはドラクローに心から感謝する。
 ドラさんは、やっぱり頼りになる兄のような存在だ。


 が、直後。
 ドラクローが意味ありげにニヤリとする。
 「しかしそんなに上手いなら、俺の声でヒデが歌うところを見てみたくなったな」
 ヒデ、絶句。
 「え……」
 「歌だけならいいんだろ?」
 「ど、ドラさん!?」
 「実は俺、誕生日が近いんだ。プレゼントとして“ロック”を一曲歌ってくれ、俺の声で」
 ヒデの視界に映るドラクローの龍の太い尻尾が、嬉し気に揺れている。
 ヒデもエトフォルテ人とそれなりに長く付き合っている。尻尾の揺れ方で相手の感情がある程度理解できる。
 ドラクローは間違いなく自分に期待している!
 『ヒデによるボイスチェンジライブ』を、前向きかつ楽しく!自分に女装を期待したジャンヌと同じくらいに!
 ヒデは頭を抱える。
 「ちょっとおお、ドラさん!信じてたのに!」
 そういえば、とまきなが思い出さなくていいことを思い出す。
 「私も歌下手だから、ヒデ君に声コピーして歌ってもらおうと思ってた、あの時」
 アルが乗り気になる。
 「きっとヒデは博士のように、知的かつ美しい立ち居振る舞いで歌ってくれるはずです!私の声であんなに可愛いアニソンを歌ってくれたのですから!」
 「もう、アルったら私が知的で美しいとか……。ヒデ君、ハードル高くない?」
 まきなの悪ノリにヒデ、即答。
 「高すぎっ!」


 事の成り行きをよくわかってない者達は、明らかにドン引きしている。
 ハッカイが、ボソリと一言。
 「ヒデ、変な趣味持ってるな……」
 孝洋がため息をつく。
 「ヒデさん。ストレス発散の仕方は考えようよ……」
 威蔵ら残る面々は呆れて何も言えぬ、といった顔。
 ヒデは慌てる。
 「趣味じゃないしストレス発散でもない!そういう約束だったんです!」
 事情を説明すると、みんな一応納得してくれた。
 が、さらに困ったことが起きる。
 カーライルが
 「みんながリクエストするなら、オレの声でも一曲歌ってもらおっかな」
 『ヒデによるボイスチェンジライブ』を希望し始めてしまった。
 この中では間違いなく芸達者であろうマティウスも、
 「ヒデ。私の声コピーして私とカラオケ勝負しましょう。負けないわよ!」
 と、名乗りをあげる。
 ヒデは即座に断る。
 「嫌です!仮にやるとして、判定はどうするんです」
 審査員と鐘を用意するわけにもいかない。
 すると、エイルが高笑い。
 「おほほほ。でしたら私(わたくし)にお任せ。王国の文化研究所に、日本政府から寄付されたカラオケマシンあるから持ってきます。ついでに、私の声コピーして歌ってくださらない?」
 「あなたまで何言い出すんです!」
 「なんか面白くなってきたから、私とも勝負しましょう。あなたに私の気品が出せるかしら?」
 「出せませんよ!」
 なんてもの寄付してくれたんだ、日本政府!
 「そもそも僕は歌うとも勝負するとも、言ってない!」
 さらに巴まで
 「……わ、私歌が下手って統子たちに馬鹿にされてたから……私の声でも素敵に歌ってほしい……」
 終いには、控えめな礼仙兄妹まで目を輝かせ
 「ヒデさん。ぼくたちの声でもお願いします!」
 「お願いします!」
 と言い出した。
 ヒデはもう、エトフォルテに来て以来最大級に困り果ててしまい、絶叫。
 「勘弁して!みんな!自分で歌おうよ!」
 食堂の雰囲気は、一気に冷めた。
 リクエストした何人かは、かなり残念そうな顔をしている。
 苦笑して場を収めるドラクロー。
 「すまん。悪かった」
 「ドラさん。駄目、絶対を僕は信じたんですよ」
 「それでも、お前の芸達者な部分を、戦い以外の場所で楽しみたかったんだ……」
 みんなに悪気がなかったのは、ヒデにもわかる。
 そして、期待してくれたドラクローたちが心底ガッカリしているのも、うなだれた尻尾を見ればわかる。
 映画研究部だった頃の自分が、心の中で問いかけてくる。


 自分に期待してくれている人を、こんな顔にさせたままでいいのか!


 映画作りに関わった者として、元蕎麦屋にして元警備員として、ヒデはお客さんをガッカリさせてはいけない、という思いで仕事してきた。
 やっぱり、自分の周りにいる親しい人たちには笑顔でいてもらいたい。
 しばしの後、ヒデはため息をつき、困り果てた気持ちを体内から吐き出す。決心をみんなに告げた。
 「おひとり様一曲限定、でなら。女性の声をコピーして歌うのは、正直大変だし恥ずかしいから……」
 するとみんな、やったー!と歓声を上げて喜んだ。
 ドラクローが肩を叩く。
 「よし!ヒデ、男を見せたな!」
 ヒデは昔を思い出し、苦笑するしかない。
 「ドラさん、和彦みたいなこと言うなあ」
 「光栄だ。俺にも映画監督の才能あるかな」
 「どうでしょう。アクション俳優としての才能はあると思います」
 「ありがとう。しかしこれからお前、男を見せるどころか、女声を出して歌うわけだがな」
 「わざわざ言わないでくださいよ!」
 「ははは。俺の声で歌うプレゼント、期待してるぜ」
 「……頑張ります」
 まあ、軍師としての話術と演技を磨くため、と思うことにした。


 ヒデはふと、気になったことを口にする。
 「ドラさん。誕生日近いって言ったけど、今何歳?」
 「エトフォルテの年数計算で行くと、18だ」
 母星から飛び立った後の経過時間をエトフォルテ式で計測する機械がある。みんなの年齢や誕生日は、それをもとに計算している。
 ヒデから見るとドラクローは確かに”18歳”相当の見た目である。ヒデは24歳なので、ドラクローは年下になる。出会ったころにそんな会話もした。
 今更ながらよくよく考えてみると、エトフォルテの暦と地球の太陽暦では、年数計算は違うはず。当然、身体の成長速度も。
 ドラクローも気になったらしい。
 「今までせわしなかったから、考えてこなかったな。俺たち、地球時間で言うと何歳だ?」
 タイガがメモとペンを取り出す。
 「兄貴、ちょっと計算してみるよ。エトフォルテの一日は、そもそも地球の一日より結構長くて……」
 いろいろ呟きつつ、ペンを握る手はすらすらとメモに計算式を描き出す。
 モルルもメモとペンを取り出す。
 「私も気になるので、一緒に計算してみます」


 3分後。
 タイガとモルルがお互いのメモを見て、頷き合う。
 計算の結果を告げるタイガ。
 「難しい計算は省くけど、エトフォルテ歴の年齢に20歳足したものが、地球時間におけるオレたちの年齢だね」
 ヒデも含め全員、日本から仲間になった面々は、えーっ!?と声を上げてしまった。


 というわけで、エトフォルテの幹部たちの年齢を地球時間に換算すると、こうなる。


 ドラクロー(見た目18歳程度):38歳
 タイガ、ムーコ(見た目16,17歳程度):36歳
 ジャンヌ(見た目18歳程度):39歳
 カーライル(見た目14,15歳程度):34歳
 ハッカイ(見た目27歳程度):47歳
 モルル(見た目27歳程度):47歳
 リーゴ(見た目40歳代後半):65歳
 ハウナ(見た目40歳代後半):63歳


 孝洋がカーライルを見て、震える声で言う。
 「俺、カーライルって呼び捨てにしちゃってたんだけど……。年上、ですよね?」
 カーライルが答える。
 「あー。孝洋21歳だっけ。オレ34歳だと、マティウスと同い年か」
 ヒデは驚く。カーライルは自分より年上!
 頭を下げる孝洋。
 「大変失礼いたしましたっ!」
 マティウスは目を丸くして、
 「ワーオ……」
 絶妙な発音で驚きを示している。
 あはは、と笑うカーライル。
 「いいよ、別に。しっかし、マティウスと同い年とはなあ」
 ヒデは驚くしかない。全員、自分より年上だったとは……。
 地球時間に換算すると、母星が滅んでから宇宙を旅し始めて35年くらいになるという。
 ヒデはドラクローたちの生きてきた時に思いを馳せ、呟く。
 「僕たちより長い時間を生きて、宇宙のあちこちを旅して困難を乗り越えてきた。その時間が、ドラさんたちの強さなんですね」
 ドラクローが、照れくさそうに笑って言う。
 「先輩たちの積み重ねたものを大切にして、エトフォルテを守る。その一心でやってきただけさ。ヒデたちにもあるだろう、そういうの」
 「ええ。あります」
 「生きてきた時間の長さで強さが決まるんじゃない。大切なのは、きっと何を信じて、何をして生きるのか、さ。年齢のことは気にせず、お互い今まで通り話していこうぜ」
 と、ドラクローは締めくくる。
 やはりドラクローは、みんなにとって兄のような存在だ。


 その後、クリスティア人のエイルが教えてくれた。
 「私はクリスティア暦で27歳ですが、地球時間に換算すると30歳ですのよ」
 クリスティア暦の年齢に3歳足したものが、地球時間におけるクリスティア人の年齢に当たるという。
 「基本的な日時計測は地球式に切り替えましたが、年齢はクリスティア暦で計算しています。誕生日は大事ですから」
 ちなみに、クリスティア王国は10歳で大人扱い。飲酒可能な年齢でもあり、誕生日に初めて酒を飲むことが多い。総じてクリスティア人はアルコールに強い体質だそうで、10歳の誕生日の翌日、二日酔いになるクリスティア人はいないという。
 エイルの弟のライトが言う。
 「日本の飲酒は20歳からと聞いて、驚きました。お酒がとても美味しい国なのに、20歳になるまで飲めないなんて……」
 日本人は可哀想だなあ、という感じのライト。ぱっと見、中学生くらいの彼はクリスティア暦で15歳。すでに酒が飲める年だ。
 「魔王メノーを倒した直後に、文化交流事業のパーティで日本酒をいただきました。日本の偉い人たち、僕が飲むのを見て悲鳴上げてました」
 ファンタジーアニメに出て来そうな金髪の少年が美味しそうに日本酒を飲んでいるのを、想像するヒデ。
 「それは悲鳴を上げるでしょうね……。日本の子供がやったら補導されます」
 これを見て、驚かない日本人のほうが無理である。
 姉のエイルも酒を語り始める。
 「私は日本酒もいいけど、ワインが良かった。クリスティア王国のものに負けない美味さがありますわね」
 日本の酒を褒めてもらえると、料理人としては嬉しい限りだ。


 お互いの年齢や文化の違いに話が盛り上がる中、ムーコが照れているような、困っているような表情を浮かべている。
 どうしたのかヒデが尋ねると、こんな答えが返ってきた。
 「私、ヒデさんより年上だったんだな、って……。年上……」
 いろいろ思うところがあるらしい。
 みんなの様子を見ればこれまでと関係は大きく変わらないと思うけど、年上であることが気になって仕方ないらしい。
 そんなに気になるなら、と思い、ヒデはムーコに提案してみる。
 「これからは、お姉さまとお呼びしましょうか」
 途端に、顔が真っ赤になるムーコ。
 「え!?やだ、ヒデさん、そんな……。もぉー!」
 「むぅ、じゃないんですね。お姉さま」
 「だって、いきなりヒデさんが私のこと、お姉さまって二回も……!もぉ、おかしくて恥ずかしくて……!」
 二度もお姉さまと呼ばれたことに、おかしさと恥ずかしさが抑えきれないようだ。頬に手を当てて、何とも言えない表情を浮かべ困惑するムーコ。
 ヒデは謝った。
 「ごめんなさい。からかいすぎました」
 「いや、からかわれて嫌とか、思ってないよ。じゃなくて、なんかこう……。なんだろ……。ちょっと!ヌーちゃん、笑いすぎ!」
 よほどこのやりとりがツボにはまったらしく、ジャンヌがお腹を抱えて笑っている。
 「あはは。普段みんなの妹みたいな感じだから、ムーコ照れてる。可愛いじゃん」
 「巴ちゃんも笑いすぎ!」
 ジャンヌの隣で、巴もかなり笑っている。お互いに肩を叩いて、おかしくてたまらない、と言う感じだ。
 「ムーコお姉さま可愛い!ねー、巴!」
 「だよね、ジャンヌ!」
 「ちょっと、二人ともぉー!ドラくんたちも笑いすぎ!」
 ドラクローとタイガもかなり笑っている。
 ドラクローが提案する。
 「お返しだ。ムーコ。ヒデのこと弟みたいに扱ってやれ」
 「弟みたいに……って!?」
 「オレたちみたいに、ヒデって呼べばいいのさ。お姉さまらしく」
 「ターくん、そんなことできないよ!うぅ~……」
 笑われ過ぎたせいで言葉に詰まってしまい、とうとうムーコが怒ってしまう。
 「もぉ、ヒデさんのせいだからね!」
 白い小さな尻尾もまっすぐピーン!と立っている。完全に怒っている証だ。
 笑って済ませられるかと思い、『お姉さま』をやったのだが……。まずかった。
 ヒデは頭を下げる。
 「ごめんなさい」


 ヒデの謝罪に、頬を膨らませるムーコ。
 しばしの後。
 「でも、私は“お姉さま”だから許します。……ヒデ」
 ちょっといつもより気取った顔で、意味ありげにほほ笑んだ。
 ヒデはちょっとドキリとしつつ、再び頭を下げる。
 「あ、ありがたき幸せに存じます、ムーコお姉さま」
 おそるおそる頭を上げると、ムーコがくすくす笑っている。尻尾も楽し気に揺れている。
 「ヒデさん、丁寧すぎるってば」
 「ムーコさんもね」
 「やっぱり、いつもみたいに話そう」
 「そうしましょう」
 ふふふ、と静かに微笑み合った。
 
 
 苦労と不安はつきないが、仲間たちの表情は明るい。互いの距離感も、さらに縮まった。
 エトフォルテとクリスティア王国を守るための、新たな日々が始まる。


 

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