エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第105話 組織改革

 エトフォルテで、船体の修理が本格的に始まった。
 クリスティア王国から提供された『流星銀(りゅうせいぎん)』をはじめとした金属を用いて、技の部の主任リーゴが中心となって修理を進めていく。
 特に大掛かりとなる推進翼の修理は、外装となる金属板加工をクリスティア王国内で行い、魔術戦艦を使って海上運搬。エトフォルテで作られた部品と組み合わせ、丸々新品に取り換えることが、正式に決まった。部品には、ブロンが購入した大型のヒーロー武装や宇宙船(クリスティアでは使えもしないのに、ブロンは買ったのだ)などの部品も流用する。
 作業機械が目まぐるしく動き始めたある日。
 ヒデはドラクローと二人、会議室であることを話し合っていた。
 ドラクローはヒデに尋ねる。
 「十二兵団の今後も含めて、エトフォルテの組織の在り方を考えたい。ヒデ、どうしたらいいだろう?」


 エトフォルテは元々、十二の部族(鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪)の長老たちが指導者であり、その下に防衛部隊である十二兵団が存在する。
 だが地球に墜落後、長老たちはレギオン・シャンガインに敵意がないと伝えようとした時、全員殺害されてしまった。ドラクローたちの先輩にあたる、十二兵団の団長たちも。ゆえに、選抜試験に合格し第十団長の資格を得ていたドラクローが総団長として、今日までエトフォルテを指揮。日本のヒーローを退け、クリスティア王国での死闘を生き残った。
 「でも、これは急場しのぎ。今後、新たな団員を育てて、十二兵団を再編成しなきゃいけない。長老も団員も大勢亡くなった今、これまでと同じ組織にはできない。組織の在り方を、できるだけ早く考えたいんだ」
 ヒデも考えてみる。
 「組織を大きく変える。いうなれば組織改革をする時間があるのは、今しかないですね」
 SLNの報道でヒーロー庁と天下英雄党が世界からにらまれている今、彼らはエトフォルテに対し何もできない。組織改革をするには、今が最大のチャンスだ。
 だが、長い時間はかけられない。新たな組織体制がまとまらないうちに、ヒーローたちが攻めてきたら最悪だ。


 すでに軍師として活動するため、ヒデは十二兵団の内情等を熟知している。
 だからこそ、
 「襲ってくる敵にどう立ち向かうか?どう倒すか?」
 をドラクローたちと考え、実行してきた。
 が、
 「組織をどう変えていくか?」
 は、初めてである。
 これが町内会や商店街のイベント会議とかだったら、まだ自分にもやりようはある。
 だが十二兵団は軍事組織。町内会などと同じというわけにはいかない。何より、できるだけ短時間でやらなければならない。
 ヒデはもちろん、もともと戦闘専門である力の部団長であるドラクローも、大局を見据えた指導者の経験が、ない。
 なければ、どうするか?
 経験のある者の助力を乞い、学ぶしかない。できるだけ早く。
 ヒデはふと、あることを思い出す。
 「組織編成のアドバイスができる人に、協力してもらいましょう」
 「あてがあるのか、ヒデ」
 「一応は」


 翌日。
 ヒデは仮面の軍師として、ドラクローとともにクリスティア王国の試験農場を訪れた。
 ヒデが思い出したこと。それは農場のリーダーである女性・伊橋の言葉だ。


 『軍師くん。もしエトフォルテで困り事があったら、私にも相談してね。この試験農場には脱サラして農業始めた人も多いんだ。ビジネスとか法律に詳しい人もいるから。誰がどういう知識を持っているかは、リーダーの私が把握しているよ』


 ビジネスと組織は密接な関係にある。ならばこの農場に、組織編成などに詳しい人が一人はいるかもしれない。
 ヒデとドラクローは、試験農場本部にある応接室で伊橋と向き合う。
 そして、十二兵団の組織改革にアドバイスできそうな人がいるか?と相談した。
 すると伊橋、即答。
 「いるわよ。うってつけの人が」
 おお!と二人は声を上げる。
 ただし、と伊橋が声を潜める。
 「あなたたちが彼の素性を気にするかもしれない。あとでわかった後お互い嫌な思いをしたくないから、ここではっきり言っておく」
 ヒデは質問する。
 「どうして、私たちが素性を気にする、と?」
 「露口(つゆぐち)くんって言うんだけど、彼20年くらい前まで、高鞠総理の会社で働いていたのよ」
 ドラクローが驚きの声を上げる。
 「天下英雄党の、高鞠総理の仲間なのか!?」


 日本の総理にして、天下英雄党の党首である高鞠爽九郎。
 もともとはビジネス全般におけるアドバイザーで、20年以上前からヒーロー庁と天下英雄党創設に大きくかかわっている。ヒーロー庁の雄駆照全名誉長官とのつながりも深く、時に「名誉長官の舎弟」とも揶揄される存在だ。


 期待の露口が高鞠総理の会社出身と聞き、ヒデとドラクローは思わず身構えてしまう。
 こちらの警戒心を悟ったらしく、伊橋がゆっくりとたしなめる。
 「団長くん。軍師くん。まずは私の話を最後まで聞いて」
 ヒデとドラクローは咳払いし、伊橋に続きを促す。
 「露口くんが働いていたのは、天下英雄党が結成される直前まで。彼は組織構造学ってのを勉強して、高鞠さんの会社でビジネスアドバイザーを10年くらいやってた。いろいろあって……。うん、はっきり言いましょう。高鞠総理から嫌がらせを受けて、会社を辞めた」
 20年前、まだ高鞠総理は議員になっていない。それでも、ビジネスアドバイザーとして有名だったと、ヒデは反ヒーロー団体の冊子で読んだ。
 「嫌がらせ、ですか」
 「どんなものかは、私も詳しく教えてもらえなかった。相当ひどかったみたい。で、露口くんは実家の蕎麦農家を継いだ」
 「蕎麦農家なのか」
 ドラクローの問いに、伊橋は頷く。
 「軍師くん。ここの蕎麦持って帰ったでしょう。あの蕎麦作ったの、露口くん」
 今度はヒデが驚きの声を上げる。
 「あの蕎麦を作った人なんですね!美味しかったですよ!」
 「でしょ?蕎麦農家としても頑張り屋なのよ。で、組織のことね。この試験農場の組織編成をやったのは、露口くんなのよ。どこにどう人員を配置するか、いざというときにどう情報を伝達するか、ってのをわかりやすくまとめてくれたわけ」
 ドラクローが質問する。
 「今後の十二兵団のあり方についても、助言をもらいたいのだが」
 「農場も十二兵団も人の集まり、組織には変わりない。組織は人を束ねて育てるもの、でしょう?露口くんは組織の勉強をしてきたから、きっとできると思う。なんでも昔は、戦国武将の兵法も研究していたって。軍事的なものもいけるはず。まずは私から、エトフォルテの要望を伝えてみるわ」
 ただし、と伊橋が再度念を押す。
 「露口くん、高鞠総理のところで働いたことを気にしているから……。彼と話をするときは気を付けて。普段は真面目でおとなしい人だから」
 二人は頷く。ここまで話してくれた以上、伊橋の面子を潰す真似はしないつもりだ。
 伊橋は満足げにほほ笑む。
 「そうだ。エトフォルテに私から一つ相談してもいい?」


 2日後。
 ヒデとドラクローは再び試験農場に赴き、伊橋が推薦した元ビジネスアドバイザー・露口と応接室で対面する。
 「どうも、初めまして。露口です……」
 50過ぎの露口は、眼鏡をかけた細身の男だ。事前に伊橋からエトフォルテの要望を聞いているせいか、不安げにこちらを見つめている。
 「伊橋さんから、話は聞きました。エトフォルテの組織改革に、アドバイスをできないか、ということですが……。その、本当に、俺に頼むつもりですか」
 おそるおそる、ヒデとドラクローに問いかける。
 「俺が昔、高鞠さんの会社にいたことは知っているでしょう。あなたたちは高鞠さんを信用していない」
 露口はうつむいて、ぼそり。
 「まあ、あの人は信用に値する男ではないが……」
 口ぶりからするに、露口も高鞠総理を信用していないようだ。
 「……俺はそんな高鞠さんの近くで働いていた。俺を信用できますか?もし俺があなたたちの不利益になるような、そして高鞠さんの得になるような提案をしたら……どうします?」
 ドラクロー、きっぱり言う。
 「俺は総団長としてはっきり言っておく。必要なのはあなたの持つ、組織編成に必要な知識だ。高鞠総理の会社にいた過去じゃない」
 ドラクローもヒデも、露口が気にすると思い、彼の過去には一切言及しない、と事前に決めていた。
 なおかつ、組織改革の提案は精査し、さらに現場の団員たちの声を取り入れる。絶対に責任を、露口に丸投げするような真似はしない。限られた時間ではあるが、お互いにいい気持ちで組織を変えていけるよう、やっていくつもりだ。
 ヒデはその点を説明し、さらに言う。
 「伊橋さんはあなたを信頼して推薦してくれた。私たちは伊橋さんの人柄を信じている。当然、あなたの人柄も」
 「会って間もない俺の人柄、わかるんですか?高鞠さんに味方するような真似をするとは、思わないんですか?」
 「思わない」
 ヒデは、もっとも伝えたい大事なことを伝える。
 「あなたの育てた蕎麦は、本当に美味しかった」
 ああ、とドラクローも大きく頷く。
 「みんなでお代わりしすぎて、ケンカになるほどにな。これだけいいものを育てる人が、悪い人なわけがない。いいものは、いい人からしか作れないからな」
 「ケンカを?」
 目を丸くした露口の問いに、ドラクローは苦笑い。
 「みんないい年なのに、な。何より、蕎麦を食べたいと言って亡くなった、俺の先輩の墓前に蕎麦を供えられた。それは蕎麦を打ってくれた仲間と、蕎麦農家であるあなたのおかげなんだ」
 ドラクローが頭を下げる。
 「エトフォルテの組織改革に、力を貸してほしい。この通りだ」
 ヒデも頭を下げる。
 しばしの後。
 露口、破顔一笑。
 「まいったな……。そこまで言われちゃ、断れない。やってみます」


 ヒデは露口に、事前に作った
 『十二兵団は、これまでこうやって活動してきた』
 という日本語の資料を手渡した。
 資料を読み込んだ露口は、4日後にエトフォルテにやってきた。現時点での組織の在り方を、直接見るためだ。
 ドラクローとヒデとともに、露口は十二兵団の訓練や、情報伝達体制を3時間近くかけ視察する。
 視察を終え、会議室で3人は話し合う。露口は十二兵団の印象を、率直に語る。
 「十二兵団は軍事組織にして、エトフォルテという国家における若者の育成機関も兼ねている。厳格な掟の元、先輩が後輩を指導し、互いの知識と武技を磨き合う……。昔の日本、特に武家社会の体制に近いですね」
 ヒデも歴史小説などで、似たような体制を知識として知っている。国語教師だった祖母が
 「歴史の勉強にもなるから」
 と、いろいろ勧めてくれたのだ。
 「宇宙人だから、手と手を合わせてテレパシー、みたいなエキセントリックやっているのかと思ったけど……。日本にも通じる伝統的なことをしているなあ」
 ヒデはツッコミを入れる。
 「露口さん。エキセントリックは無いだろう」
 宇宙人だから、テレパシーで情報共有、能力継承、万事解決!みたいなコミュニケーションを想像していたらしい。たしかにそういうSF作品もあるが。
 「いや失礼、軍師さん。こういう心がけは大事です」
 ドラクローが半ば呆れた声を出す。
 「露口さんよ。大事も何も、これ当たり前じゃないのか?」
 露口が遠い目をし、寂しげに笑う。
 「団長さん。そうじゃない人もいるんですよ、今の日本には……。それはさておき。十二兵団の掟と今ある指導体制の基礎は、大きく変えるべきではないですね。組織、いや国家の柱も同然ですから。ただし、その柱を支えるために、新たな形の柱を立てなければならないと思います」


 地球に墜落直後の戦闘で、十二兵団は約300人の団員を失った。特に力の部の被害が大きい。だが人員は限られており、墜落前の状態に戻すことは不可能だ。
 各部族から団長を一名ずつ選出する、というのも、ベテラン団員が多数死傷した今となっては難しい。まだ経験が浅い新人を団長に選出しても、実戦で指示を出すどころか混乱するのが目に見えている。
 エトフォルテを支える軍事面の柱は、強く、明確な指示が出せる者を中心に編成しなければならない。そして、これからも成長していく必要がある。


 その後日を改めて、露口はエトフォルテの現状を数回視察した。現状をまとめたのち、今後の組織体制案をいくつかヒデたちに提案。
 露口の案をエトフォルテ語に翻訳し、タイガ、ムーコを始めエトフォルテの幹部たちにも見てもらう。
 さらに、威蔵たち日本からの協力者も交え、今後の組織体制をヒデたちは話し合った。
 幸い、幹部たちの中に露口を悪く言う者は、いなかった。
 むしろ露口の手腕を称賛する声が大きく、とくに情報管制担当のモルルは感心していた。
 「いっそ彼をエトフォルテにスカウトして働いてもらうというのは、どうでしょう?」
 気持ちはわかるが、ヒデは却下する。
 「露口さんには、組織改革に協力してもらう約束です。それにスカウトしたら、試験農場で蕎麦を作れる人がいなくなります」
 露口は蕎麦栽培の主担当でもあるのだ。
 ニヤニヤしながら、モルルにツッコミを入れるカーライル。
 「モルル、結構蕎麦おかわりするもんな。露口のオッサンが蕎麦づくりやめたら、真っ先に困っちゃうぜ」
 モルルの普段は理知的な顔が、みるみる恥ずかしさと怒りで真っ赤になる。
 「わ、私そんなにおかわりしてないから!」
 あはは、とヒデたちはみんなで笑い合った。
 ヒデは今、軍師の仕事の合間を縫い週一で
 「料理人ハルの日」
 と称し、蕎麦を中心に和食を十二兵団に振舞っている。ムーコを始め心の部の者にも指導し、みんな調理の補助もできるようになっていた。


 こうして、露口の協力を得て約一か月で、エトフォルテの新たな組織体制が出来上がった。
 細かな部分は今後も調整していくとして、基本はこうだ。
 まず、ドラクローがエトフォルテの最高決定権者でもある総団長を務める。ヒデは軍師として総団長の補佐に回る。
 戦闘を担当する力の部の団長としてハッカイ。
 機械及び情報技術担当の技の部の団長としてタイガ。
 医療及び生活面を担当する心の部の団長としてムーコがその責を担う。
 各部において目的に合った班を複数編成し、班長には、可能な限り経験を積んだ者を任命。それぞれの役割を全うする。日本人の仲間も、これまで所属していた部の班にそれぞれ編成された。
 これらの班が力・技・心の部の壁を越えて協力できるよう、オールマイティな能力を持つ団員をうまく配置し、連携できる仕組みを作った。ジャンヌのように、本来は心の部だが力の部に匹敵する戦闘力を持つ者が、それだ。
 ジャンヌは心の部の第一班を班長として率いるが、緊急時には力の部のフォローに回る。同様に、戦闘と技術、技術と医療を兼ねる才能を持つ者を選抜。互いをフォローしつつ、日々の訓練で能力を高めていく。
 さらに各部において能力や経験に長ける者を教官に任命し、若手団員を育てると同時に対ヒーロー戦略を練る。
 対ヒーロー戦略の教官として、神剣組の威蔵、武装デザイナーのマティウスが就任。ヒデも彼らの元で、さらに軍師としての知識と行動力を磨いていく。


 そして、今後の対ヒーロー戦略の最重要課題として、マティウスとエイルがエトフォルテ人の特殊能力『エトス』と、クリスティア王国の戦闘技術『魔術』を組み合わせた新武装の研究開発に着手する。
 エトスは、
 『己の魂の力を光に変え、肉体や武器を強化する』
 魔術は
 『大気中の元素を心の力でかき集め、水・炎・風・電撃・光線に変換する』
 精神力で戦う点と光線(光)に、マティウスたちは注目した。
 いうなれば、エトスは光の魔術の変形と言っていい。なので、魔術機構のノウハウを生かして研究すれば、新武装が作れるに違いない。
 この研究開発の助手として、なんと礼仙兄妹がエイルにスカウトされた。
 なんで二人を?とヒデが尋ねると、エイルはこう答えた。
 「魔術機構の作成には器用な手先が必要不可欠。箸をひたすら豆でつまめる二人の器用さと集中力は、確実に魔術機構師向き。今から学べば絶対将来に役に立ちますわ」


 スカウトされた兄妹はとても驚き困惑し、ヒデに相談に来た。
 「ヒデさん……。ぼくたち、魔術機構師のお手伝いなんて、できるんでしょうか……」
 おびえる兄・時雨の隣で、妹・翼はさらにおびえている。
 「え、エイル様、とっても厳しそうだし……」
 ヒデはエイルから演技指導を受けた時を思い出し、二人にこう言った。
 「厳しい人だけど、頑張る人を最後まで支える人でもあります。ブロンたちをだます作戦が成功したのは、エイルさんのおかげです。女王様たちも信頼している。だから、大丈夫」
 「箸で豆をつまむのと魔術機構つくるのは、ぜんぜん違うし……」
 翼の指摘に、ヒデは苦笑い。
 「その器用さを、エイルさんは見込んだんです。誰かに見込まれる、信じてもらえるというのは、とても幸せなこと。必ず、二人にとって前向きな原動力になりますよ」
 とはいえ、和彦に無許可で殺人犯にされたとき、ヒデは腹も立ったしとても困ったのだけど……。今軍師をやる上で、原動力になっているのは、間違いない。
 エイルは和彦に似てちょっと強引な部分もあるが、適当な仕事は絶対にしない。適当な仕事をしない、ということは、一緒に仕事する人を大事にする、ということだ。
 自分の思い出も踏まえて、ヒデは礼仙兄妹を説得する。
 最終的に兄妹は、
 「わかりました。やってみます!」
 「がんばります!」
 助手を引き受けた。二人には当面、エイルの弟ライトの元で魔力を使わなくてもできる工程を担当してもらう。


 エトフォルテの組織改革は、こうして形になった。


 

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