エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第109話 英雄たちの影~DJV警備保障とレギオン・チャンバライズ~

 『風海町元気祭り』から4日後。
 和彦は朝からガソリンスタンドの作業着に身を包み、バイトに精を出していた。
 猛暑は相変わらずで、復興作業にくる車両も引っ切り無し。
 給油に洗車、タイヤの空気圧チェックを行う合間に、エアコンの効いた休憩室でこまめに水分補給。1時間働いたら10分は水分補給も兼ねて休憩するよう、武藤店長に指示されていた。
 休憩室にはTVがある。海外ドラマの朝の再放送がひと段落したところで、サプリメントの通販CMが始まった。
 白衣の研究員たちを従え、サプリメントの瓶をもって効能を熱く語っているのは、なんとヒーロー。黄色と緑と赤のビタミンカラーが施されたスーツを身にまとい、腰には特徴的なベルト。仮面のヒーロー、マスカレイダーだ。


 『サプリメントで若々しく健やかな人生を手助けします。私、マスカレイダー・サプリが開発したサプリメントをよろしく! 目指せ、不老長寿!』


 マスカレイダーが仮面をとると、白い歯を見せて笑う健康的な男の素顔があらわになる。プロテインと筋トレが大好きです! と言わんばかりの、引き締まったたくましい顔つきだ。
 サプリメントや栄養ドリンク、医薬品の製造・研究会社である『サプリーヌ社』。マスカレイダー・サプリはそこに所属する、いわば企業専属のヒーローにして広告塔だ。変身するこの健康的な男は、須古谷健(すこや・たける)。彼自身もサプリメントの研究者である。世間に姿を現したのは、5年くらい前だろうか。
 和彦はサプリーヌ社を知っている。
 昔、蕎麦屋『どらさん』で出会った男子大学生がサプリメントの研究をしていて、
 「僕、サプリーヌ社の就職試験を受けるつもりだ。サプリメントで皆を幸せにしたい」
 と、楽しげかつ熱心に語っていたから。就職先の第一希望だったようだ。
 大学生の名前は、垣村保(かきむら・たもつ)という。知的で優しい顔立ちは、ヒデに勝るとも劣らない好青年であった。
 和彦はペットボトルの水を一口飲んで、呟く。
 「垣村さんが亡くなって、もう6年か……」


 6年前の夏。
 ヒデの祖母・千代がフェアリンと怪物の戦いに巻き込まれたとき、フェアリン・アップルが怪物を千代のいる方に投げた。千代を押しつぶした怪物は、さらに家一軒を潰した。中にいたのは 垣村の両親。
 家はフェアリンの不思議な力で復元した。中で押しつぶされた両親の身体も。
 垣村は事件の翌日、連絡のつかない両親の身を案じて東京から戻ってきた。そして、夏の暑さの中丸一日宅内で放置された家族の亡骸を見たのち、除草剤を飲んで病院に運ばれた。自殺を図ったのだ。
 その後垣村は東京の病院に転院し、行方は誰にもわからない。
 が、みんな
 「垣村さんは亡くなったに違いない」
 「家も解体されて土地も売りに出されちゃったから……」
 と口々に言っている。
 和彦も、垣村は亡くなったと思っている。家と土地を処分した垣村の親戚たちは、彼のその後を一切語らなかったから。
 垣村が生きていたら、サプリーヌ社に就職して今ごろマスカレイダー・サプリと仲良くサプリメント研究をしていただろう。このCMにも、出ていたかもしれない。
 CMでは、何度も不老長寿というフレーズが繰り返される。サプリーヌ社は近年マスカレイダー・サプリを広告塔にして、不老長寿を謳ったサプリメントを多数販売している。ヒーローのことは好きではないしサプリメントは飲まない和彦だが、垣村はサプリーヌ社を信用していた。だから和彦もサプリーヌ社にはそれなりに好感を持っているのだが……。あんまり不老長寿を強調していると、怪しい会社に見えてくる。
 まあ、不老不死よりはマシか、と和彦は思いなおす。不老不死を願った奴は、映画ではロクな目に合わない。簡単には死ねない醜い怪物になるのがお約束だ。


 昔を思い出しながらTVを眺めていると、10分はあっという間に過ぎていた。
 休憩を切り上げ、仕事を再開する和彦。
 汗をふきふき給油作業をしていると、正午を知らせるチャイムが鳴った。
 「店長。昼休憩に行ってきます」
 「いいよー。行っといで」
 和彦は武藤店長の許可をとると、ガソリンスタンドの近くにあるパン屋に向かう。
 パン屋には喫茶スペースがあり、買ったパンやケーキをその場で食べられる。和彦は焼きそばパンとピーナッツサンドを購入し、喫茶スペースでアイスコーヒーを頼んだ。


 昼時の喫茶スペースは満員だ。運ばれてきたアイスコーヒーを一口飲んでいたら、店員にこう言われた。
 「お客様。相席でもよろしいでしょうか」
 やってきた客は、トレーにピザパンとモンブラン、紅茶のカップを載せた、60過ぎの眼鏡をかけた白髪の男性だ。この男性の顔を、和彦は知っている。
 「石井校長! お久しぶりです。全然相席オッケーっすよ」
 和彦たちが通っていた、風海町立中学校の校長である。モデルガン騒動が起きた時、休日返上で現場に駆け付け警察と対応したのもこの人だ。
 石井は和彦の向かいの席に腰掛け、苦笑い。
 「おいおいおい。八十島君。私はもう校長ではないのだよ」


 石井は和彦たちが卒業した後も風海中で4年間校長を務め、定年退職。その後自宅で書道教室を開いた。もともと国語教師なのだ。
 しかし、和彦の中で彼は特別な存在である。和彦は頭を下げる。
 「俺の中では永遠に校長です。いろいろ迷惑もかけましたし……」
 違いないなあ、と紅茶を一口飲んで、石井校長が真顔で“迷惑”を振り返る。
 「はっきり言って、君は風海町立中学校始まって以来最強の破天荒児だよ。映画撮影でモデルガンを撃ちまくって、パトカーを出動させたのは後にも先にも君だけだ。あの後、県の教育委員会に行くたびに私は『モデルガン校長』と呼ばれた」
 しかも、と石井校長が眉をひそめる。
 「みんな大好き千代先生の孫、真稔君を殺人犯にしたんだからねえ……」
 ヒデの祖母である真稔千代の職業は、国語教師。石井校長をはじめ、当時の風海町にいた学校関係者の大半は“千代先生”の教え子だ、と和彦は後で聞かされた。
 「石井校長、あの時は本当にすみません」
 石井校長がこうむった数々の迷惑を思えば、モデルガン騒動は決して武勇伝にしてはいけない。
 しかし、と表情を切り替え、石井校長が明るく言う。
 「君のおかげで風海町立中学校は、中高生の映画製作に置いて最先端を行くようになった。君の卒業後、映画研究部は映画コンテストで何度も入賞。君が在学中に残した、演技や撮影のイロハをまとめたマニュアルは他校でもお手本になった。とくに、殺陣で怪我人を出さないようにした配慮が素晴らしい」
 和彦は昔を思い出し、はにかむ。
 「師匠の、貴翠山先生の教えを守っただけです」
 「貴翠山先生は、本当に良い師匠だったねえ」


 和彦は師匠から、
 「殺陣を撮影するとき、本当に人を殴ったり、斬ったりしたらアウトだぞ」
 と言われた。
 師匠の教えだけでなく撮影の専門書なども読み込み、殺陣すなわちアクションシ―ンを安全に撮る様心掛けた。町の格闘技道場に、寸止めアクションを演者全員で習いにも行った。
 師匠から和彦は、実際に撮影現場で起きた事故について何度も聞かされてきた。
 日本では、こんな事例もある。
 少し武術をかじった経験のある映画監督(アクションの撮影経験ゼロ)が、
 「迫力のあるアクションシーンを撮るには、危険な動きをするのが一番!」
 と思い込み、危険な演技指導を繰り返して怪我人続出。死人こそ出なかったが、しまいには裁判沙汰で映画企画がまるまる潰れた……とも。
 これはまだいい方で、海外では無知ゆえの危険なアクション撮影が死人を出した例もある。
 自分が卒業した後でも、後輩たちには安全に映画を撮ってもらいたい。そして、二度とモデルガン騒動などは起こしてほしくない。
 和彦は卒業前に、安全に映画を撮影するためのイロハをまとめてマニュアルにした。殺陣だけでなく、撮影時に近所や警察、消防署などに周知や許可をとる際の注意点なども、全部。
 最終的に電子化し、
 「必要なら他の学校にも配ってください」
 と石井校長に扱いを任せた。
 マニュアルが無事引き継がれ、後輩や全国の学生の映画撮影の一助になっていると思うと、和彦は嬉しい。師匠もきっと、喜んでいるだろう。


 ピザパンをほおばりながら、石井校長がにこにこと昔を振り返る。
 「君ほどの破天荒児は出なかったが、映画撮影を機に新たな才能を見出した生徒も少なくない。脚本を書いた望月君は埼玉に移住して劇団を作ったよ」
 「あいつの話はとにかく笑えた。トミーが悔しがってました」
 和彦に、こんな脚本どうですか? と売り込んできた望月は、コメディを得意としていた。高校でも和彦に脚本を提供し、卒業後埼玉の大学に進学。演劇の魅力に目覚め、そのまま埼玉に移住して劇団を作ってしまった。すでに結婚して子供もいる。
 「小道具作りを手伝った渡辺君は、木工所に就職」
 「先輩の木刀、今でも俺の家にありますよ」
 木を削ってなんでも作るよ! と、小道具作りを申し出た1年上の先輩・渡辺は、元木工職人の祖父から教わった技術で、アクションのための木刀や槍を沢山作った。和彦は卒業祝いに、渡辺から手づくりの木刀をプレゼントされた。今は風海町にある木工所で、テーブルから木刀まで何でも作っている。
 「演者志望から衣装担当になった秋山さんは、今は人形用衣装作家だ」
 演者志望の秋山。彼女の映画参加理由を思い出し、和彦は口に含んでいた焼きそばパンを吹き出しかける。
 「ああ~。あの『素敵な真稔先輩に殺されたいです』って言ってた、一年生の秋山ちゃん」
 秋山のやる気は人一倍あった。けど、かわいそうだが演者の才能がなかった。
 手芸が得意ということで衣装担当に回り、のちに和彦と同じ高校に進学した後も、映画の衣装作りを手伝いながら本格的に手芸を学び始めた。今は人形向けの衣装を作ってネットで販売している。


 石井校長は、風海町元気祭りは楽しかった、と言う。
 「孫と一緒に楽しんだよ。君がスタッフとして働いているのも見た。本当にお疲れ様」
 「うちの店長やトミーたちのおかげです。俺も、昔に戻れたようで楽しかった」
 「昔、か……」
 石井校長が遠い目をする。
 「君たちのいた3年間は、私の教師人生でもっとも刺激的だった。お世話になった千代先生の孫に、役者の才能があるとは思わなかった。学校は映画作りの最先端を行って……」
 千代先生のことを思い出すうちに、寂しくなったのだろう。石井校長が鼻をすする。
 「八十島君。真稔君のことは……その……聞いているかい」
 「聞いてます。ハミングバードの焼け跡から、遺体は見つからなかった、と」
 「6年前の事件で千代先生が亡くなり、真稔君もヒーローに……。本当に、許せないよ。二人が何をしたって言うんだ」
 石井校長の中では、ヒデはハミングバードで亡くなったも同然らしい。無理もない。
 他の客もいる店内で、エトフォルテの話はできない。和彦はつとめて冷静に言う。
 「生きていると、俺は信じてます。ヒーローの都合に振り回されたまま、あいつは終わる男じゃありません」
 「だといいが……。真稔君は優しくていい子だった。『どらさん』に私も時々食べに行ってたからね。本当にいろんなことがあって……」


 しばらく黙って、二人でパンを食べた。客は少しずつ退出していき、喫茶スペースは和彦と石井校長だけになった。
 やがて、石井校長が和彦に尋ねる。
 「八十島君。きみ、このまま風海町でおとなしくするつもりはないだろう?なにせ破天荒児だからねえ」
 「そりゃあもう。この先、ヒーローをめぐってやばいことが起きそうですから。映画監督志望として、この先起きることを見届けて、映画のネタにします」
 「つまり、ヒーローがらみの出来事を取材するわけか」
 「そんなところです」
 「やるな、と言ってもやるんだろうねえ」
 「やります」
 まだどうやってやるかは決めていないが、やると決めたらやる。
 石井校長はこの回答を予想していたようだ。表情を引き締め、声を潜めて言う。
 「役に立つかどうかわからないが、ヒーローがらみの情報を最近耳にした。信じるかどうかは君次第。どうする?」
 「教えてください」
 「真稔君が勤めていた、DJV警備保障の風海町支店。ハミングバード炎上直後に、閉店したのは知っているかい?」
 「ええ。炎上の責任を取ってと聞いています」


 ヒデが勤めていたDJV警備保障風海町支店は、炎上事件を防げなかったこと、警察や消防に通報できなかった責任を取り、炎上事件直後に閉店した。
 よく考えると、変な話である。
 通報できなかったのはあの日の電波障害のせいであり、勤めていた警備員や支店の責任ではないのでは……と和彦は思う。広域電波障害と、人間よりはるかに強い強盗ヒーローが相手では、“不可抗力”という理由だって成り立つ。閉店しなくても良かったんじゃないか。 


 とりあえず、和彦は黙って石井校長の話を聞くことにした。
 「勤めていた警備員は、ほかの警備会社に移籍した。つい最近、そのうちの一人と書道つながりで友達になってね。DJV警備保障についてこんな話を教えてくれたんだ」
 DJV警備保障の本社は東京にある。本社は経営状況があまりよくなかったが、レギオン・チャンバライズと提携してから状況が改善した、という。
 和彦の身が強張る。
 「レギオン・チャンバライズ……」
 自分と両親、そして師匠の人生に大きくかかわったヒーローだ。
 石井校長は、和彦の因縁を知らない。話を続ける。
 「群馬を拠点にしている、複数人で戦うヒーロー戦闘部隊の元祖だ。TV局のS-GOOKとも仲がいい。近年、いろんな会社と提携して事業拡大しているよ」
 「DJV警備保障と提携していたとは、知りませんでした」
 DJV警備保障風海町支店自体は昔からあり、ハミングバードを始め近隣の街の施設警備や交通整理を請け負っていた。和彦もヒデも、子供のころからこの会社のロゴ入り制服を着た警備員を見ている。
 「提携したのは君が留学した後だ。さて、炎上の半年くらい前。東京本社から風海町支店に来た警備員が二人いた」
 二人の名前は、60代の杉尾(すぎお)と40代の矢部(やべ)という。
 「杉尾は飲んだくれ。矢部はゲームし放題でロクに仕事をしなかった、というんだ」
 「誰もクビにしなかったんですか?」
 「東京本社の社長が好き放題させていたらしい。そしてこの二人、あの炎上事件が起きた日に、真稔くんと一緒に仕事していた。そしてマスカレイダーに殺された」
 ヒデはそんな不真面目極まりないやつらと仕事をしていたのか。
 それと炎上事件がどうつながるのか?
 石井校長はさらに語る。
 「支店の人たちはみんなうわさしてる。強盗ヒーローがネットで裏金のうわさ信じて、千葉の小さな町のショッピングセンターにわざわざ来るなんて、変だ。DJV警備保障の東京本社から来たあの二人が何かやらかして、やつらを呼び寄せたんじゃないか? 東京本社も実はグルなんじゃないか? だから、炎上事件の後すぐ支店を閉めたのでは? これが、ハミングバードに勤めていた友達の情報」
 「……ちょっと、ちょっと。発想が飛躍してないっすか?」
 和彦が戸惑いつつ指摘すると、石井校長はため息をつく。
 「私もそう思う。だが、クリスティア王国で起きたユメカムコーポレーションの悪事を思い出してごらん。ヒーロー支援企業が、日本のそばの異世界であれだけ大暴れしたんだ。ヒーローの威光を振りかざして、やばいことをする企業がユメカム一社だけのはずがない」
 ユメカムの一件以来、日本国内ではヒーロー支援企業に対する不信感が増大している。
 「なにより、警備会社が酒浸り、ゲーム三昧の社員をほったらかすなんてありえないだろう?」
 「確かに。不真面目警備員のこと、警察は知っているんですか?」
 石井校長、またまたため息。
 「支店の人たちは警察の事情聴取で言った。だが、その後新聞や週刊誌には一切載らなかった」
 和彦も、ため息の理由がわかる。
 炎上事件と同じ日にエトフォルテが日本近海にやってきて、立て続けにヒーローを殺した。そのエトフォルテが2週間近く、風海町の沖にいた。
 しかも風海町に上陸したのでは!? といううわさもある。こんな状況では、炎上事件よりエトフォルテを誰もが注目する。死んだ不真面目警備員の素行など些末な問題だ。自分がマスコミなら、同じように取り扱うだろう


 石井校長の話は続く。
 「とにかく、友達の話を聞いてから、私も個人的に調べたんだ。DJVとチャンバライズを。子供たちが変なビジネスに引っかかたりすると、嫌だから……」
 定年退職した後、石井校長は地域の防犯協会の役員をしている。
 ヒーローと悪の組織があふれかえる日本では、こうした防犯協会(教育関係者や元警察官などが加入する)は子供たちが悪の組織の誘いに乗ったりしない様、啓発活動を定期的に行う。和彦も小学生のころ、防犯協会の啓発映像を観た。超常的違法薬物、略して超薬を飲むと悲惨な目にあうぞ! という、ホラー映画顔負けのすさまじい内容だった
 最近ではユメカムコーポレーションの例もあるから、各地の防犯協会は悪堕ちヒーローや支援企業にも気をつけろ! と呼びかけているようだ。
 「で、今度はチャンバライズの怪しい話をしよう。チャンバライズはDJVをはじめとした提携企業を集めて、定期的に会合、いや、パーティを開催している。完全に非公開で、一体何をやっているのか誰にもわからない」
 パーティ開催、と聞いて、嫌なことを思い出す和彦。
 「例の武神殿(ぶしんでん)で?」


 武神殿。
 昨年の夏、チャンバライズの本拠地『武神殿』が増築され、新たなロボや武装のお披露目会を開いた。雄駆照全名誉長官が高鞠爽九郎総理らを連れ武神殿へ視察旅行に行っている間に、台風が千葉南部から東京に直撃。日本政府は台風対策を指示できず、大勢の市民が迷惑した。
 そして風海町にやってきた役人は、国に住民の苦情を伝えたのち、死んでしまった。国に始末されたのでは? とうわさする人も絶えない。


 首を横に振る石井校長。
 「いや。武神殿とは別の場所らしい。怪しいのはここから。パーティに参加して、帰ってこない人が複数いる」
 和彦は息を飲む。
 「チャンバライズに問い合わせても、知らぬ存ぜぬで泣き寝入りせざるを得ない。群馬県ではチャンバライズが独裁者のごとく振舞うせいで、地元警察の捜査がまともに機能しない。ヒーロー庁に聞いてもヒーローの守秘義務で、とまともに答えてもらえないそうだ」
 「校長はどうしてそれを知っているんです」
 「防犯協会の活動で知り合った、東京の弁護士から聞いた。パーティの内容自体はあいまいだ。が、戻ってこない人がいる。警察が機能しない。問い合わせても知らぬ存ぜぬ、は本当だ」
 その弁護士がチャンバライズやヒーロー庁に問い合わせたわけでは、ない。
 が、すでに東京の弁護士界隈では周知の事実だという。東京には多くの大企業が集まり、法律専門家である弁護士は企業と密接な関係にある。だから情報が出回っているのだ。
 石井校長が、和彦にぐっと顔を近づける。
 「八十島君。怪しいと思わないか? DJV警備保障とレギオン・チャンバライズ」


 怪しいと思えば、何もかも怪しい。
 しかも相手は、自分と因縁深いレギオン・チャンバライズ。
 だが映画だと、ここですべてを信じて熱くなるのは、過ちの始まりと相場が決まっている。
 石井校長の情報への礼と、自分を冷静にするために、和彦はこう言った。
 「確かに怪しいと思います。今後、自分でも調べてみます」
 和彦の回答に、石井校長は満足げに頷く。
 「君さえよければ、私の集めた資料をあとで渡そう。くれぐれも、情報の取り扱いには気を付けて。そして自分の身を大事にしろよ、破天荒児」
 二人は食事を終え、パン屋を後にした。


 この日の夜。
 和彦がバイトを終え帰宅すると、母が届け物よ、と封筒を持ってきた。
 「石井先生が和彦に、と」
 中身はDJV警備保障とチャンバライズの情報だ。インターネットで入手できるものから、おそらくは校長の知人の弁護士が手に入れたであろう資料まで、A4サイズのものだけでも30枚近くある。
 和彦は自室で資料を読んでみる。
 一通り目を通し、二時間後。
 「……とんでもねえな」
 ため息とともに、呟いた。


 読めば読むほど、チャンバライズのやりたい放題ぶりと、提携企業の横暴ぶりがよくわかる。
 DJV警備保障も例外ではない。よその支店でも、警備員の質が悪いとか、市民に迷惑かけて謝りもしないとか、クレームのオンパレード。
 よく炎上せず、企業としてやっていけるものだ。呆れを通り越して感心さえしてしまう。
 気になるのは、ここまでやりたい放題なチャンバライズを、ヒーロー庁が罰を与えず放置していることだ。ユメカムコーポレーションの一件があるのだから、提携企業ごとチャンバライズに罰を与えてもおかしくないのだが、その気配はない。
 とにかく気になることだらけ。
 「やっぱり、東京に行くしかないか」
 いずれヒーローどもがエトフォルテとクリスティア王国に、事を起こすのは目に見えている。それは、間違いなく東京で起きると、和彦は確信している。


 だが、和彦は東京に当てがない。
 八十島家は『ハニーレモン事件』のせいで、東京にいた知人(ほとんどがS-GOOKの関係者)と縁を切らざるを得なかった。親戚もいない。
 これが映画の主人公なら、危険を承知で孤独でも飛び込んでいくんだろうが……。
 勇気と無謀をはき違えた登場人物が、無様に死ぬのも映画ではお約束。頼れる人間がいない状態で、単身東京に行きヒーローを取材するのは無謀だ。無様に終わるのが目に見えている。
 さすがにこの前知り合ったばかりのシャノンを頼るのも、無理がある。
 彼女はヒーローや天下英雄党に肩入れしているようには見えないが、ヒデやエトフォルテのことを話したらどういう態度をとるか、わからない。何より、映画を愛する新たな友達を巻き込むのは忍びない。
 和彦は悩む。
 いっそヒデがエトフォルテから自分を迎えに来てくれないかな、と想像し、これもやめた。
 焦っても仕方ない。
 まずはバイトを続けつつ、東京で活動する手段を考えなければ……。



 

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