エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第108話 英雄たちの影~自粛ムードに風穴を~

 ヒデたちが組織改革を経て、クリスティア王国で食事会を開いたのと同じころ。
 和彦は風海町で、イベントの手伝いをしていた。


 和彦は故郷に戻るとすぐに、昔アルバイトをしていたガソリンスタンドに行った。地元にいる間は何かしら仕事をしようと決めていたし、ちょうど求人広告も出ていたからだ。
 ガソリンスタンドの店長は、武藤(むとう)という陽気な中年男性。和彦がバイトをしたい、と相談したら
 「八十島君、人手足りなかったから助かるよ! 明日から早速入ってくれー!」
 二つ返事で採用してくれた。
 昨年の台風の爪痕がまだ残る風海町では、復興支援工事で引っ切り無しにトラックや作業車両がやってくる。ガソリンスタンドはどこも大忙しだ。
 店の機械は昔と変わっていたが、基本の仕事は変わっていない。
 給油に洗車、タイヤの空気圧チェック。
 帰国してから約一か月、ほぼ毎日和彦はガソリンスタンドで汗を流していた。


 その間、和彦は武藤店長からこんな相談を受けていた。
 「エトフォルテ騒動で観光客も来ないし、日本政府が変な対応しているもんだから、他所に旅行するのもみんなためらってる。子供たちも元気がない。そこで、だ。町のみんなのために、祭りをやろうと思ってる」
 武藤店長は地元の祭礼委員会の役員だ。台風で地元の山車や神輿が壊れたうえに、自粛ムードが漂っていてとにかく町に元気がない。
 自粛ムードは風海町に限った話ではなく、日本各地で漂っている。


 「国を守るヒーローがエトフォルテに負け、支援企業が大失態。日本国民一丸となって国難に立ち向かわねばならないときに、楽しんではならぬ!」
 「とくに、日曜日にはしゃぐものなどけしからん! 許さん!」


 ……と、雄駆照全名誉長官や高鞠爽九郎総理が公言したわけではないが、連日報道されるヒーロー庁と天下英雄党のニュースは、エトフォルテを不安視、敵視するものばかり。SLNの特別報道以前に比べれば減ったが、それでも多い。
 これに便乗して、一部のヒーロー支持者たちが国民の一致団結をネット上で呼びかけ、
 「のんきに遊んでいる場合じゃない!」
 と、祭りや観光イベントの批判を始めた。とうとう、日本各地でいくつかの祭りが自粛する事態が発生している。


 こんな状況を、武藤店長は嘆いている。
 「地元民を元気にして英気を養い、国難に立ち向かう、って名目なら、政府も支持者も文句を言うまい。開催日は土曜日にした。こんな名目立てなきゃイベントができないのも変な話だが、みんなで楽しむ場がなければ町がどんどん暗くなる。エトフォルテにだって勝てるもんか」
 エトフォルテの名を出してからしばしの後、皮肉たっぷりに笑う武藤店長。
 「はっきり言って、今の政府にはエトフォルテにぶん殴られたほうがいいお馬鹿様しかいないけどね。あんな記者会見、幼稚園児だって呆れてる。政府のほうがおかしいよ」
 和彦も皮肉たっぷりに笑う。ヒデたちの味方がいるのは、やはり嬉しい。
 「オフレコにしておきますよ、店長」
 「とにかく、自粛ムードに風穴を開けたい。八十島君、手伝ってくれないか?」
 武藤店長を始め、祭礼委員会が町役場にも相談して、すでに後援を取り付けた。1ヶ月後の開催を見込んでいるという。
 祭りの会場は風海町の中央公民館。公民館前の広場で屋台やキッチンカーを集め、公民館内のホールで地元バンドや風海町立中学校吹奏楽部の演奏会などをやるのだ。ホールには大型モニターもある。
 「君の友達の芸人トミー・フロンティア。もうすでに話をつけてあって、ゲスト出演してくれるんだ。ホールの大型モニターにゲーム機をつなげて、みんなと超贅沢なレトロゲーム対決! なんてのも」
 武藤店長のアイデアにポンと手を打つ和彦。
 「いいっすね! ゲームネタが得意なトミーにぴったりですよ」
 そんなこんなで、和彦は祭りのスタッフとして武藤店長を手伝い始めた。
 準備が進むにつれ、町のあちこちにポスターやのぼり旗が立ち始める。自粛ムードに覆われていた町は、少しずつ明るくなり始めた。
 そして、開催10日前。
 トミーから和彦のスマホに、こんなメッセージが届いた。


 同じ事務所の人が一人、風海町元気まつりに興味を持った。
 俺と仲良くてステージ経験のある面白い人だから、特別ゲストとしてステージ枠もらえる?
 絶対盛り上がる人だから、俺もステージに立たせたい。主催者の許可を取れるなら、事務所としては参加OKだ。


 出演料は無しで良い。どんな人なのかは、
 「直前までのお楽しみ」
 とのこと。祭りの前日に来るという。
 武藤店長に話すと、
 「トミー・フロンティアが言うなら間違いないだろう。いいよー!」
 陽気に即決。ステージイベントのトップバッターはトミーで、ゲーム漫談とレトロゲーム対決で1時間。この一部をシークレットゲストに当てることで、決定した。
 特別ゲストは前日と本番を含め二泊三日、風海町に滞在する。同じく祭礼を手伝うオタキの釣り船民宿が、部屋を提供することも決まった。
 祭りの告知ホームページに、早速
 『パラディソ芸能から、シークレットゲスト参戦!』
 の文字が躍った。
 パラディソ芸能とは、トミーが所属する芸能事務所だ。本社が大阪で、東京にも支社がある。
 トミーはゲーム好きで、芸人仲間を誘ってゲームで遊ぶことが多い。まだTVデビューして日は浅いが、交友関係は広い。
 「ゲームを一緒に遊べば、たいていの人とは仲良しになれる!」
 が、彼の持論だ。和彦も高校卒業までは、一緒にゲームを遊んだものだ。
 「あいつ、ゲームつながりで仲良くなった人を連れてくるんだろうな」
 和彦はオタキとイッチ(町役場の職員も、手伝いとして参加する)を食事に誘い、町のトンカツ屋で夕食を食べながら語り合う。トミーがどんな芸人を連れてくるのか、パラディソ芸能のホームページをスマホで見ながら。
 オタキがスマホを操作し、歌手のページを指差す。
 「ゲーム好きなピン芸人かな。いや、歌手を連れてくるかもよ。パラディソ芸能は歌手や俳優も所属してるし」
 イッチはわくわくしている。
 「女優さんを連れてきたりして」
 イッチはパラディソ芸能所属の女優のファンだ。
 和彦とオタキは同時にツッコむ。
 「絶対にないな」
 トミーが女性を連れてくる姿が想像できない。彼のイベントやゲームの動画配信に女性がゲストで出たこともないからだ。


 そして、まつり前日の金曜日の昼。
 和彦はオタキとイッチとともに、イベント会場となる公民館にやってきたトミーとシークレットゲストを出迎えた。
 和彦たちはシークレットゲストを見て、驚いた。
 ゲストは黒髪の女性だ。年は自分たちと同世代だろう。トミーはてっきり男性芸人を連れてくると思っていたから、3人でえーっ!? と悲鳴同然の声を上げてしまう。
 女性の前髪の一部は長く、右目が隠れている。白と黒のモノトーンでまとめた服はどことなくミステリアスなイメージを醸し出している。芸能人というよりは占い師または霊媒師あるいはイタコ、そういうスピリチュアルな職業です、と言わんばかりのルックスである。
 トミーが3人の驚きに、ニヤリと笑う。
 「予想通りの反応だ。お前ら、俺が女性を連れてくるとは思ってなかっただろ。紹介しよう。シャノンだ」
 イッチがわあっ、とはしゃぐ。
 「ささやき朗読芸人のシャノンさんだあ!」
 合成音声のごとき静かな声で、ささやくように物語を読み上げる。
 それゆえに、彼女はこう呼ばれるのだ。ささやき朗読芸人シャノン、と。
 シャノンが顔をしかめる。
 「ステージで朗読することもあるから、誤解されやすいんだけど……。私、本業は声優。ささやき朗読芸人じゃない」
 静かな声音だが。明らかに怒っている。イッチが謝る。
 「あ。すみません」


 和彦は、声優としてのシャノンを知っている。
 彼女は主に海外の映画やドラマに、吹き替え声優として参加している。映画監督志望として、和彦は原語版と日本語吹き替え版を両方見る。吹き替えには吹き替えの“味”があるからだ。
 不思議な少女や無機質な機械生命体の声を当てたら、近年の声優で彼女の右に出る者はいないだろう。トミーはとんでもない人を連れてきたものだ。
 シャノンは咳払いし、自己紹介する。
 「はじめまして。シャノンです。明日のイベント、よろしくお願いします」
 映画などで聞く声と、ほとんど変わらない。静かな立ち居振る舞いや声音は、演技用ではなく地であるらしい。
 トミーが解説する。
 「シャノンはうちの事務所の東京支店所属でね。去年関西のイベントで知り合って仲良くなった」
 オタキが質問する。
 「トミーとはどういう仲なんですか?」
 和彦は内心ツッコむ。初対面でなんて質問してんだよ。俺も気になるけど。
 淡々と答えるシャノン。
 「事務所の同僚で趣味の合う友達。トミーのゲームネタ面白いし、私もゲーム好きだから」
 シャノンの回答に他意は感じられない。トミーも特にツッコミを入れない。
 ま、そういうものだろう。
 ちなみに、本名は本信詩弥音(もとのぶ・しゃのん)。芸名は本名でもある。年は和彦たちと同じ24歳。ただし、声優としての活動歴は16歳から。昨年TVデビューしたトミーより、はるかに芸歴は長い。カートを用いる有名レーシングゲームの対戦企画でトミーと知り合い、以来ネット対戦で時々遊んでいた、という。
 「トミーからあなたたちの話は聞いてる。映画作りで一緒だった、と。蚊人間の映画を撮ったんでしょう? 雑誌で寸評を読んだ」
 和彦は驚く。
 「わざわざ雑誌を読んでくれたんですか?」
 「気楽に話してくれていい。私の実家、東京で書店を経営している。古今東西の本や雑誌が保管してある。トミーの話を聞いて、当時の雑誌を読み返した。私も、あなたたちの狂気の一作を見てみたい」
 シャノンの言葉に、映画監督志望として和彦は心から感動した。
 「ぜひ! 家から映像持ってくるんで、見てください!」
 シャノン、苦笑い。
 「気楽に話していいってば」


 この日は翌日のステージ本番に備え、トミーとシャノン、地元バンドらが念入りにリハーサルを行う。和彦らは祭りのスタッフとして、せわしなく動いた。
 リハーサルは3時間以上に及んだ。
 リハーサル後、和彦たちはシャノンをオタキの家族が経営する釣り船民宿に案内した。
 風海町で60年近く経営してきた、昭和の香りが色濃く残る小さな民宿だ。年季の入った看板には『釣り船民宿いわた』とある。もともとは岩田という人が経営していて、オタキこと大滝一家は釣りの常連客だった。
 和彦はオタキから以前こんな話を聞いている。


 『父さん、勤めていた会社をリストラされちゃった。そしたら民宿をやっていたおじいさんが、うちを継いでみないかって』


 オタキの父は釣り好きで、魚料理が得意。母はビジネスホテルでの勤務経験があり、宿泊業のイロハを知っていた。岩田とも仲良しで、風海町には毎月1回は家族で来ていたから土地勘もある。
 これなら何とかなるだろう、というわけで、大滝家は風海町に移住。岩田から釣り船と民宿を引き継いだのだ。岩田はすでに亡くなっているが、昔からの常連客と岩田への敬意もあり、宿の名前はそのままである。


 自粛ムードの余波は民宿にも押し寄せており、客はシャノン一人だけ。
 久々の客で、しかも娘と同年代で声優さんが来た! と、大滝家の人々は大いに盛り上がる。
 オタキの父母と姉はニコニコしながら、
 「食堂のTV大きいから、ぜひ使って! 映画でも何でも見てちょうだい!」
 「いいタチウオ釣れたからフライにしたの。食べて食べて!」
 「シャノンさん。ビールの飲み放題もつけますか?」
 熱烈に歓迎してきた。
 飲み放題と聞いて酒好きのトミーは両手を挙げて喜んだが、当のシャノンは、
 「本番前日はのどの調子が狂うので、お酒は遠慮します」
 と、丁重に断った。
 さすが声優。和彦は感心した。
 酒は翌日の打ち上げまで取っておくことにして、まずはタチウオのフライで夕食。
 夕食後、和彦は昔撮影した『ビッグモスキート~やるカやられるカ~』のDVDを食堂のプレーヤーにセットし上映。オタキ、イッチ、トミー、シャノンと、一緒に観た。
 われながら蚊人間に血まみれで立ち向かう、主人公の狂気を演出できたと思っている。改めて観ると、ヒデの演技は本当に主演男優賞ものだ。
 90分たっぷりの上映が終わった後、シャノンは一言。
 「本当に、狂気……」
 監督にとって、最高の誉め言葉だ。和彦はシャノンに問う。
 「少々刺激が強すぎたかな?」
 シャノンが首を横に振る。
 「物語の世界に人を引き込む、強い力を感じるよ……。主演の男の子は、とくに強い」
 「ああ。ヒデは俺たちにとって最高の主演男優賞さ」
 シャノンの続く一言は、和彦たちをギョッ! とさせた。
 「一時TVで流れてたエトフォルテの映像。あれの軍師ヒデと、ちょっと声が似てるかも」
 ギョッ! としたのは一瞬。和彦は表情を取り繕い、言った。
 「わかるか! 名前も声も俺たちの友達と似てるから、困ってるんだよ。ヒデ自身は心優しい蕎麦屋さんだからさあ……」
 うんうんうん。トミーとイッチ、オタキが頷く。
 シャノンは和彦たちの反応に少しだけ首を傾げた後、頭を下げる。
 「変なこと言って、ごめん」
 和彦は苦笑する。
 「他人の声に敏感なのは、良い声優の証拠だよ」


 翌日。
 良く晴れた夏空の下、花火が鳴り響く。風海町元気祭りは午前10時からスタートした。
 中央公民館前の広場では屋台やキッチンカーが並ぶ。浴衣や甚平に身を包んだ地元の人たちが、楽し気に語り合いながら行き交っている。
 和彦、オタキ、イッチは、午前中会場の警備や駐車場での交通整理を担当した。暑さは厳しいが、お客の笑顔を見ているとこちらも元気になる。
 外での仕事がひと段落して、迎えた午後。
 3人は公民館ホールでのイベント補助に回った。和彦はステージの照明補佐。オタキは警備。イッチは動画撮影だ。
 ありがたいことに、パラディソ芸能が
 「今回のトミーとシャノンのステージイベントの動画は、町の広報に使っていい」
 と許可をくれた。公開前にパラディソ芸能がチェックをするという条件付きだが、自由に使わせてくれるとのこと。祭りの実行委員会も町役場の人たちも、そして和彦たちも喜んだ。

 
 そして始まったステージイベント。
 トップバッターは、シャノンの朗読劇。昨日のリハーサルで決まった。
 「ささやき朗読劇が一番最初で大丈夫か?」
 昨日、和彦はリハーサルの前にシャノンのいないところでトミーに尋ねた。
 トミーが自信たっぷりに笑う。
 「大丈夫。彼女は経験もレパートリーも豊富だから」
 女性司会の紹介でステージに姿を現したシャノンは、ゴシック調の服に身を包み、髪に白いエクステをつけている。彼女のステージ衣装は昨日以上にミステリアスかつスピリチュアルで、右目が髪で隠れている様がさらにミステリアスな雰囲気を強くした。
 朗読ではなく、ステージ上で予言の儀式でも始めるのか……。
 観客たちは、きっとそう思っているに違いない。会場の老若男女がミステリアスな雰囲気に息を飲む。


 この服装と、昨日のリハーサルで聞いた演目が合わさるとどうなるのか?


 椅子に腰かけたシャノンは、手にした本をめくり、淡々と朗読を始める。
 「創作童話。おじいさんとおばあさん」
 読み上げるのは、オリジナルの童話だ。淡々とした静かな声が、マイクによってホール内に響く。
 「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。二人はごく普通に出会い、ごく普通に結婚して夫婦になりました。ただ、普通でなかったのは……」
 何が普通でないんだ?
 観客全員が首をかしげる。
 一呼吸間をおいて、シャノンが言う。
 「おばあさんは魔女だったのです」
 ぶほっ、と会場の誰かが盛大にせき込んだ。
 「そして、おじいさんは殺し屋だったのです」
 会場の子供たちから盛大にツッコミが入る。
 「全然普通に出会って結婚する要素が見えないよおー!?」
 が、動じることなくシャノンは物語を読み進めていく。
 それから約15分。
 魔女のおばあさんと殺し屋のおじいさんが繰り広げる奇想天外な物語が、淡々と静かに語られていく。
 名作映画やドラマ、日本のバトル漫画のパロディがふんだんにちりばめられ、ツッコミどころは多いが、
 「いったいこの先どうなるんだ!?」
 と気にせずにはいられない物語である。
 これがシャノンの起伏の少ない静かな声で読み上げられると、奇妙な面白さが生まれるのだ。
 昨日リハーサルで同じ話を聞いた和彦も、いつしか固唾を飲んで物語の行方を見届けていた。
 やがてシャノンが
 「……めでたし、めでたし」
 静かに本を閉じると、会場は盛大な拍手に包まれた。
 和彦はトミーに言う。
 「シャノン、すげーな」
 トミーがにやり、と笑う。
 「だろ?」
 「あの話、自分で考えているのか?」
 「ご家族がネタ作りに協力してる。実家が東京の書店って言っただろ。お父さんとお兄さんが店をやってる」
 ちなみに、母親は市民ランナーにして、美容と健康のアドバイザーとして働いている。ランナーとしての能力は高く、本も出版している、とのこと。
 「ライラ、ってペンネームで活動してる。聞いたことない?」
 和彦は記憶をたどってみる。
 「朝刊の下に載ってる広告で見たな。ライラの健康ランニング、だっけ」
 「そう、それ」
 和彦は舌を巻く。
 「本の一族、だな」
 「ああ。そのうちシャノンも本を出すだろう」
 

 さらにこの後。
 トミーのゲーム漫談。トミーとシャノンによるゲーム対決。会場にいる子供たちから3人選び、大型モニターを使ったレトロゲーム対決が行われた。
 どれも子供たちに大人気で、会場の笑いと興奮は和彦たちスタッフをさらに笑顔にした。
 笑いと興奮が収まらぬまま、吹奏楽部や地元バンドの演奏なども大盛況。町民会館前の広場も、日が暮れるまで大勢の人でごった返す。
 風海町元気祭りは、盛大のうちに幕を閉じた。


 祭りの後片付けを済ませ、和彦は武藤店長らと別れた。時刻は夜9時半を過ぎていた。
 和彦は釣り船民宿いわたへ、足を向ける。
 民宿の門をくぐり食堂の中に入ると、トミー、オタキ、イッチ、そしてシャノンがいる。
 5人でささやかな打ち上げをするのだ。ビールジョッキ片手に乾杯を済ませ、和彦は言った。
 「トミー。シャノン。今日は本当にお疲れ様。二人のおかげで盛り上がったよ」
 シャノンがはにかむ。
 「私も、町の人たちから元気をもらった。またここに、遊びに来るよ」
 相変らず静かな声音だが、目元と口元に喜びが浮かんでいる。前向きで明るい気持ちが感じられた。
 トミーが早々にジョッキを空っぽにして、胸を張る。
 「今回はスケジュールの都合で俺たち二人だったけど、これだけ盛り上がったんだ。次にやるときは早めに相談をしてくれるといい。もっと仲間を連れてこれるかも」
 町の明るい未来に、みんなの顔も明るくなる。
 シャノンが言う。
 「そうだ。みんな映画好きでしょう? 改めて、映画の話をしたい」
 イッチが賛成する。
 「シャノンさんは映画の吹き替えをしてるよね。吹き替えの現場事情とか聞きたいなあ」
 「もちろん」
 和彦も尋ねてみる。
 「書店出身で本好きなら、映画のノベライズや小説原作の映画について話したいね」
 シャノンが意味深長に笑う。
 「映画のノベライズ。ふふふ。うちにが、レアな映画のノベライズもあるよ。あとコミカライズも」
 それはとてもいいことだ。和彦は身を乗り出す。
 「よーし! とことん映画について語りあかそう!」
 映画の話となれば、世界が終わるまで楽しい話をできる自信が和彦にはある。
 さすがに夜遅いうえに、明日の朝帰るシャノンとトミーを泥酔させるわけにはいかない。限られた時間ではあったが、5人は映画の話を酒のつまみにしてトコトン盛り上がった。


 吹き替えの現場では、表に出てこないこんな苦労や楽しみがある。
 映画のノベライズには独特の味があってたまらない。
 あの名作映画にはトンデモなコミカライズがあったのを知っているか?


 ……などなど、声優にして書店の娘であるシャノンは淡々と、かつ熱っぽく語り続ける。
 いつの間にか、話の主導権は和彦からシャノンに移ってしまった。
 が、面白かったので和彦は気にしない。こんなお願いをしてみた。
 「シャノン。ノベライズの話、面白いからネタ帳にメモっていい? いつか映画のネタにしたい」
 「どうぞ。私のネタはひとネタ5万円」
 「おい、金取るのか?」
 「冗談。では素敵な出会いと友情を祝して、半額以下の2万円でご提供」
 「やっぱとるんじゃねーか!」
 「嘘。ただでいいよ」
 あっはっは! とみんなで笑い、映画談議は楽しく過ぎていく。
 ヒデと一緒にいた、中学の映画研究部での時間に戻れたようだった。



 

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