都会の大型モニターで、家庭のTVで、インターネットで、そのCM映像は毎日高らかに流れている。
日本の政治をつかさどる与党、天下英雄党の党首にして首相『高鞠 爽九郎(たかまり そうくろう)』がさわやかな笑顔を浮かべ、自身の党とヒーローをたたえるCMだ。
『今この国に必要なのは、英断です。英雄の決断です。
決められない政治は結構です。
色と金、失言にまみれた政治家はいりません。
英雄。そう、ヒーローのような志を持って、さわやかで強くたくましい日本を作る。
私達天下英雄党はヒーローとともに、国民のために働きます』
そのCMの直後には、色とりどりのヒーローがポーズを決めるヒーロー庁のCMが必ずセットで放送される。
『ヒーローが日本を元気にします。
ヒーローがこの国の日曜日を守ります。
だから安心して日曜日もお出かけください。
健やかなヒーロー活動支援のために、成人の皆様におかれましてはヒーロー税の期限内の納付にご協力ください』
今、日本はヒーローの国。
日曜日になると怪物がどこかで暴れまわり、ヒーローが出撃する国。
ヒーローを支える政党が与党として君臨し、ヒーローによる公的機関と育成機関まである国。
国民がヒーローのために税金を払う国。
ヒーローを国が支える事例は他の国でもあるけれど、日本ほど強固に結びついた国はないと言われている。
数年前にこんな状況をTVニュースでぼやいた、80代の老コメディアンの男がいた。
『これじゃあヒーローが日本を支えているのか、日本がヒーローを支えているのか。どっちかわからんわ』
彼に対し、30代のしゅっとした顔つきのアナウンサーが誇らしげに答える。
『日本とヒーローはもはや運命共同体です。日本はもうヒーロー無しでは生きられない国なんですよ。だから大切にしなくては』
老コメディアンは、ほおお、とわざとらしく驚いてみせた。
『じゃあヒーローが負けるようなことがあったら、この国終わりやね』
『とんでもない!!ヒーローが負けるなんて、ありえませんよ。だって今まで負けてないんだから』
顔を真っ赤にして言い返すアナウンサーに、老コメディアンは笑って言った。
『どんなに強いスポーツチームだって完全無敵、無敗はないんよ。天下英雄党とヒーロー庁はヒーローを力いっぱい誇るのもいいけど、万が一の対策をしておいた方がいいんじゃないの。でないと最悪の状況が起きたら、立て直せんよ』
『あなたのいう最悪の状況とは!?』
『悪の組織がヒーロー全員始末しちゃうような状況ってこと。もう20年近く戦地の映像を面白おかしく流してるけど、あれ結局は殺し合いやろ?怪物が毎回死んでるけど、逆が絶対ないとなぜ言い切れるん?現にマスカレイダー。時々何人か死んどるし』
『そんなことはないっ!!ヒーローが負ける姿なんて想像できないし想像もしたくない!!最終的に勝ってるんだからいいでしょう!!』
『おや?君ぃ、いい年したアナウンサーなのにもしものこと考えたことないんか?』
『考える必要がないからですよッ!!ヒーローは不滅です!!毎年新しいヒーローが生まれるこの国の輝かしい歴史を思い返しなさい!!』
馬鹿だねえ、と言い、老コメディアンは皮肉たっぷりな表情で笑った。
『それはつまり、悪の組織が毎年生まれる闇の歴史でもあるよねえ。最終的に勝っても、下手すりゃ1年もしないうちに残党がひょっこり現れて、また人が死んどるやないの』
『しかしわれらは生きている!!未来を生きる者がいればわれらの勝利です!!』
『言葉が命のアナウンサーである君ぃ。言葉の意味わかってんの?そう笑顔で口にできる根拠がわからんよ。
ついでに言うがね、毎年残党がやばいグッズをネットで売ってること。やばいグッズでやばい目にあう人が大勢いること。ジジイのおれでも知っとるんよ。よその局のニュースでもしょっちゅう報道しとるやない。これで勝った、素晴らしい、未来があると胸を張るのはいかがなものか。
君ぃ、この状況にほんとに何も思わんの?こんなことは想像もできんの?ぷんぷん怒っておれに言い返しとるアナウンサーの君ぃ。想像力とカルシウムが足りなすぎやん』
ほかのゲストがオロオロする中、さらに顔を真っ赤にしたアナウンサーの荒々しい鼻息と怒鳴り声が公共の電波にこだました。
『頑張るヒーローを侮辱して!!老害だ!!あなたTVに出られなくなりますよ!!!』
『このトゲだらけのアドバイスを侮辱と受け取るなら、どうぞ。老害と受け取ってもかまわんよ。おれはどうせ後先ない老人。あとは天下英雄党とヒーロー庁の問題やからね。
最後に言わせてもらうとやね。いつでも勝つ気でいることと、負けを全く想定しないことはイコールではないんよ。まあ君はもう聞く耳を持たんから、これ以上は言っても無駄。ヒーローの皆様方。ヒーロー庁と天下英雄党のお偉いさん方。ちょっとは現実を見つつ頑張りんさい』
ヒーローへの意見を自分への侮辱とも受け取ったのだろう。アナウンサーはさらに怒気をたぎらせ、鼻息荒く視聴者に向かって叫んだ。
『皆さん!!こんな老害みたいになったら人生お終いですよ!!この国のヒーローは絶対に負けない!!皆さんも信じてくださいッ!!皆さんが信じればヒーローは絶対に負けないからッ!!信じてッ!!信じなければ救われないッ!!!どうなっても知りませんからねッ!!!』
アナウンサーの横で、さらに皮肉がしたたらんばかりに嫌らしく笑った老コメディアンの行方は、TVニュース放送以来わからない。
そして現在。シャンガイン出撃から約2時間後。
日本のインターネット上では妨害電波の影響が消え、シャンガイン全員死亡の速報が流れた。
途端に、老コメディアンとアナウンサーが言い争ったニュース映像がネットのあちこちで無断転載され、無数のコメントが飛び交っている。
『ヒーロー負けた。てか皆殺し。日本大丈夫なの?』
『大丈夫でしょ。悪の組織が勝って終わったためしはない』
『レギオンが皆殺しにされたためしもないけど』
『マスカレイダーはたまに死ぬよね』
『それな』
『フェアリンはめちゃくちゃ防御堅いうえに永遠の若さ。変身するとどんなに年取ってても自動的に若返るらしい』
『もう全部フェアリンに任せちゃえば。あいつらの血が流れる姿も死ぬ姿も想像できない』
『それな』
『どうせ一般国民には関係ない。また新しいヒーローがエトなんとかと戦うでしょ』
『毎年最低1人はヒーローが生まれる国だから大丈夫』
『その時は悪の組織も新たに生まれている罠』
『それ言っちゃダメ!!TVに出られなくなりますよ!!』
『オレ芸能人じゃねーし』
『シャンガインって天下英雄学院のヒーローだろ。あいつらのスーツも武器もロボも、みんなうちらの税金でできてるよね。税金でできたヒーローを殺す宇宙の獣人って何なの?』
『とりあえず日本の敵ってことで。あと、軍師ヒデも』
『どう聞いても日本人にしか聞こえん名前』
『それな』
『声はいい感じ。もうちょい洒落た名前を名乗ればいいのにね』
『おや?今のコメントは軍師ヒデを擁護するコメントかい?TVに出られなくなりますよ!!』
『別にTVに出られなくても困らない説。芸能界クビになったら自分で動画配信すればいい』
『あのアナウンサー怖いうえに鼻息やばすぎ。ガチでゲストを老害呼ばわりする人、初めて見た』
『どんなに相手がムカついても老害呼ばわりはいただけない』
『最初に相手を馬鹿にしたのはあのじいさん。老害呼ばわりは当然』
『じいさんの言うこともある意味では正しい。カルシウム不足で怒りっぽくなる、は都市伝説』
『あんまりヒーロー庁やヒーローに否定的なこと言ってると、思想的に問題ありで特別刑務所が強制的に捕まえに来るらしいよ』
『うそでしょ』
『近所の小さい映画館で革命家の映画流してたら、反抗的な思想ありで支配人のオッチャン連れてかれたっぽい』
『じゃあ世界史の授業とかどうなるんだ?世界の革命について勉強したらアウト?』
『革命以前にオッチャンに問題があったんじゃないの』
『特別刑務所ならまだいいほうで、下手するとヒーロー庁のエージェントが事故に見せかけて反抗的な人間を殺すらしい』
『ヒーローにケチつけた人が不審死したうわさはよく聞く。あの番組で老害呼ばわりされたジジイ、芸能事務所でも行方が分からず蒸発したって』
『やだ。ホントに強制連行?それとも闇に葬った?うちらそんな組織に税金払ってるの?シャレになんないよ。払いたくないよヒーロー税』
『おやおや?新たに反抗的な態度。TVに出られなくなりますよ!!』
『この国で長生きしたかったら、ヒーロー庁と天下英雄党に逆らわないこと。ヒーロー税を期限内に納めること。いやでもヒーローを応援すること』
『こうなったら静々と黙って生きるべし。国家とヒーローに逆らったらおしまい』
『おやおやおや?国家とヒーロー達を独裁者扱いかい?TVに出られなくなりますよ!!』
『しつこいよそのネタ!!』
『それな』
『それもな!!!』