エトフォルテがシャンガインに勝利してから、4日が経過した。厳戒態勢を維持しているが、幸いにしてエトフォルテに新たなヒーローの襲撃はない。
ヒデは今日の対策会議の前に、シャンガインとの戦いの負傷者を見舞うために十二兵団の医療棟を訪れていた。
医療棟は、日本の病院に似たアルコール消毒液の匂いがした。心の部の団員の指示で手を消毒し中に入り、負傷者の病室を訪ねていく。みんな命に別状はなく、そう遠くないうちに十二兵団の仕事に戻れるとのことだった。
最後にジャンヌの病室に入ると、彼女は明るく笑ってヒデを迎えてくれた。
ジャンヌはシンプルなワンピース型の入院着を着て、ベッドの上で横になっていた。シャンピンクのビームリボンで斬られた尻尾には包帯が巻かれている。
「今日は包帯が取れる日なんだ。もうすぐムーコたちが来るから、見ていきなよ」
話しているそばから、ムーコとまきな、アルがやってきた。
ムーコがジャンヌの尻尾にまかれた包帯を取り去る。斬られた後は、全く残っていなかった。
「どう?あとが残ってないなんてすごいでしょ」
ジャンヌが自慢げに笑う。すごいですね、とヒデは率直に返した。医療知識の全くないヒデでも、エトフォルテの医療が優れているのがわかる。この前話していた『再生医術は充実している』というのは、間違いないようだ。
そんなヒデの内心を読み取ったのか、ジャンヌがいたずらっぽく笑った。
「エトフォルテの医術がどれだけすごいか、尻尾触って確かめてみる?」
ここが病室であることを忘れて、思わず大声を出してしまった。
「いけませんよ!!女性の体に触るなんて…」
漢字で尻尾と書くくらいだから、地球人の感覚からすると“お尻”に触るようなものだ。ましてやジャンヌは女性である。
さすがに冗談だと思い触らずにいたら、
「軽く触るなら気にしないよ。軍師として、医術のレベルを知っておく必要があるでしょ。ほら」
ジャンヌは『早く手をつないでよ』くらいの気楽な感じで、尻尾をちょいちょいと動かしている。
「ええ~…」
ヒデは反応に困ってしまった。助けを求めてムーコを見ると、
「ええ~、って、ヒデさん。知っておかないと軍師として困るんじゃない?」
ムーコも特に反対していない。ますます困ってしまった。
ジャンヌとムーコの言うことは理屈としては正しいが、本当に触っていいのだろうか。身体感覚が日本人とエトフォルテ人で違うのは当然で、部族によって尻尾は第三の手足みたいなものだ、とヒデは事前に聞いていた。ジャンヌにしてみればヒデに手を握らせるくらいの感覚なのかもしれない。だがヒデはやましい気持ちで困ってしまう。
祖母が生きていたら、
『駄目よ秀春!!相手がいいと言ったからって!!』
とここで一喝するに違いない。ヒデの祖母は慎み深く、男女の付き合いというものにとても気をつかう人であった。
しかし今後エトフォルテ人の手当を自分もする可能性を思うと、触らずにいるのも失礼な気がしてきた。気まずさのあまりヒデはまきなを見る。まきなはこほん、と咳払い。
「私が傷の部分を示すから、ちょこっと触るだけにしてね」
ジャンヌに頭を下げ合掌してから、おそるおそる尻尾に触れてみる。斬られた傷が本当にあったのか、と疑うほど、蛇族特有の鱗の触り心地は温かくなめらかだ。こういう治療をするときは、傷口を縫合するはず。縫合した後が全く感じられない。
「縫合したあとが全くない」
思ったことを口にすると、まきなが教えてくれた。
「縫合はしていない。患部を洗ってから軟膏を塗る。皮膚形成機で作った鱗を貼り付けて、薬液をしみこませた包帯を巻きつけて固定。3日もすれば傷口が埋まって、鱗がきれいに定着する」
各部族の皮膚に応じた、治療用の皮膚を作り出す機械があるという。蛇族の場合は当然鱗だ。こういう時に備えて、エトフォルテ人は自身の体毛や鱗を適度に保管しておく決まりがあると、ムーコとジャンヌは教えてくれた。
「私たちの尻尾、鳥族の翼は部族の誇りだから。誇りを守るために再生医術が発達したの」
「この再生医術の応用で、火傷の治療なんかも発達している。博士の義肢開発と合わせたら、結構いけそうじゃん?」
ジャンヌに促されたまきなは満足そうに頷く。
「そうね。もう少し余裕ができたら、その辺りの研究も進めてみたいわ」
ムーコとアルも盛り上がる。
「ぜひぜひ!!私も研究したい。きっとみんなの力になるよ」
「その時はぜひ私もサポートに」
この会話に、ちょっと気になる部分をヒデは感じた。
「義肢開発?博士はロボットの研究者では?」
「ああ。面接試験では言わなかったね。もともと私が人型ロボットを作るきっかけは、義手や義足を作るためだったの。人体に優しくフィットする義手や義足を作る。そのために医学も学んでアメリカ留学もした。その研究過程で人型ロボットに関わって、あとは面接で言ったとおり」
博士はすごいでしょう、とばかりに、まきなのそばでアルが胸を張っている。
ヒデはもうひとつ気になったことを質問した。
「この再生医術に使う薬剤などは大丈夫ですか?」
「シャンガインにやられたけど、今後の分は育てて作り直すことができるよ。薬草の成長も早いから大丈夫」
ムーコの回答にヒデは安堵する。
それからまきなの昔話も交えて雑談をかわすうちに、ジャンヌがこう言った。
「エトフォルテで他人に尻尾や翼を触らせるのは、仲間としての信頼の証ってこと。信頼関係がないのに翼や尻尾を勝手に触るのは駄目だからね、ヒデ」
尻尾や翼が部族の誇りともなればなおさらだ。この辺りは動物人間好きのマティウスと孝洋もすでに承知していた。
あの二人は少し前、動物人間の話で盛り上がったときに
「孝洋。いつか自分たちがあの尻尾や翼に触れる日が来たときは、神仏に手を合わせるがごとき気持ちをもたねば駄目よ!!」
「神仏はおおげさだよ、マティウス。まあ『あにまるの街』でも、尻尾はアイデンティともいえる存在だったからな。触るなら相手へのリスペクトをもって!!嫌がることはしない!!うん、これだ!!」
と、憧れのこもった眼差しで語り合っていた。
だから自分もジャンヌの尻尾に触る前に思わず合掌したんだな、とヒデは今更ながら考える。
なんにせよ仲間になった日本人に、尻尾と翼を触りまくる節操無しがいなくてよかった。礼仙兄妹は控えめな性格だし、威蔵は尻尾や翼をエトフォルテ特有の『武器』として評価し、ドラクローと尻尾を用いた戦い方について語り合っていた。
まきなは医者だから、必要な時以外尻尾や翼を触りはしないだろう。アルもむやみやたらに触りはしまい。
そう思っていたら、アルがこんなことを言い出した。
「尻尾や翼を触るのは信頼の証……」
妙にアルの目が輝いている気がする。
何を言い出すのかと思ったら、
「同志ジャンヌ。同志ムーコ。私にも信頼の証を!!
美しい友情に続き信頼の証をもらえたら、私の出力リミットは間違いなく四段階上がるはずです!!」
アルの突拍子もないお願いに、ヒデの言葉遣いはおかしくなった。
「な、なにを言うですかあなたは!?」
美しい友情とはなんだ?アルはお構いなしに続ける。
「先日私は美しい友情の証明として、二人にほ」
すると顔を真っ赤にしたジャンヌとムーコが、会話に割り込む
「ひ、ヒデさんはこれ以上聞いちゃダメ~!!」
「そう!!ここから先は男が聞いていい話じゃないから!!」
ムーコとジャンヌの恥ずかしさ全開の表情から、出ていくべきなのは明らかだった。まきなも言った。
「ヒデ君。そろそろ軍師の仕事に戻ったほうが」
まきなの気まずげな表情から『これ以上は聞かないで』というメッセージを察したヒデ。静かに医務室を退出する。
扉を閉めた病室の向こうで、アルたちの話し声がする。静音効果のある扉だからはっきりとは聞こえないが、アルは二人との『美しい友情の証明』をほかの人にも伝えらしい、というのはわかった。
とても気になるが、これ以上関係ない男が首を突っ込むべきではない。ヒデはそう思い、軍師の仕事に戻ることにした。
会議室におもむくと、船体修理中のリーゴと子供の面倒を見ているハウナ以外のエトフォルテ幹部、そして礼仙兄妹を除く日本人の仲間が集まっていた。
対策会議の最初の議題は、エトフォルテのこれからである。まずは、ハッカイの現状報告だ。
「シャンガインに勝ったことで、みんなの士気が上がってる。修理が終わったら陸地に近づいて、ヒーロー庁を叩きのめしてしまえ、なんて団員もいるぜ。どう思うよ、日本人」
士気が上がるのはいいことだ、と同意するヒデ。
とはいえ、陸地への進軍は無理がある。エトフォルテに主砲と言う強力な武器があるとはいえ、ヒーロー庁に登録しているヒーローは何十チームもある。当然、レギオンの巨大ロボも。ヒーローたちが大挙して迫ってきたら、仮に対空砲台などを完全修理したとしても絶対に勝てない。
その辺りはドラクローも理解しているらしい。ヒデが絶対に勝てないことを説明した後、ドラクローは真剣な表情で言った。
「ヒーロー庁がなぜ俺たちへの討伐指示をシャンガインに出したのか。俺たちを最初に襲った衛星兵器は何なのか。それは必ず突き止める。特に衛星兵器のことは絶対にやっておかないと。推進翼を修理した後で、宇宙に上がったときにまた撃墜されかねない。
ヒーロー庁は許せない。襲ってくるなら戦う。だけど俺たちが全員死んだらエトフォルテはお終いだ。
ハッカイ先輩、俺は進軍を認められない。修理が完全に終わって衛星兵器の問題が解決したら、すぐにこの星を発つべきだと思う」
ハッカイはしばしの間の後、言った
「やっぱそうなるか。正直俺はヒーロー庁をぶっ飛ばしたいが、俺一人でやる戦いじゃねーからな。
俺たちみんなで安全に新天地探しを続けられるのが一番。それが果たせるなら、ヒーロー庁と正面から戦うことも無い。今さらだが、進軍したら関係ない日本人を巻き込みかねんし。
ドラクローと日本人の言うことが正しいな。こちらから攻め込むことを提案している団員には、俺からもきちんと言ってやめさせる」
「ありがとう、ハッカイ先輩」
ハッカイに頭を下げるドラクロー。ヒデはほっとした。
会議の場を仕切り直し、ドラクローはタイガに聞いた。
「タイガ。エトフォルテの修理状況は?」
「光学防壁(シドル)は9割程度展開できるようになった。重力制御装置(グラビート)もあと少しってところかな。主任たちのおかげで、応急修理も来週の月曜日には終わりそうだ。戦術の幅が広がるぜ」
重力制御装置を完全に修理できれば、エトフォルテ船体周囲の空間の重力を制御できるという。制御範囲を指定してから重力を操作するので速効性には欠けるが、確実に戦術の幅が広がる。
「ただ、最初の会議でも言ったけど、推進翼と対空砲台は現状の資材では完全修理できない。応急修理後にできるのは海上航行だけ。浮上は無理だよ。どこかで推進翼と砲台を作るための金属を大量に確保しないと」
タイガが暗い顔をして、現状報告を終える。ドラクローはヒデに向き直った。
「日本国内で修理はもう絶対にできない。となると、ヒデが最初に言っていたアメリカか」
「確実ではありませんが…。日本以上に宇宙人との付き合いがあると聞いています。そして宇宙開発の最先端の国です。衛星兵器のことが分かるかも」
それともう一つ。さっきの話の中でまきなが希望になる話をしていた。
「博士は昔アメリカに留学していた時、社会的に地位の高い人たちと知り合いになったそうです。そういう人たちに話を聞いてもらえれば、チャンスはあります」
「確実でないのがつらいなあ」
カーライルがぼやく。ヒデも正直辛いところだ。
ドラクローが仕切り直す。
「やれることを精一杯やろう。俺たちが日本侵略なんて考えてないと伝えて、資材を分けてもらう。できれば衛星兵器のことも調べてもらおう」
こうして、次の行先はアメリカへと決まった。
今後の行先が決まると、モルルが新たな問題を指摘した。
「日本を離れる前にどうにかすべきかと…。シャンガインの遺体、どうしましょう」
光学防壁(シドル)で消滅したシャンイエロー以外の7人(この前殺害した6人と、墜落した日の襲撃で殺害した初代シャンシルバーを含む)の遺体は、清めて棺桶に入れてある。とはいえ絶対にエトフォルテを襲った連中をこの船に埋葬したくないというのが、エトフォルテ人全員の意見だった。
だから、できる限り早く遺体問題もケリをつけなければならない、
「ジャークチェインで運搬業者でも呼んで運ばせるか」
ドラクローの意見にヒデは待ったをかける。
「いや。シャンガインを撃破したことで、海上の警備が一気に厳しくなった。海上保安庁と自衛隊が、千葉南部に警戒ラインを敷いている。業者がここまで来られるかも怪しい」
すでにネットニュースで、この情報はエトフォルテでも目にしていた。
威蔵も待ったをかける。
「下手な業者に頼むと、遺体をどこかの悪の組織に横流ししかねない。悪の組織は遺体を改造手術の素材にすることをためらわない。そしてエトフォルテが悪者にされる」
この発言に、ぎょっとするエトフォルテの面々。タイガが叫んだ。
「遺体を素材にって、生き返らせるとでも言うのかよ!」
「機械を埋め込んで操り人形にする、とかな。ここは日本だ。悪の組織によるその手のやり口は腐るほどある。ジャークチェインのような闇サイトで、死者の蘇生をうたった出鱈目なアイテムも一般人に売られている」
びびったカーライルが質問する。
「一般人が買っちゃうの?死人を生き返らせるアイテムを?ホントかよ威蔵!?」
「本当だ」
表情を変えずクールに応える威蔵。カーライルはさらにヒデにも質問してくる。ヒデも肯定した。
『死者の蘇生アイテム』の恐ろしさは、今や日本人全員が知っている。さすがにヒデの身近にこんな物を買う人はいなかったが、新聞やニュースで使った後の大惨事は時折目にしていた。時には子供が犠牲になる。
それをかいつまんで説明すると、カーライルは一言。
「おっかない国だなあ!!」
エトフォルテ人たちは皆『おっかないなあ』と言わんばかりの顔。否定できないのが悲しいところだ。
これ以上は気分の良くなる話ではないので、ヒデは話題を切り替える。
「日本を離れる前に、遺体問題は確実に片付けましょう。
モルルさん。応急修理が終わったら、エトフォルテはどのくらい動けるようになりますか」
モルルが資料をめくって回答する。
「日本で使われている単位に換算すると、一日に10mから20kmくらいというところです。浮上できないため、これ以上のスピードは出せません」
覚悟はしていたが、やはりそのくらいになってしまうか。
考えてみればこれは当然だった。エトフォルテはサイズだけで言えば船ではなく島である。エトフォルテとその周辺にかかる重力をある程度軽減しながらゆっくり進まないと、島が豪快に爆進しながら大波を周囲に広げる、という状況が発生する。それが周囲にどう影響を与えるかは、この場にいる全員が知っていた。
そして、エトフォルテがとるべき針路。
日本周辺の海洋事情には、孝洋がヒデ以上に詳しかった。缶詰工場の仕事の一環で漁船の操業があり、孝洋は漁業・海洋関係の業界誌をよく読んでいたという。孝洋は説明した。
「まず、日本の東側からアメリカに行くのは無理だ。東側には海底火山の噴火でできた新しい島がある。そこに今、ヒーロー庁が防衛目的で基地建設中。当然、警戒も厳しい」
「南側は?」
ヒデの問いかけに首を横に振る孝洋。
「南東から南にかけては、どっかの国が作った生物兵器が大繁殖して、自衛隊が南方にあるほかの国と一緒に駆除戦線を展開してる。在来の魚が食い散らかされて、みんなが迷惑してる。ヒデさん。蕎麦屋に勤めてたなら、飲食業の業界誌とかで見なかったか」
「ああ。そういえば僕も見た」
もう2年くらい前から駆除戦線が展開されていると、ヒデも飲食業の業界誌で読んだのを思い出す。南方海域でとれる魚介類は生物兵器に食い荒らされて、値段は毎年高騰中。生物兵器だの悪の組織だのは今や地球のどこかを騒がす問題なのだ。
「そこにエトフォルテを近づけるのはまずいか」
ドラクローの質問に、まずいね、と返す孝洋
「一応自衛隊はヒーロー庁とは独立してるけど、日本政府が敵と認めた船を攻撃しないわけにはいかないだろう。ほかの国の艦隊もあるし」
となると、行先は限られる。
ヒデは会議室に、ネットから印刷した日本地図を用意した。日本の防衛海域は、緑色のラインで囲まれたエリアだ。エトフォルテは、千葉県南部に広がる防衛海域内に落下した。
「基地建設中の東、駆除戦線のある南は無理。となると行先は、北東」
ヒデはエトフォルテを模した模型を地図上で動かした。北東に進むと、そこには新たな問題があった。
日本の茨城・福島・宮城沖に位置し、複数の島で成り立つ異世界からの新国家、クリスティア王国。
「例の、日本の復興支援を受けている異世界の国か」
ドラクローが舌打ちする。自分たちと似た境遇にありながら、特別扱いされている国。エトフォルテと正反対の環境を思うと悔しくなるのだろう。
ドラクローの様子に、少し悲し気なマティウス。マティウスの以前の職場であるユメカムコーポレーションは、そういえばクリスティア復興を手伝っている旗頭でもあったと、ヒデは思い出す。武装デザイナーの彼も、ある程度クリスティア王国のことに関わっていたのかもしれない。
さて、北東にエトフォルテを進めれば、どうしてもクリスティア王国の南側を通る。
「クリスティア王国へ日本が復興支援してるくらいだから、日本の護衛艦とかも東西南北に駐留してるんじゃないか」
ドラクローの指摘は、ヒデも気にするところ。これに対し、孝洋はあっさり言った。
「クリスティア王国の南側に進めば護衛艦はない」
孝洋はヒデの用意した地図に、敵船を表わす模型を置いた。クリスティア王国本島の西と北に。
「本島の西から北にかけて、日本の護衛艦が駐在している。クリスティア東と南は異世界転移した影響か海流が独特で、地球の船は航行できないらしい。だから護衛艦はない。クリスティア側も、今は南側に自分たちの船を出せないらしいよ」
表情を切り替えたマティウスが続いた。
「ユメカムにいた頃、私も海流の話は聞いた。元いた世界の悪者が海流をいじったとか」
「エトフォルテなら?」
ドラクローの質問に、うーん、と唸ってからマティウスは一言。
「重力制御装置で海の重力を操作できるならなんとかなるかも」
「なんとかなるかも、か…」
この回答に難しい顔をするドラクロー。マティウスも難しい顔で応える。
「わかるわ、団長。そういう発想で行くのが一番危険なのよね」
みんなの命を第一に考えれば安易に『なんとかなるかも』で未知の海域に船を突っ込ませるなんてできない。
「その謎海流のもう少し具体的な情報が欲しい」
ヒデの意見に孝洋はぽん、と手を打った。
「俺のスマホにアーカイブが入ってたかも。漁業情報誌の電子版。たしかクリスティア王国の漁業を扱った号がある」
孝洋は会議室を出て、自室にスマホを取りに行く。ほどなくして戻ってきてから、アーカイブ残っていた、と報告する。
アーカイブの内容は、要約すれば次のとおりである。
・元の世界では水の王国と言われ、豊かな漁場に恵まれたクリスティア王国。
だが、東部と南部海域は地球へ転移した影響で、激しい渦潮が頻発する危険海域となってしまった。
そのせいで東部・南部からは一切の船を出せなくなり、漁業は衰退の一途をたどっている。
・渦潮はクリスティア王国本島沿岸から、沖に向かって約100㎞圏内にかけ発生する。
現在日本政府とヒーロー庁が原因究明にあたっているが、まだまだ不透明な点が多い。
渦潮の発生エリアが広がっているとの見方もある
「訳の分からん渦潮で船が出せないなんて、ひどい話だよな」
漁業関係者として、孝洋は義憤を感じているようだ。
それはさておき。ヒデはこの情報からひとつの案を考えた。
「クリスティア王国南側、沖から100㎞よりに進路をとれば、護衛艦などの海上戦力は渦潮を恐れて追撃できなくなるかもしれない」
ドラクローたちもその案に同意した。
「クリスティア王国に迷惑がかからないなら、この針路でいいだろう。迷惑を理由にヒーロー庁に攻められることも避けたい」
とはいえ、海上戦力を封じても問題は残る。
「問題は空を飛んでくるレギオンのロボです。これは光学防壁でしのぎながら、前回と同じ戦術コンピューターウィルスと操縦室の直接爆破でやるしかない」
「けどよお、日本人。簡単に操縦室に入れない構造のロボもあるみてえだぜ。こういうのが来たらどうすんだ?」
ヒデの策に対し、ハッカイがヒーロー大図鑑のコピーを見せて問題点を指摘する。
レギオンのロボは多種多様に及び、シャンガインのような機械仕掛けだけでなく魔法のような力で動くロボもいるという。それを果たして“ロボ”と呼んでいいのか疑問は残るが、前回の戦術を見破られたら、ヒーロー庁はそうしたロボを投入する。
そうならないためにどうするか。ヒデは提案した。
「ヒーロー庁に『巨大ロボを送っても無駄だ』という強いインパクトの脅し、脅迫をこちらからしかけられると良いのですが。
レギオンのロボが壊される、自分たちが殺されると知れば、レギオンはロボを繰り出すのをやめるはず。ヒーロー庁も、死ぬとわかっている場所にロボを送り込むことはしないでしょう」
ヒデの言葉にマティウスは渋い顔。
「脅し。脅迫。あまりいい言葉じゃないわね」
宇宙の戦士としてもちょっと、と思ったのか。ドラクローもいい顔はしていない。
とはいえ、と言い、ヒデの提案に理解を示してくれた。
「対空装備が直せない今、毎回レギオンのロボを相手にしていたらこちらの身が持たない。戦わずにロボを封じられるなら、俺はその手を採用したい」
問題は、それをどうやって連中に見せつけるか。
シャンガインを倒した一部始終は、エトフォルテに備え付けられたカメラとアルの電子頭脳に記録された映像に収まっている。それを地球のインターネットにある動画サイトに載せるだけでは、駄目だ。ヒーロー庁が『これはフェイク!!』と言い張り、マスコミに圧力をかけてお終い。そしてヒーロー庁は、ロボを一気に押し出してくる。エトフォルテは負け、死ぬ。そんな事態だけは絶対に避けなければならない。
その後もドラクローたちと議論を重ねたが、具体的にどうするかは決められなかった。
代わりにではないが、ヒーローとの肉弾戦で使えそうな新兵器についてはいい案がたくさん出た。タイガやマティウスが中心になって試作品を作り、明日以降テストを行うことが決定した。
みんなで話し合えば、今ある物でも結構新兵器が作れる、とドラクローは満足そうに頷いた。タイガが締めくくる。
「技の部としてはこれから、『あるものを 活かして護ろう エトフォルテ』って方針で行くぜ、兄貴」
ヒデもほかの者も異論はなかった。