エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第113話 英雄たちの影~戦慄の黄色い果実(後編)~

 巴の不安と疑問をよそに、ヒデがフロージュをめぐる最悪の想像図を語る。
 「こちらでフロージュを育てようとした理由はわかりません。が、絶対にいい理由ではない。夢叶統子が効能や育成方法を、試験農場の人や監督官に説明できなかったのも納得です。本来効能と育成方法は、一緒に説明するべきもの。説明したら、農場の人たちは栽培を拒否するかもしれない。こんなやばいものを育てられるか! と」
 さらに恐ろしい想像図を語るヒデ。
 「それに、食べる人がでかねない。デメリットを言い添えても、不老のメリットに魅せられて……。あるいは実や種を横流しして、大金に変えてしまう人もいるでしょう」
 アルが首をかしげる。
 「脳に異常をきたすリスクを知りながら、食べてしまうのですか?」
 機械のアルには、リスクを承知でフロージュを食べるメリットを見いだせないようだ。
 医者であるまきなが、痛ましげに言う。
 「人間にとって不老や長寿と名のつくものは、人としての一線を飛び越させてしまう魅力がある。もちろん、本来なら絶対に飛び越えてはいけない一線。でも、自分だけは大丈夫! と、根拠のない自信に囚われて行動に移す人も、いるの。残念ながら……」
 不老や長寿を謳った薬やサプリメントが深刻な健康被害を起こした例も、少なくない。もちろん、超薬犯罪においてもだ。


 巴は、フロージュ実がクリスティア王国で栽培される様子を想像してみる。
 強制的に働かされた農家はともかく、監督官たちならヒデの想像したとおり、効能を知れば実や種をこっそり売るくらいやりかねない。それだけ欲深く乱暴な人ばかりだった。
 ならば統子は
 「大事に扱って、何が何でも育てろ!」
 と言うしかない。
 倉庫には種と果実併せて、かなりの数が保管されていた、という。結局、フロージュは試験農場で育たず、倉庫は焼失。
 これはもう、不幸中の幸いとしか言いようがない。
 もし、栽培に成功して大量生産されていたら……。


 ドラクローが沈鬱な表情を浮かべる。
 「だから素薔薇大臣は、あんな風に……」
 素薔薇は農業大臣として優秀だった。それが、子供オヤジ、パーと揶揄された挙句、あびゃびゃ事変。彼が情けなく泣き叫んで政治の表舞台から消えた一部始終は、すでに全員が知っている。
 自分たちが追い込んだとはいえ、痛ましいとしか言えない。
 仲間たちは皆、しばし黙った。


 やがて、ドラクローが疑問を口にする。
 「しかしヒデ。俺が採掘場で戦った時、素薔薇椎奈は子供オヤジ……というか、幼稚には見えなかったぞ。やつもフロージュを食べたなら、思考が幼稚というか、パーになっているんじゃないか?」
 首都ティアーズで椎奈と戦った、ウィリアムも頷く。
 「ドラクロー団長の言うとおり。やつの戦場での行動は幼稚には見えなかった」
 統子と戦ったアレックスが、吐き捨てる。
 「クリスティアでやりたい放題やったという点では、パーどころか完全にイカレてたぞ、あいつら。その点はどう思うよ、軍師?」
 「ここまで違いが出た理由は、わかりません。」
 ヒデが少し考え込んでから、ためらいがちに言う。
 「推測ですが……。幼稚やパーは言い換えると、自制心が効かない。あるいは我慢ができない状態、と言えるでしょう。フロージュの実を食べた者の性別や年齢、あるいは個数によって、脳への悪影響に差が出るのかも。ある者はひたすら幼稚に、ある者は己の欲望を我慢できない、という風に」
 ジャンヌが言う。
 「不老と引き換えに、本来あるべき魂の在り方を失ってしまう、ということね」
 「ええ。MSUのリーダーである辺志江萌々が初めから悪影響を知っていたのか。夢叶統子たちが独自に悪影響を突き止めたのかは、わかりません」
 ただ、とヒデがさらに補足する。
 「夢叶統子たちが欲望全開で暴れたのは、実の影響以上にもともとあった悪意や野望のせいだと思います。ドーピング検査捏造や強制労働は、突発的な悪意では実行できませんから。MSUにいるフェアリンたちが、全員幼稚で忍耐力が無いようにも見えない。脳に悪影響が出る、なんらかの条件があるのかもしれない」
 「確かに。毒物を摂取しても、体質や年齢によっては影響がない場合もある」
 毒撃を得意とするジャンヌがそう言って、巴に目配せする。
 「それでも、毒物は初めから摂取しないのが一番。威蔵が言ったように、ずっとあとで影響が出ることもあるから」
 あなたがフロージュの実を食べなくて、良かった。そう、目が言っている。
 巴は実を食べなかった自分の判断に、心の底からホッとした。
 もし食べていたら、自分は現実から逃げ、統子や椎奈と一緒に悪意を暴走させてさらにひどいことをしていたかもしれない。


 実物がない以上、分析ができない。これ以上の推測は無意味だとヒデが言い、いったんフロージュの実の話は終わりとなった。
 とはいえ、である。
 どこかでひそかに育てられた実が、悪事に使われたら大変だ。
 クリスティア国内で実の行方を、リルラピスたちが再調査することになった。


 ヒデが巴に頭を下げる。
 「巴さん。言いにくいことばかり言わせて、ごめんなさい」
 「いいんです。皆さんが十分気を使ってくれたことはわかっています。私も、皆さんの事情を聞かせてもらいましたから……」
 もっと早く、情報を自分から聞きだすことはできたはず。
 みんな、自分の体と心が落ち着くまで待っていてくれた。自分を単なる情報源や戦力としてではなく、仲間として、友人として。
 巴はそれがたまらなくありがたい。
 だから、決めた。
 「皆さんに、世間に公表されていないフェアリンの情報を私から。フェアリン・ピーチの相方、フェアリン・アップルのことです。私、アップルのことを知っています」


 この場にいる全員は、すでにヒデの過去を知っている。みんな、息を飲む。
 「MSUに加入した時、辺志江萌々から本名と素顔を教えられました。もし見かけたら、教えてほしいと」
 復唱するヒデの声音は、強張っている
 「見かけたら……? まったく表に出ないのは、そういうことか……。今アップルはMSUに、いないのですね」
 つられて、巴の声音も強張った。
 「……はい。ヒデさんの地元で戦った後から行方が分からない、と萌々は言っていました」
 MSUはフェアリン・アップルの情報を公開していない。行方を捜しているなら、素顔を公表して呼びかけしてもいいと思うのだが、それもしない。
 巴も不思議に思った。が、加入当初はとりあえず協力しようと思ったので、言われるまま素顔の画像を萌々からもらい、スマホに入れていた。
 「萌々はアップルが戻ってくることを望んでいました。また一緒にフェアリンがやりたい、と。……もし行方をつかんでいたら、アップルはMSUに復帰してこちらを攻めてくるかもしれない」
 MSUやフェアリンは、戦うよりもアイドル的な活動が目立つ。
 が、素の戦闘力はかなり高い。何度か変身して手合わせしたが、格闘歴の長い巴が手を焼く強さがある。
 光の魔術アブゾーバーと同様の、不可視の防御膜をまとい
 「私達強くて可愛い魔法少女なんだから、あきらめない!」
 な勢いに任せ、可愛さへの憧れを強さに変えて突撃してくる。相手にして一番困るタイプだ。
 「コンビを組んでピーチと攻めてこられたら、危険です。なので、アップルのことを打ち明けます」
 ヒデがさらに問う。
 「アップルの素性は?」
 「名前は林号穂美恵(りんごう・ほみえ)。年は、幻惑のアクセサリーを身に着けているなら30代くらいのはず。萌々と同い年だから」
 「素顔はわかりますか? 内側にもぐりこまれたときに備えたい」


 そう遠くないうちに、ヒーロー庁が魔法少女とレギオン、マスカレイダーを束ねて攻めてくる。単純な力攻めだけでなく、こちらに素顔のヒーローをひそかに送り込み、内側から攻撃してくるかもしれない。それはみんなが想定していることだ。
 内側にもぐりこんで攻撃してくるヒーローは、新たに選ばれた者ではなく、これまでヒーローとして活動した経験がある者だろう。経験がない者を敵陣に潜入させるのは、リスクが高いどころか自殺行為だ。
 クリスティア王国首都防衛騎士団の一員であるグランが、強い懸念を示す。
 「ヒーローは変身後の姿が印象的だ。変身前の姿でひょい、と潜り込まれたら、すぐには対応できない。できれば、これまで活動してきたヒーローの素顔は全員把握しておくべきだ。こちらに友好的に接してきた相手が、フェアリン・アップルだったら……」
 グランが言葉に詰まる。当然だ。
 リルラピスが尋ねる。
 「巴。素顔の写真を持っていますか? アクセサリーを外して、若返った姿で潜入してくるかもしれない。成長した姿と若返った姿。両方を把握しておくべきです」
 「私のスマホに入れていたけど、デストロに吹き飛ばされたとき、無くして……」
 採掘場でデストロに吹き飛ばされた後、巴は川に転落した。おそらくスマホは川底か、流れに流れて海のかなた。探せるわけがない。


 うーん、とみんなで考えこんだ後、ヒデがマティウスに問う。
 「マティウスさん。絵心ありますよね?」
 「それはもう、たっぷり!」
 「フェアリン・アップルの顔が映った映像などから、素顔の想像図は描けませんか?」
 変身の前と後で極端に顔つきが変わるヒーローは、まずいない。
 カラフルな魔法少女の顔から、変身前の顔を逆算して描き出せないか、とヒデは言う。
 「ヒーロー図鑑に顔が載っていなくても、行方をくらます前のアップルの姿はネットニュースや新聞で報じられている。これらのアーカイブがクリスティア王国に寄付されているはずです」
 ぽん、と手を叩くマティウス。
 「オッケー! 似顔絵全般は得意なの。若返った顔、成長した顔、いろいろ描いてみましょう。巴が見た素顔の印象も教えてね。より詳しい顔が描けるから」
 「わかりました」
 巴は絵に疎いが、武装デザイナーは基本武器や防具を描く人という印象だ。似顔絵が上手いというイメージは、ない。
 「武装デザイナーをやっていると、似顔絵も上手くなるものなんですね」
 巴の言葉に、あはは、と笑うマティウス。
 「いや~。一時絵にハマって、漫画家になろうと思ったことも……」
 みんな、びっくり。巴は叫んでしまう。
 「漫画家!? すごい!」
 「あ、あらやだ私ったらうっかり……。子供のころの話よ、こ、ど、も、の」
 急に困った表情を浮かべて、歌うように語りだすマティウス。
 「誰にでもあるでしょ。あんなこといいな、なれたらいいな、って、あんな夢こんな夢見ること。漫画家はそういう感じで夢見てただけよ」
 ヒデが笑って、理解を示す。
 「それでも、夢を見られるのは楽しいし、いいことですよ。幸せな原動力です」
 ヒデの言葉に、昔を懐かしむように目を細めるマティウス。
 「幸せな原動力……。漫画家にはならなかったけど、武装デザイナーに絵の技術が活かせているのも確か。原動力になったのは間違いない。それにしても、いい言葉ね、ヒデ」
 「友達の受け売りですよ」


 夢は幸せの原動力。
 この言葉は巴の中にもすうっ、と沁みわたっていく。
 巴の中で、新たな決意が生まれた。


 だったら、私も夢は捨てない。
 エトフォルテとクリスティア王国を守って、家族のもとに必ず帰る! 
 夢というよりは目標、かもしれない。けど、それでも私の夢だ。
 ユメカムに加担した過去は消せない。でも私は、私を信じてくれた人たちが進む道を守りたい。その道を、笑顔で歩んでもらいたいから。
 そして私自身も、笑顔で進んでいきたい!


 その後、30分かけて巴はMSUに関する情報を提供。
 対策会議はいったん休憩となった。
 さっきの夢の話がきっかけで、みんな思い思いの夢やあこがれを語りはじめた。
 アレックスがリルラピスに問う。
 「リルは、もし女王以外の仕事ができるなら、何がしてみたい? お菓子好きだから、パティシエ?」
 リルラピスが少し考え込んでから、小さく微笑む。
 「パティシエもいいけど、やってみたいのはエステティシャン、かな……」
 クリスティア王国には、魔術を利用した美容術やリラクゼーション施術がある。
 「母上が魔術学院でいろいろ研究していたの。地球に転移した後、私は日本の美容機器や施術の解説書を見て、母上のことを思い出した。いいものをどんどん取り入れて、女性の美しさに貢献したいな、って。母上はいつも語っていた」
 深く頷き、同意するエイル。
 「素敵な夢ですわ、女王様」
 巴はリルラピスがエステティシャンをしている姿を想像してみる。
 水の魔術は人体への治療や疲労回復行為にも使われ、美容施術への転用もされている。そして気高さと親しみやすさを両立させた、人魚姫のごときリルラピス。
 間違いなく、極上のリラックス体験になるに違いない。
 リルラピスがアレックスに微笑みかける。
 「アーリィ。その時が来たら、私の施術を受けてみる?」
 「え!? アタシがリルの施術を!?」
 みるみる顔が真っ赤になり、身もだえるアレックス。
 「ちょ、リル、そんな……いやいや!」
 「え、いやなの!?」
 「いやじゃないけど……ふああ! 駄目だアタシ~!」
 ウィリアムの目が点になる。
 「何を想像してるんだ?」
 巴も思う。アレックス。何を想像したんだろう……。


 一方のエトフォルテ。
 ドラクローが、
 『もし十二兵団に入っていなかったら、何になりたかったか?』
 を語りはじめる。
 「俺は……肉屋かなあ。いろんな惑星に降りて、食えそうな獣を捕まえて育てるだろう? で、調理する。でっかい獣の肉を焼く時のあのにおいが好きで、肉屋になったら好きなだけあのにおいが嗅げると思うと、たまらなかった」
 へえ~、と心底意外そうな顔をするヒデ。
 「ドラさんが食品業志望だったとは」
 うんうん、と頷き微笑むムーコ。
 「ドラ君、お肉本当に好きだもんね」
 巴はふと、昔の友達(父親が久見月流柔術道場に通っていた元プロ格闘家で大男)にアウトドア好きがいて、家族そろってバーベキューに誘ってくれたのを思い出した。
 肉屋で買った大きな塊肉を、これまた大きいバーベキューグリルに載せて、じっくりジュウジュウ焼き上げる。肉のうまさはもちろん、元格闘家の大男が塊肉を焼く、というシチュエーションが、さらなるうまみを加えるのだ。肉屋はドラクローにぴったりな職業かもしれない。
 「宇宙を旅していると肉は貴重で、ハレの日のごちそうだからな。みんなのハレの日を手伝えるというのも、いいと思った。ヒデを見習って、俺は肉の焼き方を勉強してみるか」
 ははは、とハッカイが笑う。
 「いいな、ドラクロー! 焼いた時は俺がじっくり試食してやるぞ」
 ツッコミを入れるタイガ。
 「先輩。独り占めしないでよ」
 「大丈夫。みんなの分はちゃんと少し残す」
 「独り占めする気だよ! オレも兄貴の焼いた肉たくさん食べたい!」


 みんなで楽しく夢やあこがれについて語り合っていると、突如通信機から、第一種警告音が鳴り響く。
 エトフォルテに、重大な緊急事態が起きた。


 

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