エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第112話 英雄たちの影~戦慄の黄色い果実(前編)~

 3日後。
 防衛対策会議のため、エトフォルテにリルラピスとウィリアム、アレックス、首都防衛騎士団のグランがやってきた。
 エトフォルテの出席者は、ドラクロー。ヒデ。ムーコ。タイガ。ジャンヌ。ハッカイ。さらに魔術機構師のエイル。ヒーロー側の内情を知る者として、威蔵とマティウス。まきなとアル。そして巴が同席した。


 船内の会議室に出席者が集まり、早速会議が始まった。
 ベルトを巻いた元祖日本のヒーロー、マスカレイダー。カラフルなヒーローチーム、レギオン。彼らのことは、マティウスと威蔵が詳しい。日本国内の勢力図や対策を話し合った。
 そして話題は、とうとう魔法少女フェアリンの連合組織、MSUに。
 ヒデが巴に問う。
 「MSUの内情はヒーロー図鑑などである程度わかります。が、図鑑に載っていない能力などを、巴さんに確認したい。巴さん、よろしいですか?」
 かつて威蔵が所属していた神剣組にも、元フェアリン、もとい魔法少女が在籍していた。
 が、MSU結成以前に魔法少女となり、そのまま神剣組に参加した。魔法少女の戦闘方法などはわかるが、MSUの内情は全く分からない。
 この点について、威蔵は、
 「みんなの力になれず、申し訳ない」
 と頭を下げた。


 今後の防衛活動に関わる大切な話だ。巴は、改めて覚悟を決める。
 「私に分かることは、全部答えます」
 「まず……。ネットなどで頻繁にうわさされる情報から。フェアリンたちが不思議な力で年を取らない。変身時に若返るというのは、どうなっているんですか?」
 リルラピスも不思議でたまらないようだ。
 「確かに……。統子たちも若干若返っているようでした」
 魔術機構師のエイルも、頭を抱える。
 「私達にもわからない点が多いティアンジェルストーンですが、少なくとも若返りや老化防止などの効果は確認できませんでしたわ。あれば、歴代の使用者にその兆候が見られたはず。マティウスさん。あなたはユメカムでストーンを解析したはず。何かわかりましたか?」
 ユメカムで神器を研究し複製に関わったマティウスが、首を横に振る。
 「いや全然。若返りの効果は確認できなかった。人体に害のない電磁波は放っていたけど、本当に害がないだけの電磁波だったし。肉体を変質させる独自の技術が、MSUにあるのかも……」


 日本でヒーローが認知されるようになって、約50年。
 数多のヒーローが誕生し、その素顔をさらしている。ヒーロー庁永世名誉長官の雄駆照全を始め、熟練のヒーローたちは年相応に老けている。中には改造手術や特殊な投薬によって成長(あるいは老化)速度が遅くなっている者もいる。それでも老いを克服したヒーローは、いない。
 だが、たった一つの例外がある。
 変身と同時に若返るヒーロー。魔法少女フェアリンである。いつでもどこでも、若い少女の姿で現れるのだから。


 ドラクローがううむ、と不安げにうなる。
 「肉体の変質。魔法少女にはさらなる戦闘形態に変化する、なんて能力もあるかもしれないな」
 さらなる戦闘形態。
 最近映画を見ているせいか、ドラクロー団長の想像力がたくましくなってきているなあ、と巴は思う。
 気性の荒いハッカイがぶるり、と身を震わせる。
 「巨大な牙を生やしてかぶりついたり、口から火や毒液を噴くかもしれねえ……」
 こちらも想像力がたくましい。みんな、モンスター映画の見過ぎだ。エトフォルテの男性陣は、最近度胸試しと称してこの手の映画をよく見ている。
 映画を思い出したのか、タイガがちょっとおびえている。
 「き、気が付いたらすでに背後に忍び寄っている、とか……」
 ヒデが半ば呆れ気味に、場をとりなす。
 「タイガさん。最後のは肉体の変質全く関係ないでしょう……。とにかく、あの若返りの裏に、何らかの力が隠されているなら、後々私たちを脅かす可能性になり得る。巴さん。わかる範囲で教えてもらえませんか?」
 確かに。同じ立場なら自分だってそう思い、不安になる。
 みんなの不安はきっちり解消しておかねば。
 巴はみんなに言う。
 「さらなる戦闘形態はないと思いますが……。年齢に関しては、はっきりわかります。あれは若返っているのではなく、年を取っていないのです」
 全員、絶句。
 巴はさらに明かす。
 「MSUに参加した魔法少女は、若さを保つための果実をもらって食べている。あの若さは、妖精の国の果実によるものなんです」


 3年前、魔王メノーとの戦いが終盤を迎える頃。
 MSUのリーダーであるフェアリン・ピーチこと辺志江萌々(へしえ・もも)と妖精のサンミィ、アマミィが、グレイトフル・フェアリンの元を訪ねてきた。
 3人でユメカムコーポレーション社内に応接室に向かい合う。萌々は、グレイトフル・フェアリンをMSUに勧誘すると、お近づきのしるしにある果実を取り出した。
 萌々は、果実の効果をこう語る。


 「これは、フロージュという果実。サンミィとアマミィのふるさと、ツルーフ王国ではみんなこれを日常的に食べている。人間が食べれば、しばらく若いままでいられる。強くてかわいい私達魔法少女フェアリンはずっと若く、輝いていなきゃ。これを食べて一緒に可愛く頑張ろう」


 ユメカムのリーダーである統子がMSU加入を快諾し、その果実を受け取った。全部で3個。3人で一個ずつ分けた。
 ヒデが疑問を呈する。
 「しばらく、というのはどのくらい?」
 「個人差はあるけど、1個で3,4年と言われました。3,4年たってからまた食べれば、効果は継続する、と」
 「ずっと若いままなら、フェアリン・ピーチは日常生活を送れないでしょう。彼女が初めて世に知られたのは20年近く前。巴さんと出会った時でも15年以上経過している。すると……今ピーチ、辺志江萌々が素顔として公表している、成長した姿は一体?」
 変身前の彼女は、30代というにはやや若い姿だ。それでも、世間が見れば『大人』と判断するだろう。
 その答えも、巴は知っている。
 「サンミィたちが果実と一緒に、周囲の目をごまかすアクセサリーもくれました。体は中学生のままでも、周囲の人間には装着者が成長した姿に見える、というものです」
 ひゅう、と口笛を吹くのは、ウィリアム。
 「他者の視界を常時誤魔化す、幻惑効果のあるアクセサリー。驚いたな……。身に着けていて、疲れたりはしないのか?」
 「私はとくに。椎奈と統子もそんな様子はなかった」
 魔術機構師のエイルが身を震わせる。
 「なんとすさまじい。発動に魔力を要しないとは……」
 クリスティアの仲間たちは、恐れおののく。
 当然だ。クリスティア人の使う魔術は、心の力“魔力”で空気中の元素をかき集めて発動する。発動の為には特殊な身体操法が必要で、魔術機構を使って操法を簡略化した場合でも、相応の体力を消耗する。
 エトフォルテの武装を担当するタイガも、驚いている。
 「体力を消耗せずに、周りの目をごまかす力がいつでも発動するのか…‥」
 エトフォルテ人の場合は、魂の“エトス”だ。己の内なるエトスを体や武器にまとわせることで身体能力を上げたり、武器の強度が上がる。こちらも、使えば使うほど体力を消耗する。
 あのアクセサリーにはそれがない。少なくとも、自分が使っている間疲労感や眠気は感じられなかった。今思うと、恐ろしいアイテムだ。
 「全部、サンミィとアマミィが用意したと萌々は言っていました。妖精の国ツルーフ王国の技術なのでしょう」
 ヒデがハッとなり、さらに問いかける。
 「このアクセサリー、ごまかせるのは人の目だけですか?」
 「カメラなどの光学機器で捉えた姿や、鏡に対しても有効です」
 「……だから、ネットやTVにははっきり変身前の、“現在”の姿が載っているのか」


 要するに、MSUに所属している魔法少女は、変身と同時に若返っているのではない。
 もともと、年を取っていないのだ。
 成長した姿は、幻惑アクセサリーで周囲の目をごまかしているに過ぎない。
 「果実のこと、アクセサリーのことは内緒だよ、とも言われました。知ればみんな欲しがるけど、果実もアクセサリーも限られた数しか用意できない。私達魔法少女だけの秘密にして、と」
 ヒデが首をかしげる。
 「妖精たちの国で日常的に食べられている果実なら、限られた数しか用意できない、というのは変ですね。おおっぴらにして日本で配り、人気を集めたって良かったはず。なぜ、そうしなかったんでしょう? みんな不老に憧れるのだから」
 「言われてみれば……。ごめんなさい。あの時はそこまで考えなかった」
 とりあえず、みんなこの疑問は置いておくことにした。


 あっ、と声を上げ、ムーコが質問する。
 「巴ちゃんは、今幻惑アクセサリーを身に着けているの?」
 アレックスが首をかしげる。
 「巴は変身する前も後も、身体が変わっているように見えないもんな。どうなってんの?」
 恥ずかしくて気まずいけれど、きちんと答えるしかない。
 「私は……食べなくて。超薬やドーピング検査の事を思うと……」


 ヒーローと悪の組織が50年近く争い続けている日本では、悪の組織が収入源として薬物をばらまくことも珍しくない。
 大麻、コカイン、覚醒剤といった昔からある薬物だけでなく、超常的違法薬物、略して超薬と呼ばれるすさまじいものが存在する。超薬は、従来の薬物以上の中毒性や致死性を帯び、さらには怪物化を招く。
 悪の組織は、こうした超薬を美容効果や身体機能向上という前向きなフレーズで飾り付け、世間に売りさばく。とくに身体機能向上系薬物は、アスリートが飛びつきやすい。スポーツや格闘技の現場では、ドーピング検査が厳格化している。身体機能向上どころか、怪物になって凄惨な殺人に発展した事例が少なくないからだ。
 かつて神奈川県で開催された総合格闘技イベントで、格闘家が超薬を飲みリングの上で怪物化。対戦相手や観客を次々に殺害した事件は、会場であるオーシャンスタジアムの名をとって、『オースタの大惨劇』と呼ばれる。
 巴は両親や道場の仲間から、大惨劇の様子を頻繁に聞かされていた。毎年開かれる追悼式に、両親と出席したこともある。
 だから、自分は絶対ドーピングなどやらない! と気を付けていた。
 それなのに、突然の検査失格。そのまま統子と椎奈に誘われて、フェアリンになった。
 まさか、フェアリン仲間からドーピングまがいの果実を渡されるとは思わなかった。しかも効果は、3,4年。
 「果実を食べたせいで変な体質になって、ドーピング検査でまた失格すると思うと嫌で……。果実は家に持ち帰って、捨てたの」
 果実のことは秘密にして、と頼まれていたから、家族には黙っていた。
 威蔵が静かに頷く。
 「賢明な判断だ。悪影響がずっと後になって出る薬物も、少なくない」
 アクセサリーはしばらく身に着けていたが、日本で治安維持活動中、悪の怪人の攻撃を受けた時に落としてしまった。


 「統子たちには、食べなかった、落としたとは言わなかった。向こうも聞いてこなかった」
 当時を思い出すと、巴は自嘲するしかない。
 「私なんて、都合のいいモブ、だった。注意を払う気にもならなかったんだ。いなくてもいい存在、だったから……」
 ヒデがたしなめる。
 「自分はモブだとか言うのは、駄目ですよ。一緒に頑張る仲間が自分自身を見下すのを見ると、悲しくなる」
 アレックスが怒る。
 「そうだぜ巴。次自分見下したら怒っちゃうぜ!」
 結構本気で怒っている。顔が真っ赤だ。
 ジャンヌがツッコむ。
 「もう怒ってるじゃん!」
 「あ、ごめん……」
 巴は申し訳なくなる。
 「私の方こそ、ごめん……」
 なかなか自虐的な部分を治せず、自己嫌悪に陥りそうになる。
 そんな自分の心を引き上げるべく、深呼吸。
 ムーコとアルに気遣われつつ、巴はなんとか平静を取り戻した。
 前よりちょっとだけ、自虐からの回復が早くなった気がする。みんなのおかげだ。


 話は、フロージュの果実に戻る。
 リルラピスが巴に尋ねる。
 「フロージュの果実とは、どんなものだったのですか?」
 巴は、渡された果実の形状やにおいを思い出す。
 「形や色はレモンそっくり。匂いはみかんやオレンジなどの、柑橘系でした」
 この場に居合わせた数人の顔が、ギョッ! となる。
 ギョッとしたうちの一人、ヒデが巴に問う。
 「……巴さん。それ、皮がすごく薄くなかったですか? 枇杷みたいな……」
 「言われてみれば、枇杷みたいでした。なぜそれを?」
 「実は……」
 ヒデが、試験農場で“F”という黄色い果実が育てられていたデータを見た、と教えてくれた。
 これには巴も驚いた。フロージュをアルファベットで示すなら、頭文字は間違いなく“F”だ。
 「統子と椎奈は、フロージュの果実をクリスティアで育てていたのか……」
 それだけではない。
 フェアリン・エクセレン(椎奈)と戦ったウィリアムは、彼女の口から
 「フェアリンの若さの秘密」
 と
 「素薔薇大臣の頭がパーになった理由」
 にはつながりがある、と教えてくれた。
 エクセレンが死の直前
 「みのことを知られちゃった!」
 と泣き叫んだ、とも。
 ウィリアムがさらに言う。
 「あのあと、女王様と僕達でティアーズに残された椎奈と統子の私物を調べたが、“みのこと”や”パー”につながるものは見つからなかった。なんのことか見当もつかなかったが、巴の話で今分かった」


 となると……。
 ヒデが話をまとめる
 「みのこと、とはフロージュの果実、実(み)のこと、に違いない。食べれば3,4年老化を防げる。が、脳に悪影響が出る。おそらく素薔薇椎奈は、父親の素薔薇大臣にフロージュの実を食べさせたのでしょう。外国の珍しい果実とでも、偽って」
 ドラクローが大きなため息をつく。
 「素薔薇大臣はクリスティアの復興支援をいずれ縮小するつもりだった。縮小すれば、借りている神器を返すことになる。椎奈と統子はそれを見越していたんだな、ヒデ」
 「そうですドラさん。そうならないためにも、素薔薇大臣の意思を奪う必要があった」
 「だとすると、縮小をめぐって意見が対立した。家族の仲は良くなかったかも。そんな時に娘から外国の果実を差し出されて、食べるか?」
 「素薔薇大臣は元農業大臣。海外に視察に行き、珍しい果物や野菜を食べている様子を、私も見たことがあります。ヒーロー活動に異議があっても、家族です。家族から果物を勧められればまずは食べてみよう、となる。見た目が美味しそうな柑橘系に見えるなら、まさか悪影響が出るとは思わずに」


 脳に悪影響!
 巴は、椎奈が素薔薇大臣をだます様子を想像し、ゾッとした。
 辺志江萌々が実を大々的に配らなかった理由は、まさかこれだったのでは?
 大々的に配ったら、
 「食べた人たちの様子がおかしい!」
 と騒ぎになってしまう。


 ……あれ?
 巴の中で、新たな疑問が生まれる。
 ということは、椎奈と統子は悪影響が出ると知りながら、フロージュの実を食べたことになる。変身するたびに若返り、ではなく、元の姿に戻っていたのだから。
 二人に悪影響は出なかったのか?
 そしてMSUに所属する魔法少女たちは、悪影響を知っているのか?


 

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