エトフォルテで生まれた、新たな楽しみの一つに映画がある。
日本からクリスティア王国に寄付された映画が、船内で上映されるようになったのだ。週に3,4本、日本から加わった者達がオススメを選んで。
クリスティア王国の文化研究所には、映画やTVドラマの映像ソフトが大量に寄付されていた。邦画に洋画、アニメにドキュメンタリー。DVDやビデオテープで、総数10万本以上。
リルラピスから
「皆様も息抜きにどうぞ」
と勧められ、船内に即席の映画館が作られた。
エトフォルテには演劇や芝居はあっても、映画がない。みんな興味津々だ。
ドラクローはヒデを指名し、こう言った。
「記念すべき初回の上映作品は、ヒデ。お前のお気に入りで行こう」
「いいんですか?」
「この中で一番映画に詳しいのはお前だ。どーん! と盛り上がれるのを頼む!」
やがてヒデが一本のDVDを、文化研究所から持ってきて仲間たちに見せた。
「『桜花幻闘記(おうかげんとうき)』のデジタルリマスター版。和彦の師匠である貴翠山先生が、殺陣指導をしていたんです」
おお、と目を見張るドラクロー。
「うわさの和彦。その師匠の作品か」
剣豪や忍者、果ては鬼や妖怪が死力を尽くしてぶつかりあう。日本武術をふんだんに取り入れた、怪奇特撮チャンバラ映画と称される名作だ。
「僕も先生には演技指導でお世話になりました」
巴もこの作品を知っている。ヒデに言った。
「母の実家の着物屋が協力した作品です」
「そうなんですか!」
「50年近く前、京都や奈良がロケ地で、地元の着物屋が何軒も手伝いで参加したと聞いてます。母の実家、京都にあるから。でも……恥ずかしながら、ちゃんと見たことが無いので……。私も見てみたい」
貴翠山先生の作品か、と呟いたのは、威蔵。
「俺もいいと思う」
刀使いだからだろうか。威蔵がいつになく嬉しそうに、巴には見えた。
子供も見る手前、あまりハードかつ残虐なものは流せない。
『桜花幻闘記』は激しい戦闘・流血描写があるのだが、ヒデはギリギリセーフと判断したようだ。
上映してみると、幸いエトフォルテの老若男女、とくに子供たちに結構ウケた。クリスティア王国から出向している、魔術機構師のエイルとライトの姉弟にも。
「妖怪が怖すぎ! でも、妖怪に立ち向かう姿に勇気をもらった!」
そんな感想が多かった。
それならば、ということで、上映タイトルにモンスター襲来ものあるいはホラーものが必ず一つ入るようになった。
ドラクローがこうした作品を見るうち、呟いた。
『こういうのを見まくれば、戦士としての危機管理対策になるし度胸もつく』
吸血鬼とか狼男とかゾンビ。悪霊や異形の宇宙生物。襲い来る怪物に死に物狂いで立ち向かう人々の物語が、ドラクローの好みになったらしい。ホラーにはかなりびびっていたけれど。
巴にとって意外だったのは、ヒデがそういうジャンルの映画に結構詳しいことだ。ヒューマンドラマに出てくる優しいお兄さんみたいな外見からは、全く想像できなかった。友人の和彦の影響なのだろう。
もちろん、ホラー以外のタイトルも、日本人が選んで上映している。
ついでに意外だったのは、サムライともいえる威蔵の好みが洋画寄りなことだ。日本の侍映画を数本選んだあとは、レトロなアメリカ映画をリクエストするようになった。
ただし、日本語吹き替えがあるものに限定された。エトフォルテの翻訳機が日本語に設定されているからだ。
巴もいくつか選ばせてもらった。
選んだのはアジアンテイストなファンタジーや、大正ロマンの恋愛もの。着物に長く慣れ親しんできたので、着物が出てくる作品が好きなのだ。
実写とアニメを半々くらい選んで上映したら、ジャンヌとムーコがアニメにハマった。
そんな二人を見て、アルが
「もっとアニメを見て、人の、いえ。友達の心を学びたいです」
と興味を持った。
それなら、とジャンヌとムーコが提案したのだ。
「今度の休日、アレックスも誘ってティアーズで映画を見よう!」
「巴ちゃんとアルちゃんも一緒に!」
アレックスは時々エトフォルテに戦闘訓練に来ていたが、近衛騎士という立場上ティアーズを長時間離れられない。こちらから遊びに行った方が、アレックスも余裕をもって楽しめる。
クリスティア王国の映画館はもともと2年前、ブロンが首都に暮らす人々の不満をそらす、いわばガス抜きのために建てたものだ。ティアーズには500人くらい入れる規模のものが全8か所ある。
ブロン政権下で上映されていたのはコメディや恋愛もの。バトル要素のあるものや、政治色の強い作品は全く上映されなかった。
当然だ。バトル物の大半は勧善懲悪だし、政権批判につながるものを流したら、ガス抜きどころかガス爆発で政権が崩壊しかねない。内容に偏りはあったが、それなりにみんな楽しんでいたようである。
リルラピス政権になってからは、様々なジャンルの映画が上映されるようになった。ちなみに、リルラピス本人は優しく暖かな雰囲気のアニメ映画が好きだ。
「いろんな映画があるけど、子供たちには優しさや愛情を忘れてほしくない。何より……私が好きだから」
と、語っていた。
映画館は地方には全くないので、
「地方に暮らす人にも映画を楽しんでもらいたい」
というリルラピスの提案を受け、タイガたち十二兵団技の部が復興支援も兼ね各地を回り、映画館を建てている。日本から持ち込まれた再生機器などを組み合わせ、簡素ではあるが大きなスクリーンで見られるようにしているのだ。
作業は大変だろう、と巴がタイガを労ったら、こんな返事が。
「みんなと一緒に楽しく映画見られるから。全然大変じゃないよ」
映画館が完成すると、地元の人たちと試写会を開くのだ。
「こういう仕事なら毎日でも大歓迎さ~」
そう言って、尻尾をくねくね揺らしていた。
2時間後。
上映終了し、5人は映画館の近いカフェに移動する。屋外のテーブルが空いていたので座り、ハーブティーとケーキを頼む。
ジャンヌはご満悦だ。
「大胆なアクション! 胸揺さぶるロマンス! 大きな画面で見られて良かった~」
ふふふ、とほほ笑むムーコ。
「みんな幸せになってハッピーエンドだったし、ね!」
「そうそう、それそれ! 巴はどう?」
「私は音楽、エンディングテーマが良かった。ハッピーエンドの先の未来を願う気持ちを、胸に刻むような……」
ムーコがわかるなあ、と言い、胸に手を当てて、エンディングテーマを静かに歌う。
結構、上手い。映画の情景がありありと脳裏に甦ってくる。
祖国を取り戻そうとする姫騎士と、彼女と手を組んだワイルドな傭兵の戦いとロマンスが。
歌を聞きながら、巴はアルとアレックスの方を見る。
アルは言葉を選びかねているようだ。
アレックスは、困った! と言わんばかりの顔で黙っている。心なしか、赤面しているようでもある。
好みではなかったのかな? と思って尋ねたら、
「……なんつーの、その、ロマンス? 男と女の、その、ラブシーン? みたいな……。ふああ! やばいアタシ! こういうの初めて見た! 感想、やばくて言葉にできないよ~!」
ロマンスあるいはラブシーンの刺激が、根がボーイッシュなアレックスには強すぎたらしい。
アルが口を開く。
「しかしアレックス。言葉にできなければみんなと感想を共有できません」
「だからやばかったんだって!」
「やばい、では感想とは言えません。もっと別の言葉で表現しないと」
「ロボのアンタなら、感想言うのも楽勝なんだろうな……」
アレックスの頭の中では、自律思考型戦闘用機動人形(バトルアイドール)のアルは分析上手かつ話し上手であるようだ。
巴もそんな風に思っている。AIは作品の要点や魅力を瞬時に要約して饒舌に語っている印象だ。
すると、アルから意外な言葉が返ってきた。
「残念ながら、私はまだまだ映画などの視聴経験が浅いので、うまく語れません。苦手です」
「ロボなのに?」
「この身体を得て人と触れ合い始めてから、時間はそれほど経っていない。私の感情的な情報処理能力は、まだまだ未発達なのです」
でも、とアルがまっすぐアレックスを見つめる。
「私は己の思考回路と向き合い、良かった点を少しずつ話してみます。きっと、やばい以外の言葉にできるはず。アレックス。私はあなたと一緒に物語と向き合いたい」
みるみる目を潤ませ、アレックスがアルの手をガッシリつかむ。
「ろ、ロボぉぉぉぉ! なんて真面目で熱いヤツなんだ!」
「私の体温設定は人間の平熱と同じですが?」
「苦手なことにまっすぐ向き合う。その心根が熱いって言ったんだ!」
「私の心、人工知能。オーバーヒートしていないのですが?」
「とにかく! アタシも頑張って苦手克服! ロマンスと向き合うぞー!」
二人が映画の感想を語りあうのを、巴、ジャンヌ、ムーコはお茶とケーキを楽しみつつ眺めている。
「アルは物語の分析の仕方が心理カウンセラーみたい」
とか、
「モジモジしながらロマンスを語るうちに、アレックスがどんどん可愛くなっていくなあ」
と語り合う。
やがて会話はお互いの休日の過ごし方になった。
ジャンヌはこの前、クリスティア王国の香油を見ていろいろ買ったという。
「香りで体の調子を整える技術、地球ではアロマテラピー、って言うやつ。ちょっと勉強してみたくなって……。魔術を利用して作られた香油というのも気になったし、あと瓶が綺麗で可愛かったら、たくさん買っちゃった」
ムーコはヒデ(軍師をやってないときは料理人ハル)と休みが重なったので、一緒についていき食材や料理を見て回ったそうだ。
「クリスティア王国にしかない野菜や果物もあって、ハルさんと見ていて飽きなかったよ。料理の幅が広がりそう」
巴は、休みになると大体アレックスがエトフォルテに来るから、アレックスと一緒に戦闘訓練することが多かった。ドラクローとも訓練した。
「龍族の打撃技は、一発がとても重くて驚いた……。あと、団長は時々足さばきをがらりと変えて迫ってくる。ちょっと慣れてないみたいだけど、あれも龍族の龍神拳の技術?」
ぽん、と手を打つムーコ。
「それ、きっと馬族のスレイ先輩の足さばきだよ。ドラ君は先輩との付き合いが一番長かったから、先輩の技術を自分の戦い方に取り入れたんだね」
ジャンヌがくすり、と笑う。
「龍族のがっしりした体格だと、馬族のしなやかな足さばきは結構苦労するんだけど……。ドラクローは負けず嫌いだし、先輩のこと好きだったものね。なんとか自分のものにして、この先の戦いに活かそうとしてるんでしょう」
語り合ううちに、フェアリンとして活動した4年間、心の陰で凍り付いていた孤独と苦悩が温められていくのを感じる。
巴はジャンヌとムーコに頭を下げる。
「今日はありがとう。誘ってくれて」
ジャンヌが目を丸くする。
「まだまだ終わりにするには早いじゃん。この後みんなで服見たりするんだから」
「そうじゃなくて……。二人とも、覚えている? 療養中に私が言ったこと。二人が私に言ってくれたことを……」
エトフォルテで療養生活が始まったころ。
ヒデもドラクローもリルラピスも、そしてジャンヌ達も、自分に日本のヒーローのことを尋ねなかった。
ジューンの映像が公表される少し前に、巴は病室でジャンヌとムーコに聞いた。
「元ヒーローの私から、情報を聞き出そうと思わないんですか?」
元ヒーローである自分は、一応ユメカムだけでなくヒーロー庁や天下英雄党とも近い身。
根掘り葉掘り聞かれるどころか尋問されても仕方ないし、覚悟していたのだが……。みんな全く聞いてこない。
全く聞かれないのがどうにも気になり、やがてじれったくなって、巴は二人に聞いたのだ。
ムーコが答える。
「ユメカムがひどいことをやった。日本政府とヒーロー庁がそれに関わっているかもしれない。それを公表できれば、すぐには攻めてこないって、ドラ君やヒデさんたちは判断した。もちろん、準備は色々するけど……」
ジャンヌが後を引き継ぐ。
「ブロンがクリスティア王国に持ち込んだヒーロー庁の情報もあるから、防衛対策はなんとかなる。もちろん、あなたの情報も重要だと思う。でも、今大事なのは、体を治して元気になること。情報提供は、そのあとでいい」
この頃、全身打撲で骨にひびが入った巴は、食器もうまく持てず歩けなかった。
体を気遣ってくれるのは嬉しいけれど、やっぱり気になる。
「私、フェアリンでした。敵だったのに……みんな、どうして……」
ため息をつくジャンヌ。
「まーた自虐的なことを言う。おかみさんにぶん投げられたいの?」
さすがにそれは困る。
が、
「……柔術を極める身としては、投げられたい気持ちもやまやまで」
「自分から投げられたいなんて言う人、初めて見たわ」
「ごめんなさい」
18歳の普通の女の子は、絶対にこんなこと言わないだろう。巴は内心自嘲する。
子供のころから柔術をやっていた巴は、自分が投げられる以上に相手に投げられたり、関節技を掛けられることも多かった。
これには師である両親の教えが影響している。
両親は自分がフェアリンになった後も、限られた時間をやりくりして稽古をつけてくれた。
両親の教えは、こうだ。
「攻撃は最大の防御、と言う。が、こちらが攻撃を仕掛けられない状況は確実に発生しうる。相手に一方的に攻められた時に力を発揮するのは、防御だ。投げられても受け身をとり、関節技から脱出し体勢を立て直す。決して防御や回避を軽んじないように。おろそかにすれば大怪我や死につながるのだから」
なので、巴は子供のころからよく投げられた。
女子プロレスに転向した先輩からはジャイアントスイングでぶん投げられ、アームロックをかけられた。ピンチを味わうことで、ピンチから脱出する術を学んだのだ。
フェアリンになったばかりのころ。
統子と椎奈にこの話をしたら、おぞましい珍獣のごとき目で見られ、しばらく口をきいてもらえなかった。
……私、普通じゃない。魔法少女らしくないんだな、と痛感した。
意外にも、ジャンヌは苦笑交じりに理解を示してくれた。
「ま、相手の攻撃を受けることも、戦闘訓練では大事だけどね。私も槍で兄さんに結構ド突かれた」
「ド、ド突かれ……!?」
「あくまで訓練として、よ? 兄妹喧嘩とかではないからね。訓練で根を上げていたら、実戦でみんなを守るために戦えないんだから」
ムーコが感心する。
「あのおかみさんに自分から投げられたいなんて……。巴ちゃんはすごいなあ。300メートルのデストロの目を潰しただけのことはある」
「あれはもう、無我夢中で……。私を信じてくれたみんなを守らなきゃ、って……」
それよ! とジャンヌが微笑む。
「あなたのその気持ちを、ドラクローも女王様も気に入ったのよ。当然、私たちも」
うんうん、と頷くムーコ。
「ヒデさんも私たちを助けてくれたあと、今のあなたと同じことを言ってた」
「軍師さんも?」
「私たちを守るために、ヒデさんは自分を顧みず戦ったの。……これ以上はヒデさんの事情もあるから言わない。けど、これだけは忘れないで」
ムーコが、そっと巴の手を握る。
「巴ちゃんは私たちの命の恩人。大切な人。ヒデさんたちと同じように、一生懸命私たちを助けてくれた。フェアリンをやってた以上に大切なのは、そこなの」
二人の手に、そっとジャンヌが己の手を重ねる。
「地球に来ておじい様と兄さんをシャンガインに殺されて、心が折れたけど……。私がもう一度みんなを守るために戦おうって思えたのは、ヒデたちのおかげ。だから今度は、私が、私達が巴の心を支える。過去を気にするのは仕方ないけど。私はすまなそうな顔より、あなたの笑顔が見たいわ。少しずつでいい。一緒に笑顔で進んでいけたら、嬉しいな」
療養生活を振り返った巴は、ジャンヌとムーコに頭を下げる。
「私を気遣って何も聞かなかったことが、大切な人と言ってくれたことが、本当に嬉しかった。女王様も、アルもアレックスも、ドラクロー団長もヒデさんたちも、本当に……」
日常生活が送れるようになったあと。
巴は少しずつ、エトフォルテに集まった者達の事情を知った。ヒデがヒーローを嫌いになった理由に、フェアリンとMSUが関わっていることも。
巴の心は、今決まった。
「3日後の防衛対策会議で、私はMSUの情報を話す」
ムーコが心配そうに言う。
「いいの?」
「私は、エトフォルテとクリスティアのために戦うって、決めたから」
その意気やよし、とジャンヌが言い、そして笑う。
「でもまずは、今日を目いっぱい楽しんでから」
そろそろ行こう、と3人はアレックスとアルに促す。
すると、二人は微笑み返す。
「アルと一緒に映画の感想語ってたら、なんか新しいアタシを発見しちゃった気がするよ。心ときめいちゃった」
「今の私とアレックス、なんだか心の出力リミットがときめいちゃいました」
映画の内容を語り合ううちに、すっかり仲良くなっている。
いつになくアレックスが可愛く見えるし、アルの言葉遣いおかしくなってるし。
そんな二人がおかしくて、巴は笑った。ムーコも笑う。
ジャンヌがアレックスの胸を軽くつつく。
「じゃ、もっとときめきを感じられる場所に行きましょう」
「おいおい。アタシをどこに連れていく気だよ?」
「決まってるでしょ。服屋よ!」
この後、5人は目いっぱい服屋巡りを楽しんだ。