エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第110話 英雄たちの影~孤独に歩いた道の先に~

 きらきらと輝くヒーローの世界に、今や日本のだれもが憧れる。
 だが久見月巴は魔法少女フェアリンの連合組織MSU(魔法少女ユニゾン)に魅力をそれほど感じられなかった。


 中学二年生の時。夢叶統子と素薔薇椎奈に誘われ、ドーピング検査失格の悪印象を払拭するべく、巴はフェアリン・マイティになった。グレイトフル・フェアリンの誕生だ。
 家と学校、日本に転移したクリスティア王国を始め悪党のいる現場を行き来する日々が続いた。
 仲の良い学校の友達や久見月流柔術の仲間とは、どんどん疎遠になっていった。悪党や怪物が出現したとなればいつでも出動しないといけないし(日曜日はほぼ確実に出動がある)、巴自身、みんなを巻き込むのが嫌でふれ合うのをためらったからだ。


 約1年続いたクリスティア王国を守る戦いの終盤、グレイトフル・フェアリンはMSUに加わった。
 新たな仲間、あるいは友達ともいえるMSUのフェアリンたちとは、あまり馴染めなかった。自分がフェアリンになった理由が後ろ暗いから、というのもあったけれど、フェアリンは悪党退治もそこそこにみんなで遊んだり歌を歌ったり、ファンサービスのイベントに出たりと、アイドル同然の活動が多かった
 遊ぶことや息抜きは否定しないけど、なんか戦士としての軸がぶれているように、巴は思った。実家の久見月流柔術道場からは警察や自衛隊に就職した人も多く、子供なりに戦うこと、守ることを生業とする厳しさを感じていたから。
 MSUのリーダーであるフェアリン・ピーチこと辺志江萌々からは、こう言われた。
 「巴は、もっとフェアリンらしくした方がいいよ。歌やダンスの練習したり、もっとみんなと遊んだほうがいいってば」
 元祖フェアリンであるこの人は30過ぎのいい大人なのだが、言うことやることが中学生同然。そして変身するとたちどころに中学生並みに若返る。
 巴は、勘弁してほしかった。統子と椎奈と一緒にレッスンは受けたけど、二人からの
 「下手!」
 の一言で歌とダンスはあきらめていたからだ。なにより、いずれクリスティア王国の復興支援が縮小されるタイミングでやめたかったし。
 結局、違約金で脅される形で巴はフェアリンを辞められず、統子たちの指示で悪党や怪物たちを倒して回る治安維持活動に専念することになった。
 フェアリンを続けるのは嫌だったけど、治安維持活動を理由にMSUのイベントやお茶会を断れたので、ある意味では助かった。
 だが、いつ終わるかわからない戦いの日々は、巴の心を容赦なくすり減らし、孤独に追い込んでいった。


 フェアリンになって約4年が過ぎた、ある日曜日の夕方。
 緊急出動要請を受け悪の改造人間を叩きのめしたフェアリン・マイティは、今警察署にいる。警察署からヒーロー庁に事後報告を行うためだ。
 報告を終えると、陽は完全に沈んでいる。夜だ。
 警察署から自宅までかなりの距離だ。バスかタクシーで帰ろうと考えていたら、警察署の婦警が声をかけてきた。
 「久見月さん、お疲れ様。うちのパトカーに乗って帰りなよ。署長の許可はもらっているから」
 母よりずっと年上の、青少年担当課の婦警だった。時々この警察署には世話になっているが、この婦警とは今日が初対面だ。
 「子供が一人で帰るのは危険だし、フェアリン・マイティにはいつも世話になっているからね」
 巴は厚意に甘えることにした。


 先ほどの婦警が運転するパトカーは、夜の市街地を静かに進んでいく。ファミレスやコンビニの明かりが、きらきらと輝いている。
 だが、後部座席に座る巴の心は疲れて暗く沈んでいた。
 このまま寝てしまおうか、と思ったが、婦警が話しかけてきたのでやめた。
 婦警が明るく笑って語りかける。
 「あなたのご両親を知っているよ。私の友達の息子さんが、ご両親の慈善活動でお世話になってね。おかげで柔道を続けられたんだ」
 巴は驚く。
 「あ、ありがとうございます」
 両親のことを前向きに評価してもらえるのは、うれしい。両親は格闘技を中心に、子供たちのスポーツ振興のための寄付などを積極的に行っていた。
 「しかし、若い身空で大変だね。学校もあるのに。同じ学校の夢叶さんと素薔薇さんは、いっしょにやらないの? 治安維持活動」
 「二人はクリスティア王国で別行動を」
 「一人で戦って、辛くない?」
 ドーピング検査失格を払拭するためにフェアリンになったこと。
 法外な違約金を払いたくなくてフェアリンを続けていること。
 違約金のことを誰にも言えないこと。
 全部、自分で選んだ道。責任だ。
 だから、逃げたくない。逃げてしまえば、さらにひどいことが待っていると分かっているから。
 でも、それでも。
 巴は時々、この道を外れて、誰も知らないところへ叫んで逃げ出したくなる。


 「警察の皆さんもフォローしてくれますし……。自分で選んだ道ですから、大丈夫です」
 余計な心配を与えまいと、努めて明るく言ったつもりだった。
 だがごまかしきれなかった。婦警がやんわりと、こう返してきた。
 「辛かったら、辛いと言っていいのよ」
 「……大丈夫ですから」
 「あなたは真面目で優しい子ね。だから、嘘がつけない」
 この婦警には、自分の心の影が丸わかりだ。
 ハンドルを握る婦警は、すまなそうに言う。
 「気に障ったらごめんなさい。私はあなたの辛さを分かち合えないけど、本当に感謝しているのよ。怪物と戦うあなたの勇気と優しさは、現役の警察官に負けてない。本当よ」
 だからこそ、と婦警は言う。
 「今は辛くても、その真面目さと優しさが、いつかきっとあなたをいい人とめぐり合わせるよ。心を許せる仲間や友達に。あなたのご両親が、私の友達を救ってくれたように。だから、真面目で優しい気持ちを、あきらめないでね」
 「……そうでしょうか?」
 「信じてないね?」
 「すみません……」
 「もしかしたら、めぐり合うのは彼氏かもしれないわね」
 「ちょっ!?」
 彼氏なんて、考えたことない!
 ドギマギしていると、婦警は笑った。
 「大丈夫。あなたの進む道は、きっと素敵な道につながっているよ」


 巴は気を落ち着けるべく、瞳を閉じる。
 あなたと私は初対面なのに。いきなり彼氏なんて……。
 いや、彼氏のことはこの際置いておこう。
 巴は一人心の中で反論し、苦悩する。
 私のことなんて、何も知らないのに……。この先の人生を予想しないでほしい。
 きっと自分はこの先も、統子と椎奈の言いなりだ。いい人になんて、めぐりあえるわけがない。
 それどころか、学生生活もどうなるか。巴の学校は中高一貫校だから高校受験がなかった。授業はなんとかこなしているけど……。この先のヒーロー活動に加え、統子たちから無理難題を吹っ掛けられたら、大学受験どころか、高校卒業だってできないかもしれない。
 格闘技の師匠にして慈善家でもある両親に対し、こんな情けない自分で合わせる顔がない。
 これから素敵な道を歩いて行けるなんて、信じられない。
 逃げられるものなら、逃げてしまいたい。苦しくて辛い。
 何も感じることのない心になれたら、どんなに楽だろう。


 巴はぎゅっと目を閉じ、拳を握る。
 でも……それでも……。
 そんな素敵な道があるのなら、信じていたい。自分の心を……。
 

 ふと気が付くと、巴は海鳥の鳴き声を聞いていた。
 目を開けるとそこは、パトカーの中ではない。
 エトフォルテ船内にある十二兵団の自室の天井が見える。窓の外は、早朝の陽光を浴びて宝石の様にきらめくクリスティアの海。海鳥たちがのびのびと空を舞っている。
 自分は今まで、クリスティア王国の採掘場に派遣される直前のことを夢に見ていたのだ。


 あの後。
 統子たちに言われるがまま派遣されたクリスティア王国の採掘場で、巴は作業員たちを守るべく心を砕いた。婦警の言葉を投げ捨てることができないまま、精一杯自分の信じる戦いを続けた。
 とにかく苦しくて、辛くて。身も心もどんどん孤独に堕ち、そして川に落ちて死にかけた。
 あの頃の孤独の冷たさと痛みは、今でも消えない。
 けれど、必死に戦い続けた先に、巴はいい人たちと、新しい友達と巡り会えた。今日は、新しい友達と遊びに行くのだ。
 「よし! 前向きに行こう!」
 巴はベッドから起きあがった。


 ブロンとの戦いを経て、エトフォルテでの生活に新たな楽しみが生まれた。
 防衛対策やクリスティア王国の復興支援のかたわら、定期的に休みとお給金(リルラピス女王から、復興支援の協力金として払われているものを、みんなで分けているのだ。試験農場にいる日本人たちにも払われている)をもらい、ティアーズに遊びに行けるようになったのだ。
 ただし、武器と通信機は必ず携帯し(クリスティア王国では護身用の武器携帯が法律で認められている。ただし鞘に入れるなどして、緊急時以外使用してはならない)、門限は絶対厳守が条件だ。
 日本から加わった者たちは、休みを利用して時折出かけるようになった。
 ヒデは料理人ハルとして料理の勉強をしに、孝洋は釣り。礼仙兄妹はヒデか孝洋についていくことが多かった。
 マティウスは服を見に、博士とアルはクリスティアの医療を学びに行く。威蔵は、半次のいる農場に行くほか、刀剣を見に行っている。


 私服着て遊びに行くなんて、4年ぶりだ。
 あれこれ悩んだ末、巴は肩をすっきり見せるオフショルのシャツにワイドパンツを合わせた。能力強化のスマートウォッチは外せないので、ウォッチの色と合うものを選ぶ。通信機と銃はショルダーバッグに入れた。
 もともと巴がクリスティア王国に持ち込んだ服は最低限しかなく、しかも採掘場での戦いで失った。怪我が治ってから、クリスティア王国の文化研究所にある日本から寄付された洋服やカバン、靴をもらったのだ。
 新品や古着が、ファッション専門店も顔負けの品ぞろえと量。ただでもらっていいものか躊躇したが、
 「皆さん、必要な分をどうぞ」
 と、リルラピスから許可をもらった。研究所には以前ドラクローたちに蕎麦を振舞った時に着た和服のみならず、雑貨や映像作品なども多数ある。
 鏡の前で最終チェックし、つま先立ちでひらり、と一回転。長い黒髪とワイドパンツの裾が、軽やかに揺れる。万が一の戦闘もこなせるだろう。
 「うん! これなら大丈夫」
 休日でも戦いのことばかり考えなければならないのは変わらないけれど、これまでとは違う。
 心を許せる仲間、友達が一緒だ。巴の胸は高鳴った。


 着替えと朝食を済ませて、エトフォルテ船内から外海に繋がる連絡通路に向かうと、休日を一緒に過ごすジャンヌとムーコが待っていた。二人とも私服だ。
 十二兵団の制服がそうであるように、エトフォルテ人の服はアジア的な要素が強く、そこに西洋風の意匠が取り込まれている感じだ。
 蛇族の服は地球で言うところのアオザイやチャイナ服に近い。今日ジャンヌが着ているのは薄桃色を基調にしたアオザイのような服だ。もともと長身かつメリハリのあるジャンヌの体型にぴったりだ。槍は専用の袋に収めている。
 一方のムーコ。羊族の服は柔らかでゆったりしたデザインが特徴的で、アジアの草原で暮らす遊牧民の少女、といった感じだ。あるいは牧場かもしれない。水色を基調にしたワンピースタイプの服に、ベレー帽風の丸い帽子をかぶっている。武器となる紐は束ねてポーチに収納してある。
 二人とも長袖なので、
 「この夏場に暑くない?」
 と聞いたら、独自素材のおかげで夏でも涼しいとのこと。
 それどころか、
 「耐熱訓練でもっと熱いのを経験してるから、日本の夏はそんなに暑くない」
 と返ってきた。
 十二兵団の訓練の一環で、巨大なサウナともいえる施設で激しい訓練をする。逆に耐寒訓練では冷凍庫的な施設に入るのだそうだ。体の違いは戦闘訓練や風呂場でわかっていたけれど、改めて巴は宇宙人と一緒にいるのだと実感する。


 最後に、アルがやってきた。
 ポップなデザインのフード付きのTシャツに、デニムのショートパンツを合わせている。通信機や武器のビームレイピアは、小さなトートバッグの中だ。常日頃冷静で落ち着いている姿とは対照的で、アクティブな可愛さに満ちている。
 巴は思わずつぶやく。
 「可愛い……」
 ファッション誌で読者モデルがやれるかもしれない。
 ジャンヌとムーコも、口々に
 「可愛い!」
 「似合ってる!」 
 と絶賛。
 アルがぎこちなく微笑みながら、そっと呟く。
 「博士とマティウスが選んでくれたものを組み合わせました。機動性を確保しつつ……、自分が可愛いと判断した服を、選んでみました」
 最近のアルは、まきなが選んだ服をいろいろ着て給仕を手伝うことが多い。クリスティア王国から仕入れたハーブティー(クリスティアでは、いろんな香草・薬草をブレンドしたハーブティーが人気だ)を入れるときは、カフェの店員風というように。
 ものによってはマティウスがアレンジを施し、
 「こんなの、どうよ?」
 と持って来てくれるのだ。この前はマティウス特製の、和服をアレンジした大正ロマンなメイド服を着て、ヒデが作ったあんみつパフェをみんなに運んでいた。
 お互いの服装を褒め合うと、4人は休日を過ごすためにクリスティア本島行の定期便に乗り込んだ。


 船とバスを乗り継いで、約1時間30分で首都ティアーズに到着。
 ファンタジーさながらの街並みだが、道には自動車が、店には家電がある。すべて日本から取り入れたものだ。日本に追従したブロンの影響で、ティアーズ市民の生活はかなり変わった。もっとも、この変化はティアーズだけで、地方はまだ魔術機構による昔ながらの生活が続いている。
 ファンタジーと現代が入り混じった街と人波の中を、4人は歩いていく。クリスティア人の服装は、獣を模した装飾品を身に着けるのが一般的だ。羽飾りや猫耳風の髪飾りを身に着けた人が多い。
 夏空の下、待ち合わせを約束した広場に到着するとアレックスがいた。広場には、旗を掲げて獣人風の神々を率いる
 『神々とともに進軍するユルリウス神の像』
 がある。何も知らない日本人が見たら、スポーツチームあるいは自治体のマスコット大集合オブジェにしか見えないが、クリスティア王国の神々をかたどった大切な集合像だ。その大きさゆえに目立つため、待ち合わせ場所の定番になっている。
 アレックスはこちらを視認するなり、右手を上げて開口一番、
 「よっ。エトフォルテのお洒落なお嬢様方」
 挨拶にアルがこう返す。
 「あなたもお洒落なお嬢様だと思います」
 アレックスはボーイッシュで、時々見知らぬ人から男と間違えられる、と自分で言っていた。そんな彼女がどんな私服を着てくるのか、みんな気になっていた。
 Tシャツにハーフパンツみたいな、ラフなボーイッシュ全開で来たりして……。
 アレックスの私服はみんなの予想を裏切り、シンプルながらもリボンやフリルをあしらったブラウスにミニスカートを合わせたものだ。ショートソード入りの鞘を吊り下げるベルトと相まって、女剣士の休日スタイル、といったところ。長い赤髪もシュシュで束ね、なかなか可愛い。得意武器の2メートル近いハルバートは、大きすぎるから置いてきたという。
 アルの評価に、照れくさそうに笑って応えるアレックス。
 「良かったあ……。兄貴の嫁さんの友達のスタイリストにコーディネートしてもらったんだ。アタシ、同年代の女子と遊びに行ったことないから、こういう服初めて着ちゃったよ」
 ムーコが驚く。
 「初めてなんだ!」
 「アタシ、男子と一緒に戦闘訓練とか、兄貴たちと山にキャンプに行っちゃって……」
 言われてみれば、今まで会った時アレックスは騎士甲冑か戦闘訓練用の服しか着ていない。
 「もう、3日前から念入りに試着して、楽しいやら恥ずかしいやらで、モキモキドジドジ……」
 モキモキ? 
 アレックスは何を言っているのか?
 顔を真っ赤に染め、慌てて言い直すアレックス。
 「ああ! 何言ってんだアタシ! ド、ドキドキ、モジモジしちゃってたんだ……」
 そんなこと言われると、なんだかこっちもドキドキしてしまう。
 ジャンヌが笑ってアレックスの肩を叩く。
 「じゃ、もっとドキドキできる場所に行きましょう」
 「おいおい。アタシをどこに連れていく気だよ?」
 「決まってるでしょ」
 ぴしっ! と指をさすジャンヌ。
 その先にあるのは、クリスティア語と日本語で
 『ティアーズ映画専門劇場 8番館』
 と書かれた建物である。
 「映画館よ!」
 ツッコミを入れる巴。
 「もともと、その予定だよね」
 「あらすじが面白そうなアニメ映画だから、私はずっと前からドキドキしてたの!」
 ドキドキに呼応するように、ジャンヌの長く細い尻尾が軽やかに揺れる。となりにいるムーコも、
 「私は絵柄が好みだった。もう、楽しみ!」
 白く短い尻尾がふるふる上下に弾んでいる。


 今日の上映タイトルは、『聖剣姫レインの帰還』。
 日本のファンタジー小説原作のアニメ映画で、祖国を悪魔に奪われた主人公の剣姫レインが、屈強な男傭兵を筆頭とする仲間とともに立ち向かう、バトルありロマンスありの人気作だ。とくに女の子に人気が高い。
 巴もタイトルは知っていたが、ヒーロー活動やその他もろもろの理由で未見だった。
 二人につられて、巴の心も弾んできた。楽しみ!



 

 前の話    次の話