エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第50話 今、涙を拭いて

 監督官率いる捕縛部隊を迎撃した翌日の早朝。
 エトフォルテからの応援部隊が、オウラムに到着した。
 ドラクローをリーダーに、ハッカイ、まきな、アル、孝洋。そして力・技・心の各部の精鋭をあわせ、30人。
 まきなは医者。アルは機械の体を活かした索敵に優れている。そして孝洋は、
 「日本から持ち込まれた車両があるなら、俺が運転できるよお」
 と言い、志願した。実家の缶詰工場の仕事を手伝うため、マイクロバスをはじめ運転に必要な免許は一通り取ったという。
 威蔵とカーライルは、ブロンたちの追撃部隊に備えるため、グランたちクリスティア騎士とともにオウラムを離れている。


 応援部隊とクリスティアの者は互いのあいさつと自己紹介を済ませ、現状確認を行う。
 その場に新たに顔を出したのは、昨日人質として連れてこられた若い騎士、タグス・ハードブーツ。かつてはグランと同じ首都防衛騎士団に所属していた。首都に潜伏していたリルラピス派の蜂起部隊の一員でもある。
 タグスは濃い灰色の髪を短く刈り上げている。外見は日本の高校野球部員の様にも見え、活発かつ真面目そうな面持ちをしている。彼は連行されたいきさつを語ってくれた。
 首都に潜伏していたタグスたち蜂起部隊は、1週間前ブロン派の兵に捕らえられた。
 「信じたくはないのですが、居場所を密告した者がいたとしか思えないであります。蜂起部隊の大半が、1日で捕えられたのですから」
 そして昨日。ブロンが予定を早めて日本から帰国し、権藤たちに指示を出した。
 リルラピス王女が日本で自分の暗殺を企んだ。国家反逆罪で捕らえろ、と。
 タグス達は、王女に降伏を迫るための人質だった。現地でさらに人質を調達し、王女を揺さぶれ。子供を5,6人殺せば王女は確実に折れるだろう。ブロン派の騎士と権藤はそんな会話もしていたという。
 やはり、ブロンは予定を早めて帰国していた。ドラクローがリルラピスとの今後をヒデに任せた判断は、正しかった。もしあの場でヒデに決定権がなければ、判断を仰いでいるうちにリルラピスたちは連行されるか、皆殺しにされていただろう。
 お嬢様風の魔術師エイルが、タグスに尋ねる。
 「私の弟、ライトは一緒ではないのですか?」
 弟が蜂起部隊に加わっていたらしい。
 タグスは首を横に振る。
 「私と一緒に投獄された者の中には、いませんでした。何人かは捕縛を逃れたようですが……」
 さらにタグスは、首都ティアーズの状況を話してくれた。
 「首都ティアーズに住む者の大半が、2年前の遺言状は偽りだと思っている。バルテス国王は、病気に見せかけて殺されたのでは、とも。リルラピス王女に早く戻ってきてもらいたい、とみんなが思っています」
 昨日の捕縛作戦はごく限られた人間にしか明かされなかったらしく、部隊はひそかに首都を出撃したという。
 ヒデはそれで合点がいった。
 「最新のヒーロー武装があるとはいえ、敵の人数がやけに少ないわけだ。マイクロバスで来るなんて……。大々的に日本で起きたことを周知して出撃したら、首都の市民は王女様を守るために暴動を起こす」
 タグスは大きく頷く。
 「軍師殿のおっしゃる通りであります。はっきりいって、市民の間でブロンとユメカムの評判は最悪です」
 しかし、逆らえば最新のヒーロー武装で固めたブロン派の騎士に捕まってしまう。
 現在ティアーズでは、ブロン派の騎士や貴族(クリスティア王国では、国の重要事業を優先的に受けられる特権階級をこう呼ぶ)が我が物顔でふるまい、日本から持ち込まれた科学技術で豪奢な暮らしを享受しているという。彼らに異を唱えた市民は留置場に入れられる。最終的には魔術学院(国政や軍事に携わる者の育成機関で、日本風に言えば国立の中高大一貫専門校)を掌握したブロンの妻イリダの実験台にされるか、北にある採掘場に送られ強制労働させられている、とも。
 「イリダは、禁忌とされた幻惑魔術を駆使して、捕虜の精神を玩具のごとく扱っています」
 幻惑魔術とは、光の魔術と危険な薬物を利用して、人の心を操作するものだという。超悪質な催眠セラピー、のようなものであるらしい。
 タグスはそこまで説明すると、こらえきれず泣き出した。
 「自分は首都に潜伏中、反抗的とみなされた市民を匿うなどしましたが……。自分が捕まったことで、彼らも捕まってしまったかもしれない。申し訳ありません、王女様。自分は、あまりにも無力です」

 リルラピスの指示で、タグスは別室待機となった。
 ヒデはパズートらに問いかける。
 「市民の間にも、これだけ暗殺と遺言偽造の話が出回っている。ブロンは限りなく犯人に近い。なぜ、王室にいたあなたたちは追及できなかったのですか」
 パズートが答える。
 「まず、毒殺の証拠が見つからなかった。急な体調悪化だから、毒を疑い検査もした。だが毒物反応は出なかった。日本からもらった毒物検査機も使ったのに、だ。そして遺書の筆跡は、バルテス王のものだった」
 「筆跡を真似ることは、不可能ではないのでは?」
 ヒデはTVなどで見たことがある。手先が非常に精緻な人間は、書き手のくせや筆圧を再現して、文字をそっくり真似ることが可能だ、と。
 パズートは困り果てた表情になる。
 「それはワシたちも疑った。書けそうな者も、確かにいたのだが……」
 ブロンの側近で芸術大臣のビル・センシュードは非常に精緻な手先を持っている。その弟子でブロンの近衛騎士を務めているステンス・ガンデイスンも。どちらかなら遺言状は書けただろう、と。
 ちなみに、ビルはバルテス国王の存命中、贈収賄の罪で大臣職を罷免されていた。ステンスもかなりひどいことをしていて、バルテス国王が生きていれば厳罰は避けられなかったという。この『かなりひどいこと』について、リルラピスたちは説明を避けた。ヒデから見て、話すに堪えない内容に思えた。なので、強いて聞かなかった。
 二人とも、バルテス国王に恨みがあったのは間違いない。動機も遺書を偽造するだけの腕前もあった。が、証拠がなかった。
 何より問題は、遺書に押されたのが国王の『真印』だったという。
 真印とは、重要性の高い国の文書に押される印鑑で、国王だけが押すものである。
 しかもただの印鑑ではない、とパズートは言う。
 「我が国には、日本と同様に重要書類に印鑑を押す文化がある。我が国の印鑑には魔術機構が組み込まれていて、本人の魔力を流さないと押せないようになっている。つまり、偽造できないうえに、本人の意思がなければ押されない。ゆえに、印鑑が押された書類は強力な法的根拠を得る」
 真印には、さらに複雑な魔術機構が組み込まれ、国王以外絶対に使えない。だから、直筆と思われる遺言状の正当性が成り立ってしまった。
 「それまでの王様の態度から考えて、ブロンに王位を譲るとは思えない。だが、真印を押されては……」
 日本のヒーロー技術を使えば真印の偽造も可能では、とヒデは思う。クリスティア王国には日本から持ち込まれたヒーローアイテムも少なくないはずだ。
 リルラピスに聞くと、彼女は否定した
 「王室の者には、真印の真偽を見抜く力があります。私から見て、あの遺書の真印は……父上のものでした」

 ブロンがバルテス国王を毒殺したかは、現時点ではだれにも証明できない。
 それでも、リルラピスはブロンへの反乱を決意した。
 ドラクローが、静かに問いかける。
 「王女様。一緒に戦うことを決めたわけだが、ブロンのこと、バルテス国王のことをどう思っている。今のところ、王位継承自体は正当に行われたとしか言えない。国民の不満があっても、あなたは掟に逆らうことになる。それでも戦おうとする気持ちを、聞かせてくれないか」
 リルラピスが、そっと口を開く。
 「私自身も、叔父上が父上を暗殺したのでは、と疑っています。ですが、もし、もし父上が本当に病気で、本心で遺言状を書いたなら、真印を押したなら、それはもう、仕方のないことだと思います」
 そう語るリルラピスは、寂しそうだった。
 リルラピスは病状悪化を理由に、亡くなる2週間前から父に会うことはできなかったという。家族との愛別離苦は、ヒデにも理解できた。それが陰謀かもしれないなら、なおさらだ。
 リルラピスの声が、震える。
 「父上は叔父上を信じていました。亡くなった母上だって……。地球に転移するという一大事を乗り越え、一緒にクリスティアを良い国にしていけると。だから私も、遺言と叔父上を信じてここに……でも!!」
 そして、泣き出した。
 「叔父上が日本政府とユメカムに追従し、国の伝統を壊し始めるとは思わなかった。ユルリウス神を廃するなんて!挙句、あの密約……。嘘だと信じたかった。国民の気持ちを無視して、島を売るなど!叔母上まで幻惑魔術に手を出して、こんな、こんな……!!」
 必死に涙をぬぐい、うめくリルラピス。
 「私を信じて反乱を起こした人も……!!こんなことになるなら、2年前にもっと早く……!!私、ティアーズから逃げなければ……!!」


 ヒデはここに来る前、エトフォルテの病室でドラクローとともに聞いた、グランの話を思い出す。
 「グランさん。ブロンという人は、兄の暗殺を企てる凶暴な人なのですか」
 グランは深いため息をつき、首を横に振る。
 「昔はそんな人ではなかった。武術の腕は騎士団随一、王室に恥じない人だった。あこがれていた人も多い。だが変わってしまった」
 ドラクローが聞く。
 「変化のきっかけに、心当たりは?」
 「きっかけがあるとすれば、4年前の魔王との戦いで、息子のアミル様を失ったからだろうな」
 神器ティアンジェルストーンを持ち出して、日本人に託して死んだアミル。ブロンは、看取ってやることができなかったという。
 「ブロンと妻のイリダも、ずいぶん落ち込んだ。だが、それはバルテス国王とリルラピス王女も一緒だ。バルテス様は妻のサフィーア様を魔王軍に殺されている。王女様にとっては母親にあたる」
 ドラクローが呟く。
 「家族を、大切な人を亡くしたのか」
 多くのクリスティア国民が、魔王軍のせいで大切な者を亡くしている、とグランは言った。
 「それでも、少しずつ前を向いて生きよう、頑張ろう。王室は国民の歩みを助け続ける。魔王との戦いの後、バルテス様は国民に演説した。あの時の王様の立派なお姿を私は生涯忘れない。演説の場にはリルラピス王女も、ブロンもイリダもいた。バルテス様は悲しみを知った皆が一緒に、同じ道を歩むことを信じていたはずだ。私も騎士として、王室と国民を助けるために働きたかった。それなのに、ブロンは……」
 悲しみにとらわれて落ち込み、時に心が怒りに転じいらつく気持ちは、かつてヒデも経験している。
 だが、息子を失った悲しみにとらわれて、
 『兄を殺して姪を追い出し、国をわがものに』
 なんて発想に至るものなのか。
 ヒデだって祖母を亡くして辛かったけど、親しい人たちを裏切る真似だけはしなかったつもりだ。もし今ヒデがこんな理屈をこねたら、ドラクローたちだけではない、あの世にいるスレイにも祖母にも思いっきり怒られる。そして、おかみさんことハウナにエトフォルテの外にぶん投げられてしまうだろう。
 再びため息をついたグランは、ブロンの凶暴化にもう一つきっかけがあったかも、と言う。
 「ブロンはバルテス様の名代で、イリダと一緒に日本に出向くことが度々あった。日本の空気を吸いすぎたのかもしれないな。サンデーファイト理論というのが、日本にはあるだろう」
 ヒデは答える。
 「日本人は日曜日が近づくと、闘争心が高くなるという理論ですね。まさかブロンも?」
 「ああ。バルテス様が亡くなる少し前から、日曜日が近づくたびにイライラしていたようだ。日本人の吐く息に、変なものが含まれていて伝染したのでは、という者もいる」
 冗談でも嫌な話だ。
 「ですが、来日したのはバルテス国王も同じ。同行したクリスティア人も少なくない。みんなイライラし、凶暴になったのですか?」
 ヒデの問いかけに、グランは考え込む。
 「言われてみれば、イライラしたのはブロンの側近とイリダくらいだな。私も何度か日本に滞在したが……自分の心が凶暴になったとは思わん」
 そら見ろ、とドラクローがたしなめる。
 「グランさんよ。心変わりを空気のせいにすんな。俺はヒデたちと1か月近く一緒だけど、イライラなんてしない。日本人に失礼だろ」
 「すまない。二つ目のきっかけは忘れてくれ」


 リルラピスはブロンを信じていた。
 大切な家族を亡くした者であり、親戚同士。手を取り合って頑張っていけると信じていた。
 それを裏切られた気持ちは、どれほど悲しくて辛いことか。
 同じ状況が自分の周りで起きたら。家族同然の仲間にこんな形で裏切られたら。ヒデだって耐えられない。
 ヒデの思いをよそに、やめてくれ、と言わんばかりの悲痛な顔で叫んだのは、少年のような近衛騎士アレックス。
 「無茶言うなよ、リル!あの時遺言状がニセモノだなんて叫んだら、ブロンは速攻で潰しにかかってた!!」
 お嬢様な魔術師エイルも続く。
 「そうですわよ!!誰も王女様が逃げたなんて思わない。逃げたなら、私達ここにいませんわ」
 王室の親戚にあたる近衛騎士のウィリアムが、辛そうな顔でヒデたちに説明する。
 「王位継承法では、国王の遺言状は絶対視される。遺言状に異を唱えたら、王室だろうと国家反逆罪で投獄。最悪死罪だってありえる。言い訳に聞こえるだろうが、あの時の僕たちは遺言を受け入れるしかなかったんだよ……。王女様を、守るために」
 だから2年前、リルラピスたちは大きく反論できなかったのか。
 パズートがドラクローに、殴り掛からん勢いで食って掛かる。
 「ドラクロー団長!!あんた、うちの王女様を泣かせてこの、この!!」
 パッさん落ち着いて、と、ウィリアムがパズートを羽交い絞めにする。
 さすがにドラクローも、弱っている。だがヒデは、ドラクローが単なる興味本位でリルラピスの気持ちを聞いたわけではないことも、理解していた。
 涙を拭いて、リルラピスが口を開く。
 「泣かされたのではない。私が勝手に泣いたのです、パズート。団長はエトフォルテを束ねる者として、直に私の覚悟を聞きたいだけなのですから。そうでなければ、一緒に戦えない」
 リルラピスは、まっすぐにドラクローを見つめる。
 「父は病死だったのかもしれない。遺言状は本物なのかもしれない。私は、国王にふさわしくないのかもしれない」
 それでも、と、決意を込めてリルラピスが言う。
 「私は、今の叔父上のやり方を認めるわけにはいきません。国の伝統を壊して、土地を、心を他国に売り渡すようなやり方を認めたくない。だから逃げない。負けたくない!!」
 そして、頭を下げた。
 「ドラクロー団長。エトフォルテの皆様。改めてお願いします。私たちに力を貸してください。この先日本のヒーローが襲ってくるというなら、エトフォルテの防衛にも私たちは力を貸します!!」
 力強く宣言したリルラピスに、クリスティアの仲間たちも強く頷く。
 「ユメカムがここまでやることを認めた日本政府とヒーロー庁は、もう信用できません。昨日軍師ヒデたちは、私の仲間を守るために全力を尽くしました。私たちは、あなたたちを全力で信じ、ともに戦います」
 おおお!!と、出席者たちは湧きたつ。エトフォルテもクリスティアも、みんな笑顔だ。
 ヒデは提案する。
 「では、策を練り、首都ティアーズに乗り込みますか」
 策が整いさえすれば、ヒデはすぐにでも乗り込むべきだと思っていた。
 エトフォルテの皆もやる気になり、乗り込もうと言い出す。
 しかし、リルラピスは首を横に振った。
 「その前に、やっておきたいことがあります」


 直後、かすかに建物が揺れた。
 テーブルに置かれたティーカップに波紋が広がる。地震だ。
 そういえば昨日、着いたばかりの漁村の駅でも地震が起きた。
 ヒデは質問する。
 「クリスティアは、地震が多い国なんですか?」
 クリスティア王国は日本の太平洋側にある。もし地震の多い国なら、日本でも地震の頻度が増えそうなものだが、そんなことはない。
 リルラピスが答える。
 「さきほどの『やっておきたいこと』ですが。ティアーズに乗り込む前に北部の採掘場を制圧し、捕らえられた人たちを開放したいと考えています。採掘をやめさせれば、この地震もきっと治まります」
 採掘場と地震に何の因果関係があるのか。
 エトフォルテの者たちは、腑に落ちない顔をした。



 

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