エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第49話 横転・傲慢・切断

 異世界から日本近海に転移したクリスティア王国では、転移から4年で地球式の生活様式が一般化した。
 時間は24時間で計測し、距離や重さの単位も地球式。首都ティアーズのある本島は、車が走るための道路が島内の各街を結ぶように整備されている。
 朝陽が昇り、日本の中の異世界を照らす中、本島東部にある重点復興地域オウラムに向かい走る輸送車両群があった。バルテス国王が存命中、騎士団の移動に便利だと判断し購入した大型装甲トラックだ。
 バルテス国王は日本でトラックをはじめとした作業車両を大いに気に入り、買うだけでなく自分で使い方を覚えて騎士たちに扱い方を伝授していた。
 国民の生活に役立ちそうなものがあれば、まず自分で調べて使い方を覚え、みんなにわかりやすく教える。バルテス国王はそういう政治家だった。騎士団も国民も、そんな国王を愛し、復興に向けて頑張っていた。日本からの技術や文化を取り入れ、クリスティアの伝統を守っていこう、と。
 彼が亡くなって2年。新たに就任したブロン国王は、日本から車両だけでなく多数のヒーロー武装や家電を大量購入し、クリスティアの生活様式をさらに日本に寄せようとしている。バルテス前国王の業績をなかったことにしたいのか、と国民が思うほど、生活様式の変化は止まらない。主神ユルリウスの像を壊し、日本人向けのリゾートを作るために住民たちを強制退去させる。日本から復興支援に来ているユメカムコーポレーションと一緒に、自然と伝統を壊しながら。
 こんな状況だから、心ある騎士たちは次々に騎士団を辞めるか、反抗的な態度をとる。そして捕縛されてしまう。新たに入ってくるのは、新国王の威を借り、ヒーロー武装で楽をしたいと考える、怠惰かつ粗暴な若者ばかり。
 リーダー格のユメカム監督官を筆頭に、とても騎士とは呼べない100人と大量のヒーロー武装を乗せた10台の装甲トラックは、現在重点復興地域の拠点オウラムに向かって進んでいる。
 ブロン国王の暗殺をもくろんだリルラピス王女たちを攻撃し、捕らえるために。


 車内の時計が朝7時を少し過ぎたころ。
 トラック群はティアーズとオウラムを結ぶ唯一のトンネルの中間地点で、爆発音とともに横転し立ち往生した。


 装甲トラックの荷台から、次々と下車し現状を確認しようとするブロン派の騎士たち。
 騎士たちがまず目にしたのは、トンネル路面に仕掛けられた有刺鉄線。
 「これでタイヤをパンクさせたってのか!」
 騎士の分析に異を唱えるのは、ユメカムから派遣された監督官・田島。
 「このトラックは、パンクに強い特殊タイヤを使っている。このくらいの有刺鉄線でパンクしないはずだ」
 そういえば、横転する前に爆発音を聞いた。タイヤのパンクする音ではない。爆薬の類が爆ぜる音だ。
 別の騎士が、横転の原因を突き止めた。
 「せ、接着剤だ!!敵は接着剤で装甲車のタイヤを絡めとりやがった!!」
 「ダメだ!水の魔術でも洗い流せないほど粘着力が強い!!」
 つまりこういうことだ。
 リルラピス王女たちはトンネル内に有刺鉄線と接着剤入りの爆弾を仕掛け、先頭車両を走行不能にした。走れない車両に後続車は次々とぶつかり、横転。10台中6台が使えなくなり、彼らはトンネル内で立ち往生してしまった。
 田島は焦った。おしゃれにセットした髪をかきむしりつつ、指示を出す。
 「いったん後続車両を後退させて、動けなくなった車をけん引して外に出すんだ。そして、首都に増援の連絡を!!」
 兵士が困った顔をする。
 「けん引したはともかく、電波状況が悪いのか通信機が使えません」
 昨日オウラムに向かった監督官・権藤が帰らないからまさか、とは思ったが、敵に先手を取られた。
 田島は、自分ではハンサムだと思っている顔が台無しになりかねないほど怒りの鼻息を豪快にならし、腕に装着した二連のビームキャノン(ブロン王が日本から購入したヒーロー兵器の一つだ。ちょっとした怪物なら瞬殺できる威力がある)を構えた。騎士たちに決意を示す。
 「小細工しかできない王女どもに負けてたまるか!!トンネル抜けたらオウラムの連中は殺してやる!!」
 権藤は首都で捕らえた反乱者たちと、さらにあまり乗り気でない騎士たちを連れて行った。いざとなったら彼らを人質にして、リルラピス王女を揺さぶるつもりだったのだ。おそらく、人質を使った揺さぶりに失敗し、権藤は捕まったか始末されただろう。
 今回の田島は、自分の周りをブロンに忠実な騎士たちで固めた。正面から戦っても勝てる大量のヒーロー兵器と、その扱いを覚えた騎士たち100人が同行している。
 負けるはずがない、と信じていたが、オウラムにたどり着く前にこの立ち往生。
 しかも接着剤と有刺鉄線とは、なんてベタな小細工なんだ。接着剤だけに!!
 仲間の騎士が不安げに言う。
「田島監督官。この先にも何か仕掛けてあるみたいだ。車が動けたとしても、進むのは危険すぎる」
 横転した中間地点より先にも、有刺鉄線やバリケードが仕掛けてあるのが見える。
 武装を降ろして歩こうと考えたが、このトンネルは地球単位で約3km。こちらを中間地点で立ち往生させ、残り1.5kmに罠を仕掛けないほうがおかしい。大量の武装を背負って罠の中を歩くのは不可能だ。
 仮にトンネルを無事抜けたとして、オウラムまで車であと2時間かかる距離を歩くのは、人間離れした体力があっても無理がある。
 田島のイライラは最高潮に達し、額から汗となって吹き出す。汗をぐいと拭い、もう一度叫んだ。
 「小細工しかできないやつらなんぞに…」
 突然、少年の声がトンネル内に鳴り響く。
 「じゃあ、小細工以外のものを見せてやるっ!!」
 どこで誰が言った声だ!?
 騎士が叫ぶ。
 「トンネルの上!!」
 その直後、黒い翼を広げた影が、剣を構えて騎士たちに飛び掛かる。
 「飛走旋斬刻(ひそうせんざんこく)っ!!」
 黒い影はすさまじい速さで騎士たちの間を飛び回り、騎士たちの腕を斬り裂いた。
 悲鳴を上げる騎士たち。影はトラックが入ってきたトンネル入口まで飛び去る。
 敵の動きが速すぎて反撃が間に合わない。監督官たちは慌てて来た道1.5kmを走り、影を追いかけた。


 入口まであと少しというところで、今度は足元に矢が突き刺さる。
 トンネル入口に、リルラピス派の騎士たちが集結した。
 先ほどの黒い翼をまとった仮面の少年もいる。その姿は、まるで獣人。少年と似たような服と仮面を身に着けた黒髪の仮面の男は、日本刀を持っている。
 いつの間に、リルラピスたちは獣人と日本人を仲間にしたんだ?
 田島の疑問をよそに、先頭にいるたくましい騎士の男が叫ぶ。
 「私は重点復興地域の騎士、グラン・ディバイ。昨日、諸君らの仲間がオウラムを襲い、王女様を脅迫した。彼らは全員捕縛させてもらったぞ!」
 グランは彼専用の鎧に身を包み、自身の身の丈に匹敵する長さの大きな両手剣を構えている。
 「武器を捨てて投降しろ。さもなくば全員の命をもらう」
 田島とグランの距離は、12,3メートル。
 これは人並外れた戦闘力を持つ者同士にとって、一般人同士が気軽に握手するくらいの距離。つまり、その気になればすぐに攻撃に転じ、命を奪える距離だ。
 田島は鼻で笑う。
 「最新鋭のヒーロー武装に、異世界の武器が通じるかよ!」
 すると、グランが短く言った。
 「爆破」
 直後。
 トンネル内でボン、ボン、と爆発が起こった。トンネル上部を固めているコンクリートが砕け、灰色の煙が立ち込める。
 「諸君らが来る前に、トンネル内に爆薬を仕掛けさせてもらった。今爆破したのはその一部だ。投降しないなら、我々は残る爆薬を使って諸君らを生き埋めにする!!」
 ブロン派の騎士たちが、不安におののく。
 だが、田島は違った。自分だけは死なないという自信があった。
 「先行した権藤は、監督官の中でも低レベル。俺を権藤と同じと思わないほうが身のためだぜ」
 自分は権藤より年上だし、顔も頭もいい。お高い特注のビジネススーツだって着ている。だから負けるはずがない。
 何より、異世界なんてものは日本より下で当たり前。そもそも日本の世話になってるのだから、クリスティア人はおとなしく言うことを聞いていればいいのだ。異世界は日本人に救われるのが、小説のお約束。田島は今までそういう物語を読んできた。
 グランがもう一度問いかける。
 「貴様。投降する気はないのだな」
 田島は胸を張り、警告したグランを鼻で笑う。
 「投降するなら死んだほうがはるかにマシだね!!てか、俺のこのスマートウォッチのアブゾーバーがクソみたいな異世界魔術で破られることはない!だから、お前たちは俺を殺せない。俺は投降しない。殺せるなら殺してみろ!!その前にお前らを皆殺しにしてやる!!」
 田島がキャノンを構えた、次の瞬間。
 日本刀を持った仮面の男が、突風のごとく距離を詰め監督官に駆け寄り、鞘から刀を抜き放つ。
 刀はキャノンを握る右手首を切断。
 あまりに早く、鋭く、重い一太刀。キャノンごと、田島の右手首が落ちた。傷口が氷柱でも突っ込まれたかのように冷たく痛い。

 刀の男と入れ違いで、今度はグランが大剣を振り上げ突撃。
 水の魔術機構内蔵のグラン専用の大剣は、刃から水を発する。刃に付着した血と脂を浄化するための水を。クリスティア王国騎士の標準装備と同じ機能だが、この大剣はその発生速度を爆発的に高め、水を超高圧噴射するグラン専用の特殊機能『エクストラモイストスプラッシュ』(命名:魔術機構師のエイル)仕立て。
 大剣はまず監督官の体を守る見えない光の壁『アブゾーバー』を斬り裂き、右肩から左わき腹を見事に袈裟斬りにした。鋼と水の刃に同時切断された監督官は、すさまじい悲鳴を上げ、血しぶきをまき散らして倒れた。
 グランが殺気をたぎらせ、怒鳴る。
 「この剣がクソに見えるのかっ!!」
 ひいいい、と悲鳴を上げて後ずさるブロン派の騎士たち。
 一方、死にゆく田島の頭は完全にパニックを起こしていた。
 武器を使う間もなくアブゾーバーごと斬られた!!異世界ごときに殺される!!自分は死ぬ!!
 意識が崩れ落ちる中、監督官は敵がはやしたてる声を聞いた。
 「さすがわれらの騎士グラン」
 「神剣組の威蔵殿と、エトフォルテのカーライル殿も素晴らしい」
 日本のヒーローにも悪の組織にも恐れられた、あの神剣組がクリスティアに!
 そして獣人は、今ヒーローを殺しまくっているエトフォルテ!
 伝えなければ、ほかの監督官に、ブロン王に、日本の本社に!
 残る力を絞り出し、スマートウォッチの緊急通報機能を作動させようとした監督官。
 だが、トンネル内で通信機器が使えないことを思い出す。そもそも右手首を斬られたので、ウォッチが操作できない。
 もはや自分にできることは、何もない。
 意識が消えゆく中、田島はリルラピス派の騎士が、無慈悲かつ無邪気に自分を見下す笑い声を聞いた。
 「威蔵殿。こいつ昨日の奴以下の最低レベルっすね!」
 ああ!俺、権藤以下!
 その嘆きが、監督官・田島の最期の思考になった。
 

 瞬殺された監督官を見て、ブロン派の騎士たちは恐慌をきたす。
 勢いづいて敵を見下す味方を、威蔵が静かにたしなめる。
 「敵を安易に見下した瞬間、我々も最低レベルに落ちる。忘れないように」
 リルラピス派の騎士たちは感心しつつ、表情を引き締める。
 グランは畳みかけるように叫ぶ。
 「いいか。これが最後の警告だ!武器を捨てて投降しないなら、我々はトンネルを爆破して諸君らを生き埋めにする!今すぐ決めろ!!投降か、死か!!」



 

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