エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第15話 迎撃準備! 木曜編

 
 ヒデが蕎麦屋で働き始めて間もないころ、乱暴な客が入ってきたことがある。その日は祝日の昼で、親友の和彦も店に食べに来ていた。
 一見すると、客は体格のいい食いしん坊といった風体の男だった。月見蕎麦を頼んだ男は、蕎麦を食べ終えるなり大将夫妻を呼びつけ、蕎麦の味から店の内装にいたるまで難癖をつけ始めた。すでにほかの客は退出していて、店の中には店主である大将と奥さんに、ヒデと和彦だけ。難癖はあまりにひどいもので、しまいに男はこう言い放った。
 「こんなひどい蕎麦と店に金は払えない。タダにしろ!!」
 大将は奥さんに耳打ちして、彼女を下がらせる。そして、男に静かに言った。
 「あなた、つゆまで飲み干して何言ってるんです。お代は払っていただかないと」
 すると男は、ポケットから名刺を取り出した。名刺には、有名なグルメ雑誌の記者だと書かれている。男は立ち上がり、カウンターテーブルを乱暴に叩いた。
 「雑誌の取材で必要だから全部食べたんだ。結果、この店はひどいと判断した。
 タダにしないなら、ひどい店だと記事にするぞ!!」
 この人、本当に雑誌記者なのか。怯えつつも呆れたヒデは、ざる蕎麦を食べていた和彦をちらりと見る。
 和彦も男の剣幕にびびりながら、ヒデと同じように呆れている。この男、絶対雑誌記者じゃないぞ。和彦はそう言わんばかりの顔だった。
 一方の大将。深呼吸して、静かに言った。
 「それ以上うちの蕎麦を侮辱して騒ぐなら、営業妨害で警察を呼びますよ」
 とうとう男は月見蕎麦の丼をたたき割り、椅子を蹴り飛ばした。そして大将に怒鳴りつける。
 「呼べるもんなら呼べ!!痛い目見たくなきゃ、タダにしろ!!」
 すかさず、大将はカウンターの電話を手に取る。乱暴男が大将の電話を奪おうとした瞬間、店に警察官が入ってきた。実は大将は奥さんを下がらせるときに、携帯電話で警察を呼ぶよう頼んでおいたのだ。
 大将の用意周到さにヒデは舌を巻くと同時に、乱暴男に一歩も引かなかった豪胆さに感動した。
 警察が乱暴男を連行し、大将と奥さん、ヒデと和彦はほっと一息ついた。
 「大将、怖くなかったんですか」
 和彦に質問された大将は、いやあ、実は結構怖かったんだ、と苦笑い。そして、店の本棚を見やった。本棚には大将ごひいきの、マフィアや暗殺者を扱った、いわゆるレトロなダークヒーローの劇画がずらりと詰まっている。日本中の飲食店や床屋に、きっと1冊は置いてあるタイトルだ。
 「でも、適当なことはやれない。おれの読んできた劇画の主人公は、まず適当なことは言わない、やらない。自分を、仲間を守るために常に冷静で、落ち着いている。
 そして、己の譲れないもののために全力で戦う覚悟がある。こういう点は、実際の人生に生かすべきだと思っていた」
 ドヤ顔で決める大将に、困り顔で苦言を呈する奥さん。
 「格好をつけて、もう。私は警察が来るまでひやひやしていたんだから」
 「すまん、すまん」
 そして大将は、ヒデと和彦へ今後のためにと、こう言い聞かせた。
 「ああいう場面では、まず、適当に謝ったりしないこと。適当に勢い任せでなんとかなる、と思うのが一番いけない。限られた時間でも、言うべきこと、やるべきことを考えてから動くんだ。
 特に、あの手の客が来た時にやっちゃいけないのは『とりあえず謝っておく、おとなしくしている』だ。
 お客さんを大事に、は商売の基本だが、脅してくる奴には絶対屈しちゃいけない。相手は余計つけあがる。この店は脅しが通じるからと、次も同じことをする。ほかのお客さんは嫌な気持ちになる。そして、店が駄目になる。
 商売人は、そういう連中になめられちゃいけない。はっきりと、屈しない意思を見せる。それが大事なんだ。お客さんと店を守るためにも」
 ただし、と付け加えた。
 「屈しないからと言って、こちらが暴力を振るったら駄目だ。まずは説得。やばいと感じたら、すぐ警察を呼ぶこと」
 ヒデも和彦も異論はなかった。

 しばらくして、警察が教えてくれた。
 乱暴男は雑誌記者を名乗って小さな飲食店に入っては店主に難癖をつけ、記事にすると脅し、無銭飲食を繰り返していたという。
 お金に困ったからではない。自分は人を脅して無銭飲食するのが好きでたまらない、店主たちが恐れおののくのを見るのが大好きだからそうした、とも。
 この時、大将夫妻は七十代。店にはほかに大人の客がなく子供(ヒデと和彦)しかいないなら、たやすく脅しに屈すると思ったらしい。これを聞いた和彦はヒデに言った。
 「あの男、あちこちの街で20回近く脅迫と食い逃げをやってたらしいな。事実は小説よりも奇なり、ってか。都会で暴れてる怪物や、悪堕ちヒーローなんてのも、あんな心理で生きてるのかね」
 ヒデもそう思った。
 「きっとそうだ。僕は怪物も悪堕ちヒーローも見たことないけど」
 「俺もさ。きっとこの先も見ることはないだろう。脅迫食い逃げ男だけで十分だ」
 風海町に本物の怪物とヒーローが現れ、その戦いに祖母が巻き込まれて死んだのは、脅迫食い逃げ男事件から3年後のことだった。


 そして今。ヒデは自室で軍師服に着替えながら考える。
 エトフォルテを守るために警察は動いてくれない。自分たちで屈しない意思を見せ、シャンガインと戦わなければならない。
 暴力が良くないのは百も承知だ。しかし、エトフォルテを守る手段が暴力しかないなら、使うしかない。
 蕎麦屋の大将はきっと自分を認めてはくれないだろうが、それでも、ヒデは軍師として、ドラクローたちの戦いを支える覚悟を決めた。大将の好きだったダークヒーローのように、どこまでも冷静に、落ち着いて、全力で戦う覚悟を。


 新たな仲間、孝洋を加えて戻ってきたヒデは、手に入れた薬の仕分けを済ませてから、ドラクローたちエトフォルテ人の幹部と、仲間になった日本人たちと一緒に対策会議を始めた。
 ちなみに、礼仙兄妹は食材の下ごしらえ係に回され、ムーコとハウナに付き添って仕事を教わっている。リーゴは技の部の団員を総動員してエトフォルテの修理を急ピッチで進めているため、この会議室にはいない。
 会議を始めるなり、ハッカイが提案してきた。
 「シャンガインをぶっ飛ばすのにいい武器があるぜ」
 ふふん、と自慢げに鼻で笑って、ハッカイは皆を見回した。 
 「エトフォルテの船首に取り付けられた主砲だ。
 この前はエネルギーを使い切って駄目だったが、日曜日までに主砲用のエネルギーはチャージできるはず。正面から飛んできたところを主砲で仕留めちまおう」
 「ハッカイに賛成!!」
 すかさず、弟分のカーライルが手を挙げた。ヒデは質問する。
 「主砲の威力はどのくらいですか?」
 「エトフォルテと同じ大きさの隕石を、余裕で砕く光線をぶっ放す。そうだよな、モルル」
 1万人近い住民と宇宙を旅してきたエトフォルテは、かなり大きい。ヒデは昔旅行で、軍艦のように見える日本の島を見たことがある。エトフォルテの外観は、あの島を10倍以上大きくしたようなイメージだ。主砲はそれを余裕で砕くのだから、すさまじい威力である。
 日本人一同がその威力に驚く中、補足を求められたモルルからこんな言葉が。
 「威力としては申し分ないのですが、二つ問題が。
 一つ。今エトフォルテは浮上できない。やつらのロボ、シャンガイオーがエトフォルテより高く飛んでいたら、当たりません。
 もう一つの問題は、現在エトフォルテは航行も旋回できないということ。この位置から主砲を発射したら、どれだけ威力を抑えても陸地に命中します」
 ハッカイとカーライルの顔に、はてなマーク。
 「やつらが倒せればいいじゃないか。なあ、ハッカイ」
 「何が問題なんだよ。モルル」
 モルルが静かにたしなめる。
 「二人とも、陸地に何があるか考えてください」
 ヒデは気づいてしまった。おそらくこの場にいる日本人たちも気づいてしまった。
 モルルがため息をついて、言った。
 「主砲の先にあるのは、ヒデの故郷。さらにその先には孝洋の故郷があります。陸地に光線が当たれば、住民が死にます」
 そんなのは駄目だと、ドラクローがモルルに続く。
 「ハッカイ先輩。カーライル。あくまで俺たちの戦いはエトフォルテを守るためのものだ。ヒーローは許せないが、無関係な人たちを巻き込む攻撃はできない」
 「ここに墜落した時点で、もう巻き込んでるじゃねえか」
 ハッカイが強く主張するが、ドラクローは主砲の使用を許可しない。
 「だからって、エトフォルテの防衛と関係ない人たちを殺したら、俺たちもあいつらと同じになっちまう。
 あくまで倒すのは“敵”だけだ」
 ドラクローが、真剣な目で二人を見つめる。ハッカイとカーライルはまだ納得していないようだ。場の空気が熱く感じられるほどのにらみ合いは、3分近く続いた。
 にらみ合いの後、カーライルがすまなそうに頭を下げる。
 「ごめん。主砲はやめよう」
 ハッカイも、ふう、とため息をついて、口を開く。
 「いいだろう。俺も主砲は無しでいい。
 日本のヒーローはむかつくが、だからって、関係ない日本人を殺していい理由にはならねえもんな。もらった缶詰がまずくなる」
 そこにタイガが、安心した様子でツッコミを入れた。
 「確かに先輩、今朝孝洋の家のオリーブサバ缶『うめえ!!』ってめっちゃ食べてたもんな」
 思わぬ指摘に、赤面するハッカイ。
 「べ、別に、缶詰が美味いから主砲を使わないことにしたんじゃ、ないんだからな!!」
 ドラクローやハッカイが無関係の日本人を巻き込まない選択をしてくれたことが、ヒデには嬉しく、ほっとした。

 ドラクローが会議の場を仕切り直す。
 「残る全団員でシャンガインと戦うのは、危険だと思う」
 シャンガインと戦ったジャンヌが、悔しそうに同意した。
 「問答無用で襲ってきた連中に動揺して連携が取れなかった、というのもあるけど…。あいつら、一対多数の戦闘にかなり慣れている様子だった」
 それはやるべきではない、と同意したのはマティウスだ。
 「ほとんどのヒーローに言える傾向として、彼らは一対多数の戦闘に非常に強いわ。やつらは、『悪の組織の戦闘員』をなぎ倒すことに慣れている。大人数で戦うのは、危険すぎる」
 マティウスの言葉に、エトフォルテの者たちは沈痛な表情を浮かべる。
 そして、想定される連中の戦術を、ヒデは解説した。
 「おそらく連中は、シャンガイオーでエトフォルテを外側から集中的に襲います。こちらの対空装備が使えないこともやつらは知っている。なによりこの前の戦いでは、降りたことで一人殺されているから、ロボを降りない」
 そうなると、エトフォルテの戦闘方針は限られてくる。
 「ロボごとシャンガインを倒すか、ロボから引きずり出して倒すしかない。
 ただし援軍で、ほかのレギオンの巨大ロボと結託してきたら、まずいことになる」
 結託、という言葉にジャンヌが反応した。
 「レギオン同士が結託するなんて、あるの?」
 ヒデの懸念をフォローしたのは、威蔵。
 「そういう事例は少なくない。しかし、シャンガインはヒーロー庁主導のレギオン。連中自身とヒーロー庁の面子がある。シャンガインだけでなんとかしようとするだろう」
 巨大ロボがこれ以上増えることはないようだ、と一同が胸をなでおろしたのもつかの間。
 「だが、シャンガイオーの2号機でも連れてこられると厄介だ」
 威蔵がさらに続けた。
 「ピンチになるとレギオンは、新たなロボを速攻で用意することがある」
 ハッカイが大声で嘆いた。
 「あのデカブツがもう一体用意されるってのか、神剣組よお!?」
 「2号機どころか、ほかのレギオンではピンチで新たにロボを5,6機繰り出した例もある」
 威蔵の解説に、ドラクローたちも唖然となる。威蔵は悪の組織ともヒーローとも戦っていたから、解説には説得力があった。
 頭を抱えたハッカイの叫びが、この場にいる全員の心中を代弁していた。
 「もう、冗談以上の冗談にしか聞こえねえ!!」
 ヒデもそう思う。だが、展開としては十分あり得た。
 恐れに満ちた空気を打ち砕くように、ドラクローがきっぱり言った。
 「絶対に、この船にいる仲間を死なせたくない。ロボが何体来ようと、なんだろうと。そのための戦術が必要だ」
 ドラクローはヒデに向き直る。
 「ヒデ。策はあるか」
 「ロボットの研究をしていた博士とアルさん。
 レギオンとフェアリンの支援組織にいたマティウスさん。
 神剣組の威蔵君。
 缶詰工場の孝洋君。
 そしてエトフォルテの皆ができることを組み合わせれば、必ず活路は見出せます」
 立場も考え方も皆違うけれど、だからこそ敵が思いもよらない作戦を生み出せるはずだ。
 そこに、バトルアイドールのアルから、ダイレクトかつ機械的なツッコミ。
 「缶詰工場というステータスは、戦術面にアドバンテージを見出せるでしょうか」
 もっともではある。しかし、
 「アルさん。覚悟を決めた人間は、周囲が想像もつかないほどの可能性を秘めています。ともに戦う仲間の可能性を、信じてください」
 「わかりました。軍師の意見を尊重します」
 ヒデの言葉に、アルは同意してくれた。

 「さて、活路を見出すために。まずはこれです」
 ヒデは、自宅から持ち出した一冊の分厚い本を取り出した。
 「ヒーロー庁が毎年発行している、日本のヒーロー情報を網羅した大図鑑。その最新版です。
 シャンガインの戦力情報をコピーした資料を配ります」
 ヒデはシャンガインのページを技の部に頼んで複製してもらい、エトフォルテの皆のために日本語の部分を翻訳してもらっておいた。
 ドラクローが資料をざっと見て、呟く。
 「国を守る戦士の能力とかを、毎年公表しているのか?」
 「ヒーロー庁に登録したヒーローに限ります。毎年春に発行される図鑑で、出てきたばかりのヒーローは情報が少ないのが通例です。しかし、シャンガインはヒーロー庁主導で誕生しているので結構詳しく載っている。参考になりますよ」
 シャンガインは、ヒーロー庁が運営するヒーロー育成機関から生まれたレギオン。この最新版には、同じ育成機関出身のマスカレイダーの情報も載っている。
 ヒデの回答に呆れるドラクロー。
 「悪の組織に手の内を明かしたら、負けるヒーローだって少なくないだろう」
 「ところがこれが負けないんですよ。なぜか」
 武器の性能や個々人の性格まで載せているから、悪の組織が一回は勝ちそうなものなのだが。ヒデの知る限り『この図鑑のおかげでヒーローに勝利した』と公言した悪の組織はいない。
 「よくわからない国だな。まあいい。俺たちが仲間を守れれば、問題ない」
 ドラクローは切り替えが早かった。今やらなければならないことを、きちんと理解している。
 続いてヒデは、メモ用紙と筆記用具を取り出した。
 「資料をもとに、今できる戦術。使えそうな兵器や手段。こんな戦い方はどうだろう、という案を、今から30分以内に、みんなでどんどん書いてください。私も書きます。
 30分後にそれらを精査し、組み合わせて、最適な戦術を決めましょう。
 お互いの意見を尊重し、批判は無しです。この船の皆を守るために、みんな全力で考える場ですからね」
 驚き半分、興味半分、という顔で、まきなとマティウスが呟く。
 「ブレーンストーミングで戦術を考えるのね」
 「斬新ね~。私、トータル武装デザイナーの本気を見せちゃうわ」
 そして、にやりと笑ってアルを見る孝洋。
 「よーし。じゃあ俺は缶詰工場の本気を見せますか」
 孝洋にツッコミを入れたそうなアルだったが、結局何も言わなかった。
 正直アルの先ほどのツッコミはもっともだった。だが、自分がそうであったように、覚悟を決めた孝洋の可能性を、ヒデは信じたかった。


 そして、対策会議は終わった。
 各々が迎撃準備に取り掛かる合間を縫って、ヒデは礼仙兄妹の様子を見にハウナとムーコのもとに向かった。
 礼仙兄妹はエトフォルテの子供たちに交じり、居住区の一角の炊き出しテントで野菜を切っていた。野菜はエトフォルテで栽培されているもので、見た目はニンジンやサトイモに似ている。
 「二人の様子はどうですか」
 ムーコが笑顔で答える。
 「とっても頑張ってる。二人とも、野菜の皮むきが上手だし、早いんだ」
 しばらくしてから、ハウナが休憩を宣言する。礼仙兄妹はヒデの姿を見ると、深々と頭を下げた。
 「軍師様、お疲れ様です!!」
 「軍師様、わ、わたしたちを置いてくれて、ありがと、です」
 兄妹そろって、ヒデを軍師様と呼ぶ。妹の翼は偽母親たちから辛く当たられたショックが強く、会話がぎこちないと、ヒデたちは時雨から事前に聞いていた。
 「軍師様なんて呼ばなくても、ヒデでいいです」
 「で、では、ヒ、ヒデ様」
 翼がおずおずと様付け。これには思わず苦笑い。
 「様もなしでいいから」
 「では、ヒデさんでいきますね」
 兄の時雨が呼び方問題に決着をつけた。
 「仕事が早くて上手だと、ムーコさんから聞きました」
 「ありがとうございます。家でできることはみんなでやろう、って、パパとママから教わったから」
 自分もそうだった、とヒデは子供のころを思い出す。
 そこにハウナもやってきた。兄妹の仕事ぶりについて話すと、ハウナは朗らかに笑った。
 「いやもう、この子たちはホント器用だわ。
 あたしがこの子たちくらいのときは、しょっちゅう失敗して指切っちゃってたもんね。もうスパスパよ。白い野菜真っ赤になっちゃったもんね」
 それは失敗しすぎだ。まあ、冗談だろうとヒデは思う。
 ハウナは時雨と翼の頭を撫でた。
 「偉いよ、二人とも。指切らないし、丁寧にやってくれるもんね」
 「そ、それほどでも…」
 ハウナの誉め言葉に、翼はぎこちないながらも笑った。
 しばしの後、時雨が切り出した。
 「ぼくたちのママに成りすました人、たちは…」
 「大丈夫。もう二度と、彼らが誰かに迷惑をかけることはありません」
 礼仙兄妹は、再び頭を下げた。
 「ご迷惑をおかけしました、ヒデさん」
 ヒデが倉庫で何をしたのか、察したらしい。
 「迷惑じゃない。きみたちのおかげで薬が手に入った」
 「悪い人が盗んだ薬ですよ。ぼくたちはそれを…」
 その先を言いよどむ時雨。翼も暗い顔をしている。盗品を返すどころかさらに別の組織に渡したのだ。良心の呵責に悩むのは当然である。
 ヒデはしっかりと兄妹を見つめて、言った。
 「盗品に関わったんだ。いい気持ちはしないだろう。それでも、君たちはいいことをしたんだ」
 「そうでしょうか」
 「そ、そう、かな?」
 暗い顔をした時雨と翼に、ムーコとハウナも声をかけた。
 「二人の教えてくれた薬はもう皆に使ってる。二人とも、この船の命の恩人だよ。私もみんなも感謝している。それを忘れないで」
 「恩人どころか、大恩人。すまなそうな顔じゃなくて、『どんなもんだい!!』って顔してもいいのよ」
 薬をエトフォルテに運んでから、まきなとアルが心の部の皆と薬の選別を手伝い、使えるものはさっそく使っていた。
 ムーコとハウナの言葉に、泣きそうな、笑いそうな表情を浮かべる礼仙兄妹。
 「みなさんこそ、ぼくたちの命の恩人です。この恩は返します、かならず」
 「わたしも、かならず」
 そのまま何度も何度も、頭を下げた。

 

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