エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第54話 託された願いと残された者

 エトフォルテとクリスティアは、戦力を三手に分けた。

 まず、北部の聖域にある採掘場解放のための部隊。リルラピスとドラクローを中心に、主要な面々50人がこの部隊に同行する。山中に潜伏している部隊50人と合流し、採掘場解放のために戦う。
 採掘場に攻め込む部隊は、付近の山中に潜伏している。彼らとの伝令は、リルラピスたちが 「伝書鷹(でんしょだか)」で行う。
 地球で言う伝書鳩の役割を、クリスティアでは鷹が担っている。特殊な訓練を施し、一定区間を往復できるようにした鷹は、すでにリルラピス・エトフォルテ合同軍の動きを仲間に伝えるため飛び立っている。山中で合流するまでには、情報を届けているだろう。
 鷹は、これまでも採掘場の現状をリルラピスに定期的に知らせていた。潜伏部隊からの情報では、採掘場の戦力はユメカムの監督官とブロン派の騎士あわせて約50人。全員がスマートウォッチやヒーロー武装を所有している。さらに、ユメカムが作った防犯ロボットが30体以上、殺傷力の高い装備を身に着け巡回している。囚われの作業員たちは、日本人とクリスティア人あわせて200人近いという。
 さらに、『グレイトフル・フェアリン』のメンバーの一人、『フェアリン・マイティ』こと久見月巴(くみつき・ともえ)が1か月前から駐留しているという。採掘場解放のためには、彼女との戦いは避けられない。このため、主戦力であるリルラピスとドラクローたちがこの部隊に参加した。


 次に、採掘場のふもとにある街『ガネット』を制圧するための部隊50人。
 街、といっても実際にはブロン派の騎士たち約100人の駐屯地で、民間人は50人くらいしかいない。民間人は、騎士たちの息抜きの場である酒場や遊技場を経営している。
 採掘場が敵に襲われたら、増援はすぐさまガネットから派遣される。首都から万が一増援が襲ってきた場合、増援はガネットを経由して採掘場に向かう。だから、グランと威蔵が中心になり、駐屯地の部隊を制圧することになった。
 今朝の増援部隊が乗ってきた車両のうち、無傷の物をティアーズ側のトンネルの外に待機させてある。グランたちは、この車両と増援部隊の服を使ってブロンの部隊に成りすまし、駐屯地に入って一気に制圧する。孝洋はこの部隊のための運転役を務める。


 最後に、リルラピスたちの拠点オウラムを守る部隊。ここには、ウィリアムの父が指揮する守備隊が残る。彼は過去に王室の近衛騎士を務めた優秀な弓術士でもある。
 主戦力が外に出る以上オウラムが手薄になってしまうのだが、首都とオウラムを唯一つなげるトンネルの中には、まだ横転した車両がある。仮に車両をどけられたとしても、トンネル内に粘着手榴弾や爆薬のトラップを追加することで、敵の車をトンネル内で立ち往生させられる。車を失った敵は重装備を担いでオウラムまで移動できないから、トラップを追加して防ぐことにした。
 エトフォルテから派遣された技の部の団員たちは、各部隊との通信するため、分散して配属されている。別れた部隊それぞれに、通信機と電波中継機を持たせた。エトフォルテでも日本のネットニュースを確認し、ヒーローがクリスティア王国に派遣されないか動向を確認中である。ブロンと日本政府が懇意にしている以上、日本から増援が送られる可能性もある。ヒデはドラクローとリルラピスとも相談し、情報が定期的に各部隊に伝えられるようにした。


 リルラピスたちは、昨日監督官たちが乗ってきたマイクロバスを使い、2時間かけて北に向かった。
 重点復興地域北部の山から、採掘場に向かうための山道を抜け、潜伏中の部隊と合流するのだ。
 マイクロバスは日本から持ち込まれたもので、クリスティア騎士が武装を身に着けたままゆとりをもって座れるように、席が改装されている。だから尻尾や翼のあるエトフォルテ人もなんとか座れた。それでも、ドラクローのように大きな尻尾を持つ者には窮屈で、2時間のバス旅はかなりのストレスになったようだ。
 バスから降りたドラクローは、ヒデにこっそり言った。
 「採掘場を解放して帰るときは、ゆったり座れる車に乗りたい。尻尾が押し付けられて、しびれちまったよ……」
 そう言って、しびれを解きほぐすようにゆっくり尻尾を振る。龍族の団員達が数人、同じようにしていた。
 日本人の感覚で言えば、バスの中で2時間正座して過ごすようなものだったろう。長時間の正座のきつさは、ヒデも身にしみてわかっている。就職してから町内会の書記を任され、改まった場に出席して長時間正座することが度々あった。
 帰りの車のことも考えなければ。ヒデは答える。
 「採掘場にも大型車があるそうです。手に入れたら、座席を改造しましょう」

 これから潜伏部隊と合流し現状を確認。同時に、試験農場付近にいる部隊の伝令にも伝書鷹を放ち、採掘場解放と同じタイミングで農場を解放する戦いを仕掛ける、と指示する。
 決戦は、明日。土曜日の朝だ。
 山道はなだらかで、気温もそれほど高くない。木々も多く、山というよりは森を歩く感覚に近い。先頭を行くクリスティアの騎士たちが、剣を振って長い草を払っていく。そのあとにリルラピスたちクリスティア人、そしてドラクローとヒデたちエトフォルテが続いた。
 地球人が普通に歩く分には、問題なかったのだが。問題は仲間の大半が、クリスティア人とエトフォルテ人だったことだ。
 みんな、歩調が速い。体のつくりが地球人と違うし、ほとんどが戦闘訓練を受けた戦士だから、当然と言えば当然なのだが、とにかく速い。地球人が散歩するくらいのノリで、息も切らさずどんどん進んでしまう。
 同行したヒデとジューン、まきなとアルはあっという間に置いていかれた。
 ヒデたちはやむなく、ドラクローたちに歩調を落としてもらった。


 途中で15分ほど休憩をはさみ、約2時間歩き続ける。ヒデたち地球人は、さすがに疲れてきた。
 森の奥から、鳥の可愛らしく澄んだ鳴き声が聞こえてきた。
 ここに来る途中でも鳥は鳴いていたから、ヒデは特に気にしていなかった。が、鳴き声を聞いた直後、隊列が止まった。
 リルラピスに付き従う近衛騎士ウィリアムが、止まるよう指示したようだ。
 「王女様、しばしお待ちを」
 ヒデたちが様子をうかがっていると、ウィリアムが口笛を吹く構えをとる。
 何をするつもりだろう?
 すると彼の口から、鳥そのものの鳴き声が放たれた。先ほどの鳴き声と同じ、とても可愛らしく澄んだ鳴き声が。
 ウィリアムは明らかに、鳥の鳴き真似をしている。鳴き真似は2分近くに及んだ。
 「な、なにをしてるんですか、いったい?」
 呆気にとられたヒデが聞くと、ウィリアムは答える。
 「これは鳥奏曲(ちょうそうきょく)。我が家に連なる弓術士だけが使える通信手段で、鳥の鳴き声を真似て遠くの相手に意志を伝える。森の奥から鳴き声がしただろう。あれは、潜伏部隊からの身分確認だ。これに僕が、ちゃんとした仲間だよ、と答えた」
 ドラクローが納得する。
 「同じ鳴き真似をすることで、仲間だと確認するわけか」
 ちなみに、鳴き真似のレパートリーは30種類以上。人間が森や山に入るということは、野生動物の領域で活動することでもある。特定の鳥の鳴き真似をすることで、ほかの動物の警戒心を和らげ遠ざける、という効果もあるそうだ。
 「いろいろと役立つ技だな」
 感心するドラクローに、にやりと笑うウィリアム。
 「あと、鳥奏曲は安眠や精神統一の手段にもなる。鳥の鳴き声には、リラックス効果があるからね」
 

 数分後。
 森の奥から、足音が聞こえてきた。
 弓を携えた騎士が10人。静かに歩いてやってきた。リルラピスの姿を見て、膝をつく。
 部隊長と思われる男が、挨拶する。
 「王女様。そしてエトフォルテの皆様。お疲れ様です」
 部隊長は30代半ばのたくましい男で、弓矢を装備している。濃い緑色の髪と黒い鎧が、地球で言うところの迷彩色を連想させ、手練れの軍人、という感じだ。この国の弓術士は鳥にあこがれる傾向があるらしく、部隊長もウィリアムと同じ様に羽飾りを身に着けている。
 「伝書鷹で事前に話を聞いています。俺はジャイロ・ハマー。エトフォルテの助力に感謝します。早速ですが、ドラクロー総団長と軍師ヒデに、採掘場の現状を伝えたい。王女様もご一緒に。この先に、俺たちのベースキャンプがあります」

 ベースキャンプは開けた場所に設けられ、テントが張られている。潜伏部隊は、ジャイロを含めた精鋭50人。
 採掘場は、ここからさらに30分ほど歩いたところにある。ブロン暗殺が延期になった後も、ジャイロたちは解放に備え偵察を続けていた。
 ベースキャンプの兵士たちが、水を振舞ってくれた。近くの湧き水を汲み、魔術機構で不純物をろ過して飲めるようにしたものだという。
 水を配る兵士が胸を張る。
 「我が国は水の国。豊かな森から湧いた水は美味しいですよ」
 職業柄ヒデも水には気を使ってきたが、確かに美味しい水だ。のど越しがしっかりしている。異世界の土地の効果だろうか、心なしか疲れも取れた気がする。
 「料理に使っても良さそうな水ですね」
 ヒデが感想を言うと、兵士は嬉しそうに笑った。
 「そうなんですよ!水は万物の根幹。我が国は水がきれいだから、野菜も穀物も元気に育つ。だから我が国は、料理も酒も美味しいんですよ!!」
 聞けば以前、聖域周辺は湧水地としても有名だった。が、ユメカムが採掘場を拡大したせいで土砂や機械油が流れ込み、湧き水が汚れてしまった。この森に湧く水以上に美味しかったそうだ。
 兵士が悔しげに言う。
 「聖域の美味しい水を潰した連中は、生かしちゃおけません。軍師様の力でやっつけてください」
 ヒデも異論はなかった。
 「ええ。みんなの力でやりましょう」
 休憩を済ませると、ヒデはドラクロー、リルラピスらとともに、採掘場の現状確認のための打ち合わせを始めた。
 まきなとアルは、ムーコと一緒にクリスティアの衛生兵と治療体制を確認。
 ジューンは騎士たちに取材許可を取りつつ、写真を撮り始めた。


 カーライルとハッカイは、クリスティア兵士に入れてもらった美味しい水を飲みながら、せわしなく動く仲間たちの様子を見つめていた。
 戦闘要員の二人は、指示が出るまでいったん待機だ。
 カーライルは呟く。
 「山道歩いて疲れてるはずなのに。ヒデも博士たちも、よく動くよ」
 十二兵団として訓練を積んだ自分は、まだまだ余力がある。
 ハッカイが不機嫌そうに鼻息を鳴らす。
 「日本人、歩くの遅すぎだ」
 「仕方ないだろ、ハッカイ。ヒデとオレたちは体のつくりが違う。作戦に支障出てないから、いいじゃんか」
 水をぐいと飲み干し、カーライルは気になっていることをハッカイに聞いた。
 「あのさ、ハッカイ。ヒデたちをちゃんと名前で呼んだらどうだよ」
 エトフォルテの幹部で、ヒデたちを名前で呼ばないのは今やハッカイだけだ。
 ハッカイは、答えない。
 カーライルは、もう一度聞いた。
 「ヒデたちを、いや、ヒデを信じられないのかよ」
 いじわるなどではない。が、ハッカイがヒデと距離を置いて接しているのを、カーライルは感じている。
 カーライルとハッカイは、実家が隣同士。子供のころから家族ぐるみで付き合ってきたから、自然と兄弟分として付き合っている。だから、ハッカイの考えを感じられるようになっていた。
 しばし黙り込んだハッカイが、ぼそりと言う。
 「……まだ俺は、日本人を心底信じきれねえ」
 「なんで?」
 カーライルの問いかけに、ハッカイは答えない。
 その理由に、なんとなくカーライルは思い当たった。
 「スレイさんか」

 ドラクローたちと同じ孤児院の出身で、十二兵団ではハッカイの同期だった馬族のスレイ。
 カーライルはハッカイとスレイが訓練で戦っているのを、何度か見ている。正規の戦闘訓練もそうだし、居住区の広場を借りてやった手合わせ程度のも。訓練・手合わせとはいえ、お互い戦士としての意地があるから、かなり本気でやっていたと思う。
 硬くずんぐりとした巨漢のハッカイは、打撃や投げ技に優れる武術『猪斗相撲(ちょとずもう)』を使う。対するスレイは、すらりと引き締まった体から鋭い足技を駆使する武術『馬尊脚(ばそんきゃく)』。
 打撃に強い猪斗相撲の性質とハッカイの体格上、足技メインの馬尊脚は不利だ。
 しかし、スレイはハッカイと互角に渡り合い、そして勝った。初めて見たカーライルは、かなり驚いた。まさかハッカイに勝つ人がいるとは思わなかった。
 二人の勝負はその後も続き、勝敗は一進一退。手に汗握る戦いを二人は繰り広げていた。カーライルは兄貴分と互角に戦うスレイに、戦士として尊敬の念を感じた。スレイの弟分であるドラクローたちの立場を、うらやましく思ったりもした。
 カーライルは、強くて頑張る人が好きなのだ。自分もそうありたいし、そういう人たちと一緒に戦うのが好きなのだ。だから、ハッカイの後を追うように十二兵団に入った。

 スレイの名を聞いたハッカイが、ゆっくりと口を開く。
 「……あいつは手合わせするたびに強くなって、俺を追い抜いていった。そして、追い抜いたまま死んじまった」
 手合わせの結果は、スレイが勝っていたらしい。それを語るハッカイは、寂しそう。
 「あいつがエトフォルテを守る願いを託した男は、どう見ても俺やスレイより弱い」
 「でも、頭はいいぜ」
 「それはわかってるんだが、よ……」
 ハッカイは、好敵手のスレイが願いを託した男が、エトフォルテ人より弱いというのが気になるらしい。
 カーライルは理解した。
 「ヒデを名前で呼ばないのに、ほかの日本人を名前で呼んだら変だ。だから、威蔵たちも名前で呼ばないんだな」
 まあ、まきなは自分から『博士と呼んで』と言ったから、博士でいいのだろうけど。
 「ヒデは俺たちを守るために、そして敵を殺すためにスゲー知恵を絞ってる。少し前まで戦いと関係ないところにいたのに。それは、ハッカイもわかってるだろ」
 「体力とかはスレイに及ばないだろ」
 「そりゃ俺たちの仲間も同じさ。モルルが情報分析しているからって、ハッカイは駄目な奴だと思わないだろ」
 技の部の情報分析担当モルルは、カーライルとハッカイの家の近所に住んでいる。カーライルにとっても身近な存在だ。モルルの戦闘技術は、二人に遠く及ばない。だが情報分析力が高く、いつも話が分かりやすい。
 地球に来てしばらしくてから、モルルは話が分かりやすくていいな、とある時言ったら、彼女は珍しく照れて笑った。
 「情報を素早く、きちんと、分かりやすく伝える。私なりの戦い方、かな」
 モルルには、自分たちとは違う強さがある。いまやエトフォルテの航行は、彼女の情報分析なしには成り立たない。
 ハッカイが次第に不機嫌になってきた。
 「カーライル。お前の言いたいことはわかったよ。だから、話はこれで終わりだ」
 「おい。オレまだ全部言い切ってねえよ」
 「終わりだって言ってんだろ!」
 「いや終わらせんなよ!」
 大事な決戦前にケンカしたくはなかったが、それでもカーライルは言いたかった。
 「ハッカイは、スレイさんが信じたヒデがいつか戦いを投げ出すんじゃないか、逃げ出すんじゃないかって思ってるんだろ。体張ってないから、知恵だけ、口だけなんじゃないかって」
 ハッカイ、答えない。不機嫌そうに鼻息を鳴らし、体を震わせる。
 このまま話を続けたら拳骨が飛んできそうな気もするが、カーライルは言った。
 「オレは、ヒデは本気だと思ってる。でなきゃシャンガインと戦うとき、空色迷彩なんて思いつかないって。おかげでオレはスパローン団長のカタキを取れた」
 スパローン団長は、まだ十二兵団では新人のカーライルを何かと気遣い、声をかけてくれた。カーライルは団員として、同じ部族の一員として、ハッカイとは違う意味でスパローンを慕っていた。エトフォルテにおける同部族のつながりは、家族以上に家族的な強いつながりを持つ。
 「なあハッカイ。オレの家とお前ん家(ち)は隣同士で、ずっとお前に世話になってきた。だからこそ、オレはお前の言うことを聞いてきたし、今でも信じてる。だけど、ヒデについては言わせてもらう。ヒデの覚悟と知恵は本物だ。昨日の戦いでもそうだった」
 「お前、そうは言うがよ。いつかあいつがナメた真似したら許せるか」
 「その時は、おかみさんがヒデをぶん投げるだろう。いや、ハッカイ。お前のほうが先に投げるかもしれねえな。その時は、オレも一緒に投げてくれ。信じたオレにも責任があるからな」
 「正気か!?」
 カーライルは正気だし、本気だった。
 「出会ったころは、そりゃ疑った。シャンガインと同じ日本人だから。でも今、ヒデは話を聞いてくれて、本気で仲間を守って敵を殺すために知恵を絞ってる。オレは心の底から、本気でヒデを信じられる。だからハッカイ。オレたちにはないあいつの強さを認めて、ちゃんと名前でヒデを呼んでやってくれ。兄貴が仲間によそよそしい態度をとっているのは、オレ、寂しいよ」
 ハッカイはため息をつき、苦し気に唸る。
 「俺だってわかってんだがよぉ……!俺を追い抜いたまま逝ったスレイが、あいつ自身や俺より弱い日本人を信じたのが、今でも信じられねえんだよ……」
 そして、寂しそうに黙ってしまった。

 カーライルとハッカイは、しばし、二人で気まずく黙っていた。
 リルラピスの仲間の騎士がやってくるまでは。
 騎士が言う。
 「ハッカイ殿。カーライル殿。お願いがあります」
 カーライルは、この騎士の名前は何だっけ、と思いを巡らす。
 昨日、監督官に連れてこられた人質の騎士で、首都に潜伏していた男。濃い灰色の髪を短く刈り上げ、お堅く礼儀正しい口調で話す彼の名前は、タグス・ハードブーツだった、と思い出す。彼は仲間として、この部隊に同行したのだ。
 タグスが尋ねる。
 「お二人は、レギオン・シャンガインのメンバーを実際に倒した、と聞きましたが」
 そうだ、とカーライルが言うと、タグスはうやうやしく頭を下げた。
 「騎士団の者に、ヒーローを倒したときの話をしていただけないでしょうか。明日、我々はヒーロー支援企業のユメカムと本格的に戦うことになる。まだ、監督官たちに恐怖心を抱いている者は少なくない。日本のヒーローの強さは規格外だし、それに……」
 少し言いよどんでから、タグスは言った。
 「ユメカムやヒーローたちは、我々を異世界人と呼び見下しているので。悔しいのです。たしかに我々は日本人から見れば異世界人ですが、見下されるいわれはありません」
 気を取り直したハッカイが言う。
 「そりゃそうだ。俺たちも獣人だの残虐だの言われて、腹が立っている」
 カーライルも同じ気持ちだ。
 タグスが言う。
 「私たちは、獣人を馬鹿にするという感覚が理解できません。私たちは、あなたたちの体つきがむしろうらやましい。イノシシの様に力強く、カラスの様に素早く飛べそうな体が」
 そういえばクリスティア王国は、獣人風の神様を大切にする国だ。
 カーライルは尋ねる。
 「アンタにも憧れの神様や動物がいるのかい?」
 タグスが言う。
 「私は犬のように、良し悪しをかぎ分け的確に状況判断ができる男になりたいです」
 犬は嗅覚に優れている。転じて判断が素早い、善悪をかぎ分ける裁判の神『パトゥーラ神』として、クリスティアで扱われている、という。
 ほう、とハッカイが感心する。
 「いいじゃねえか、兄ちゃんよ。うちの犬族も嗅覚と判断力はすげえぜ」
 タグスは悲しげに言う。
 「でも以前、これを日本から来たユメカムの人に言ったら笑われました。犬、いや動物に憧れるなんて、異世界人は感覚がおかしい。文明遅れだ、と」
 ユメカムの人は、何をもって文明遅れだ、と言ったのだろう。犬の神様、ひいては犬に憧れたっていいじゃないか。他人に迷惑かけるわけじゃないし。
 カーライルは率直に言った。
 「文明遅れとか、平気で言えるやつの感覚がおかしいって」
 ハッカイが鼻息を荒く鳴らす。
 「兄ちゃん。そいつぶん殴っていいぞ」
 タグスが頷く。ハッカイに感化されたらしく、鼻息が荒い。
 「ええ。今ならぶん殴れます。見下され続けた我々にもやれる。日本のヒーローを殺(や)れる、という自信が、改めて欲しいのであります。お願いです。ハッカイ殿。カーライル殿。ぜひ、ヒーローを殺したときのお話を。我々に、どうか勇気を与えてください」
 「おう。いいぞ」
 ハッカイの回答に、カーライルも頷く。
 「ついでに、クリスティア人の戦い方もいろいろ教えてくれよ。一緒に頑張ろうぜ」
 タグスたちは笑顔を見せた。
 「もちろんです。あなたたちのエトスによる戦闘技法も、ぜひ!!」



 

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