首都ティアーズにデストロが到達してから、1時間以上経過した。
城壁の上で、クリスティア首都防衛騎士団とエトフォルテ十二兵団の者たちは、広域結界の割れ目から侵入してくるミニトロの大群に、必死に立ち向かっている。
戦闘開始直前にヒデがみんなの戦意を盛り上げ、さらに治療担当のまきなが
「一つしかない体を大切に!それがきっと、勝利につながるから!」
と言ったことが、功を奏している。結界を打ち破ろうとデストロが暴れ、さらにミニトロがひっきりなしに雄たけびを上げて迫ってくる中、彼らは連携をうまくとり、傷ついた仲間を守りながら戦いを続けられている。
だが、限界は容赦なく近づいていた。
十二兵団のハッカイは、エトフォルテから持ち込んだ大型榴弾砲で迫りくるミニトロを爆砕していたが、とうとうすべての榴弾を使い切ってしまった。毒づいて榴弾砲を足元に置き、登ってきたミニトロを鉄球付き鎖棍棒で叩き潰す。
今やひっきりなしに進化したミニトロが城壁の上に到達し、雄たけびを上げてこちらに襲い掛かってくる。城壁のあちこちに倒したミニトロの黒ずんだ血がべったりと付着し、ヘドロ同然の嫌なにおいを放っていた。
ハッカイの近くで戦っていた自律思考型戦闘用機動人形(バトルアイドール)のアルが、突如糸の切れた操り人形のごとく崩れ落ちた。さっきまでミニトロを斬り裂いていた2WAYビームレイピアが、光を失い手から彼女の手から落ちる。
「おいメカ子!?」
人間そっくりの機械人形であるアルは、十二兵団員やヒデたちと違い仮面をかぶらず、専用のヘルメットを着用する。これまでの戦闘でヘルメットの一部が壊れ、その下からのぞかせる顔は苦し気だ。
アルが、たどたどしい抑揚のない声で、苦境を告げる。
「……私の活動エネルギーが、20%を、切りました。戦闘パフォーマンスを、セーブしないと、完全に、機能、停止に……」
アルは一昨日の夜、採掘場に光学迷彩を発動して潜入していた。その後の戦いと城内潜入で、エネルギー補給が満足にできないまま動きっぱなしだった。このまま動き続ければ、アルは“本当の人形”になってしまいかねない。
ハッカイはアルをまきなの側に下がらせる。
「オメーは博士の護衛に専念しろ!」
今度はカーライルが戻ってきた。彼は空を飛び、ほかの鳥族の団員と一緒に銃で上空からミニトロを撃っていたのだ。
「ハッカイ、弾丸の予備はどれだけある!?」
ハッカイは予備の弾薬置き場に目をやり、残量を告げる。
「もう7割近く使っちまった」
カーライルが弾倉を取り替えながら舌打ちし、弱音を吐く。
「もう騎士団も矢がない。魔術大砲に込める魔力も尽きかけてる。これ以上は……」
弱音を吐くんじゃねえ!とハッカイは怒鳴りつけたかった。が、実際に限界が近づいている。ハッカイ自身、拳銃の弾丸を予備も含め全部使いきってしまった。
やべえよ!本格的にやべえ!
レギオン・シャンガインがエトフォルテを襲った時の様子が脳裏をよぎる。このままではみんな、あの時のように蹂躙されてしまう。
少し離れたところから、悲鳴が上がる。声の主はクリスティアに同行した十二兵団員で、角兜が特徴的な牛族の男性団員だ。
「うわああ、来たぁ!」
団員の目の前に、進化したミニトロがよじ登ってきた。ミニトロはまた進化したらしい。身体全体が今までのものより大きく、太くなっている。
ハッカイは、彼を助けねばと思った。
だが距離がある。手が届かない。拳銃は弾丸切れ。鉄球付き鎖棍棒を振り回したら、この距離では仲間に当たる!
ミニトロが勝ち誇ったように右腕を上げ、十二兵団員に振り下ろそうとしたその時、槍を構えて城壁を駆けてきた者がいる。
ヒデだ!
城壁をよじ登ってきたミニトロと、すでに何度も戦ったからだろう。どす黒い返り血を浴びて軍師服は滅茶苦茶に汚れている。元あった剣は戦いの最中に落としたのか、鞘に入っていない。槍はクリスティア騎士からの借り物か。
ヒデが叫び声をあげて、ミニトロの目に槍を突き刺す。
痛みでのけぞるミニトロが落下する。槍をつかんで。
槍を握るヒデが、引きずられるように落ちていく。悲鳴とともに。
ハッカイは思わず手を伸ばす。だが届かない!
「軍師!」
落下するヒデの足をつかんだのは、騎士グラン。その身もヒデの体とともに、城壁の向こうに落ちそうになる。ハッカイは急いで駆け寄り、グランの体をつかむ。
「グラン、絶対に離すな!」
「承知!」
ふうーっ、と呼吸を整え、猪族が誇る怪力でグランの体を少しずつ引き上げる。少しずつやらねばならない。一気に引き上げたら反動でグランがヒデの足を放してしまいかねない。
救出の合間にも、周囲の壁をミニトロたちが容赦なく昇りヒデに迫ってくる。十二兵団員たちは身を乗り出し、銃でミニトロを撃つ。
ミニトロを銃で退け、ようやくハッカイは、ヒデとグランを城壁に引き上げることができた。
ヒデが息も絶え絶えに言う。
「す、すみません……。ハッカイさん、グランさん」
頭を下げたヒデは、負傷した兵士の剣を借りると、再び城壁の上に戻ろうとする。
ハッカイは、思わず止めた。
「日本人、ちょっと休め!」
「……駄目です。僕はみんなに、最後まで一緒に戦おうと言いました。だから、休みません」
「オメー、体ヘロヘロじゃねーか!」
大きな怪我こそ負っていないが、ヒデは明らかに疲労していた。一か月前まで戦いとは無縁の一般人だったのに、この男は城壁での戦闘開始からずっと声を出して騎士たちを励まし、ミニトロ相手に銃を撃ち、剣を振り続けていたのだ。ユメカムのスマートウォッチでヒーロー並みに防御力を上げたとはいえ、もはや日本の一般人ができることを完全に超えている。
ヒデはぜいぜいと荒い呼吸の後、言った。
「僕の体は、ヘロヘロです」
「そら見ろ!」
ハッカイはヒデを後方に回すため、肩をつかむ。正直、ヒデはもう無理だと思った。
が、
「でも魂は本気です!」
そう言うと、ヒデはハッカイの制止を振り切り、再び城壁の上に立つ。そして、マイクをつかんで城壁にいる者たちに呼びかけた。
「ミニトロの体は丈夫でも、目がもろい!目だ、目を狙って攻撃しろ!みんな、絶対にあきらめるな!必ず仲間たちが、デストロをエトフォルテにおびき寄せて仕留めるから!」
はい!と、クリスティアの騎士・兵士たちが頷き、ミニトロに立ち向かっていく。
グランもヒデに続き、城壁に上がってきたミニトロを大剣で斬り裂いた。
ハッカイは、ヒデの行動原理がスレイの言葉に影響されているのを知っている。が、今身体を張って前線に立つヒデに、ハッカイはスレイの姿を見た。
体格差をものともせず、全力で自分に挑んできたスレイ。
勝負を勝ち越したまま、あの世に行ったスレイ。
親友にして好敵手だった男そのものの姿を、ハッカイはヒデに見た。
ヒデは戦術を考えるだけじゃない。全身全霊でスレイの言葉を受け取り、軍師の仕事をやり遂げようとしている。
スレイとの付き合いはオレより短いどころか、一日にも満たないくせに!あいつが絶対にやりそうなことばっかりやりやがって!
「くそ。オレの魂だって本気だぞ、スレイ!」
新たに城壁に上ってきたミニトロを、ハッカイは今まで以上の力を込めた張り手でぶっ飛ばす。
その頃。ユルリウス湖周辺で戦うリルラピスとマスカレイダー・フェイタルブロン。
二人はとうとう、湖に到達した。
外でデストロが広域結界をたたきつける衝撃が振動となって、湖面に絶え間なく波紋が広がっている。
ブロンが大剣フェイタルザンバーを突き付け、リルラピスに言う。
「援軍を自ら引き離したか。リルラピス、とうとう追い詰めたぞ!」
ブロンはリルラピスを追い詰めたつもりだろう。
だが、リルラピスの戦意は揺るがない。
「逆です、叔父上。私があなたを追い詰めました。私が何も考えずに、この湖まで来たとお思いですか」
クリスティアロッドを構え、クリスティア魔術師心得第一条を唱える。
「魔術は心で放つものなり。魔力は心の力なり、人の心に限界無し。ゆえに、魔術は不滅なり」
ブロンがあざ笑う。
「心だけで何ができる!お前の武器は古臭い魔術と優しいだけの心。雄駆名誉長官直々に授かったこの力を、お前は破ることはできない!」
リルラピスは、静かに言う
「叔父上。お忘れになりましたか。我が国の魔術の基本は水。水を生み出すだけではない。水を操ることができることを」
そして自分の手元には今、精神力を無限の魔力に変えるクリスティアロッドがある。
リルラピスは決意を込めて、ロッドを構える。
「水の魔術の真髄、その身をもって知りなさい!」
ブロンが負けじと言い返す。
「水遊びでマスカレイダーが倒せるものか!」
ブロンが大剣フェイタルザンバーを振りおろし、光の刃を飛ばす。リルラピスは湖面に向かい跳躍して避けた。水の魔術を発動し、リルラピスは湖面の上にふわり、と降り立つ。
そしてフィギュアスケーターのごとく湖面を滑るように移動し、新たな魔術を発動した。クリスティアロッドが、淡い水色の光を放つ。
「私の覚悟は、水遊びなんかじゃない!」
クリスティアロッドで増幅された魔力が、湖の水をかき集めていく。かき集められた水は、見る見るうちに高さ100メートル近い水の柱を形成した。
リルラピスの決意とともに、水の柱はたちまち巨大なユルリウス神像に姿を変えていく。地球で言えばマナティーとかアシカとかオットセイの、水棲哺乳類の愛らしい丸みを帯びた顔と胴体の特徴を融合し二足歩行にした、ゆるマスコットにいてもおかしくない神の姿に。
「クリスティア王国の主神ユルリウス様とともに!叔父上、私はあなたを倒し未来へ進む!」
リルラピスの必殺宣言とともに、巨神像の顔が変貌する。
次の瞬間、愛らしい水棲哺乳類そのものの顔は、すさまじい殺気をはらむ怒りの形相と化し牙をむいた。大きな牙をむくその姿は、敵に飛びかからんとするセイウチそのもの。
ブロンは、かつて王室で学んだことを思い出す。
この姿は慈愛の神であるユルリウス神が、外敵へ怒りを燃やしたときに見せる姿だ。リルラピスだけでなく、ブロンをはじめ王室と国防に携わる者たちは、この姿を書物や絵画で見てきた。
水の巨神像の大きさと怒りの形相にたじろぐも、ブロンは攻めの姿勢を崩さない。
「古臭い神など!最大出力のフェイタルザンバーで真っ二つにしてやるわああ!」
ブロンは大地を蹴って巨神像に跳躍すると、大剣フェイタルザンバーの出力を最大に設定する。勇壮な合成音声と効果音が鳴り響き、技名を宣言する。
『ダイナミックフェイタルザンバー!!』
そして、最上段からユルリウス神像に向かって、巨大な光の刃を振り下ろした。
水でできた巨神像が、縦に真っ二つに割れた。
「終わりだな!」
空中で勝ち誇るブロンの前で、巨神像はすぐに元通りにくっつく。
マスカレイダーの仮面の内側で、勝ち誇っていたブロンの笑顔が凍りつく。
ここは湖。巨神像の体を構成する水が無限にある。そして、像を形成するリルラピスの魔力もまた、クリスティアロッドのおかげで無限。
光の刃で像を斬り裂いても、水と魔力が尽きないからすぐに巨神像は再生する!
「叔父上、覚悟!」
リルラピスの怒声とともに、怒り狂う水のユルリウス巨神像がフェイタルブロンに飛びかかる。
瞬く間にブロンの体は、水の巨神像の体内に取り込まれた。
水でできたユルリウス神像の中は、激しく渦巻いている。ブロンは全身に強烈な水圧を受けつつ、さらに絶え間なく水流で縦横無尽に錐揉みにされた。
日本のヒーロー代表格ともいえるマスカレイダースーツは、ある程度水中での活動をサポートし、装着者の呼吸を守る。
ただし、100メートル近い水の巨神に取り込まれた者の身の安全を守るようには、できていない。
ヒーローの力に憧れ、魔術を切り捨てたブロンは、水の魔術を忘れた。もし覚えていたなら、スーツの性能と併せることで巨神から逃れ、リルラピスへの反撃も可能だった。水の魔術には水上・水中での移動をサポートする技もあるからだ。
かろうじて水中で呼吸はでき、疲労回復の薬剤が投入されるから意識は保てる。
が、この状況で意識があるのは、地獄でしかない。リルラピスの魔力で形成された水の巨神像の中は、どう猛な渦潮と化している。魔術は心で放つもの。この渦潮は、リルラピスの怒りそのものであった。
上に、下に、斜めに。ブロンの体は成すすべなく、すさまじいスピードで揺さぶられ、水圧で圧迫され続ける。
目が回る!
平衡感覚が完全に狂わされた!
全身が圧迫されてきしむ!
脳内にまで骨がきしむ音が聞こえる!
ああ!いつまでこの地獄は続くんだ!
ブロンはフェイタルザンバーをついに手放した。というか、意識がもうろうとして握っていられなくなったのだ。
巨神像に取り込まれてから、実際には3分くらいしか経っていない。かつて武人として名を馳せ、暴君として暴れ回った男の心を3分でへし折るほど、巨神像の中で渦巻く王女の怒りはすさまじかった。
リルラピスは水の巨神像を操作し、像内のブロンを上空に跳ね飛ばす。
なすすべなく落下し、湖畔に頭からたたきつけられるブロン。鈍い音がした。
水中で徹底的に脳をかき乱されたブロンは、もうまともな言葉を発せられない。
「……ごば……ばず、べば……」
とうとう、マスカレイダー・フェイタルブロンの変身が解除された。
日本のヒーローの変身アイテムは装着者を守るため、強烈な攻撃を受けても壊れないし、簡単にあきらめたくらいでは変身解除できない構造になっている。ブロンはリルラピスの攻撃に完全にギブアップし、自らの意思で戦いを放棄した。敵の前で変身を解くのは、ヒーローにとって屈辱的な敗北宣言以外の何物でもない。もはやブロンは屈辱や悔しさを考えらないほど意識が混濁し、湖畔に寝そべるしかなかった。
リルラピスはブロンの敗北を見届け、慎重に魔術を解除する。
荒れ狂っていたユルリウス神像を形成する水が、少しずつ湖に戻っていく。5分もすると、湖は元の姿を取り戻した。
リルラピスはひとまずの勝利に安堵する。事前にエトフォルテが読ませてくれた『ヒーロー撃滅指南書』が活かせた。
指南書には、こうあった。
『日本のヒーローは、大きく分けて二種類。特殊な手術などで強化された人間が変身するタイプと、ごく普通の人間が強化服を着るタイプに分けられる。近年のヒーローは後者が圧倒的に多い。後者によく見られる傾向として、彼らは戦闘訓練などを受けてない。よって、内面は非常にもろく、突発的な環境変化に対応しきれない。環境を180度変えられる戦術があるなら、積極的に使うべし。ただし、仲間や一般人の安全に配慮すること』
伝統的な魔術を捨て、ヒーロー武装に傾倒しきっていたブロンは、間違いなく後者である。城外で戦い始めてから、リルラピスはユルリウス湖で決着をつけることを決めていた。もっとも、途中の戦いに一切手は抜いていない。早く終わるならそれが一番だからだ。
水は生命に不可欠な癒しの存在であると同時に、生命を奪いかねない凶器としても存在しうる。慈愛の存在であるユルリウス神がどう猛な怒りの表情を持つように。人を愛し、優しく守るために、怒りをもって戦う。その覚悟を、リルラピスは先ほどの魔術でブロンに示したのだ。
やがて、援軍の八人の騎士たちがやってきた。
「王女様、ご無事ですか!?」
「大丈夫。みんな、ありがとう。おかげで助かりました」
さきほど援軍が爆裂矢を撃ってくれなければ、自分は床に足を取られたまま、フェイタルブロンに真っ二つにされていた。リルラピスは感謝の意を込め、微笑みを浮かべる。
騎士たちも微笑み、すぐに表情を引き締める。
「ブロンはどうしますか。ここで止めを刺しては」
リルラピスは首を横に振る。
「叔父上は、しかるべき形で裁きます。ほかに武器がないか確かめて拘束してください。変身アイテムもあとでエトフォルテに調べてもらうので、厳重に保管するように」
騎士たちはフェイタルブロンのベルトを回収すると、魔術武装を保管する鍵付きの箱にしまい込む。そしてブロンを厳重に縛り上げた。
リルラピスは深呼吸し、援軍に告げる。
「私は一足先に城に戻り、広域結界を維持している仲間を支援します。みんなはあとから叔父上を連行してください」
「はいっ!」
頼もしい返事を聞き届けると、リルラピスは風の魔術を発動。城に向かって急ぎ跳躍した。
精神力を無限の魔力に変えるクリスティアロッドを使えば、自分の魔力を広域結界の維持に使うことができる。
だが激しい戦いによって、体は疲れ切っている。精神力も限界が近い。これ以上魔術を行使するのは、自分の命に関わる。
でも、何もしないまま終わるのはもっと嫌!
4年前の魔王軍侵攻。地球に転移した後、自分を含めたクリスティアの魔術師と騎士は、やむを得なかったとはいえ日本のヒーローに頼らざるを得なかった。結果的にそれがヒーロー武装に心奪われた叔父ブロンの暴走と、ユメカムによる復興支援の名を借りた侵略を招いてしまった。
今度こそ、魔術でクリスティア王国を守り抜く!
リルラピスは決意を胸に、城を目指し駆けていく。