エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第84話 断罪の火曜日

 ティアーズで繰り広げられたデストロとの決戦から、二日後の火曜日の朝。
 クリスティア城内の会議室で、ヒデはドラクロー、リルラピスらと現状確認を行った。


 エトフォルテからの出席者は、ヒデ、ドラクロー、タイガ、ムーコ、ジャンヌ、ハッカイ、威蔵、まきな、アル、ジューン。
 クリスティア王国側の出席者は、リルラピス、ウィリアム、アレックス、パズート、グラン、エイル。
 そして、車両をかき集めて支援してくれた半次、ヒョロ、甲野。ヘリパイロットの舞上である。
 椅子に腰かけている全員が全員、疲労している。だがデストロという文字通り最大の脅威が去ったこともあり、皆表情は明るい。大量の魔力を注ぎ込んだリルラピスは、特に疲労が激しいうえに両腕にやけどを負い、巻かれた包帯が痛々しい。命に別状はなく、近衛騎士アレックスとウィリアムの介助を受けて、事後処理のため懸命に動き続けている。
 リルラピスは、デストロの進路上にいた住民たちの状況を説明する。
 「ドラクロー団長たちが避難誘導をしてくださったおかげで、多くの国民が助かりました。そして、エトフォルテの主砲による最後の攻撃も……。エトフォルテの皆様。本当に、ありがとうございます」 
 タイガがいつも以上にニコニコして、頭をかきつつ尻尾と体を揺らす。
 「照れるなあ!このタイガ、主砲をドーン!と撃ってドカン!と決めてやりました!」
 「ふふっ。頼もしいです」
 「ええ、機械のことならオレを頼ってください!破壊神何度でも来やがれ、ってんですよ!」
 大仕事を果たせた達成感と、王女様に褒められた嬉しさで、タイガはいつも以上に照れて興奮しているようだ。
 ムーコとジャンヌが彼を小突く。
 「むぅ。ターくん、調子に乗りすぎ!」
 「破壊神何度も来ちゃ駄目じゃん!」
 とはいえ、嬉しさが止まらないのは皆同じ。二人の尻尾も軽やかに揺れている。
 ドラクローも嬉しそうに尻尾を揺らし、はにかむ。
 「車をかき集めてくれた威蔵と半次たちにも、運転手のみんなにも、本当に助けられたよ。でなければ、避難誘導はとうていできなかった。ありがとう」
 作業員の“ヒョロ”こと細井はもともとトラック整備師で、各地にある車両基地の位置を知っていた。作業員の中には、ブドウ農家の甲野をはじめ、大型車の運転免許を持つものが複数いた。半次を除き、作業員たちは全員戦闘経験がない。それでも、エトフォルテとクリスティア王国を手伝いたいと、最後まで懸命に車を運転し続けた
 ドラクローに褒められた細井は、しどろもどろ。
 「いやあもう、無我夢中で……。みんな必死だから、私も頑張らなきゃと思っただけで……」
 ブドウ農家の甲野が笑う。
 「俺はバルテス国王に、ワイン造りで世話になった。恩返ししたくてね。神剣組の手伝いができて良かったよ」
 威蔵が静かにほほ笑む。その隣で半次は、われらが隊長はすごいだろう、と言わんばかりに胸を張っている。
 嫌々エトフォルテへの助力を申し出たヘリパイロットの舞上も、きちんと言うことを聞いて物資運搬に協力してくれた。
 リルラピスが舞上に言う。
 「舞上さんも、ヘリの操縦ありがとうございました」
 「どーもどーも。まさか王女様にほめていただけるとは……」
 人生に嫌気がさしていた顔から一転。舞上は歯を見せて笑う。
 「俺の人生、終わってると思ったけどそうでもないやん。もう少し頑張って、生きてみようかなあ」
 にこにこ笑う舞上に、微笑みかけるリルラピス。
 「もう少しと言わず、うんと頑張って長生きしてください」
 「はい。ボク、長生きします」
 急に変わった一人称に、何気取ってんだ!とツッコミを入れる甲野。
 ドラクローがヒデの肩を、優しくたたく。
 「ヒデも無事でよかった。お前、城壁から落ちかけたって?」
 「ハッカイさんとグランさんが助けてくれました」
 ハッカイが穏やかに笑う。
 「本当によくやったよ、ヒデ。博士もアルも。みんな頑張ったな」
 ドラクローが少し驚いたような表情になる。ややあって、ほっとしたように笑った。
 「これですべて終わったな」
 「いや、ブロンとの決着が残っています」
 ヒデの言葉に全員の顔が引き締まる。
 リルラピスがよろめきつつも立ち上がり、はっきりと言う。
 「皆さんも立ち会ってください。この国をただす、最後の戦いの場に」
 

 ヒデたちはリルラピスらとともに、玉座の間で改めてブロンと対峙した。
 リルラピスの攻撃で大ダメージを負い、拘束服を着せられたブロンは、ひざまずきながらも覇気を失っていなかった。今にも噛みつかんばかりの勢いで、怒鳴る。
 「俺の妻にあんなことをして!お前たち、殺してやる!いや、俺が殺すまでもない!日本政府とユメカムコーポレーションが、このまま黙っているものか!」
 イリダは意識が戻ったものの、体がしびれて満足に動けない状態だ。大量投入したパラライ湯(とう)による後遺症は、ヒデたちの想定以上に強かった。
 リルラピスが静かに問いかける。
 「叔父上。もう一度、問います。なぜ父上を殺し、売国同然の真似をしたのです」
 問いかけるまなざしには、悲しみの色がある。
 リルラピスの問いかけに、ブロンが吠えた。
 「すべてはクリスティアのためだ!自然を、伝統を大切に、なんて、頭にカビを生やした人間のやることだ!この世界でほかの国と対等にやっていくためには、ヒーロー武装がいる!金がいる!魔術を信じるお前と兄上のやり方では、いつか絶対ダメになると思った!」
 歯ぎしりしながら、ブロンはさらに言う。
 「なにより、お前が生きていた、リルラピス!俺の息子アミルは死んだのに!兄上がうらやましい!お前が憎い!お前たちが国を導いていくのが許せない!だからやったんだ!全部全部、俺の国を守るために!」
 リルラピスの顔には、深い失望と怒りが浮かんでいる。
 「聖域で無計画な伐採と採掘を繰り返して環境を悪化させた挙句、強制労働で多くの人を死なせて!その結果、デストロが目覚めればどうなるか、わかっていたはずです!」
 ブロンが負けじと言い返す。
 「木なんてまた植えればいい!川はあとで綺麗にすればいい!人がいなければ連れてくればいい!デストロが目覚めたら、日本のヒーローにどうにかしてもらえばいい!」
 ぶるぶると身を震わせ、さらに吠えるブロン。
 「地球の歴史を勉強すればすぐにわかる。どこの国でもこのくらいやっている!俺は王として、政治家として!みんなと同じことをやっただけだ!お前だってエトフォルテに頼っただろう!俺と同じだ!」
 ドラクローが、怒りに満ちた声で割って入る。
 「ふざけんな!王女様とお前は全然違うぞドラァッ!」
 ブロンはさらに大声で喚いた。
 「ケダモノ宇宙人のくせに、俺の国の何がわかるんだ!」
 リルラピスが言い返す。
 「叔父上。私たちの友人を侮辱することは許さない!」
 言い合ううちに、ブロンの顔と目は真っ赤になっていく。真っ赤な目から、涙が流れだす。
 「うるさい!うるさい!俺に寄り添ってくれたのは、ヒーロー庁の雄駆名誉長官と天下英雄党の高鞠総理だけだった!リルラピスも兄上も、俺と意見を分かち合ってくれない。俺が聞きたくないノイズばっかり吐き散らして!ちくしょう!日本のような国を作ろうとして何が悪いんだ!ヒーロー武装へ転換して何が悪いんだ!」
 名誉長官と総理の話は、先日の戦いでもあった。
 ふとヒデの脳裏に、ブロンとイリダ夫妻が名誉長官と総理に手厚く接待され、懐柔されていく様子が浮かんだ。実際、先日の訪日では特上鰻重や和牛ステーキなど、豪華な食事ばかり毎日食べていたと報じられている。今となっては”餌付け”という言葉さえ思い浮かんでくる。
 まさか、名誉長官と総理がブロンに、バルテス国王暗殺を勧めたのでは……。


 リルラピスの瞳から、涙が流れる。
 「アミルを失ったことは、私達だって悲しい。だからと言って、国の伝統と国民の気持ちを踏みにじる政策は、絶対にできない。父上も私も、あなたと叔母上にずっとそう言ってきました」
 過去を振り切るように、リルラピスは目を閉じ、やがてはっきり言った。
 「私たちは国民を守る王室の人間。国民あっての王室。それを忘れ、己の現実逃避で国民を苦しめて……!」
 「うるせえっ!」
 ブロン、全力の罵声を言い放つ。
 「偉そうに言うな、リルラピス!ケダモノ宇宙人!お前らは胸を張って言えるのか。現実逃避したい、ズルして楽して生きていたいと思った瞬間など、一度も思ったことがないと言えるのかあああ!」
 リルラピスが静かに、そしてはっきりと言う。
 「楽をしたい。逃げたい。過去に戻ってやり直せたら。思ったことがないと言えば、嘘になる」
 ですが、と、涙をぬぐい、前を向いてきっぱりと続ける。
 「それは堕落以外の何物でもない。身も心も堕落した王室が導く国は、いつか滅びます。私は、そんな滅びを受け入れることなどできない。私は、この国と国民が好きです。その気持ちを貫き、喜んで王室の宿命に殉じる。美しい国を守るために働く。だから、絶対に逃げない!」
 ドラクローもまた、きっぱりと言い返す。
 「自分の魂がよければズルも楽も許される、なんて生き方。十二兵団の掟に背くし、先輩やご先祖様に恥ずかしすぎてできねえんだよ!」
 ブロン、再び罵声。矛先は、とうとう日本人に向く。
 「ケダモノトカゲっ!仲間を殺した国の人間とつるみやがって!日本の国民なんて、ほとんどが政治家とヒーローの言いなりだ!能無しのクズばっかりだ!お前らのそばにいるやつらは、いつか過ちを犯すぞ!後悔しても知らんからな!」
 ドラクローの尻尾が、バァンッ!と床を叩く。
 「日本人を一緒くたにするんじゃねえ!この戦いを手伝ってくれたみんなの中に、お前みたいにズルまみれでだらしない自分勝手は、一人もいないからな!」
 その言葉に、タイガ、ムーコ、ジャンヌ、ハッカイが力強く頷く。ヒデはこの光景に、胸が熱くなった。
 ブロン、さらに叫ぶ。
 「宿命や掟の奴隷になることを選んだ狂人どもめええ!」
 ドラクロー、ひるまず言い返す。
 「何とでも言え。厳しい宿命や掟に自分の魂を晒して戦うから、掟や宿命に従う本当の覚悟を、誰かのために頑張る意味を見出せるんじゃないか。自分のためだけにしか生きられない魂は虚しい。俺の大切な先輩はそう教えてくれたぜ」
 ドラクローの反論に、歯ぎしりしてにらみかえすブロン。向かい合うヒデやリルラピスたちを、かみ殺さんばかりの勢いだ。
 やがて、とんでもないことを言い出した。
 「グランッ!リルラピスを殺せーッ!」
 全員の驚きの視線が、騎士グランに集中する。
 「グランッ!忘れたのか!お前は田舎の平民出身。田舎から国立魔術学院に転校してきて、田舎者といじめられていたのを!助けたのは俺だぞ!お前に大剣の基礎を直々に仕込んだのも俺!俺への恩が残っているなら、今すぐリルラピスを殺せ、殺さんかあッ!」
 ヒデはグランとの会話を思い出してみる。


 「武術の腕は騎士団随一、王室に恥じない人だった。あこがれていた人も多い」
 「我々は……王室の一員にして、立派な武人であるあなたを信じていたんだぞ!」


 確かに会話の節々で、グランは武人としてのブロンに敬意を払う様子を見せていた。ブロンに助けられ直々に戦い方を教わっていたなら、これらの言動も納得できる。
 仲間たちが驚き、グランを見つめる。
 グランが、ゆっくりと言う。
 「あなたに助けられ、剣術を教わったことを忘れた日はない。あなたがいなければ、私は今この時まで戦い続けることはできなかった」
 「そうだろう!騎士団の間で流行していた、缶コーヒーだって飲ませてやっただろう!」
 「転売価格で買いかけた私に、缶コーヒーをおごってくれたことも忘れない」
 「そうだ!美味しかっただろう!」
 「美味しかった」
 「味と恩を忘れていないなら戦え、俺のために今!」
 グラン、ブロンを大喝。
 「お断りだ!」
 そして、震える声でブロンに言う。
 「私はあなたから教わった。騎士たるもの常に魔術と武技を、そして心を磨き続けろ。国民と王室に全力を尽くすために、と。その教えに忠実に従ってきた。だがあなたはヒーロー武装に傾倒し、酒食におぼれ、魔術と武技を否定するようになった」
 グランがぎゅっと拳を握りこむ。
 「覚えているか。バルテス様がお亡くなりになる少し前、あなたを諫めるために私が言ったことを。私は魔術の良さを今一度見直し、武技に励まれては、と言った」
 ブロン、歯を食いしばり答えない。
 「あなたの答えを私は絶対に忘れない。あなたはこう言った」

 『ヒーロー武装には装着者の動きを格段に引き上げる機能もある。鍛錬なしで超人的な力が手に入る。この旨味を知ったら、もう魔術には戻れない。お前もこっちに来い』

 「……あなたは私だけでなく、この国の伝統、そして歴代の騎士団員たちが積み重ねてきた努力を否定した!私があなたに抱いていた憧れも!」
 そして、痛まし気に視線をそらし、グランは絞り出すように言う。
 「なぜ、みんなの信頼を裏切り続けた。私は本当に、信じていたかったんだ。あなたとバルテス様と、そしてリルラピス様と一緒に、国を守っていけると……」
 グランは怒り以上に、憧れの人に裏切られた悲しみが勝っているようだ。悲しみを振り切るように、声を張り上げる。
 「私の命と武技は、クリスティア王国に捧げる!真なる国王、リルラピス・ド・クリスティア様に!」
 グランの宣言に、クリスティアの仲間たちが力強く頷いた。


 ブロンは食いしばり顔から一転、サディスティックに、くっくっく、と笑った。
 「伝統。掟。お前たちそればっかりだな!」
 もうおかしくてたまらない、という顔で、ブロンは笑い続ける。
 「掟が大事だというなら、リルラピスは大きな過ちを犯している。俺は真印が押された遺言状に従い王になった!お前らはこの国の掟、王位継承法に逆らった!」
 ブロンの視線はリルラピスをまっすぐ捉えていた。
 「真印が押された遺言状の力を忘れたか!お前には、遺言状が偽物だと証明する物的証拠はないだろう。このまま俺を殺せば、お前は掟に背いた反逆者。同盟国日本のヒーローも黙っていない!なにせエトフォルテとつるんだのだからな!」
 「叔父上。貴方自身が遺言状を偽造し、父上に無理やり真印を押させ、毒殺したと言ったでしょう!」
 リルラピスの反論に、べっ、と唾を吐き、さらにいやらしい笑みを浮かべるブロン。
 「全部、言葉だけだ。俺の話を記録したところで、エトフォルテがAIの力ででっち上げたと言える。今やなんでもAIでやれる時代。AIの力をなめるなよ!」
 ヒデにはAIを力説する異世界の暴君の姿が、切実かつ真剣な場で恐ろしく珍妙に見えた。
 機械人形のアルが割って入る。
 「AIの判別能力をもってすれば、あの時私たちが記録した音声と映像がフェイクではないこともすぐわかる。AIを短絡的に過信しないことです」
 機械人形にAIの何たるかをツッコまれ、目が点になるブロン。アルの隣で、まきながやれやれ、と言わんばかりにため息をつく。
 「……ふん。機械みたいなこと言う小娘だな」
 ブロンはアルが機械人形であることを知らない。気を取り直して、攻撃的な口調を取り戻す。
 「映像や音声だけでは不十分なんだよ。この国で国家反逆罪を証明するには、物的証拠が絶対条件なのだ!俺が毒殺を計画し、遺言を偽造したという物的証拠は、無い!真印が無理やり押された証拠も、音声以外では存在しないのだ!」
 そう。
 一連のバルテス国王暗殺疑惑の決着をつけるには、物的証拠が必要不可欠。
 「物的証拠があれば、叔父上はどうしますか」
 静かに問うリルラピスに対し、ブロンは強気な態度を崩さない。
 「百回でも千回でも謝ってやるわ!」
 リルラピスがドラクローに目配せする。
 ドラクローがヒデを促す。
 「そうかい。だったら百万回謝ってもらうぞ。ヒデ!」
 ヒデは、隠していた切り札を出した。


 切り札は、A4サイズほどの紙の束。ヒデはその中身を説明する。
 「近衛騎士ステンス・ガンデイスンは、バルテス王毒殺と遺言偽造計画を支援するための協力者を集める調整役。つながりを確かなものにするため、彼は仲間たちに誓約書を書かせていた。その誓約書を、彼の執務室で見つけた」
 ヒデは取り出した誓約書を持ち、ブロンに歩み寄って突き付ける。
 「この誓約書には、新たな王になるあなた、イリダ、ステンス、ビルに臨機応変に従い、バルテス王毒殺及び遺言状偽造に協力する旨が書かれている。書いたのは近衛騎士、医官、料理人ら全28名。彼らは、デストロが攻めてくる前に取り押さえた」
 ヒデはさらに解説する。
 「この誓約書には協力者の印鑑が押されている。この国の印鑑は、魔術機構によって本人にしか押せないようになっている。この意味が、わかるか?」
 ブロン、書面を見て驚愕。唾を盛大にまき散らし、野太い悲鳴を上げる。
 誓約書が持つ絶対的効力を、ブロンは悟ったのだ。
 ヒデは畳みかける。
 「そう。協力者たちは自分の意思で誓約書に印鑑を押し、バルテス国王毒殺及び遺言偽造計画に参加した。これが、あなたの悪意が計画的に実行されたという物的証拠だ」
 証拠を残さないようにするには口約束しかないが、仲間を集める調整役としては、確かな絆が欲しい。おそらく、そのためにステンスは誓約書を書かせたのだろう。
 「さらに、誓約書と一緒にこんなものもあった」
 ヒデは新たな物的証拠を取り出す。黒い液体が入った、透明な細身の薬瓶だ。
 「エトフォルテの検査機にかけたところ、中の黒い液体は毒物だと判明した。心臓を徐々に弱らせて死に至らしめる効能がある」
 ヒデが見せた薬瓶に、慌てるブロン。
 「な、なんでステンスが兄上を殺した毒薬を……!?あああ!」
 口を閉じたブロン。だがもう遅い。
 ヒデはさらたたみかける。
 「とうとう、王女様の前で認めたな。バルテス国王をこの毒で殺した、と。たしかに地球の技術でも、毒と分からない特殊な毒だった。だが、エトフォルテの技術なら別。昨日までに仲間が解析を済ませたのだ」
 ジャンヌをはじめ、エトフォルテの蛇族は毒物のエキスパートである。
 「ば、馬鹿な……。瓶の中身だけでこんな短時間に……」
 「毒と一緒に使用方法を記したメモがあった。あなたの妻イリダが邪魔者の始末をステンスに頼み、どう使えばいいか、瓶とメモを一緒に渡したのだろう。投薬量を誤ると相手が即死し、病気に見せかけられなくなるからな。メモにはご丁寧に、“義兄上(あにうえ)の時のように病気に見せかけて殺すコツ”が書かれていた」
 そしてヒデは、とどめの証拠を叩きつける。
 「さきほどの協力者だが、捕らえてすぐ数人は白状した。バルテス国王の寝室に、あなたとイリダを入れる手伝いをしたこと。数々の偽装工作に加担したこと。協力の褒美をあなたから直接もらったことを。さあ、謝ってもらおうか」
 仮に謝られても、ヒデは絶対にブロンを許すつもりはない。
 ブロンの醜悪かつ荒い呼吸が、はあーっ、はあーっ、と玉座の間に響く。謝るどころか、ヒデやリルラピスたちをにらむばかり。
 やがて、ブロンの顔から一切の覇気が消え去った。うつむき、何も言わない。
 全てを失った暴君の、哀れな姿であった。
 ヒデはブロンから視線を外し、リルラピスの仲間たちを促す。
 元大臣のパズートが頷き、重点復興地域で苦楽を共にした仲間たちとともに、リルラピスへ膝をつく。パズートが厳かな声で告げる。
 「リルラピス・ド・クリスティア様。王位継承法は、国王の遺志をゆがめる手段による継承を認めません。よって、ブロン・ド・クリスティアの王位は、今この時をもってはく奪され、あなたに継承されます。王として、ご命令を」
 リルラピスは、怒りに燃える瞳でブロンを見据え、きっぱり言い放った。
 「私はクリスティアの王として命じます。我が父を殺害し、王位を不正に奪取。数々の暴虐を働き、ユメカムコーポレーションによる無計画な開発を野放しにした叔父上、いえ、ブロン・ド・クリスティアを、国家反逆罪で投獄します!」
 たちまち、屈強な騎士5人が、ブロンを連れ出して行く。
 地獄に引きずりこまれていく亡者のような悲鳴をあげ、ブロンは玉座の間から消えていった。
 

 ブロンが去ったのち、リルラピスがヒデに話しかける。
 「軍師ヒデ、よく誓約書と毒薬を見つけてくれました」
 二日前の日曜日。
 ステンスに化けてブロンへの現状報告を済ませた後、ヒデとアルはステンスの執務室に向かった。アルはそこでいったん変装を解き、メイド服に着替えてイリダ対策のため移動。アルの帰還を待つ間、ヒデは執務室を探り、誓約書と毒薬を探し当てた。
 リルラピスたちと合流したとき、すぐアレックスらに頼んで内容を確認してもらい、協力者たちの捕縛を依頼していた。
 アレックスが質問する。
 「あの時は協力者捕縛を優先したから聞かなかったけど、教えてくれよ。誓約書の存在にいつ気が付いた?」
 ヒデは答える。
 「ブロンとの会話で、ステンスが仲間との調整役だと聞いた時です。証拠を残さないためには口約束しかないが、調整役としては確かな結束が欲しい。ならば、仲間たちに誓約書一枚くらい書かせるのでは、と。毒薬と使用方法メモは誓約書と同じ場所にあったので、これは偶然でした」
 いくらペーパーレス、印鑑レスが進んだとはいえ、日本では確実な意思確認の場において印鑑を押した書類が重要視される。クリスティアも同じ印鑑文化。ならば、ステンスが仲間に誓約書を書かせ、印鑑を押させてもおかしくない、とヒデは考えた。口約束だけだと、調整役は絶対不安になるからだ。
 ウィリアムが感心する。
 「クリスティアの文字が読めないのに、よく誓約書だと分かったね」
 「軍師になる前、役場あての補助金申請書や町有地貸借の誓約書、といったものを頻繁に作っていました。法律の勉強会に出たことも。だから、この手の書類の構成は見慣れていたのです」
 蕎麦屋に就職してからヒデは町内会の書記兼会計を任され、こうした書類を作ってきた。法律の勉強会は、自営業における法律トラブルを避けるためだ。印鑑が重要視されるクリスティアの文章構成は日本のものとそっくりで、これは何かの契約あるいは約束を記したものだ、とすぐ気が付いた。
 さらにウィリアムがヒデに質問する。
 「誓約書は部屋のどこにあった?」
 「ベッドの下の隠し引き出しに」
 頑丈な隠し場所なら、鍵のかかった金庫に限る。だが、鍵を使わずすぐに取り出せ、かつ普通の人が思いつかない場所に隠せば、いざというとき持ち出しやすい。
 机の引き出しや絵画の裏はわかりやすいし、本棚の奥は取り出しにくい気がする。ステンスの執務室で一人きり、5分ほど思案したとき、ふとヒデは電撃的にひらめいた。
 ベッドの下は、と。
 ステンスの執務室にはベッドがあった。凝った装飾が施され、隠し引き出しの一つや二つは仕込めそうな大きなベッドが。ベッドの下に手を突っ込んで探ったら、隠し引き出しはすぐに見つかった。
 これを聞いたアレックス。馬鹿だなあステンス、と呆れている。
 「国家を揺るがす証拠を、スケベ本みたいな場所に隠すなよ……」
 
 
 

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