ブロン投獄から一週間かけて、リルラピス自ら主犯のブロン、イリダ、ステンス。そして捕らえた協力者を相手に、先王毒殺と遺言偽造計画の取り調べを行った。暗殺計画を暴いたヒデも『エトフォルテの仮面の軍師』として立ち会った。
取調で、グランたちが日本でやろうとした暗殺が失敗した理由も、明らかになった。
グランと最後まで行動を共にした近衛騎士のモンドが、ブロンと内通していたのだ。
当初のブロンの計画は、こうだ。
暗殺に来たグランたちを、モンドの手引きで日本で殺害。
本国のリルラピスたちが計画失敗に狼狽しているところを攻め込み、オウラムの街で一網打尽にし殺す。
その後、モンドは王国政府にブロンの近衛騎士として復帰する手はずだった、という。
「だが、あいつは潜伏場所に俺の部下が近づいたことをグランたちに知らせた挙句、グランと逃げた。裏切った。二年前、あの手この手で引き込んだ俺の切り札だった!リルラピスたちが死んだら、あいつの病気がちな母親に日本の最新の治療を受けさせてやるとまで言ったのに!」
取り調べでブロンはそう語った。
ブロンとモンドのつながりは、イリダらほかの主犯格は知らない。ブロンが直々にモンドと話し合い、切り札としてスカウトしたという。確かに彼は切り札になった。グランを逃がすという、リルラピス側の最後の希望として。
ヒデは、なんとも言えない気持ちになった。
最後の最後で、良心が彼にそうさせたのか。それとも、ほかの考えがあったのか。今となってはわからない。
ちなみにモンドの母親は、グランたちが日本に旅立った後、容体が急変し亡くなっていた。国家の一大事に臨む息子を心配させまいと、母親はモンドに知らせないで、とリルラピスに懇願していたという。
ブロンが暗殺未遂後も日本にとどまったのは、グランたちの行方を捜し部下に始末させるため。同時に日本政府に、暗殺に動じない強い指導者としての自分を見せるためであった。結局グランたちが見つからず、リルラピス側の動向を気にして帰国予定を少し早めた。
これら行いは、リルラピスとエトフォルテにとってプラスに働いた。
モンドの裏切りがなければグランは逃げられず、エトフォルテと巡り合うこともなかった。ブロンがもっと早く帰国してリルラピスたちを攻めていたら、グランがいたとしてもエトフォルテはクリスティアに行かなかっただろう。
なお、バルテス国王の暗殺はブロン一派の陰謀で、日本政府やヒーロー庁、ユメカムコーポレーションは一切関わっていなかったという。
日本の科学技術やヒーロー武装の魅力に取りつかれたブロンは、兄を病気に見せかけて毒殺し、遺言状を偽造して王位を奪取。リルラピスたちを重点復興地域に送り出したのは、いずれ反逆させることで国家反逆罪を適用し、合法的に始末するためだ、と語った。
「兄上と同じように、リルラピスをティアーズで毒殺することも考えた。だが立て続けに王室から病死者が出れば、遺言状があっても国民に疑われ暴動になりかねない。2,3年は放置し、あえて重点復興地域で反逆させるつもりだった。モンドに定期的に状況を報告させ、タイミングを見計らっていた」
その間、ブロンはユメカムによるクリスティア開発と監督官たちの横暴を、必要なものとして黙認し続けた。三島売却の密約はブロンから日本政府に持ち掛けたもので、住民退去などはあとで責任もって自分がやるから、と日本に説明していた。
この密約をちらつかせることでリルラピス側の焦りを誘い、暗殺計画に走らせる。モンドの協力でグランたちを日本で殺し、さらにリルラピスを殺す。
邪魔者がいなくなった後、密約を実行し島三つを日本政府に売り、ユメカムがレアメタルを採掘。クリスティア王国は日本から様々な技術を受け入れ、魔術文化を捨て去る。
これが、ブロンの描いた計画の理想的な結末だった。
日本人を採掘場で強制労働させた件については、こう語った。
「天下英雄党もヒーロー庁も、クリスティウムの採掘量を増やして日本に売ってくれ、とは言った。支援に送った日本人を強制労働させろ、とは言っていない」
だが実際に強制労働は行われた。ユメカム一社だけで隠しきれることではない。ユメカムと日本政府の間でなんらかのやり取りがあったはずだ。
その点をヒデが指摘すると、ブロンは暗い笑い声をあげる。
「だろうな。連中も何かしただろう。だが俺は知らない。興味もない。俺は自分の国が豊かになれば、俺の心が満たされれば、それでよかった」
こんな男が、2年も王をやっていたのか。
ヒデが意見するより早く、リルラピスが口を開いていた。
「そのために父上を殺して、多くの人を苦しめて。本当に叔父上の心は満たされましたか」
怒りより悲しみが勝っていたのだろう。リルラピスの声は、震えている。
ブロン、絶叫。
「……何をやっても満たされない!兄上の声が消えない!幻惑魔術で遺言状に真印を押しても、兄上は最期まで抵抗して、こう言ったんだ!!」
『リルラピスは絶対にお前を許さない。いつか必ず、お前を止めるために立ち上がる』
「結局、兄上の言う通りになった……。兄上の望んだことはいつも現実になる!俺の望みは、俺の行いは!なんでいつもうまくいかない!息子も死んで意見も通らない!面倒を見てやったグランも去って!なんでなんで、俺だけええええ!」
絶叫とともに泣き出したブロン。その後、二度とまともな会話をすることはなかった。
主犯格のイリダと協力者たちの大半は、なかなか口を割らなかった。口を割らなければ、その分長く生きられると信じていたのだろう。取り調べにも拷問にも、すさまじいタフネスで耐え続けた。
だが彼らのタフネスを台無しにする勢いで、真っ先に口を割った男がいる。
ステンスだ。
ヒデはエラルメの街でステンスを捕らえた後、声をコピーする直前、彼にこう言ったのだ。
『リルラピス王女が勝てば、ブロンもあなたも死刑になる。ここでいさぎよく私たちに情報を提供してくれれば、私はあなたを特別扱いしたかったのだが。損をさせたくもなかった。ステンス・ガンデイスン。あなたは今すぐ決めなかったことを、この先後悔するだろう』
絶大だった。かつて映画研究部で和彦から演技用の資料としてもらった、『詐欺師の手口マニュアル』で得た詐欺師の常套句による“仕込み”は。
『あなたは特別』
『損はさせない』
『今すぐ決めないと、この先後悔する』
事前に仕込んだこの三つのフレーズは、ステンスの心を絶妙に揺さぶった。
協力者たちと渡りをつけていた調整役ステンスの暴露により、さらなる事実が明らかになった。
ステンスが隠し持っていた毒薬は、反ブロン派の者を暗殺するため、イリダからひそかに分けてもらったもの。ステンスは毒薬を使い、10人以上を病気に見せかけ殺害していた。
さらに、ステンスは首都に潜伏していた蜂起部隊の男を捕らえ、イリダの幻惑魔術の餌食にしてほかの仲間の居場所を吐かせていた。エイルの弟・ライトが捕まったのはそのせいだ。幻惑魔術の餌食となった男は、ステンスが後に殺害した。
そして、ブロン派の利権を強化するため、芸術大臣のビル・センシュードが国民議会や商人たちに、高額のわいろをばらまいていたことも判明。わいろを受け取り、違法行為に走った者は150人近くに及んだ。
ビルはブロンによる『強さ誇示ムーブ』で背中を斬られ死亡していたため、リルラピス配下の騎士が彼の自宅を徹底的に捜索した。
騎士たちは頑丈な隠し金庫を探し当てると苦労して破壊し、わいろの帳簿を手に入れた。
さらに金庫を探ると、奥に何かが入っている。騎士たちは取り出したものをみて、絶句。
何とそれは、バルテス国王の遺書を偽造した時の下書きだった。出来はかなり良い。
本人が死んだ今となっては想像でしかないが、おそらくビルは自分が苦労して書いた偽遺書を、努力の証として手元に置いておきたかったのだろう。バレれば大変なことになると知っていても。
ビルはステンス(に化けたヒデ)に
「余計なことをしがちだぞ」
と言ったが、自分も人のことは言えなかった。
もはや、反逆者たちの罪はゆるぎないものとなった。
ブロン投獄から7日後。彼の誕生日。
クリスティア王国最高裁判所で、罪人たちの刑が宣告された。
ブロン、イリダ、ステンス。さらに先王の殺害と遺言状偽造、体調記録改ざんに加担した協力者28人を加え、総勢31人の死刑が決定。死刑執行は半年後である。
わいろを受け取りブロンの悪政に協力、違法行為に加担した者達は、罪の程度に応じて貴族資格のはく奪、超高額の罰金刑、長期間の隷役刑(労働奴隷になる刑罰)などに処せられる。
ドラクローとともに裁判所を訪れたヒデは、死刑宣告に立ち会うことになった。
宣告されるなり、イリダたちはステンスに恨み節をぶちまける。
なぜばらした。仲間としての自覚がないのか、と。
情けなく泣き叫ぶステンス。
「俺は軍師ヒデに騙された。あいつが俺を特別扱いする、死刑から助けてやるって言ったから!俺はだまされたんだあ!」
ヒデは裁判所の係員からマイクを渡され、淡々と告げる。
「ステンス。私はお前を特別扱いするとは言った。だが、死刑から助けてやるとは一度も言っていない」
ステンスの顔が、みるみる絶望的な表情に変わっていく。やがて泣きながら、呪詛を吐き散らす。
「ケダモノ軍師!嘘つき!死んでしまえ!助けてくれると信じてたのに!」
一方イリダたちは、ステンスを責めた。
「見え透いた嘘に騙されて!」
「お前がばらさなければみんなが長生きできたのに!」
「汚い宇宙獣人に負けるなんて、恥だぞ!」
必要だから言ったことだし、相手は同情の余地のない反逆者たち。とはいえ、面と向かって恨まれると仮面をつけていてもヒデは堪(こた)えた。ネット上の罵詈雑言とは違う、直接的な憎悪と恨みの熱が彼らから放たれ、仮面の下にあるヒデの素顔に容赦なく突き刺さる。
ヒデの隣にいるドラクローは必死に平静を装っていたが、尻尾がぴくぴくと小刻みに震えている。怒りと困惑が抑えられないのだろう。
罵詈雑言が鳴り止まない法廷で、リルラピスは死刑囚たちにきっぱりと言った。
「あなたたちに有無を言わさず殺された人たちの無念が、これでわかったでしょう。次に私の友を罵った者は、死刑執行前に私が殺します!」
リルラピスが向けた怒りと殺意は、普段の慈愛に満ちた人魚姫のイメージとは真逆。罪人たちの心臓に突き刺さる鋭さを帯びていた。
イリダたちは、泣きながら留置場に連行されていく。
死にたくない。助けてくれ。エトフォルテを恨んでやる、と繰り返しながら。
首謀者のブロンは、取調でバルテス国王の最期を思い出したときに、完全に心を折られていたのだろう。何も言わずにうつむくだけ。
これが、反逆者たちの末路であった。
ヒデはドラクローとともに、クリスティア王国最高裁判所を裏口から退出することにした。
死刑囚たちの恨み節が脳内で響き、ヒデは気が重かった。
ドラクローがヒデに言う。
「ステンスの言ったことは気にするな。お前がやらなきゃ、誰かが代わりにおなじことをしただろう」
「……そう、ですね」
ドラクローがため息をつく。
「ケダモノ呼ばわりは慣れたつもりだったけど、連中の泣き声は忘れられそうもない。あいつらは死ぬまで、いや。死んだ後も俺たちを恨むだろうな」
思えばヒデもドラクローも、司法の場に立ち会うのは初めてだった。
戦場での高揚感は心の鎧となり、命を奪うことへの罪悪感を薄れさせる。
司法の場にそれはない。裁く側も裁かれる側も、罪と罰にむき出しの心で真正面から向き合わねばならない。そこから漏れ出す、数多の感情とも。
ヒデは軍師になって多くの命を奪う行為に加担してきた。そのたびに、自分は覚悟を決めてやっている、これはエトフォルテのため、クリスティア王国で困っている人たちのため、と信じてやってきた。だが、命を奪われる側にしてみれば、ヒデの覚悟や信条などどうでも良い。
彼らにとって、自分は敵でケダモノ軍師で、嘘つきでしかない。
わかっていたことだけれど、目の前で言われれば堪える。
自分はこの現実に、一生向き合っていかなければならないのだ。
二人で黙って歩いていると、裏口で魔術機構師のエイル・フェイスフルと弟のライトが待っていた。
エイルがお嬢様口調で、呆れ気味に言う。
「いいことしたあとなのに、なんで罪人みたいに背を丸めてうつむいているんですの、あなたがた」
ドラクローの顔が曇る。
「あれだけ恨み節を浴びせられれば、堪えるさ」
エイルが、何をおっしゃいますか、と言わんばかりのため息をつく。
「思うところはいろいろあるでしょうけど。私(わたくし)“たち”はスカッとしましたわ」
通路の奥から、壮年の男女の集団が出てきた。エイルが説明する。
「ステンスに殺された、私の後輩のご家族です」
家族たちは目に涙を浮かべ、深々と頭を下げる。
「軍師殿。あなたが『死刑から助けてやるとは一度も言っていない』と言った時の、ステンスのあの絶望的な顔。私たちは溜飲が下がる思いでした。最高でしたよ」
「これで子供たちが帰ってくるわけではありませんが。きっと、無念を晴らしてくれたと喜んでいるでしょう。ドラクロー団長も、この国のために戦ってくれて、ありがとうございました。エトフォルテのために、私たちも一生懸命お手伝いしますから」
そしてエイルが、ほろ苦い微笑を浮かべる。
「私たちはみんな感謝している。だから、己の行いに堂々と胸をお張りなさい」
ステンスはブロンの悪事に手を貸した上に、エイルの後輩をはじめ多くの命を奪った。ブロンもイリダも、協力者たちもそうだ。
それでも人間、命には違いない。命を奪うことへの罪悪感と彼らから放たれた恨み節は、消えない。
けれど、エイルたちの言葉に、ヒデは少しだけ救われた。
だからヒデは、きちんと背を伸ばし、
「こちらこそ、ありがとうございます」
静かに頭を下げた。ドラクローも、そうした。
エイルは、苦笑い。
「まったく、胸を張れって言うのに……」
なお、モンドがブロンたちに関わっていたことは、リルラピスの判断で世間には伏せられた。ヒデも口外しないように頼まれた。
彼は亡くなった仲間たち、ガネットの街でデストロに立ち向かった騎士たちとともに、殉職者として丁重に扱われた。
最後の最後でグランを逃がしたことへの、せめてもの情けなのだろう。