クリスティア王国に、リルラピス・ド・クリスティア新女王が誕生した。
リルラピスが仲間とともにエトフォルテを訪れたのは、ブロンらの死刑宣告から3日後のことだった。
「エトフォルテの皆さま。船の修理に必要な資材のサンプルをお持ちしました」
搭乗口で挨拶を済ませたリルラピスたちは、エトフォルテの船内を珍しそうに眺めている。
パズートがしみじみと呟く。
「星空を渡る船とは。夢がありますなあ、女王様」
「本当に。私もいつか宇宙旅行がしてみたいです」
エトフォルテの幹部級の皆は、照れている。顔は平静を保っていても、尻尾がうれしそうに揺れているからすぐわかる。
決戦前日のステンスなりすまし稽古の時点で、演技の出来栄えを見せる手前、ヒデはリルラピスらに一度素顔を明かしていた。
「今日はリルとウィリーとパッさん。グラン様とエイル様とライトしかいないから、会議室では仮面外して気楽に話しちゃおうぜ。アタシらもあんたの素顔は内緒にしとくから」
そうアレックスが勧めるので、これから腹を割って話す意味でも、ヒデは仮面を外すことにした。
技術主任のリーゴが、リルラピスたちに船の修理箇所を簡潔に説明する。
「破損した外壁、対空砲台、推進翼。これらの修復に必要なのは、衝撃や熱に強く、宇宙の旅に耐えうる金属だ。あるだろうか」
パズートが、鞄の中から握りこぶし大の鉱石を3種類取り出す。
「使えそうな有力候補はこの3種類。なかでも、この流星銀(りゅうせいぎん)なら可能かと」
流星銀は、文字通り銀色を帯びた鉱石である。
「はるか古来にクリスティアに落下した巨大隕石から採取できる銀だ。衝撃にも熱にも非常に強いが、それだけに加工が難しくあまり使われていない。量はたっぷりある。ほかのサンプルが必要ならまた用意するので、遠慮なく相談してほしい」
そのあとを継いで、近衛騎士アレックスが提案する。
「もしこれが駄目でも、魔術錬成って手がある。異なる金属や薬品同士を掛け合わせて、強力な物質を作る手段だ。宇宙の旅に耐えられる素材を作れるかもしれないぜ」
さらに、ウィリアムが教えてくれた。
「エトフォルテの皆様には、嫌な話になるかもしれないが……。叔父上はヒーロー庁からヒーロー武装をいろいろ購入した。その中に、レギオンのロボや支援メカがある。解体(バラ)して部品を取り出せば使えるかもしれない」
さらに科学研究と称して、ブロンはクリスティアでは使えもしない宇宙船や人工衛星なども多数購入したという。
技の部のタイガたちは、ヒーロー武装と聞いて難しい顔をしたが、流用できるものがあればその分修理も早く終わる、ロボが手に入るなら今後の対レギオン対策にもなるから、と納得した。
さらに2時間ほど協議し、今後の方針が正式決定した。
クリスティア王国は、エトフォルテの修理に必要な金属や資材を提供する。
リルラピスが支援について解説する。
「修理に必要な金属を掘り出すための採掘士、錬成に長けた鍛冶師たちは、こちらで手配します。エトフォルテの皆さまと安全に作業できる環境を整えましょう」
エトフォルテが食料や日用品を必要とするときは、大臣に復帰したパズートが窓口になり手配することになった。
また地球に滞在する間、エトフォルテとクリスティア王国は互いに連携し、危機の際には協力し合う。
危機として想定されるのは、日本のヒーロー、あるいは悪の組織の襲撃。ドラクローが確認する。
「ヒーローがクリスティアに侵入するのを防ぐ手立てとは?」
リルラピスが答える。
「首都を守った広域結界。あれを、クリスティア領海まで展開します。クリスティウムを安定して供給できれば、レギオンのロボではまず破壊できません。海中にもある程度の深さまで展開でき、攻撃機能も使用できます」
ブロンによる過剰採掘とデストロとの戦いで相当量のクリスティウムを消費したが、すでにリルラピスたちが聖域で儀式を行い、クリスティウムの再生・復元に支障はないことを確認している。広域結界を発動する魔術機構も、大きな故障はなかった。
国全体を覆うときは、結界の出力を補助する魔術機構が本島の外側にある島に設置されていて、本体の稼働と連動して壁の高速形成を助けるという。日本に転移して結界を改良した後、日本から仕入れた通信機やレーダーも置いて、外敵侵入に備えていたという。
今後敵が接近してきた時、レーダーなどを妨害されずに広域結界を速やかに張れるようにしなければ。エトフォルテの技の部が、レーダーなどの改良を図ることにした。
万が一内部に侵入された場合でも、クリスティア王国の魔術戦艦がある。首都防衛騎士団に復帰したグランが解説する。
「水と魔術の王国を守護する者として、首都防衛騎士団は海戦技術も習得している。必ず力になれるはずだ」
100メートル級のロボ相手は無理でも、小型の機動兵器相手なら魔術大砲が使える。ロボ対策も、改めてエトフォルテとクリスティアで対策を検討することにした。
聖域で伐採された木々の再生と、汚された川の浄化には時間がかかるが、これはエトフォルテも手伝いこまめにやっていこう、ということで決定した。エトフォルテには生活用水を確保し植物を育てるための技術がふんだんにある。
さらに、リルラピスが言う。
「魔術機構師のエイル・フェイスフルをエトフォルテに派遣します。魂の力エトスと、心の力魔力。似てないようで共通点が多い。お互いの戦闘技術を発展させられるかもしれません」
ふふん、と胸を張り、エイルが前に出る。
「よろしくお願いしますわ、エトフォルテの皆様。王室御用達の私の技術と知識、必ず役立てて見せましょう!」
弟のライトは控えめに言う。
「姉さまともども、よろしくお願いします」
二人はエトフォルテに常駐し、エトスと魔術の共通点を探りながら、新武装の開発に関わることになった。所属は、タイガ率いる技の部だ。
クリスティア王国騎士団との連携もあるので、グラン、ウィリアム、アレックスも引き続き協力することになった。
そして話題は、日本からクリスティア王国に派遣された復興支援の作業員と、ユメカム監督官の処遇に映る。作業員たちは、500人近くに及ぶ。
リルラピスが言う。
「日本政府がユメカムの所業をどこまで把握していたかはわかりません。が、この状況で作業員たちを日本に帰すわけにはいきません」
ヒデも同意する。
「帰した後で、『死人に口なし』をやられかねない。ヒョロさんたちも、それを恐れています」
殺さないまでも、ユメカムと日本政府が何らかの形で口封じを図るのは目に見えている。純粋な気持ちで復興支援に来た者もいれば、ユメカムに騙されてクリスティアに送られた者もいる。苦労した後で口封じなんて、悲惨すぎる。
彼らを安全に日本に帰すには、ユメカムの悪行を公表し、なおかつ彼らに復興支援を許可した日本政府にもしかるべく責任を取ってもらわねばならない。それが実現するまで、クリスティア王国内で作業員たちを保護することにした。おもに農場での仕事に従事してもらい、必要に応じてエトフォルテの仕事も手伝ってもらう。
エトフォルテとの仲介役として、この場にはいないが元神剣組の奥山半次がすでに名乗りを上げている。
『ドラクロー団長。軍師ヒデ。作業員の力を借りたくなったらいつでも言ってくれ。農場にいるリーダーには、俺から話をつけておくよ』
監督官たちは、エトフォルテがこれまでの戦いで捕らえた者に加え、デストロ騒動で逃亡を図ったが迎えの船が来ず港で立ち往生し、騎士団に捕らえられた者がいる。総勢100人近く。彼らは悪行の実行犯としてクリスティア王国内の刑務所に収監し、隷役刑に処すことを、リルラピスが決定した。
即刻死刑にしてしまえ、というクリスティア国民の声も強かったが、彼らもまた違った意味で強制労働の生き証人である。日本に帰して口封じされるくらいなら、こちらで証人として生かしておいたほうがよい、ということになった。
議題の大半を終え、いったん休憩時間を取る。
リルラピスがジューンに問いかける。
「ジューンさん。取材の成果はいかがですか」
「おかげさまで。先日の戦いの映像と、ブロンの悪行について皆様からいただいた映像や情報を編集中です。公開すれば、ユメカムの悪行を世に公表できます」
戦いが終わった後もジューンはカメラを回してクリスティア人たちの話を聞き、持ち込んだタブレット端末で昼夜問わず取材内容を編集していた。
ユメカムの悪行、と聞いて、アレックスが寂しげな表情を浮かべる。
「これで巴の無念が、疑いが、少しでも晴れるといいんだけど……」
皆の顔に、沈痛の色が浮かぶ。
ジューンの取材内容は、エトフォルテの実情や協力者のプライバシーもかかわる手前、ヒデとドラクローがこまめにチェックを入れていた。クリスティアに関する部分のチェックは、リルラピスが担当だ。巴が作業員たちを守るために懸命に戦い亡くなったこと、ユメカムにドーピング検査を捏造されフェアリン加入を仕組まれたことも、公表予定である。
巴には格闘家で慈善家の両親がいる。フェアリンをやった責任はリルラピスのフォローで軽減されるだろうが、死んだと聞いたら両親はどう思うだろう。チェックを入れながら、みんなずっと気にしていた。
どうにかしてドーピング検査捏造の真相だけでも解明し、ジューンの取材で公表したかった。しかしモルルたちの努力をもってしても、昨日までの調査で怪しい闇業者を5件まで絞るのが、限界であった。
エトフォルテでの調査結果をモルルが告げると、アレックスが泣きそうな顔になる。
「検査捏造があったことは公表できても、真相がわからなきゃ疑いは晴らせない。巴は死んだ後でも、ドーピングで失格したからユメカムに行った、と言われ続けちまう。なあ、なんとかできないか。このままじゃ親が可哀想すぎるよ」
すると会議室にある通信機に、緊急性の高い第一種警告音が鳴り響く。
ドラクローが急ぎ通信に出ると、技の部の男性通信員の切迫した声が聞こえてくる。
『ドラクロー団長。首都ティアーズから緊急連絡です』
エトフォルテの通信機は首都ティアーズに十数台貸しており、情報伝達に使っている。
「何があった?」
『にわかには信じられんのですが……生きていたのです』
「生きていた、って誰が?」
『デストロに叩き潰された久見月巴が、生きていたのです!』
「なんだって!?」
会議室にいる全員が、驚きの表情を浮かべどよめく。
通信員がさらに解説する。
『どうやら潰される直前川に飛び込んだらしく、採掘場のすぐそばの川の下流の街で、溺死寸前のところを住民に保護されていたそうです。それから今に至るまで住民が魔術治療を施し、ティアーズに先ほど連行してきたのですが……』
巴は汚染された川の水を大量に飲んで溺れたせいで、衰弱が激しく意識が混濁している。水の魔術による治療で体内の汚染はできるだけ取り除いたというが、魔術治療ではこれ以上治せないという。
通信を聞いたドラクローも、ヒデも、そしてリルラピスも頷く。
ドラクローが力強く宣言する。
「ティアーズに伝えろ。治療はエトフォルテで引き継ぐ!巴をここに搬送する!」