エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第22話 害敵必討~残り4人~

 
 孝洋は技の部の兎族団員ハーゼたちと、臨時砲台である自走砲用の砲弾を運搬・装填していた。ちょうど装填し終わった砲台が撃たれ、銃座にいたシーバスが出血したのが見えた。慌ててほかの団員たちとシーバスを引きずり出し、防護板の裏に運んでいく。
 シーバスは涙を流して叫んだ。
 「同じ位置にビームを当てて、銃座を破ってきた!!ほかの銃座に乗っているやつらがやばい!!降ろしてくれ!!」
 駆けつけたタイガが通信機を掴んで指示を出そうとしたのを、とっさに孝洋は止めた。
 「団長!!それやっちゃいけないやつ!!降りるところを狙われるって!!」
 「けど、このままにしておけない!!ヒデ!!アルか鳥族の団員をシルバーのところに…」
 言ってるそばから再び狙撃音。別の銃座が撃たれている。
 「くっそー!!外に出ても中にいても当たる!!どうすりゃいいんだ!?」
 タイガが頭を抱える。陸戦用自走砲の銃座は身を隠せるほどのスペースがない。
 アルか鳥族の団員がシルバーのところにたどり着く前に、銃座の中で間違いなく死人が出る。
 エトフォルテ人が、動物人間がまた殺される。
 もうこれしかない。孝洋は強引にシーバスのいた銃座に乗り込んだ。
 ハーゼがええ!?と叫び、タイガが怒鳴りつける。
 「ちょ、お前!?実戦経験ないだろ!?」
 「使い方は教わった!!『玉』を扱った経験は豊富なんだ!!」
 照準器を操作し、狙いをシルバーに合わせようとする。シルバーは射手が乗り込んだこの銃座をもう一度狙ってくるはずだ。
 やつが射撃体勢をとる前にこちらの弾丸を当ててやる。
 その時は、自分も撃たれて死ぬかもしれないということである。しかし孝洋は、死への恐怖や殺人の是非以上に缶詰をもらってくれたエトフォルテへの愛着が、そして彼らを傷つけたシャンガインへの怒りのほうが勝っていた。

 孝洋は動物人間が活躍する話が、本気で好きだった。
 特に、小学生のころ読書感想文に書いた図書『あにまるの街』。動物人間の世界に迷い込んだ主人公の少年が、とまどいながらも動物人間たちと交流を深め成長し、彼らを守るために戦い死ぬという物語。読書感想文に、いつか主人公のようになりたいと孝洋は書いた。あの時の夢を本当にするのは今だ。
 「素早く狙いを絞り、確実に玉を狙いどおりに撃ちこめ。常に前向きな感情だけを玉に乗せろ…!!」
 サッカーをやっていた時、恩師に教わった言葉を思い出しながら呟く。この教えのおかげでサッカーもボウリングもシューティングゲームも、やり方を覚えれば孝洋の『玉』はいつだって狙いどおりに飛んで行った。だから砲弾だって飛ばせるはず。
 別の銃座を狙っていたシルバーの首が、こちらに向くそぶりを見せた。
 孝洋は照準をあわせ、ついに撃った。
 砲弾はシルバーの体の数センチ脇を通過した。外したか。いや、よけきれず銃身の先端をかすめたらしい。照準器の向こうでシルバーが唖然となり、シャンスナイパーの先端を慌てて確認している。かすめた衝撃で不具合を起こしたらしい。光線兵器は精密機械の塊。砲弾の大きさと弾速を考えれば、シャンスナイパーは衝撃で使い物にならない。
 喜んだのもつかの間。シルバーはシャンスナイパーを投げ捨てると、孝洋の銃座に向かってジグザグに飛びながら接近してきた。
 もう撃っても当たらない。孝洋は拳銃を構えて銃座から脱出する。着地したシルバーがすでに目の前にいた。とっさに撃った倉庫の拳銃の9mm弾はまったくスーツを傷つけない。シルバーは腰からシャンバスターを引き抜き、事務的な声で言った。
 「銃を捨てろ。そしてゆっくり仮面を外せ」
 孝洋は言われたとおりにした。

 「孝洋!!」
 「来ちゃ駄目だ!!」
 タイガたちが銃を構えて近寄るのを、孝洋は制止した。そんな孝洋を見て、シルバーが呟く。
 「尻尾や体毛がない。そしてこの拳銃。やはり地球、いや日本人だ。生け捕りにして、この船に協力した経緯を聞き出すか」
 生け捕り。聞き出す。そして最後は殺すんだろう。孝洋は思った。遺される自分の家族が気がかりだったが、協力すると決めた以上エトフォルテに迷惑はかけないと決めていた。
 『あにまるの街』の主人公のように、最期まで戦ってやる。
 「なぜすぐ殺さない。日本人だから俺は特別扱いかよ?」
 「俺は獣人だけしかいないと聞かされていた。日本人がいるとは思わなくて」
 獣人だけなら遠慮なく殺せたのにと言わんばかりの顔が、シルバーの仮面の下に見える気がした。孝洋は少し腹が立った。
 こういう状況で聞く話題ではないが、それでも孝洋は聞きたかった。
 「あんただって、動物人間が出てくる絵本とかアニメくらい見るだろう。犯罪してる獣人はともかく、まとめて悪者扱いしなくたっていいじゃないか。どういう教育受けてきたんだよ。いい動物人間だっているぞ、ここに」
 「いい動物人間なんてものは存在しない。そんな作品は見る必要もないし見たこともない」
 シルバー、ばっさりと返してきた。
 「小さいころから栄えあるヒーロー庁の育成機関『天下英雄学院』で俺たちは育ってきた。ヒーローとしての英才教育にそんな無駄なものは必要ない。日本をヒーローが守る。ヒーローが悪をつぶす。それが俺たちの行動原理。そして獣人、動物人間はこの世の悪だ。そんなくだらない作品はいずれ規制してやる」
 孝洋はもう、完全に腹が立った。
 そっちがその気なら、こっちも言いたいこと全部言ってから死んでやる。
 「俺の思い入れのある本まで馬鹿にしやがって!!何様だよお前!!」
 「お、お前の方こそ何様だ!!」
 「小学3年生の時『あにまるの街』の読書感想文書いて審査員特別賞取った俺様だよ!!」
 「お前の小学校の思い出など関係ない!!」
 「関係ないだと!!うちの工場の風評被害もフォローしないでッ!!」
 「お前の家の工場など知らん!!」
 「記憶にございません、すか!!ヒーローのくせに卑怯だぞ!!」
 「知らんものは知らん!!」
 孝洋の怒りの言葉は鮭の遡上のごとく腹から口へ突き抜ける。
 「態度がでかいぞ、間に合わせメンバー!!さっきの放送、ダンスずれてるし歌詞間違えてたくせに!!よく人前であんなの見せられるな!!」
 「ま、ま、間に合わせとか言うなー!!俺だって昨日いきなりヒーロー庁に言われてメンバーになったんだ!!本当はマスカレイダーになるはずだったんだ。ダンスと歌は仕方ないだろう!!あれでも昨日4時間練習したんだよ!!」
 なんと、このシルバーは本当に間に合わせだったのか。
 仮にそうでなかったとしても、
 「上からの指示にしたがって、動物人間殺して得意満面。そして明日からもヒーローを名乗り生きてくんすか!!」
 そんな生き方は、孝洋の感覚からすればこうだ。
 「つまんねー人生!!」
 力いっぱい吐き捨てると、シルバーはわなわな震えてわめきだした。
 「日本人のくせに生意気だ!!これ以上口を出すなら、本当に撃ち殺す!!」
 「なら俺は口は出さない。手も出さない!!」
 孝洋は両手を持ち上げるそぶりを見せながら、一気にステップを踏んで銃身の側面に回り込む。
 「足は出すッ!!」
 全国3位まで行ったサッカー経験者の右足は、ヒーローの最新武器を思い切り蹴り上げていた。

 キレた孝洋に驚きながらもどうせすぐに殺せると思い、銃を握る右手をゆるめていたのがシルバーの運の尽きだった。言い争ううちに意識は口に集中し、手元への意識が薄れる。シルバーは射線からずれた孝洋に対応できず、シャンバスターは蹴り上げられて手から離れてしまった。
 狼狽するシルバーが腰のシャンカッターを抜くより早く、タイガたちが飛び掛かっていく。完全に形勢は逆転した。シャンガインとエトフォルテでは、戦いに対する準備と覚悟に圧倒的な差があった。エトフォルテは素早く立ち回り、シルバーに武器を抜かせない。この場の敵を倒せないと判断したシルバーは、グリーンが飛び込んだ亀裂に目をやった。
 中にいる獣人の仲間を殺してこいつらを混乱させてやれ。
 攻撃をかいくぐって、シルバーは亀裂の中に飛び込んだ。

 タイガは孝洋の無事を確認して通信機を掴んだ。
 「ヒデ!!シルバーが居住区に続く裂け目に飛び込んだ!!」
 「わかりました。中で待機している部隊にあとは任せてください」
 裂け目の中にもヒデたちが考案したトラップが仕込んである。木曜日の対策会議の後、トラップをヒデから提案されたときは半信半疑だったが、今ならきっと有効だとタイガにはわかる。
 先に飛び込んだグリーンはすでにトラップの餌食だ。シルバーは、この場で自分たちにやられていたほうがマシだったと思い知るだろう。


 一方。ブルーと切り結ぶ威蔵。
 「獣人に与する日本人め!!仮面の下の顔を見せてみろ!!」
 ブルーは激しく大型剣シャンカリバーを振りながら威蔵に迫る。剣のサイズを思えば、真っ向から打ち合うのは危険すぎた。受け流しながら隙を狙いブルーの体を狙うも、ブルー自身の能力も高く、直撃を避けられてしまう。
 「シャンカリバーにはこんな機能もあるぞ!!」
 勇ましい効果音を鳴らして、シャンカリバーが輝きとともに機関車のごとくガスを排出する。
 剣自体を加速させて斬りつける気か!!
 ブルーは猛烈に加速したシャンカリバーで斬りかかってきた。かわしきれずやむなく刀で受けたが、刀身を折られた。そのままシャンカリバーの切っ先が仮面をかする。仮面が割れた。
 あらわになった威蔵の顔を見て、ブルーが追撃をやめて問いかけてきた。
 「どこかで見た顔だな。普通じゃない日本刀。ヒーローへの反抗的な態度。まさか神剣組か?」
 「そうだ。神剣組二番隊隊長。義兼威蔵」
 神剣組と聞いたブルーは、鼻で笑った。
 「ああ。革命家気取りの、カビの生えたダサいチャンバラ軍団か。2年前にほとんどの連中は捕まって処刑された。残っている指名手配クラスの一人だな。カビまみれの指名手配犯でも、殺せばシャンガインの名が上がる」
 革命家気取り。
 カビ。
 ダサい。
 「貴様、神剣組を侮辱したな」
 この三つのフレーズは、威蔵の心の中にある怒りのスイッチを入れた。
 それに気が付かないブルーは、しゃべり続ける。
 「侮辱されても仕方ない集団だろ。刀で国を変えようなんて、何百年前の脳みそだ。今、日本はヒーローの時代だ。最新鋭のスーツとギミック付きの武器で国を明るく守る。それがクールで正義だ」
 「そのために泣いている市民がいることを知らないのか。全力を出せば数分で殺せる怪物を倍以上の時間をかけ、見せ場を作って殺す。その間に亡くなる市民もいる」
 「ある程度の犠牲は仕方ない。最終的に未来を生きる視聴者が喜べばそれでいい。それがヒーロー庁、そして俺たちの育ての親である天下英雄学院の方針。クールだ」
 さらりと返してきたブルー。この言葉は本心であるらしい。
 市民の犠牲をはじめから仕方ないで済ませる剣士など、剣士にあらず。威蔵は神剣組でそう教わってきた。
 そしてこうも教わった。市民の犠牲の上に成り立つヒーローと、市民を泣かす悪の組織は全て斬るべし、とも。
 「シャンブルー。貴様を斬る」
 「折れた日本刀でどうやって…あ!?」
 いつの間にか、威蔵の左手に新たな日本刀が握られていた。右手の折れた日本刀は、煙のように消えていく。
 「シャンガインがヒーローショーのプロなら、俺は『斬撃』の達人。俺は日本刀を無限に生み出せる」
 「そ、そんな能力が!?」
 「ヒーロー庁から教わらなかったのか。まあいい」
 威蔵は刀を、正眼に構えなおした。
 「二度と神剣組を『ダサい』などと言わせない。貴様に斬撃の本質を教えよう」

 派手なポーズも、叫び声もない。威蔵は、ただただ静かに、正眼のままブルーに迫る。
 ブルーにとって、その姿はあまりにも異様に映った。彼は、こんな敵と今まで戦ったことはなかった。
 「いや!俺の装備は最新鋭だ!フルパワーのシャンカリバーなら、やれる!!」
 ブルーはシャンカリバーのレバーを操作した。剣が激しい光と勇ましい効果音を放つ。
 「輝く未来のために、神剣組の残党!!お前を斬ってやる!!」
 威蔵は、応じない。
 ブルーはシャンカリバーを構え、技名を叫んでポーズを決めてから突進した。
 「ハイパー・シャンカリバー・ブレェェェク!!」
 そして、両者は交差した。

 ブルーは、威蔵がどんなふうに刀を振ったか見えなかった。
 ブルーは自分の体を確認する。切れ目は、ない。振り返って威蔵を見る。刀にも血はついていないようだ。
 斬られていない。喜びを表す言葉を、しかしブルーは発することができなかった。
 体から急激に力が抜けていく。シャンカリバーが手から落ちた。膝が崩れ落ちる。
 恐怖で口が動かない。時間差で肘と膝に切り込みが走り、ジワリと痛みが増してくる。すれ違いざまに手足を斬られた!最新鋭のスーツごしに!
 「落葉散花(らくようさんか)。貴様の肘と膝の神経脈を切断した」
 恐怖に震えるブルーに、威蔵はゆっくりと歩み寄る。
 「最新鋭のスーツもギミック付きの武器もないはるか以前。達人たちは己が身を守る身体操法と、相手の隙を突き倒す手段を徹底的に磨き上げた。それらの技術にカビなど生えない。ある達人は特殊能力も無しに兜割りを成功させている」
 威蔵が語りながら、刀を最上段に構えた。
 「斬ると決めたら斬る。ただひらすらに斬り、殺す。斬撃の本質は命の奪い合いだ。
 そこにはカメラ映りもポーズも入る余地はなし。他人を守りたいと思うなら、なおさら」
 威蔵の表情は冷徹そのものだった。そしてこれから自分に対し何をするのか、ブルーはわかってしまった。
 「本質を理解せず剣を振り、神剣組を侮辱した貴様に見せてやろう。本当の兜割りを」
 「ああ!!謝るからやめ」
 謝罪の途中で威蔵の刀は容赦なくブルーの頭に振り下ろされる。絶命したブルーは血だまりの中でうつぶせに倒れた。まるで、土下座するように。
 威蔵はブルーの死体を見下ろし、呟く。
 「謝る相手が違う」


 レッドはドラクローと戦いながら、ブルーが斬られるのを見た。
 これで残り3人になってしまった。メンバーの生体反応が消えるたびに、マスクの内側に展開されたメンバー表示が減り、絶望感が増していく。こうなったら、中に潜り込んだグリーンとシルバーが逆転してくれることを期待するしかない。
 期待を抱いた直後、グリーンの生体反応が消えた。



 

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