エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第89話 解き放たれた真実

 この日の朝8時30分から、2時間。
 日本中のTVが、スマートフォンが、パソコンが、大江戸TV経由で流されるSLNの特別報道番組に釘付けになった。


 番組の前半1時間は、エトフォルテでの取材が映し出される。
 最初の襲撃を生き延びたジャンヌがジューンを連れて、もっともレギオン・シャンガインによる被害の大きかった居住区の家屋を映していく。映像はやがて、シャンガインに殺害された人たちが眠る集団墓地を映し出した。
 ジャンヌが家族との思い出を語った後、ゆっくりと、かみしめるように言う。
 『500人以上が亡くなった。日本語で敵意がない、と訴えたのに。私のおじい様も、兄さんも。日本の人たちは、私たちを残忍な宇宙獣人だって言う。でも私には、あの日のシャンガインたちのほうが、最も残忍で残虐な化け物に見えたわ。ポーズを決めながら私たちの仲間を、戦えない子供さえも撃ち殺す人を、私はヒーローとは思わない。絶対に』


 ヒデとドラクローたち、そして仲間になった日本人たちは、エトフォルテの指令室で一連の映像を見つめている。
 映像を見つめるジャンヌの体は、小さく震えていた。ムーコが心配そうに言う。
 「ヌーちゃん……」
 ジャンヌがそっと笑う。
 「大丈夫。おじい様と兄さんのことを、思い出しただけ」
 遠い目をして、ジャンヌは映像に込めた思いを語る。
 「ジューン。私の家族のこと、最後まで黙って聞いてくれた。取材と関係ない思い出も結構話したけど……。温かい思い出話も、映像に入れてくれた。だから私はまた、思い出と一緒に前を向いて進んでいける。これを見た人たちに、伝わるといいな。私たちの怒りや無念の底に、大切な人たちとの思い出がある、ってことを」


 後半の映像は、クリスティア王国で起きた一連の騒動の様子を映し出している。
 ユメカムコーポレーションの社員、通称監督官が、子供を人質に取って邪悪な笑みを浮かべている写真が映し出される。ヒーロー支援企業の社員が、どう見ても悪党にしか見えない。
 さらに、ユメカムコーポレーションを統率する夢叶統子こと魔法少女フェアリン・ジーニアスが、高らかに悪行を誇る映像が流れる。
 『みんな自分は可愛いもの。私達みたいなことをしている日本のヒーローは、いくらでもいる。他人のために頑張るなんて、寒気がするわ』
 画面には『ドローンで遠距離から撮影しました』のテロップが流れる。
 やがて引き気味で撮影してたジーニアスの映像がアップになり、すさまじく凶悪な顔でこちらをにらんでくる。
 『ドローンを、今まで撮影した映像をよこせ!』
 『早くよこせ!』
 もはやヒーローとは思えない顔と声で、ドローンを要求するジーニアス。
 やがて、おびえきった男の声。
 『あ、あっちの建物に操作しているやつが』
 ジーニアスの視線が建物の方に向く。3秒足らずで振り返り、鬼の形相で怒鳴る。
 『ふざけてんのか!』
 この鬼の形相の『ふざけてんのか!』は、この後何度も流れた。


 エトフォルテの指令室で一連の映像を見ながら、ヒデは孝洋に言う。
 「よく、この映像撮れましたね」
 孝洋、肩をすくめる。
 「やつがこっちに来る直前、ジューンさんから借りたんだよ。ウェアラブルカメラ。それを制服につけて。うまく撮れるかは賭けだった」
 ジーニアスはドローンで頭がいっぱいになっていたらしく、孝洋が制服に取り付けていたカメラに最期まで気が付かなかった。
 あとで取材映像を編集するとき、ジューンが言った。

 『この“ふざけてんのか!”を繰り返し入れる。巴のドーピング疑惑を晴らせなくても、ユメカムが悪いという印象を強調すれば、家族への中傷は軽減できるはずよ』
 印象操作は決していいことではないけれど、とジューンは申し訳なさそうに言う。
 『私も採掘場で、デストロに殺されていたかもしれない。巴はみんなの命の恩人。何より私自身が、元大江戸TVのレポーターとして、復興支援を踏みにじったユメカムを許せない。やるわ』
 大江戸TVは、クリスティア王国復興支援のための募金活動もしていた。


 クリスティア王国では、ブロンが残した電子機器を使い、大江戸TVの特別報道番組をリルラピスたちが見ていた。
 電子記録署のマグネスとニケルが撮影した映像も、ふんだんに使われている。ジーニアスと戦うウィリアム、そして広域結界を殴りつけるデストロの凶悪な姿も。
 リルラピスがマグネスとニケルに言う。
 「ユメカムの悪行と、デストロの猛威をこれで世間に伝えられる。二人のおかげです。ありがとう」
 マグネスとニケルは顔を真っ赤にし、直立不動になる。
 「い、いえ!自分たちは電子記録署の騎士として、務めを果たしただけです!」
 「お、おしむらくは、女王様とマスカレイダー・フェイタルブロンの戦いの様子を撮影できなかったことで……」
 ブロンが変身した後の映像は、機械人形のアルがその目で見た映像を、取材に取り入れたのみ。
 アレックスがマグネス達の言葉に、うんうん、と頷く。
 「リルの勇姿を、日本のハイテク着ぐるみ軍団に見せつけてやりたかったよ」
 エトフォルテでブロンの変身アイテムを解析し、フェイタルブロンのマスクが記録した映像は取り出せた。が、エトフォルテのマティウスが使わないほうがいい、と言ったのだ。

 『すでにサイバー攻撃でばれているとはいえ、エトフォルテが変身アイテムの中身を自由に見られることを、強調しないほうがいいわ。今度はヒーロー庁が、変身アイテムに変な物を仕込むかもしれないから』

 なお、“ハイテク着ぐるみ軍団”とは、日本のヒーローをクリスティア人が揶揄するときに使われる常套句。
 ほとんどの国民の美的感覚からすると、日本のヒーローのデザインはあまり好きになれないのだ。


 一連の番組が終わると、世間もネットも大騒ぎになった。
 TVを見た人には、グレイトフル・フェアリンのファンもいる。
 憧れたヒーローの凶行に怒り、ファングッズに八つ当たりする者。
 唯一反逆しデストロに立ち向かった久見月巴が生死不明になっていると聞き、涙を流す者。
 怒りと悲しみ、混乱が日本全土を駆け巡っていく。


 東京にある久見月巴の実家では、警官が10人、家の周囲をぐるりと取り囲んでいる。
 家の中では巴の父、久見月充二(くみつき・じゅうじ)と母、久見月小跳(くみつき・こはね)が、客間のテーブルで一人の刑事と向き合っている。二人とも柔道家で、スポーツマンらしく引き締まった体をしている。
 対する刑事は、細身で色白、黒い長髪。スーツを着てきちんとネクタイも締めているが、ほっそりした体躯はとても刑事には見えない。スーツよりは着物を着て、書道あるいは水墨画にいそしみ、骨董品や茶器を愛でていそうな、物静かかつ涼し気な和の雰囲気をまとっている。年は30代から40代くらいだろうか。
 彼は警視庁から派遣された、超薬対策取締班の班長の一人であった。警察手帳を提示した後、名刺を差し出した。
 名刺には、こうある。


 警視庁 広域超薬対策班 
 第39班班長 警部 常木 白夜(つねき びゃくや)


 常木警部が静かに言う。
 「すでに報道番組をご覧になったと思いますが、久見月巴さんは4年前。ドーピング検査を偽造されて、心乱されたところをユメカムにスカウトされて、フェアリンにされました」
 母が憤る。
 「あの検査は絶対に怪しいと思ってた!大会の規定を、指導者の私たちもあの子もきちんと守ってやったのに!」
 父は心配でたまらない。
 「刑事さん。映像では生死不明と言われてますが、巴が、娘がどうなったか知っているんですか?」
 絶対口外しないように、と前置きしてから、常木警部が声を潜めて言う。
 「エトフォルテで生きています。ですが、生存を報じるとご家族に“なんであの子だけ!”と激高するユメカムの支持者もいると思い、ジューン・カワグチさんが生死不明、と報じました」
 「エトフォルテで……」
 呆然と呟く父。母がさらに尋ねる。
 「刑事さんは、エトフォルテとつながりがあるのですか?」
 「直接のつながりはない。が、しかるべき筋の仲間がエトフォルテを経由し、巴さんのドーピング検査捏造を調査してほしい、と私に頼んできました。すでに仲間が、ユメカム人材部に調査を入れています。時間はかかりますが、必ず検査結果を偽造した業者を捕まえます。当面は実力行使に来るユメカム支持者を警戒し、護衛の警官を配置します」
 そして、頭を下げる。
 「こちらから明かせない事情も多く、不安になるでしょうが……。必ず巴さんが、家に帰れるようにしてみせます」
 しどろもどろに頭を下げ、礼を言う久見月夫妻。
 やがて、父が質問した。
 「エトフォルテに頼まれたから、超薬を捜査する刑事だから、ここまで私たちにしてくれるんですか?」
 常木警部が遠い目をし、やがて言う。
 「超薬を服用し、悲惨な事件が起こる。私は何十、何百とその現場に立ち会ってきた。亡くなった、あるいは大けがで引退した警察官は、決して少なくない。久見月さん。あなたたちならわかるはずです」


 警察学校では、柔道・剣道の授業がある。柔道から始まり久見月流柔術を考案した久見月夫妻の道場からも、警察官を志した者がいる。
 だから、超薬が起こす悲劇に巻き込まれて、殉職する警察官があとを絶たないことも、夫妻は知っている。
 「もう20年近く前、私の敬愛する先輩刑事が、大けがで引退しました。“オースタの大惨劇”で」
 母がひっ、と引きつった声を上げる。
 「あのオースタで……」
 かつて神奈川県にある大型スポーツ施設『オーシャンスタジアム』略してオースタで開催された総合格闘技イベントで、格闘家が超薬を飲みリングの上で怪物化。対戦相手や観客を次々に殺害した、日本の超薬事件史上最悪の惨劇である。久見月流柔術はイベントに直接かかわっていなかったが、惨劇の生々しい被害は聞き及んでいる。
 20年近く経った今でも、夫妻はその恐怖を忘れられない。著名な格闘技関係者も大勢亡くなり、久見月夫妻は彼らの葬儀に出たからだ。
 そこまで考えた時、久見月巴の父はふと思った。
 オースタの惨劇時点ですでに刑事をしていたなら、目の前の常木警部はもしかすると50歳を超えているのかも……。なんて若々しい人なんだ。


 「あの事件は多くの人の運命を変えた。私の先輩も……。あの事件を機に、普通の生活を捨てて警察に入った者もいる。超薬捜査は殉職者も絶えない、修羅の道です。みんな必死に戦っている。それに引き換えヒーローは、ヒーロー庁は、後始末を警察に任せて何もしない。見向きもしない……」
 久見月夫妻はこの瞬間、冷静な常木警部から明確かつ強い怒りを感じ取る。柔術をたしなむ格闘家として、夫妻は人が発する空気、とくに怒りには敏感だった。
 普通、怒れば鼻息が荒くなり、身振り手振りも激しくなり、声も大きくなる。怒りは人を熱くする。
 この男は逆だ。この刑事はどこまでも静かに、冷たく、遠い目をして思いを馳せながら怒っている。
 客間のテーブルに置いた温かいお茶が、凍り付いてしまうのではと錯覚するほど、夫妻は今常木警部が発する空気の冷たさを感じ取った。
 娘がヒーローになって4年間。久見月夫妻も日本のヒーロー事情をわかっている。
 常木警部の言う通り。ヒーローは格好つけて怪物を倒すのが仕事で、その後の後始末なんてしない。いちおう、警察と連携しているヒーローもいるにはいる。が、全体のひとつまみ程度だと言われている。ヒーロー庁は基本的に警察のフォローには入らない。同じことは自衛隊や海上保安庁にも言える。
 それでも、娘は人助けを頑張っていると思い、夫妻は巴のヒーロー活動を見守ってきた。まさか加入当初から仕組まれた挙句、違約金で脅されていたとは思わなかった。常木警部に指摘されて契約書を見返し、初めて違約金に気が付いたのだ。
 無理もない。小さな字をびっしり詰め込んだ300ページ以上の契約書を、誰が全部読むというのだろう。
 「要するに私がここまでするのは、日本のヒーロー事情が気に入らないから。それに一矢報いたエトフォルテとクリスティア王国が、巴さんを助けたからです」
 常木警部が失礼、と咳払いし、表情を取り繕う。
 「巴さんは日本での治安維持活動でも、常に最前線で身体を張っていた。感謝している警察官は多いです」
 父は報道番組の内容を思い出す。
 「ですが、あの子はユメカムの活動に加わりました。私たちも認めたうえで、強制労働の現場にも……」
 「強制労働の現場では作業員をかばい、最後までユメカムに抵抗しました。リルラピス女王も巴さんを許すと言っている。私たちも全力でドーピング検査捏造を調べます。だから……久見月さん。大変なことが続きますが、どうか生きてください」
 夫妻は常木警部を信用し、わかりました、と言った。
 常木警部は最後に念を押す。
 「巴さんの生存に関する情報は、くれぐれも他言無用で。気になることがあったら、名刺にある電話番号にかけてください。この電話番号も、信頼する関係者にしか知らせないものです。他所には明かさないように」
 父が頷く。
 「わかりました。ところでさっきの名刺ですけど。超薬を捜査する班は、39もあるんですか」
 「警察官と民間協力者を選抜して結成した、表舞台には出てこない全60班。修羅の道を行く同志です。ヒーローどもにはない力と覚悟があります。お任せください」
 常木警部が見せた微笑みの奥に、久見月夫妻は底知れぬ凄みを感じ取った。

 
 千葉県南部にある鯖ガ岳市(さばがたけし)にある缶詰工場『東海林(しょうじ)水産加工』の食堂では、孝洋の両親と工場の作業員たちが、TVを見て感想を語り合っている。
 風評被害を受けた工場は休業中だが、幸い
 『何も、廃業することはないよ』
 と地元の人たちが少しずつフォローしてくれた。今は両親も作業員たちもそれぞれ別の場所で働きながら、工場再開の機会をうかがっている。
 東海林夫妻は早めに朝食を済ませると、ラジオを聞きながら家事をするのが最近の日課だ。ラジオの歌番組聞きながら鼻歌歌っていたら、10人近い作業員たちが慌てて工場に放送のことを伝えにやってきたのだ。夫妻は急いで食堂に移動し、大江戸TVをつけた。
 食堂のTVは録画機能付き。急遽録画した番組の“ふざけてんのか!”を再生し、工場長が言う。
 「この直前の声、絶対孝洋だよなあ」
 工場長の妻が不安げに言う。
 「やだ。孝洋無事かしら」
 作業員が明るく笑って言う。
 「大丈夫だよ。この後“撮影者はかろうじて無事でした”ってテロップ流れてるし」
 「いや、でも、TV番組ってやらせとかウソをよくやるし……」
 不安丸出しの工場長を、別の作業員が励ます。
 「俺たちのジューン・カワグチが取材した映像だから、嘘はないよ」
 缶詰工場の人たちは、みんなジューンのファンだった。
 「……うん、そうだな。きっとそうだなあ!」
 工場長の妻も笑って言う。
 「エトフォルテの皆さんの事情も世間に知ってもらえたし。これで状況が変われば、シャンガインが襲った時の本当のことも、わかるかもしれない。そうしたらヒーロー庁も頭下げて謝って、孝洋もきっと帰ってくる。ジューン・カワグチのサインも持って帰ってきたりして!」
 作業員たちが声を揃えてはやし立てる。
 「あはは!お袋さんサイコー!」
 「よーし!孝洋の健闘を祈って乾杯しようぜ!今から酒買ってこよう!」 
 「俺たちのジューン・カワグチと孝洋にかんぱーい!!!!」
 休業中の缶詰工場に、明るく前向きな声が響いた。

 
 

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