時は、スターライトネットワークによる報道番組が終了した直後。
総理大臣を欠いた国会議事堂では、与党も野党も蜂の巣をつついたような大騒ぎが始まった。
各大臣に割り当てられた執務室内で、素薔薇晴夫国防大臣は男性補佐官と二人きりで困惑していた。
報道で娘の椎奈が死んだと報じられた挙句、ユメカムがクリスティア王国で悪事を働いていたと知り、もはやパニックの極みに達している。
「あばばばばば……。しーちゃんが死んだ上に、悪いことをしていたなんて……」
大臣補佐官の男性が、必死になだめる。
「大臣、落ち着いてください。総理が不在の今、副総理と統制長官の到着を待って、今後のことを話し合いましょう」
「やだ!」
とうとう素薔薇大臣、子供オヤジの本領を発揮しだした。
「やだ!って大臣、どういうつもりですか」
「弩塔副総理も甘坂統制長官も、絶対私を怒るんだもん!二人とは話し合いたくないんだもん!」
「だもん!って……。でしたら、せめて雄駆照全名誉長官に連絡を。エトフォルテが絡んでいる以上、名誉長官には報告したほうが良いです。でないと、余計怒られます」
「うう……。いやだなあ」
いやいや露骨な顔をして、雄駆名誉長官にスマートフォンで電話をかける素薔薇大臣。
が、何度かけなおしても名誉長官が出ない。大臣も補佐官は困り果てた。
おそらく名誉長官も報道をすでに見ているはず。いつもならすぐにやってくるか、大臣たちを国会議事堂裏にある巨大ロボ型庁舎に呼びつけるのだが。
もうこうなったら、弩塔副総理と甘坂統制長官の到着を待つしかない。
そこに、別の男性補佐官が血相を変えて飛び込んできた。
「素原大臣!アメリカの宇宙防衛対策本部のアレクサンダー・ピアス本部長直々に、オンライン協議要請が来ています。要件は、スターライトネットワークが流した映像の事です!」
「な、なんで私に……」
「あなたが国防大臣だからでしょう」
「あ、あばばばばば!わ、私は総理と名誉長官に指示されたことしか、わからない……」
補佐官たちは予感する。
この人を協議の場に出したら、さらに最悪なことが起きる、と。
こうなったら、この子供オヤジ、もとい素薔薇国防大臣が体調不良になったことにして、弩塔副総理と甘坂統制長官を協議の場に出そう。
と思っていたら、
「……でも、しーちゃんを殺されて、黙っているわけにはいかないもん!」
「えっ!?」
「私一人で協議の場に出る!」
「ええ~っ!!」
異常なやる気を出して、素薔薇大臣はオンライン協議に出ることを決意た。
補佐官二人は、ならばせめて副総理と統制長官も一緒に、と進言したが、とうとう素薔薇大臣はオンライン協議専用の会議室に突撃。会議室に鍵をかけて閉じこもってしまった。
補佐官たちはドアを開けようとしたが、開かない。
さらにドアの向こうで、何かがドサドサと積み上げられていく音がする。
素薔薇大臣が想像の斜め上を行くとんでもないことをやらかした。補佐官たちは悟り、戦慄する。
あの子供オヤジ!中から鍵をかけた上に、会議室中の物を積み上げて完全に閉じこもった!
アレクサンダー・ピアスは、アメリカの宇宙防衛を担う重鎮政治家である。かつては総合格闘技をたしなみ、アメリカ最強の格闘家と評されたこともある。格闘技マニアからは、黒人であることと強烈かつ優秀な戦績(勝利した試合は全てKO、判定無し)、そして名前をもじって『黒い稲妻』と称される。その異名にふさわしい、しなやかでたくましい戦士の顔つきをしている。
オンラインのモニター越しに、ピアス本部長は不信感をあらわにし、流暢な日本語で問いかける。
「我が国のネットニュースサイト『スターライトネットワーク』ことSLNが公開した映像。素薔薇国防大臣、あなたは映像の中の出来事をどこまで把握していた」
素薔薇大臣は、親に言い訳をする子供のように、早口でまくし立てる。
「あのようなネットニュースを信じるのですか!ネットの情報なんて、大半がフェイクですよ。彼女はクリスティアに密入国し、エトフォルテに関わったとんでもない罪人です。悪い人です。しかも、ヒーローを殺したエトフォルテを、いい人みたいに言っています。日本にフェイクニュースをばらまいた張本人を、引き渡してください!」
モニターの向こうで、ピアス本部長の顔が険しくなる。
「素原大臣。ジューン・カワグチがどういう人間か、忘れたようだな。ネットニュースだけではなく、日本のTV局に出演したことも知っているだろう。彼女が架け橋となりはじまった海外交流事業もある。彼女はわがアメリカにとって誇るべき人材。それを軽々しく罪人とは」
ピアス本部長が怒っているのは、もはや疑いようがない。
「ひいいい!!ピアス本部長、何をそんなに怒っているんですか!あの映像がフェイクでないと本気で思っているんですか!」
子供のように怯えながら、それでも言い返す素薔薇大臣。
ピアス本部長は、たくましい顔をぐっとモニターに近づけ、きっぱりと言い放つ。
「素薔薇大臣。合衆国政府は取材した本人とSLN上層部から、ニュース公開前に相談を受けていた。彼らは、あれを流せばどうなるかわかっていたからだ。我々は高度な映像解析技術を用いて、映像がフェイクかどうかをじっくり調査した。その結果、SLNが流した映像に細工はない、と判断した」
「ぼ、ぼかしが入ってる場面があったじゃないですか!」
「あれはプライバシー保護のためであって、細工のうちに入らないと判断した」
一旦間を置き、ピアス本部長が再び切り出す。
「それはそうと、あなたの娘・素薔薇椎奈はユメカムの社長令嬢・夢叶統子と結託して、久見月巴に無理やりヒーローをやらせたそうだな」
「あれは何かの間違いです!陰謀です!私の娘のしーちゃんは、ぜったいにそんなことしませんよ!」
「あなたの娘たちが堂々と悪事を語る様子、あれもフェイクではないと我々は確信している。しかも夢叶統子率いるユメカムは、彼女が参加する格闘技大会のドーピング検査の捏造までやった、と!」
ピアス本部長は、突如机を握り拳でダン!とたたきつける。
「公私混同を承知の上で、はっきりと言っておく。久見月巴の父、久見月充二は私の友人。昔格闘家をやっていたころ、アメリカに来た充二に私は大変世話になった。こうして私が日本語を話せるののも、充二の影響だ。貴方の娘は、私の友人の名誉を傷つけた挙句、娘の心までふみじった!」
「あばばば!あなたのそんな関係、知りませんよおお!」
怯えのあまり情けない声を上げる素薔薇大臣。
さらに大きな声で怒鳴りつけるピアス本部長。
「そして!エトフォルテのこれまでの行動にも非はないと我々は判断した。日本政府とヒーローたちが、エトフォルテを一方的に攻撃したこと。そして日本政府の許可を得たユメカムコーポレーションがクリスティア王国を乱開発したのは、フェイクではない。まぎれもないファクト(事実)だ!素薔薇大臣。あなたの責任は重いぞ!」
「な、なぜ、私が責任を持たなきゃならんのです!?」
「では一つずつ説明しよう。まず一つ。ユメカムの監督官が身に着けていたスマートウォッチ。あれはクリスティア王国の神器を無断複製する形で作ったそうだな。しかも試作品に危険なバーストモードをつけて試験装着員を死なせた挙句、外部から呼び寄せた武装デザイナーに罪をかぶせたと!ユメカムは日本国政府が国防のために認めたヒーロー支援企業。それが試作品で人を死なせて強制労働、乱開発。国防大臣には監督責任がある!」
「あばばばばば!本当に私は、そんな、そんなこと知らなかったんだああ!」
「もう一つ。ジューン・カワグチは、エトフォルテに乗り取材を行っている。謎の衛星兵器に撃墜されたエトフォルテは、レギオン・シャンガインに一方的に攻撃された。非戦闘員も殺された。シャンガインはヒーロー庁主導で生み出されたヒーロー。ヒーロー庁は日本政府の省庁。あなたは国防大臣。これがどういうことか、わかるか」
素薔薇大臣は必死に目をそらし、今にも椅子を飛び出しかねないほど震えている
「わからないか。私が言ってやろう。日本政府、そしてあなたは、墜落して困っていた宇宙人を一方的に攻撃して、死なせたということだ」
「そ、そんなつもりは……。わ、私たちは、彼らが敵性生命体だと判断し……」
「何を根拠として判断した!!」
ピアス本部長は、画面が割れんばかりに怒鳴りつける。
「我が国は墜落3日前に太陽系監視衛星でエトフォルテを確認してすぐ、世界各国に情報を通知した。その事実は一切日本国内で報道されていない。我々合衆国政府が日本にうっかり通知しなかった、と吹聴する者もいる。これは一体どういうことだ?まさか、聞いていないから攻撃しちゃいました、などと言うつもりか」
不信感をさらに強めたまなざしで、ピアス本部長はモニターの向こうの素薔薇大臣をにらみつける。
素薔薇大臣は、救いを求めるように目を左右に動かしながら、おそるおそる声を出す。
「あ、あれは、…3日前のことは、いちおう聞いていました。しかしながらヒーロー庁が当日、敵性生命体である可能性を指摘しました。事実、墜落直後に我が国の関東一体は、強烈な電波攻撃で通信機能がまひしました。ヒーロー庁はそれを、エトフォルテの仕業と判断し…」
「敵性生命体である可能性に備えたのは、いい。だが今の話だと、あなたはヒーロー庁の当日の判断をうのみにして、シャンガインによるエトフォルテ攻撃を野放しにした、と言うことになるが」
さらに厳しい顔つきで、ピアス本部長はモニターを睨んだ。
「な、ならか、彼らが日本語で敵意がないことを言ってくれれば、済んだ話ではないですか。それを、できなかったということは、彼らは、て、敵ということです……」
「エトフォルテ人は当日日本語を話さなかった。それがあなたの、そして日本政府の認識ということだな」
「いや、あの、ですがね……」
叱られるのを恐れる子供のように、素薔薇大臣の声は次第に小さくなっていく。
そして、本当についでのように、付け足した。
「エトフォルテの者たちは、人間の体に獣の特徴が合わさった、獣人風ではありませんか。この地球、おもに欧米では、獣人による犯罪活動が続いている。それは……あなたもご存知ですよ、ねえ?」
「だからエトフォルテも悪党と判断した、と。……本気で言っているのか!?」
一方、ピアス本部長の追及する声はますます大きくなっていく。
「たしかに獣人による犯罪組織が、欧米を中心に問題になっているのは事実だ。我が国でも警察、軍隊、ヒーローが対応に苦慮している。一方で、犯罪とは無縁の獣人の権利を保護する活動が行われているのも事実。差別や偏見が絶えないのは残念だが、獣人のすべてが悪ではない。これは、欧米のみならず世界中で共有しなければならない常識」
ピアス本部長はもう止まらない。
「獣人風だから悪だと思った。だから殺した。こんな理屈が通用すると、思っているのか!日本の前与党『偉風満帆党(いふうまんぱんとう)』は獣人の権利を守るための国際条約締結に前向きで、天下英雄党もマニフェストにいれていただろう!」
相手に反論の暇を与えず、さらなる問題点を指摘する。
「映像を見れば、エトフォルテ人が日本語ではっきり話しているのも確認できる。日本政府とヒーロー庁は、彼らの言語能力をきちんと判断したのか!電波攻撃がエトフォルテから行われたと、本当に確認したのか!」
「だって、確認したから敵だと……」
「日本では毎年悪の組織が生まれて、ヒーローと果てしない抗争を50年近く繰り返している。悪党の手口はどれも似たり寄ったり。電波攻撃の事例も少なくない。別の悪党が電波攻撃を仕掛けた可能性を想定しなかったのか!」
「いえ、いえ!!そういう解釈ができないこともないわけで、大きな心で見つめて見方を変えてみれば、やってよいことは、やってよくないことになるうることも無きにしも非ずと言いますか…」
もはや素薔薇大臣は、自分が何を言っているかもわかっていなかっただろう。
「あなたは、過ちを認めないつもりか」
ピアス本部長の冷え切った問いかけに、小さな小さな声で返す素薔薇国防大臣。
「だって、だって……本当に私は、何も知らないし……しーちゃんを信じたくて……でも死んじゃったし……」
今にも泣きださんばかりに、目は真っ赤になっている。
そして素薔薇大臣は、最後に最悪の一言を付け加えた。
「あ、過ちを犯して人を傷つけた歴史は、おたくの国だって同じでしょう……」
この瞬間。
ピアス本部長の声は最大の稲妻と化し、素薔薇大臣の顔面に直撃した。
「あなたは自分の過ちを棚に上げて、我が国に説教するつもりか!」
「あ、あ、あばば……」
「もういい!高鞠総理が遊説中だというなら、ヒーロー活動を管轄している雄駆照全名誉長官を出せ!」
がたがたと震え、涙を流す素薔薇国防大臣。
やがて、
「あびゃびゃああああああああああああああ~!」
奇声を発しモニターをつかんだ。
瞬く間に、ピアス本部長が見つめる素薔薇大臣の顔が回転する。そのまま天井が映り、ガシャン!画面がブラックアウトした。
素薔薇大臣は、モニターを投げて壊してしまったのだ。
事の成り行きに頭を抱えるピアス本部長。
「ま、まさかこんな形で協議を打ち切るとは……」
控えていた補佐官が言う。
「いずれにしても、本部長。協議の結果を大統領に報告しなければ」
素薔薇大臣は誰もいない会議室で泣き叫んで泣き叫んで、しまいには白目をむいて、気絶。
四苦八苦の末に扉をこじ開けた補佐官たちに連れ出されていく。
そこに、天下英雄党の弩塔猛波副総理と、甘坂冴恵統制長官が駆け付けた。
二人とも、素薔薇大臣がアメリカ宇宙防衛局の本部長と一人でオンライン協議をしていたとは、知らされていなかった。
素薔薇大臣が医務室に運ばれた後。
場所を会議室に移し、甘坂統制長官は、補佐官たちを叱責する。
「なぜ、私と弩塔副総理を呼ばずに素薔薇大臣一人に対応させたんですか!」
4年前まで優れた農業の専門家であった素薔薇は、この2年で『子供オヤジ』に変貌した。はっきり言って大臣どころか国会議員の資格に欠けるところまで堕ちてしまった。甘坂統制長官は素薔薇を外すべきだと何度も高鞠総理に言ったが、総理は聞き入れない。
娘の素薔薇椎奈がクリスティア王国を救う魔法少女になったから、その縁で国防大臣になったようなものである。こんな人事はいつか絶対問題になると思っていた。統制長官の危惧は、最悪の形で現実になった。娘がクリスティア王国で暴虐を働いた挙句、アメリカ宇宙防衛局のアレクサンダー・ピアス本部長にひどい態度をとるなんて!
補佐官が泣いて釈明する。
「素薔薇大臣が、お二人には言わないでくれと言って閉じこもって……。雄駆名誉長官は、こっちの連絡に全く反応してくれなかったんですよ!」
「私達ではなく、名誉長官には声をかけたと!」
「だって、エトフォルテと、ヒーローがらみの報道だったから……」
甘坂統制長官は頭を抱える。
弩塔副総理が怒鳴る。
「ヒーロー問題がヒーロー庁の管轄とはいえ、国の威信に関わる協議。天下英雄党で共有すべき問題だろう!」
何を言っても、後の祭り。
そしてこれから起きるのは、血祭りだ。
肝心の天下英雄党のリーダー、高鞠爽九郎総理は、スウェーデンに向かう専用飛行機の中。弩塔副総理が腕時計を見て、ため息をつく。
「詰んだ。完全に詰んだ。高鞠総理はもうスウェーデンに着く頃だ。現地のマスコミに質問攻めにされる。最悪、スウェーデンから出られなくなる」
スターライトネットワークの特別報道番組は、他言語の字幕を付けてネット上でも公開されている。世界中の人が見ているのだ。
すると、
「その心配はない」
年齢を重ねた、重厚な男性の声。
会議室に、雄駆照全名誉長官と、輪良井広報官が入ってきた。
名誉長官が言う。
「高鞠総理はスウェーデン到着寸前で、専用飛行機を退き返させた」
補佐官たちが胸をなでおろす。最悪の事態は避けられた、と思ったのだろう。
が、甘坂統制長官と弩塔副総理の顔はみるみる青ざめていく。
元ヒーローの弩塔副総理の声が、震える。
「……名誉長官。今何とおっしゃいました?」
「高鞠総理はスウェーデン到着寸前で、専用飛行機を退き返させた」
甘坂統制長官は、冷静さを完全に失い、叫んでしまった。
「事前に組まれていた遊説予定を、白紙にしたと!?」
「この状況では遊説どころではないだろう」
それはそうだが、問題はそこではない。
とうとう甘坂統制長官は、雄駆名誉長官を叱責していた。
「内閣総理大臣の予定を、ヒーロー庁が強引に変えたということではないですか!あなたたちにそんな権限はないのに!」
負けじと言い返す雄駆名誉長官。
「ではどうすればよかったのだ。甘坂。お前にもわかっているだろう。到着してしまえば質問攻めは避けられなかった!この状況で高鞠が質問攻めを乗り切れると思うか!思えないだろう!」
鼻息荒く胸を張り、名誉長官はきっぱりと言い放つ。
「いいか。質問攻めを避ける最善の方法は、質問に初めから答えなければいい!高鞠を守るためにそれをやったまで!」
「つまり、説明責任をはじめから放棄すればいい、と」
挑むような甘坂統制長官の視線に、悠然と答える名誉長官。
「責任も何も、私達にはわからないことが多すぎる。ゆっくりと、確実に事実確認してから説明すれば問題はないだろう。急いては事を仕損じるというもの。甘坂。これはこの前のエトフォルテ対策会議で貴様が言ったことだぞ」
甘坂はうぅ、と言葉に詰まった。
「貴様だって内閣の一員。強制労働の実態を知らなかったのは、お前も同じ。この状態で、私たちは世間に何を言えるというのだ?」
何も言えない。それが甘坂統制長官だけでなく、天下英雄党の答えだった。
「ユメカムが犯した強制労働の実態は、これから調査すればいい。ブロン王がバルテス前国王を暗殺したことは、ブロン王が勝手にやったことだ。我が国は関係ない。全く関係ない」
「……世間はそうは思いません。あれだけ大々的に流れてしまっては」
統制長官かろうじて反撃の一言。
「エトフォルテ問題だって、私たちが悪いと思われる。最悪、政権が転覆します」
だが名誉長官は揺るがない。
「思いたければ思えばいい。今更政権を、裏金と失言にまみれた偉風満帆党(いふうまんぱんとう)の老害オヤジどもに戻そうと思う国民はいまい。天下英雄党とヒーロー庁の地盤は、ぜったいに揺るがん。それでいいではないか。いいか。高鞠が帰ってくるまで余計なことはするなよ。エトフォルテ対策も、当分延期にするからな」
そう言って、名誉長官は輪良井広報官とともにヒーロー庁へと帰って行く。
輪良井広報官は帰り際、甘坂統制長官に腹立たしいほど可愛い子ぶったスマイルを見せつける。
「みか~るスマイル!名誉長官が強すぎて、すんませ~ん!」
雄駆名誉長官は輪良井広報官とともに、巨大ロボ型のヒーロー庁庁舎に入っていく。
エレベーターに乗り、最上階にある名誉長官専用の執務室に入った。壁際の棚には、仮面のヒーロー『マスカレイダー・ゼロ』として活動していた若かりし日の自分の写真に、特注のフィギュアが所狭しと並んでいる。
何人たりとも許可なく入ることを許されない、名誉長官の聖域である。ここで失礼なふるまいをしようものなら、名誉長官に威圧感で殺される、といううわさが、ヒーロー庁内部でまことしやかに流れている。そこに、礼儀という言葉を絶対知らないであろう輪良井広報官が、一緒に入った。扉の鍵が、閉まる。
執務室の椅子に乱暴に腰掛け、名誉長官は吐き捨てる。
「ちっ……。ブロンめ。兄弟で派手に争ってくれればよかったものを」
輪良井広報官がけらけらと笑う
「病気に見せかけた毒殺なんてやらず、兄弟で内乱起こして共倒れになれば、レアメタルにあふれたクリスティア王国をいずれ日本の領土にできたのにね!」
「全くだ。やつの息子が死んだ悲しみに付け込んで、王にふさわしいとほめたり、特注のマスカレイダースーツを贈ったり、いろいろやった。兄バルテスへの憎しみをあおることはできたが、やつの妻、側近ともども行動を完全にコントロールできなかった」
広報官がうんうん、と頷く。
「“あれ”は人間の怒りや憎しみを倍増させるだけで、こっちの言いなりにするためにものではないもんね」
「ブロンの横暴に乗じて、ユメカムの強制労働も黙認してきたが、まさかエトフォルテが絡んでアメリカで報じられるとは思わなかった。よりにもよって、四流TV局の大江戸TVが特別報道するとは……」
「あの軍師ヒデも絡んでいるのかな?」
「絡んでいるだろうな」
名誉長官は頭を抱える。
「いったいあの軍師は何なんだ?ヒーローを憎んでいる悪人はごまんといるが、あんなに頭のきれるやつが、今までの悪の組織にいたか?」
「いなければ、新たに出てきたんでしょ」
「そうなるな……。ピアス本部長がこのタイミングで協議を持ち掛けてきたのも、まさか軍師ヒデの策略なのか?くそっ!こっちの用事を優先したのがまずかった。パーの素薔薇の電話だからと後回しにしなければ!いや、あいつのパーを黙認したことも……くそっ!」
たられば問答の果てに毒づき、沈黙する名誉長官。沈黙をにやにやしながら眺める輪良井広報官
しばらくすると、名誉長官のスマートフォンから、シンプルかつ無個性な着信音が鳴る。
発信者は、表示されていない。
だが名誉長官は、出た。
「……そうか。掘徒出流の件か。やつがユメカムで作ったスマートウォッチ、そしてユメカムの保管しているグレイトフル・フェアリンの戦闘データは手に入れたか?……掘徒をユメカム研究チームに復帰させるのは骨が折れた。子供を死なせたからな」
ため息をつく名誉長官。その顔に、邪悪な微笑みが宿る。
「……だがおかげで、ユメカムの持つ重要データはすべてわれらの物だ。欠陥品のマークⅡにも使える要素はある。では手にいれられるだけのデータを確保次第、保護した掘徒出流とパイロット、同乗していた研究員をいつもの通り始末しろ」
スマートフォンを切った名誉長官は、再び憎々し気に呟く。
「忌々しいエトフォルテ。軍師ヒデ。そしてクリスティア王国。このままでは済まさないからな」
そばで輪良井広報官が、狂ったように笑っている。
「名誉長官。まるで悪人みた~い」
「それ以上言ったら殺すぞ」
「は~い。言いませ~ん」
なお、日本政府の重鎮とヒーロー庁は、素薔薇大臣が泣き叫んだ大失態を隠そうとした。
だが、どういうわけか情報がすぐにもれた。
素薔薇大臣はオンライン協議でピアス本部長に糾弾され、しまいには
「あびゃびゃ」
と泣き叫んだ、と。
この日の出来事は、3日もしないうちに世間でこう称される。
『あびゃびゃ事変』
と。