エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第91話 広がる波紋

 『あびゃびゃ事変』から5日後。夜7時
 ヒーロー庁と天下英雄党が、マスコミを集めた大型記者会見を開いた。会見はTVとインターネットで全国に生中継される。
 会見に出席したのは、例によってヒーロー庁から雄駆照全名誉長官。天下英雄党から高鞠爽九郎総理。
 会見の主旨は、次のとおりである。


 ・ヒーロー庁が支援企業として認定したユメカムコーポレーションは、クリスティア王国のブロン国王と結託し、クリスティウム採掘のため日本人を偽広告で集め、現地に送って強制労働をさせた。

 ・さらにユメカムコーポレーションは、ブロン王の暴虐に加担し、現地住民や復興支援に参加した日本人が傷つけられるのを黙認していた。さらに彼らは、クリスティア王国に神器を無断複製する過程で、試験装着員を死なせ、この罪を外部の武装デザイナーになすりつけた。これらは実に許しがたいことであり、ヒーロー庁と天下英雄党は、ユメカムコーポレーションに厳罰を下す。

 ・ユメカムコーポレーションが開発していた変身アイテムの試験装着員死亡事件について、容疑者として指名手配された外部の武装デザイナー、マティウス・浜金田。本名浜金田大五郎(はまかなだ・だいごろう)の指名手配を取り消す。実際に試験装着員を死なせた主犯である掘徒出流(ほると・いずる)を、至急指名手配する。

 ・なお、スターライトネットワークが報じた映像では、
 『ヒーロー庁と天下英雄党がブロン国王と結託し、強制労働をはじめとしたユメカムの暴虐を黙認した』
 と繰り返し描写されていたが、このような事実は一切ない。

 ・また、ブロン国王の部下がヒーロー庁からもらったアイテムや薬をもとに、バルテス国王暗殺の毒薬を作った、とも報じられている。これにより、後追い報道で日本政府とヒーロー庁がブロン国王に毒殺を促したとする見方もあるが、当方は一切関知しておらず、提供したアイテムや薬それ自体は、毒薬の原料になりえないことを、ここに強調しておく。

 ・レギオン・シャンガインによるエトフォルテ攻撃について、非戦闘員を一方的に虐殺したというエトフォルテ側の言い分について、当方は信ぴょう性に欠けると主張する。エトフォルテ墜落直後に関東一帯が大規模電波攻撃を受けたのは事実であり、彼らが残忍性を宿した獣人である可能性は否定できない。

 ・残忍性を証明するもう一つの根拠として、スターライトネットワークが流した映像にもあった、『巨大生物デストロを消滅させた、エトフォルテの主砲』が挙げられる。あの光線が日本列島に向かって発射された場合、列島は真っ二つになり、さらにユーラシア大陸に到達すると試算結果が出た。これだけの武器を持つ宇宙獣人を、どうして残忍ではないと言えるだろう。

 ・彼らと同盟関係を結ぶことを表明した、リルラピス・ド・クリスティア新女王の判断は非常に危ういものと言わざるを得ない。ユメカムの強制労働については同じ日本国民として謝罪するが、ヒーロー庁と天下英雄党による黙認については、再三否定させてもらう。当方は全く知らなかった。

 ・エトフォルテへの追撃は、ユメカム処罰による日本国内の影響と、クリスティア王国で保護されている作業員たちの安全を考慮し、当分延期する。

 ・国民諸君は、決してヒーロー庁と天下英雄党を疑ってはならない。


 名誉長官と総理による1時間近い説明が終わると、記者たちによる質問が始まる。
 いくつかの新聞が、強制労働黙認とエトフォルテ虐殺における疑惑を指摘するが、名誉長官と総理は知らぬ、存ぜぬを繰り返す。
 すると、
 「そうやって、己の過ちを強引に隠し続けるおつもりですか」
 艶やかな女性の声が、会見場に鳴り響いた。
 声の主は、まるで花魁(おいらん)の着物を思わせる裾の長い服を着て、名誉長官と総理に挑発的な視線を向けている。服は光沢のある黒を基調としており、束ねた髪には簪(かんざし)を思わせる髪飾り。闇にたたずむ花魁あるいは怪しい和の魔女、というイメージがぴったりである。
 「ヒーロー庁は昔から変わりませんね。私の家族をローストチキンにした、あの頃から」
 名誉長官が女性をにらむ。
 「貴様、『週刊スピンドル』だな」
 「筆頭記者の荒潮帆稀(あらしお・ほまれ)です。ごきげんよう、ヒーロー庁と天下英雄党の独裁者様方」
 荒潮記者の挑発的な言動に、他の記者たちが恐れおののき、呟く。
 やばい。やばい。
 とんでもない人が来た。
 とうとうスピンドルが、特ダネを量産する筆頭記者を、“週刊誌業界最強の魔女”を繰り出してきやがったぞ。
 雄駆名誉長官の眉が、ピクリ、と動く。
 「スピンドルは大江戸TVともつながりが深かったな。さぞ今回の報道に、美味しい思いをしただろう」
 「ええ、とっても。でもまだまだ足りません」
 荒潮記者、ぺろり、と舌なめずり。もっとあなたたちの醜聞を食べさせて、と言わんばかりに。
 しぐさの一つ一つが妖艶極まりない。近くにいる男性記者が、ごくりと生唾を飲み込んだ。
 だが名誉長官には通じない。
 「あの番組については、ユメカムとブロン王がクリスティア王国で行った暴虐にエトフォルテが勝手に介入して、バルテス前国王暗殺を暴いた。それだけだ。我々はユメカムがやっていたことを、本当に知らなかった」
 ほう、と荒潮記者が、わざとらしく驚いてみせる。
 「だから、ユメカムをヒーロー支援企業に認定した国の責任は、ないと」
 「私は、任命責任などという言葉は嫌いだ。仕事を任せた仲間が過ちを犯すたびにリーダーが責任を取っていたら、誰もリーダーなどやれない。ユメカムが社長令嬢と素薔薇大臣の娘にかじ取りを任せたからこうなったのであって、我々は強制労働させろ、などとは一言も言っていない。知っていて黙っていたわけでもない」
 「ですが、強制労働で掘り出されたクリスティウムを買ったんですよね?」
 「ブロン国王が提示した価格で買っただけだ。強制労働で掘り出したと知っていたら、買わなかったし、止めただろう」
 「三島購入の密約は?」
 「あくまで正式に決まっていないから表沙汰にしなかったのだ。ブロン王が島民の退去まで責任をもってやると聞いたから、話を進めたまで。密約などという悪意ある言葉を使われるのは、心外かつ不快極まりない」
 「バルテス国王暗殺に使われた毒薬の原料は?」
 「ブロン国王の部下ステンス・ガンデイスンに、ヒーロー武装研究の一環で提供したものだ。毒薬製造に使われるとは思わなかった」
 「つまり、私たちは知らなかったから責任は無い」
 「そういうことだ」


 荒潮記者はため息をつき、次いでさらなる挑発的な笑みを浮かべる。
 「質問しても、馬鹿の一つ覚えみたいな回答しか得られないとわかりました。これで終わります」
 雄駆名誉長官の顔が、みるみる怒りで真っ赤になっていく。
 「貴様、馬鹿と言ったか!」
 「あら失礼。天下の大ヒーローにして名誉長官殿ですから、尊敬の念を込めてお呼びするべきでした。お馬鹿様の一つ覚え、と」
 そして記者席からつかつかとTVカメラに迫り、妖艶な笑みを浮かべて言う。
 「中継をご覧の皆様。次から名誉長官を馬鹿にするときは、『お馬鹿様』でいきましょう」
 殴り掛からんばかりの名誉長官を、高鞠総理が必死に抑え込む。
 その様子が愉快でたまらない、とばかりに、荒潮記者は妖艶な高笑い。
 さらにTVカメラに顔を寄せ、面白おかしく話し続ける。
 「エトフォルテの主砲が威力満点だから残虐だとおっしゃいますけどね。国内のレギオンが所有する巨大ロボが全機集合して必殺技を繰り出したら、日本列島を真っ二つくらい朝飯前でしょうよ。あららぁ。ということは、カラフル全身タイツがお似合いのヒーローチームも、残虐満点ってことですよね。お馬鹿様、成敗なさらないんですかぁ?」
 とうとう三度目の『お馬鹿様』。
 放送事故を通り越して、日本沈没級の問題発言を荒潮記者は連発する。
 だが、中継は止まらない。荒潮記者の発言も止まらない。
 「お馬鹿様。これに腹を立てて、うちの会社に火をつけてみます?それとも、事故に見せかけるときのお約束で、私を階段から突き飛ばしてみます?階段飛ばしは口封じにおける伝家の宝刀ですよね?それで、父の仲間も殺したんですよね?」
 「これ以上侮辱するなら、貴様ただではすまさん!」
 「ただではすまさない。そう。お次は実力行使というわけですね」
 高鞠総理が名誉長官にしがみつきながら、悲痛な声を上げる。
 「名誉長官!今は全国に生中継です!やめてください!」
 世にも恐ろしい名誉長官とやり手記者のやり取りは、すべて中継されている。
 「中継をご覧の皆様!近いうちに私が死ぬかスピンドルが廃刊になったら、絶対犯人は私の後ろにいるお馬鹿様ですよ!皆様、私の一番美しい姿を忘れないでね」
 そしてカメラに向かって投げキス。
 花魁のような服を妖美になびかせ、荒潮記者は退出する。カメラマンは見とれていたのか、退出までカメラを回してしまった。
 慌ててカメラが元の位置に戻ると、名誉長官が唾をまき散らし吠えている。
 「記者会見は終わりだ、終わり!」


 エトフォルテで記者会見を見届けたヒデたちは、事の成り行きに驚いている。
 ヒデはあ然となり、呟くしかない。
 「知らぬ存ぜぬで名誉長官たちが逃げ切るのは予想していたけど、スピンドルが筆頭記者を繰り出した挙句、ここまで食らいつくとは……」
 タイガが苦し気に胸を押さえている。ムーコが駆け寄る。
 「ターくん、どうしたの!?」
 「……やべえ。ドキドキしちまった」
 よく見るとカーライルも顔が真っ赤だ。
 「……わかる」
 年若い男性陣には、荒潮記者の妖艶な投げキスの刺激が強すぎたらしい。技の部の情報解析員の男性も、みんな顔が真っ赤。
 あきれ返るムーコ。
 「むぅ!みんな知らない!」
 ジャンヌをはじめ、ほかの女性陣も呆れている。
 唯一、機械人形のアルだけは、荒潮記者の言動が気になって仕方がないらしい。
 「伝家の宝刀。階段飛ばし……」
 まきなは複雑な表情でモニターを見つめていたが、やがてアルの頭を、そっとなでた。
 「大丈夫。大丈夫だから、ね」


 ハッカイがマティウスの肩を叩く。
 「よかったじゃねえか、マティウス。指名手配取り消しだってよ」
 ジューンの取材映像で、マティウスは顔と立場を非公表にし、さらに声をボイスチェンジャーで加工し『ユメカムの関係者』なり、試作品をめぐる一連の顛末を語っていた。ヒーロー武装業界の有名人がエトフォルテにいると明かすと、あとが面倒だからだ。
 「亡くなった試験装着員の子たちを思うと、良かったとは思えない」
 マティウスはため息をつき、そっと目を閉じる。
 ハッカイもため息をつく。
 「装着者を死なせる武装を設計して使わせたやつが、一番いけねえ。オメーはそれをやらなかった。それはいいことだ。忘れんなよ」


 ドラクローがヒデに尋ねる。
 「あの記者が話していた『家族をローストチキン』ってのは、何なんだ?」
 ヒデは、反ヒーロー団体の冊子などで読んだ内容を思い出す。
 「スピンドル筆頭記者・荒潮帆稀の父親は、週刊誌『週刊大旋風(だいせんぷう)』の編集長でした。スピンドルは、大旋風の編集部にいた人たちを中心に結成されたんです」
 大旋風のバックナンバーは、何冊かヒデの勤めていた蕎麦屋にあった。大将の私物で、ヒデも何度か読ませてもらった。地元を襲った台風の被害で蕎麦屋が水浸しになり、処分してしまったが。
 「その雑誌はどうなった」
 「今はもうありません。20年くらい前、天下英雄党が結成される直前に廃刊になりました。編集部にいた偉い人たちが、次々と事故や火事で死んでしまって」
 荒潮帆稀は当時、将来を有望視されていた若手水泳選手。才能を見込まれ、地元東京を離れ高知県にある水泳の強豪高校に在籍していた。実際、五輪の候補選手になっている。実力は間違いなくあった。
 そんなある日、荒潮家が突如炎上。両親と兄弟が全員死んでしまった。
 これが、『家族をローストチキン』の顛末である。
 「荒潮記者はそれを、ヒーロー庁のせいだと思っているわけだ」
 ドラクローの言葉にヒデは頷く。
 「証拠はなく、一連の編集部員死亡はすべて事故として処理されたと聞いています。荒潮帆稀は水泳選手を引退して、やがてスピンドルの記者になりました」
 「仮にヒーロー庁がやったとして、理由はなんだ。嘘八百の記事で怒らせた、とか?」
 「当時はまだヒーロー庁ではなく、前身の『日本ヒーロー支援協会』でしたね。大旋風はヒーローのスキャンダルを主に掲載していました。その内容はとてもひどく、そしてすべて事実でした。ヒーローが超薬をやったとか、四股不倫をしたとか」
 ジャンヌが驚き、信じられないという顔をする。
 「そんなヒーローをかばうために、協会が雑誌を潰したって言うの?」
 「いや。かばいきれないスキャンダルのために、そこまでするとは思えない」
 だったら、とドラクローが言う。
 「ヒーロー側に絶対知られたくない秘密があって、大旋風がそれをつかんだ。だから事故に見せかけ殺して黙らせた、ってところだろうな、ヒデ」
 「ええ。今回エトフォルテとクリスティア王国が奴らの疑惑を明らかにしたから、それに乗じて仕返ししたい、と考えているのでしょう」
 そして、深く深く、ため息をつく。
 「エトフォルテにシャンガインが襲ってきたことといい、クリスティア王国での強制労働黙認といい。やつらの隠し事は、いったいどこまで続いているんだ」
 隠し事の根が相当深く、おぞましいことだけは確かである。
 ヒデたちはヒーロー庁と天下英雄党の抱えている闇に、身震いした。


 強引に打ち切られた記者会見の翌日。
 天下英雄党のライバルにして日本の最大野党、偉風満帆党の党首、凪下慈啓(なぎした・じけい)が、記者団の取材に応じた。
 凪下党首は八十歳。天下英雄党に政権を奪取されるまで、彼は総理大臣だった。現高鞠総理の爽やかで若々しい外観とは対照的に、年を重ね重厚なしわを刻んだ顔つき、丸々と太った体躯。そして野心を失わないぎらぎらした瞳は、『首領(ドン)』という異名がぴったりだ。
 政権奪取を公言している首領(ドン)は、天下英雄党とヒーロー庁による記者会見と強制労働黙認を問われ、記者団にこう語る。
 「強制労働黙認は、あったんじゃないかねえ。なにせ、雄駆照全名誉長官殿のあの独裁ぶりだ。知ってたって知らないと言うでしょうよ。長官と仲良しの天下英雄党には、格安の異世界別荘欲しさに、議員が何十人も別荘購入を申し込んでいたらしいじゃないの」
 してやったり、と言わんばかり胸を張り、ふん、と小ばかにするように鼻を鳴らし、凪下党首は鼻息荒く言い放つ。
 「別荘購入を申し込んだ議員は恥を知れ。議員バッジを外して、退職しろ!」
 すると、記者の一人が手を上げる。
 「では、偉風満帆党の議員が別荘購入を申し込んでいたら、党首はその議員をクビになさるのですね」
 「我が党にそんな恥知らずはおらんよ。いたら即刻クビにしよう」
 「さきほど購入者名簿がネット上に流出したと報道がありまして。その中に偉風満帆党の議員の名前がちらほらと」
 「え……?」
 記者が手渡した資料を見て、凪下党首の顔色が強張る。
 自信に満ちた首領(ドン)の表情は見る見るうちに青ざめて、不祥事を起こした政治家のそれに変化する。
 やがて、気まずげに口を開く。
 「……まあ、恥ずべきことではあるが、やめることはない。過ちは誰にでもある。前言撤回する」
 記者団は、一様にいやらしい笑顔を浮かべた。
 凪下党首は不機嫌極まりない顔で言う。
 「なんだあんたら、その面は!」


 別荘購入者名簿の流出は、天下英雄党とヒーロー庁にも激震をもたらした。
 その中には天下英雄党のみならず、ヒーロー庁職員の名前もあったからだ。
 雄駆照全名誉長官は、防衛対策部長である七星篤人を執務室に呼び出した。
 「別荘購入を申し込んだ者を徹底的に洗い出し、今すぐ購入契約を打ち切らせろ。いいか。ユメカムが遅かれ早かれ潰れる以上、もはや別荘購入はかなわない。ヒーロー庁のイメージダウンを避けるためにも、今すぐやれ!」
 「はい」
 七星は頭を下げ、名誉長官の執務室を後にする。
 これでまた、家に帰れない日々が続く。心労でまた痩せてしまうだろう。
 七星は深いため息をつき、そして心底安堵する。
 良かった。自分は不動産サイトに別荘購入を申し込まなくて。
 SLNによる報道がなければ、彼は近いうちに別荘購入を申し込むつもりでいた。


 素薔薇国防大臣は、一連の出来事の後”体調不良”を理由に、公の場に姿を見せることなく辞任。都内の病院に入院したとされるが、消息は不明。
 国防大臣職は、弩塔猛波副総理が兼任することになった。


 ユメカムコーポレーションは悪徳企業の烙印を押され、会社としての機能を次々と停止していく。
 我が子の悪行をほったらかしにしたユメカム社長夫妻の行方は、わからない。マスコミや警察がSLNの報道直後から血眼になって探したが、どこにもいない。
 彼らは国外に逃亡したとも、『真の黒幕』に消されたともネットで吹聴されたが、わからない。


 久見月巴は、唯一作業員たちを守りデストロに立ち向かったことがSLNの映像で強調され、勇気ある反逆者、という印象を世間に残した。
 家族は周囲から丁重な扱いを受け、バッシングはほとんどなかった。


 『お馬鹿様』が連呼された日本沈没級の記者会見から、1か月が過ぎた。
 ブロンの悪行とユメカムの強制労働は、もはや世界中が知るところになっている。あの、あびゃびゃ事変も。
 エトフォルテ墜落に関する事情説明を諸外国が日本政府に説明要求しているが、はっきりしない。
 これを機に、日米関係は悪化するだろうと、誰もが思った。
 アメリカで仕事をしている日本人の間に、動揺と不安は瞬く間に広がっていく。日本への緊急帰国や事業撤退を考える者も少なくない。
 そんなアメリカに、“彼”はいた。


 「だから、本当に連絡しないで悪かったよ、父さん。FBIに3ヶ月近く拘束されてたんだ、嘘じゃない!!」
 天然パーマの頭をかきつつ、八十島和彦はスマホ片手に大声を張り上げた。
 「留学先の専門学校の親会社が日本から仕入れた超薬の取引に関わってて、俺は売人と勘違いされたんだ。……お前みたいに、毎日殺人トリックとか考えている奴は、薬の力を借りてるに違いないから、とか言われて……。え、自業自得?ひどいな、もう!父さんだってTV局にいたころ、ネタ帳持ち歩いてただろ!結構やばいやつ!……とにかく、FBIの誤解を解いて、やっと今日日本に帰れるようになったから。今から空港に向かうよ、じゃあ」
 和彦は今、帰国直前まで泊めさせてもらった友人宅を出るところだ。友人のマークは両親ともにギター好きで、家の壁に大きなエレキギターの絵が描いてある。ドアを開けた和彦は、天然パーマの長髪をラフに束ねて、傍らには大きなスーツケース。はたから見ると映画監督志望というより、ライブツアーに出かけるロックミュージシャンの様であった。
 FBIから解放されて、アパートを引き払い帰国準備に18日かかった。
 アパートを引き払った後は、マークと彼の家族が
 『帰国まで、うちに泊まりなよ』
 と言ってくれたので、厚意に甘えて5日泊めてもらった。ありがたいことに、拘束中に伸びた髪をマークの妹(美容師志望)がお洒落にカットしてくれた。ロックミュージシャン風のこの髪型を、和彦は気に入った。
 マークが見送りに来てくれた。
 「カズヒコ。気を付けて帰れよ」
 「ああ」
 「俺の作ったBGMを、お前のバトル映画に流してほしかったよ」
 マークは映画用BGMの制作を志していた。留学先の大手映画会社が経営する映像制作学校で知り合い、意気投合。映画やゲームなどで使われる、戦闘シーン向けのサウンドが好きでたまらない26歳。洋の東西におけるバトルサウンドに、専門家と言って差し支えないほど詳しい。アメリカ留学でできた、和彦の大切な友達だった。
 和彦も別れは辛い。できることなら、ずっとアメリカで一緒に映画作りがしたかった。だが、それはもうできない。
 「会社が駄目になって、学校もおしまい。今の国際情勢じゃ、いつ日本人が出国禁止になるかわからない」
 「また、戻ってくるかい?」
 和彦は天を仰ぐ。
 「国際情勢がどうなるかな」
 マークが懇願する。
 「カズヒコ。戻ってきてくれよ。バトル映画の世界にはお前が必要だ。アメリカに戻れなくても、日本で映画を作ってくれ」
 「サンキュー。だがマーク。俺はもしかしたら、映画の世界を飛び出してマジのバトルをする……、ことになるかもしれない」
 マークが驚く。
 「マジのバトル?格闘技でも始めるのか?」
 「今日本で、俺の友達がすごいことをしてるっぽいんだ。そのすごいことを、何としても見届けなきゃ、って思ってる。見届けるにはマジのバトルをやる覚悟が必要だ」
 しばしの後。
 マークが呆れた表情を見せる。
 「……ぽい、って、よくわかってないのかお前」
 和彦は素直に言う。
 「わかってない」
 「お前は、よくわかってないことを見届けるつもりかい?」
 「そのほうがワクワクしないか?」
 和彦はにやり、と笑って見せる。
 マークは、よくわかんないな、という顔で苦笑し、和彦の肩を抱いた。
 「バトル映画の世界には、絶対お前が必要だ。またいつか、映画を作れ。頼むから」
 「オーケイ、マーク。約束だ。映画の世界でまた会おう」
 そして、二人は別れた。

 和彦は空港に向かう電車に乗るため、駅に向かって歩き出す。
 道中、コンビニで新聞を買った。
 新聞の一面は、日本を騒がす宇宙獣人軍団エトフォルテの話題が大きく掲載されている。
 「エトフォルテを守る謎の軍師ヒデ。映画のタイトルにするなら『エトフォルテ防衛戦線ヒデ』ってか」
 片手に新聞、片手にスーツケースを持ち、歩きながらひとり日本語で呟く和彦。
 記事にはSLNの映像から抜粋された、
 『軍師ヒデの教えを語るクリスティア騎士』
 の言葉も載っている。


 『敵を仕留める罠はベタにインベスティメントすべし。軍師ヒデの教えは素晴らしいですね!』
 

 「……俺が映画研究部で言ったやつじゃねーか」
 和彦は、仮面の軍師の本当の顔が見えた。
 昔を思い出し、そしてヒデの今を思う。
 和彦はこみあげてくる感情を必死に抑えつつ、ニヤリと笑い小さく呟く。
 「いいんじゃねーの、ヒデ!」

 
 

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