『お馬鹿様』記者会見から1ヶ月後。
ヒデはまきな、アル、半次とともに、クリスティア王国本島西部にある試験農場を訪れていた。
この試験農場は、もともと洪水に困っていた地区の対策として、河川の氾濫を防ぎ、安定した水の供給で作物の収穫アップを狙って、素薔薇大臣主導の元日本から派遣された土木・農業技術者が総力を結集し整備したものだ。広さにして、なんと野球場50個以上。日本との食文化交流の一環として、日本の果樹や野菜なども多数植えられた。
広大な敷地には水田、畑、果樹園が整然と並んでいる。リルラピス女王も洪水が無くなり、食料の安定生産に成功した点は評価していた。
が、その後ユメカムコーポレーションが管理を引き継ぎ、復興支援に来た農家たちを次々と採掘場に送り込んだ、忌まわしい場所でもある。今となっては何をしていたか怪しいので、ヒデたちが調査に来たのだ。
試験農場の作物のデータは、農場本部の端末に記録されている。まきなとアルがあっさりとそのセキュリティを解除し、実態を明るみにした。
その分析結果を、まきなが簡潔に告げる。
「毒物や超薬の原料を育てていないか心配だったけど、その形跡はない。取り越し苦労だったわ」
アルが続く。
「この農場で育てられていたものは、日本の一般的な果樹、穀物、野菜が4割。そしてクリスティア王国在来ものが6割。危険物の育成履歴はゼロです」
この回答にヒデはほっとした。そんな植物は頼まれたって見たくない。
採掘場に多数作業員が回され、農場は扱いが雑になっていたと聞いたが、残された女性や高齢の作業員たちが、監督官に監視されながらも地元民と協力してなんとか農場を維持していた。その監督官も、すでに退治されてここにはいない。
リーダーは伊橋(いはし)という日本人女性。子供も独立したし夫の許可ももらったから、ということで、50過ぎにして初の海外にして異世界にやってきたパワフルな人だ。仮面の軍師としてやってきたヒデに物怖じせず、明るく笑って出迎えてくれた。
「みんなを助けてくれたんだから、エトフォルテは命の恩人。仮面ぐらい気にしないわ」
農場本部のモニターからは、農場の様子が監視カメラで見える。今日のクリスティアはそよ風を伴う快晴で、作物ものびのびと元気そうだ。
別の端末を操作していた半次が、アルに問いかける。
「そういえば、俺がここに10日くらいいたって話しただろ。あの時ユメカムのやつら、見たこともない新種の果物をもってたんだ」
ヒデは料理人として、その新種の果物が気になった。
「どんな果物だったんですか」
「形はレモンそっくり。だが、皮が全然違った。ありゃ絶対新種だ。博士とアルで探せないか?みんなで食べてみようぜ」
アルが再び端末を操作する。
やがて、『極秘開発品種:F』という果物を見つけた。ここに持ち込まれて、2年ほど試験栽培していたようだ。
「形はレモンそのものですね」
ヒデは率直に言った。しかし、皮はオレンジ色で、非常に薄く見える。明らかにレモンではない。
柑橘類の好きなまきなが、嬉しそうに画面を見つめる。
「果実としては枇杷の構造に近いのかしら?おいしそうね。食べてみたい」
そこにアルが、いつもよりちょっと寂しさを漂わせた口調で割り込む。
「博士。残念ながらこの果実はありません。『試験育成の結果、発芽無し。土壌他多数の要因により、クリスティア王国での栽培は不可能と判断』とあります」
さらに、この果実が保管されていた倉庫の位置情報を見て、まきなは心底残念なため息をつく。
「この倉庫、ここに来る途中で見てる。焼け落ちてるわ……」
ティアーズでの決戦と並行して、リルラピス配下の試験農場解放部隊が監督官と戦った。その際、いくつかの倉庫が魔術やヒーロー武装の攻撃を食らい、炎上していた。Fのあった倉庫も炎上。果実もすべて灰になっている。
まきなはがっかりしている。料理人としてヒデも食べたかったが、仕方がない。
気を取り直して、半次が農場の生産物を再確認する。
「こっちは、成功して試験農場で生産できたもののリストだ。米、小麦、大麦。穀物の類は結構ある。おお、サツマイモ!わが故郷鹿児島から持ち込まれた品種だな、こりゃ」
「さすが鹿児島県民」
半次はサツマイモ農家。故郷ゆかりのものは嬉しいだろう。
「そうだ軍師。隊長から蕎麦屋だと聞いたが」
「そうです」
「今でも料理とかはするのか?」
「しますよ」
「じゃあ、これが嬉しいんじゃないか」
半次が画面を操作して、ヒデが久しく見ていなかったものを見せてくれた。
「あああああ!蕎麦!あるんですか!」
思わず甲高い声を上げてしまう。エトフォルテに加わりもうすぐ3ヶ月。ヒデは船内で時間があるときは料理を作っていたが、蕎麦は作らなかった。エトフォルテに乗り込むとき、蕎麦粉まで用意する余裕はなかったからだ。
台風で店が壊れたショックもあり、ヒデ自身蕎麦づくりを意識して避けてきた。軍師になってからは戦いのことばかり考えていた。しかしユメカムとブロンの悪行を打ち破った今、心にも時間にも余裕が生まれている。
ああ。許されるなら蕎麦を打ちたい。誰かに食べてもらいたい。
半次はヒデの嬉しさと蕎麦への渇望を感じ取ったらしく、別の情報を開いて見せる。
「蕎麦はすでに収穫して製粉、保管してある!量は、…結構ある!」
「薬味の葱は!?」
「もちろん!わさびもあるし、辛味大根もある。この際だ。野菜とかも揃えて天ぷら揚げて、蕎麦作ってみたらどうだい」
しかし、蕎麦を食べるために一番必要なものがないことに、ヒデは気が付いた。
蕎麦つゆを作るための材料だ。しょう油、みりん、砂糖。だしをとるための鰹節(かつおぶし)や鯖節(さばぶし)などである。
この農場にあるだろうか、と思って半次に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「砂糖はクリスティア在来のサトウマメからとれる。日本で出回っているものと味は遜色ない。しょう油とみりんなら、ここで作ったのがあるぜ」
「ここで作っているんですか!?」
「バルテス国王が日本に来た時、しょう油やみりんを気に入った。クリスティア在来の大豆やもち米でも作れないか、って。その時居合わせた人が、さっきのリーダー伊橋さん。もともと調味料メーカーの人なんだよ。『じゃあ私が試験農場で作ってみます』と名乗り出たわけだ」
試験的に現地で作ったものと、日本から持ち込んだものがある。伊橋はベテランだから、試験品でも味はお墨付き。量は結構あるから、きちんと話を通せば持ち帰れる、と半次は解説する。
「では、鰹節や鯖節は?」
「さすがに農場にはねえな」
ヒデは落胆する。すると、まきながアドバイス。
「王国政府のパズートさんに聞いてみたら?ブロンも日本食を気に入り、日本から相当数の食材を購入したみたいだし」
まきなのアドバイスを受け、翌日ヒデは首都ティアーズでパズートに聞いてみた。
すると、鰹節や鯖節をはじめ、日本の乾物があるという。
「食文化研究の一環で、我々は海産物の加工品を日本から購入した。我が国も漁業が盛んだから、自分たちで作りたいと思った。食料研究所に保管されているはずだ」
王国政府の食料研究所に行ってみると、果たしてそこにはクリスティア王国が日本から購入した鰹節や鯖節が大量にあった。クリスティアで鰹節や鯖節を作る研究は、まだ成功とはいえないが少しずつ進んでいるという。
さらに嬉しいことに、日本食研究の一環で和食や和菓子の調理器具が購入され、きれいに保管されていた。蕎麦打ちの道具やせいろ、割り箸までより取り見取りだ。
クリスティア王国には蕎麦を食べる習慣がないので、蕎麦づくりの材料や器具は必要な分を持って行って良い、とパズートから許可をもらった。
農場で作られた野菜やしょう油やみりんも、伊橋から許可をもらえた。
伊橋はバルテス国王に自社のしょう油やみりんをほめられ、有頂天で試験農場行を決めたという。その時のことを、ヒデに雄弁に語りまくる。
「バルテス国王がうちの会社に来た時のことは一生忘れないね。『私を異世界の王様だと思わず、異世界から来たハンサムなオッサンだと思って気楽に接してください』って自己紹介してさ。自分でハンサム言うんかい!って。でも間違いなく、彼は見た目も精神もハンサムなオッサンだったわ。バルテス国王の側にいたリルラピス王女も、あ、今は女王ね。健気で清楚、それでいてちょっと大胆なところがあって可愛いの。やっぱ愛される王室の人ってのは違うわね~……」
伊橋は非常におしゃべりだった。
許可を出すまでに、
・バルテス国王がいかにハンサムなオッサンだったか。
・その遺志を継いだリルラピス新国王はどれだけ健気で素敵な娘さんか。
・彼らを貶めたブロンはとんでもない悪党で許せない!
……というのを30分ほど語った伊橋。
話長くてごめんね、と謝られたが、面白い話だったのでヒデは気にしなかった。
するときちんと話を聞いてくれたお礼にと、伊橋は最後にこう言った。
「軍師くん。もしエトフォルテで困り事があったら、私にも相談してね。この試験農場には脱サラして農業始めた人も多いんだ。ビジネスとか法律に詳しい人もいるから。誰がどういう知識を持っているかは、リーダーの私が把握しているよ」
「ありがとうございます、伊橋さん」
こうして、本当に久しぶりに、ヒデは蕎麦を打ち、蕎麦つゆを仕込んだ。そして天ぷらを揚げた。
クリスティア王国で手に入れた材料はどれも良いもので、満足のいく試作品ができた。
正式にふるまう蕎麦の第一号は、ドラクローたち十二兵団の幹部に食事会を開いてふるまいたい、とヒデは思った。もちろん、試作品ができた時点で食品検査機を使い、エトフォルテ人の体質に蕎麦や蕎麦つゆが悪影響しないか確認した。問題なかったのでホッとした。
日本人の仲間と、クリスティア王国から加わったフェイスフル姉弟に食事会の相談すると、みんな手伝いを申し出た。
エイルが言う。
「クリスティア王国の文化研究所に、日本から寄付された服がいっぱいありますわ。着物もあったはず。みんなで着てドラ団長たちを和風にもてなすのは、どうかしら?」
それはいい、とみんなが同意する。
着物となると着付けに詳しい専門家がいる。エイルは着物の在処はわかるが、着付けまではわからないという。
すると、体力が回復し日常生活を送れるようになった巴が、申し出る。
「女性の着付けなら、私が。母からいろいろ教わってます」
男物は威蔵とマティウスが詳しいという。さらに威蔵が言った。
「調理の手伝いなら、半次が野菜類の天ぷらに長けている。俺が声をかけよう」
せっかくなので食堂も飾り付けよう、ということになり、ヒデたちはクリスティア王国政府の文化研究所を何度も往復し、服や必要な物を揃えた。
準備の最中、エイルがヒデに相談する。
「もしこの食事会がうまくいったら、次は農場にいる日本人にも振舞うと良いのでは?」
「そうですね。軍師の仕事と調整して、やってみましょう」
するとエイルが、いつになく子供っぽくおねだりする感じの表情になる。
「あと、王国政府にいる女王様たちにも蕎麦を……。みんな、日本食好きなのです。……私(わたくし)も」
「もちろんです」
準備を始めて、10日後。
ヒデたちは和風に飾り付けた十二兵団の食堂に、ドラクロー、タイガ、ムーコ、ジャンヌ、ハッカイ、モルル、カーライル、ハウナ、リーゴを招待した。
ドラクローが息を飲む。
「すごいな、ヒデ。俺たちのためにここまで……」
落ち着いた雰囲気の屏風や掛け軸を飾り、和風の置物などもふんだんにちりばめた。
雰囲気を喜んでもらえて、まずは一安心。
ドラクローたちは箸(はし)を使えないだろう、と思ってフォークを用意したヒデだったが、驚くことにみんな、箸でいいよ、と言う。
そして、みんな器用に使いこなして見せた。ヒデは本当に驚いた。
「いつの間に!?」
ムーコが胸を張る。
「実は食事会の予定が決まってから、みんなで箸の練習してたの」
タイガが笑う。
「日本の伝統食食べるなら、伝統的な食べ方をしないとな。礼仙兄妹に頼んで教わった。結構、大変だったけど」
ドラクローが苦笑する。
「日本人の技術力の高さがうかがえるよ。これで飯を食うとは恐れ入る」
一番早く箸を使えるようになったのは、タイガだという。
「手先が器用だからな、オレ。主任とモルル先輩も早かった。ムーコとジャンヌが同じくらいで、次がおかみさんとカーライル、そしてハッカイ先輩。兄貴は最後だったな」
「ふ。主役は最後に目立つものなんだよ」
ジャンヌがいたずらっ子みたいに笑う。
「強がり言っちゃって。ドラクロー、練習中に涙目になってたじゃん。『俺駄目だ、豆がつまめねえ!皿に移せねえ!これじゃ蕎麦が食えねえ!』って」
ひたすら箸で豆をつまみ、皿に移す練習をしていたようだ。たぶん、日本人でも音を上げかねない練習法だ。
「どらああ!それ言うなよおお!」
ドラクローが本気で恥ずかしがっている。涙目は事実のようだ。
ヒデは礼仙兄妹に、小声で尋ねる。
「かなりレベルの高い練習法を教えたんですね」
礼仙兄妹は、驚いている。兄の時雨が言う。
「ぼくたちの両親が、小さいころから豆で練習させてたんです。みんな違うんですか?」
翼も平然と言う。
「これができると面白いよ、って、パパとママが」
礼仙兄妹の両親直伝の教え方らしい。
「ちなみに、妹は商店街の豆つまみ選手権で優勝してるんです」
「商品券もらいました」
傍でこれを聞いたフェイスフル姉弟、愕然。
「私(わたくし)たちも文化交流で箸の使い方覚えたけど、豆つまみ選手権は無理、絶対」
「礼仙くんのご両親は手練れですね……」
カーライルがうずうずしている。
「おい。みんなで早く食べようぜ。ヒデも、感想を聞きたがってる」
「カーライル。よく言った。ではヒデの夢の味、みんなで食べよう!でもその前に……」
食堂の一角に、エトフォルテ式の小さな祭壇が設置されている。
亡くなった長老たちやスレイ達団長、そして住民たちに供え物を捧げるためのものだ。
ドラクローが代表となり、特別に用意した蕎麦を一膳、祭壇に捧げ、そして厳かに手を合わせる。
日本から仲間になった者達が祝いのために作ってくれたものを、友好の証として散っていった仲間たちに味わってもらうのだ。あとで食事会が終わったら、慰霊広場に持っていき、焼いて天に捧げる。エトフォルテ流の追悼の作法であった。
ドラクローが祭壇に向かい、言う。
「スレイ先輩。ヒデがついに蕎麦を作ってくれたよ。みんなも、精一杯盛り上げるために頑張って……。長老も、ジャッキーも、みんなも、どうか俺たちのこれからを、見守ってください」
そしてみんなで、いただきます、と言い、ドラクローたちは蕎麦を食べた。
「これが蕎麦か。細いけど、結構食感はもちもちだな」
「薬味の葱ってのも、よく合う」
「オレは辛味大根ってのが気に入ったぞ」
「おいしい。これがヒデさんの夢の味、なんだね」
ドラクローが、ジャンヌが、タイガが、ムーコが、自分の打った蕎麦を美味しそうに食べている。
「実にうまいつゆだ。いくらでも食べられる」
「これ、初めてだけどさあ。うまいよ。これうまい。全部うまい」
「カーライル、しつこい。でも、天ぷらも蕎麦もつゆも、確かにおいしいです」
「いや~。この味は病みつきになっちゃうね」
「ヒデ。お前すごいぜ。こんな料理作っちまうんだからよお」
リーゴ、カーライル、モルルが舌鼓を打ち、ハウナとハッカイから笑顔があふれる。
もう二度と見ることのないと思っていた光景だ。ヒデの胸はいっぱいになり、図らずも涙がこぼれそうになった。
ムーコが、着物を着て給仕するアルを褒める。
「アルちゃんの着物、可愛いなあ」
「博士が選んでくれました」
同じく給仕を手伝うまきなが、自分のことのように嬉しがる。
「私、学生時代着物全然着なかったからなあ……。飛び級でアメリカ行ったらますます。アルが着物着てくれて嬉しいよ」
「博士の着物も似合ってます」
「わー、嬉しい!」
いつになくまきなもはしゃいでいる。
「あ、そうそう。女性の着付けは全部巴がやってくれたわ」
まきなに話題を振られて、はにかむ巴。
「母が着物に詳しくて……」
ジャンヌが尋ねる。
「ふーん。着物が好きなんだ」
「好きというか、母の実家が着物専門店で」
「いろんな着物が着られて、楽しそうじゃん」
「そうですね。私も母からいろいろ着させてもらいました。あと、着物のどこをつかんだら効果的に投げられるか、とかも教えてもらいました」
急に話が実戦的になるのは、柔術家の性。食事の席でする話ではないな、と思い、巴は赤面する。
ジャンヌは面白がっている。
「好きなんだね、柔術」
「……はい。気が付けば私、投げ技や絞め技の話ばっかり」
「私、関節技が得意なの。蛇族の身体はしなやかに伸びるから、関節技向きなんだ」
「それは……たしかに関節技向きかもしれません。絞め技にも活かせそうですね」
「わかってるじゃん。戦闘訓練できるようになったら、声かけてね。柔術のことが知りたい」
「はい、喜んで」
久方ぶりに柔術の話題を共有できる仲間ができた。巴は、嬉しかった。
みんなが楽しそうに着物を語るのを見て、モルルが呟く。
「こうなると、私たちも着物が着てみたいです」
着てみたいけどねえ、と、ハウナがため息をつく。
「私たちの尻尾付きの体に合った着物は、無いでしょうねえ……」
お代わりの蕎麦を運んできたマティウスが言う。
「だったら作ればいいじゃない。というか、私が作るわ。武装デザイナーの手前、和洋の服飾には詳しいの」
文化研究所に寄付された着物は相当量があり、アレンジすれば着ることも可能、とマティウスは言う。
着物をもらってもいいか、マティウスがエイルに聞く。
エイルが答える。
「いいと思いますわ。あと、和服用の布地も結構あったはず。私も和服の作り方を覚えたいです。よいですか、マティウスさん」
「当然よ。時間はかかるけど、エトフォルテのみんなのための着物、作ってみましょう。少しずつ」
モルルとハウナが嬉しそうに尻尾を振る。
「ぜひ!」
厨房で天ぷらを揚げながら、みんなが和気あいあいに食べる様子を楽しむ、威蔵と半次、孝洋。
「大盛況じゃあねーか、われらが隊長。あんたが見込んだ軍師は、いい蕎麦屋だな」
「そうだろう」
いつになく、威蔵も得意げ。
その様子に孝洋も満足げだ。
「魚介類も、クリスティア王国から漁についてのルールも確認したし。これから和食のバリエーションも増えていくよお、きっと」
漁には地元の厳しいルールがあるから、きちんと確認したほうがいい。孝洋はヒデと相談したうえで、魚介類の捕獲について詳しいルールをクリスティア王国に確認し、みんなに共有していた。今日使っている魚介類は、きちんとルールを守って獲ったものだ。
「俺の専門は鯖の缶詰だけど、魚料理全般の知識はあるよ」
孝洋の自慢に半次も張り合う。
「なら、俺は野菜よ。とくにサツマイモは詳しいぜ」
そして二人の視線は、威蔵に向く。
「……俺か?俺の知識は、半次の親戚から教わっただけで……」
二人に誇れるものではない、と言いかけて、威蔵はふと思い出す。
「……そういえば農家の手伝いをしたときに、ジビエについて教わった」
ジビエとは、猟で捕獲するイノシシやシカなどの肉をさす。日本の場合は、農作物を守る過程でイノシシなどを捕獲し、食べることが多い。農家にいた時分、威蔵はイノシシなどの捕獲技術や、食肉加工について農家から教わっていた。
半次が喜び、威蔵の肩を叩く。
「上等だ、われらが隊長!今度はクリスティア王国の獣を捕まえて、みんなにジビエバーベキューを振舞おう!」
威蔵がいつになく慌てる。
「よせ!天ぷらを揚げてるそばで肩を叩くな!鍋をひっくり返したらどうする!」
孝洋は二人をとりなし、苦笑い。
「クリスティア王国は獣が神聖視されてる国だからねえ。陸(おか)の猟もきちんとルールを確認してからやらないと」
「当然だ。この奥山半次は法令順守の男よ!」
「わかったから調理中に大声を出すな!」
用意した蕎麦も天ぷらも大好評で、お代わりの声が止まらない。
「おーいヒデ。まだお代わりある?」
ハッカイのリクエストに、とうとうヒデは頭を下げる。
「ハッカイさん、すみません。さっきので蕎麦も天ぷらも終わってしまいました」
みんなから、え~!?の声。
「じゃあ、お終いかよお!」
嘆くハッカイをリーゴがたしなめる。
「ハッカイ!お前、蕎麦も天ぷらも食いすぎだ!」
「どれも美味いのがいけないんだ!特にサツマイモ天!それを言うなら、主任だって結構お代わりしてたぞ、鳥天!」
お代わりを指摘されたリーゴが、タイガのほうを向く。
「お代わりと言えば、タイガ!お前薬味の辛味大根独り占めしすぎだ!」
「すごくさっぱりした味わいが美味しかったから、もう少し食べたい、って思っただけで……。ごめん」
「俺だって辛味大根もっと食べたかった!くう~!」
見た目だけで言えば40代のいかつい猿顔のおじさんが、辛味大根を食べたかった、と本気で悔しがっている。
カーライルが空になった天ぷらの皿を見つめて、寂し気に呟く。
「美味しかったなあ……イカ天。もっと食べたかったなあ……」
ハウナが呆れる。
「この子、途中からイカ天ばっかりお代わりしちゃって!私も食べたかったのに」
モルルが、いつになくとげのある声音で指摘する。
「おかみさん、途中から追加のシイタケ天ほぼ独占してましたよね?私、お代わり出来なかったんだけど」
「やだよ、モルルまでがっついて……。ごめんなさい。お代わりしすぎちゃいました」
ジャンヌがやれやれ、と肩をすくめる。
「みんな大人げないんだから」
そこにツッコミを入れるムーコ。
「ヌーちゃん。かき揚げ結構食べてたよね。ドラくんが困ってたよ」
「いや別に俺は……ちょっと足りなかったな、ってだけで……」
「ほら、困ってる」
「う……。そういうムーコはどうなのよ。蕎麦、めっちゃお代わりしてたじゃん!絶対私より食べてたじゃん!」
「むぅ。だって、ヒデさんの夢の味、だから……むぅ……」
「どういう言い訳!?」
「……てか、みんな食事会でケンカするなよドラアア!」
平和な食事会のはずが、誰が何をお代わりしすぎか!を責め合う、一触即発の大口論になってしまった。
エトフォルテ人は、日本人に比べるとよく食べる傾向にあることを、一緒に暮らし始めてヒデは知った。普段の一食が、日本人の1.3倍くらいである。今回は物珍しさもあるからもっと食べるだろうな、と思い、お代わりも想定しさらに多めに用意した。まさか完食したうえに口論になってしまうとは……。
ドラクローがなんとかその場を収めている間に、ヒデは厨房からデザートを持ってきた。
「うちの蕎麦屋で出していた、デザートの水ようかんです」
夏のデザートとして出していた、自家製の水ようかんである。試験農場から小豆などを、さらに食料研究所から型をもらって作った。もちろん、検査機でみんなが食べられるか確認済み。
桜の季節にみんなと出会って、3ヶ月近くが過ぎている。季節はもう夏。水ようかんはぴったりだ。
黒く涼やかな光沢を放つ甘い水ようかんを、クロモジの楊枝で切って口に含めば、お代わりでもめて熱くなったみんなの険しい顔も、自然とほころぶ。
水ようかんを食べ終えて、ジャンヌが言う。
「……ごめん。ドラクロー。私かき揚げ食べ過ぎた」
ドラクローは笑って言う。
「いいよ、もう。それだけみんな美味しく食べた、ってことだ。また蕎麦を食べるときの楽しみを取っておこうぜ」
幹部たちは、みな笑って頷く。
ドラクローはヒデに頭を下げる。
「ヒデ。みんな。本当にありがとう。楽しかったし、美味かったよ」
「ありがとう、ドラさん」
ドラクローの言葉は、蕎麦屋冥利につきる。中学卒業から約8年。蕎麦屋で働いた日々が脳裏をよぎる。
とうとう、ヒデは嬉し涙を流してしまった。
「おいおい、泣くなよ。ヒデ」
「……本当に、嬉しくて。また蕎麦を打てる日が来ると、思わなくて。『どらさん』で働いていた昔に、戻れたみたいで」
みんなが目を丸くする。なぜここでドラクローの名前が出てくるのかと。
そういえば、ヒデは今の今まで、勤めていた蕎麦屋の屋号をみんなに言っていなかった。
「僕のいた蕎麦屋、店の名前は『どらさん』ていうんです」
あっ、とドラクローが叫ぶ。ほかの仲間たちも。彼らの表情には驚きと戸惑いが浮かんでいた。
「だから俺のこと、『ドラさん』だったのか!?」
「はい。初めて会った時、スレイさんと一緒に、蕎麦屋にいた頃の話を聞いて応援してくれたでしょう。だからつい連想して、ドラさん、と」
ドラクローの驚きと戸惑いは、やがて嬉しさあふれる笑顔に変わる。
「光栄だ。こんな美味しいものを出す店と同じ名前で呼ばれていたなんて……」
小さく震えるドラクローの目元が、光る。
「やばい。ヒデ。俺も泣いていいか?」
ヒデは涙をぬぐう。
「いや。笑いましょう。嬉しいときは笑うのが一番です」
孝洋が合の手を入れる。
「よっ、ドラさん!笑って!」
「……おう!」
ドラクローが笑う。ヒデも笑う。仲間たちも。
食堂に集まったみんなが、笑顔になった。
第三部 誰よりもほとばしる心の力で 完
前の話 次の話 第三部あらすじまとめ