エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第24話 害敵必討~最後の1人~

 
 すでに勝敗は決した。両腕を折られたレッドは、膝をついて苦し気な呼吸を繰り返す。
 ドラクローの側には、ほかのメンバーを仕留めた威蔵たちがいる。もうレッドには逆転する術がないとみていい。ドラクローは通信機を取り出した。
 「ヒデ。俺たちのところに来てくれ。止めを刺す前に、シャンレッドにもう一度聞きたいことがある。お前も見届けてくれ」
 「わかりました」


 ヒデはドラクローたちとともに、レッドと対峙する。
 ドラクローは、ゆっくりと問いかけた。
 「シャンレッド。もう一度聞く。なぜエトフォルテを襲った。ヒーロー庁が命令した本当の理由を知っているんだろう」
 光沢感に満ちた勇ましい赤いマスクの下から、弱弱しい男の声。それでも痛み苦しみを訴えず、レッドは自分たちの信条を口にする。
 「……理由なんて、俺たちが知る必要はない。俺たちはヒーロー庁の、日本政府のヒーロー。だから敵と戦う。生みの親、ヒーロー庁の命令は絶対だ。正義をもたらす7色の光が、日本を照らす。日本が、元気になる。ファンが喜ぶ」
 上からの命令は絶対、にしても程度があるだろう。日本語で話しかけた無抵抗の相手を殺せなんて、まともな感覚なら絶対にできない。ましてやそこに、ファンを喜ばせようなんて意識は。
 シャンガインとヒーロー庁、ひいては日本政府の感覚のおかしさに、ヒデは戦慄せざるを得なかった。ヒーローだらけの今の時代はまともじゃないと、前々から思ってはいたけれど。
 次第にレッドの呼吸が弱くなってきた。
 「歌と踊りを見せ、て、グッズを売って、敵を、殺して、みんなが笑顔になればいい。ヒー、ローは、そのために、あるん、だ」
 皆の笑顔のために戦うこと自体は悪ではないが、そのために困っていたエトフォルテを襲って、全く罪の意識を感じていない。
 どういうつもりか知らないが、死にかけとなればそろそろ隠すのをやめて本当のことを言うのでは。ヒデはレッドに聞いた。
 「敵意がないと日本語で言った相手を一方的に殺して、ファンが喜ぶとお前は本当に思うのか。恥ずかしいと思わないのか。この際組織の信条は忘れて、正直な自分の気持ちを言ってみろ」
 瞬間、レッドの全身が不自然なほど小刻みに揺れた。
 恐怖を感じているのか?いったい何に?自分たちエトフォルテに対して?
 それとも、本当のことを明かすことに?
 レッドは、本当はエトフォルテが日本語を話していたと認識しているのでは。もう一押ししてみよう。
 「先週、シャンガインはエトフォルテで日本語を聞いていたんだろう。なぜそれを隠し続けている」
 さらにぶるぶると体を震わすレッド。
 そして、叫んだ。
 「………俺たちは、この前、日本語なんて、…聞い……て、ない!おま、えたちは、汚れた獣人だ!!死ねぇッ!!」
 レッドが膝をすばやく動かし、飛び跳ねた。折れた腕を振り回してドラクローに迫る。反撃する力が残っていたことにその場にいた全員が驚いた。
 だが、
 「お前がああああ!!」
 エトスで燃えるように輝く拳を構え、ドラクローはレッドの腹部にアッパーをさく裂させる。
 筆舌にしがたい音が鳴り響く。ドラクローは深々と突き刺さった拳を引き抜き、
 「ドラアアアアアアアアアッ!!」
 とどめの龍神拳をレッドの顔面に放った。
 吹き飛ばされたレッドの体は、マスクが大きく割れてもう二度と動くことはなかった。マスクの割れた目のあたりから、赤い血が涙のようにとめどなく流れだす。


 付近に増援がなく、シャンガイン全員の死亡を技の部の情報解析員が伝える。船内で待機していたまきなをはじめ、仲間たちが甲板に出てきた。
 けが人は複数出たが全員治療できるレベルだと、ムーコたち心の部が報告する。死者は出なかった。そのことが、皆の顔を明るくさせた。
 ヒデはジャンヌに声をかけた。
 「ジャンヌさん。尻尾は大丈夫ですか」
 「痛みはあるけど、平気。尻尾や翼の再生医術は充実しているからね」
 そう言って、ジャンヌは包帯の巻かれた尻尾を軽く振って見せる。
 ドラクローが、ヒデに手を差し出す。
 「エトフォルテは勝った。皆で生き残った。ヒデのおかげだ」
 「ドラさんたちが全力で戦ったからですよ」
 ヒデはドラクローの手を握る。そして、互いの肩を抱いた。
 「ヒデが、そして仲間になった日本人みんなが全力で協力してくれたから、俺たちも全力で戦えた。そして生き残れた」
 「シャンガインが襲ってきた本当の理由や、日本語のことはわからずじまいでしたがね」
 「いつかは突き止めないとな。でも、今はこの勝利を喜びたい」
 凄惨な戦いの後にもかかわらず、甲板には温かく優しい空気に満ちていた。この温かさが生きていることの証明だ。皆が肩を抱き勝利を喜び、互いの健闘をたたえている。
 居住区の避難壕に隠れていたハウナと子供たちも出てきた。
 「よくやってくれたね。ドラクロー、ヒデ」
 「団長。ヒデさん。お疲れ様でした」
 「お、お疲れ様、でした」
 礼仙兄妹はじめ、避難していた子供たちにも怪我はない。エトフォルテにとって最良の結果となった。

 ヒデはシャンガインたちの死体を確認し、ドラクローに言った。
 「彼らの死体、どうしますか」
 「これ以上死体をいたぶるような真似は、死んだ皆も望まないだろう。かといって、エトフォルテに埋葬するのも嫌だ。いずれ日本に送り返す」
 ドラクローは、自分に言い聞かせるように、続けた。
 「これで終わりじゃない。問題は山積みだし、きっと戦いはこれからも続く。
 それでも今この瞬間、俺は長老や先輩たちに伝えたい。
 俺たちは、頑張ったぞって!!そしてこれからも、みんなで生きていくために頑張るぞって!!」
 「その気持ちは、きっと皆に伝わっています」
 ヒデはそう言って、天を仰ぐ。
 とたんに、エトフォルテの者たちの目から涙があふれた。
 「伝わっているかな…!!そうだといいなあ…!!」
 ドラクローに続き、ジャンヌが、タイガが、ムーコが仮面を外し泣き出した。
 「…お祖父様、兄さん…!!」
 「先輩たちぃぃぃ!!」
 「…私たち、がんばりましたああ……」
 モルルも、ハッカイたちも。エトフォルテ人は皆泣いていた。
 まきなたち新たに加わった日本人もその光景に涙を流していた。泣いていなかったのは、アルと威蔵だけだ。それでも二人は、亡くなったエトフォルテの人々を悼むように、そっと目を閉じていた。
 ヒデは仮面を外した。胸に手を当て、自分の夢を応援してくれたスレイのことを思い出す。スレイと彼の仲間たちがあの世で喜んでいることを願った。
 そう願う中で、いつの間にかヒデも泣いていた。




 同じころ、日本のとある街のパブリックビューイング。
 屋台も繰り出してのお祭り騒ぎは、完全に凍り付いていた。
 すでに映像は『しばらくお待ちください』という文字とともに、ヒーロー庁のロゴと勇ましいBGMがエンドレスで流れるのみ。
 市民たちは、軍師ヒデの声が流れた後の映像を全く見ていない。
 「もう30分くらい経つけど、これ実はシャンガインが負けたとかじゃないよね」
 「いやでもまさか…」
 恋仲であるらしい男女が呟く傍らで、完全に酔っぱらった中年男がへらへらと笑った。
 「この何十年でヒーローが負けたことなんてないんだからさあ、どーんとかまえてりゃいーんだよ」
 中年男はぐびぐびと缶ビールを飲み干す。男のテーブルの上はビールの空き缶や焼き鳥の串で埋め尽くされている。
 パブリックビューイングはヒーロー庁公式イベントで、酒類や軽食はかなり安い値段で売られている。シャンガインの応援やグッズではなく、飲食を目的に来る人のほうが圧倒的に多い。中年男は缶ビールを飲み終えると胸を叩いた。
 「日本人のヒデだかなんだかが知恵貸したくらいで、獣人がヒーローに勝つもんか。
 どんなにピンチになったって、最後は愛と友情と絆のパワーがムクムク湧くから大丈夫。こっちが見てなくたって結局は勝つんだ、ヒーローが。だから飲んじゃいな、飲んじゃいな」
 「…うん、そうだな」
 勧められるがまま酒を飲み始めた男女と、それにつられて屋台まわりを再開する観客たち。中年男はその様子に満足げに笑い、新たなビールを喉に流し込む。


 シャンガイン全員死亡の速報がしばらく後に流れることを、知らぬまま。


 第一部 はじまりの日曜日 完


 

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