エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第41話 声のから騒ぎとさらなる来訪者

 ジューンを仲間に加え、取材が始まってから5日が経過した。
 幸いにしてヒーローの襲撃はない。ジューンの取材も順調に進み、住民も彼女と好意的に接するようになっていた。
 その間も、ヒーロー対策をヒデたち日本人は忘れない。
 仲間になってからヒデは軍師としての勉強を続け、孝洋は射撃訓練。威蔵はヒーローとの直接戦闘のコツを、力の部の団員に伝授する。
 まきなとアルは医療活動と並行し、マティウスとタイガら技の部とヒーロー対策アイテムの研究をしていた。
 戦えない礼仙兄妹は、ハウナのもとで手伝いを続けている。
 そして、今日の昼過ぎ。
 ヒデ、ドラクロー、ジャンヌ、ムーコは、新アイテムができたから見に来て、というお誘いを受けて、タイガたち技の部の研究室にやってきた。
 研究室には、まきなとアル、マティウスもいる。ジューンも取材のために同席している。


 今回は、情報伝達と敵のかく乱をテーマにアイテムを作った、とタイガはヒデたちに説明した。
 ヒーローを倒すための武器も大事だが、こういうものはいろんな場面で使いまわしができるから、ということだ。
 アイテムの第一号を、マティウスが紹介する。
 「私が持ってきた予備のタブレット端末を改良して、エトフォルテの電波で使えるようにした。いわゆるオンライン会議用ディスプレイ。エトフォルテの指令室とつないで、離れたところからでも様子が分かるようにしてみた」
 エトフォルテの携帯通信機は、日本でいうところのいわゆるガラケーに似ている。音声のみで映像、画像の共有はできない。
 試しに動かしたこのディスプレイは、研究室の奥にあるカメラから映した映像を見事に映している。
 おお、とみんなで歓声を上げると、タイガが得意げに解説する。
 「今後外で行動することになったら、こういうのが使えると思う。
 地球ではこういうディスプレイ付きの通信機がヒーローだけじゃなく、普通の人でも使えるらしいよ、兄貴」
 「すごいな。ヒデも使ったことあるのか?」
 「オンラインの飲み会を自宅で5,6回」
 正直に答えたら、ドラクローが呆れた。
 「こんなすごい技術で飲み会!?」
 ムーコとジャンヌは興味津々。
 「でも、離れたところにいる人と顔見て話せるのは楽しそうだね、ヌーちゃん」
 「確かに。私も使いたいかも。
 自分の部屋で使うなら、使う前に部屋片づけておかないと面倒そうじゃん」
 ジャンヌの反応は“オンラインあるある”だ。ヒデと一緒に飲んだ友達も言っていた。
 『オンライン飲み会のためにスマホをセッティングするより、部屋の掃除のほうが大変だったよ~』
 このディスプレイは携帯通信機より強力な電波が必要になるので、エトフォルテから離れたところで使うときには中継機を持参する必要がある。中継器は折り畳み式の大きなカメラ用三脚、といった形状で、複数用意すればかなりの長距離でも通信は可能だ。
 どこかで似たような端末を手に入れられれば、ちょっと改造するだけで同じものが作れる、とマティウスは言った。現状では、これが唯一のオンライン会議用ディスプレイだ。

 次にタイガは、白い布をかぶせた台の前にヒデたちを案内する。
 「新アイテム第二弾がこれ。中身は何でしょう?」
 台の中には球状のものが複数置いてあるようだが、何なのか想像がつかない。
 タイガが布を取り払う。
 ヒデたちはぎょっとした。
 ジューンは悲鳴に近い声を上げる。最後は英語になっていた
 「ふ、ふぇええっ、Face(顔)~ッ!?」
 なんと、人の皮そのものの“顔”が五つ。台の上に並んでいた。きちんと髪や眉毛もある。
 まきなが解説する。
 「エトフォルテの皮膚再生機で作った皮を、顔型に出力できるようにした。ここに並んでいる皮は、技の部の人たちの許可を得て、特徴をランダムに組み合わせた架空の顔よ」
 顔のデータをスキャンできれば、地球にある3Dプリンターのように、顔の皮と髪を出力できるという。実際の顔がなくても、写真で正面と左右側面が撮影できれば使える。
 「極端に顔の形に差がなければ、この皮をはめることでほぼ確実に成りすませる。
 顔をコピーして連中の通信に出れば、かく乱に使えると思えないか、兄貴」
 だが、一番肝心なものを真似ないと、あっさりばれてしまう。その点をドラクローが指摘する。
 「服は奪うとして、顔だけじゃごまかせないだろう。声は?」
 にやりと笑うタイガ。
 「そういうと思ったよ。ジャンヌ、ちょっとこっち来て」
 タイガがジャンヌを呼び寄せ、別室に入る。

 数分後、二人は話を終えると戻ってきた。タイガは次に、ドラクローを呼ぶ。
 「これ、新しい翻訳機なんだけど兄貴つけてみてよ。つけたら適当になんか話して」
 これまでのと異なり、スイッチが増えているようだ。
 タイガに促され、ドラクローは自分の翻訳機を外し、新しい翻訳機に付け替える。
 「なんで翻訳機を?…あれ!?俺の声…!?」
 ヒデたちは、ドラクローの声に絶句した。
 「ドラさんの声がジャンヌさんに!?」
 ボイスチェンジャー付きの翻訳機だという。今やドラクローの声は、完全に喉がジャンヌのものと入れ替わったかのようで、声の変化に違和感や機械的なノイズがない。
 「おい!こんなに声が変わって、俺の体大丈夫なのか!?」
 ドラクローの不安をよそに、タイガとアルが補足する。
 「もともとの翻訳機が優秀なのもあるけど、博士の調整がすごいんだ。違和感ないだろう」
 「私の声帯に使われた技術が応用されています」
 なるほど、アルの声も機械的な声音を感じさせない。まきなの技術ならそれも可能だろう、とヒデは思う。
 ドラクローはさらに狼狽している。
 「いや博士の調整はわかったから!俺の体大丈夫だろうな!?」
 マティウスが胸を張る。
 「このマティウス・浜金田。武装デザインにおけるモットーは、『使用者の安全が第一』なのよ。
 大丈夫。フォレスターにいたころ、同じ物を作ったことがある。安全性のテストはきちんと済ませた。私も皆の声を試したし、その逆もね」
 「まあ、タイガも立ち会ったなら信用していいけど…。この声のままだと、変な気持ちになりそう」
 普段めったに見せない恥ずかしそうな困り顔になるドラクロー。恥ずかしさのせいか、しきりに顔の汗をぬぐい、照れ照れとしている。
 「異性の声を出すというのは、それだけでどきどきするよね。私もそうだった」
 そんな様子を見て、くすりと笑うまきな。タイガとマティウスの声を、この新型で体験したようだ。
 声を真似されたジャンヌは嫌がるどこか、かなり面白がっている。
 「あはは。照れてるドラクロー可愛い。可愛すぎてもう、ドラちゃんって呼んじゃう」
 たぶんジャンヌは、タイガに別室に呼ばれた時点で首輪の機能を知らされていたのだろう。
 ドラクローは、怒った声を出す。
 「ちゃんはやめろ。さすがに怒るぞ、俺」
 でも声がジャンヌなので、違和感が先行してあまり怖くない。
 この光景に、とうとうムーコも笑い出す。
 「その声だと怖くないよ、ふふふ」
 ジューンはメモを取っているが、顔が明らかに面白がっている。
 思わずヒデも、ちゃん付けで笑ってしまった。
 「そうですね、ドラちゃん。くく…」
 「ヒデ!!…あ、元に戻った」
 ヒデの名前を呼ぶタイミングで、普段のドラクローの声が戻った。ドラクローは、そそくさといつもの翻訳機に付け替える。
 「テストモードだから、声をコピーして3分で戻るようにしてある。
 さっきのマスクと組み合わせれば、画面越しに本人の顔と声でごまかせるというわけ。どうだい、兄貴」
 「顔と声はごまかせても、首輪が丸見えになるだろう」
 まきなが答える。
 「そこは課題。今のところは、何かしら首に巻いてごまかすしかないかな」
 ヒデは気になった点を聞いてみる。
 「この首輪。こっそり声をコピーされて、いたずらで使われたらどうするんです」
 その点も考えてある、とマティウスは言う。
 首輪を外して録音スイッチを両手で強く押し、真似したい相手の生の声をある程度の音量で一定時間聴かせないとコピーできないという。短すぎる寝言や小声、通信機や音響機器など機械を通した声はコピーできず、両手を使うからこっそり録音もできない、というわけだ(ちなみに、機動人形のアルの声は限りなく“生の声”に近いのでコピー可能)。
 「こういうのは信頼関係が大切。好き勝手に使えるようにすると、いろいろ問題だからね」
 胸を張るマティウスに、本来の声に戻ったドラクローが抗議する。
 「どらああ!!不意打ちで声を変えられた俺とお前たちの信頼関係は!?」
 この抗議に、ちょっと気まずげなタイガたち。
 「ほら兄貴。それは、その、ね?」
 「ね?じゃわかんねーぞ!!」
 ジャンヌが仲裁に入る。
 「私の綺麗な声に免じて、ね」
 いまだに『ドラちゃん』の余韻が残っているらしく、ジャンヌはくすくすと笑っている。
 ドラクローも、タイガ達に悪意がなく言い過ぎたと思ったのか、咳払い。
 「しょうがねえ。とはいえ、顔と声をコピーしても、よほどの芸達者じゃないとかく乱に使えなくないか。俺がジャンヌに成りすますのは無理だし、その逆も」
 ドラクローの芸達者、という言葉に、一同の視線が研究室内を泳ぐ。芸達者を求めて。
 最終的に、ある人物に視線が集中した。
 ヒデである。
 「僕ですか!?」
 ヒデは嫌な予感がした。

 ドラクローが、にやりと笑う。
 「よし。ヒデ。総団長命令を下す。
 芸達者な軍師として、首輪使ってここにいる誰かの声を真似してみろ。真似するついでに、歌を歌え」
 思わぬ流れにヒデは面食らう。
 「和彦の親戚のおじさん夫婦が元歌手で、歌を教わってたって話をしてたろ」
 和彦のおじさんは元演歌歌手。おばさんは民謡の研究家。ヒデの地元でカラオケスナックを経営していた。映画で歌を歌うことになり、部員たちはおじさん夫婦の指導を受けたのだ。
 おかげでそれなりにうまくなったとは思うが、人前でさあ歌え、と言われ、さあ歌います、と胸を張って歌うほどの自信はない。
 なんとか辞退しようとするより先に、タイガが手を挙げていた。
 「ヒデ。オレの声真似して!!孝洋がスマホで聞かせてくれた“ロック”を歌ってくれ!!すげー格好いいのがあったんだ」
 今度はムーコが手を挙げる。
 「じゃあ次は、私の声で“アニソン”歌って!!孝洋君すごく可愛いの教えてくれたから!!」
 さらに、ジャンヌとアルが手を挙げる。
 「なら、私の声でも可愛いアニソン歌って」
 「では、私の声でも可愛いアニソンを…」
 ヒデは本当に困ってしまい、背筋に嫌な汗が流れた。
 「つまり、僕にみんなの声で可愛いアニソンを歌えと!?」
 事務的極まりないが、いつもよりちょっと楽しそうなアルが総括する。
 「総じて、
 『私たち女の子の声で可愛いアニソン歌うヒデが見たい』
 ということです。さあどうぞ」
 ヒデは頭を抱える。
 同性のタイガならともかく、女性陣の声を真似したらとんでもないことになる予感しか、ない。
 タイガは可愛いアニソンに興味はないらしい。
 「最初にリクエストしたのオレだよ。オレ、歌下手だから、オレの声で格好よくヒデが歌ってるところ見たいよ」
 この助け舟に、ヒデは速攻で飛び乗る。
 「そうですね。早くタイガさんのリクエスト歌って仕事に戻りましょう」
 すると思わぬところから敵が現れた。ドラクローだ。ヒデは腕をつかまれた。
 「ヒデ、逃げるな!!」
 たまらずヒデは叫ぶ。
 「ドラさんと僕の信頼関係は!?」
 ドラクローが答える。
 「俺はお前の芸達者ぶりを見込んでいる。お前なら首輪の機能をフルに使えると信じている!
 そしてジャンヌの声の俺を笑ったんだから、お前も女声をコピーして笑われろ!!」
 要は女声になった自分を笑いたいのではないか!
 ヒデは本気で、勘弁してと叫びたくなった。
 これにタイガが抗議する。
 「兄貴、オレのリクエストが先だぞ!」
 今度はジャンヌが抗議する。
 「4対1で多数決。女の勝ちじゃん!まず私の声でアニソン歌ってよ」
 すると、リクエスト順でムーコとアルがもめ始める。
 「むう!最初に可愛いのリクエストしたの、私!」
 「順番が決まらないなら、私の声からどうぞ」
 次第に収拾がつかなくなってきた。
 「アル、抜け駆けはダメじゃん!」
 「だから、オレが最初にリクエストしたんだよ!」
 もはや新アイテム発表の場は、ヒデにとっては中学以来の騒がしくて楽しい、そして悩ましい部活動の場と化した。
 そろそろまともな大人に止めてほしいが、記者のジューンは完全に面白がっている。
 「エトフォルテは団長も軍師も、部活動的なノリで生活をエンジョイしてます、って記事に書くわ」
 その隣のまきなまで、リクエストする気でいる。
 「私も歌が下手だから、あとで声コピーして歌ってもらおうかな」
 マティウスは止めるどころか、歌わせる前提で場を仕切り始めた。
 「はいはい。ケンカしない。タイちゃんから順に一曲ずつリクエストね」
 しかもかなり呼び方がフレンドリー。
 女性の声をコピーするのは本気で勘弁してほしかったが、ここで歌わなければ役者としてどうなんだ、という、忘れかけてた役者根性がちらりとヒデの脳裏をよぎる。
 どんなことでも勉強だと思って、やるべきかもしれない。
 そこから生まれる恥ずかしさもあるけれど、それに勝る楽しさやつながりもある、はずだ。きっと。
 ヒデは覚悟を決めた。
 「わかりました。みんなの声でやりましょう!!タイガさんから順番に一曲ずつ」
 「ヒデ!!信じてたよ!!」
 感激したタイガが自分の声をボイスチェンジャーに吹き込もうとした、まさにその時。
 ドラクローの通信機から、甲高い第一種警告音が鳴り響く。
 部活動気分が一瞬で凍り付いた。
 ドラクローが通信機を取る。相手は情報解析担当のモルルだ。
 「ドラクロー。ヒデたちも一緒ですね。すぐに指令室に来てください」
 「何があった?」
 「日本の船が一隻、エトフォルテに接近しています。対応を」
 

 指令室に到着し、ヒデたちは船外の様子を映すモニターで船の様子を確認する。
 日本の漁船である。エンジンは切れているらしく、海上を頼りなく漂っていた。無人船か。
 今日の海は雨風が強い。雨と波しぶきを被った操舵室の様子が、はっきりと船外カメラで見えない。放っておくと漁船は転覆するか、エトフォルテ周辺に展開している光学防壁(シドル)にぶつかってバラバラになるだろう。
 ドラクローが技の部の情報解析員に、人が乗っていないか再確認を依頼する。
 その結果。波しぶきに濡れた操舵室のガラスは不鮮明だが、室内で男が2人倒れているようだ。生死はわからない。
 「ヒデ、どうする?遭難者なら、助けたほうがいいと思うが」
 ドラクローの質問に、ヒデは考える。
 ヒーローや悪の組織の罠だったら、と警戒し、技の部の団員に周囲をさらにもう一度探ってもらう。数分後、周囲と海中に不審物は確認できない、と報告があった。
 ヒデは決断する。
 「漁船を回収しましょう。乗員が不審な行動をとった場合は、対処をお願いします」

 光学防壁の一部を解除し、エトフォルテから出した船で漁船を曳航する。
 搬入口で、ヒデたちは漁船を改めて確認する。
 『勝王丸(かつおうまる)』という名前が書かれた船体に、発信機や爆発物は付着していない。燃料はゼロ。救助された乗員の男2人のうち、一人は完全に死んでいる。銃で撃たれ、失血したらしい。
 もう一人は衰弱して意識がないが、なんとか生きている。左頬に大きな傷跡があるが、これはかなり前についた傷のようだ。
 二人とも髪が黒い。身長はドラクローと同じか少し高く、がっしりした体格だ。身に着けているのは日本でよく見かける作業服。とりあえず、20代後半の日本人に見える。二人とも真面目かつタフそうな顔つきで、映画で刑事や自衛官を演じていそうな雰囲気だ。
 「遭難した日本の漁師か」
 ドラクローの判断に、絶対違うと返したのは孝洋。
 「団長。この人たち絶対漁師じゃない。漁に出る格好をしてないよ」
 孝洋の実家は缶詰工場で、漁船の操業がある。説得力があった。
 さらに、船内を改めた団員が信じられないものを持ってきた。
 両刃の、鞘に入った刃渡り60センチ程度の西洋剣である。RPGなどで“ショートソード”と呼ばれる類のものだ、とヒデは思う。この手の知識は、同じ映画研究部にいたゲーム好きがヒデに教えてくれた。
 いったいこの男たちは何者だ?
 皆が疑問に思う中、鞘を見つめたマティウスが叫ぶ。
 「この鞘。クリスティア王国の国章が彫られてる!!」
 鞘には、水瓶(みずがめ)をかたどった金属製の装飾が施されている。これが、クリスティア王国の国章だという。
 「北にある、異世界転移した国の人間なのか?」
 ドラクローが眉をひそめた。ヒデは首をかしげる。
 「なぜ日本の漁船に乗って、海上を漂っていたのか?」
 そこに、もしかして、と割り込んだのは、記者のジューン。
 「エトフォルテとは関係ないと思って言わなかったんだけど、今日本にはクリスティアの王様が来日しているはず。それとなにか、関係があるのかも」


 

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