空飛ぶ何かが、海面を割って上空に飛び出す。
ヒデたちの視界に飛び込んできたのは、神話に出てくるグリフォンを思わせる3メートル近いサイズの改造生物と、それにまたがったマスカレイダー・ターン。改造生物はヒーロー大図鑑で見た、サポートビーストのターングリフォンだ。
ミハラたち技の部の団員が、とっさに甲板に置いてあったテスト用の新兵器をつかんで背負う。60センチほどの高さの銀色のタンクにチューブを組み合わせ、先端は銃のようになっている。一見するとちょっと格好いい高圧洗浄機の様なこれは、砲弾のテストが終わったら試す予定だったものだ。
ヒデたちは拳銃を構え、自走砲の孝洋たちは貫徹弾を放った。ターングリフォンは素早く空中を旋回し砲弾をかわす。マスカレイダー・ターンは、グリフォンから華麗に飛び降りた。
そのままずかずかと甲板を走ってヒデたちに接近するターン。はあはあ、と荒い呼吸を繰り返し、ヒデたちの銃撃を浴びてもお構いなし。とうとうヒデたちのいる防護壁の目前2メートル近くまでやってきた。なぜか武器を構えていない。
そして、
「ボクのターンになる前に、なんてことしてくれるんだよっ!!」
ターンはヒデたちを怒鳴りつける。ヒデたちは銃撃を思わず止めてしまった。こいつは何を言っているのか。
「変形中に攻撃なんて、獣人だけに卑怯だ!!正々堂々戦え!!」
ターンの傍らに着地したグリフォンは、子犬のように座って何もしない。これはこれで何をしているのか。3メートル近い巨体を子犬に例えるのもどうかと思うが。
ヒデが言わんとしたことを真っ先に口にしたのは、ミハラ。
「何言ってんの?私達の目の前で変形したアンタが悪い」
「今まで変形中に攻撃してきた卑怯な悪の組織は、いなかったんだ!!何砲台おいてるんだよっ!!どこの悪の組織から買ったんだよ!!」
本当にいなかったのか。変形中の機動兵器を攻撃した悪党は。これはヒデにとっても驚きであった。だがエトフォルテには関係ない。ヒデは事務的に言った。
「我々エトフォルテは悪の組織ではない。我々に害を与える敵は必ず討ち滅ぼす。害敵必討(がいてきひっとう)の掟を行使したまで。あなたが攻めてこなければ攻撃しなかった」
「獣人のくせに、頭良さげな言葉使うんだな!!」
ターンもシャンガイン同様、エトフォルテを獣人と見下している。馬鹿の一つ覚えみたいに、とマティウスが小声で吐き捨て、ミハラが舌打ちするのを、ヒデは聞いた。
タイガが通信機に手をかけたのを、ヒデは止めた。タイガが小声で反論する。
「ヒデ!兄貴たちを、力の部の団員を呼ぶべきだ!」
「ドラさんはまだ指令室にいないはず。それに今呼んだら、そのまま総力戦になる」
力の部の団員が甲板に出てくる前にターンは距離をとってカードを使い、サポートビーストをさらに召喚するだろう。図鑑に載っていたのは5種類だったが、エトフォルテという未知の脅威を警戒し、ターンは恐らく倍以上のビーストを新たに用意したはず。自分がヒーロー庁ならそれくらいはやる。大量に召喚されたら大打撃は避けられない。
「私が時間を稼ぎます。ドラさんたちが態勢を整えたら、ターンの隙を誘って一気に仕留めましょう」
「…わかった。指令室のモルル先輩にはオレから伝える。無理すんなよ」
ヒデとタイガの会話をよそに、
「ええい!ここからはボクのターンだ!!ボクの切り札、その目に焼き付けろ!!」
ターンはファイティングポーズをとり、今にもカードを使いそうな雰囲気だ。
ターンの感情を揺さぶって、カードを使わせるな。軍師としての自分がヒデの中で叫ぶ。
ヒデはターンを制止した。
「まて!!それがヒーローのやることか!!」
「な、なんだよ獣人のくせに!!相手のターンを妨害するのはよくないぞ!!」
「あなたは日本の公的機関ヒーロー庁のヒーローだろう。公的機関の人間なら、戦う前に相手の話へ耳を傾ける心の広さがあるべきではないか」
「悪党のくせに何言ってるんだ、君は!!ボクを討ち滅ぼす気だろ!!じゃあ戦うしかないじゃないか!!」
「つまり我々の話を聞く気がないと。小さい男。小さい男」
ヒデは鼻で笑いながら、『小さい男』というフレーズをはっきり2回繰り返す。
ターンはヒデの言動に明らかに動揺した。
「ボ、ボクは童顔で有名だけど、身長は君より多分高い!!」
「身長ではない。ヒーローのくせに心が小さい男と言った。話の聞けない自分勝手なヒーロー。今の姿をファンに見せられるのか、あなたは。ほら、ドローンがあなたの姿を生中継しているぞ」
3回目の『小さい男』で、ターンがついにカンカンになる。
「な!?ボクを侮辱するのか!!」
「なら、我々の話をきちんと聞いてくれるな。TVの前にいるファンをがっかりさせないためにも」
「馬鹿にするな!!ボクはヒーロー、勝利の切り札だ。話をちゃんと聞くくらいできる!!
あと、今日の戦いは生中継じゃないぞ。あとでお前たちの戯言は編集してカットしてやるからな!!」
ターンは『なんでも言え!聞いてやるぞ!』と言わんばかりに、腕を組む。
とりあえずこれで、ドラクローたちの到着と次の策を練るための時間を稼げそうだ。生中継でないのには少し驚いたが、それは今問題にならない。
このカード使いのマスカレイダーは明らかにこちらを見下している。いざとなったら獣人たちを簡単に殺せる、とでも思っているに違いない。だから機動兵器を失ってなおエトフォルテをすぐ攻撃しないのだ。ターンの思い上がりに呆れ、同時に『思い上がりはいつだって命取り』と、中学時代に見た映画の台詞をヒデは思い出す。
ならばこちらは冷静に軍師としてふるまい、時間を稼ぎつつ情報を引き出す。そしてターンの命をとる。ターンはシャンガインと同じ天下英雄学院の出身。シャンガインがエトフォルテを襲った事情を、何か知っているかもしれない。
同じころ、エトフォルテ船内。
種まき会を中断したドラクロー、ジャンヌ、ムーコ、威蔵の4人は指令室に到着した。
ここに向かう途中、ドラクローは通信機で状況は聞いていたが、モルルにもう一度確認する。
情報分析の責任者であるモルルは答えた。
「敵はマスカレイダー・ターン一人。ただし、サポートビーストと呼ばれる改造生物を多数召喚して使役することができます。今、軍師ヒデが情報を引き出しながら時間を稼いでいます」
この状況でドラクローたちが大挙して甲板に飛び出せば、ターンはサポートビーストを一気に繰り出すだろう。そうなれば総力戦は避けられない。ヒデは、なんとかエトフォルテの被害を最小限に抑えて勝つために、時間を稼ごうとしている。
はやる気持ちを押さえて、ドラクローは撮影協力船のことを確認した。
「光学防壁外で待機中。今、エトフォルテ周囲に展開している20基以上の撮影用ドローンを操作している模様。船自体に武装はないようです」
戦いの場に丸腰の船を同行させるとは。ヒーロー庁のやり方にドラクローは呆れた。正気か?
「撮影協力船、光学防壁を一部解除して魚雷で仕留めることも可能かと。どうしましょう?」
モルルの進言に思案したのち、ドラクローは決断した。
「アルとカーライルたちに、撮影船を制圧させる。もし乗組員が武装して抵抗したら、その時は叩きのめせ。その場合でも、何人かは生け捕りにしてエトフォルテに連れてくるんだ。情報を引き出したい」
モルルがカーライルたちに指示を出す。その間、ドラクローたち力の部の団員は指令室のモニターで、ターンとヒデたちの問答を見つめていた。
ヒデたちが合図したら、すぐに飛び出すつもりだ。ムーコたち心の部の団員は、けが人が出たときに備え準備を始めた。
一方、甲板。
ターンとヒデたちの問答は、堂々巡りになってきた。
ターンは話を聞くと言いながら、シャンガインを殺したエトフォルテを一方的に糾弾し、ヒデの話をまるで聞かない。
「エトフォルテ!!地球に不法侵入して、シャンガインを殺したことを謝れ!」
「不法侵入ではない!この船は光線兵器で撃墜されて落下しただけだ。そして敵意がないことを日本語で知らせ続けていた。それを無視して襲ってきたのはシャンガイン。なぜそろいもそろって、我々を一方的に糾弾する。その理由を聞かせてほしい」
「理由だって。そもそも、光線兵器に落とされたという話が信じられない。
そんな高出力の衛星兵器は、国際条約で禁止されている。取り締まりも厳しいからあるわけない!!軍師ヒデ。君は日本人だろう?国際条約のことは知っているはずだ」
「だが実際にダメージを受けたのだ。嘘だと思うならこの船の側面に回って損傷個所をちゃんと見てくれ」
「なんでボクが獣人の船をちゃんと見なきゃいけないんだ!!」
獣人のくせに。獣人の分際で。そんな文句が言葉の裏に見える気がした。
ヒデは、シャンガイン二度目の襲撃前日の特番映像を思い出す。ターンはあの映像の裏側を知っているのではないか。ヒデは問いただす。
「あのBGMまみれの特番映像で、エトフォルテ人が日本語を話していたことをごまかしたのはヒーロー庁ではないか。天下英雄学院出身のあなたも、それにかかわったのではないのか」
「それは君が、軍師ヒデが日本語を教えたからだろう!!」
シャンガインと全く同じ反応。ためらいなく即答してきたところを見ると、ターンは映像の裏側を知らないらしい。
続けざまにターンが放った一言は、ヒデの冷静さを失わせた。
「そもそも、お茶の間に獣人の声なんて流せない。汚らわしい獣人が話す日本語なんてBGMで上塗りして当然!!聞く価値はないよ!!」
「当然、だと!?」
ヒデが日本語を教えたという指摘はある意味正しい。エトフォルテ人と初めて日本語で会話をしたのは、ほかならぬヒデ。だがそれは日本侵略のためではない。初めてエトフォルテと出会ったあの日、日本語でスレイたちと語った時間が脳裏によぎる。自分の夢を応援してくれた、スレイたちの声を。
「みんなの声を汚らわしいだと!?…よくも!!」
ぬけぬけと自分の正しさだけを主張して。ヒデは仮面の内側で自分の肌の温度が怒りで上昇していくのを感じる。怒りにまかせて腰に吊り下げた指揮刀に手をかけようとして、止められた。
「待てよヒデ!」
タイガに指揮刀を押さえられて、ヒデはハッとする。
敵を揺さぶって隙を誘うつもりが、逆に揺さぶられてしまった。不甲斐ない。
自分に特殊能力はない。ドラクローたちのようにヒーローたちと渡り合う腕力もない。悔しいことだが、指揮刀で斬りかかって勝てる相手ではない。相手はカードで様々な武器やサポートビーストを召喚するヒーローだ。
カードで。
タイガに止められたことで、ヒデはいったん冷静になった。そして、試射会に用意した新兵器を思い出す。
相手がカードを使うなら、ミハラたちが背負っているこの新兵器が使える。
タイガもヒデと同じことを考えたらしい。小声でヒデに呟いた。
「やつの手の内はヒーロー大図鑑で見た。いい機会だ。兄貴たちのためにも、実戦テストしちゃおうぜ」
「…そうしちゃおう」
口調を変えて返事をすると、タイガが仮面の内側で小さく笑う。互いに冷静な気持ちを取り戻した。
ヒデはターンに向き直った。
「マスカレイダー・ターンよ。エトフォルテは日本語で対話を求めていた。それを一方的に攻撃して、殺したのはシャンガイン。指示を出したのはヒーロー庁。彼らを擁護しこちらを攻撃するなら、我々は害敵必討の掟に従い、お前を生かして帰さない」
「君たちが勝手に落ちてきてシャンガインを殺したんじゃないか!ここは地球人の星だぞ!地球の、いや、日本のヒーローに従わないというなら、僕は戦う!!」
ターンもシャンガインと同じだ。ヒーロー庁に盲目的に従い、自分の戦う姿を格好良く見せることしか考えていない。ターンはヒデたちの前でファイティングポーズをとり始める。
怒りに突き動かされるのではなく、徹底的に冷静に、相手に揺さぶられずに策を練り、実行しろ。今度こそ軍師を演じきれ。
この場を新兵器で乗り切るために軍師として必要な台詞は、これだ。
「そうか。なら、ご自慢の切り札を“すべて”見せてもらおう!!」
ターンはヒデの挑発に乗った。
「いいだろう!!ボクも出し惜しみはしない!!」
ターンが左腕に装着されたカードケースのカバーを外す。中にカードがたっぷり入っているのが見える。ターンは素早くカードを何枚か引き抜いた。ヒデの言葉につられて、ケースは開きっぱなしのまま。
「今だ!!」
タイガがミハラたちを促す。ミハラたちは新兵器を構え、引き金を引いた。
「風撃砲(ふうげきほう)、くらえッ!!!」
背中に背負った圧縮空気タンクの中身が、チューブを伝って銃口から一気に放たれる。この銃はその名のごとく、タンク内の空気を突風に変えて攻撃する銃だ。突風の速度は、計算上は大人が瞬時にひっくり返るほど強力に設定してある。
突風を浴びたターンは盛大にしりもちをついた。はずみで手にしたカードが落ちる。さらに左腕のカードケースを甲板にぶつけたらストッパーが外れたらしく、収納されていた残りのカードがどさっ、とこぼれ出た。それらが風撃砲による強風に巻き込まれ、宙を舞う。
「あ、あ!!」
ターンはエトフォルテそっちのけで、宙に舞うカードを追いかけ始めた。ミハラたちはさらに風撃砲を放ち、カードを大きく舞い上げる。
撮影船でスタッフが操作するドローンには、空を舞う無数のカードを滑稽な動きで追いかけるマスカレイダー・ターンが丸映しになっていた。サポートビーストのターングリフォンは指示がないから棒立ち。
スタッフたちは画面の様子に再び呆然。
「こんな攻撃初めて見た…」
「馬鹿じゃないのターン!?馬鹿じゃないの!?」
チーフもまた頭を抱える。
「ターン、何をやってるんだ!!カードじゃなくて敵を見ろ!!」
エトフォルテの獣人たちが、ターンの背後からさらに風撃砲を発射しカードを吹き飛ばす。3分足らずで、ターンの切り札をすべて海上へと吹き散らしてしまった。
ドローンに映し出されたターンが、情けない悲鳴を上げる。
『ボ、ボクの切り札が~!?』
今度は船外にいたスタッフが悲鳴を上げた。
「チーフ!!やばい!!鳥獣人が!!」
船外の様子を見るために船室を飛び出したチーフ。すでに遅かった。
撮影船は鳥獣人6名に包囲されている。鴉のような鳥獣人の少年は、スタッフたちに宣告した。
「いいか!!オレたちの言うことを聞けば攻撃しない!!」
操舵室にはまだ仲間がいる。いちかばちか船を急発進させれば逃げられるか?
操舵室を振り返ると、仲間たちが銃を突き付けられたかのように両手を挙げている。
まさか、すでに中に敵が入ったのか!?チーフの考えに応えるように、五間が泣き叫んで船内から飛び出してきた。
「チーフ~!!見えない女が、透明人間が操舵室に入ってきて!!勝手に船を動かしたら攻撃すると~!!」
「おのれ!!」
拳を握って操舵室をにらみつけても、透明人間の姿は見えない。真っ青になった仲間だけ。空飛ぶ鳥獣人に空手は通じない。
撮影船は、ターンも知らぬところで静かに白旗を上げた。
風撃砲のおかげでターンが技もサポートビーストも出せなくなり、ドラクローと力の部の団員達たちは安心して甲板に出ることができた。
カードが消え去った海上を見つめるターンを尻目に、ドラクローはヒデに話しかける。
「さすがだ、ヒデ。すべてお前の言うとおりになった」
「いえ。技の部の皆さんが、短期間で風撃砲を完成させたおかげです」
ドラクローの称賛に、ヒデはそう答える。
木曜日の会議終盤。ヒデはこう提案していた。
『ヒーローの中には、カードや小さなアクセサリーを使うものがいる。それらが使えなければ強力な技は使えない。強風で全部飛ばすというのはどうでしょう』
タイガが真っ先に賛成した。
『強風を出す武器か。空気を強く吹き付けて船体を掃除する道具ならある。それを流用すれば作るの簡単そうだな。早速やっちゃおう』
案の定というか、想像以上にターンの弱体化はすさまじかった。変身こそ解けていないが、もう戦う気力がみじんも感じられない。
「ひ、卑怯な軍師だどこまでも!変形中に攻撃する上に、カードを使わせないようにするなんて!獣人だけに野蛮で卑怯な戦術を使う!!正々堂々と戦え!!」
何が野蛮だ。何が正々堂々だ。聞いてあきれる。ヒデは淡々と言った。
「私にとっての正々堂々は、エトフォルテの仲間を安全に勝利に導くこと。殺傷力の高い技を真正面から受けることではない」
焦った相手の心をさらに焦らせるには、こうやって淡々と接するに限る。
ターンは地団駄を踏んで悔しがった。
「くっそおおお!!こうなったらターングリフォンの力を見せてやる!!やれっ!!」
子犬のようにおとなしくしていたターングリフォン。ついに雄たけびを上げた。
「キュオオオオオオオ!!!」
負けじと雄たけびを張り上げるハッカイ。
「うるせえッ!!」
間髪入れずにジャンヌが、威蔵が、ハッカイたちがターングリフォンに襲い掛かる。
全長3メートル近いサポートビーストは、決して弱くはないだろう。だが、サポートビーストはターンがカードを使えないと大技が出せない。しかも、相手は徹底的に素早く敵を全力で仕留めることを心掛けているエトフォルテ。
エトフォルテがターングリフォンを殺すのは、レギオン・シャンガインほど難しくなかった。毒槍が、日本刀が、鎖鉄球が、そしてほかの団員の武器が次々命中し、決着がつくまで5分もかからなかった。
「…うそお」
最後の頼みの相方が、あっさり殺されるのを見て呆然と呟くマスカレイダー・ターン。エトフォルテ側に死者はおらず、ダメージはかすり傷程度。
ドラクローが拳を構える。
「さて。ここに乗り込んだ以上、覚悟はあるはずだよな。薄っぺらなカードの力に頼らず、自分の力でかかってこい」
「………」
ターンがついにだんまりを決め込む。直後、頭をぶるるる、と小刻みに揺らし、やがてゆっくりとこぶしを握ってファイティングポーズ。
ヒデは、ターンの雰囲気が変わったのを感じた。ターンから感情の揺らぎが、消えたような。もうカードを失ったことを気にするそぶりを微塵も見せない。
ここは海上。背後は海。文字通り背水の陣で、闘志を燃やしたつもりか?
その様子にふん、と鼻を鳴らし、ドラクローは怒鳴った。
「そうだ。戦士としての魂が少しでもあるなら、自分の体でかかってこい!!ドラァ!!」
こうして始まったターンとドラクローの殴り合いだが、決着はあっさりついてターンは死体になった。
カードが使えないターンは、間違いなくゾックやゴウトよりも弱かった。
甲板上で警戒態勢をとりつつ、ムーコやまきなたち心の部の団員が負傷者の手当てを始める。かすり傷とは言え、未知の改造生物と戦ったのだ。毒などを受けていないか、傷を調べつつ治療している。幸いすぐに、毒などはないと判明した。
撮影協力船はアルとカーライルたちが制圧し、エトフォルテに曳航してくる。船が来るのを待つ間、甲板上でエトフォルテの皆は今日の戦果を語り合っていた。
ヒーローにあっさり勝った。やっぱりヒデの戦術はすごい、と。
だが、ヒデは自分がすごいとは思わない。風撃砲を作ったタイガたち技の部の勝利だと思っている。
何より、ターンがシャンガイン以上に間抜けだったからだ。自走砲の真正面で変形シーンを見せずに攻撃を仕掛けていたら、あるいはターングリフォンとともにすぐに攻撃を仕掛けていたら、甲板にいたヒデたちは大打撃を受けていたはず。
みんなで語りあっているうちに、ミハラがぽつりと言った。
「なぜターンと戦っていた悪の組織は、今までこの戦法をしなかったの?
変形中のロボを攻撃すれば一撃。風撃砲でなくても、カードを盗む、燃やす。やり方はいくらでもあったのにね」
「言われてみれば。僕じゃなくても誰かが先に思いつきそうなものです」
ヒデがそう返すと、皆が首を傾げる。なんで誰も思いつかなかった、と。
呆れ気味に口を開いたのは、威蔵。
「なんにせよ、武器防具は使いやすくあるべきだ。カードを入れないと技も武器も使えないシステムなど、一瞬の判断が生死を分ける戦場では非効率極まりない」
「ま、TVアニメとかでならロマンはあるけど。ロボットの変形シーンも」
孝洋が苦笑いすると、エトフォルテの面々が口々に言った。ロマン見せても敵に負ければどうしようもない、と。
マティウスもきっぱり言った。
「人は、ロマンのいけにえじゃないの。現実の武器や防具は、使用者が効率良く、素早く簡単に、そして安全に使えるようなものでないとね。ロマンは後からついてくればいい」
マティウスの言葉、とくに『ロマンのいけにえ』には、妙に力がこもっているようにヒデは感じた。
この日以降、技の部の方針
「あるものを 活かして護ろう エトフォルテ」
に、さらにもう一つの方針が加わった。
「やめましょう ロマンのいけにえ 見栄っ張り」