エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第29話 サンデーファイト理論

 
 ドラクローたちがエトフォルテ内部で種まきをしている頃。
 甲板上では新兵器試射会の準備が進められていた。
 参加者は日本人のヒデと孝洋、マティウス。エトフォルテからはタイガ、ミハラ、ハーゼに、さらに技の部の団員7人を加えた全13人。
 タイガがヒデたちに今日の予定を説明する。
 「今日はまず、機動兵器向けの貫徹弾ほか3種を試し撃ち。最後は、ヒーローと直接やりあうときのための新兵器のテストだ」
 タイガの指示に従い、ヒデたちは台車に砲弾や新兵器を載せ、決められた場所に置いていく。砲弾は自走砲後部にある装填部に、技の部の説明を聞きながら装填した。
 軍師として、戦いにおける知識はひととおり覚えておかなくてはならない。ヒデは仲間たちに見てもらいながら、些細なことでも率先して手伝うことにしていた。
 ハイパーシャンガイオーと同サイズのロボへの攻撃手段はないが、それより二回りほど小さい機動兵器(最近ではマスカレイダーやフェアリンも機動兵器、つまり飛行メカや人型ロボに乗ることがある)への対策も必要。ということで、タイガとマティウスらが木曜日の会議の後、砲弾3種ほか新兵器の試作品を作り、今日試射会をすることになった。
 総団長のドラクローは試射会に出ようとしていたが、ヒデとタイガが止めた。
 「総団長の俺が、新兵器の場に立ち会ったほうが良くないか」
 「地球に来てから、ドラさんずっと働きづめです。たまには戦い以外のことも。新兵器はまだテスト段階。次回立ち会っても大丈夫です」 
 「まあまあ兄貴。子供たちと一緒に種まきして息抜きしなよ。俺たち技の部は新兵器をいじるのが息抜きになるからさ」

 
 試し撃ち用の貫徹弾をセットし、一休み。みんなでお茶を飲むことにした。
 今日のエトフォルテの周囲には、薄い黄色の光を放つ光学防壁(シドル)が展開されている。木曜以降も修理を続けた光学防壁は、ついに周囲をぐるりとドーム型に展開できるようになった。まだ修理が終わったばかりなので、様子見のため強度は最高出力の4割程度ではある。
 出力を下げて展開すると、空気も風も防壁内部で光学防壁の外側と同様に通う。ここで作業していると普通に地元にいるみたいだあ、と孝洋は笑っていた。ヒデの地元も海沿いなので、海風にはなじみがあった。
 今日は比較的風が穏やかで、春の日差しも心地いい。麦茶に似たエトフォルテのお茶がぴったりな天気だ。今頃はドラクローや威蔵たちも種まき会の合間にお茶を飲んでいるかもしれない。
 種まきの指導をする威蔵はうまくやれるか気にして自分に相談しに来たけれど、ヒデはきっとうまくやれると信じていた。農家から指導を受けていたというし、子供のことを考えて威蔵なりにいろいろ準備をしていたようだ。
 だからヒデは、
 『子供が一番気にするのは苦味や辛味。そういう野菜ではない、甘くて菓子にも使える野菜ならそういうものだ、とはっきり言うように』  
 『自分が食べてみて、その野菜をどう食べたら美味しいかを、本の受け売りではなく自分の言葉でわかりやすく伝えろ。何事も勉強だと思い、本気で考え抜いて言え』
 とアドバイスした。これはヒデ自身が近所の子供に料理のことを教えるとき、蕎麦屋の大将から教わったことだ。大将もかつては師匠に当たる人からそう教わったという。

 さて、甲板上は新兵器の試射会ということで、休憩中の話題も自然と戦いのことになる。孝洋が言った。
 「ヒデさんはマジで戦い慣れてるというか、スゲー冷静だよなあ。元料理人とは思えない。そういう勉強でもしてきたのかい?」
 「そんなところです」
 ヒデはそう言って、意味ありげに笑ってみせた。
 「えー。もっと詳しく聞きたいなあ」
 「軍師権限で秘密です」
 詳しく話したら昔の友達のことを説明することになる。エトフォルテの戦いと直接関係ない人については話さないと決めていたので、孝洋やタイガたちにせがまれたけどヒデは話さなかった。


 そんな中、ヒデは中学時代に所属していた映画研究部を思い出す。
 撮影のない日に親友の和彦は家から映画を持ってきて、部室で『バトル映像勉強会』なるものを開いていた。両親が映像制作会社に勤めていたこともあり、和彦の家には大量の映画コレクションがあった。アクション。サスペンス。ホラー。時代劇。要はバトルシーンがある映画の素敵なシーンや戦術を徹底的に語り映画作りに活かそう!という勉強会だ。
 和彦は、主役の振る舞い以上に敵役の振る舞いをいかに良く見せるか?にこだわっていた。だから勉強会で学ぶのは敵役の戦い方、ホラーにおける抹殺トラップのギミックなどが多かった。
 『ヒデ、お前が敵役ならどう戦う?』
 和彦は毎回部員に必ず『自分が敵役なら(あるいは主人公なら)どう戦う?』と聞いた。
 『自分事として武器を扱い、知恵を巡らせ罠を張り、殺意をたぎらせてぶつけ合う!!自分事として戦い方を考えれば、それだけ本気で役に入り込める。映像の中に感情のうねりが生まれる。そのうねりを相手にぶつけて揺さぶり合う。それこそがドラマ!!』
 和彦は単なる知識と口先だけの映画マニアではない。アクションのイロハを学ぶために町の格闘技道場に通い、さらに剣舞を主とする日本舞踊教室で刀や槍の扱い方を勉強していた。和彦は映画の中の戦いを、すでに自分事としてとらえていたのだ。彼は映画以外の知識も人並み以上に持っていた。
 『たくさんの映画やTVドラマ。新聞、ラジオ、本。映画作り・役作りのネタはいろんなところにある。いいと思ったものはどんどん取り入れていこうぜ』
 そんな彼の姿勢にヒデたちは感化され、映画作りにのめりこんでいった。

 やがてヒデは中学を卒業し蕎麦屋に就職。当然、和彦の映画作りから離れた。
 だが、二十歳を迎えて酒が飲めるようになると、再び和彦から誘われた。
 「バトル映像勉強会、俺の家でやるからヒデも来ない?」
 地元に就職した同級生や映画好きの知り合いを自宅に集めて、和彦は『バトル映像勉強会』と言う名の飲み会を月に3、4回は開催した。料理の勉強もかねて、ヒデは和彦の家の台所を借りておつまみを作った。おつまみはいつでも好評だった。
 映画を見ながらみんなで酒を飲みおつまみを食べ、戦い方のいいところ、悪いところを語り合う。時にはその応用を考えたり。そして、いいと思ったネタを和彦は参加者の許可を得てノートに記録していった
 『俺は、世界中の人間に血沸き肉躍る映画を見せる監督になる!!だから、みんなのネタはいつか必ず使うぜ』
 和彦は高校在学中にいくつも映画コンクールに入賞していたし、映画作りにおける情熱は本物だった。彼の将来性はとても現実味があったので、皆飲み会のたびに盛り上がった。
 和彦の飲み会につき合うのは、中学時代が思い出されて懐かしく、いい気分転換になったものだ。エトフォルテの戦いに本気で臨めたのは、間違いなくこのバトル映像勉強会のおかげだとヒデは思う。
 いずれエトフォルテがアメリカに着いたら、和彦はどこかの海岸から人込みをかき分けて、エトフォルテを見にくるかもしれない。ここでヒデが軍師をしていると知ったら、彼はなんて言うだろう。
 『うらやましいぞヒデ!!俺も仲間に入れろ!!宇宙獣人特製の砲弾を俺にも触らせろ、ほおずりさせろ!!おおう、この感触こそドラマだ!!』
 なんて言うに違いない。いや、絶対に言う。喜び勇んでエトフォルテにはせ参じるだろう。
 親友を危険な目に合わせたくないから、口が裂けても声はかけられないけど。


 ヒデが昔を思い出す一方、仲間たちの会話はこんな話題になった。
 「なんで日本は日曜日になると、ヒーローと悪の組織の戦いが激化するんだ?」
 エトフォルテ人がおかしく思うのだから、当然日本人だっておかしく思う。
 ヒデも本当のところはわからないが、理由のひとつはTVなどで聞いたことがある。マティウスが詳しく解説してくれた。
 「悪人であれヒーローであれ、心が強い日本人は日曜日が近づくと闘争心が強くなるという理論がある。日本の心理学者が提唱した、通称サンデーファイト理論。闘争心は日曜日に最高潮を迎えると言われてるわ」
 タイガが首をかしげる。
 「ほかの国の人は違うのか?」
 ヒデは答えた。
 「違うみたいですね」
 外国のことは詳しくないが、和彦の留学先アメリカのことはそれなりに知っていた。アメリカでもヒーローと悪党の戦いはそれなりに起きるが、日曜日に頻発することはないという。サンデーファイト理論は、日本人特有の問題なのかもしれない。
 すると、タイガが首を傾げた。
 「でも、それじゃ心の強いヒデたちは日曜日が近づくと乱暴者、ってことにならないか?オレにはヒデたちが乱暴とは思えないけど」
 そうだな、とエトフォルテ人たちは首を縦に振る。ヒデ自身の心の強さはともかく、この理論で行くとヒーロー・悪人に限らず日曜日が近づくと心の強そうな日本人は良く言えば好戦的、悪く言えば乱暴者ということになる。
 でも、ヒデの身近にいた心の強そうな人たちは日曜日も普通だった。当然、土曜日も金曜日も。和彦は毎日血沸き肉踊らせて映画のことを考え、ときには厳しい演技指導もしたけど、他人に暴力を振るったりはしなかった。
 孝洋が話に乗ってきた。
 「海外や異世界の悪の組織が日本に来ることもある。最初こそ日曜以外で暴れるけど、いつの間にかみんな日曜日に暴れだすように見えるよ。どういう理屈なんだろうなあ」
 「日本の空気を吸ってると、そうなってしまうのかもな」
 兎族のハーゼが呟くと、牛族のミハラがおどけて続けた。
 「日本の空気には変なものでも混じってたりして」
 エトフォルテ人は皆ぎょっとした。話題を振ったハーゼとミハラもぎょっとしている。
 エトフォルテもこのまま日本近海で空気を吸っていたら、日曜日が近づくたびに乱暴者になってしまうのか。ヒーローたちのように。冗談じゃないよ、と言わんばかりの不安げな表情を浮かべて。
 このままではまずいことになる、とヒデは焦った。だが、自分には『そんなことはない』とはっきり否定できる知識がない。困った事態を招いたこの国の日曜日とサンデーファイト理論が恨めしい。

 不安が漂う中、待ってよ先輩たち、とタイガが叫ぶ。
 「オレたちよりはるかに長く日本で暮らしてるヒデたちは、ちっとも乱暴じゃないぜ。サンデーファイト理論がみんなに当てはまるわけじゃない証明だよ」
 「じゃあ、缶詰工場の話はどうなるの?異世界の悪党の気持ちが変わるなら、私たちだって、ということになる」
 「そうだ!その辺はどうなるんだよ」
 「それは…わかんないけどさ」
 ミハラたちに突っ込まれたタイガは、頭をかいてから、言った。
 「スレイ先輩の受け売りだけど、オレたちが確固たる魂をもって、日曜日もそうじゃない日も、みんなのために頑張って戦えばいいんだと思う。だってオレも先輩たちも、エトフォルテ好きだろ。ヒデたちのことも、信じてるだろ」
 当たり前だ、と声が上がる。タイガはさらに続けた。
 「だったらそれでいいんだよ、きっと。
 十二兵団の掟にもあるだろ。『十二兵団員たるもの、兵団のため、住民のため、互いに助け合い、全力を尽くすべし』って。
 自分の魂は自分だけのものじゃない。みんなとともにある。ヒデがオレたちを助けてくれたように、オレたちはヒデたちを助ける。その信頼関係、魂は簡単に揺らがない。そうだろ?
 オレたちの魂や信頼関係は、日曜日の空気とヘンテコ心理学に負けるほどやわじゃないはずだ。魂が迷ったときは、良かったことを思い出して、これから起きるいいことのために頑張ろうよ。自分のために、みんなのために、さ」
 おお、とヒデたちは声を上げていた。得体のしれないこの国の日曜日と奇妙な心理学に惑わされないという、タイガのキリリとした決意表明に感銘を受けたのだ。
 孝洋は拍手をしていた。
 「タイガ団長いいこと言うなあ。俺、見習いたいと思ったよお」
 ちょっと大げさな身振り手振りと語尾が伸びる話し方は、父親である工場長にそっくりだ。
 タイガは一転、照れ照れ笑った。
 「え、そう?照れちゃうなあ~」
 尻尾をくねらせて嬉しそうにしている。キリリ、と決めていたさっきまでの雰囲気が台無しだ。
 「団長調子に乗りすぎ~。でーもー、そんなあなたの尻尾踊りが好き~」
 マティウスが歌うように茶化すと、あ、オレまたやっちまった!とタイガは苦笑い。タイガなりにお調子者な部分と尻尾踊りは気にしているらしい。その様子にヒデたちもつられて笑った。
 試射会の現場は、春風とみんなの笑いに包まれていた。


 同じころ。
 千葉県沖からエトフォルテ墜落地点にむかって航行する、二つの機体があった。
 ひとつは、撮影機材とスタッフを載せた撮影会社『ハイランドスコープ社』の大型クルーザー。
 もう一つは、大型バス3,4台分の大きさに相当する、亀とホバークラフトを足したような機動兵器。機動兵器は黄色と紫に彩られ、穏やかな海上でその姿はあまりに異質だった。
 クルーザーの中では、10人の乗組員たちが撮影機材の調整をしつつ、船を動かしていた。
 「チーフ。俺たち大丈夫っすかね。エトフォルテの攻撃が当たらなければいいけど」
 スタッフの一人、深沢(ふかざわ)が現在地点を確認し、不安な声を上げる。
 たくましい体つきのチーフ・高島 加集(たかしま かしゅう)は明るく笑って言った。この道20年以上のベテランだ。
 「シャンガインが砲台を全部壊したのは、みんなもTVで見ただろう。だから砲弾が飛んでくることはないはずだ」
 「でも、あの船の正面。主砲っぽいのそのままじゃないすか。それに…船なら魚雷くらい持ってるんじゃないすかね。バリア張ってるっぽいし…」
 細かいことを気にする深沢を、この会社のナンバー2にあたる倉木(くらき)が怒鳴りつける。
 「深沢ぁ。お前さあ、事なかれ主義言うなよな。チーフがどれだけ苦労してヒーロー庁からこの仕事もらってきたと思ってる!!3年ぶりだぞ!!嫌なら泳いで帰れ!!」
 「俺は、宇宙獣人たちが怖いから言っただけっす。みんなだって、捕まったり攻撃されたらと思うと怖いだろ」
 するとこの中で一番年若いスタッフ・五間(いつま)が、ブツブツと呟き始める。
 「つ、捕まったら拷問されたり、薬を盛られたり、え、えらい目に合うに違いない。意志を、あ、あるいは遺伝子を奪われて…。ば、化け物にされるかもおお!!!」
 ある意味主砲や魚雷より生々しい、ホラー映画のごとき予想図。耐えられないという表情で、倉木はこの若手スタッフを黙らせた。
 「お前それ以上言うんじゃねえ!!ホラー映画の見過ぎだ!!」
 喧嘩腰の言葉が飛び交う船内で、チーフはスタッフたちをなだめた。
 「不安になるのは当然だ。だが、心配するな。いざとなったら俺が体を張って皆を逃がしてやる。俺は空手二段だ」
 「ヒーロー殺した宇宙獣人に、空手は効きますかね……」
 「獣人どもが血を流していたのは、皆もTVで見ただろう。血が出る相手なら倒せるさ。かつて空手の達人は熊や牛をなぎ倒したという。宇宙獣人、どんと来い!あ、できれば一人ずつな」
 再び明るく笑うチーフ。それにつられて、スタッフたちはぎこちなく笑った。
 どう頑張っても、緊張感は残ってしまった。ヒーローの戦いに撮影業者が同行することは、それだけ危険なことだった。


 最近はヒーローが自前のスマホを使ったり、ヒーロー庁がヒーロー個人にドローンを貸与することもあるから、撮影業者に戦地撮影が回ってくることは少ない。
 ハイランドスコープ社は、社長でもある高島と社員合わせて10名の、男だらけの小さな会社。戦地撮影で利益を上げ、このクルーザーを手に入れたほどである。しかし家庭用カメラやスマホの高機能化で戦地撮影以外の仕事も少なくなってしまい、今の経営はあまり良くない。経営に余裕を持たせるため戦地撮影を受注できないか、何度もヒーロー庁に頼み込んでいた。
 とうとう手にした3年ぶりの戦地撮影は、シャンガインを皆殺しにした宇宙獣人の船エトフォルテにギリギリまで近づいて撮影しろ、というものだった。前金もそれなりにもらったから文句を言わずに社員総出で引き受けたわけだが、正直大変な仕事を引き受けてしまったとチーフ・高島もスタッフたちも思っている。

 そんな緊張感の漂う撮影船に、場違いなほど明るい男性の声で通信が入る。
 『カメラマンさんたち。ドローンの準備はできた?』 
 チーフが笑顔を取り繕って、モニター付きの通信機に近寄る。モニターの向こうには機動兵器と同じく黄色と紫に彩られた、鋭角的なアーマーをまとうヒーローがいた。
 「マスカレイダー・ターン。撮影用ドローンの準備はもう少しで終わります。そちらの準備は?」
 マスカレイダー・ターン。シャンガイン達と同じく、天下英雄学院出身のソロ活動ヒーローで18歳の男性。素顔はやや幼く、アイドル歌手でも通用しそうな容姿と声をしていた。
 『ご心配なく。ボクは勝利の切り札だからね』
 そう言って、ターンは左腕に装着された籠手を操作した。独特の効果音とともに、カードを引き抜く。カードには、神話に出てきそうなモンスターが描かれている。
 『今日の戦いのために、ヒーロー庁が新たにサポートビーストを10体追加してくれたんだ。宇宙獣人がどんな手を使おうと、こっちには頼れるサポートビーストを15体も召喚できる。連中がカメラマンさんたちを襲う前に、ケリをつけてみせるよ』
 ターンはカードの力を解放することで、ヒーロー庁が作り出したサポートビーストを瞬時に召喚できる。カードゲームアニメさながらのヒーローだ。
 「今日は日曜日の前日の土曜日ですが、闘争心はいかがです?」
 『日本の危機を守るためなら、ボクの心はいつだって日曜日さ。つまり、いつでも勝利の切り札ってこと!!』
 「いい心構えです。俺たち撮影船はここで待機してドローンを射出します。油断せずに気をつけて」
 チーフはモニターに向かって敬礼した。ターンも敬礼する。
 『わかってると思うけど、このハナフダッシャーの変形シーンとカードの装填アクションは外せないからきちんと映すように。ボクがドリルでバリアを突き破ったら、ドローンを突っ込ませてね』
 それだけ言うと、ターンは自身が乗る機動兵器ハナフダッシャーをさらに加速させて、エトフォルテに突っ込んでいった。


 それをモニターで見届けて、撮影ドローンを次々と射出するスタッフたち。
 ドローンを操作をしながら深沢が呟く。
 「あいつ、緊張感ゼロっすね。同じ学校のシャンガイン殺されてるのに」
 映画マニアの五間が、こう返した。
 「天下英雄学院では、特殊なカウンセリングがヒーロー候補生にされてるって」
 「ふーん。じゃああの余裕はカウンセリングの賜物か」
 「いつでもポジティブ・自然体。うらやましい」
 スタッフ同士の会話を聞いたチーフ。複雑な表情を浮かべた。
 「ターンはまだ20歳にもなっていないのに。そんなに心を変えられるようなカウンセリングを受けて、大丈夫なのか?」
 「さあ。俺たちが考えても仕方ない問題っす。黙って撮影して帰りましょう」
 「そうだな」
 ため息をついたチーフは、船内でドローンから届く映像の確認を始めた。
 「ヒーローがらみの問題は、俺たちにはどうにもできないことなんだ」
 

 そして、エトフォルテ。
 高速接近してくる機動兵器を知り、緊急反撃体勢がとられた。
 技の部の団員がカメラから見た映像とヒーロー大図鑑の情報を照合し、やってきたのはマスカレイダー・ターンと機動兵器ハナフダッシャーであると確認。甲板にいたヒデたちはその通信を聞くとすぐ仮面をかぶり、孝洋たち8人が自走砲に乗り込む。自走砲に乗り込まないヒデ、タイガ、マティウス、ミハラたちは、甲板上の防護壁裏に退避した。
 こちらが光学防壁の強度を上げるより早く、ハナフダッシャーは機体先端からミサイルを放ち、機体先端を開いてドリルを展開。ミサイルを浴びせた光学防壁に突っ込んできた。
 武装していない撮影船はいったん放置し、ハナフダッシャーへの攻撃を指示するヒデ。光学防壁を強引に突き破って侵入した機動兵器に、すぐさま魚雷が放たれる。
 だがハナフダッシャーは小回りを活かし、魚雷をよけて真正面から突っ込んできた。
 そして、
 『…飛んだッ!?』 
 技の部の団員が通信機の向こうで叫ぶ。

 防護壁裏にいるヒデたちからも、空中に大きく跳ね上がったハナフダッシャーが見えた。黄色と紫に彩られた機械仕掛けの亀、といったフォルムが、ヒデの視界にくっきりと映る。
 機械仕掛けの亀は滞空し、ゆっくりと体を割って変形を始める。ヒデは変形するハナフダッシャーを見つめつつ、ヒーロー大図鑑の内容を瞬時に思い出した。
 マスカレイダー・ターンはレギオン・シャンガインと同時期に登場したソロ活動のヒーロー。シャンガインのページをめくると自然に目に入るから、詳細はいやでも頭に入る。カードの力で強力な技を放ち、サポートビーストを瞬時に召喚して戦うヒーロー。そして彼の駆る水陸両用の高速機動兵器ハナフダッシャーには、人型ロボへの変形機構があると書いてあった。
 実際に自分たちの真正面で変形を始めるハナフダッシャー。この変形が終わったら、やつは甲板に着地して大暴れする。待つ理由がなかった。変形中のロボには無敵時間が発生している。だから敵も攻撃しない、といううわさもあった。しかし、シャンガイオーを壊せた以上絶対に壊せると、ヒデには確信があった。
 自走砲には試験用の砲弾が装填済み。自走砲に乗り込んだ孝洋が通信を入れてくる。
 『これ攻撃しちゃってもいいよな!!団長、ヒデさん!!』
 タイガがヒデに目配せする。
 「ヒデ、攻撃しちゃおうぜ!この距離なら試験用でも砲弾の威力は落ちない!!」
 みんなにつられて、ヒデは軍師らしからぬ口調になる。
 「全機、攻撃しちゃってください!」
 甲板に設置した自走砲群が照準を合わせるために動き出す。ハナフダッシャーの変形は7割ほど終わったようで、人間で言えば胸と腹に当たる部分に装甲が覆いかぶさる直前だった。
 8台の自走砲が一斉に火を噴く。
 放たれた砲弾は試験用に飛距離を押さえているが、この距離なら十分当たる。
 空中で無防備に滞空していたハナフダッシャーに、試作品の貫徹弾が容赦なく命中していく。むき出しの胸と腹に直撃したのは、明らかに効果抜群だったらしい。被弾箇所に貫徹弾がめり込み、次いで盛大に火花が噴き出す。
 ハナフダッシャーは変形途中で空中制御を失い、真っ逆さまに海に落ちていった。


 展開した撮影用ドローンで一部始終を見届ける、ハイランドスコープ社の男たち。
 「は、はじめて見た…。変形中に攻撃してきた敵…」
 「砲台、壊したんじゃなかったのか?」
 スタッフたちは呆然。チーフは頭を抱えて嘆いた。
 「だから気をつけろって言ったのに!!」


 変形失敗したハナフダッシャーの墜落音は、ヒデたちにも届いていた。
 『機動兵器ハナフダッシャー、完全に水没しました』
 技の部の団員から通信機で墜落報告を甲板上で聞いたヒデは、呟く。
 「変形中のロボを攻撃するとこうなるのか」
 タイガが目を丸くする。
 「誰も今まで攻撃したことなかったの?変形中のロボを」
 ヒデ以上にヒーロー活動に詳しいマティウスも、見たことはなかったという。変形中のロボには無敵時間が発生しているといううわさがあった、とヒデが説明すると、マティウスも頷いた。
 「あったわね。そんなうわさ。私が知る限り、無敵機能のあるロボはないけど」
 ミハラ、大きなため息。
 「そんなうわさを信じて、悪の組織は律儀に待ってたの?私達みたいにやっちゃえばよかったのに」
 やっちゃってたら日本は征服されて、僕らは多分出会えてないですよ。
 ヒデは指摘しようかと思ったが、やめた。
 技の部の団員が新たな緊急通信を入れてきたからだ。
 『ハナフダッシャー墜落地点から、何かが飛び出してきます!!』


 

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