そして、午後1時。
雨上がりの採掘場宿舎前に、久見月巴は連行された。夢叶統子と素薔薇椎奈率いる大勢の監督官、彼らに従うブロン派の騎士に囲まれ、問い詰められた。
問い詰められた巴は、精一杯平静を保って言う
「私は……っ!!王女様たちのことなんか、知らない!!」
椎奈が鼻で笑う。
「ばれっばれよ。それだけ声が震えてればね」
駄目だった。
巴はごまかすのをあきらめ、尋ねる。
「なんで私が王女様につくと……」
答えたのは、ユメカムを指揮するご令嬢の統子。
「昨日の夜。ブロン王からうちの本社に連絡が入ったの。明日、つまり今日王女が採掘場を攻める。しかもエトフォルテと手を組んだらしい、とも」
昨夜の時点で、襲撃計画がどこかで漏れていたのか。
巴は漏らしていない。いったいどこで漏れた!?
統子に、こちらの心を見透かされた。
「どこで情報が漏れたか?って顔ね。ブロン王だって馬鹿じゃない。独自の情報網を持っているのよ。ま、詳細は私たちも教えてもらえなかったけど」
自分のスマートウォッチと、軍師ヒデが使ったタブレットの通信記録を読まれたかも、と思った。が、もしそうなら統子が“ブロンの情報網”なんて言う必要はない。記録は筒抜けだった、と自分を追い詰める事実をストレートに言えばそれで済む。
まさか、と巴は思い、焦りで体が火照る。嫌な汗が背筋を流れた。
王女様たちの側に、ブロンのスパイがいる!そうでなければこの状況に説明がつかない!
こちらの焦りをよそに、椎奈が小ばかにした口調で言う。
「王女の襲撃を警戒してあなたを置いたけど。そのせいで採掘のペースが落ちるから、正直困ってたの。監督官から毎日報告もらってたんだ。あなたが作業員をかばってゆっくり作業させるから、採掘のペースが落ちて困る、って。しかも王女と組むなんて」
巴の焦りは、怒りで吹っ飛んだ。
「私が来る前の採掘のさせ方がおかしいんだ!!日本人の農家や採掘経験のない騎士に、無理やり採掘させて!!監督官は、逃げようとした人をいたぶって殺したとも聞いている!!」
巴はもう、泣きたかった。何もかも信じられなかった。
この4年間でわが身に起きたことも。
採掘場で起きたことも。
統子と椎奈の態度も。
統子たちの悪行に、自分が関わってしまったことも。
巴が吐き出した言葉は、涙声になっていた。
「なんで同じ人間に、こんなことができる?強制労働させて、殺して……」
椎奈は、巴の問いかけ自体が信じられないらしい。
「同じ人間?私と統子は、ヒーローじゃない人間は人間じゃないと思ってるよ。いうなれば、モブね」
「も、モブ……?」
「アニメや漫画にあるでしょ。名前も顔もはっきりしない、どうでもいい脇役。そういう連中は、黙ってヒーローに拍手を送って支えていればいい。言うことを聞けないなら、殺したっていい」
そして椎奈は、さらりと言う。
「モブに人格はない。てか、モブに人格を見出すとか、どうかしてない、巴?」
まるで『害虫に殺虫剤を撒いて何が悪いの?』と言わんばかりの表情であった。
椎奈の言葉に、統子が続く。
「私と椎奈はね。幼稚園のころからずっと夢見てたのよ。政治家の娘と大企業の娘。国を変えられる立場に生まれたからには、力をもって二人で日本を変えたいって。いつかヒーローになる力を手にしたなら、立場を利用して日本を変えてやる。モブどもを導いてやるって。そこに、魔王に襲われて日本近海に転移した異世界の人を保護した。その人は力を持っていた。だったら、我がものにしてモブを導いてやるのは、当然でしょ?」
わがものにしたくなるのは、当然。
巴は、統子の言葉にぞっとした。
「そんな気持ちで、神器を持って日本に逃げ延びたアミルさんを保護したと!?」
「ちゃんとクリスティアを助けて復興支援もしてるから、義理は果たしてるわよ」
「だからって、クリスティアを乱開発していい理由にはならない!!」
「乱開発の許可を出したのはブロン王。私たちが勝手にやってるわけじゃない。この採掘だって、ブロン王は認めている。王様が私たちの、いや、日本政府の復興支援を認めているんだから、何をしたって問題ない」
もはや正気の沙汰ではない。巴はこらえきれず叫ぶ。
「……じゃあ採掘場の様子を、何も知らない日本人に見せられる!?動画サイトにでも載せたら、日本政府もユメカムもただじゃすまない!!異世界の人を守る国際法があるのを、知っているくせに!!」
統子が言う。
「巴。見せたらあなただってただではすまない。私たちと一緒に活動したんだから。ユメカムを裏切れば違約金だって発生するんだよ?払える?それに、慈善家で有名な両親が傷つくよ?」
巴は言葉に詰まる。こうなった以上、まともな手段で両親が全く傷つかない状況にするのは、不可能だ。
再び口を開く統子。
「じゃ、こうしよっか。私たちがこれから言うことを聞けば、違約金をチャラにしてあげる。フェアリンやめて、普通の格闘家目指していいよ」
椎奈が驚く。
「いいの、統子?」
「巴に、私たちのことを世間にバラす度胸はない。誰だって、自分は可愛いし傷つきたくないもの。私達みたいに可愛ければ、なおさら」
「……何をしろって言うの」
「ここで起きていることを、誰にもばらさないこと。そして、今から私たちと一緒に、この近くに潜伏している王女たちを攻撃するのよ」
統子が、恐ろしいほどナチュラルな微笑みを浮かべて言う。
「言っとくけど。巴。自分がここで変身して戦えばどうにかなる、なんて思わないほうがいい」
その言葉に応えるように、ふもとのほうから銃声や爆音が聞こえてくる。椎奈がふもとのほうを見やって、言う。
「王女の仲間が昨夜ガネットを占領したけど、ブロン王は制圧するための部隊を送ったわ。そう遠くないうちに、ガネットは全滅ね」
椎奈の口ぶりは、『明日の天気は晴れね』くらいの、きわめて軽いもの。
巴の心はどんどん追い詰められていく。人の命が奪われる状況を、ここまで軽くとらえられる二人の態度が信じられなかった。
さらに追い打ちをかけるように、統子が言う。
「今日、私たちがここに来たもう一つの理由はね。フェアリン用の機動兵器とマークⅡ(ツー)の戦闘テストのためでもある」
統子の指示で、監督官がヘリから降ろした二つの物体を覆う布を外す。
出てきたのは、まるで花のつぼみを象って作られた鋼細工のような機動兵器。大きさは3メートル近くある。統子がスマホを操作すると、鋼細工が割れて変形し、人間を収納するためのスペースと、ジェットエンジンのような飛行装置が現れる。
「機動兵器フィオーレ。グレイトフル・フェアリン専用の搭乗型機動兵器よ。」
一方はピンク。一方はレッドで塗装され、統子と椎奈の変身後のメインカラーに似せてある。二人の専用装備というわけだ。フィオーレは、すぐつぼみ型の待機状態に戻された。
そして、ヘリで新たにやってきた30人近い監督官たちのスマートウォッチが、新バージョンの『マークⅡ』だという。
「全体の出力向上と変身機能付きのスマートウォッチ、マークⅡよ」
新たな監督官たちが、ウォッチを操作する。
すると、激しい効果音と光に包まれ、監督官たちの姿が変わった。光沢感のある全身スーツの各部にアーマーをあてがった姿は、5人編成のカラフルなヒーロー『レギオン』に近い。
目まぐるしい展開に、巴はこう言うのがやっとだった。
「いつの間に、こんな強力なものを……」
統子が言う。
「ティアンジェルストーン複製計画の初代担当、掘徒(ほると)を復帰させて作らせた。て言っても、巴は掘徒のことは直接知らないよね。試験装着員を死なせた掘徒は謹慎処分にしたんだけど、ほかに開発できるやつがいないから復帰させたのよ」
監督官のウォッチは、ティアンジェルストーンの複製品から派生して出来たもの。巴は複製計画にタッチしなかったが、話は聞いていた。掘徒がつけた機能のせいで装着員が死に、外部から呼んだマティウスという人にユメカムが責任をかぶせたことも、マティウスが逃げ出したことも。
「今日、掘徒はヘリの中でデータ収集を行うわ。実戦テストのデータを」
監督官が、宿舎から作業員を20人ほど連行してきた。
全員、髪の色が赤や青とカラフル。クリスティア人だ。ブロン派の騎士が、クリスティア騎士の使う剣や槍を持ってきた。
統子が言う。
「騎士たちを相手に、マークⅡが実戦テストをする。ついでに、この採掘場の周囲にいるであろうリルラピス王女とエトフォルテもまとめて相手にする」
そして、高らかに笑った。
「エトフォルテを倒せば、ユメカムの評判はさらに上がる。ヒーロー庁にも天下英雄党にもできなかったことを、今日私たちは成し遂げる。私と椎奈の夢は、今日ここで一気に叶って咲き誇る!!」
椎奈が、にっこりと笑って言う。
「巴。我慢しないほうがいい。自分と家族が傷つくだけなんだからさ。利口になろう。違約金チャラにするから、こっちの言うこと聞きなよ。用が済んだら、あとで普通の生活に戻してあげる。私たちが、あなたの夢と家族を守ってあげるよ」
巴は、迷った。
「私は……!!」
統子と椎奈の言うことを聞いて、苦しみ傷つく人たちを無視し、王女とエトフォルテを倒せば、普通の生活に戻れる。格闘技をやれる。
でもそれは、統子と椎奈に屈服することでもある。一生、自分は二人に頭を下げて生きていくのだ。
一方、エトフォルテと王女様はどうだ。
彼らは巴に、協力を頼みこそすれ服従を求めなかった。巴の味方になる、と言って、信じてくれた。対等の立場で接してくれた。
それに、軍師ヒデの言葉。
『統子と椎奈が、ドーピング検査からすべてを仕切っていた可能性がある』
4年前の忌まわしいあの時から、自分の人生は二人の敷いたレールの上を転がっていたのかもしれない。
今ここで馬鹿正直に
「私の検査に細工をしたのか」
と聞いても、きっと二人は答えない。そもそも巴は、おしゃべりが得意ではない。得意な駆け引きは格闘技の場でしか本領を発揮しない
私の本領。両親が教えてくれた久見月流柔術における駆け引き。
柔術、ひいては格闘技は、他人を傷つける以上に自分が傷つく覚悟をもたなければ、できない。そして、いざというとき大切な人を守るために使うものだ。
そして格闘技における駆け引きで勝つためには、常に揺るがない「己」を持て。巴は両親から、ずっとそう教わってきた。
おしゃべりによる駆け引きでは、もうどうにもならない。
こうなったら、己の根幹をなす柔術で勝負だ!!
巴は、覚悟を決めた。
震える拳を握り、統子と椎奈に言い放つ。
「私は、傷ついてもいい!!これ以上作業員が傷つくのは見たくない!!あなたたちを止めて、両親に詫びる!!たとえ、死んでも!!」
覚悟に呼応して。ティアンジェルストーンが輝き、巴の全身を覆う。ブルーを基調とした魔法少女風の戦闘装束をまとい、巴はフェアリン・マイティに変身した。
統子と椎奈が、やれやれ、と言いたげに首を振り、残忍な笑みを浮かべた。
「やるよ、椎奈!!私たちの夢は、だれにも止められない!!」
「行こう、統子!!」
そして、二人も変身した。
統子はピンクを基調にしたフェアリン・ジーニアスに。椎奈はレッドを基調にしたフェアリン・エクセレンに。二人の顔つきと体つきは、変身前より若干幼くなっている。
統子ことジーニアスが、笑いながら言う。
「早速実戦テストだ。作業員たち、魔術武装使っていいよ。マークⅡ相手にどこまで生きていられるか、試してみるといい」
椎奈ことエクセレンも笑顔だ。
「そして巴。あなたは私が始末してあげる。たった一人でユメカムに逆らった愚かさを、後悔しながら死になよ!!」
今や採掘場は、ユメカム絶対優勢の雰囲気に包まれている。
巴にとっては絶望的な状況に、突如割って入った声がある。
『いいえ。巴は一人ではありません』
どこからともなく、少女の声。
そして、
「ぐあああ!?」
直後、監督官の悲鳴が上がる。初期のスマートウォッチ、いうなればマークⅠを装備した、変身機能を持たない監督官だ。
マークⅠもマークⅡも、装備中は常に不可視の防御膜アブゾーバーを展開している。その膜を突き破り、光の刃は監督官のビジネススーツの左胸を背後から貫いていた。血しぶきが光とともに飛び散る。
エクセレン、狼狽。
「誰!?」
周囲の風景を微妙に揺らしながら、人型のそれが巴の前に止まる。ステルス機能を解除し現れたのは、人間の体にロボット風の武装パーツやヘルメットを取り付けた、いわゆるメカ少女的な外見の金髪少女。
「エトフォルテ所属。自律思考型戦闘用機動人形(バトルアイドール)アルファ。久見月巴を援護します」
思わぬ増援に舌打ちするも、ジーニアスが強気に言い返す。
「味方が一人増えたくらいで!!ここにはロボだって巡回して…って、動いてない!?なんで!?」
「あなたたちのロボは、コンピューターウィルスで行動不能にしました」
アルが続ける。
「そして、私もまた一人ではありません」
ブロン派の騎士の体に、突如矢が突き刺さる。
ただの矢ではない。風の魔術で発射速度と貫通力を高めた魔術弓から放たれる矢だ。
ぐにゃり、と空間が歪み、宿舎の屋根の上に弓を構えた男たちが現れる。リルラピスの近衛騎士、ウィリアム・ナースノーと、仲間の弓術士3人が。
ウィリアムが叫ぶ。普段の眠たげな印象から一転、聞く者の鼓膜に鋭く突き刺さる大きな声音で。
「我々はリルラピス王女による採掘場解放部隊だ!採掘場は、我々がすでに包囲している。この強制労働を指揮したお前たちを、絶対に生かしてはおかぬ。手向かう者には死んでもらう!!」
マイティはこの光景に、涙が出た。
「ウィリアムさん!!私を助けに……!?」
「アレックスは君を信じていた。君は信頼にこたえた。だから助ける!!」
ウィリアムの言葉に、マイティは胸の奥が熱くなるのを感じる。
ドラクロー団長とリルラピス王女は、自分たちは味方だ、と言った。
彼らは約束を守った。ならば自分は、作業員たちを全力で守る!!
マイティは決然と、エクセレンに向かっていく。
決戦の火ぶたは、切って落とされた。
巴が駆け出すのを見計らい、ウィリアムは小さく呟く。
「すまない。実はちょっと疑ってた」