エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第63話 採掘場解放戦~消されてたまるか~

 今、孝洋はエトフォルテから支給された仮面をかぶり、クリスティア王国北部の採掘場そばにある街ガネットで狙撃銃を構えている。
 つい1か月ほど前まで、銃なんか持ったこともなかった。人を殺すことなんか考えたこともなかった。
 だけど、今は銃を撃たなきゃ守れない。だから孝洋はためらわずに銃を取った。大切な人の教えに背くと分かっていても。
 大切な人。サッカーの先生で、玉を前向きに飛ばすことを教えてくれた、カルロス。


 小学二年生のころ。学校からみんなで帰る途中、孝洋は友達に言われた。
 「お前ん家(ち)の工場にいるカルロスって人、昔兵隊だったらしいよ」
 孝洋はそんなこと、知らない。
 当時カルロスは東海林(しょうじ)水産加工に住み込みで働く、唯一の外国人だった。南米出身の53歳。けがが原因で長時間の作業ができず、工場の軽作業を主にやっていた。
 友達は言った。
 「お前、兵隊からサッカー教わってるんだって?大丈夫かよ。変なこと、教わってない?」
 「シュートを前向きに、狙いを絞ってゴールに入れるやり方とかを教わっているだけだよ」
 「信じられないなあ。兵隊は銃を撃つんだろ。怖くないの?」
 「カルロスは銃を撃ったりなんかしないよ」
 むしろ銃を持って実際に撃っているのは、この国のヒーローだ。ヒーローが銃を撃つ姿は、TVでしょっちゅう流れている。
 孝洋は言った。
 「ヒーローだって、怪物をやっつけるのに銃を使うだろ。銃を撃つヒーローは怖くなくて、銃を持ってないカルロスは怖いの?」
 友達は首をかしげる。
 「言われてみれば。でも、兵隊の銃とヒーローの銃だったら、兵隊のほうが怖いよ」
 「なんでヒーローの銃は怖くないの?」
 孝洋の問いかけに、別の友達が言う。
 「兵隊の銃は鉛玉でヘルシーじゃない。ヒーローの銃は光線でヘルシーだから、みんなに愛されるって、TVで偉い人が言ってた」
 孝洋は思う。健康的でみんなに愛される銃、って何なんだ。
 誰が何を撃とうと、銃は銃じゃないか。
 小学二年生たちはちっとも理解できず、結局
 『孝洋の家のカルロスはちょっと怖くない?』
 『銃がヘルシーとかいう偉い人ってバカみたい』
 ということで、話は終わった。


 この頃。孝洋は缶詰と動物人間が大好きな小学二年生。天気のいい日は学校から帰って宿題を終えると、自宅兼工場の敷地に作られたパイプ製のサッカーゴールを使い、カルロスからサッカーの指導を受けていた。サッカーの後は動物人間が出てくるアニメを見て、晩御飯を工場のみんなと食べた。
 当時の地元、鯖ヶ岳(さばがたけ)には、小学生向けのサッカークラブがなかった。いろいろあって無くなったそうだが、詳しい理由は知らない。
 孝洋はシュートを狙い通りに蹴る練習だけでなく、ドリブルもパスも一通りカルロスから教わった。前向きな感情をこめてボールを飛ばす技術。どんなに疲れていても集中力を切らさないための呼吸法。漫画のようにすごいテクニックの数々を。カルロスはこの街で唯一、サッカーに関する高い技術と指導力を持っていた、と言っても過言ではない。
 同級生の話を、孝洋はカルロスに聞いた。
 「昔は兵隊で、銃を撃っていたって本当?」
 カルロスが頷く。
 「本当だ。オレの国の偉い人が、乱暴でいじわるな人でね。オレはその人にサッカー選手としての才能を認めてもらった。でも、どうしても許せないことがあった。守りたい人たちもいた。だからサッカーをやめて銃をとって、戦ったんだ」
 「銃を撃つのは、悪いことでしょ?」
 学校の授業やTVでも言っている。暴力で物事を解決するのは、銃を撃ち合うのは悪いことだ、と。
 カルロスはそのとおりだ、と言う。 
 「悪いことだ。本当は弾丸を飛ばして解決するより、サッカーボールを飛ばすほうが何倍も楽しくて幸せな世界なんだ。それでも俺は弾丸を飛ばさなきゃならなかった」
 「なんで?」
 カルロスは、寂しげに笑って言った。
 「弾丸でしか守れないものがあったんだよ」
 小学二年生の孝洋は、寂しげな笑いのうちにあるものを理解できなかった。
 「よくわかんない」
 「わからなくていい。孝洋には、銃とは無縁の世界で成長してほしい。サッカーボールを追いかけて、美味しい缶詰を作る人になってほしい。そのほうが、きっと絶対幸せだから」


 後から思えば、小学二年生ゆえの遠慮のなさだった。
 孝洋は祖父(先代の工場長)に、思ったことをそのまま聞いた。
 「どうしてカルロスを雇っているの?よその国の兵隊で、銃を撃っていたのに」
 祖父が教えてくれた。
 「孝洋が生まれる前。カルロスは身体を張って俺と沖定(おきさだ)を守ってくれた。俺たちは命を救われた。その礼で、俺がカルロスを雇ったんだ」
 沖定、とは孝洋の父だ
 「でも、兵隊でしょ?銃を撃つのは悪い人でしょ?」
 「昔兵隊だったとか銃を撃ったとか、そういうのは関係ない。カルロスはねえ、俺たちの恩人、友達。わかるか?それに、あいつはただの兵隊じゃない。革命闘士なんだよ」
 小学二年生には、重要な部分がわからない。
 「かくめいとうし?」
 「誰かのために国を変える。そのために頑張る人のこと。カルロスはねえ、普通に生きてる人のために頑張って、いじわるな偉い野郎と戦ったんだよ。いろいろあってけがをして、日本に来るしかなくなっちゃったけどさあ。とにかく孝洋。カルロスが兵隊をやっていたからって、嫌うのは駄目だ。あいつが沖定を助けてくれなきゃ、お前は生まれていない。誰かの笑顔のために歯を食いしばって戦う人もいる、ってことを覚えておけ」


 翌年。夏休みの宿題で読書感想文を書くことになった。
 ゆるマスコットや動物人間が好きな孝洋は、その年出たばかりの新刊を本屋で買った。ゆるマスコット風の動物人間イラストをあしらった、彼好みの童話だ。
 それが『あにまるの街』との出会い。
 この本を読んだ時、孝洋はカルロスの、いや、革命闘士の胸の内を理解できた気がした。


 『あにまるの街』は、道名木未知(みちなき・みち)という作家が書いた物語。挿絵も作家本人が担当している。
 動物人間の世界に迷い込んだ主人公の少年が、とまどいながらも動物人間たちと交流を深め成長し、彼らを守るために戦い死ぬ、という話。最後の敵は、動物人間を敵とみなして彼らの世界に攻め込む人間の軍隊。主人公は人間世界との絶縁を宣告し、決死の覚悟で軍隊の指揮官と相討ちになり、物語は終わりを迎える。
 少年と動物人間たちの戦いが、痛みと熱を伴う形で描写された物語。ゆるさと温かみのある挿絵の絵柄と、血と暴力が飛び交う話は一見ミスマッチなようで、読めば読むほどくせになりベストマッチとなるのだ。
 主人公は、人間の世界に戻るか、動物人間の世界を守るか苦悩し、最終的に決断する。故郷を捨て、動物人間の側につくことを。
 そして、友となった動物人間に笑顔で告げるのだ。

 『信じたいのは、ともだちだ。ともだちを見捨てて生きるくらいなら、死んだほうがマシだ。ともだちのために、ぼくは銃をとる。ともに戦おう、あにまるの街よ』

 同じ世界の人間と戦う決断をした主人公の覚悟に、カルロスの寂し気な笑顔がダブって見えた。
 いつか自分も、困っている人のために身体を張れる人になりたい。そして動物人間と一緒に冒険がしたい。
 物語にハマり本気でそう思った。思いのままに読書感想文を書いたら、審査員特別賞をもらった。スポーツ以外で賞をもらったのは、これが最初で最後だった。
 「こんな話でお前が賞とるとはねえ……」
 父は賞状を見るたびにそう言っていた。孝洋の父はゆるマスコットやアニメに興味を示さなかったが、息子の受賞は嬉しかったようで折に触れて周囲に言っていた。
 「うちの息子は、優秀賞を取ったんだよお」
 と、賞を間違えて。
 

 困っている人のために頑張りたい。
 孝洋は小学生なりに、同級生たちにカルロスのことをわかってほしかった。仲良くしてほしかった。同級生と保護者たちは、例の『兵隊の話』を真に受けて、カルロスと孝洋を避けるようになっていった。
 孝洋は同級生たちに、カルロスは悪い人じゃない、素敵なサッカーの先生だ、と言い続けた。
 幸い、孝洋が四年生に進級するころ、同級生と保護者たちは理解してくれた。この年カルロスは、新たにできた街のサッカークラブのコーチを引き受け、子供たちにサッカーを教えるようになった。
 孝洋たちはどんどんうまくなり、やがて一緒に中学のサッカー部に入部。県大会でこれまでにない好成績を収めた。これがきっかけで、孝洋は県北にある高校にスカウトされた。元プロ選手が監督を務める、新進気鋭のサッカー部を有する水産高校だ。
 孝洋が水産高校に進学する直前、カルロスは日本を去った。
 いろいろあって離れたが、最期は故郷で死にたい。そう言っていた。このころ頻繁に体調を崩しがちだったカルロスは、己がもう長くないことを悟っていたようだ。
 「じゃあな、孝洋。立派な缶詰工場の工場長になれよ。銃なんか撃っちゃだめだぞ。ゲームやアニメの中だけにするんだぞ」
 カルロスは工場を去って行った。駅まで見送りに来た工場のみんなと鯖ヶ岳の人たちに、何度もありがとうと言いながら。


 カルロスの教えを胸に、孝洋は高校三年間を水産物加工とサッカーに明け暮れた。最後の大会を全国三位で締めくくり、東京の大学に進学した。今後の工場経営について学ぶためだ。
 大学で勉強しつつ、フォークリフトなどの運転資格を習得する傍ら、アルバイトを始めた。日本各地のゆるマスコットグッズを扱う店だ。缶詰工場に勤めていたおばさんのおかげで裁縫が得意だから、ぬいぐるみの修繕とかができるこのバイトは、理想的で楽しかった。
 バイトを始めてしばらく後。孝洋は仲良くなった同僚の女性、坂月(さかづき)に『あにまるの街』の話をした。坂月は手芸が得意で、ぬいぐるみ職人を目指す可愛らしい人。年は孝洋よりちょっと年上だ。
 ちょうどその時、孝洋と坂月は店の控室で昼食をとっていて二人きり。
 「ゆるマスコット風の絵柄とハードな話が絶妙に組み合わさって、面白い話だったんだよねえ」
 坂月が、おびえたような困り顔になる。
 「東海林君。『あにまるの街』の話は、東京ではしないほうがいいよ」
 「なんで?」
 坂月が声を潜めて言う。
 「『あにまるの街』、略して『あに街』、アニメになったのは知っている?」
 「知ってる。発刊から3,4年後だっけ。当時はめずらしいクラウドファンディングで資金集めて、DVDがネットで限定発売されたって」
 孝洋も買いたかったが、親がネット通販の予約合戦に負け、その後の抽選販売も漏れて買えなかった。アニメの出来栄えは原作者・道名木未知も大満足。原作続編も鋭意製作中!!……だったのだが、アニメ化の翌年。原作者は事故でこの世を去ってしまった。バイクにはねられたのだ。
 坂月は、とんでもない話を教えてくれた。


 「あのアニメ、最後主人公が獣人側について人間と戦うじゃない。天下英雄党の弩塔副総理、話の内容にキレちゃったんだ。あの人は家族を悪の組織に毛むくじゃらな改造人間にされちゃって、支持者ともども獣人嫌いだから」
 クラウドファンディングが話題になって、副総理は『あに街』原作を読んだ。そしてキレた。こんな話は許せない、と、ある機関誌にコラムを書いた。
 「副総理は議員になる前から、獣人を許せない、アニメやゲームに獣人を出すな、とことあるごとに言っていた。製作会社に声明文送ったりしてね」
 「なんかいやだな」
 「私だっていやだよ。『ビーストガール』とか『どうぶつハウス』の文句とか。家族を獣人にされたからって、普通言わないよ」
 前者は獣人少女が主役のアクションゲーム。後者は子供向けにして国民的人気を誇るほのぼのアニメ。『どうぶつハウス』は子供のころ孝洋も見ていたので知っている。
 副総理のコラムがきっかけで、最悪の事件が起きた、と坂月は言う。
 「コラムを読んだ支持者が、原作者の道名木先生を殺したの」
 孝洋は思わず叫んでしまった。
 「殺した!?」
 「しーっ!!声が大きい、抑えて!!」
 「だって、道名木先生は事故死って出版社の公式サイトで……」
 正直うわさの域を出ない話なんだけど、と前置きして、坂月は教えてくれた。
 「道名木先生は、私と同じ地元出身。私も『あに街』好きだから、先生の情報をいろいろ調べていた。地元で何人も目撃者がいたんだ。バイクに乗った犯人は歩道を歩いていた先生を、後ろからバイクで加速してはねたらしい」
 「ひ、ひどい!!」
 「問題はここから。犯人は副総理の熱烈な支持者で、獣人への文句を常日頃言ってる乱暴な人だった。警察に連行されるとき、『弩塔さんのためにやりました』とかわめいたんだって。これ、どうみても意図的、殺人でしょ?だけど……」
 「だけど?」
 「あとで公表された報道はこう。『先生が横断歩道を無理に横断して、結果普通に走っていたバイクにはねられた』。つまり事故。たまたまバイクに乗っていた人が副総理の熱烈な支持者だっただけで、殺意はない。要するに、目撃情報が捻じ曲げられたの」
 孝洋は絶句。坂月は話を続ける。
 「しかも、犯人は顔も名前も副総理の支持者だってことも公表されなかった。警察署でわめいたのを見たって人、いたのに。あとで地元のみんな、うわさしてた。天下英雄党やヒーロー庁が、警察や新聞社に圧力をかけて、情報を捻じ曲げてもみ消したと。副総理の支持者が作家を殺せば、国としても問題になる。たまたま事故で死なせたなら大丈夫だから、って」
 「圧力をかけた証拠はあったのかい?」
 「はっきりした証拠はない。怖くて確かめられないよ。でも、火のないところに煙はたたぬ、って言うでしょ。先生が亡くなって出版社とかが自主規制を始めたから、きっと私の地元でも圧力、あったんじゃないかって……」
 「自主規制?」
 「先生の死でみんな、天下英雄党とヒーロー庁が怖くなったんだと思う。アニメは評価高かったけど、DVDの追加生産が見送られた。原作本も本屋にはない。『あに街』はもう、この国から消えた存在。地方ならともかく、東京の図書館で『あに街』は撤去されて、もう置いてない。少なくとも図書館の話は、本当だよ」
 図書館の話は、知り合いで司書をしている人から聞き、坂月は実際に都内を巡って確かめたそう。
 中には、
 『あにまるの街は、都合により当館では扱っていません』
 と張り紙をした図書館もあったという。
 扱わない理由は簡単。ここ東京は、弩塔副総理の地元でもあり、天下英雄党とヒーロー庁の本拠地だからだ。
 「副総理、今はそれほどアニメとかへの文句は言わない。でも、支持者の中には乱暴な人が少なくないんだ。東海林君がバイトに入る前、うちの店に文句言いに来た支持者がいたよ。獣人風のゆるマスコットなんか消えちゃえー!!って叫ぶ人が」
 事の成り行きに、孝洋は青ざめた顔で言葉を失った。
 坂月は深いため息をつく。
 「獣人だから怖い、悪だ。物語もゲームも消えてしまえ。そう言っている人たちのほうが、私は怖くて悪に見える。でもこんなこと、ネットでもリアルでも絶対に言えない。とくに東京では。東海林君も、東京にいる間は『あに街』を話題にしないほうがいい。先生の死にまつわる話は確実な証拠がない『うわさレベル』だけど……。変に怒りっぽくて乱暴な支持者は、確実にいるから……」


 その後も大学に通い、バイトを続けた。坂月との仲も良かった。
 だが、『あに街禁句令』は、大きなよどみになって孝洋の胸の内に残り続けた。
 副総理の家庭事情には同情する。だからって『あに街』の原作者を嫌って、命も本も絶やす真似が許されるのか。支持者がやったとはいえ、副総理が言論弾圧を指示した挙句殺人をもみ消したも同然じゃないか。うわさレベル、と坂月は言ったけれど、彼女の人柄は理解している。坂月は安っぽい嘘で他人を貶める人じゃない。
 作家と作品を潰した副総理は、今日も大きな顔してTVに映っている。
 納得できなかった。許せなかった。でも、誰にも言えなかった。
 孝洋はイライラを募らせ、暇ができるとひとりでゲームセンターに行き、銃型コントローラー付のゲーム機の前に立った。ゾンビを撃って倒すシューティングゲームだ。
 たとえゲームでも、気持ちと弾丸は前向きに。サッカーをやめてずいぶん経った後でも、カルロスの教えは健在。襲い来るゾンビの攻撃をかいくぐり、何百何千という弾丸を叩き込む。
 ノーダメージクリアを20回以上しても、気持ちは晴れない。こんなので一矢報いた気にはなれなかった。それに将来缶詰工場を経営するとなれば、この国のルール、つまり天下英雄党とヒーロー庁には従わねばならない。
 孝洋は痛感した。自分はカルロスのような革命闘士にも、『あに街』の主人公にすらなれないまま生きていくのだ、と。


 そして実家でヒーローがらみの風評被害。
 孝洋は大学を中退し、バイト先と坂月に別れを告げ実家に戻り、エトフォルテに乗り込み今に至る。動物人間が実家の缶詰をもらってくれたことに、『あに街』のような運命を感じた。だからエトフォルテ行を決めた。
 家族や工場のみんなは応援してくれた。
 「カルロスみたいになるチャンスだぞ!」
 「エトフォルテ助けたら、この工場にもいいこと起きるかもしれねえ!!」
 ただ、孝洋はドラクローやヒデにも、そして家族にも『あに街禁句令』を話していない。腹は立つけどうわさレベルの話だし、エトフォルテの今とは直接関係ない。自分の怒りをぶちまけて、エトフォルテ人の怒りをあおるべきではない、と思った。怒りが経営判断を狂わせて取り返しのつかない過ちが……という事例を、大学の授業で学んでいたからだ。
 それに、日本政府のクリスティア王国復興支援を応援していた。バイト先で扱っていたユルリウス様のチャリティーTシャツは3着も買ったのだ。『あに街』とエトフォルテにしたことは許せないが、天下英雄党にもまともな人はいて、きちんと復興支援して困っている人を助けている、と信じていた。実際、政府やヒーロー関係者でもチャリティーTシャツを着ている人がいたから、弩塔副総理みたいな人ばかりじゃないと信じていた。
 信じた自分が馬鹿だった。
 クリスティアの現状を知った孝洋は、昨日泣きながら怒った。日本政府もユメカムも、まともな復興支援を信じた自分も許せなかった。
 そして、改めて確信した。
 日本のヒーローは、自分の気に食わないものを平気で消していく。
 宇宙人の命も。
 異世界人の命も。
 日本人の命も。
 誰かが頑張って紡いだ物語も。
 実家の缶詰工場が積み上げた歴史も。

 
 昨夜。基地占領後の作戦会議で、グランは敵の攻め方を予想した。
 「オウラムとトンネルでブロンは負けた。偽映像にもきっと気付いている。ガネット占領に気付けば、強力な遠距離攻撃用の重火器を大量に積んで、有無を言わせず攻めてくるだろう。こちらが策を実行する前に一網打尽。私がブロンの部下なら、絶対にそうする」
 グランの説明後、威蔵が言う。
 「敵が使うのは、おそらくバズーカ型のヒーロー武装だ」


 そして今。
 ガネットに攻めてきたブロン派の騎士たちは、予想通りこちらの停戦勧告を無視し問答無用でバズーカを撃ってきた。
 街を取り囲む防壁が、爆裂弾を浴び抉(えぐ)れて爆ぜる。
 先手を打たれたが、まだ敵は武器を全部出しきってはいない。あらかじめ準備していたこちらが有利だ。
 物見台に陣取る孝洋は狙撃銃を構える
 カルロスが今の自分を見たらきっと怒るだろうな、と思う。教えに背いたんだから。
 一方で、カルロスならわかってくれる。そんな気もしている。
 だから、孝洋は銃を手放さない。この場から逃げない。照準器をのぞき込み、狙いを定め、呟く。
 「今は、弾丸(たま)を飛ばさなきゃ何も守れない!!消されるんだよカルロス!!」
 何もしなければみんな、ヒーローたちに消されてしまう。カルロスが銃を手にした理由が、今なら理解できる。
 「俺は消されない。誰も消させない。これ以上消されてたまるかってんだよおお!!」
 怒ると同時に、大切な人たちの顔を思い出す。怒り六割に優しさ四割を合わせ、深呼吸。静かに引き金を絞る。
 弾丸よ、前向きに飛べ。
 音速で放たれた弾丸は、まずブロン派の騎士を運んだ大型車両の給油口を直撃した。弾丸は分厚い装甲板を貫くほどの威力を持つ。この1か月でタイガやマティウスたちが開発した特別製の貫徹狙撃弾。
 貫徹狙撃弾は給油口を貫き、燃料を爆裂させた。
 孝洋は敵の重火器を封じるための切り込み隊長を任された。車と重火器に狙撃弾を浴びせて、移動と攻撃を一気に封じる。魔術弓より小さく高速で飛ぶ狙撃弾は、クリスティア人にとって未知の兵器。未知ゆえに効果は抜群だ。
 さらに孝洋は、バズーカの砲口に向かって撃つ。狙撃銃は連射可能なセミオートマチックで、連射性能だけならバズーカや魔術弓よりはるかに速い。
 銃弾はバズーカの内部で激しくはじけ飛ぶ。装てんされていた強力な爆裂弾は、衝撃で暴発。ブロン派の騎士たちが絶叫とともに爆散する。
 


 ガネット制圧にやってきたブロン派の騎士たちは、籠城しているリルラピス派の反撃に泡を食った。狙撃銃で次々と車両を射抜かれ、しかもバズーカまで壊された。
 狼狽する制圧部隊の隊長に、副官が進言する。
 「敵はこっちの武装を使わせないように徹底している。もう、バズーカを撃つのは無理です、隊長!!」
 炎上した車両からバズーカを取り出すのは不可能。取り出せても使えるかわからない。さらにガネットからは、弓兵が絶え間なく魔術弓で攻撃を仕掛けてくる。風の魔術で飛距離と貫通力を増した矢が、雨が上がったばかりの空から雨のように降り注ぐ。
 隊長は忌々しく歯ぎしりした。
 「車を潰された今、背を向けて逃げることもできぬ。かくなる上は、敵の門をぶち破り、中に入るしかあるまいよ!!」
 隊長たちは、光線銃と剣に二段変形するヒーロー武装を起動する。弓兵に向かい光線銃を乱射しながら、門に向かって全員で駆けていく。弓兵たちは光線を恐れてか、すぐに引っ込んでしまった。
 隊長たちは、勇ましい効果音を吹き鳴らすヒーロー武装で門をぶち破る。
 門の中では、リルラピス派の騎士が大挙して待ち構えて……いなかった。
 早々に撤退した弓兵たちと一緒に、基地の奥にいるのか?今まであんなに徹底して攻めていたのに?
 不審に思いながら、制圧部隊は4,5人の班を組み、街の中を探っていく。


 4人組で移動する部隊員たち。慎重に気配を探りながら街中を探る。
 二段変形ヒーロー武装を握る手が、緊張で震える。魔力に頼らず、強力で格好いいこいつを駆使すれば、古臭い魔術を使う騎士たちをあっさり倒せるはずなのに。完全に自分たちは後れを取っている。
 それでも、負けてなるものか。
 額の汗をぬぐい、周囲を探る部隊員たち。その足元に、スプレー缶が静かに転がってきた。
 今やクリスティア王国でも日本の化粧品などが流通し、スプレー缶も珍しくない。
 が、なぜ今転がってくる?
 直後、スプレー缶が爆発し、黒い煙が立ち込める。
 煙幕だ!!
 慌てて来た道を退き返すと、そこには見たこともない服を着て、仮面をかぶり、日本刀を握る男が立っている。
 敵だ!!
 狼狽しても、そこは騎士。ヒーロー武装を構えて日本刀男に斬りかかる。勇ましい効果音と光学兵器特有の光のエフェクトをまき散らして。
 日本刀男は素早く騎士の斬撃をかわし、目にもとまらぬ速さで刀を袈裟懸けに振った。
 ヒーロー武装に比べ、刀の風切る音はあまりにも小さくシンプル。とてもこちらを斬れるとは思えない。
 が、次の瞬間。
 最初に斬られた部隊員の体から、金属的な断裂音と生々しい破裂音が同時にあがり、真っ赤な桜吹雪のごとく血しぶきが舞う。
 斬られて虫の息と化した部隊員はわが身を見下ろし、袈裟懸(けさが)けに深々と斬り裂かれたと知る。不可視の防護膜アブゾーバーと金属鎧で体を包んでいたのに、光もしなけりゃ効果音もない日本刀に斬られた!同時に意識も、ふっつりと断ち切れた。
 日本刀男が言う。
 「閃血桜吹雪(せんけつさくらふぶき)。停戦勧告を無視したお前たちは、もう生かして帰さない。全員、斬り捨てさせてもらう」
 残る部隊員たちは、死に物狂いで武器を振り上げ、日本刀男こと義兼威蔵に立ち向かっていく。


 自分たちは敵陣に突入したのではない。誘い込まれたのだと制圧部隊長が悟った時には、遅かった。
 分散して様子を探ろうとした部隊員たちは、罠にはまってあちこちで立ち往生。ある者は罠として仕掛けられたヒーロー武装で命を落とし、ある者は容赦なくリルラピス派の騎士に襲われる。それでも、ヒーロー武装を手にした騎士たちは反抗を続け、敵に立ち向かう。
 今、部隊長率いる10人の前には、リルラピス王女についていった首都防衛騎士団のグラン・ディバイがいる。
 負けてなるものか。部隊長は、歯ぎしりした。
 「おのれグラン!!かつては首都防衛騎士団で、ともにブロン様を信じた身でありながら!!」
 グランの表情が、かすかに揺らぐ。
 部隊長は畳みかける。
 「ブロン様への尊敬の情が残っているなら、戻って来い!一生後悔するぞ。ブロン様と日本のヒーローにたてついたことを!」
 グランが、ゆっくり言う。
 「私が、武人としてのブロンを尊敬していたことは認める。だが今、王としてのブロンを認める気にはなれない!!自然を壊し、日本にこびへつらう男を、王とは認めない!!」
 グランが大剣を引き抜き、仲間たちも武器を構える。
 揺さぶり失敗だ。部隊長は地面に唾を吐き、ヒーロー武装を剣モードにして構えた。部下たちも続く。
 「後悔しても知らんぞ!!」
 グラン、決然と反論。
 「後悔はしない。リルラピス様についていくことを!!」
 騎士たちは、己の信念をかけてぶつかり合った。


 

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