「おい。今なんて言った」
ドラクローは深沢に詰め寄る。
『シャンガイン達とは全く関係ない』
『俺たち何も悪くない』
これらの言葉は、ドラクローの怒りに火をつけた。『残忍な獣人』という何度も繰り返されたフレーズも、深沢のような人間に言われると別の意味で頭に来た。そして尻尾に来た。
「ヒデから聞いた。この国はいつでもどこでもヒーローの都合が優先されると。ヒーローを格好良く撮影している裏で、何十人も人が死んでいるとも。お前ら、その現場にいるんだろ。何が関係ないだ!撮影してて恥ずかしいと思わねえのか!」
エトフォルテ人にとって尻尾は第三の手にして足であり、感情が顔の次に強く現れる部位である。ドラクローの太く強靭な尻尾は、怒りで床をバァン!とたたいていた。
深沢の顔から笑顔が消えた。真っ青になり震えながら答える。
「い、いつも俺たちが撮影に行くわけじゃない。ヒーロー庁がドローン支給して済ませることもあるし、ヒーローが自分のスマホで撮影することもある。てか、最近はそればっかりで戦地撮影は業者に回ってこないんだ」
そんな深沢を、サブリーダーの倉木もかばう。
「今日の仕事も、なんとかヒーロー庁から3年ぶりに受注できたんだ。こうやってまとまった収入を得ないと俺たちは生きていけない。人助けはヒーローや警察がすればいい。俺たちはカメラ回すので精いっぱいだ」
スタッフたちの申し開きにドラクローは内心呆れる。呆れはさらに怒りの火を燃やす油に変じた。
「ヒデはこうも言っていたぞ。
ヒーローに先駆けて現場に到着するのは『ケイサツ』や『ジエイタイ』だ。そいつらが人助けに命を懸けて、悪党の犠牲になっていると!」
「ひ、ヒーローが怪物を倒せば、それが人助けにもなるじゃないか!!」
「ヒーローが格好つける間に死ぬ人は仕方ないと!!」
ドラクローは、自分でも怒りを押さえられなくなっていた。尻尾で床をさらに乱暴に叩く。
「気に入らねえ。つくづく気に入らねえ。格好つけるだけの戦士を撮影して、応援して!!人助けしねえとは!!」
「ちょっとドラさん、落ち着いて…」
ヒデが止めに入るが、ドラクローの怒りは収まらない。
「止めるなヒデ!!ヒーロー庁と全面戦争はしたくねえ。だけど、こんなおかしな状況に加担しながら、ヒーローの側にいながら何もしないこいつらの態度が気に食わねえ!!この国のおかしさに文句の一つも言わずに側にいるってのが!!ヒーローの側で働いているやつらはみんなこうなのか!!許せねえ!!
人助けは宇宙の真理だろうが!!十二兵団なら撮影する前に助けに行くぞ!!お前もこいつらのしていること、許せるか!!お前が教えてくれたことだぞ!!」
ヒデの怒りにも火が付いたらしい。
「許せない。撮影に熱を上げて、怪我した子供を見殺しにした業者もいる。いい映像欲しさに自作自演で市民を傷つけた業者もいると聞いた」
仮面の男が冷たい声でにらみつけるさまは、スタッフたちをさらに怖がらせた。
「そ、その話は知ってるけど、別の会社だよおお!!」
撮影スタッフたちが泣きわめて縮みあがる中、唯一チーフだけがひるまない。
「だが、救助に入れば悪党に俺たちは殺される。距離をとって撮影しなければ、俺たちは生きていくための金を稼げない。戦えない俺たちに、悪党の前に出て死ねというのか」
チーフはドラクローとヒデをにらみ返して、続ける。ドラクローの尻尾が床をもう一度叩いても、チーフはひるまなかった。
「仲間の無礼な発言を、リーダーとして謝ろう。だが団長、軍師。お前たちの怒りは治まらないだろうな。俺をその尻尾で叩き殺したければ、殺せ。
だが、これだけははっきり言っておく。
俺たちは映像屋だ。映像を撮影して初めて仕事が成り立つ。その仕事で家族を、仲間を養わねばならない。その映像がこの国を支えるヒーローのものだったというだけ。
ヒーローのやり方、国に問題があるのもわかっている。だが、映像屋に文句を言う権限はない。上に文句を言ったら仕事が成り立たない。出しゃばって救助に入れば死ぬだけだ」
「上からの命令は絶対、ってやつかよ」
怒りを抑えられないドラクローに、ヒデが続く。
「情けない人だな」
二人に対し、皮肉っぽい笑みを浮かべたチーフ。
「お前たちだって、精神の上位に存在する掟や宇宙の真理に従っているのではないのか。団長、軍師。よく考えろ。自分より上位の存在に従うことは悪ではない。俺たちの行いは責められないはずだ」
このチーフ。隠し事をぶちまけたことで、修羅場をくぐったベテランの気持ちを取り戻したようだ、とドラクローは思う。
だが言いくるめられるわけにはいかない。ドラクローより早く、ヒデが反論していた。
「あなたの言葉にも一理ある。だが、巻き込まれた中に自分の知り合いや家族がいても、同じことを言えるのか」
ヒデの反論に、内心拳をぐっと握るドラクロー。いいぞヒデ。これにチーフは反論できまい。
するとチーフ、即答。
「言う」
ドラクローはぎょっとした。仮面をかぶったヒデも、恐らくその下の顔はぎょっとしていたに違いない。
チーフは静かに、そしてしっかりとした口調で続けた。
「仮に家族が巻き込まれたとしても、俺たちは黙って仕事をする。でなければこの国では生きていけない。
俺たちを冷血、情けない人と思うか?だが、みんな同じだろう。この国だけじゃない。何も失わずに利益を得る者なんて、夢物語の中にしかいない。
人は大なり小なり他人を傷つけながら、何かを失いながら生きている。お前たちだって、全く他人に迷惑をかけていない、迷惑をかけた人はゼロだ、と胸を張って言えるか?
これはいうなれば、ありとあらゆる社会の摂理だ。日本の場合、摂理をつかさどる最上位存在として天下英雄党とヒーロー庁、そして彼らに付き従うヒーローたちが君臨する。
俺たちは社会の摂理から逃れられない歯車だ。外れた歯車は、最上位存在によって捨てられるしかない。リサイクルの価値すら見出してもらえなくなる。かといって、ヒーローのようにふるまえば悪党にあっさり殺されてお終いだ。
俺は社会の摂理を外れて捨てられるのも、悪党に殺されるのも御免だ。会社と家族を守るために、そして金を得るために、俺はこれからも撮影を続ける。今と同じことを続けるしかない」
真剣な表情としっかりした口調で語るチーフに、ドラクローはいつしか耳を奪われていた。チーフの言葉を受け入れたくはなかったが、怒りで尻尾を叩きつける気にはならなかった。
チーフの話はさらに続く。
「この社会の摂理を仕方ないですませていいとは思わない。暴れまわる悪党を許容する気もない。でも、この国で生きていくためには、自分と大切な人を守るためには我慢せざるを得ない。この国の国民の大半は、そうしなければ生きていけない。お前たちは俺たちを情けない人と思うだろうが、本当に仕方ないんだ」
一息ついたチーフは、ヒデを、そしてドラクローを見つめ、再び口を開いた。
「こんな俺たちの生き方を責める権利。お前たちに本当にあるのか?
ある、と言って俺たちにエトフォルテの掟や宇宙の真理を押し付け責めるなら、それはお前たちの思い上がり。傲慢。
団長、軍師。お前たちの事情からすれば、俺たちが気に食わない気持ちも、尻尾で叩きたい気持ちもわかる。
だが、今のお前たちの言動は自分勝手な八つ当たりだ」
最期まで訳の分からない言葉とともにヒーロー庁を礼賛し、獣人への憎悪をめちゃくちゃに吐き出したシャンガインやターンとは違う。
チーフは、今の社会を良くないと思ったうえで自分の言葉を紡いでいる、とドラクローは感じる。
魂にずしり、と重みを与える言葉だ。正直、これまでのヒーローとの殴り合いで感じた衝撃以上の衝撃を、魂に受けた気分。チーフの話は、ドラクローとヒデから反論のための言葉を奪っていた。
何より、チーフの眼差し。ドラクローはそこに、チーフ自身の魂をこちらに本気でぶつける覚悟を見た。それはスレイをはじめ、十二兵団の先輩や長老たちが時折自分たちに見せた眼差しに似ていた。仲間に、後輩に、大切なことを伝えようとする時の、厳しくも暖かい眼差しだ。
腹立たしいが、このチーフには反論しても勝てない。きっとヒデも、同じように思っているのだろう。
一方のチーフ。ヒデとドラクローが黙って聞いているのを意外に思ったらしい。
すまなそうに笑ってから、言った。
「団長、軍師。人質の分際で説教こいて悪かったな。
俺は、お前たちの掟や宇宙の真理を否定しない。でもな。俺たちの国でお前たちの掟や宇宙の真理が通用しない難しさを、わかってほしかっただけだ」
ふう、と大きなため息をついて、ドラクローは答える。怒りを鎮め、仕切り直した。
「わからなくねえ。わからなくは」
だが、とドラクローは、続ける。ぎゅうっ、と両拳を握りしめ、落ち着きを保った口調で。
「俺たちはエトフォルテを傷つけた連中と、討伐指示を出したヒーロー庁を許せねえ。仲間の日本人を困らせてる社会の摂理ってやつも我慢ならねえ。この気持ちを間違いとは言わせねえよ」
「間違いじゃないさ。俺が日本社会の摂理と関係ない若い宇宙人に生まれていたら、同じことをきっと言って行動に移す」
自虐的に笑ったチーフに、ドラクローはこう返した。
「若さや生まれの問題でもない。魂の問題だと思う。
アンタたち日本人の大半は、エトフォルテを迷惑だと思ってるだろう。俺だって関係ない日本人にできるだけ迷惑をかけたくないよ。もう、かけてるけど。
それでも、大切な先輩や仲間をヒーローが殺して、仲間の日本人をひどい目に合わせた。だからヒーローが襲ってくれば戦うし、襲ってきた理由だって知りたい。そして仲間に迷惑かけてる社会の摂理ってやつが許せないんだよ。俺の魂は。
アンタたちの迷惑になるのは百も承知だ。それでも俺は、俺たちは戦う。今いる仲間のためにも、死んでいった仲間のためにも」
少し間をおいてから、ドラクローは言った。
「アンタたちにも事情があるのはわかった。俺たちみたいに戦えとは言わねえ。
けどチーフ。社会の摂理を本当は許せないんだろう。大切なもののために怒る魂を我慢するなよ」
大切な人を困らせているものがあれば、それを見過ごさずになんとかしてやりたい。そのために怒る気持ちを絶やしたくはない、とドラクローは思う。今更ながら、怒りすぎは駄目だけれど。
ドラクローの言葉を復唱するチーフ。
「大切な先輩。仲間。そして魂の問題。か」
ほかのスタッフたちも思うところがあるような表情を浮かべているが、言葉を選びかねているようで何も言わない。
しばしの間の後。自虐的な笑みを再び見せて、チーフは言った。
「許せないついでに、隠し事と説教をした俺を殺すか。
俺を殺すのは構わないが、仲間に手を出さないでくれ。さっきの隠し事は俺の判断で隠した。皆知らなかった」
スタッフたちは大きな悲鳴を上げた。チーフを殺さないで!と。
ドラクローは首を横に振り、ヒデに続きを促した。ヒデは口を開く。
「チーフ。あなたたちの船にシャンガインとターンの棺桶を載せる。遺体をヒーロー庁に返してもらえないか」
これこそが、チーフたちに話を聞いてもらった三つ目の目的。
チーフたちがエトフォルテの事情をわかってくれたら、遺体を持って帰ってもらおうとドラクローたちはあらかじめ話していたのだ。
棺桶、遺体という言葉に反応し、さらなる悲鳴を上げるスタッフたち。
「嫌だあ!!ヒーローの遺体を持って帰るなんて!!」
想像力たくましい五間は特に嫌がった。
「アンタら絶対遺体や棺桶に細工してるだろおお!!」
五間の想像力に、内心ドラクローは舌を巻く。防衛上必要とあれば、返す前に遺体か棺桶に細工はほどこすべきかも、と事前の話し合いでドラクローは決めていた。それを見破られた。もっとも今はまだ、遺体にも棺桶にも細工はしていない。
とにかく嫌だ、とスタッフたちは治まらない。当然の反応だ。逆の立場なら自分だって嫌がる。
それでも、ここに遺体を置きたくない。何より、説教に腹は立ったがチーフには信用できるものを感じたのだ。ドラクローはスタッフたちに頭を下げる。
「ほかに頼める相手がいない。アンタたちも嫌だろうが、仲間を大勢殺した連中の遺体を、俺たちはこの船に埋葬したくないんだ。頼む」
十二兵団の掟で、他国の戦士との戦が終わったら、敵の遺体は清めて棺桶に入れてからエトフォルテの墓地に埋葬するか、相手国に返すことになっている。だからシャンガインの遺体も清めて棺桶に入れたわけだが、ここまでエトフォルテを傷つけた連中の埋葬は絶対にしたくないと皆が言っている
ちなみに同志採用面接試験で爆殺した真名子伊織と爆弾制作プロの遺体は、皆で話した結果、
『悪党とわかっているから埋葬するのは嫌』
『悪の組織に遺体を返すのもどうか』
ということになり、掟破りになるが遺体は清めて棺桶に入れてから、シャンガインとの決戦前にチリ一つ残さず焼却した。真名子伊織のやばすぎる所持品も、爆弾制作プロの持ち込んだ爆弾パーツも一緒に。
嫌だ嫌だの大合唱の中、チーフが口を開く。
「わかった。持って帰る」
五間、再び悲鳴。
「チーフ!!こいつら絶対遺体や棺桶に細工してますよ!!ヒーロー庁に渡した後で問題がおきたら…」
「その時はヒーロー庁とエトフォルテの問題だ。俺たちには関係ない。返すときに細工があるかもしれないと言えば済む。
俺たちが止めたところで、団長と軍師は迷惑を覚悟の上で細工する。遅かれ早かれヒーロー庁は、新たなヒーローを送ってエトフォルテを攻撃するだろう。単に迎え撃つだけでは、エトフォルテは負けるからな」
「知ってて遺体を預かるんすか!?下手したら俺たち、ヒーロー庁に何されるか…」
反論する深沢らに、チーフはきっぱり言った。
「もし俺がエトフォルテと同じ立場なら、お前たちを守るために細工することをためらわない。何より棺桶を持って帰らなかったとなれば、ヒーロー庁はそれを責める」
これを聞いたスタッフたちは、押し黙った。
「もちろん不安はある。だが、ヒーロー庁はエトフォルテから唯一帰ってきた生き証人をやすやすと罰せまい。俺は絶対にお前たちを守ってやる」
そしてチーフは、ドラクローとヒデに視線を向けた。
「俺は遺体を返すとき、お前たちの事情もヒーロー庁に伝える。
同時に俺たちの身を護るために、
『ターンを倒すためにお前たちが何をしたか』。
『この船で何を見たか』。
そして『お前たちが遺体や棺桶に細工をしたかもしれない』。
この三点を言わせてもらう。そして俺はさっきの隠し事を、ヒーロー庁には言わない。その条件でよければ、遺体を預かって返す」
「チーフ。俺たちを信じてくれるのか?」
ドラクローの問いかけにチーフは信じる、と言い、そして謝った。
「さっきは隠し事をしてすまなかった。すれ違いざまに聞いた話で確信が持てなかったし、シャンガインと聞いたお前たちが怒りだして、暴力を振るうと思ったんだ。
そしてこの際言ってしまうが、団長。お前は俺にむかついて、説教の途中で俺を叩くと思っていた。それをしなかったお前は、きちんと人の話が聞けるやつだ。軍師もな。だから俺はエトフォルテを信じられる。ヒーロー庁の言う、残忍な獣人などではない」
「確かにむかついた。だが、考えさせられた。」
ドラクローはそう言って、深々と頭を下げた。
「俺たちのやり方を押し付けて、怒鳴って、脅して。すまなかった」
次いでヒデも頭を下げる。
二人の振る舞いに驚くスタッフたち。捕虜に頭を下げて謝る悪の組織なんて初めて見た、と何人かは呟き、呆気に取られている。
喚きまくった五間がすまなそうに謝った。
「俺も、あんたたちをバケモノみたいに言って、悪かったよ」
ヒデが肩をすくめる。
「エトフォルテが卵も寄生虫も遺伝子も、拷問もしないとわかってくれれば、それでいい」
撮影スタッフたちを収容所内の独居房に連行してから指令室に戻る道中、ヒデがドラクローに話しかけてきた。
「チーフの説教の『情けない人』は、エトフォルテに来る前の僕自身でした。それを責めたのは、僕の思い上がりだ」
「お前の怒りをあおったのは俺だ。本当にすまなかった」
「いや。本当は、この国のおかしいところを自分自身が早く口にして、行動に移すべきだった。ドラさんやスレイさんたちと会う前に」
冷静な状況分析と話術がヒデの強みなのに、怒りをあおって強みを潰したのはほかならぬ自分。心底すまなそうな顔をしているヒデ以上に、ドラクローは申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになっていた。
「そうしたら、ヒデは俺たちに会う前に死んでいたかもしれない」
チーフたちの口ぶりから、ヒーロー庁に敵とみなされた人間がどんな目に合うか、ドラクローにも想像できた。いや。ヒーロー庁がどれだけおかしいかは、ヒデたちとの話ですでにわかっていた。それを忘れてチーフたちを怒鳴りつけ、尻尾を叩きつけたのは、自分勝手な八つ当たり以外の何物でもない。
「そうですね。すみません」
「お前を責めてるんじゃない。俺は、マティウスにも博士にもアルにも、悪いことを言った。ヒーローの側で働いていたマティウスたちにも事情があったのに、みんなまとめて悪く言ってしまった」
チーフたちを責めた
『ヒーローの側で働いているやつらはみんなこうなのか!!』
という言葉は、実際にヒーローの側で働いていたマティウスとまきな、アルを傷つける言葉だったと、今更ながらドラクローは気が付いた。エトフォルテに協力してくれる彼らも、覚悟を決めてここに来てくれたのに。彼らの覚悟を傷つけてしまった。
時間を巻き戻せるならあの暴言を吐く直前に戻り、尻尾で己を叩いてやりたい。ついさっき怒りを叩きつけた尻尾は、後悔でしょんぼりとうなだれていた。
戻ってきた指令室内は、何とも言えない気まずい雰囲気が漂っている。当然だ。チーフたちとの一問一答は、指令室のモニターに中継されていたのだから。
ハッカイがしかめ面を浮かべて、言った。
「捕虜に説教されちまうとはな。ドラクロー、日本人」
「すみませんでした、ハッカイさん」
ヒデが頭を下げる。ヒデの怒りをあおったのは自分だ。ヒデに先に頭を下げさせてどうする。
「すまない、ハッカイ先輩。怒りを抑えられなかった俺が悪いんだ。だからヒデを責めないでくれ」
ドラクローも頭を下げた。
しばしの後。
「まあ、お前が最後に言ったことも間違いじゃない。日本人はチーフの隠し事を見抜いたしよ」
ぶっきらぼうだが、ハッカイの言葉からは労いの気持ちが感じられた。
だが、ドラクローの心から申し訳なさが消えることはない。次いでマティウスたちに頭を下げた。
「マティウスと博士、アルにもだ。俺、お前たちの立場を考えずに、ひどいことを言ってしまった。申し訳ない」
ドラクローは、マティウスたちに責められて嫌われるのも覚悟していた。
最初に口を開いたのは、マティウス。
「団長は今、私たちに謝った。それは私たちを大事に思う気持ちがあるから。私たちも同じ。仲間になって日は浅いけどエトフォルテのこと、私好きよ。
だからこのくらいで互いの信頼、魂はゆるがない。そうでしょ、まきちゃん?」
優しい口調でマティウスはまきなを促す。まきなは微笑んで、言った。
「そう。怒りに任せてつい言ってしまうこと、誰にでもあるわ。
嫌な気持ちにはなったけど、ドラクロー君のあの言葉は、私たちを嫌って言ったんじゃない。日本のヒーローたちの振る舞いが、社会の摂理が言わせてしまったことだとわかってる。
私たちの、お互いに信じて頼る気持ちは変わらない。だから謝るのはこれでお終いにして。ドラクロー君もヒデ君も、ね」
そしてアルが、ドラクローとヒデに手を差し伸べる。
「我々は、同志です。同志ゆえの衝突もある。衝突しても和解できるのが真の同志、友人。博士が教えてくれたことです。
ゆえに同志。私に和解の証、握手を。私はあなた達の手の温もりを記憶回路に刻んで、博士たちと共に前に進みたいのです」
顔を上げると、ぎこちないながらも優しく笑うアルがいた。
マティウスとまきな、アルの言葉は、ドラクローの魂に染み渡った。
そして誓った。彼らの言葉に恥じない振る舞いをしよう。絶対に彼らを守り抜くために戦おう、と。
ドラクローとヒデはアルの手を取る。手を握られたアルは、何故だかとても嬉しそうに見える。ドラクローたちも自然と微笑んでいた。
ドラクローは気を取り直して、皆に相談した。
「今後の事だが。俺とヒデはチーフを信じて、シャンガイン達の遺体を預けようと思う。防衛のために、なんらかの細工を施したうえで、だ。皆はどう思う?チーフを信じられるか?」
ほぼ同時に手を挙げたのは、技の部のリーゴとモルル。
「説教に少々腹は立ったが、没収した連中のカメラや通信機に、こちらの情報をヒーロー庁に送った形跡はなかった。悪だくみするやつではないと思う」
「彼はエトフォルテの事情を、馬鹿にせずきちんと聞いてくれました。信じましょう」
ついで、カーライル。苦笑いを浮かべていた。
「オレも信じる。あの喚きまくったやつはうるさくて、チーフ以上にむかついたけど」
タイガは『喚きまくったやつ』こと五間の話が気になっているらしい。
「卵と寄生虫、遺伝子しぼりってどんな拷問だよ。むかつきすぎて逆に知りたい。威蔵はわかるか?」
タイガに話題を振られた威蔵は、いつもの静かな口調で言った。
「体内に寄生虫や卵を埋め込むということだろう。ゲドーなどが手口として使った例はある。遺伝子しぼりはわからない」
ハッカイは鼻息荒く憤った。
「あの野郎!オレたちをどんだけ残忍だと思ってたんだ!」
いつの間にか話題はチーフの信用から、謎の拷問に変わってしまった。
ドラクローが口をはさむ前に、孝洋とヒデが話を戻してくれた。
「いやいや、みんな残忍じゃないのはわかってもらえたわけだし。問題はチーフを信じるかどうかだよ、ねえヒデさん。あ、俺は信じる。ああいうオッサンは信じたほうがいいと思うんだ」
「確かに。拷問はおいておきましょう」
ハッカイたちは拷問の中身を気にしていたようだが、チーフを信じる、と言ってくれた。
心の部のハウナ、ムーコ、ジャンヌも答える。
「説教は偉そうだったけど、獣人だと馬鹿にしなかった。私はチーフを信じちゃう」
「むう。わめいてた人は嫌だったけど、最後は謝ってくれたし。私は、チーフも仲間の人たちも悪い人じゃないと思う」
「最初の襲撃映像の裏側を教えてくれたから、信じてもいいじゃん。細工を施すなら、チーフたちになるべく迷惑がかからないやり方を考えないとね」
チーフも承知しているとはいえ、細工のことはきちんと考えなければ。ジャンヌの言葉にドラクローたちは頷く。
最後にマティウスとまきな、アルが続いた。
「『社会の摂理』とか堂々と言うあたり、なんか生活指導の先生みたい。腹立つけど妙な信頼感を醸し出す生活指導の先生、て感じかしら」
「確かに。説教に腹は立つけど、あとで『ああ、先生の話ちゃんと聞いて良かった』って感じになるタイプの人ね」
『生活指導の先生』とやらに説教された経験があるのか、二人は遠い目をしている。
「総じて、説教に腹は立ったけどチーフは信用できる人、と判断できます。私も同じです」
エトフォルテ人も日本人もバトルアイドールも、
『説教に腹は立ったけどチーフは信用できる人』
という評価は、みんな同じらしい。
アルの総括に、指令室の全員が苦笑していた。