エトフォルテ防衛戦線ヒデ! 第43話 迷いと決断

 グランの介抱を心の部の団員たちに任せ、ドラクローとヒデはまきなたちを連れ指令室に戻ってきた。
 すでに会話は中継済み。情報共有は済んでいる。
 指令室内は、張り詰めた空気が漂っていた。
 口火を切ったのは、ハッカイ。マティウスをにらみ、怒りに満ちた声で追及する。
 「おいデザイナー。お前、乱開発を知ってユメカムに協力してたのか」
 ハッカイ以外の者も怒っている。皆の怒りで、指令室の温度がジリジリと上がっていくような気がする。
 マティウスは申し訳ない、と頭を下げる。
 「本当に知らなかったのよ。
 私は、ユメカムがクリスティア王国を乱開発しているとは知らなかった。
 知っていたら、ユメカムには行かなかった」
 「フェアリンたちも言わなかったのか」
 「研究中に会ったのは夢叶統子だけで、彼女も乱開発のことは口にしなかった。王国の人たちも、神器複製には同意している、と説明を受けていた。本当よ」
 マティウスはすまなそうな顔をしながらも、視線をハッカイからそらさない。
 ドラクローはマティウスから、相手の怒りにしっかりと向き合おうとする態度を感じる。
 ハッカイもそれを感じ取ったようだ。
 「だろうな。お前はいろいろ変わってるけど、ズルいやつじゃねえよ」
 威蔵がマティウスをフォローする。
 「マティウスが所属していたレギオン・フォレスターは、環境保護でも有名な団体だ。
 ユメカムが隠すのは当然だ。フォレスター出身者に乱開発に賛成しろ、なんて言えるわけがない」
 神剣組は悪の組織やヒーローを倒す活動をしていた。威蔵はクリスティアのことを知っているだろうか。
 威蔵に聞くと、こんな答えが。
 「神剣組が壊滅した2年前から今のことは、わからない。
 少なくとも、転移した直後の復興支援はまともだったはず。軍師の言うとおり、当時の素薔薇大臣は有能だった」
 日本で活動していたジャーナリストのジューンなら、どうか。
 「日本政府の特別な扱いで、クリスティアに海外メディアはあまり入れてもらえなかった。とくに、2年前からは制限がきつくて」
 ヒデがジューンに問う。
 「その前はそれなりに取材も?」
 「私は行かなかったけどね。海外メディアつながりで、行った人を知っている」
 「2年前からの制限は、乱開発を隠すためでしょうか」
 「乱開発が本当なら、ね。
 最近日本政府経由で発表される現地の情報は、バカンス地帯が整備されて別荘の建設ラッシュだ、とか、家電を大量に取り入れて文明開化だ、とかばかり。当然、開発担当はユメカム」
 ヒーロー支援から別荘建設までやるなんて。ユメカムは何の会社なんだ?
 ドラクローはマティウスに聞く。
 「ユメカムはもともと、お手頃価格で買える防犯グッズを売っていた会社よ。防犯とか治安維持という業務上、ヒーロー庁ともつながっていた。防犯ロボを作っていたことも」
 「そんな会社が、別荘建設なんてできるのか」
 「事業拡大でいろんな会社を吸収、合併したのよ」
 ドラクローは、皆の話をまとめてみた。
 「ブロン国王は、前の王様が死んだことで得をした。
 日本政府とユメカムにとっても、今クリスティアは得な状況になっている。
 だが、住民たちの気持ちを無視して、開発やら何やらが進められている。
 それをよく思わない王女様とグランたちは、ブロン国王が前国王を暗殺したからそうなった、と信じている」
 クリスティアの事情については、わかる範囲でわかった。

 問題は、これからどうするかだ。
 ドラクローは、難しい顔で指令室に集まった幹部たちを見つめる。
 「ブロン国王の善悪はともかく、グランをずっとこの船に置いておくわけにはいかない。暗殺犯ならなおさらだ」
 「返しちゃえばいい、とは、いかないよな。兄貴」
 タイガの指摘に頷くドラクロー。
 「俺たちは謎海流でクリスティア側の船が出せない南部海域付近を移動している。グランを返すには謎海流をクリアしないといけない。エトフォルテが謎海流で動けなくなる、壊されるのはまずい」
 その通りだ、と同意したのは、技術主任のリーゴ。
 「エトフォルテは俺たちの家でもある。家が壊されかねない海域に突っ込む必要はない。王様狙った暗殺犯の頼みならなおさらだ」
 すると、ハウナが反対する。
 「私はあの男が、嘘つきや暗殺犯には見えなかった。本当なら、助けたいと思っちゃった」
 ええー、と叫んだのはハッカイ。
 「おかみさんの優しさは立派だがよ。グランが嘘ついてたらどうする。
 乱開発が実はなくて、ブロンがまともだったら?あの野郎助けたあとで、俺たちクリスティアに憎まれちまうじゃあねーか」
 そうだそうだ、と弟分のカーライルが続く。
 「オレたちは困ってるんだ。厄介ごとをこれ以上しょい込んだら、身が持たない」
 この一言に、みんな黙ってしまった。
 しばしの後。
 ムーコがおずおずと手を挙げる。
 「でも、このままアメリカに進んだら、グランさん、もうきっと故郷に帰れない。
 グランさんが正しかったら私たち、薄情者になっちゃうよ」
 威蔵が続く。
 「憂国の志士を見捨てた薄情者、か」
 カーライルが口を尖らせる。
 「エトフォルテは修理が必要なんだ。仕方ないだろ」
 威蔵は静かに答える。
 「この船の現状は俺もわかっている。だが断っていいのか、迷いはある」
 カーライルは困った表情を浮かべる。
 「そりゃ、あいつを助けてトラブルにならないならさあ…。
 でも、オレだけじゃないぞ。ヒデだってさっき病室で断ろうとしたんだぜ」
 ヒデが少し考えこんでから、答える。
 「エトフォルテの安全を最優先するなら、断るべきです」
 でも、と続けた。
 「正直、今は悩んでいます。あの人の訴えから、僕たちをだまそうとする悪意は感じられなかった」
 ハッカイが口をはさむ。
 「あれは演技かもしれねーじゃねえか。日本人。お前も演技は得意だろ」
 「その可能性もありますが。本当の過呼吸を起こすほどの演技ができるなら、別のやり方で僕たちをだませるはず」
 ヒデの反論にムーコも同意する。
 「ハッカイ先輩。あの過呼吸は絶対に演技じゃできない。そのままなら命にかかわってた」
 うむむ、とハッカイが難しい顔でうなる。
 ヒデが続ける。
 「あと、損得勘定しているようですが…。
 僕はグランさんの話が本当で、クリスティア王国がエトフォルテを手伝ってくれるなら、助けてもよいのでは、とも考えました」
 おお、と指令室がどよめく。
 気持ちはわかるんだけど、と前置きしてから、ジャンヌが言う
 「ヒデ。助けた後で
 『エトフォルテの手伝い、やっぱりできない』
 なんて言われたら最悪じゃん。それに、あれが演技だったらと思うと…」
 ジャンヌがぶるり、と身を震わせる。
 ため息をついて、ハウナが続く。
 「私自身は信じたい、と思っちゃったんだけど…。
 今のところ、あの人は暗殺部隊の一員でしかない。助けるかどうかを決めるなら、クリスティアの実情を確かめてからでも遅くない、かも」

 その後、1時間以上話し続けたが、どうするかを決められない。
 危険な謎海流に突っ込んで、この船が動けなくなるほど傷ついたら。
 グランの話が嘘で、さらなるトラブルが起こってしまったら。
 そう思うと、ドラクローは皆の意見をまとめることができなかった。
 ちょうど夕食の時間も近いので、いったん休憩することにした。
 休憩前、情報分析担当のモルルが、全員にくぎを刺す。
 「どうするかは、今日中に決断すべきです。
 いま私たちは、クリスティア王国南部の海域を移動しています。クリスティアの実情を直に見に行くなら、謎海流の問題を解決する時間も必要。ブロン国王の帰国は来週とのことでしたが、予定を早めてもおかしくない。
 帰還したら、国王は暗殺の首謀者を始末しにかかるでしょう。グラン氏をかくまったと知られたら、エトフォルテも敵とみなされる。同盟国日本のヒーロー庁に知られたら、危険度はさらに上がります」

 十二兵団の食堂に行き、みんなで夕食を取る。
 会議のことが、ドラクローの頭に浮かんでは消える。そのせいで食欲がわかないが、食べておかないと頭が働かなくなる。
 エトフォルテの主食『ギム』(日本だと『麦ごはん』ぽいですね、とヒデは言っていた)、肉入りスープと野菜の天ぷら(ヒデが教えてくれた日本の揚げ物だ。こんなにふんわり、サクサクな揚げ物があるとは思わなかった。塩だけでも結構美味い)を載せたトレーをもって、タイガがドラクローの向かいに座った。
 タイガの顔も、会議のことを考えているように見える。
 ドラクローは聞いた。
 「タイガ。お前はグランのこと、どう思う」
 「オレは、グランがうそつきは見えなかった。話がホントだとして、だよ」
 少し間をおいてから、口を開くタイガ。
 「あいつが言っていた、復興支援の名を借りた侵略。オレ、考えちゃったんだ。
 オレたちも違う形で地球に来てたら、ヒデたちに会ってなかったら、クリスティアみたいにされちゃってたんじゃないかっ、て」
 それはドラクローも考えた。
 日本政府やヒーロー庁に復興支援を受けていたはずが実は侵略されていた、なんて目にあったら…。おぞましい以外の何物でもない。
 人助けは宇宙の真理。だからといってグランを信用し、手助けしていいものか。
 ドラクローは食事しながら、これまでのことを思い返す。

 ヒデに軍師を依頼した時。
 まきなたちを面接で採用した時。
 チーフ高島を信じた時。
 そしてジューンに取材許可を与えた時と今回は、決定的に違うものがある。
 グランの行いや考え方が正しいのかどうか、確証がもてないということだ。
 彼と仲間たちの行いは、クリスティアで暮らす人たちにとって、善か悪か。彼を手伝うことはエトフォルテにとって、善か悪か。だまされていたらどうする。
 実際面接試験で、自分は真名子伊織にまんまとだまされた。あの場にヒデがいなかったら、みんな体も魂も滅茶苦茶にされて死んでいたに違いない。
 それを思うと、ドラクローは怖い。さっきの会議で、ジャンヌもきっと同じようにだまされることを恐れていたのだろう。
 エトフォルテの方針を決める最終決定権者は、総団長である自分だ。
 「タイガ。俺は真名子の時に、判断ミスでみんなを死なせかけた。陸で戦った時もだ。
 俺は総団長。もうミスは許されないんだ」
 長老も先輩団長も亡くなった今、自分の判断ミスで仲間を死なせるわけにはいかない。
 団長職に就いた以上、タイガだってわかっているはずだ。
 他人を信じてだまされて痛い目を見るくらいなら、最初から信じずわが身を、仲間を優先したほうが安全。ミスにはならない。
 でも、本当にそれでいいのか。

 「そりゃ、ミスにもよりけりだけどさ…」
 タイガはスープを飲んでから、言う。
 「何も知らずに陸で戦った時とは違う。今はヒデたちが知恵を貸してくれる。オレたちも覚悟を決めてる。
 …それでもきっと、ミスは起きちゃうし、ピンチになることもある。仕方ないで済ませちゃいけないよな。
 でもさ、兄貴。ミスってピンチになったら、みんなで頑張って逆転すればいいんだよ」
 シンプルで説得力に満ちたタイガの言葉は、すうっ、とドラクローの胸にしみ込んだ。
 「グランを返すにせよ、返さないにせよ。判断ミスがあってもなくても。エトフォルテをオレたちみんなで頑張って体張って守る。それは変わらないよね。だって、ここはみんなの家なんだからさ。
 兄貴が考え抜いた答えを、何があってもオレたちみんなが支えて頑張る。だから、答えの先にある未来を恐れないでほしいんだ」
 タイガの言葉をかみしめた、しばしの後。
 孝洋が、折りたたまれた服を抱えやってきた。
 何を持っているのか聞くと、孝洋が答える。
 「ユルリウス様のTシャツ。復興支援企画でシャツが売られてさ、着替え用に持ってきてたんだ。向こうの神様の顔、団長たちも見る?クリスティア王国を知る参考になるかもしれないよ」
 会議が長引いたせいか、孝洋はちょっと疲れているようだ。
 「見る」
 ユルリウス様は、地球で言えばマナティーとかアシカとかオットセイの、水棲哺乳類の愛らしい丸みを帯びた顔と胴体の特徴を融合し二足歩行にした、きわめてゆる~い顔の神様だった。神様は西洋風のシンプルなローブに身を包み、菩薩像のような構えを取っている。
 ゆる~い顔と丸みを帯びた胴体から、とても温和で優しく福々しい魂をドラクローは感じる。
 もし、この顔がケンカの最中に現れて
 『けんかはおやめなさい』
 と言ったら、誰もが
 『ははーっ』
 と言って頭を下げたくなるのでは。それほどまでに、ユルリウスがたたえているゆるさと温和さの相乗効果はすさまじかった。
 ドラクローとタイガは、率直な感想を漏らす。
 「想像以上に優しそうな神様だ」
 「このゆる~い体のライン、オレ好きになりそう」
 孝洋は自分のことをほめられたように、疲れ顔に喜びを浮かべた。
 「だよなあ。俺もこういうゆるマスコット大好き。
 ほかの神様もユルリウス様が作ったらしいよ。国内の街には、ユルリウス様の像が必ず建っているんだって」
 そこにヒデがやってきた。ネットニュースを見直して、資料になりそうなものを印刷してきたという。ヒデはほかの神様の画像を見せてくれた。
 グランの言うとおり、ユルリウス以外の神様も獣人風だ。
 海・山・空をつかさどるリーダー格の神様は3人。海の神様はサメ、山の神様はオオカミ、空の神様はアホウドリ。みな、元になった動物をそのまま二足歩行にして、服を着せた感じだ。リーダー格神様の配下として、さらに50人以上の神様がいるという。
 自分たちエトフォルテ人とはずいぶん違うけれど、親しみの持てそうな神様たちだ。グランが自分たちの体に親しみを持つ、と言った理由はわかった。
 神様見たさに、ほかの仲間もやってきた。
 食事の手伝いをしていた礼仙兄妹が言う。
 「みんな、野球チームのマスコットみたいです」
 「う、うん。お、お兄ちゃんのチームも、オオカミだったし」
 ジューンに言わせると、“アメフト”のマスコットっぽいそうだ。
 俺はサッカーかなあ、と言ったのは孝洋。地球では、こういうマスコットを好む人が多いようだ。

 ドラクローは、グランの話を思い出す。
 ブロンは神様の像を壊し、自分が神になると言っている、と。
 もし、自分が魂を日本に売り渡してエトフォルテの神になる、なんて名乗ったら。
 ご先祖様の威光を汚すような真似をしたら、どうなるだろう。
 仲間は誰も自分を許さないだろうし、死んだスレイだって自分を見損なう。とても恥ずかしくてそんなことはできない。
 そんな馬鹿げたことをしないのは、これまで仲間や先輩と交わした言葉やつながりを大切に思うからだ。つながりを大切にするから、掟や責務を守ろう、頑張ろうとする魂の熱量になる。
 つながり。
 前国王暗殺や密約の話の真偽はともかく、グランが大切にしようとしているもの。
 それはリルラピス王女と仲間、復興地域の住民、祖国の神様とのつながりだ。つながりを大切にしようとしない人間からは、絶対に感じ取れない魂の熱量をグランは持っている。ドラクローはさっきの会話から、確かな熱量を感じた。
 一方のブロン。神様の像を壊して、自分が神だと本当に名乗っているなら、ブロンはそこにどんなつながりを見出しているのだろう。どんな熱を放っているのだろう。
 ドラクローにはわからない。
 でも、わかったこともある。


 夕食を終え、会議を再開する。
 指令室に集まった仲間を前に、ドラクローは正直に自分の気持ちを言った。
 「俺は今まで、クリスティア王国がうらやましかった。
 突然日本にやってきて、政府やヒーロー庁に助けられて仲良くしてるんだからな。俺たちと正反対の立場がうらやましくて、悔しかった」
 突然地球に、日本付近に現れたという点では、クリスティア王国もエトフォルテも同じだ。にもかかわらず、一方は助けられ、一方は傷つけられた。エトフォルテにしてみれば、こんなに悔しいことはない。
 だが、とドラクローは続ける。
「グランの話が本当なら、王国の人たちはブロンと日本政府に、魂を抜かれていることになる。俺たちも違う形で日本に来ていたら、同じ目にあっていたんじゃないか。復興支援を名目に、大切なものを奪われていたんじゃないかって。さっきの会議の後、考えてた。
 正直最初は、かかわりたくなかった。だがもう、他人事とは思えない。
 グランの話が本当なら、クリスティアで起きていることは、俺たちがたどったかもしれない未来だ。
 俺は、グランをクリスティアに返したいと思う。話が本当なら、助けたい」
 ううむ、とうなってから、難しい顔でハッカイが言う。
 「ドラクロー。損得勘定考えて動こうぜ。
 仮にあいつの話が本当だったとして、異世界の国は、俺たちを手伝ってくれんのか。船の修理とか。
 そこんところどうだ、日本人」
 ハッカイはヒデを、出会ったころから『日本人』と呼ぶ。
 まだ地球人の仲間で、ちゃんとハッカイに名前を呼ばれた者はいない。威蔵は『神剣組』、孝洋は『缶詰工場』。礼仙兄妹は『日本兄妹』で、マティウスは『デザイナー』。まきなは『博士』でアルは『メカ子』。ジューンは『記者』だ。
 ヒデが答える。
 「クリスティア王国には、地球では取れない金属があると聞きます。宇宙の旅に耐えうる金属が手に入る可能性は高いです」
 リーゴがさらに質問する。
 「連中に、宇宙船を作る技術はないのか」
 「おそらくないです。魔術を利用した技術があるとは聞きますが」
 リーゴがため息をつく。
 「金属があるだけマシとはいえ…。確実に修理できる手段はないのか」
 そのことなんだけど、と、ジャーナリストのジューンが手を上げる。
 「船の修理ができなくても、別の“いいこと”があるかも。
 地球には『異世界交流国際法』という、国際法がある。簡単に言うと、異世界の人と仲良くしなさい、いじわるをしてはいけません、という法律よ」
 ヒーローや悪の組織、異世界の存在が認知された地球で、トラブルを防止するために作られた法律だという。
 「密約が本当なら、ユメカムと日本政府の行いは、いじわるや不当搾取にあたると思う。それをエトフォルテが解決したと私が、SLNが報道したらどうかしら?
 修理はできなくても、世間の見方は確実に変えられる」
 それが明るみになればどうなるか。
 日本政府は世界中から責任を追及され、ユメカムもただでは済まない。エトフォルテの追撃などできなくなるだろう。
 「日本人にとっては、恥ずかしい話だなあ」
 寂しそうにつぶやくのは、孝洋。
 そういえば孝洋は、クリスティア王国へ復興支援に行くことを考えていた、と、ドラクローは思い出す。
 「せめて、困っている異世界の人を助けるくらい、政府とヒーロー庁はまともにやっていると信じたかった。グランさんの話が本当なら、王様が決めたこととはいえ、日本が、日本人がいじわるしたと言われても仕方ない」
 「ごめんなさい。私は…」
 「わかってる。ジューンさんが日本人を責めるために提案したわけじゃないって。ごめん。話の腰を折っちまった」
 孝洋はすまない、という風に、頭を下げる。
 思い返せば、食堂で孝洋は疲れたような表情をしていた。復興支援を名目に、日本人がクリスティアでいじわるしているかも、という現状を、支援を志した者として気にしていたからかもしれない。

 続いてアルが質問する。
 「もしもこれが不当搾取でなく、クリスティア国民が納得していることならば。私たちの介入は日本政府に敵対行為とみなされませんか」
 まきなが頷く。
 「前国王の暗殺疑惑を抜きにしても、私たちは暗殺犯側につくことになる。日本のヒーローたちも黙っていない。サイバー攻撃の余波を無視してでも、エトフォルテ追撃を強行するかもしれない」
 まきなは、集まった者たちの顔を慎重な面持ちで見つめる。
 「グランさんが嘘をついていたら、最悪の結果になる。
 冷たい意見かもしれないけど、私はこの場で今後の方針をすべてはっきり決めるべきではない、と思うわ」
 まきちゃんに賛成、と、マティウスが続く。
 「グラン氏が嘘をついているようには見えない。
 でも、一国を揺るがす事態に関わる以上、私たちはクリスティアの実情を直に見ておくべきだと思う。
 謎海流をクリアしたうえで、できるだけ人数を絞ってグラン氏を帰す旅に同行する。そして現地を見て判断するというのは、どうかしら」
 謎海流の実態を確認するのは賛成だ、とタイガが手を挙げた。
 「エトフォルテが謎海流に巻き込まれない保証はない。対処できるならしたほうがいい。謎海流のエリアが広がってる、って孝洋の話もあるしな」
 ドラクローは決めた。
 グランの話の真偽も大事。だが最優先事項は謎海流だ。

 こうして、今後のことが決定した。
 まずは謎海流の実態を調べ、グランを返せるなら返し、話が本当なら協力する。嘘ならば協力しない。
 今夜、エトフォルテはクリスティア方面に向けゆっくりと回頭する。
 そして明日の朝、謎海流をクリアできるか調べる。
 クリアできないなら、グランには悪いがアメリカ行きに同行してもらう、ということで、全員の意志が統一された。

 問題は、グランを返す旅である。
 リーゴが言った。
 「ドラクロー。総団長のお前が最初から動くと、全員が動くことになる。
 グランに同行するのはお前の代理人。名代をたてろ」
 ドラクローのなかで、名代を任せられる人間は一人しかいなかった。
 「ヒデ。頼めるか」
 ヒデは、即座に受け入れた。
 「引き受けます」
 ドラクローは表情を引き締める。
 「返したとき、グランの話が本当かどうか。王女様と仲間たちがどういう連中かわかったら、協力する・しないの判断は、ヒデ。軍師であるお前に現地で決めてほしい」
 これには、ヒデも含め全員が驚いた表情を浮かべる。
 慎重になったほうがいい、と言い出すものもいたが、ドラクローは譲らない。
 「話が本当なら、検討する余裕はない。
 検討している間に現国王に手を打たれたら、お終いだ。連中は暗殺をもくろんだのが王女様たちだと、とっくに感づいているだろう。
 ヒデの作戦で、信じられる日本人の仲間が集まって、ヒーローに勝った。
 ヒデなら、エトフォルテにとって最良の選択をしてくれると、俺は信じる」
 ドラクローはブロン王の訪日予定を思い出してみた。
 帰国は来週のはずだが、暗殺という一大事に巻き込まれた以上、予定を早めてもおかしくない。重要な会議が終わっているなら、観光はしなくても問題ないからだ。
 ヒデが頷く。
 「わかりました、ドラさん。もう一度、グランさんに話を聞きに行きましょう」

 

 

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